●リプレイ本文
●腹が減っては戦はできず
「紳士淑女、兵士に傭兵に視聴者の皆さーん、こんにちは〜! これより、第一回新作レーション大試食会を開始します!」
訓練場の一角に作られた仮設ステージの上で、アナスタシア・ピルカ(gz0145)が握り締めたマイクに向けて叫んだ。
「腹ペコ戦士たちの食欲を満たすべく、ラストホープから選ばれた挑戦者たち! 早速入場してもらいましょう!」
小学生が作った運動会の入場門にも劣る、貧弱な張りぼての門を通って、7人の傭兵たちが現れた。
「けひゃひゃ、我が輩がドクター・ウェストだ〜」
どこからか取り出したマイクを握り、高笑いと共に登場したのは、ウェスト研究所所長のドクター・ウェスト(
ga0241)。傭兵の中で、知識で彼の右に出るものは少ない。
「ありゃ、紹介前にでてきちゃった。ゼッケン1番、ドクターウェストさんです!」
「我が輩にかかれば新型レーションの開発など‥‥」
「はいはい、席についてくださいねー。次にゼッケン2番、イーリス(
ga8252)さんです!」
金髪を靡かせて入場する美少女の姿に、会場の男たちは息を呑んだ。
「よろしくお願いいたします」
観衆へ向かって完璧なお辞儀をするイーリス。メイド養成学校を卒業したのは伊達ではない。用意された席に座る所作も優美なものだ。
「メイドさんの手料理、楽しみですね! 続いてゼッケン3番、櫻杜・眞耶(
ga8467)さんです!」
金髪が美しいイーリスに続き、黒髪の大和撫子登場に会場が沸く。
「皆はんよろしゅうお願いします」
零れるような笑顔で歓声に答える櫻杜。兵士たちがレーション以外の部分で点数を引き上げないか心配になってきた。
「皆さん趣旨を間違えないで下さいね‥‥。次はゼッケン4番、ミゲル・メンドゥーサ(
gb2200)さんの登場です!」
日焼けした黒い肌に白い歯を光らせ、営業スマイルで出てきた男。
「南米育ちの浪花商人、遠藤繁いいますわ。よろしゅう頼んます」
「あれ? 名前違ってました?」
「いや、誤植と聞き間違えで登録されてしまったんですわ」
「あーあー、シゲルとミゲル、遠藤さんとメンドゥーサですか。なーるほど! って、んなワケあるか!」
アナスタシアのノリツッコミが決まったが、会場は静まり返る。棘のある冷たい沈黙が‥‥。
「鉄板のギャグがぁ!」
「あたしのツッコミが甘かったかな、巨大ハリセン用意しておけばよかった! 続いてゼッケン5番、佐藤 潤(
gb5555)さんです!」
軍服に身を包み登場した佐藤、軍隊式敬礼をやってのけると、審査員の兵士たちも敬礼を返す。
「佐藤です。よろしく」
にこやかに笑ってみせると、今度は観客の女性陣から黄色い声が上がった。
「続いてはゼッケン6番! 弥谷清音(
gb5593)さんの入場です!」
アルティメット包丁を携えて現れたのは、顔立ちの幼い長髪の、可愛らしい少女。
「食堂希望亭特製のレーションをあじわってみて下さいね♪」
にっこり笑って手を振ると、観客席からも拍手が帰ってきた。
「弥谷さんは炊き出し小隊で活躍されています、料理が楽しみですね! そして最後になりました。ゼッケン7番、桂木穣治(
gb5595)さんです!」
桂木も弥谷と同じくアルティメット包丁を握り締め、白衣を身にまとって登場した。
「料理は愛情、笑顔はパワーだぜ!」
豪快な笑いと共に、カメラへ向けて愛娘の名前を叫ぶ桂木。観客たちにも笑顔が広がる。
「桂木さんは弥谷さんのおじさんなんですね。親戚同士頑張ってください! それでは審査員の二人にご挨拶願いましょう!」
選手に続いて審査員の山崎軍曹と王道人が紹介される。
「戦場という生と死の狭間で、兵士は食事により生を感じる。黄泉の国の食い物を作るなよ」
山崎に続いて王道人が立ち上がって挨拶する。
「生きることとは、他の生き物を殺して喰らうこと。食糧になった命への感謝を忘れぬよう」
「お二人ともありがとうございます! それでは、観客の皆さんも視聴者の皆さんも早く始めろとお思いでしょう。まずは選手の皆様にくじを引いてもらいます!」
傭兵たちの前に、くまさんが四角い箱を差し出した。それぞれ中に入った紙を一枚ずつ、選んで取り出す。
一番手は佐藤だ。審査員と兵士たちの前に、三つの缶詰が用意される。
「自分が用意したのは、パン、鶏のクリーム煮、ザワークラウト、キャンディーです」
スクリーンに調理中の映像が映し出される。
鶏の腿肉と玉ねぎに火を通し、ミックスベジタブルとブイヨン、白ワインを投入して煮込む。小麦粉とバターを合わせて溶かし、さらに煮込む。摩り下ろした生姜を加えて煮詰めれば完成だ。
「食べるときに余裕があれば、水を足して煮込めばシチュー風になります。パンを入れて煮込んでしまうのもおいしいですよ」
兵士たちが缶切りの刃を突き立てると、食欲をそそるシチューの香りが広がる。残念ながら作戦中と同じ状態のため、暖かくはないが、柔らかく煮込まれた鶏肉は十分旨味が溶け込んでいた。
副菜のザワークラウトはドイツやフランス、ポーランドで食べられる、キャベツの漬物だ。
「個人的に好きなんですよ。キャベツの塩漬け」
「では審査員の点数を見てみましょう!」
アナスタシアは8点、山崎が6点、王が7点の21点。
「佐藤選手、21点獲得です! それでは王さんにお話を聞いてみましょう」
「ビタミンCが豊富なザワークラウトは航海中の保存食として使われた歴史を持つ。塩分補給にも最適だ。レーションに加えるのに適しているだろう」
「なるほど、歴史に裏づけされた食べ物なんですね。それではお次の選手!」
「二番手はわたくしのようですね」
イーリスが進み出ると共に、今度は袋が配られる。
「パイナップル入り鶏炒飯、豚肉の野菜炒め、青マンゴーのサラダです」
まずはそのまま召し上がってください、というイーリスの言葉に従い、水分を失いぱらぱらになっている炒飯を口に入れた。
「乾燥状態でそのままスナック感覚で齧る事を前提に、少々極端な味付けにしておきます」
ナンプラー、魚やえびを発酵させて旨味を引き出した魚醤で味付けされた炒飯は、乾燥していても舌を喜ばせる。粒胡椒と粉胡椒の刺激が口の中に広がった。豚肉と野菜炒めはカレーとバジルの香りが食欲をそそる。
袋に湯を注ぐと、さらに香りは強まる。我慢できない兵士たちは、時間がたつ前にスプーンを入れた。
「これは美味しいですねー! 私は文句なし10点です」
しかし山崎は5点、王は7点の、22点となった。
「山崎軍曹、点数の理由はなんですか?」
「確かに味は申し分ないが、パインやマンゴーはプラント栽培でも数が限られる。それに匂いが強すぎるのも問題だな。キメラの中には鼻が利くものもいるし、戦場ではそうでなくても匂いに敏感になる。通常なら大丈夫だが、隠密作戦時には使えないな」
「ありがとうございました。ただ今22点でイーリス選手、ついで21点で佐藤選手です」
三番手は櫻杜。彼女も佐藤と同じく、缶詰型を選択していた。
「私の献立は玄米入りのご飯、魚のアラの煮凝り、牛肉とセロリの焼き物、たくあんです」
スクリーンに櫻杜の調理光景が映し出される。割烹着姿で台所に立つと、女性としての魅力が一層際立って見えた。
7:3で混ぜられた白米と玄米を洗い、水に漬ける。魚のアラをぶつ切りにして、醤油と出汁で煮込んでいる間に、セロリとニンジンを牛肉の薄切りで巻く。
「手際がいいですね。それにセロリのお姉さんの称号は伊達じゃないようです」
審査員たちの前に用意された缶詰。数ミリの金属の蓋の下に、心のこもった料理が眠っていた。
「冷めた後や保存のことを考えて、味付けを濃い目にしてあります。玄米入りご飯はコスト削減と健康面にも考慮しました」
「煮凝りはコラーゲン豊富で、女性の兵士さんには嬉しい限りですね! 10点です」
山崎は7点、王は9点と、合計26点で櫻杜が首位に躍り出た。
4番目になったのは。
「けひゃひゃ、やっと真打である我が輩の出番のようだね〜」
白衣を海風になびかせ、颯爽と壇上に進み出たドクターウェスト。
「ウェスト研究所の知識を集めたレーションを味わいたまえ」
モニターには、明らかに料理を作るものとは思えない、実験器具の前で、料理というより調合というべき行為によって食糧が作られていく。
袋の中には、完成品の妖しい物体が入っていた。一見、無味無臭のカンパンのように見えるが。
「パンのように隙間を作ることでボリューム感を出し、そのままでもふやかしても食べれる、そしてどんな調味料も邪魔をしない味、どうだね!」
ドクターの自信に反して、審査員の兵士たちの顔は冴えない。
『味がなぁ』
「ふむ、旨味がないと‥‥、ならばコレ〜、イボテン酸旨味調味料〜」
ドクターが白衣のポケットから怪しげな粉末を取り出し、兵士たちのカンパンもどきに振りかけていく。
恐る恐る口に含む兵士たち。段々と瞳の光が失われ、表情が虚ろになっていく。
「ちょっと、これはやヴぁいんじゃないですか?」
「イボテン酸はグルタミン酸の約10倍の旨味があるのだよ。まぁ、ベニテングダケに含まれるだけあって、幻覚などの中毒症状も引き起こすんだけどね〜。量間違えたかな」
『喰わすなよ、そんなもの!』
しかし時すでに遅し。食した兵士の中の数名は体調不良を訴えて担架に乗せて運ばれていった。
結局アナスタシアが4点、山崎が6点、王が3点の、合計13点になった。
「もう次行きましょう、次!」
5番を引いたのは弥谷だ。
「私のメニューはサフランライスに鶏肉と野菜のカレー煮、野菜コロッケに粉末ジュースです」
サフランライスは食欲のわかない兵士への配慮である。カレー煮は元々兵士たちに人気の高いカレーにみじん切りにした生姜を加えてある。
「生姜には健胃・止嘔作用があります。さらにカレーの辛さと合わせて、体が温まりますよ!」
じゃがいも、コーン、グリンピースで作られたコロッケで野菜もしっかり採ることができる。粉末ジュースには浄水剤も着き、食後は全てを包むビニール袋も完備している。
「ふむ、サフランライス、カレー煮は文句の付け所がないが、問題はコロッケだな。揚げ物は真空パックと言えども揚げたての感触が味わえないのが残念だ」
と、王は8点の札を上げた。アナスタシアはグリンピースが苦手と8点、山崎は9点を上げ、合計点は25点となった。
六番手は桂木。
「俺の料理の腕前は、他の皆には及ばないかもしれない‥‥。だが、愛情と真心なら誰にも負けないぜ!」
桂木の料理は主食の餅をはじめ、縁起を担いだおせち料理をイメージして作成されていた。
主菜は筑前煮、副菜は大豆と昆布の煮豆、飲料はお汁粉だ。
「戦況の見通しが良くなるように『レンコン』、ずっとマメに働けるように『大豆』、やがて喜びに繋がるように『昆布』と、縁起の良い食材で作ってみた。八百万の神様が味方についてくれること間違いなしだ!」
だが残念ながら、真心と愛は永遠だが劣悪な環境に置かれたため、餅が固くなってしまっていた。そのまま食べることもできず、お湯で戻すとパックにくっついてしまうので、中々食べずらい。
その点を考えてか、山崎の点数は5点と少なかった。アナスタシアは8点、王は7点となり、合計点は20点だ。
最後になったのは遠藤だ。
「南米と郷土料理の融合、みせたるわ!」
メニューはキヌア・黍・黒米・荒挽小麦入りの雑穀飯に、スジ肉と脂身サラミのスパイス煮・ハバネロ添え、ヤーコン・ジャガイモ・玉ねぎ・豆類・大豆淡白合成肉のトマト煮フェジョアーダ風、南米フルーツのピュレ。
フェジョアーダとはポルトガルとその旧植民地で食べられる、豆と豚、牛肉を煮込んだ料理のことだ。
「雑穀飯は安価で栄養素が豊富なら何でも混ぜてもらえればええで。欧米人にはサラダに、日本人には米に、負傷者にはお粥にも。スパイス煮と合わせてピラフにもなりまっせ」
予算まで仔細にはじき出すところは、流石は浪花の商人といったところか。
「美味しいんですが‥‥ハバネロが、ハバネロが‥‥!」
添えてあったハバネロを入れすぎたのか、アナスタシアは辛さに苦しみ7点。
山崎と王は7点を上げ、合計点は21点だ。
「さあ、ただ今の順位はさんが26点で1位、2位が弥谷さんの25点、3位が22点でイーリスさん、21点が遠藤さんと佐藤さん、20点が桂木さん、13点がドクターウェストさんですね。これに兵士さん20人がそれぞれ1ポイントずつ、合計20点が加わります! まだまだ勝負は見えませんよー!」
ドラムロールが始まり、モニターに表示された数字が点滅しながら変化していく。
「奇跡の逆転となるか、誰が一番になるのか‥‥緊張の瞬間です!」
皆宝くじを握り締める心持ちでモニターを睨んでいた。
ドラムロールが止まるのと同時に、モニターにはっきりと数字が映し出された。
「でました! 1位はなんと、45点で弥谷清音さんです!」
弥谷は飛び上がって喜ぶと、カメラに向かってピースサインを送った。
「明音お姉ちゃん、私やったよー!」
「2位は惜しくも1点差で櫻杜眞耶さん、44点です!」
「ありがとうございますぅ」
「3位は兵士たちに人気が高かった、遠藤繁さんが41点で入賞しました!」
「皆おおきに! Obrigado!」
「それでは山崎軍曹にお言葉を頂きましょう」
「入賞しなかった選手も、知識、技術を用いてよく頑張ってくれた。例え戦場に居ずとも、諸君の頑張りが戦場に立つ兵士を励ますことになるだろう。彼らに代わり、私から諸君に礼を言う」
山崎軍曹がお辞儀をし、3人に賞状を渡すと、観客たちも大きな拍手を贈った。
こうして第一回コンバットレーション大会は幕を閉じたのであった‥‥。
「残ったレーションはスタッフが美味しく頂きました♪」
優勝した弥谷にサインを渡し、一通り観客もはけてきた頃。
アナスタシアはほくそ笑みながら審査員たちが残したレーションや、予備用の未開封のレーションを抱えていた。
「これで暫くは食べ物に困らないね、くまさん!」
振り返ったアナスタシアが見たのは、ドクターの作ったカンパンを食べて目を回す一匹の熊。
「く、くまさぁああーん!!」
大会による入院患者数、7名。