タイトル:大凡才と蜘蛛の糸マスター:遊紙改晴

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/07 17:43

●オープニング本文


●大凡才はカンダタを釣り上げる夢を見るか?

無骸楽太研究室と書かれたプレートが目に入る。ここで間違いないようだ。
中に入ると、狭い部屋に様々な物が散乱していた。『〇日迄に目を通すこと!』という付箋が貼られた論文にKVの模型、食べかけのツナマヨのおにぎりとタマゴサンド、月刊傭兵七月号と『元に戻らん‥‥』メモ付き解体済みの携帯端末、空の猫缶、トマトの苗と黴の生えた珈琲らしき液体。その他諸々。
「にゃ」
部屋の惨状に呆れていた傭兵達の足に、一匹の猫が擦り寄ってきた。
ここの主が飼っているのだろうか。抱き上げようと手を延ばすと、するりと避けられ、部屋の奥へと行ってしまった。
嫌われたかなと少し寂しく思ったが、再び鳴き声が上がり、機材の山の間でしっぽが揺れる。
ついて来い、と言っているのだろうか。
このまま空気の悪い部屋の中で、突っ立っているわけにもいかない。
傭兵たちは足元と物の雪崩に注意しながら、人工のダンジョンに踏み込んだ。
猫は傭兵たちを導く様に、歩きやすい場所を進んでいく。
何だか不思議な気分になってきた。
傭兵たちを現実に引き戻したのは、一発の銃声だった。
すぐさま自分の武器に手を伸ばし、周囲を警戒。
だが、怪しい気配は感じられない。いつの間にか猫も姿を消していた。
「うぅぁ、あ‥‥」
微かに聞こえたのは何者かのうめき声。そして鼻を突く硝煙の臭い。
 発生源へと近づくと、一人の少年が倒れていた。手には不釣り合いな大きな銃。
 すぐさま銃を取り上げながら助け起こす。どうやら目立った外傷は見当たらない。
「ありがとう。いやすまない、驚かせてしまったかな」
 少年は小学生高学年といったところだが、随分と大人びた話し方だった。
「素材の強度実験をしていたのだけれども、的に当たらなくてね」
 少年が指差した先には確かに白い的があったが、銃弾は天井に穴を開けていた。
 どこからかあの猫が現れて、呆れたような声を出す。
「あぁ、君が案内してくれたのかい、ソクラテス」
 そう言って伸ばした手をぷいっと交わし、防音されたケージに入って丸くなってしまった。
「拗ねちゃった。音と煙がお気に召さなかったようだね」
 立ち上がった少年は傭兵たちよりふたまわり小さい身体から、一回り小さい手を差し出した。
「はじめまして。僕が依頼主の無骸楽太だ」
 まさかと思ったが、楽太が見せた身分証は正規の物で怪しいところはない。
「君達傭兵も若い人は多いのだから、それほど驚くことでもないだろう?」
 確かにそうだが、狭いとはいえ、幼い無名の研究員に部屋を一つ、貸し出すだろうか?
「立ち話じゃなんだから、座ってくれたまえ。散らかっているけれど、皆で座れるスペースはあるはずだよ」
 折りたたみのパイプ椅子を人数分並べると、子供の狭い秘密基地に招待されたような気分になってくる。
「さぁて。依頼と言うのは、さっきの実験にも関係あるんだ。君達は蜘蛛の糸を知っているか?」
 薮から棒にだされた質問の本意を掴めず、傭兵たちは首を傾げる。
「蜘蛛の糸は丈夫で素晴らしい素材なんだ。蜘蛛は吐き出した糸に風を当てることで、自分の身体を浮かせて移動できる。風力で飛ぶから長距離の移動もへっちゃら。それに、君達も子供の頃に蜘蛛の巣に触れたことがあるだろう? あれほどか細い糸で編まれたにも関わらず、随分と頑丈だったはずだ」
 話ながら端末を素早く操作すると、モニターに幾つかの写真が映し出された。
「ケブラーや鋼鉄より頑丈で柔軟性に富んだ蜘蛛の糸を、防護服やKVに素材として用いることができれば、性能の向上が期待できる。戦後は別のことにも転用できるしね。だけど問題がある。蜘蛛の糸は人工的に作り出すことができないんだ。野生の蜘蛛を捕獲して、専用の装置を使って採取することも出来るが、微々足る物でとても大量生産できないんだ。そこで、君達の出番だ」
 長い話に喉が渇いたのか、楽太の手がコーヒーカップを掴んだ。
 「蜘蛛のキメラから、素材となる糸を採取してきてほしいんだ。キメラ自体も捕獲してきてくれたら尚良い」
 確かに巨大な蜘蛛のキメラなら、採取できる量も多い。
 モニターには4メートル近い大きさの巨大な蜘蛛が、森林地帯に巣を作って住み着いているので、どうにかしてほしいという依頼が表示された。
 長話に付き合わされた傭兵達はこれ以上薀蓄を聞かされるのは勘弁と、首肯して席を立った。
「ありがとう。いい報告を期待しているよ」
 言い終わるとカップの中の液体を、口に流し込む。
 猫はケージへ、傭兵たちは外へと逃げ出した。
 背後で研究室の扉が閉まる直前、コーヒーを盛大に噴出す音が聞えた。
 報告に来るまでに、部屋が綺麗になっていればいいのだが。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
ローゼ・E・如月(gb9973
24歳・♀・ST
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
如月 芹佳(gc0928
17歳・♀・FC
Kody(gc3498
30歳・♂・GP

●リプレイ本文

●蜘蛛の糸、蜘蛛の意図

 森は静まり返っていた。
 虫の音も、小鳥の囀りも聞こえない。
 木々の間を通る風と、揺れる枝葉のざわめきすら、どこか不穏な気配を感じさせた。
「けひゃひゃ、我輩はドクター・ウェスト(ga0241)だ〜、聞こえるかね無骸君?」
 無線機で通信するウェストの声が、いつものように響き渡ると、多少雰囲気が和らいだ。
『うん、聞こえるよ。大先輩のお手並み、とくと拝見させてもらいましょうか』
 無線機からは変声期前の幼い無骸の声が返ってきた。
「どんなキメラでも、その身から発するFFの為、特殊合金製の檻を使わねば捕らえて置けないはずだね〜、その設備は万全かね?」
『君達が乗ってきた装甲車、それが檻だよ』
 その後に続いた5分程度の無骸の長い説明を要約すると、捕縛用の電磁気錠(蜘蛛の足同士を電磁力で固定する)と、寒さに弱い蜘蛛の特性を狙った強化冷凍設備がつけられているらしい。
「どうする? ドクター。おれはどっちでも構わねぇぜ?」
 グラップラーのKody(gc3498)は元気横溢。暇を持て余し、旋棍「砕天」を腕の周りでくるくる回し、自由自在に操ってみせた。
 それに対し、直立不動、ポーカーフェイスを保つのはフェンサーの御沙霧 茉静(gb4448)。しかしよくよく見れば、その端整な顔の眉間に、微かに皺が寄っているのがわかる。
 傭兵と言えども、いや自由な傭兵だからこそ、様々な思い、思想を持つ。
 キメラやバグアと言えども、命を奪うことはしたくない。特に望まぬ生を受けたキメラには。
 表情の微かな変化は、御沙霧の苦悩を表していた。
 しげしげと装甲車を観察していたウェストが、肩を竦めて答えを出した。
「まぁ及第点、と言ったところかね。逃がすようでは、せっかく捕まえても意味がないからね〜」
 ウェストの言葉に、御沙霧の表情がほんの少し柔らかくなった。
「依頼人が目標の捕獲を望んでいるのなら、プロとして望まれた結果を出さないといけませんね」
 エキスパートのソウマ(gc0505)も言葉とは裏腹に、俄然やる気が出てきたのが、力強い語調にはっきりと表れていた。
「新しい素材。なんとしても手に入れましょう」
 ソウマとは同じ小隊の戦友である沖田 護(gc0208)も、気合十分、士気高揚状態だ。その胸の中には、友への思いが燃えていた。
 ソウマはイリアスを、沖田はヨハネスを抜き、刀身と熱い視線を交差させる。
「小さなドクトルの願いだ。必ずや蜘蛛の糸は届けられるようにしようか」
 ストライク・フェアリーのローゼ・E・如月(gb9973)はジッポトリックを決め、ライターの火を消すと白衣の中にしまった。仕事前に一服したかったが、今日は生憎一本も持ち合わせていなかったのだ。
「蜘蛛の糸、か。日本の小説にそんな話があったか?」
「ええ、『一本の葱』や『シエナのカタリナ』などが同じような内容の民話ですね」
 ファイターの木花咲耶(ga5139)が着物を動きやすいように袖を襷がけしながら答えた。
 どれも悪人が生前の唯一の善行により、救われるチャンスを与えられるが利己的な心から、その機会をふいにしてしまう話だ。
「色々研究者は興味をお持ちになるのですね。でも確かに、防具の改良や日常でも色々役に立ちそうですわね」
「蜘蛛の糸って鋼鉄の5倍の強度で、伸縮率がナイロンの2倍だっけ? そんなに丈夫な糸を利用して作られた服とかあれば欲しいね♪ あ、でも見た目にも拘った服がいいかなぁ」
 フェンサーの如月 芹佳(gc0928)は女の子らしい感想を口に出した。確かに戦場にあっても、メイド服や褌姿の傭兵は数知れず。
 新素材を使えばそういった特殊な趣味の方々にもオオウケ、というわけだ。
『それじゃあ、素材と実験体の確保、よろしく頼むよ』
 8人はそれぞれの思いを胸に、森へと足を踏み入れた。

 だが、傭兵たちは、甘く見ていた。
 自分は『狩る側』であるという先入観か、それとも『蜘蛛キメラ一匹、捕獲などたやすい、まして討伐なら』という慢心からか。
 森は既に敵のテリトリーであり、蜘蛛はその巣に掛かる獲物を待っていることを、『狩る側』ではなく、『狩られる側』になるということを。
 森には、蜘蛛の意図が張り巡らされていたのだ。

●傭兵の友釣り

 ドクターとローゼが全員に練成強化を施し、各々戦闘準備を整える。
「その年で研究室の一室を任せられるとは。学位を取ったばかりで一杯一杯の私とは比するレベルですらないな」
 赤い瞳に続き、輝く瞳が言葉を続ける。
「それだけの能力があるのなら、我輩がFFの原理を解明し無効化を目指すように、ソレを再現するのが君の目標ではないかね〜」
 無線から返ってきたのは、感情の篭っていない言葉だった。
『‥‥そんなんじゃないさ。ただのフランケンシュタイン・コンプレックスだよ。この研究室は、失敗作である僕を閉じ込めておくための檻なんだ』
「失敗作?」
『いや、深く気にしないでくれたまえ。傭兵諸君に比べ僕は個性が薄いから、ついつい中二病っぽいことを言ってみたくなっただけだよ。僕はただの大凡才。FFの研究はその他大勢の大天才さんたちに任せるとするよ』
 そう言うと、無線からの声はぷっつり途絶えた。なんのこっちゃ、と肩を竦めあう傭兵たち。
 なんにしろ、戦闘前に五月蝿い無線が切れたのは幸いだ。
 戦闘に向けて精神を集中させ、呼吸を整える。
 先陣を切るのは御沙霧、如月、Kodyの三人。
 囮として先に森に入り、その後を残りの5人が援護を固めた。
「しかし蜘蛛の巣ってのは‥‥あぁ‥‥ウザい!」
 Kodyは赤鎧「ネメア」にべったりくっついてくる糸を、煩わしげに払い取る。
「ギターの弦だと思えばいいんじゃない?」
 如月は蛍火で木々の間を塞ぐ糸を切り開いて進む。
「こんなべとつく弦張ったギターなんて、誰が弾くんだよ」
『ベートベトのギターか‥‥面白いな、作ってみたら意外とイケるかもしれないよ? ビートだけに』
 沈黙×8。
『‥‥ごめん、黙ります』

 森内部へ20M進入。敵影なし。
「この調子なら、かなりの量の素材がとれそうですね」
 囮組が切り裂いた糸の上を、嬉々とした表情の沖田が乗り越えていく。
「こんなに簡単に切断できるのに、本当にいい素材なのかな」
 ソウマはふと、思いを口に出した。
 ささいな違和感だったが、ソウマには心の中で回るコインを片方に傾ける、十分なものであると感じられた。
 コインが倒れたのは、裏だった。
 眼に視える糸は、傭兵たちを欺き、わざと切らせるためのもの。本当の狙いは、別にあった。
 蜘蛛の糸には巣の縦糸となる粘性のないものと、獲物を捕獲するための粘性の強い横糸がある。
 蜘蛛が自分の巣に掛からないのは、縦糸の部分をつたって移動しているからだ。
 切断された横糸に絡んだ縦糸が、1本、また1本と、3人の身体に纏わり付いていく。
 そして――。
「くっ‥‥、しまった‥‥!」
 御沙霧の首に激痛が走った。
 何が起きたのか、状況を理解する前に、足が地を離れ、身体が宙を浮く。
 首に巻きついた糸を取ろうにも、いつの間にか幾重にも絡み合った上に、きつく食い込んでいて断ち切れない。
 天照を抜刀しようとしたが、切断したはずの粘性の強い横糸が、身体のあちこちに付着していた。
 もがいている間に身体についた縦糸が引っ張られ、横糸を引き寄せたのだ。
 いかに強い力を持とうと、自由に身体を動かせなければ発揮できない。
「きゃああ!」
 御沙霧がつるし上げられるのと同時に、如月も悲鳴を上げた。
 足元に纏わり着いた糸が急に強く引き寄せられ、両足が閉じたまま地面へと叩きつけられる、と慄いた瞬間、天地が逆転した。
 一言で表すなら、タロットカード、逆さ吊りの女。
 さらに視界が回転する。世界が1周回るごとに、足元から締め付ける圧迫感。
 そして殺気。
 咄嗟に蛍火から超機械「扇嵐」へ持ち替え、起動する。
 膝まで糸が上ってきた時、枝と糸が竜巻によって切断された。
「むぎゅっ」
 ガードに失敗して顔面から落ちるも、そのまま転がりつつ敵の位置を確認する。
 如月から観て7本奥の杉の木の隣に、不気味に光る8つの眼。
「茉静! 芹佳!」
 すぐさま2人を助けようと、一歩踏み出したKody。
 だが、その足元に、丈夫な大地はなかった。
 代わりにあったのは、土で覆われた蜘蛛の巣と、ぽっかりと開いた大穴。
 滑り落ちるのを踏みとどまったのは、穴の側面に足を埋め込むという、咄嗟の荒業のおかげか。
「大丈夫ですか? 今、お助けします!」
「誰も目の前で傷つけさせない!」
 木花と沖田が、すぐさま走り出した。ソウマもそれに続こうとしたが、ドクターの声がそれを止めた。
「待ちたまえ。このまま行っても二の舞だ。何か策を‥‥」
『ど、どうしたの? 皆大丈夫!?』
 無線から無骸の慌てた声が漏れた。口調も声色も年齢並の子供らしさのまま。
「無骸君、確か蜘蛛の糸はたんぱく質だったね〜?」
『そ、そうだけど‥‥』
 ドクターとローゼは視線を交わし、頷いた。
「悪いね、ドクトル。少し糸を燃やすよ」
 ローゼはポケットの中からライターを、ドクターは機械剣αを取り出した。
「どういうこと?」
「たんぱく質は熱変性を起こすのさ。邪魔な糸は燃やすかレーザーで焼き切ればいい。タバコがなくても持ってきて正解だったな」
「なるほど」
 ドクターとローゼが先頭となって、蜘蛛の糸を切り裂き始めた。
 呼吸の自由になった御沙霧を沖田が、如月はソウマに小脇に抱えられて一時後退する。
「そうだ、Kody君。たんぱく質は尿素やグアニシン塩酸でも変性するよ〜」
「尿素って‥‥漏らせってか!? お断りだっ。自力で這い上がる!」
 纏わり付く糸を逆に引き寄せ、その反動と同時に穴の横壁を蹴って穴から飛び出すKody。
 罠を潜り抜けた傭兵たちの前に、ついに蜘蛛が姿を現した。
 8本の足には何本もの糸を絡ませ操り、眼球はそれぞれ違う傭兵を睨み付ける。
 だが、傭兵たちは反撃の機を逃しはしなかった。
「悪いけど、遠慮はしないよ」
 沖田は視線に怯まず果敢に接近。糸を盾で防ぐと同時に、側面へ回り足へ切りつける。
「対処法がわかればどうってことないね!」
 ソウマもそれに続‥‥こうとしたが、足元はKodyとは別の蜘蛛の巣の穴が。
「言ってる側からぁぁ〜〜あああ?」
 が、踏みどころが幸いしたのか、蜘蛛の巣がトランポリン代わりになり、鞠のように弾んで浮かび上がった。
 そのまま蜘蛛の脇に受身を取りながら着地。手の中にあったイアリスは、いつの間にか蜘蛛の眼球のひとつに突き刺さっていた。
「次からは『キョウ運使い』と名乗ろうかな」
 呟くやいなや、お返しとばかりに長い蜘蛛の足による強力な蹴りが襲い来る。
 刹那、その間に迅雷の名を体現した如月が割って入った。
 刀で足の攻撃を受け流すと、もう1本の足も疾風を使ってひらりとかわす。
「その攻撃、見切らせてもらったよ」
 同時に、つま先、踵、足首、膝、腰、上半身、腕、手首、そして蛍火へ、身体を回転させて関節部分へ蛍火を振るう。
 ごとり、と気色悪い音を立てて、切断された足が地面に落ちた。
「よそ見してますと痛い目に遭いますわよ」
 さらに、反対側の足目掛け、木花が名刀国士無双を振るった。
 3Mの巨大な刀は、本来森の中では使いづらい獲物だ。だが覚醒した木花の渾身の一撃は、邪魔する木と糸を両断してさらに蜘蛛の足を切り裂いてみせた。
 地団駄を踏むように残った足を振り回してみせるが、前にでたKodyはひらりひらりとかわして蜘蛛を挑発する。
「そんなんじゃ、おれは捉えられないぜ? まだまだテンポは上がるからな!」
 わさわさと動く足を避け、地面すれすれから腕を掬いあげるように、蜘蛛の腹部へ旋棍「砕天」でのアッパー。
「ノれないならおネンネしてなぁ!」
 これは蜘蛛もたまらない。苦痛の叫びと、残った目玉をくるくる回した。
 その眼の正面に、復活した御沙霧の姿が映る。
「貴方の相手はここにいる‥‥!」
 怒りに任せた糸の攻撃、そして突進。
 御沙霧は糸を蛇剋で受けると、Kodyと同じく引っ張る力を逆に利用し、蜘蛛の頭の上へと翻った。
 瞳に移るは二つの太陽。空に浮かぶもの、そして振り下ろされる天照。
 天照の峰打ちが頭部に決まると、立ち上がる力を失った蜘蛛は足を広げて地面に突っ伏した。
「許して欲しいとは言わない‥‥。だけど、私は貴方を救いたい‥‥。今は、生きて‥‥」
 刀を納め、そう呟いた御沙霧の眼には、微かに光るものが見えた気がした。
 眼を覚まさないうちにと、すぐさま捕獲用冷蔵装甲車に乗っていたスタッフが呼ばれ、傭兵たちと手分けして電磁気錠が嵌められ、繋がった鉄鎖が巻き上げられる。
「丈夫な糸をだしましたね、この子は。どんな物が作れるのか楽しみです」
「繊維の構造として調べると何か発見があるだろうね〜」
 やがて蜘蛛の全身が納められ、糸の回収が終了すると、車が走り出した。
 如月のハーモニカがメロディを奏でる。
 ローゼはスタッフから分けてもらったタバコを銜え、思わぬ働きをしたジッポで火をつけた。
「キメラも難儀なものだな。実験の素体になって。恨むなら作り主のバグアを恨んでくれ」
『何、君達は依頼主の僕に従っただけさ。罪と責任は僕が背負っていくよ。それじゃ‥‥』
「楽太君」
 無線が切れる前に、沖田が口を開いた。
「せっかくの研究で、戦いの事ばかり考えるのは本当は嫌だけれど、それでも、欲しいものと 守りたいものがあるから。この研究、完成させてほしい」
 無線越しに伝わる、熱い思い。
 仲間を思う気持ち。それは様々な思想を持つ傭兵たちでも、誰しも常に心に抱き、胸に焼き付いているものだ。
『うん。皆の努力と思い、無駄にはしないよ』
 夕日の沈む中、8人の傭兵は遠ざかる車の姿を、ずっと見つめていた。








「ところで、帰りはどうするの?」
『あっ‥‥』