●リプレイ本文
●訓練初日
「いつまで寝ている糞蟲共! 枕に夢だけでなく魂まで食わせるつもりか?」
小鳥の囀りの代わりに、雷のような怒声が宿舎に響く。
幸いなことに、旧世紀のような大部屋に寝台だけの宿舎ではなく、それぞれに個室が与えられていた。
とは言っても、三畳一間の狭い部屋に二段ベッドが置いてあるだけの、狭苦しい部屋だ。
今回は8名の傭兵が訓練に参加したが、人数が増えれば二人部屋として使われることになるだろう。
傭兵たちは着の身着のまま、寝ぼけ眼のまま廊下に並んだ。
「今日から訓練を始める。まずは貴様らのふざけた私服から、この迷彩服に着替えるんだ」
山崎軍曹が持ってきたのは、一般的なウッドランドパターン(森林の模様)の迷彩服だ。
注意深く観ると、模様の中にFT部隊の隊章である、太陽と翼ある狼の絵が隠れている。
「新兵には勿体無い、最先端技術で作られた迷彩服だ。もちろん、後で返してもらう。‥‥1人ずつ取りに来い」
軍曹は傭兵たちの履歴書と情報部からの報告書を見ながら、傭兵の名前を呼んだ。
「木花咲耶(
ga5139)」
「はい」
進み出たのは雅な和服を着こなす大和撫子。血と死の匂いにまみれた傭兵とは程遠い、清涼な気を放っていた。
「代々神主の家系か‥‥入隊理由は?」
「人を助ける前に、己が生き残る術を身につけなければ人を助けることなど出来ないと思い入隊を決意いたしました」
「志は賞賛するが、全ての訓練を終えても人を助けることはできない。ここの訓練は神になる試練ではないからな」
言葉の意味を察したのであろう、木花は厳しい表情で頷き、服を受け取る。
「錦織・長郎(
ga8268)」
「はい」
長身の色男が前に出てくる。ウェーブのかかった黒い髪に、銀色の瞳は敵だけでなく女性の心をも射抜くために使われてきたのだろう。
「元内閣情報調査室所属で、女好きか。少しは骨がありそうだが、戦場にボンドガールはいないぞ」
「まっ、色々頑張って見せますよ、サー」
肩を竦める錦織に服を渡し、顎で戻るように示す。
「次、風山 幸信(
ga8534)」
「はっ」
頭を丸刈りにした男が進み出てきた。エミタが埋め込まれていなければ、頼りになる父親といった風体だ。
だが、瞳の奥を覗くと、心に深い悲しみが刻まれているのがわかるだろう。
「頭を丸めてきたか、いい心掛けだ。戦場で家族と再会しないことを祈る。そいつは死神だからな。家族はいつもお前の心と共にあるだろう。指輪はそのままでいい」
「イエス、サー」
「時枝・悠(
ga8810)」
「‥‥」
無言で軍曹の前に立ったのは、中学生くらいの少女だ。歳相応の可愛らしさは無表情の下に隠されていた。
「入隊理由は?」
「生き残るために」
時枝が話している間も、山崎軍曹の眼は彼女の瞳を射抜いたままだ。青い瞳と黒い瞳
先に眼を逸らしたのは時枝のほうだった。
「狂戦士というより迷子の子猫だな‥‥。戦場に居場所を求めるな。戦友に居場所を求めろ」
「‥‥」
眉間に皺をよせ、納得いかないといった表情のまま、時枝は元に戻っていった。
「カルフィ・ユクスペンタ(
gb0127)」
「は、はい」
参加者のうちで最年少のカルフィは、アメリカ人とロシア人のハーフだ。銀色の瞳に不安を浮かべ、顔を緊張で引きつらせながら前へ進み出た。
「入隊理由は?」
「誰かが傷つくのは嫌だから守り抜く力が欲しいからです」
「自己犠牲のマゾヒストか? お前が得ようとしている力も、誰かを傷つける力でしかない。他人を理由に戦うな」
「‥‥」
意味が理解できないのか、頭に疑問符を浮かべた表情で元の場所に戻っていく。
「次、筋肉 竜骨(
gb0353)」
「ウッス!」
腹からだした大声で返事が返ってくる。竜骨は身長2mもある大男で、筋骨隆々という言葉が似合う大丈夫だ。
「入隊理由を聞いておこう」
「サー、筋肉増量の為に志願しました。皆さんよろしくお願いします」
「戦場で見せびらかすような筋肉はいらん。必要なのは柔軟な肉体と強靭な筋肉、それを包む脂肪だ。覚えておけ」
「サー、イエッサー!」
わかったのかわかってないのかいまいちはっきりしないまま、竜骨は筋肉を見せびらかしながら元の場所へ戻った。
「植松・カルマ(
ga8288)」
「ウーッス」
敬意の欠片もない気だるい返事と共に、チンピラという言葉がぴったりな男が前に出てきた。
金髪を赤い紐で止めたオールバックに、右手にはタトゥーが入れられている。
「一応、入隊理由を聞いてやろう」
「いやーホラ、俺ってマジヤベーくらいパネェじゃねえッスか? そんな俺だから? なんつーの? こんな訓練位ちょれーっつーか?」
「‥‥戦場で真っ先に死ぬタイプだな。ケツの穴締めろ、根性を捻りだせ。さもなければ行き付くのはクソ地獄だ」
「へ、訓練なんてイケメンの俺が軽くクリアしちゃって、教官に俺のスゴさを見せ付けてやるッスよ!」
「此処が鬼が島なら、アレが鬼? まさしく鬼軍曹、か‥‥」
小声の私語を聞き逃さず、軍曹は最後の1人に目を向けた。
「今ふざけた事を抜かしたのはどのクソだ?」
「サー、私であります、サー」
蛇穴・シュウ(
ga8426)が進みでる。片目を髪で隠したどこか神秘的な雰囲気を持った美人だ。
「貴様の入隊理由は?」
「この地球からバグアを駆逐するため。殺し屋志望です」
「勇気あるコメディアン、ジョーカー二等兵。気に入った、家に来て弟を××××していい、とでも言ってもらいたいか?」
「サー‥‥」
「笑ったり泣いたりできなくされたいか、お嬢様? ここは映画の中じゃない! ここは現実だ! しっかり頭に叩き込んでおけ」
「イエッサー」
苦笑いで蛇穴が元の場所へと戻ると、もう一度軍曹は全員の顔を見回した。
「全員着替えてもう一度並べ。訓練を開始する!」
「さー、イエッサー」
●鬼が島・宿舎周辺の道
「今日は東に、明日は西」『今日は東に、明日は西」
「戦場目指して空を飛ぶ」『戦場目指して空を飛ぶ』
「誇りを胸に銃を抜き」『誇りを胸に銃を抜き』
「自由を翼に空を往く」『自由を翼に空を往く』
「キメラ!」『キメラ!』「倒せ!」『倒せ!』
「ワーム!」『ワーム!』「堕とせ!」『堕とせ!』
「FT!」『FT!』「FT!」『FT!』
「掃討!」『掃討!』「殲滅!」『殲滅!』「勝利!」『勝利!』
傭兵たちが歌を歌いながら、敷地内をランニングしていく。訓練所ではお馴染みの光景だ。
「時枝! 植松! カルフィ! 初デートの中学生か? 恥ずかしがってないで大声出せ!」
「サーイエッサー!」
宿舎からでて砂浜へ入り、海岸線に沿って走り続け、食堂までが毎日のランニングコースだ。
まだ音を上げるものはいないが、始終声を出しながら、走りにくい砂浜のランニングはじょじょに傭兵たちの体力を奪っていく。
食堂についたころには、全員迷彩服を汗で濡らしていた。
「歌いながら走るのは平気だと思ってたけど‥‥実際やってみるときっついね」
「そうですね、でもこれも修行のうちです」
「‥‥パネェ?」
女性陣もまだそれほど体力を失ってはいないようだ。
朝食は鮭、漬物、目玉焼き、納豆、生卵、海苔、ご飯に野菜たっぷりの味噌汁の、典型的な和食。
「どうしたカルフィ。喰わないのか?」
風山が箸の進んでないカルフィを見かねて声をかけた。
死んだ子の歳を数えるな、とは言うが、生きていたら息子と歳が近い。どうも気になってしまっていた。
横でおかわりの山盛りご飯をよそっていた筋肉も笑顔で声をかけた。
「飯は、筋肉と体力の源だぜ! カルマを見てみな」
「うめぇ! こんなにうめぇメシは初めてッスよ!! がっ、げほっげぇ、水、みず‥‥」
がっついたせいで喉に詰まらせたらしい。慌てて木花が水を渡していた。
「うん‥‥。でもこの臭いのは‥‥腐ってるんじゃない?」
「そいつは納豆だ。腐ってるんじゃなくて、発酵してるんだよ」
カルフィには初経験の納豆や箸だ、食べることはできたが、かなり時間がかかってしまった。
食事を終えると、まず基礎トレーニング。今日は訓練初日と言うこともあって、ストレッチと柔軟体操、腕立て腹筋背筋スクワットといった、一般的な内容だった。
もちろん、そうは言っても簡単なものではないが‥‥。
「いーーーーーーーーーーーーーーーちっ」
軍曹の声が響く。腕立ての動作を、一つ一つ10秒かけて行う。筋力だけでなく、筋持久力も鍛える訓練だ。
腕を曲げるのに10秒、そのまま10秒静止、10秒かけて元に戻す。
これを50回繰り返すのだ。
「さんじゅにーー! 風山、顎地面についてるぞ! 顎上げろ! 蛇穴、お前はオットセイか? 体を反らせるんじゃない!」
「く‥‥歳かな、俺も‥‥」
「本当、観るのとやるのじゃ大違い‥‥ね」
軍曹は怒声を飛ばしながらも、自分も傭兵たちのメニューをこなしてみせる。
まずやってみせるのだから、傭兵たちも文句は言えなかった。
次は障害物走。ハードルや大穴、ロープに梯子、木で組まれた見張り台に上り下り、今日はまだ設置されていないが、擬似地雷原などが置かれたコースをできるだけ早く走り抜ける。
毎回タイムが計られ、タイムが良くなるまで続けられるのだ。
もちろん、手を抜いて走った途端、軍曹の叱咤と拳が飛んでくる。
「いかにイケメンの俺でもこのダッシュはキッツイっすよ!! 酸素!酸素が!!」
破れかぶれに全速力で走ろうとしたカルマは、ハードルに躓いて後ろの穴に転がり落ちた。
(まぁ、この程度なら序の口‥‥)
軽やかにその上を飛び越えて走りぬける錦織。表情には出さないが、隣で飛ぶ木花をチラ見するほど余力を残していた。
「錦織、まだタイムがよくなりそうだな。後2秒縮めろ」
「‥‥イエッサー」
バイキング形式の昼食の後は、100mダッシュが待っていた。
案の定、普通の100mダッシュではない。3人1組になり、1人がゴールすると共に次が走り出す。走りきるとすぐ次の走者。
これを永遠と1時間繰り返すのだ。初日では殆どの新兵がここで昼食を胃から逆流させる。
「おぅぅぅぇええええ」
朝食、昼食と大量に胃袋にかきこんでいた筋肉も、ついに嘔吐。他のものも、胃液しか吐き出すものがなくなるか、足が持ち上がらなくなるまで走り続けさせられた。
胃と頭が空っぽになったところで、山道へと進む。傭兵たちが先に走り、軍曹がそれを追う。最後尾にくると、軍曹に罵声を浴びせられるわけだ。
「どうした時枝! 戦場で生き残るどころか仲間の誤射で殺されるトロさだぞ! それでも能力者か貴様!」
「‥‥んー!!」
「カルフィ! お前に救われるなんて世界のほうから願い下げだ!」
「ちくしょー!」
「植松、チンタラ走ってるんじゃない! ケツの穴に9mm弾打ち込まれたいか!!」
「‥‥くっそー、誰だよこんな訓練やるとか言い出したの!! ‥‥ハイ、俺でした! 残念賞!!」
「花咲かお嬢様、それでは神様に奇跡をブチ込んでもらえないぞ!」
「神様を冒涜しないでくださいー!」
「錦織! さっきから女のケツばかり追いかけてるんじゃない! 先頭を走れ!」
「アイアイサー‥‥」
「蛇穴! 人のケツの心配する暇があったら自分のケツを心配しろ! RPGぶち込むぞ!」
「さー、いえっさー!」
「どうした筋肉! 自慢の贅肉が重くて走れないか!」
「うぉおおおおお!」
「風山! シェイドにケツ掘られたところをあの世の家族に見られたまま一生終えるつもりか!」
「糞糞クソくそぉぉ!!」
「1人のグズが部隊の移動を遅らせ、部隊を全滅させる! 俺の役目は地上からそういったクズ野郎を刈り取ることだ! 愛する人類の敵を! 気合を入れろ、根性見せろ!さもなくば全員クソ地獄行きだ!」
『サー、イエッサー!』
最後のランニングを終えた時、全員が息絶え絶えで砂浜に横になった。
「よくやったぞお坊ちゃま、お嬢様。蛆虫にぴったりな這いずり回り方だった。次回からは本格的に鍛え上げてやる」
「もうだめ‥‥ギブッス」
「‥‥マジパネェ?」
「神様‥‥不甲斐ない私をお許しください」
「久々に、応えたな」
「筋肉増量‥‥飯食わないと」
「その日のうちに筋肉痛になるなんて、何年ぶりだ?」
「兵隊は走る事と、ケツと地面に穴掘る事が仕事だって聞いてましたけど‥‥こりゃキツいわ」
「全然優しくなんかなかったよ神様‥‥」
思い思いの言葉を口に出しながら、全身の力を抜く。筋肉が悲鳴をあげ、体の内側から針が生えたようだ。海風が火照った体に心地よい。
「時間がないから今日は清掃は免除してやる。食堂に夕食の準備が整っている。食べ終わり次第、風呂に入れ」
『さー、いえっさー』
昼食を殆ど吐いてしまったこともあり、傭兵たちは食欲を最後の力にして重い体を持ち上げた。
夕食はカレーライスにとんかつ、味噌汁かコーンスープ、シーフードサラダにデザートの桃と、訓練所のメニューの中では豪華なものだった。
すきっ腹に食事を詰め込み、汚れと疲れを全て洗い流そうと風呂へと向かう。
風呂場は屋内と露天の二種類。鬼が島は活火山があるため、温泉が湧き出ているのだ。
「あんなキツイ訓練、楽しみがなきゃやってられないッスよぉ」
にやけた顔の植松が女湯を覗きこもうとする。何故かここの温泉は警備が手薄だ。
それどころか、覗きに使うだろう双眼鏡やらが男湯に残されていた。
「誰も考えることは同じってことか。まあ覗いてやるのが男のマナーってものだ」
「や、やめたほうがいいよ、二人とも」
錦織もまんざらではない表情でそれに続き、カルフィも口だけで本気で止めようとしていないことがバレバレだ。
「お、いいところに覗き穴が‥‥」
「どれどれ」
「ちょっと、やめなよ二人とも」
胸を高鳴らせながら、三人が穴を覗きこむと、湯気の向こうに艶かしい女性の裸体が‥‥。
見える前に、眼球に焼けるような痛みが走った。
「いてぇいてぇマジいてええ!」
「おお、流石軍用催涙スプレー。良く効くわ」
「覗きは女性の敵です、天罰覿面!」
「××す」
男湯に道具が置いてあったように、女湯にも対覗き用の道具が揃っていた。非殺傷系の武器は全て持ち込み許可が出されているのだ。
元々、この温泉は覗きは自由なのだ。敵に発見されずに接近し、目的物を手に入れる、また隠密行動中の敵を発見し、目的のものを敵から守るための訓練を日常に取り入れる、というのが理由らしいが、本当は島を改造した人間のただの冗談だろう。
だがその伝統は島が利用されてからずっと続いていた。
「いい湯だねぇ」
「筋肉から骨まで染みわたるな」
3人の嗚咽を聞き流しながら、風山と筋肉はゆっくりと湯に浸かっていた。
夜には自由時間が用意されていたが、就寝時間になる前に全員が眠りこんでしまった。
軍曹が部屋の電気を落とす。
「おやすみ、我が子らよ。次はもっときついぞ」
闇に落ちた廊下に、靴音と鼾が響き渡る。
長い一日が終わった。