●リプレイ本文
●敵は時間だ!
「では、頼んだぞ」
正規軍の部隊長は集まった傭兵たちに作戦内容を説明すると、すでに始まっているアースクエイクの追い込み作戦へ出発していった。
傭兵たちもすぐさま行動に移る。
「よし、では班に分かれて装置を設置しにいくぞ」
Cerberus(
ga8178)の言葉に傭兵たちはうなずき、すぐさま二人組みになった。
最初に二人一組四班に分かれ、北、北東、東、南東の四箇所へ設置する。
「‥‥1本ずつ確実に、やるしかない、か」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は呟きながら咥えていた煙草の火を消して準備を始める。まだ傭兵になって日が浅いこうき・K・レイル(
gb0774)が緊張した面持ちで後に続いた。
「新米やけどよろしゅうお願いしますわ‥‥」
二人はA班で北へと設置に向かう。
B班の諫早 清見(
ga4915)と紫檀卯月(
gb0890)は北東側だ。
「装置は試作でもアースクエイクは掃討必須、作戦成功させるよっ!」
「これが終わったらあそこで晩酌だな‥‥」
諫早は愛用のルベウスを、紫檀は改造強化した長弓を装備し、目的地へと向かっていった。
「今回の大規模作戦で猛威を振るったアースクエイク、その討伐への一歩ですか。直接合相まみえた訳ではありませんが、気になりますね」
「EQ探知機、どれほどの有効性か試させてもらうぜ」
東側を担当するのはC班の旭(
ga6764)と緋沼 京夜(
ga6138)。二人ともそれなりの数の依頼をこなしてきた傭兵だ。素早い動きで周囲を警戒しながら、音を立てずに進んでいく。
最後に残ったD班は南東側へ設置しにいく、Cerberusと崔 南斗(
ga4407)のペアだ。
「あのEQに有効な探知機か‥‥是非成功させて、今までの借りを返してやりたいぜ」
「ああ、そうだな。皆、無線のチェックを」
周波数を合わせると、各班からの返答が返ってきた。電波状況は良好、敵のジャミングはない。
「よし、作戦をもう一度確認する。今回の目的は陣地の周辺八箇所に装置を設置することが目的だ。敵にばれぬよう、注意してくれ」
『了解』『わかった』『ラジャ』
Cerberusと崔はうなずくと、自分たちも目的地へと動く。
「では、作戦開始だ」
●敵の目を欺け
一番最初に目的地に辿り着いたのは、旭と緋沼のペアだ。流石に軍役経験者は場数を踏んでいる。
姿勢を低く保ちつつ、音を立てずに進むと、森の中に入れば敵に察知されにくい。
茂みに身を隠しながら旭が周囲を警戒、緋沼が石などの少ない、適度の堅さを持つ地面を見つけ、装置を突き刺す。
地中に深く突き刺すと、主根から側根が伸びるように装置が展開した。
「よし、後は偽装を施して‥‥」
緋沼は周囲に生えている植物の枝や葉を採取し、装置に取り付けていった。
初めはあからさまに露出していた装置が、徐々に周囲の自然と一体化していく。
「すごいですね、ぱっと見全然わかりませんよ」
「まあ、これくらいなら余裕だな」
『C班設置完了、周囲に敵の気配なし。陣地に帰還します』
「了解、こちらも設置にかかる‥‥。こうき」
「やったるで〜!」
気合一発、地面に装置を突き刺す。だが、山道は岩が多く、なかなか地面に突き刺さらない。
「こんのぉ、し〜ば〜きあげたろか!」
場所を移して再び試みると、今度は深々と装置が地中に固定された。
「よっしゃぁ!」
「シッ、隠れろ」
歓喜に満ちていたこうきの表情は一瞬で緊張に塗り替えられた。気配を殺し、岩場の影に身を滑り込ませる。
声と音に反応して、近くにいたキメラが接近してきたのだ。こうきの頬を汗が一筋流れ落ちる。
そこを動くな、とハンドサインで伝えると、ホアキンは音を立てずに岩場を回り込み、敵キメラの背後につく。
キメラは狼人だった。鼻息を荒くしながら、きょろきょろと顔を振っている。二人の臭いを追跡してここまで来たのだろう。
こうきは早鐘のように打つ心臓と、否応無く乱れる呼吸をどうにか落ち着かせようと必死になった。弓を握る手が汗で滑る。
ホアキンは臭いで敵に察知されぬよう、風下から近づいていく。既に抜き放った長剣を柔らかく握り、いつでも攻撃態勢に移れるように。
時間が引き延ばされる。ほんの数十秒が、こうきには何十分にも感じられた。
先に動いたのは、狼人だった。ホアキンの長剣が光を反射し、地面を照らしているのに気づいたのだ。
狼人は地面すれすれの低姿勢を保って、ホアキンの腹部へ爪を滑り込ませようと接近してきた。
ホアキンも負けずと初撃を剣で受け流すと、覚醒してニ撃目を押し返そうとする。
狼人が巨体を利用し、ホアキンを押さえ込もうと鍔迫り合いになったとき、岩場からこうきの矢が放たれた。
「はずさへん!ワイの弓は百発百中や!」
『グアァァア!』
矢は狼人の左目を射抜いた。苦悶の声を上げて仰け反る狼人の喉へ、ホアキンの長剣が吸い込まれるように突き刺さった。
「ふう、助かったぞ、こうき。こちらA班、敵の排除及び設置完了。帰還する」
『こちらB班、敵と交戦中!』
紫檀は無線機で交信しながら、長弓の弦を引き絞った。視線の先には二匹の狼人。
一匹は灰色の、もう一匹は青緑灰の毛色をしている、覚醒した諫早だ。
3mもある、狼というより熊といったほうがいいような巨体が2m近くある諫早を押さえ込む。
紫檀が狙いを定めようとするが、二匹ともくんずほずれつの激闘を繰り広げているため、なかなかチャンスを捉えられない。
地面を転がるようにお互いの喉笛を狙って爪と牙が交差する。狼人の爪が諫早の喉を狙って突きを放ち、諫早はそれを受け止める。
一瞬の停止を逃さず、紫檀の矢が狼人の背中に刺さる。かまわず爪へ力を込める狼人。耐える諫早。
狼人の背に5本目の矢が突き刺さったとき、ついにその体が揺らいだ。
今度は諫早の番だ。狼人の腹部に足を滑り込ませ、巴投げの形で獣突。近くの岩場に巨体を吹き飛ばし、起き上がりざまに正中線に沿って頭、心臓、肺、腹へと蹴りと拳の連撃。肉を斬り、骨を断ち、内臓を破裂させる。
「敵排除‥‥」
報告を入れようと、狼人に諫早が背を向けた瞬間、狼人が最後の気力を振り絞り大口を開けて牙を光らせた。
その口に、一本の矢が突き刺さる。
「完了、ですね」
「サンキュ、紫檀さん。『敵の死体を処分したら設置に移る』」
「自衛隊出身者となると、この手の仕事ははかどるな」
南東の設置を担うCerberusと崔は、草原を匍匐しながら目的地へ辿り着いた。周囲に敵がいないのを確認し、設置。
Cerberusは自衛隊時代に培った偽装のテクニックを用いて装置を巧妙に隠蔽していく。崔はロングボウをすぐ打てるように矢を番えたまま、周囲を警戒。
仲間の交戦報告が届く中、敵の気配に注意を払いながらの作業だ。集中力と気力がじょじょにそがれていくのが二人にはわかっていた。
慎重かつ迅速に設置と隠蔽を終え、音も無く去る。風が草を揺らすと共に匍匐し、止まればそのまま動かず、細心の注意を払いつつ確実に陣地へと帰還した。
4箇所の設置を終了。
●自身の心に生まれる油断こそ最大の敵
昼に休憩を取った傭兵たちは、万全の体制で夜の行動に移った。
ホアキン、こうきとCerberus、旭の4人は拠点で明日設置する装置の隠蔽工作を行う。
装置に袋をかぶせ、針金で固定、スプレーで着色、目的地付近の植物を付けて完成。
「これならかなり近づかれない限りばれる心配はないだろう」
Cerberusは今朝の設置の際に拾ってきた小枝や落ち葉、若葉などを使って装置を偽装していく。
「なんだか昔を思い出すな‥‥」
「カムフラージュはこんな感じやろか‥‥」
「‥‥学生時代に技術の成績は良かったけれど、美術の成績が低かったので」
不恰好な部分が多いこうきと旭の偽装も、二人の指導でそれなりのものになった。
諫早と紫檀は試作機のダミーを作りながら、今日の戦闘を振り返っていた。
「初陣であれだけできれば大したものだよ」
「いえ、自分がもっと早く掩護できていれば、諫早さんをあそこまで危険に追い込むこともなかったはずです」
「そんなことないですって。おかげで大事な喉を傷つけられないですみました」
陣地に会った簡易シェルター用のパイプを用いて、装置に似せたただのパイプを作る。これを設置すれば多少なりとも敵を欺くことができるだろう。
『こちら崔。北側の装置だが、破壊されている‥‥。修理は無理だな』
崔の足元には力任せに引き抜かれて破壊された装置の残骸が転がっていた。
恐らく休んでいる昼のうちにやってきて壊したのだろう。もしかしたらホアキンとこうきが倒した狼人は、野良ではなく斥候だったのかもしれない。
『こちら緋沼、東側も破壊されている。設置しなおさないとだめだな‥‥』
暗視スコープごしに鉄くずと化した装置を見つめ、緋沼はため息をついた。周囲の足跡をみると、肉球と体毛の痕跡はなかった。
『敵は狼人だけではないみたいだ。注意しよう』
と、無線を切った直後、バサバサという羽ばたきの音と共に緋沼の頭上を何かが飛び去った。
すぐさま身を伏せ、スコープで周囲を確認する。キィ、キィという錆付いた鉄が軋むような声を出しながら、黒い物体が宙を舞っていた。
見た目はコウモリだが、体長が1m、羽を広げると横幅が2m近くある。血を吸うための鋭い牙は、噛まれれば痛いではすまない。
『敵と交戦中、キメラバットだ』
緋沼は落ち着きながらまず周囲を見回した。このキメラバット集団で襲ってこられれば恐ろしい敵となるが、単体なら倒すのはそれほど難しくない。
サイレンサー付きのS0−1を抜き、仲間を呼ばれるまでに速やかに排除。闇夜もスコープによりはっきりと見えるため、射撃は腕の問題だ。
緋沼は羽を支える骨目掛けて一撃目を放った。自慢の羽に穴を開けられたキメラバットは怒声を上げたが、すぐさまバランスを崩して落下。
傷ついた羽では1mもある体を宙に持ち上げることはできない。地面を這いずるキメラバットに、とどめの銃弾を2、3発打ち込む。
『崔さん、そちらもご注意を』
『こちらも排除した。この近くに巣穴があるみたいだな』
崔の足元には3匹のキメラバットが矢の突き刺さった巨体を痙攣させていた。
コウモリは超音波で落ちてくる小石の中を飛行できるというが、キメラ化して巨体となった今はそうもいかないようだ。
近くの岩場にある洞窟にすんでいたコウモリがキメラ化されたのだろう。昼はまだしも、夜は注意が必要だろう。
いくつかの問題を抱えつつ、夜が明ける。朝から傭兵たちは装置の再設置にかかった。
緋沼、旭、諫早の3人は破壊された北側を目指していく。途中、リザードマンに出くわしたが、3人の連携により怪我もなく処理することができた。
「念のため、キメラバットの巣穴も探しておこう」
と、緋沼の提案により装置周辺を探索すると、大きめの洞穴が一つ見つかった。
耳を澄ますと、奥の方から鳴き声が反響して聞こえてきた。
「これ、使っちゃいましょう」
諫早はこっそり陣地の武器箱からくすねてきたスタングレネードを、緋沼と旭に渡す。
「いいのかなぁ」
といいつつ、旭も安全ピンを抜き、3人同時に洞穴の中に投げ込んだ。
鼓膜が破れるような大音響と瞼を焼く眩い光が洞穴を照らすと、キメラバットたちは地面に落ちたり、壁にぶつかったりして混乱した。3人は各々の武器で一匹ずつ処理していく。
3人は手傷も負わずに洞穴内のキメラバットを殆ど掃討できた。
「ちょっと可愛そうな気もしますけど、仕方がないですよね‥‥」
「まぁな。弱肉強食だよ」
『排除完了、帰還する』
『了解、北側には敵影なし。そのまま帰還してくれ』
崔と紫檀は、陣地で双眼鏡を用いて周囲の警戒と狙撃による掩護の役割を果たしていた。
とは言っても、昨日に比べ敵の動きは全くと言っていいほどない。二人が配置についてから、キメラと思われる敵影は一度も見かけられなかった。
長時間の警戒任務は精神力と体力を削いでいく。崔は思わずたばこを吸いたくなり、何も入っていない胸ポケットを触れてしまった。
『こちら紫檀、異常なしです。そのまま設置に移って下さい』
紫檀が覗く双眼鏡の先には、西側に装置を新設しにいったホアキン、こうき、Cerberusの3人の姿があった。
「確か、取り付けるのはこの辺やったよな?」
「ああ」
ホアキンが周囲を警戒、こうきが設置し、Cerberusがカモフラージュする。
役割分担の決まった行動で迅速に作業を済ませると、三人はまた川を渡って陣地へと引き上げなければならない。
「濡れるのは勘弁してもらいたいものだな‥‥」
文句を言いながらも、川底の石に足を取られないよう、慎重かつ素早く渡河する。
だが、どこかひっかかる思いがCerberusの中にあった。
昼、皆が休憩している中、Cerberusは1人設置した装置の確認に回っていた。
敵は姿を見せず、奇襲の絶好の機会である渡河中でも攻撃をしてこない。
もしかしたら、こちらの行動が敵に知られているのか?
思考しつつ設置場所を巡ると、南東の装置が傷つけられていた。破壊に至る前に敵は去ったようで、装置自体の機能には問題ないようだ。場所と偽装を変えて設置しなおす。
夕方になるまで粘ってみたが、それ以降敵からの破壊工作はなかった。
南東側を襲っていたから攻撃してこなかったのだろうか‥‥と思ったとき、ふとCerberusは伏せて地面に耳を当てた。
『‥‥ゥゥ‥‥ゥゥ‥‥』
微かだが、地面が震えていた。
『誰でもいい、装置の数値を確認してくれ!』
無線で連絡をいれつつ、Cerberusは走った。仲間から連絡が入るより前に、部隊長から無線がはいる。
『アースクエイクがそっちへ向かっているぞ! 設置はどうなってる!』
『まだ4箇所しか‥‥』
『はぁ? 装置を設置するだけなのに何日かかってるんだ!? これだから傭兵は‥‥もういい、さっさとそこから離れろ、戦闘の邪魔だ!』
部隊長の罵声と共に無線が切れる。嫌な予感は的中した。見張りを立てずに休んでいる間に、敵がこちらがなんらかの罠を準備していることに気づき、アースクエイクたちに知れ渡ったのだろう。
装置は西、北、北東、南東の4箇所しか設置できなかった。‥‥任務失敗だ。
遠くから近づいてくるアースクエイクの掘削音が、8人の傭兵の耳にこだました。