●リプレイ本文
●スコープの先に見えるのは生か死か?
傭兵は仲間を見捨てない。
正規軍と違い、敵地で孤立したとき、傭兵に救助人員が裂かれることは稀だ。
信じられるのは依頼で死地を共に渡り歩いた、傭兵の戦友のみ。
仲間を見捨てれば、自分が窮地に陥った時見捨てられることになる。
傍から見れば正規軍よりも仲間意識が薄いと思われがちだが、その結束は固い。
10人の傭兵は全てその場に残り、反撃の態勢をとった。
「作戦目標は負傷兵救出と狙撃兵の殲滅だ。冷静にいくぞ。傷ついた兵士を公開処刑のようにいたぶることでこちらの冷静さを欠かせ、しとめる気だろう」
緑川 安則(
ga0157)が皆を落ち着かせるため、柔らかい声でゆっくりと言葉を発した。木の陰に隠れながら洋弓アルファルを取り出す。
「煙幕の‥‥代わりに‥‥弾頭矢、撃つよ」
同じく隠密潜行を使い、自分の身の丈程あるアルファルを構えるのはリュス・リクス・リニク(
ga6209)だ。
「‥‥急がなくちゃっ! 今川さんの出血が気になりますっ」
そう言ってサングラスの下で赤い瞳を燃やすヴァシュカ(
ga7064)は、自前のライトシールドに鏡を貼り付け始めた。
「‥‥皆さん手鏡や光物もってません? あるなら頂けませんか?」
「これならどうですか?」
優(
ga8480)が懐から取り出した手鏡を、ヴァシュカの方へ滑らせた。
だが、ヴァシュカの手の中に納まる前に銃弾が鏡を砕いた。
「クソっ! こっちの射程は最高で100mかそこらだってのに、さ‥‥」
アンチマテリアルライフルを持った水流 薫(
ga8626)は思わず毒づく。
SES搭載銃器は威力が高くなるが、射程は短いのが不満だった。
「‥‥俺の目からは逃れられない」
探査の目を使って銃口炎を確認しようとしたユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)だったが、逆光の中微かな火を探すのは至難を極めた。
「う‥‥あ‥‥! いや‥‥そんな」
そんな中、今川の足から流れ出る血に、真白(
gb1648)は恐慌していた。
TVの中でしか見たことのない人間の死が、今彼女の目の前にある。
血液の中を恐怖と死が巡り、彼女の体から急速に体温を奪っていく。体の振るえが止まらない。
その手を、傍にいた鳴神 伊織(
ga0421)がギュっと握った。
「落ち着いて。ここは戦場です。それに、今川さんはまだ助かります」
「そうです、真白さん。今川さんは必ず助けます。私たち皆で、ね」
夏 炎西(
ga4178)も眼鏡の下から優しい瞳で笑いかけた。
「うん‥‥!」
両手で頬を叩き、真白は気合を入れなおす。
「それじゃ、今川さん救出作戦と行きますか」
翠の肥満(
ga2348)がスナイパーライフルに弾を送り込んだ。頬で子猫の影が躍る。
『みんな、ありがとよ。帰ったら旨い飯おごるからな』
傭兵たちの反撃が、始まった。
「よし、これで‥‥ボクが光を反射させて気を引きます。その隙に弾頭矢を撃ち込んで!」
ヴァシュカが小声で言う。緑川、リニク、ユーリ、真白の4人が弾頭矢を装備し、言葉なく頷いた。
弾頭矢で土煙を起こし、翠、夏、優の3人がその間に今川を救出、手当てをする。
鳴神と水流は森に沿って高台を回りこみ、敵に接近する作戦だ。
狙撃班の4人が矢を番える。狙いは今川の向こう。他の5人はすぐにでも飛び出せるように体勢を整えた。
目と目で合図しあい、呼吸が止まる。
生死を分ける、数秒の世界に、傭兵たちは足を踏み込んだ。
ヴァシュカが木から飛び出し、ライトシールドで太陽の光を反射する。優もシグナルミラーでそれに習った。
空気を切り裂いて、超音速の弾丸が盾からはみ出したヴァシュカの体を掠めた。
銃弾が土をえぐる音が耳元で聞こえる。盾を握る手が震えた。
二発目の弾丸がヴァシュカを捉える前に、真白が放った弾頭矢が地面に炸裂した。爆炎と砂塵が周囲に撒き散らされる。
それを合図に翠、夏、優の三人が飛び出した。
煙を貫いて弾丸が飛来する。狙いは今川。身動きのできない彼を先に始末するつもりだろう。
苦悶の表情で体を持ち上げ、匍匐で動く今川の腕を、銃弾が抉った。支えを失った体が再び地面へ崩れ落ちる。
「今川さん、しっかり!」
先に瞬天速を使った夏がが今川に肩を貸して持ち上げた。
「さあ、逃げましょっ。無事、辿り着けたら翠印のおいしい牛乳を贈呈!」
三発目の銃弾が翠と今川の顔の間を通り抜けたが、翠は恐怖のかけらも含まぬ声で励ました。
「背中は私が守ります、走って!」
優は退却する3人をレイシールドでかばう。銃弾が盾にあたり、鈍い音を立てた。衝撃で倒れそうになるのを、腰を低くして耐えた。
「弾幕を途切れさせるな!」
緑川が場所を移しつつ、次の弾頭矢を番えて放つ。他の狙撃手たちも次々に弾頭矢を撃ち込んでいく。
(「‥‥もう誰も傷つけさせない」)
純白の髪を翻しながら、リニクが射撃、移動、隠れる、射撃を繰り返す。
(「私は人を守る為に、銃を撃ちます。それが私の信念‥‥。人を傷つけるために銃を撃つ、今回の狙撃手は許せません!」)
狙われる恐怖、仲間を失う恐怖に耐えながら、真白は瞬きせずに狙撃眼を使い続け、弾頭矢を撃ち続ける。
夏と翠が今川を連れ戻し、大木の後ろに転がりこんだ。優もじりじりと後退し、物陰に隠れる。
「拳士は大隊に及ばず、されど狙撃手の獲物ならずです」
すぐさまヴァシュカが駆け寄り、救急キットで治療を始める。
「‥‥お気を確かに。傷は浅いとは言いませんが、心を強く持ってください」
夏も今川が楽になるよう、横に寝かせて気道を確保する。
苦痛で顔を歪める今川に、ご褒美とばかりに翠が牛乳を手渡した。そのままスナイパーライフルを構えて前線に戻る。
『糞、野郎どんな迷彩してやがるんだ? 銃口炎も何も見えやしねえ‥‥。銃弾の軌道で大体の位置がわからないか?』
「大体の位置はつかんだ。後はもう一発、奴が撃ってくれば捕らえられる」
ユーリの探査の目が、土煙の向こうの敵を逃さぬよう、光っていた。煙が晴れたときが攻勢にでるチャンスだ。
鳴神と水流も高台の側面へと回りこみ、敵の位置を探しつつも、いつでも討って出られるよう、体勢を整えた。
(「姿を見せな、カルロスハスコック気取りの狙撃野郎。二度と銃が撃てないようにしてやるから」)
光を反射させないよう、シャツをかぶせたスコープで、高台を睨む水流。鳴神は視界を広くとり、全体の中から違和感がある部分を割り出すように高台を観た。
土煙が消えた。銃弾は放たれない。
弾頭矢の爆音が鼓膜の奥へと消えていく間、静寂が戦場を支配した。
ヴァシュカの止血と包帯の応急手当で、今川があげる呻き声と、風が木々を揺らす音しか耳を刺激しない。
そのとき、ユーリの瞳が微かな異物を捉えた。
高台に生えたわずかな雑草が、風を受けて揺れている中、その雑草だけ揺れていない。
疑問を解くため、ユーリが動いた。止まった状況を打破すべく、囮となってわざと姿をさらして矢を放った。
ユーリの目が、わずかだが確かに銃口炎を捕らえた。同時に、腕に衝撃と、遅れて痛みが走る。
流血する腕を押さえながら、無線に素早く伝えた。
『敵発見、高台の中腹よりやや高めのところに、風でも動かない草が見える。その10センチ右側から発射炎が見えた』
『わかった、後は任せろ』
『こっちでも確認。‥‥なんかに包まれてる? 見えにくいな』
(「よしよしよし‥‥動くな、動くな」)
水流のライフルが、狙撃手を狙う。だが、距離が足りない。
『皆、SESを切れ』
三六九の言葉を、皆理解できなかった。SES機関を切ってしまえば、通常の兵器となんら変わらない。
『どういうことだ?』
『こういう戦闘は初めてか? キメラ戦じゃSES機関を使わなきゃならないから射程が短くなるが、対人戦なら気にしなくてすむ』
『けど、あの野郎を包んでいる光学迷彩みたいのはキメラなんじゃ?』
『多分な。奴へ直接ダメージは与えられないかもしれないが‥‥。奴の銃なら、破壊できる』
『武器破壊か!』
『スナイパーライフルを持っているのは水流と翠だけか?』
『ユーリの弓なら届くかもしれないな』
ユーリの持つ魔創の弓は、SES機関の伝達に優れているため射程が長いのだ。
『SES機関を切った弓じゃ、銃を破壊できないが‥‥魔創なら切らずとも届きそうか?』
敵の居場所と推定されるのは、大体250m先。飛距離が足らない。弓ではSES機関を切った時の射程は期待できない。
『だめだな』
『じゃあ3人でやるしかねえか‥‥』
『私もいます』
鳴神も無線で聴いた情報から、敵の凡その位置は把握していた。
『4人‥‥か。相手が動かないのが幸いだな』
『三六九さん、こちらも配置に就きました。上手く仕留めてやりましょうや‥‥それと、今川さんは無事ですぜ』
『そうか。よかった‥‥皆、ありがとう』
『礼を言うのはまだ早いよ。さっさとしないと奴に逃げられる』
『そうだな。仕掛ける‥‥か』
(「どうやらこちらに気がついたようだな」)
発見されることは男の予測のうちだった。できれば射撃耐性のデータも取りたい。
まだ逃げるときではない、と男は判断したが、潮時というものを把握していた。
銃から手を離さずに、脇に置かれたバックパックを引き寄せ、スイッチを取り出した。
(「もう少し遊んでやろう、小僧」)
『俺が囮になる。翠と水流はその間に銃を狙ってくれ。鳴神は無理をするなよ』
『了解』
茂みの中から、翠と水流のスナイパーライフルが狙撃手を狙う。他の者も、いざとなれば射程距離まで接近して戦えるように、準備を整えた。
三六九は膝撃ち、翠と水流は伏せ撃ちの姿勢。
三六九の銃弾が、放たれた。スコープや狙撃眼でその瞬間を見ていたものに、衝撃が走った。
銃弾が何かに吸い込まれた。着弾点には穴は開かず、ただ普通の風景だけが残っている。
敵の銃が唸った。三六九の狙撃銃がはじき飛ばされる。拾おうとせずにハンドガンを抜き、接近。
翠と水流の銃も火を噴いた。だが冷えた銃身から発射された弾丸は、狙った部分から30センチほど外れて着弾する。
鳴神も森から飛び出し、刀を抜いて疾駆した。左手にはS−01を握り、接近したらソニックブームとともに射撃を食らわすつもりだ。
敵は側面を突かれたことにも動揺せずに、冷静で冷酷な射撃を行った。
近づいてきた鳴神の太腿を、銃弾が貫通した。動脈を狙われ、血が霧のように噴出した。
『糞っ!』
鳴神の撃たれる姿を左目で観ながら、右目で敵を睨みつけ、水流は二発目を放つ。
その銃弾も外れると、狙撃手の弾丸が水流の肩甲骨を掠めた。
三六九が連射する弾丸が、地中に吸い込まれる。
翠は、敵の銃口が自分に向くのがわかった。
『Goodbye』
銃弾が交差する。一発は翠の頭上をかすめ、もう一発は金属音を立てて狙撃銃に命中したことを告げた。
決着がついた。
(「銃を破壊されたか‥‥」)
男は壊れた銃をその場に置くと、表情ひとつ動かすことなく、すぐさま退くことに決めた。
(「迷彩率は高いが、動けないのでは意味がない。銃も完全に隠しきれていないのも問題だな‥‥。まあ、親バグア派の人間に使わせるには十分といったところか」)
穴をはいでると、森へと身を隠す。男の姿はすぐに見えなくなった。
三六九は敵の殺気が消えたのを確認すると、すぐさま鳴神に駆け寄った。
「大丈夫か!? 畜生、動脈をやられてるな‥‥」
悪いな、と一言断ると、ハンカチを取り出し、足の根元で強く結んだ。
すぐさま他の皆も駆けつけ、傷口を消毒して包帯で止血する。
「今川さんも鳴神さんも重傷です、早く医者に見せないと」
「無線でサイエンティストを寄越してもらおう。立てるか?」
「はい‥‥」
真白も反対側の肩を持って支えてやる。今川のほうはヴァシュカと夏の手当てで大分落ち着いてきたようだ。
水流も傷口の上をベルトで縛り止血してやってきた。
「奴、倒したのか?」
「いや、逃げられたみたいです‥‥」
優が指差した先には、狙撃手がいた場所に穴が開いていた。
「どうやらこれが奴の迷彩の元みたいだな」
緑川は周辺に落ちていたぶよぶよした物を、ペンですくって容器に入れた。
「スライム‥‥?」
「どうやら背景にそのまま擬態するみたいだな」
「だから風に揺れた草までは擬態できなかったのか」
身動きを取れないとはいえ、完全に背景と同化するスライムと狙撃兵が一緒になれば恐怖としかいいようがない。今回は死者が出ずにすんだが、次はどうなるかわからない。
UPCに持ち帰り調査の必要があるだろう。
「結構いい銃、使ってたんだな、あの野郎」
地面に落ちていた敵の狙撃銃に、水流が手を伸ばす。
「やめ」
翠の制止する声が届く前に、銃に触れた。
銃についたワイヤーが引っ張られて、中に仕掛けられていたトラップが作動する。
穴の内部が爆発し、爆風が穴から吹き出し、水流を中心に穴の周囲にいた者を吹き飛ばした。
「くそ‥‥痛ってぇ」
「砂、口の中に入っちゃいました」
証拠隠滅のためのトラップだったのだろう。大怪我をしたものはいなかったが、耳は爆音でやられてしまった。
「敵の物にはトラップが仕掛けられてないか確認しましょうね」
ため息交じりの翠が、砂まみれで気絶している水流を助け起こした。
「早くここを離れましょう。態勢を立て直してまた追撃してくる可能性もないとは言えませんし」
夏の提案に皆異論はなかった。怪我人に手を貸し、可能な限り素早く高台を降りて森に入る。
「さて、帰ったら三六九さんに何を奢ってもらいますかね」
「私は美味しい日本料理がいいですね」
痛みをこらえながら鳴神が言う。
「じゃあ私はドイツ料理を」
「僕は牛乳をたっぷり使ったシチューがいいですね」
「私はフランス料理!」
「旨いミリメシで」
「ボクはイチゴ食べ放題」
「私は新しいシールドがほしいです」
「俺は狙撃銃がほしい」
「私は料理の本がほしいですね」
「‥‥リニクは甘いもの‥‥」
「おいおいまてまて、一人一人奢らせるつもりかよ!? しかも料理じゃないのまで混ざってるし!」
「治療費込みなら安いほうだと思いますが?」
「くっそー、今川、半分払えよ」
「いいですよ。命の恩人、ですからね」
壊れた銃を片手に、三六九は高台の方を振り返った。
(「奴が待ち伏せしていたとしたら、なぜ森の近くで撃った? 遮蔽物のないところで狙えば、2、3人は殺されていただろう‥‥。こちらを倒すのが目的じゃなかったのか?」)
狙撃手の腕は確かだった。こちらを全滅させようと思えば、いくらでも方法があったはずだ。
疑問を抱えつつ、仲間に呼ばれて足を速めた。
狙撃手との戦いは、これが終わりではない。始まりに過ぎないと、傭兵たちも気づいていた。
だが、今は暖かい料理と柔らかい清潔なベッドが何よりも恋しく思えた。
死線を交える戦いは、とりあえず終わったのだから。