●リプレイ本文
●花見大会開催!
熊本城。2007年に築城400年を迎えた、日本三名城に数えられるこの城に、今年も桜の花が咲いた。
【TLF作戦】などで熊本に集まっていた傭兵たちが、この見事な桜を見逃すはずがない。花見大会の張り紙を見た傭兵たちが、城下町に続々と集まってきていた。
ふと立ち止まり、空を見上げることができるのは、人間だけだ。花見もまた然り。
傭兵たちが戦場をひと時の間忘れ、桜の花に心癒されることを願って‥‥。
「三大名城と名高いこの城を訪れる機会がくるとはな。しかも桜の季節と言うおまけも付けば散策しない訳にはいくまい」
白鐘剣一郎(
ga0184)は微笑を浮かべながら会場へと足を進めていた。
「今やこういう時間を持てる事自体が貴重だからな‥‥」
彼ほどの熟練の傭兵となると、依頼で世界中を飛び回ることになる。次の戦場への短い移動時間が、ほんのひと時の安らぎ。たまにはこうして羽を伸ばし骨を休めることも必要だ。
宴会に持ち込む魚介類を商店街で探しながら、ゆったりとした時間を楽しんでいた。
同じく商店街を艶やかな着物姿で淑やかに歩いていたのは、鳴神 伊織(
ga0421)だ。水のように美しい黒髪と着物姿はまさに和美人としか言いようがない。
「花見ですか‥‥最近は依頼でも人の相手が多くなってきましたし、こうやって気分を変えるのも良いでしょう。さて、何を持って行きましょうか‥‥」
彼女が選んだのは、桜にちなんだ桜餅。皮が小麦粉のものともち米のものを用意し、関西・関東の違いにまで気を配る。大和撫子の鑑だ。
道の反対側から、鳴神とはまた違った着物美人が姿を現した。着物から覗く小麦色の肌が健康的な美しさと、武士の魂をその身に宿しているのが立ち振る舞いからわかる。
鬼界 燿燎(
ga4899)は、故郷の町並みを懐かしげに眺めながら、大きな風呂敷と荷物を抱えて熊本城へ向かった。
その少し後ろでは、兵舎から持ち出してきた調理器具や材料を背負った雷(
ga7298)が、大剣を支えに一歩ずつ前進を試みていた。
「おまっ‥‥流石に重いぞ、これ‥‥くっ!」
「頑張ってください〜っ、私も頑張りますよ〜っ♪」
雷の長身を応援しながら後ろから押すのは、シエラ・フルフレンド(
ga5622)。会場でカフェを開くつもりらしい。また、パイを使ったロシアンルーレットも準備していた。
二人を追い越していったのはM2(
ga8024)だ。彼もロシアン餃子という企画を考え、総数300個にもなる餃子を、昨日のうちに下準備してきていた。食べた傭兵たちの喜びや驚きの表情を思い浮かべて、微笑する。
櫛名 タケル(
ga7642)は傭兵たちに夜桜も楽しんでもらおうと、照明器具を持ってきていた。ランタンやシグナルミラーなどの自前の道具と組み合わせて、夜桜の美しさを一層際立ててくれることは間違いない。
袴姿で悠々と歩いていく守原有希(
ga8582)は、モデル体系と女性のような髪形、顔立ちから、女性剣士か新撰組を想沸させる。見た目は力の弱そうな彼だが、実は力持ちで、会場の設置を手伝うつもりでいた。
ファーストフード店から出てきたのは水流 薫(
ga8626)だ。いい匂いのするフライドチキンが大量に詰まった箱と薬風の味で有名なあの飲み物を抱えて会場へ向かう。
「桜‥‥花見ですか‥‥。人数も集まり‥‥にぎやかに、なりそうですね?」
そんな傭兵たちの背中を、神無月 紫翠(
ga0243)が今日はスコープではなくファイダー越しに見つめていた。傭兵たちの表情が花見を楽しみにしていることを物語っているのに気づき、優しく微笑んだ。
続々と集まってくる傭兵たち。大会開始前から花見会場は否応なく盛り上がりを見せていた。
●花見大会開始!
「皆様本日は大変お日柄もよく以下略! 花見大会を開始します!」
大部分を省略された挨拶の後、開始前に記念撮影をとることになった。
「並んで〜! 前列はしゃがんで、中は中腰だよ! OK♪」
番 朝(
ga7743)はスケッチブックを持って逃げようとしたが、Letia Bar(
ga6313)がその首根っこをがっちり捕らえて参加させる。
「一人だけ映らないなんて、姉さんそんな寂しい事は許さないよっ」
「うぅ‥はらくくるしかないか」
その様子をみて逃げ出そうとしていた鬼界も、苦笑しつつ輪の中に戻る。
「はーい、それじゃ撮るぞー。チーズ、サンドイッチ!」
シャッターが切られ、集まった傭兵たちの様々な感情がこもった顔が、時と共に一枚の写真に切り取られる。
こうして花見大会は開始された。
●会場は大賑わい
傭兵たちは自分たちが持ち寄った食べ物飲み物をお披露目し、あっちでは大勢で、こっちでは1人ちびちびと、花見を開始した。
「ヤーパンの古き城ね。ヨーロッパのものとはつくりが違って実にいい」
ミハイル・チーグルスキ(
ga4629)は趣味の手品を披露していた。風船でプードルを作ったり、トランプマジックを成功させる。
「凄いっ何で!おかしいよっ」
最前列を確保したLetiaは手を叩いてキャアキャア大騒ぎ。遅刻してきた煉威(
ga7589)は間近で、水流は望遠鏡まで使ってミハイルの手元を見るが、タネも仕掛けも見つけられなかった。
パティ・グラハム(
ga7167)と真神 夏葵(
ga7063)が引いたカードが、ミハイルが指を鳴らすとハートのエースへと変わる。
「どうやら、二人の相性はぴったりのようだね?」
その言葉を聞き、二人は顔を赤くした。一緒にいたプリエッタ(
ga8306)は、どこか面白くなさそうな顔をして二人を桜の元へと引っ張ってゆく。
「あらあら、人を化かすのが上手なのね?」
少し離れた場所で見ていた葵 宙華(
ga4067)が、くすくすと笑いながらミハイルに近づいてくる。
「あたしも貴方に化かされるのかしら? 宵闇の櫻の幻とでも約しましょうか?」
依頼時の戦闘服ではなく、借りた着物を着て、髪を解いた彼女に、ミハイルも思わず見惚れてしまう。
「一瞬、君とは気づかなかったよ。化かされたのは私らしい。化かすのは狐や狸の十八番なのにね?」
そう口にしながら、両手に小さいリンゴを出現させ、さらに手首を一回転させるとリンゴ飴に変わる。飴好きの葵へのプレゼントだ。
「こういう場所を舞台に話を考えるなら、過去に大切な人を失った化け狐が輪廻転生の果て思い人とめぐりあうというのなんかどうかな?」
脚本家でもあるミハイルは葵と「春と桜と恋」に関する考察を談話しつつ、桜の下を手を繋いでゆっくりと歩いていった。
会場の一角に、雷の運び込んだ料理器具が設置され、『CAFE:UVA出張所』の木の看板が掲げられていた。
「はい、お次はお茶ですか〜っ? それとも何か食べますか〜っ?」
流石に兵舎でカフェを営業しているだけあって、手際がいい。複数の傭兵たちからの注文を次々にさばいていった。
喫茶店を持つのが夢である緋沼 京夜(
ga6138)は特に彼女の手際に感心していた。
「桜ってやっぱり綺麗だなぁ‥‥。まあ花より団子って言葉も有るけど」
水流は持ってきたフライドチキンを皆にわけ、自分も齧り付きながら桜を見上げた。
「お花見にはコレ! って聞いたことがあるので‥‥!」
ヴィンス・バルク(
ga8186)が合わせたように皆に三色団子を配る。鬼界の用意してきた熊本の郷土料理・団子汁もなかなか好評だ。
「花見か‥‥傭兵っつっても任務だけ、ってワケじゃないのな。これから世話になるヤツもいるかもな」
遅れて鈍名 レイジ(
ga8428)がビール、チューハイ、乾き物、スナック菓子の入った袋を手にしてやってきた。
「始めまして、傭兵にはなったばっかですけど宜しくね」
「ああ、俺は鈍名レイジだ。よろしくな」
「魔神・瑛(
ga8407)だ。俺も登録したてなんでな。これから一緒になる事があったら宜しく頼むぜ」
新しく傭兵となったばかりの3人は、熟練の傭兵たちを眺めて自分と余り変わらなかったり、自分より年下の子もしっかりと依頼をこなしていると話を聞いて驚いていた。
命を懸けて戦場で金を稼ぐ傭兵という職業に、偏見や先入観があった。だが傭兵という言葉から想像していたモノとあまりにも離れた雰囲気に、ふっと笑みを漏らす。
シエラとM2のロシアンルーレットが開始され、パイと餃子が配られる。
世界のあちこちでゲテモノを食している傭兵たちだが、意外と舌が肥えていたりもする。
シエラの用意したポットパイは、セーフは春野菜たっぷりのパイ包みクラムチャウダー、アウトは白くて甘いにおいはするけどココナッツミルクに唐辛子エキスを入れた激辛偽クラムチャウダーだ。
M2が作った餃子の中には、チーズ、餅、明太ポテト、りんごジャム、マーマレードなどの具が入っている。
佐柄 麟(
ga0872)は自分の喫茶店で作ってきた桜の羊羹と桜饅頭を配りながら、差し出された餃子を頂く。餅入りだったようで、噛み切った餃子が正月つきたての餅のようにうにょんと伸びた。
「さあ、どうぞ。桜餅は私が作ったので、お口に合うとよろしいのですが」
安東 那津(
ga5124)も手作りの桜餅を配りつつ、差し出されたポットパイを一つ、眼を閉じて指差した。
恐る恐るパイの中にスプーンをいれ、口に運ぶ。甘い匂いと、舌を焼くような痛みが走った。
「これも天命ですか‥‥」
涙目になりながら煉威の持ってきた牛乳を口にする。その煉威はセーフだったらしく、おいしそうにポットパイを食べている。
「シエラ、また少し腕を上げたなー。おいしいぞ」
黒崎 美珠姫(
ga7248)は赤白、2本のワインとピッツェッタとアーモンドとカラメルを固めて焼き上げた、イタリアの焼き菓子のクロカンテなどを用意してきていた。
「早起きして、ちゃあんと作って来たのよ。絶対おいしいんだから!」
特に彼女の大好物である若鶏の唐揚げ。添えられたレモンの酸味と唐揚げの香ばしい香り、口の中に広がる味は絶品で、お酒にも良くあった。
傭兵たちに料理が好評だったのでウキウキしながらロシアンルーレットに参加。
両方ともセーフだったらしく、おいしそうに口に運び顔を綻ばせる。
「‥‥んむ、(もぐもぐ)美味し〜い♪」
写真撮影の時とは打って変わって可愛らしい笑顔でにぱっと笑い、朝は持ってきた駄菓子を開いた。
「おいとくからたべてな」
スケッチブックを広げ、皆が持ってきた食べ物飲み物を描いては食べていく。ロシアン餃子も3つ平らげたが、全て当たりだった。
飯島 修司(
ga7951)は持ち込んだポットセットと日本酒で熱燗を作っていた。酒の肴にと摘んだロシアン餃子はチーズ入りで、これはこれで美味しいかも知れないなと思いながら、桜の花びらが舞い落ちた盃を傾ける。
「俺はは登録したてなんでな。これから一緒になる事があったら宜しく頼むぜ」
魔神はロンリコ、フィンランディア、スピリタスといったアルコール度数の高い酒ばかりを持ってきて、親交を深めようと酒の強い傭兵たちに振舞っていく。
「僕も、お酒‥‥貰っていい?」
控えめにお酒に手をだしたのはヴィンスだ。まだ飲めるようになって間もないが、飲むのは好きなようだ。くいくいと小気味よく飲み干してしまう。が、スピリタスのアルコール度は98%、ライターで火が吐けるほどだ。顔が真っ赤になり、その後に真っ青に代わると、その場にドタっと倒れこんでしまった。他の傭兵たちの中にも強い酒にやられるものがでた。大丈夫なのは シェスチ(
ga7729)のようにロシア出身の酒の強い傭兵たちだけ。彼はウォッカとマラスキーノという、チェリー・リキュールを持参していた。強い酒でもしっかりとペースを考えて飲めば、酔うことはないらしい。だが、運悪くいちごジャム餃子に当たり、顔をしかめていた。
「まだ少し冷えるから強めのヤツを持ってきたが、‥‥まずかったか?」
「あらあら。大丈夫‥‥?」
佐柄は優しく微笑みながら、気分が悪くなったものを介抱していく。神無月とシェスチも手伝って、悪酔いしたものは臨時救護所(地べた)に寝転がらせられた。
キツい酒のお礼だと言うように、魔神の前に誰かが持ってきたロシアン餃子が突き出される。
「ひょっとしてまともなヤツ(当り)が少ない、ってことは無いだろうな?」
少し疑うようにM2を見るが、M2は
「ロシアンだって最初に言ったんだから、ハズレでも怒るなよ?」
と返した。魔神がひょいと一つ餃子を取って口にすると、マーマレード入りだったらしい。何とか飲み込んだが、甘ったるい味が残ったため、スピリタスを飲んで口直しした。
グリク・フィルドライン(
ga6256)もロシアンルーレットに参加し、ポットパイをおいしそうに頬張っていた。
「ヴォルク、これとっても美味しいよ?」
「そうか? 俺にも一口くれよ」
「いいですよ。はい、あーん」
恋人のヴォルク・ホルス(
ga5761)は顔色一つ変えるどころか、本当においしそうなグリクの表情に騙され、激辛ポットパイを食べてしまった。予想外の辛さに悶絶し、グリクが持ってきた芋羊羹で口の中の辛さをとろうとする。
「ふふ‥‥美味しいですか?」
「ああ、おいしいよ」
ギリギリ引きつった笑顔で返すのがやっとだった。
白鐘が持ってきた魚を捌く。自前の包丁とまな板で綺麗に刺身を作っていく姿は、板前そのものだ。
「新鮮な内が食べ時だ。遠慮はいらないぞ?」
そう言ったやいなや、すぐさま傭兵たちがつついて皿が綺麗になってしまう。
「さすがにこの人数ではあっという間だな」
と、微かに苦笑しつつ次の魚を捌きだした。
安東は、城の一角にスコップで穴を掘っていた。
「安東さん、穴掘るの手伝いますよ」
「ありがとう、阿木君」
猫耳フードが愛らしい、新人アイドル阿木 慧斗(
ga7542)もスコップをもってやってきた。
酔っ払った傭兵を引っ掛けるための落とし穴、と言うわけではない。二人が用意しているのは、桜の苗木を植えるための穴だ。
適度な穴が掘り終えると、丁寧に根を包み枝を補強された桜の苗木を植えた。
寝ているわが子に毛布をかけるように、優しく土をかぶせていく。
「慧斗ー! ナツー! お水、貰ってきたよー!」
Letiaが如雨露を持って駆けてきた。苗木に水をやりながら、それぞれ祈りを捧げる。
「早く平和になって、この子を見に来てくれる人が増えますように」
「上手く根付くといいですね」
「この木が花を咲かせるのを、また見に来ないといけないねぇ‥‥」
新たに生まれた『還ってくる場所』を心に刻み付けるように、3人は優しく苗木を撫でた。
そこにちょうど持参したおにぎり片手に、桜を取るいい構図を探していた神無月が通りかかった。
「神無月さん、写真取ってくれない?」
「いいですよ。お任せください」
「やったぁ! ナツ、写真撮ろうっ♪ 親友の思い出だー!」
Letiaは安東の肩を抱き笑顔いっぱいにピースサイン。苗木をバックに、記念写真が撮られた。
「今度は阿木の番だよ!」
「わ、レティアさん、もふるのはいいけど抱きつくのは‥‥恥ずかしいですよ!」
「ほらほら、恥ずかしがってないで、ピース!」
やや照れながらピースサインする阿木と、満面の笑みを浮かべるLetia。
「シェスチ! 一緒に写真撮ろうよ」
「いや、‥‥僕はいいよ」
「遠慮しなくていいからさっ!」
と、遠くから眺めていたシェスチも連れてきてさらに1枚。
「ありがとう、神無月さん」
「いえいえ、こちらこそいい写真を撮らせていただきました。後で皆さんに送りますね」
「楽しみにしてますよ」
緋沼は賑やかな人の多いところを避け、1人盃を傾けていた。顔見知りもいるが、今回は端っこでひっそりと酒を楽しみたかった。
ひたすらのんびりしていたかったが、気になるのは大会に参加してる夏葵とパティのことだ。二人は緋沼にとって弟、妹のような存在だ。
「ハメを外し過ぎないでくれるといいんだが」
そう呟きながら、視線で二人を探す。
「わぁ‥‥。とってもきれいですね」
「せっかくのんびりできるんだ。ゆっくりしていこうぜ」
「たまには薔薇以外のお花を見るのも、いいものですわね」
夏葵とパティ、プリエッタの3人は、緋沼の心配を余所に桜の下にビニールシートを広げ、パティとプリエッタが作ってきたサンドイッチと紅茶を楽しんでいた。
「おー。うまそうだな。さすがパティだ」
「沢山作ってきたので遠慮なさらずに食べてくださいね」
バスケットの中に詰められたサンドイッチは、どれも見ただけで食欲をそそる。一つ手にとって食べてみると、普通のサンドイッチと具は変わらないが、調味料や隠し味が工夫されていて、一層美味しさを引き立てていた。
「プリエ様も一緒に手伝ってくださったんですよ」
「ほー。パティが手伝えばお前でもこんなにうまいもん作れるんだな」
「わたくしが作ったものが嫌なら食べなければいいでしょ!」
ぷいっ! と横を向いてしまうプリエッタ。それでも3人は楽しそうに時間を過ごしていた。
ミハイルと葵のカップルも、散歩の途中で神無月と出会い、写真を撮ってもらうことになった。
2メートルを越す身長のミハイルと、平均的な女性の身長である葵が並ぶと、40センチも差が空いて、カップルというより、年の離れた兄妹か、親娘のように見えた。
本人たちはそんなことは気にせず、片手に飲み物を、もう片方の手を繋ぎながら、神無月の写真に納まった。
「うう、まだ口がひりひりしてる」
「お水、貰ってきましょうか?」
ヴォルクとグリクのカップルも、ロシアン企画の賑わいから離れて、二人で歩きながら桜を楽しむ。
「‥‥見事な桜ですね」
グリクは思わずカメラ構えたが、すぐにやめた。
「‥‥いや、今日は見て楽しむことにしましょう、かね。綺麗ですね‥‥。久しぶりに見ましたよ」
「うん‥‥。桜ってやっぱり綺麗だなぁ」
桜を見ながら、そっと肩を寄せ合う。作ってきた胡桃のサンドイッチを食べながら、戦場では生きている確認になる温もりが、今はお互いの存在を確かめるように感じられた。
「ゆっくりとした‥‥素敵な時間‥‥。とっても、幸せです‥‥」
頬を赤く染めて照れるグリクを改めて可愛いと思い、また決して失いたくないという気持ちが強くなる。
ヴォルクは優しく彼女を抱きしめた。
「俺の出来る限りは‥‥グリクを支えるから‥‥。だから、1人でなんでも背負い込むなよ?」
「ヴォルクも、1人で背負い込まないでくださいね? 私たちは二人で一人です」
二人を祝福するように、風が桜の花を舞い上げて降らせた。
鳴神は皆から少し離れた場所から桜を見ていた。ふとスケッチブックにクレヨンで桜の苗木を描いている朝を見て、声をかける。
「桜の絵ですか。お上手ですね」
「ありがとう。描けたらレティアに見せるんだ〜」
植木にも参加したかったようだが、神無月がいたため写真を警戒していたようだ。鳴神も一緒に座りこんで、苗木を見つめる。
傭兵になってからのことをが思い出された。初めての依頼から半年が経っていた。あちこち依頼で世界を飛び回り、二度の大規模作戦もあった。目まぐるしい早さで過ぎていく毎日に、ゆっくりとする時間もなかなか取れなかった。
「いつかまた、こうやって桜を見に行きたいものですね‥‥その為に出来る事をやっていきませんと」
こうして静かに過ぎていく時間を感じながら桜の花を見ていると、加速していた何かが緩やかになった気がして、心が安らいでいく。
「私も帰ったら桜の絵を描いてみましょうか。久々だからうまく描けないでしょうけれど」
「いいね。描けたら来年俺にも見せてよ」
朝はそういって笑うと、鳴神にお菓子を差し出した。
「ほら、もうすぐ歌が始まるよ」
イベント会場では、阿木が持ってきたハンディカラオケでカラオケ大会が始まっていた。
鬼界の演歌と見せかけたJPOPとダンスから始まり、雷が大剣を使った演舞、『豪堅流傭兵術剣舞:流誇華』を披露。鬼界の元気な歌声と雷のメリハリのついた雅な演舞に、拍手喝采。飯島の美声にヴィンスのギターが合わせたりもした。
引き終わると今度はヴィンスがマイクを握った。
「ニホンの曲、一つ覚えてきました‥! えっと、演歌?」
外国人には難しいと言われる演歌独特のコブシを、うまく表現していた。元々歌はうまいのに加わり、故郷のイギリス民謡を歌うと、皆の心に安らぎが生まれた。
離れて耳を澄ましていた煉威を楽しませ、朝はヴィンスの歌う姿を描きながら途中で眠ってしまったようだ。クレヨンを手にしたまま、船をこいでいる。
●夜
太陽が沈み、つかの間の赤く染まった桜を楽しみ終わると、櫛名は夜桜のライトアップのため持参した機材を設置しはじめた。
照明器具に自前のランタン、シグナルミラーを使い、月の光を殺さず、それでいて夜桜の美しさを引き出すように光を工夫する。
「これでよし、と。良い筈。分からない事があれば専門家に聞こう。スイッチオン」
光が桜に当たると、傭兵たちから歓声が漏れた。昼間の桜とは違った、幻想的な表情を持った夜桜の美しさに、ため息が漏れる。
「よかった。成功だな」
ほっと息をつき、自分も宴席に加わると、皆から笑いながらよくやった、と手荒い歓迎を受けた。
佐柄とヴィンスはイベントも終わり、一緒に夜桜を楽しんでいる。
「わぁ‥‥! 凄いね!」
「夜桜は人を惑わすって言うけど‥‥本当ね〜。ヴィンスは日本の桜は初めて?」
「ニホンの桜‥‥お花見、初めてです‥‥! こんなに美しいものだとは。とても‥‥いい思い出になりました」
「また来年も、一緒に見にきたいわね」
「はい、是非」
真神は、夜桜の下二人の花に挟まれて、困惑していた。酒は飲んでいなかったが、宴会の酒気にやられたのだろう。二人とも酔いが回っていた。
「夏様‥‥。なんであたしの思いに気付いてくれないんですかぁ‥‥!!」
と、右袖をパティに引っ張られると、今度はプリエッタが左袖を引っ張る。
「夏葵さん‥‥。あたしいつもごめんね‥‥。」
昼間はツンツンしていたプリエッタが、酒気に当てられて泣き上戸になっていた。
グイッ。
「あたしにはそんなに魅力がありませんか!? 答えてください!!」
グイグイッ。
「あたしって可愛くないよね‥‥? ごめんね‥‥」
「二人とも、酒飲んでないのに酔っ払うな! 緋沼にい、助けてくれー!」
真神は思わず緋沼に助けを求めたが、緋沼は神無月やシエルたちと共に酔いつぶれた者たちを看病に忙しく、助けられる状況ではなかった。
しかししばらくすると二人ともそのまま眠ってしまったようだ。
「ん‥‥。夏様‥‥。好き‥‥」
「夏葵さん‥‥」
真神は二人に寄りかかられて身動きず、仕方なく二人の頭を撫でながら夜桜を見上げた。
「上から見下ろす桜も中々悪くない」
天守閣から夜桜を満喫しているのは白鐘だ。400年前、ここから殿様が見ていた城下町を、今自分も見ていると思うと、不思議な繋がりを覚えて、ゆっくりと酒を飲む。
「今やこういう時間を持てる事自体が貴重だからな‥‥」
戦場での傷を癒すように、夜桜を見ながら微笑した。
「痛っ」
ミハイルと散歩しながら夜桜を楽しんでいると、葵の足に痛みが走った。慣れない着物と草履に、足を痛めてしまったようだ。
「化けの皮がはがれてきちゃったかしら‥‥」
「それは大変だ」
ミハイルは優しく葵の足と背を持ち、抱きかかえる。所謂お姫様抱っこだ。
「桜の花びらと一緒に消えてしまわぬよう、しっかりと抱きとめておかないとな」
「それはいいネタね。脚本に使えば、きっと相手の女の子も心を奪われるわよ」
そういいながら、葵はミハイルの首に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
「やは〜! ひっさびさじゃな、此の景色を見るのも!」
鬼界は会場を抜け出し、城下町にきていた。見慣れた景色にほっとしる。ふと気づくと、つい生家の有る方を見て居る自分。苦笑が漏れた。
着物の袖を捲り、残る傷跡をそろりと撫でる。誰かに命懸けで繋いで貰った命。
だから、今度は自分が命懸けで誰かの命を繋ぐ番。
彼女にとって、此処は始まりの地、誓いの場所、そして何時か帰る場所なのだ。
改めてそれを再確認し、気合い入れる為に両の頬をぱんと叩く。
「───良し! さ、折角の花見じゃ。楽しまんと!!」
気持ち切り替えて、夜桜を楽しみに宴席へと戻っていく。彼女の手が、舞い散る花びらを掴んだ。今日の記念に、押し花にでもしようか。と、懐にしまいこんだ。
安東と阿木は酔いつぶれたレティアの看病で忙しかった。
「レティア飲みすぎぃ〜」
と、安東が濡れたタオルをレティアの額にかけてあげる。
「これぐらいどってことないよぉ〜」
レティアは笑いながらそういうが、呂律が回ってなかった。しかも阿木に抱きついて、フードの上からもふもふする。
「レティアさん、だから抱きつかないでー!」
「うりうりー、もふもふ〜♪」
なんだかんだいいながら、3人とも楽しそうだ。
カフェの整理も終わり一息ついたシエラは、夜桜を楽しみながらフルートを取り出した。
桜と光と音楽の競演。舞い散る桜が歌っているように、風にフルートの音色が吸い込まれ、響き渡る。
「おらー、酔っ払いども、集まれ! 写真とるぞー」
掛け声とともに、散り散りになっていた傭兵たちが集まってくる。祭りの終わりが来たことを、皆高揚した気持ちとともに感じていた。
全員が揃って、カメラの前に並ぶ。昼間撮った写真より、自然な笑顔がそこにあった。
きっと、彼らは金や、名誉、名声、力のためなどではなく、この笑顔のために戦っているのだろう。
世界中の人々が再び、この笑顔を取り戻すために。
また、来年も桜が咲く。この笑顔が、地上から消えない限りは。