●リプレイ本文
●あまがえるのなく頃に
舗装されていない田舎道を、一台のおんぼろトラックが走る。
荷台に乗っているのは、8人の傭兵だ。
「すごい、もう膝のところまで育ってますね」
酔ったわけでもないのに、青白い顔をした柊 理(
ga8731)が、田んぼを指差して笑った。
「なんだか懐かしいなぁ。田舎のおじいちゃん、元気かな?」
聖・綾乃(
ga7770)は祖父の田舎を思い出し、物思いにふける。田んぼの匂いと虫の声が、郷愁の念を強める。
「私の故郷にも似たような光景あったネ。懐かしいアル」
ぷりぷりとした体の中国人、R.R.(
ga5135)が、煙草を口から離すと煙で輪を作ってみせた。
「田んぼを荒らすカエルですか‥‥米は美味しい日本酒にかかせないというのに、全く失礼極まりないキメラですね。オシオキが必要ですね、これは」
子供のいたずらを嗜める教師のように、リディス(
ga0022)が呟く。黒いスーツ姿に優しい風で靡く銀髪が輝いた。
「爬虫類は食べるよりペットにすべきだと思うのよ。ま、生餌が必要なのがアレだけど。うん。でも今回は食べれる‥‥のよね?」
花束を抱えてトラックに仰向けになり青い空を見ているのはエリアノーラ・カーゾン(
ga9802)。持っているのは、蛙用の餌につかう、ホトトギスの花だ。白と紫の花は、高原の日陰によく見られる。
ポリネシア流の蛙釣りを試そうと、わざわざ花屋で買ってきたのだ。
「レンジャーに居た頃、食べる蛙なんて丸焼きにするか茹でるかって所でしたから、今回は流さんがどんな調理法をするか楽しみですね」
そう言って揺れる荷台を苦にせず愛銃の手入れをするのは、綿貫 衛司(
ga0056)だ。レンジャー時代から狭くて揺れの激しい車に乗せられるのは慣れていた。
「料理より田んぼのほうが気になるよ。皆で一生懸命手伝った田んぼを荒らすなんて、キメラ許すまじ!」
皆城 乙姫(
gb0047)は可愛らしい眉間に皺を寄せた。自分が苗を植えた田んぼを壊されたため、燃える闘志は凄まじい。
「うん、これ以上荒らさせは、しない」
乙姫を護る騎士のごとく、傍を離れずいるのは篠ノ頭 すず(
gb0337)だ。瞳を覆う眼帯から言えば、姫の傍に侍う者、といったほうが正しいかもしれない。
柊と皆城、篠ノ頭の3人は、以前依頼で水沢家を訪れていた。田んぼへの思いいれも気合の入りようも違うというものだ。
「料理をするにも田んぼを直すにも、まずは蛙を倒せにゃならん。頼むぞ、皆」
運転席の流匠はバックミラーで8人の様子を確認する。返事は聴くまでもなかった。
「それにしても、まだ着かないの匠? 私、お尻が痛くなってきたんだけど」
「ん、こっちじゃないのか?」
荷台の8人の表情が固まる。基地からレンタルしたトラックに乗り、運転を買って出たのは流だ。
「‥‥もしかして、道、わからないのか?」
「県道のところまでしか知らん。3人が何も言わなかったから、こっちの道でいいのかと」
「そういうことは早く言いなさい!」
トラックが止まった。道の左右は田んぼに挟まれ、Uターンする隙間もない。
依頼が始まる前から、前途多難だった。
●水沢家
太陽が天頂から少し傾いた頃、水沢家に続く道に一台のトラックが着いた。
「やっと着きましたね。お尻が腫れていなければいいですけど」
「葉巻がきれるかと思たネ。着いてよかったアル」
「日差しが強いですね、 日焼けしちゃいそぉですぅ〜?」
流石に揺れる荷台にうんざりした傭兵たちが、トラックから降りる。
皆城は我先にと荷台から飛び降りると、水沢家へと坂を駆け上がった。
「団八、喜代、元気だった!? 体の調子はもう良いの?」
家に飛び込んだ皆城を、喜代が抱きとめる。
「あらあら、乙姫ちゃん。よく着てくれたねぇ。すずちゃん、理ちゃんも」
「お久しぶりです、喜代おばあさん」
「あなたも相変わらず、青白い顔してるねぇ。ちゃんと食べてるの?」
皆城の後に続く傭兵たちも、喜代に歓迎された。
それぞれ紹介が終わると、傭兵たちは団八がいないことに気がついた。
「喜代さん。団八さんはどちらに?」
リディスが問うと、喜代は思わず笑い出した。傭兵たちがわけもわからずに、話し出すのを待った。
「ご、ごめんなさい。あの人、さっきまで酔いつぶれて寝てたんだけど。あなたたちが今日来るって聞いたらいきなり起きだしてね。今は鴨の小屋を修理してるよ」
喜代が言ったとおり、家の裏手に回ると、酒臭さを漂わせる老人が一人、小屋の残骸にかなづちを振るっていた。
「団八っ、皆連れてきたよ! またよろしくお願いします!!」
「ああん!? なんだ、お前ら、また来たのか!」
後ろから抱き付いてきた皆城に驚き、団八はかなづちを落とした。
「来るのが遅いんだよ! いや、お前らの力なんか借りなくてもな、わし一人で‥‥」
落としたかなづちが、団八の足の甲に落下する。骨の髄まで痛みが走り、思わず嗚咽を漏らすのを団八は意地で耐えた。
「‥‥と、とにかく、さっさと家にあがれ! どうせ奴が出てくるのは夜だ。はしゃぎ疲れて蛙を始末し損ねたらぶん殴ってやるからな!」
「まったく、うちの人もつくづく素直じゃないねぇ。さぁ、皆さん、ゆっくりしていっておくれ」
水沢家で一息をついた後、傭兵たちは蛙討伐の準備にかかった。
「前の時は楽しかったし勉強になった。今回は我達が戦うべき相手を倒してくる。田んぼはやらせない」
すずの言葉に、喜代は心配そうな顔で頷いた。
団八に聞いた話では、蛙は川の向こう、林の中から現れることが多いそうだ。
「蛙キメラにも通用するかどうからからないけど、試して損はないよね」
「罠と合わせれば効果を期待できますよ」
エリアノーラが持ちこんだホトトギスの花を餌に、綿貫が落とし穴を作った。
穴の中には銃弾が入っている。上からの重みで銃弾に衝撃が加わると、弾丸が発射される仕組みだ。
蛙の身動きが止まったうちに、さらに追撃を加える作戦だ。
前衛のリディス、綿貫、聖、柊、流、R.R.は川の近くに隠れ、皆城、篠ノ頭、エリアノーラの3人は少し離れた場所で待機する。
「葉巻吸いたいネ」
「我慢しろ、匂いでばれる」
田んぼにいる普通の蛙たちが、あちこちで合唱し始めた。
聖が何気なく近づくと、近よった田んぼだけ声が止む。離れるとまた鳴き出す。
「こんな小さな蛙にも、近づいたことがわかるのかな?」
「私たちも気づかれていないといいですが‥‥」
聖とリディスの会話を、綿貫が制した。声を出さずに、指だけで耳を指す。
柊とR.R.はサインの通り、耳を澄ました。
蛙の合唱の中に、枝を折り地を揺らす、異質の音が混じっていた。
すぐさまエリアノーラにペンライトで合図を送り、9人は息を潜めた。
いつの間にか、虫の音が消える。ただ、蛙の声だかけが水沢家の田んぼに響き渡る。
雲が月を覆い、闇が周囲を包み込む。次第に近づいてきた地鳴りが、足で感じられるようになったとき、川の上を何者かが横切った。
いや、横切るというより、飛んでいた。跳ねると表現するには、宙を舞う姿が強烈すぎた。
月が雲間から顔をだし、林から出てきた招かれざる珍客を照らす。
それは良く見かけられる、アオガエルをそのまま巨大化した姿をしていた。
「大きい‥‥ちょっと、可愛いかも」
「蛙は嫌いじゃないけど、コレは別だよっ!? 大きすぎる‥‥!!」
「べたべたぬるぬると気持ち悪い‥‥」
田んぼ側の3人は三者三様な感想を述べつつ、すぐさま攻撃できるように態勢を整える。
「あの大きさならかなりの肉が取れそうアル」
「11人分の料理を作るにはちょうどいいな」
流とR.R.も、獲物に不足なしとやる気を燃やして、相手が罠にかかるのを待つ。
蛙キメラは、ぱちくりと瞬きをし、少し喉を動かすと、ホトトギスの花に興味を示したようだ。今度は軽く跳ねて、花の近くに着地する。
水かきが着いた手と丸い指で、花に触れようと伸ばした。
穴に手を入れた瞬間、銃声が蛙の音楽を引きさいて空に響き渡った。
攻撃開始だ。
「田んぼを壊す悪い子は、お仕置きですよ」
林から飛び出したリディスが、蛙キメラの前に立ちはだかり注意を惹きつける。
「これ以上田んぼには近づかせない!」
綿貫もスコーピオンで牽制しながら蛙の正面に立った。
「アナタの獲物はコッチです! 田んぼから出て来なさい!」
聖がフォルトゥナ・マヨールーを蛙キメラの足目掛けて撃つ。
「お二人が丹精込めて育てている田んぼ、これ以上荒らさせません!」
覚醒して生き生きとした柊も、瞳を燃やしながら洒涙雨を振るった。
蛙キメラは動揺しつつも、この場から離れようと後ろ足だけで飛び上がった。
「炎ならオチャノコサイサイアル、逃がさないネ!」
すかさず、R.R.の炎が襲う。ウォッカを口に含みライターを取り出すと、イーアル功夫とばかりに炎を吐き出した。
さらに綿貫の銃撃が加わり、蛙は撃ち落され田んぼに落下した。
大きな泥飛沫を、エリアノーラがプロテクトシールドで防ぐ。その後ろに隠れた皆城と篠ノ頭が、不意を突かれつつも反撃する。
「ヌルヌルこっちくるなぁぁぁ!」
皆城がパニックになりながらスパークマシンを振り回し、あちこちに電撃が落ちる。これには蛙のほうも驚いたらしい。その場で竦みあがった。
「乙姫の傍に寄るな!」
篠ノ頭のショットガンが火を噴いた。散弾が蛙キメラのFFを突き破り、身体にめり込む。
これは敵わぬと、またしても跳躍した蛙キメラ。再び聖たちの方へやってきた。
包丁を両手に、流が宙を舞った。蛙キメラの眼球と眼球の間、眉間への一撃を加えようとしたのだ。
運が悪かったのは、そのまま蛙がもう一跳ねしたことだ。攻撃を避けられた上に、大きな平手が流の身体を地面に押しつぶした。
蛙キメラが手を上げると、流は見事に煎餅状態で地面にめり込んでいた。
流を助けようと、リディスと綿貫が攻撃を仕掛ける。
どうやら蛙キメラは完全に怒りに満ち溢れていたようだ。大きな口を開けた。
二人が攻撃に備えようとした一瞬。その一瞬で、リディスの身体は舌の先に捕らえられていた。
アオガエルでも宙を舞う蠅を、一瞬で捕らえるのだ。地面に止まってみえる人間を捉えることなど、造作もない。
「この! リディスさんを離せ!」
「食べちゃだめ!」
篠ノ頭と皆城が攻撃を放つと、蛙キメラは素直にリディスを離した。
だが、3人目掛けて、だ。
飛んできたリディスをエリアノーラが受け止めようとするが止まらず、後ろの篠ノ頭と皆城も巻き込んで田んぼの中に落っこちた。
蛙キメラは続けて綿貫も呑み込んだ。今度は吐き出そうとせずに、丸呑みする。
「おじぃさん、おばぁさんの苦労を思い知りなさいぃ〜〜〜っ!」
聖が二刀を交差させ、体重をかけて押し切った。蛙キメラのぬるぬるした表皮が焼けただれ、凍った皮膚が剥がれ落ちる。
「この肉が!」
立ち直った流が、腹部へ包丁を突き立てる。痛みに耐えかねて、綿貫が勢いよく吐き出された。
「イェンレン(炎刃)!」
R.R.の黒刀「炎舞」が刃を伸ばした。火蜥蜴の舌が蛙キメラの身体を捕らえる。
「有るべき所に‥‥帰れ!」
ロングボウに持ち替えた柊が、弾頭矢をつがえ、放つ。
蛙キメラの巨体が揺らぎ、倒れた。勝負は結したのだ。
全身が二度、三度、痙攣して止まる。
田んぼで鳴く蛙たちの声が、鎮魂歌となって響き渡った。
「さて、蛙も片付いたことだし、田んぼの修復を頑張ろ〜!」
「はいっ! 田舎のおじぃちゃんに仕込まれてますから、少しはお役に立てると思いますよ♪」
元気一杯の皆城と聖がハイタッチ。坂を下って田んぼへと駆けてゆく。エリアノーラと柊もその後を追った。
昨夜。
泥だらけ、涎と粘液まみれになって帰った傭兵たちは、風呂場を借りて汚れを綺麗さっぱり洗い流すと、そのまま喜代が敷いた煎餅布団に突っ伏して、泥のように眠った。
リディスと綿貫は見かけより傷が酷く、まだ布団で眠っている。喜代が二人を看病していた。
「すみません、喜代さん」
「とんでもない! こんな傷を作ってまでうちの田んぼを護ってくれて‥‥ありがとうね」
「そう言ってもらえると、救われた気持ちになりますよ」
流とR.R.は蛙を解体にかかっていた。内臓を取り出し、肉を洗うにもこう大きいと一苦労だ。
調理にかかろうとする流の元に、篠ノ頭が近づいてきた。
「乙姫の手伝いをするんじゃないのか?」
「料理、教えてもらいたくて」
片目を恥ずかしそうに伏せて呟いた。
「大切な人にもっと美味しいものを食べてもらいたいんだ‥‥」
瞳を、元気に田んぼを直している皆城のほうへ向ける。だが、流は背中を向けて蛙の調理を始めてしまう。むっとした表情の篠ノ頭に、ぶっきらぼうな流の声が飛んだ。
「料理は愛情、どんな凄腕の料理人も、母親の手料理には敵わないし、どんな不味い料理だって恋人が作ってくれたものなら上手いって言って喰うもんだ。俺に料理を教わるより、今は乙姫の手伝いをしてやれ」
「‥‥わかった」
納得したのか、篠ノ頭は坂を降り皆城たちに合流する。
「何故教えなかったネ? 愛情なくとも、インスタントラーメンは上手いアル」
「ただ単純に嫌いなんだよ、愛とか好きとか。最高の調味料の一つだけど、俺は生憎持ち合わせてない」
「ただ羨ましいだけじゃないアルか」
「‥‥ないのかあるのかどっちだ」
「ふう、これで完成ですね」
「結構疲れるな」
倒れた苗を起こし、土手を補強し、水路を整える。中々の大仕事だ。柊とエリアノーラの額から汗が滴り落ちた。
「私が植えた苗はこの辺りのかなー。みんな、元気になってね」
「いいなー、私も植えてみたかった‥‥」
苗が大きく育つように、皆城と篠ノ頭が祈る。聖が羨ましそうに見ていた。
「料理、できましたよー!」
『は〜い!』
喜代の声に、全員が水沢家へと戻る。用意されたのは様々な珍品たち。
腿肉の唐揚げから、大正時代に食べられていたという夏野菜と蛙カレー。酢豚ならぬ酢蛙に、筑前煮。
全員尾恐る恐る口にする。確かに、味は鶏肉にいていたが、材料が蛙だということを想像してしまうと、味が良くても脳が拒否反応を起こすようだ。
ゲテモノ類を食べなれている綿貫やR.R.以外、箸はあまり進まなかった。
「困ったら、また呼んで下さいね」
「また来るよ。今度は任務じゃなくて、遊びで!」
「団八殿や喜代殿も元気で。無理はしちゃ駄目だぞ」
傭兵たちは二人に見送られ、田んぼの中を帰ってゆく。
稲が実り、収穫するまで時間がある。彼らは再び、この地を訪れることになるかもしれない。
だがそれは、また別の物語だ。