●リプレイ本文
●ソラオヨグ。
KV格納庫。
傭兵たちの翼たちが収められたこの場所は、今日も賑わっていた。
離陸許可を待つもの、機体を整備してもらうもの、エンジン音もものともせずに食事するもの。
そして、空を愛する傭兵たち。
「うーん、良い天気だにゃー! 今日は思いっきり飛んじゃうぜー」
紫煙を揺るがし、しなやかな身体を天へと伸ばしながら歩いてきたのは、日溜りの傭兵、フェブ・ル・アール(
ga0655)だ。
新しく手に入れた機体、S−01Hを慣らし運転しようと、ウキウキしながらスキップ。
「この子とも初飛行だね。新しいこの子も前の子同様に、可愛がってあげないとね」
同じく新しくCD−016、シュテルンを購入した香倶夜(
ga5126)も、機体に近づいた。まだ傷一つ付いていない装甲に触れると、冷たさが心地よい。
思わず喜びで飛び跳ね、ポニーテールを揺らしている香倶夜の横を、貨物運搬用の台車が通りすぎる。
「ヒャッホー! お!? ‥‥あ、あれシュテルンじゃね?」
体重を傾け、Uターンしてきた台車を操っていたのは、金髪に黒いトレンチコートの男、ジングルス・メル(
gb1062)。
「これ、あんたの機体か? いいなー! 俺も乗ってみて〜!」
「皆さんの機体、全て別機種なんですねぇ。展覧会とか航空ショーみたいですね」
驚く二人の間にいつのまにか割り込んでいたのは、ニコニコ笑顔のサイト(
gb0817)。頭にはちょんまげカツラに眼鏡という姿で、メタボ気味なお腹をポンと叩いて自己紹介。
「この頃、KVにも乗ってませんねぇ。久しぶりに行ってみましょうか」
「ぷ‥‥は‥‥はっはっはっは! あんたなんでちょんまげなんだよ〜!」
笑いすぎて仰向けに倒れたジングルス。そのまま台車が動き出して、KVの下を潜り抜けていってしまった。
「笑ってもらえました。成功でしたね♪」
一層ニコニコ笑顔を強くしたサイト。香倶夜も釣られて笑みをこぼした。
その隣で、実戦に持ち込むことが無くなったS−01に、手を触れるアグレアーブル(
ga0095)。
初めて共に空を飛び、幾多の戦いを潜り抜けた翼だ。愛着は強い。
「アグはS−01か。その機体、乗り心地良い?」
機体の下から台車に乗って顔を出したジングルスが問いかけた。アグレアーブルは表情を変えず、視線だけ下へ動かした。
「空は〜広いな〜大きいな〜、星は輝き〜日は昇る〜っと。アグちゃん、ジグ、許可とってきたかい?」
二人の沈黙を破るように、茶髪の偉丈夫、ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)がやってきた。
「俺の方は雷電の武装解除に、時間がもうちょっとかかるみたいだ」
「積んでいかないの」
「ああ、雷電にゃ、いつも足を止めての殴り合いみたいなことしかさせてないんでね。思いっきり飛ばしてやりたいなぁと」
どんな傭兵も、自分の命を預ける機体に強い思い入れがあるものだ。それは戦場を離れても同じこと。
無論、空中飛行を楽しもうというものだけではない。
「燃料の補給頼む、ひと暴れしてくるから、満腹にしといてくれ」
すでにパイロットスーツに身を包んだ伊藤 毅(
ga2610)は、整備班に告げると傭兵たちへ近づいてきた。
「FSに参加する傭兵の方はこちらに」
FS――ファイタースウィープ。戦闘機で敵機を撃墜、航空優勢の確保を目的とした任務のことだ。
最も、敵との戦力差が無い場合、こちらも損害を受けることになるため、効率が悪い。
ゆえに通常は行われないのだが、今回は確認された敵は小型のHW1機。
「伊藤さんだね? 俺は諫早 清見(
ga4915)。今日はよろしく」
青緑灰の髪を持つ諫早が、元気な声で挨拶してきた。人見知り気味な伊藤の手を取り、力強く握手。
「FSって、敵をぶん殴って喧嘩売って帰って来る事? なーんだ、簡単かんたん」
「あたしもいきます! シュテルンのPRMシステムを試す、いいチャンスですから」
フェブと香倶夜の2人も参加して、4人での戦闘となる。
「では、準備が済み、離陸許可が降り次第出発しましょう。僕も腹ごしらえを済まさないと」
●蝋の翼か、明日への翼か
『こちら管制塔。離陸許可が降りた。7番滑走路へ』
「了解、タキシング開始する」
伊藤の乗ったバイパーが滑走路へ向けて動き出す。3機も後に続いた。
コックピットの中で、諫早は手を伸ばした。
青い空に、妖しく浮かぶ‥‥赤い星。
親指で覆い隠す。
「今はまだ‥‥でも、誰もがどこまでも飛べるように、今できることをしよう」
いつか、あの星を落とすために。
エンジン点火。滑走路を走る機体。徐々に重圧が傭兵たちを襲う。
機首をあげ、空へと旅立つ4羽の鳥たち。
「各機、方位205、高度5000フィート、速度400ノットで固定、作戦空域に向かう」
「了解」
編隊を組み、敵機が確認された空域へと向かう。
「さすがに新しい子だと操縦にも勝手が違ってくるね。慣れないとみんなに迷惑を掛けるから、この子にも早く慣れるようにしないとね」
シュテルンの12枚の可変翼、4基のバーニアを手足のように操るには、エミタのAIに頼るだけではなくパイロットとしての経験とインスピレーションが必要になる。
どんなに優れた兵器でも、それを用いる人間がなまくらなら意味が無い。
香倶夜は機体の癖を飲み込んでおくべきと、仲間と平行飛行しながら感覚を研ぎ澄ませていく。
「下から見上げる空も悪くないが、手につかめる高さで飛ぶ空はもっと楽しいね!」
フェブは緊張感の欠片も感じさせない。純粋にS−01Hでの飛行を楽しんでいるようだ。
『BEE、BEE』
レーダーに敵機反応。伊藤が仲間に告げる前に、雲の中からレーザー砲による攻撃が放たれた。
「回避!」
4羽の鳥たちが舞う。諫早の放ったロケット弾と、フェブのホーミングミサイルが雲の中に突き刺さった。
「空のお掃除の始まりだ〜♪」
しかし、雲から飛び出してきたHWはほとんど無傷だった。お返しとばかりに、レーザー砲と飛行キメラが雲から飛び出してくる。
「NEMO、エンゲージ」
伊藤のミサイルがキメラを撃ち落す。レーザー砲の一薙ぎを機体を回転させ交わし、反転。
「PRMシステム、あなたで試してあげる!」
香倶夜のシュテルンが形を変える。雲の間から微かに見えるHWに、攻撃特化した螺旋弾頭弾を叩き込んだ。
ドリル状になったミサイルの先端がHWの装甲に突き刺さり、黒煙を上げる。
「当たった!」
「ナーイス、香倶夜ん!」
「油断しないで。次が来る」
「ボギー、5オクロック、高度3000、速度320、右旋回中」
「じゃんじゃん来なさい、全部撃ち落してあげる!」
●空へ堕ちろ
金色の髪を纏め、プレイヤーのスイッチを入れる。コックピット内に溢れる音。
『Fall into the sky,Flying in here only as for you』
遅れて発進したアグレアーブルは、離陸すると機首を上げ、そのまま高度を取っていく。
目指すは高度20km付近の紫紺の世界、成層圏。
気温が−70度にもなる対流圏を音速で突き抜けていくと、機体に付いた水の分子と、急激に冷却された金属部が音を立てる。
それさえも風となって消えていった。エンジン音も心音も吹き飛ばされた時、雲の絨毯から抜け出した。
眼前に広がるのは、黒、紫紺から青へと変わる空と、大地のように広がる雲。
景色にしばし心奪われた後、携帯を取り出しカメラで外を撮影する。数枚の画像と、動画を2、3つ撮った後、高度を落としていった。
「お待たせしました、”ジュエるん”」
鮫のエンブレムが付いた雷電――同じ小隊のジュエルの機体だ。
「ん? もういいのかい?」
機体を急降下・回転・旋回させていたジュエルもアグレアーブルの機体に近づいていく。
今度は二人で連携行動を試みる。通常速度から全速力への急加速、そこからの急旋回。
極限の世界。兄と同じ世界に足を踏み入れ、同じ景色を見ているのだろうか?
そう思ったジュエルの体を、急激なGが襲う。機体の振動も大きくなり、操縦が困難に。
「ぐっ! やっぱ制御がキツいし、止まるスキが致命的だよな。‥‥アグちゃん、ついてきてる?」
返事代わりにレーダー反応がしっかり背後から近づいてきている。
その中に、別の反応が映った。戦闘中の伊藤たちとHWだ。
流石に兵器をはずした今の機体では、役には立てないのはわかっている。機首を回してUターン。
「バグアがいなけりゃもっと羽を伸ばせるんだろうけどなあ」
飛行機雲を引きながら飛び回るアグレアーブル機とジュエル機を見て、サイトは微笑んだ。
「二人とも、いい仕事してますねぇ」
メタボ気味なお腹を耐Gスーツに押し込んで、巡航速度での左右旋回、ブースト使用しての旋回を試みる。
最高速度で旋回しると、恐ろしい重圧がサイトの脂肪を弛ませる。
「おおおお、やっぱりこのGは利きますねぇぇぇ。舌を噛みそうですがぁぁダイエットぉぉぉ」
急旋回や急加速など、激しい機動を行うと強力なGが発生する。
耐Gスーツには中の気嚢が膨らませ、血液が一箇所にとどまるのを防ぐ効果がある。KVパイロットには欠かせない。
「アグっちーー♪ ジュエルーー♪ サイトーー♪」
覚醒し、コックピット内に花の香りを撒き散らしながら、歓喜の声を上げるジングルス。
何よりも優しい青に抱かれ、どこまでも高く――。
「空大好きっー! サイコー!」
空には四筋の飛行機雲。鳥たちは囀りながら、思うが侭に翼を広げた。
●巣に戻り、翼を休め‥‥
「ぼちぼちか、各機、そろそろ帰るぞ」
表示された自機と仲間の燃料・弾薬数を確認する。潮時と判断し、伊藤が撤退の命令をだした。
追撃、奇襲に備えて、ある程度余裕を見て撤退するのが傭兵の鉄則だ。いざという時、正規軍と違い援護は来ない。
「それじゃあ、俺が殿を。皆は先に」
諫早のイビルアイズに備わった試作型対バグアロックオンキャンセラーは、攻勢時だけでなく撤退時にも効果を発揮する。
重力波に乱れが生じ、追跡してきたHWの動きが鈍る。
「アイアイ♪ 最後にお別れの挨拶だよー!」
とどめとばかりに、フェブの高分子レーザーがキメラたちを落とす。
「あたしもこの子もお腹がすいてきたよ。早く帰ろう」
香倶夜も残りの短距離用AAMを打ち切ると、転進。
「マーセナリーよりAWACS、これより後退する」
バグア側からの追撃はしばらくすると振り切ることができた。敵も正規軍ではない傭兵相手にそこまで執心してはいないようだ。
太陽は地平線に沈みつつあった。青の世界が赤く染まる。
8羽の鳥たちはラスト・ホープへ戻るべく、空を駆けていた。
「‥‥」
赤と白、微かな闇色で彩られた雲の絨毯を、再びアグレアーブルは携帯で写真に収めた。
空と同化し始めた赤い星を見上げ、諫早は顔を歪めた。
「いやあ、今日一日で2キロは痩せたかもしれませんねぇ」
「どうせこの後、飲んで食って寝て元に戻るんだろうけどな!」
「それは言わない約束ですよ」
サイトとジングルスは疲れた身体を一刻も早く休めたかった。
KVの操縦は交戦しなくても、乗っているだけで体力を削られる。無論、交戦していた伊藤たちはなおさらだ。
「私はシャワーでも浴びて、汗を流してさっぱりしたいよ。あと煙草が吸いたい〜! KVに乗りながら吸える煙草、開発してくれないかにゃ」
「そいつはいいけど、コックピットの中まで黄色くなっちまうな!」
通信しながらも操縦桿を握る手が、段々と痺れてくる。着陸するまでは油断できない。
夕日が沈む前に飛行場に着かないと、暗闇の中で着陸することになる。疲労時には避けたい事態だ。
疲労感と窓の外に広がる美しい景色に、それ以上言葉を発するものはいなかった。
滑走路に誘導灯が点く。速度を落とし、角度を見極め、車輪を取り出す。
例え空に舞う鳥とはいえ、止まり木がなければ落ちてしまう。
8人の傭兵たちも空から地面へと帰還すると、安堵感からどっと汗が噴出した。
F1レーサーはレースを終えると体重が5キロも減るものもいるというが、KVのパイロットも同じように消耗が激しい。
コックピットから降りる手足は一般人と同じように、疲労で震えていた。
無論、空を愛する彼らにとって、それさえも心地よい疲れに過ぎないのだろうが。
「今日はあんがとな。綺麗に磨いてやるから」
ジングルスは愛機をぽんと叩くと、整備班と共に機体を整備し始める。
「思った以上に消耗したので、またいつでも飛べるように、補充お願いします」
伊藤は感情的になるのを抑えて、仲間に挨拶をして手早く格納庫を去る。
今日の戦果に満足していたが、臨時に戦闘を共にするものとより旨く連携できないものかと、考えていたからだ。
「はぁ‥‥楽しかったですね♪ 久々に心の洗濯をさせていただきました」
早速缶ビールを開けるサイト。フェブも早速煙草に火をつけると、ジングルスも一本頂戴して紫煙を吐き出した。
香倶夜は整備班の女の子に分けてもらったクッキーで、空腹を紛らわせていた。
「今日の食堂のメニューは何かな〜♪」
夕日は地平線の向こうに沈んだ。空は虹のように七色に変わる。
さらに時間が過ぎ、完全に光がなくなると、空は星によって彩られていった。
「夜空も飛んだら楽しいだろうけど、今日は布団に包まってゆっくり眠りたいな」
諫早も流石に疲れたのか、大きくため息をついた。
(「兄貴も、こんな空が好きだったのかなあ‥‥」)
いくつもの表情を持ち、誰の上にも平等に広がる空。ジュエルは失った兄に思いを馳せる。
アグレアーブルは携帯の写真と動画をメールに載せて、仲間に贈っていた。
8羽の鳥たちの休日は終わった。明日からはまた、別の戦場、別の空へそれぞれ飛び立っていくのだろう。
赤い星に比べたら非力で小さな、この人類の最後の巣を守るために。
今日も明日も、ただ空は変わらず、そこに在り続ける。人類もバグアも、わけ隔てることなく‥‥。