タイトル:【鍋】富士登山鍋マスター:遊紙改晴

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/12 02:25

●オープニング本文


「 冬の寒い時期、皆で囲めば会話が弾み体も心も温まる鍋。
 1人で囲んでも心に侘びしさを感じる時もあるが、体を温める鍋。
 万年常夏の地方では、香辛料たっぷりのアツアツを囲み、額に汗を掻き乍ら食べる鍋。
 犬やら猫が入って人を和ませたり、思わぬ物が入っていて恐怖を与える鍋。
 鍋の蓋をあければ。そこには、色々な物語が詰まっている。

 ──今、一つの鍋があなたの目の前にある。
 この鍋は、あなたにどんな物語を齎してくれるだろう?」

 「まんまとやられたわ‥‥孔明の罠よ」
 UPC本部に飾られたサンタクロースの人形を丁寧に取り外しながら、傭兵の平都子はため息をついた。
 『クリスマスのパーティで余ったケーキや料理があるんだけど、一緒に食べない?』
 と、受付嬢のアンに誘われ、一食浮かそうと来てみれば、パーティの後片付けという大仕事が待っていた。
 「人聞きの悪いこと言わないで。ちゃんと手伝ってくれたら、料理もケーキも好きなだけ食べていいから」
 「でも、最初から手伝わせるつもりで呼んだんでしょ?」
 サンタの人形の埃を落とし、脚立を支えるアンに手渡すと、彼女は少し申し訳なさそうに微笑んだ。
 「まぁ、そうなんだけど」
 「やっぱり嵌められた‥‥。絶対、心の中で『計画通り』ってほくそえんでるよ、アン」
 「はいはい、ごめんごめん。でも文句ばかり言わないで、さっさと済ませちゃいましょうよ」
 二人は姉妹のように彼氏やダイエットのことを話しながら、飾りを手早く片付けていく。
 30分もすると、UPC本部はパーティの華やかさが消え、いつもの整然とした姿に戻っていた。
 「ちょっと、寂しい気もするわね」
 「一年で一度だけのイベントだからね。さぁ、シャワー浴びて埃を落としたら、今度は残り物を私たちの胃袋にしまっちゃいましょう」
 「‥‥アン、また太るよ」
 「‥‥それは言わない約束です」
 都子がアンの後を追おうとしたとき、壁に貼られた一枚の紙が視界に入った。
 「アン、あの紙は取らなくていいの?」
 「ああ、あれね。今日、軍曹さんが来て貼っていったものだから、そのままでいいわ」
 「軍曹さん?」
 「都子と同じ日本人で、若いけど実力と経験があるから、新兵教育を任されているって噂よ」
 「ふぅん‥‥」
 同じ日本人、ということで興味が沸いたのか、都子は紙に近づいて書かれている内容を読んでみた。
 紙には墨と筆で書かれた、日本語と英語の美しい文字が並んでいた。

 『富士登山
 作戦目的:霊峰富士に登り、御来光を拝むつつ、鍋を囲む。
 作戦日程:2007年12月31日 0700 富士宮口にて現地集合
                  0730 参加者点呼
                  0800 登山開始
                  1230 第一大休止・昼食
                  1630 第二大休止およびキャンプ準備
                  1800 夕食(鍋)
                  2100 就寝
      2008年 1月 1日 0500 起床
                  0530 登山再開
                  0630 頂上到着
                  0640 御来光・朝食(鍋・お雑煮)
                  0900 下山開始
                  1200 大休止
                  1400 下山完了予定
 ※防寒・キャンプ用具は必須。登山用具貸し出し有り。高山病対策不可欠。
 ※名古屋大規模作戦の影響を受け、登山ルートの変更もありうる。バグア、キメラの目撃情報は皆無のため、武装は最小限で可。
 ※鍋の具材は基本的に当方が負担するが、鍋に投入したい具がある場合、個人で用意すること。
 ※参加者の身の安全は当方が責任を持って保障する。
 参加者求む』

 「‥‥アン、これ読んだときに何も疑問に思わなかった?」
 「え? 何が?」
 「富士山に登るのは、普通夏なのよ。というよりも、登山は夏! 冬に山に登ろうなんて、自殺行為だわ」
 富士山の山開きは7月1日から8月末が普通である。登山客もこの時期に集中し、山小屋も営業している。
 だが冬真っ只中の12月に登山をする場合、雪に覆われ厳しい寒気と風に耐えながら登らなくてはならない。
 吹雪になればルートも誤ることもあり、なだれの危険もでてくる。普通の登山家なら登山しようとは思わないだろう。
 「え‥‥でも軍曹さんは『自分は毎年登っておりますから』って‥‥」
 「熟練者でもそんなことする人いないわ!」
 「でも、日本人にとって富士山とか、御来光っていうのは特別なものじゃないの?」
 「それはそうだけど‥‥。命を賭けてまで登るかしら」
 「毎年登っているってことは、何か理由があるんだと思うの。外すのは気が引けるわ」
 「う‥‥。でも、まず集まらないと思うけど」

●某自衛隊基地
 山崎心人軍曹は、年末の新兵教育を終え、基地内を兵士たちとともに清掃していた。
 「軍曹殿」
 「どうした、水上」
 新兵の水上はこの一年、心人軍曹の厳しいシゴキを乗り越えてきた一人である。
 入隊時の貧弱さからは想像できないほどの頑強さを身に付けた彼は、教官である心人軍曹に尊敬の念を抱いていた。
 それだけに、今回の企画への疑問が頭に残った。
 「掲示板に貼ってあった登山の応募ですが‥‥無謀ではありませんか。冬の富士登山は熟練の登山家でも命を落とす危険があると」
 「参加は強制ではない。危険と思った参加者には途中でリタイアし、待機しているものに保護してもらうよう、手はずはついている。
 それに能力者・軍人であれば、冬の寒さを耐える修練も必要だ」
 「しかし‥‥、軍曹殿はどうしてそこまで‥‥」
 「‥‥ただ、約束を果たすだけだ。質問はそれだけか? 貴様も早く帰省の準備をすることだ」
 銃の手入れを終え、弾薬が全て外されていること、セーフティロックがかかっていることを確認し、箱に収納する。
 箱に厳重に鍵がかけられる。水上隊員は数秒軍曹の背中を見つめた後、敬礼してからその場を去った。
 清掃は完了し、隊員たちは各自の兵舎へと戻り、軍曹一人広い部屋に残った。
 心人軍曹は胸ポケットから何かを取り出し、しばらく見つめていた。

●参加者一覧

真田 一(ga0039
20歳・♂・FT
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
フェブ・ル・アール(ga0655
26歳・♀・FT
沢村 五郎(ga1749
27歳・♂・FT
大山田 敬(ga1759
27歳・♂・SN
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
皐月・B・マイア(ga5514
20歳・♀・FC

●リプレイ本文

●そこに山があるから?

 2007年大晦日。人々は家でコタツに入り、みかんでも食べているのだろう。
 好き好んで寒い家の外にでて、さらに寒い雪山に、しかも富士山を登ろうとする者などいない。
 ‥‥ここにいる傭兵たち以外は。

 霊峰富士、5合目。登山口近くの駐車場に、自衛隊の車両が止まっていた。
「まさかこのご時世で富士登山する機会が来るとは思わなかったな」
 感慨深そうに白鐘剣一郎(ga0184)は呟いた。
「これが霊峰の名高いフジヤマかー! いやー、いっぺん登ってみたかったんだよにゃー♪ 私ってば高い所が大好きだから」
 初の富士山にフェブ・ル・アール(ga0655)は、見えない尻尾を振っていそうな喜び様だ。
「‥‥フッ! 傭兵初仕事で御来光を拝めるとはな! やはり私は太陽神たる『ヘリオス』に好かれているとしか思えん!」
 情熱で緑色の瞳を輝かせているのは皐月・B・マイア(ga5514)だ。
「富士山はぁ、初めてですね〜。高い所で見る太陽はー、どんなでしょうか〜?」
 ラルス・フェルセン(ga5133)は緑茶をティーカップで優雅に啜りながら微笑んでいる。
 大山田 敬(ga1759)、沢村 五郎(ga1749)、鏑木 硯(ga0280)の3人は雪中行軍の訓練として依頼を受けたらしく、
 戦闘時の装備を手入れして、荷物と一緒に持っていくつもりのようだ。
「‥‥‥‥」
 真田 一(ga0039)は、少し離れた場所で空を眺めて思い出に浸りつつ黄昏ていた。
「もう揃っているのか。少し遅れたか」
 アリスパックを背負った男が真田の前に現れた。鋭い眼光を放つ瞳が、真田の黒い瞳と交差する。
「‥‥ここまで登ってきたのか?」
「ああ、いい準備運動になった」
 男は真田の肩を叩いた。そのまま何も言わず、集合場所へと歩いていく。
「参加者全員揃っているようだな。私が山崎だ」
 山崎心人軍曹はそう言って、ずっしりと重いアリスパックを地面に下ろした。
「あ、軍曹殿! この度は貴重な機会を設けて頂き、誠にありがたくあります。
 何分にも雪山には不慣れでありますので、宜しくご指導ご鞭撻のほどを、Sir!」
 隊員とフェブの敬礼に釣られて、他の傭兵たちもぎこちなく敬礼をする。山崎軍曹は苦笑した。
「今日は軍人として来ている訳じゃないんだ。そう畏まらないでもらえるか。‥‥ああ、こいつらは自主的に手伝いを申し出たうちの馬鹿どもだ。登山用具を持っていない者は、こいつらから受け取ってくれ」
 軍曹は隊員にすぐ防寒具を用意させた。自分も汗で濡れたシャツを着替え、防寒具を着込む。
「冨士は寒いから防寒着を着ろだと? はぁ‥‥着ればいいんだろ」
 皐月が文句を言いながら着替えが終わると、軍曹はアリスパックから何かが詰まった袋を取り出した。
「これを靴の指先に入れておくといい」
 彼が差し出したのは、真っ赤な唐辛子だった。
「地味な方法だが、安価で効果的だ。指先の凍傷を防げる」
 軍曹の言葉に従い、雪山登山用ブーツに唐辛子を詰める。
「各自、健康状態のチェックは受けたか? これから我々が登るのは日本一高い山、霊峰富士だ。体調が万全でないものは、無理せず言ってほしい」
 もちろん、リタイアを宣言するものはいなかった。
「それでは2007年12月31日、0728。現時刻より富士登山を開始する」

●富士山に 登らない馬鹿 二度登る馬鹿

 隊員たちの応援に見送られ、9人の登山は始まった。雪も厚く、厳しい道のりだ。
 山崎軍曹は先頭に立ち、常に一定の速さで登っていく。足元が危険な部分は安全を確かめ、雪を踏み固め、ロープを用いて進む。
 傭兵たちの頼みもあり、雪中行軍や戦闘についての知識を語りながらの登山となった。
「戦闘中でも移動中でも、もっとも注意しなくてはならないのは、皮膚が濡れていないか頻繁にチェックすることだ。これを怠ると、すぐ凍傷に罹ってしまう。皮膚が黒ずんでくると凍傷が進行している印だ」
 軍曹は八甲田山遭難事件を例に、雪山での気象の変化・防寒への注意を傭兵たちに話して聞かせた。
 恐らく9人の中で最も重装備であるにも関わらず、話しながらも呼吸が乱れることはない。
 傭兵の中でも大山田と沢村のコンビは獲物を探す余裕まで見られた。
「寒ウドならもう芽吹いてるって話だぜ」
「俺はウサギとかがいいな〜」
「話しながら歩くのはー、無理です〜」
 逆に、肩で息をしながらついてくるラルスは皆の体力に関心していた。
「そうだな、雪崩の心配もなさそうだ。一度ここで小休止するとしよう」
 軍曹の指示にほっと息を吐き出し、傭兵たちはその場に座って休憩をとる。
「なるほど、これは‥‥予想以上だな。軍曹は毎年これを?」
 話しながら白鐘がリュックを降ろそうとするのを、軍曹が止めた。
「小休止ではリュックを肩から外さないほうがいい。休止時は敵から奇襲を受けることが多い。すぐ移動できるようにしておけ。それに5分ほどの休憩では降ろすと、余計疲れるぞ」
 軍曹は各自に手足の先をマッサージするように指示した。血流が良くなれば体温も上がり、凍傷も防げるからだ。
 短い休憩の後、9人は登山を再開した。

 日が昇り気温が上がると、雪の状態がさらに不安定になってくる。
 体力に自信のある傭兵たちも、足に纏わりついてくる雪の重みに四苦八苦していた。
「‥‥寒い! 寒すぎるぞ! 何? 大声を出すと雪崩? ‥‥くっ」
「しまった、日焼け止めクリーム塗るの忘れたにゃー!」
「日焼け止めくらいで大騒ぎするな! それより寒すぎる」
 声を上げたフェブに皐月が文句を言ったが、女性にとっては大事な問題だ。高度が上がれば紫外線も強く、雪の反射もある。
「はい、どうぞ」
 慌てる二人に、鏑木がクリームを差し出した。
「ありがとにゃー♪」
 フェブは早速受け取り、顔にクリームを塗っていく。初めは拒否していた皐月も、二人に勧められてクリームを使った。

 7合目まで登ると一度目の大休止に入った。各自重い荷物を降ろすと、肩が嘘のように軽く感じられる。
 昼食は鏑木のおにぎりとラルスが用意した紅茶が振舞われた。
 弁当箱のおにぎりは寒さで硬くなってしまい、そのままでは食べられなくなっていた。
「折角用意してきたのに」
 気落ちする鏑木を、真田が励ます。防寒具を着込んでいなければ二人とも女性と見間違いそうだった。
 軍曹は小さい鍋と携帯用ガスコンロを取り出す。
「フェブ、カレー粉を持っていたな。使わせてもらうぞ」
 鍋に水とカレー粉をいれ、熱する。テントの中にカレーの食欲をそそる芳香が充満する。
 弁当箱からおにぎりを一つ取り出すと、カレーに少し付ける。
「寒い場所では食料も凍りついて食べられなくなるからな。昔は油紙でおにぎりを包み、凍結を防いだそうだ」
 カレー味になってしまったが、鏑木の手作りおにぎりで体力を回復し、ラルスのお茶で体温を取り戻した一行は、再び過酷な登山へ戻った。

 段々と雪の登山に慣れてきた傭兵たちだったが、次なる困難が彼らを待ち受けていた。
 8合目付近まで登ってきた頃だ。初めに症状が現れたのは皐月だった。
「うぅ‥‥」
 歯を食いしばり、荒い呼吸で頭痛に耐える。酸素が薄くなってきたことにより、高山病になったのだ。
 眩暈がし、手足がむくみ、雪から足が抜けなくなる。一歩進むのに今までの5倍の労力が必要になったように思われた。
「はぁはぁ‥‥くっ! 意地でも登るぞ‥‥誰がリタイアなぞ‥‥」
 さらにラルス、体格の小さい鏑木と大山田が高山病になった。軍曹がアリスパックから酸素缶を取り出し、全員に渡す。
 呼吸するのも辛い。全身を使って呼吸する気分だ。
「頑張れ皆。御来光を皆で見るんだ」
 白鐘が皆を励ますが、死線を潜り抜けてきた傭兵とはいえ厳しい環境との戦いは過酷を極める。
「体力に余裕のあるものは荷物を肩代わりしてやれ」
 軍曹は指示をだしつつ、自分のアリスパックの中に皐月の荷物のほとんどを詰め込み、背負いなおした。
「もう少ししたら山小屋がある。それまで気合で登れ」
 先頭を真田と白鐘、沢村の3人に任せると、軍曹とフェブは後方に回り、疲労する4人を励まし、あるときは叱咤する。
「あら皐月ちゃん、お姉さんが背中を押してあげようかにゃ〜?」
「余計な‥‥お世話だ!」
 強がりの皐月はフェブにからかわれると顔に覇気を取り戻した。
「相棒、これくらいで、へばってるんじゃ、ねえぜ」
「誰が、へばってるって、ぇえ?」
 前から呼びかける沢村の声に、大山田もペースを取り戻す。

 前にいく4人も激しい頭痛に襲われてきたころ、やっと本日の目標地点である山小屋にたどり着いた。
 全員疲労困憊の色を隠せない。軍曹は8人を狭い山小屋に休ませ、手早く火をおこして暖を取らせた。
 回復能力のあるものがいないため、救急パックを使って治療を施していく。
 靴擦れや転倒した際の打ち身切り傷。外傷は特に念を入れて。
 軍曹は鍋に皆が持ってきた具材を放りこんだ。暖まるように、キムチ鍋を作るらしい。
 隣では沢村と大山田が採ってきた山菜と皐月が持ってきたほうれん草を煮込んだ山菜汁が香りを放つ。
 高山病で食欲不振になることもあるそうだが、この料理の前には関係なかった。
「うん、やはり鍋は美味いな。じゃんじゃん食うぞ!」
「スープや煮込みにはー、国では豆やジャガイモが普通ですよ〜? ‥‥鍋って煮込みですよねー?」
 皆先を争うように鍋をつついていく。次々に追加される具も、見る見るうちに胃の中に納まり、綺麗になくなった。
 最後はキムチ鍋の汁にご飯を入れ、雑炊を作った。沸点が低くなっているため、米の味が心配されたが、食べ終わった後の米粒一つ残っていない鍋が全てを語っていた。

 身体を寄せ合い、曲げあい、傭兵たちは山小屋の中で寝袋に収まる。
 外は風が強く、小屋がきしむ音が耳障りだった。小屋の中心で、コンロにかけられたヤカンがカタカタと音をたてる。
 湯気を上げるヤカンを火から降ろし、カップに注ぐ。インスタントの珈琲だ。
 そこに数滴のブランデーを注ぎ、解凍した蜜柑を絞って果汁を加えて香りづけする。
 全員にカップが渡ると、しばしの静寂が訪れた。風の音、火の音、呼吸する音、珈琲を啜る音。
 いくつもの音が交錯し、それでいて静かな時間が過ぎてゆく。
 初めに言の葉を紡いだのはフェブだった。
「軍曹殿は、この富士登山に何か特別な願がおありなのですか?
 雪中訓練も重要とは言え、毎年必ずと言うのは、特別な思い入れを感じさせますが‥‥
 あ、いえ。自分の純粋な興味であります。お話になりたくなければ結構であります」
 白鐘とラルス、鏑木も、軍曹を見つめた。
 珈琲を啜る。再びしばらくの静寂の後、軍曹は口を開いた。
「私が新兵の時、今と同じ様に軍曹殿と一緒に富士に登ったんだ。そのときある約束をしてな」
「約束‥‥ですか」
「ああ。それを守るために、毎年この山に帰ってきている」
「その約束というのは?」
「グスッ‥‥父さん‥‥母さん」
 皐月の寝言だった。疲れて丸くなって眠っている。
 鏑木は皐月を起こさぬよう、優しく涙を拭ってやった。
「皆、今日は良く頑張った。明日は早い。寝過ごすと御来光に間に合わなくなるぞ。もう寝ろ」
 天井につるしたランプの光を絞る。闇が傭兵たちを包み込んでいった。
 疲れて眠る8人の傭兵たちを、山崎軍曹は1人眺めていた。

●2008年元旦

「起きろ!」
 大山田と沢村の二人の肩が激しく揺さぶられる。それでも目を覚まさない二人の顔の上に、お湯のしみこんだタオルがかぶせられた。
「あっち〜!」
 これはたまらず、二人とも寝袋から這い出してくる。皆それぞれに着替えを始めていた。
「男が着替えないと私たちが着替えられないだろ。早く着替えて出ていけ」
 二人は慌てて着替えを始めた。

 朝5時半、山小屋より出発。山頂はもうすぐだ。
 今まで遠く思えていた山頂が、すぐ近くにある。皆の足は軽くなった。
 雲海が視界の下にある。その合間から、小さく町が見えた。それだけでも素晴らしい景色だった。

「おぉ‥‥着いたぞ!」
 諸手をあげて喜ぶ皐月だけでなく、他の傭兵たちにも歓喜の笑みが浮かんだ。
 真田は腕時計で時間を確認した。
「間に合ったようだな‥‥」
 皆荷物を降ろし、360度の絶景を眺める。雲海の果てから、光がこぼれ始めた。
 次第に光は強くなり、雲の絨毯を美しく染め上げていく。
 そしてついに、太陽が雲間から顔を出した。
『‥‥』
 光が世界を照らす。今年初めての光だった。
 光が、眼球を通り、網膜を刺激する。それだけに留まらず、傭兵たちの肉体を貫き、魂にまで光が刻み込まれる。
 言葉と思考を失い、ただただ、その素晴らしさの前に9人は立ちすさんだ。
 軍曹は、胸のポケットへ手を入れた。その手には、一枚の写真といくつかのドックタグが握られていた。
「山本、桐生、アイン、姫百合、沖田、王。見えるか、あれが約束の御来光だ」
 軍曹が語りかけたのは、バグアとの戦闘で死んでいった者たちだった。
 毎年、バグアに殺された生徒や友を弔うために、彼は富士へ登っていたのだ。
「‥‥母よ、私は必ず父のような強い人間になってみせるぞ。泣いてない‥‥泣いてないぞ!?」
 皐月は母への思いを誓った。
(見守っていてくれ。直ぐにそっちにいくわけにはいかないから長い目で‥‥憎しみは全部俺が背負うから安らかに‥‥)
 真田は失った恋人へ誓った。
「Som alla ar lycklig 皆が幸せでありますように」
 ラルスは皆の幸せを願った。
「こいつぁ良いもんだな」
「朝日が目に染みるぜ」
 沢村と大山田は、互いの無事を心の中で願いあった。
「空が好き!!」
 フェブは自分の気持ちを大声で叫んでいた。
(もっと強くなりたい‥‥できれば、可愛い女の子とも知り合いたいなぁ)
 鏑木は年相応の男の子らしい願いを。
「これまで戦い抜いてきた人たちの努力を無駄にしない為にもこの力を精一杯揮う。俺はこの朝日に誓おう」
 白鐘は決意を。
 それぞれの思いが、9人の胸に宿る。
 光は、その全てを優しく包んでくれた。

 朝食の鍋は大盤振る舞いだった。白鐘の名古屋コーチンと真田の大根を使った水炊きから始まり、鏑木がつくったアゴからだしをとった雑煮も振舞われた。
 沢村と大山田はもってきた酒でできあがり、未成年は軍曹がこんなこともあろうかと持ってきたシャンメリーで乾杯した。
 大山田の弾くギターで皆で歌い、踊り、食べ、祝った。今までの苦労が実った気持ちが、傭兵たち皆の胸に生まれた。
 軍曹はブランデーが入ったコップを、日にかざし、もう一度去っていったものたちへ祈りを捧げ、飲み干した。

「諸君、帰るまでが登山だ、気を抜くな!」
 荷物は行きより軽い。足も自然と軽くなる。
 美しい景色にさよならを言い、傭兵たちは下山を始めた。
 今日が、よい一年の始まりとなることを信じて。