●リプレイ本文
●コウノトリ作戦
夜明け前の薄闇の中、消音ヘリが低空飛行で都市へと近づいていた。
『父鳥たちが歌い始めた。君たちも準備をしてくれ』
「私に出来ること、全てやって‥‥必ず、全員救助して帰ってみせます‥‥!」
九条院つばめ(
ga6530)は意志のこもった言葉を返した。他のものも気持ちは同じだ。
鷹司 小雛(
ga1008)は隻眼を閉じ、刀を抱いて精神を統一する。
「撤退の際はどのようにして陽動班に伝えれば?」
『無線が通じればこちらが中継する。無理なら照明弾を挙げてくれ』
アグレアーブル(
ga0095)は情報確認しつつ持ち物の照明弾を確認する。
「一刻も早い救助を待つ人々、必ず助けてみせる。空の戦友達よ、どうか持ち堪えてくれ」
作業服に身を包んだ寿 源次(
ga3427)は無線で聞こえる陽動班の状況を気遣いつつ呟いた。
「時計を合わせておきましょう」
熊谷真帆(
ga3826)の指示で、皆装備した時計を同時に設定する。
仲間が同じ時を刻み始めたのを確認すると、みづほ(
ga6115)は重要事項を復唱した。
「作戦開始から5分毎に、無線で経過時間を伝えます。ヘリの離陸時刻は、作戦開始から35分後。皆さん、忘れないでください」
全員頷く。1チームでも遅れれば、陽動部隊の傭兵たちだけでなく、救助した生存者も危険に晒すことになる。
いざとなれば、仲間を見捨ててでも離脱しなくてはならない。
いざとなれば、仲間に見捨てられる覚悟を持たなくてはならない。
これから行く場所は、どうしようもなく、戦場だった。
『公園の上空へ到着、これより着陸します』
ヘリが公園の空中でじょじょに高度を下げていく。気配に感づいたキメラたちが邪魔しようと近づいてきた。
新条 拓那(
ga1294)は携帯品の中からスコーピオンを取り出して掃射。他に銃を持ってる者も応戦した。
素早い対応で敵を排除し、ヘリは無事公園の中央に着陸した。
周辺状況は事前に受け取った情報よりも悪化していた。キメラに襲われた死体や瓦礫が道端に転がっている。
惨状に皆口をつぐんだが、動揺している時間はない。
「四の五の考えちゃらんないな。まずは動こう、疾風の様に! 一分一秒でも早く全員助けて、とっととずらかるよ!」
新条はヘリから飛び出し、フォル=アヴィン(
ga6258)と西の学校へ。
アグレアーブルと九条院は北の市役所へ。熊谷と鷹司は北の市役所へ向かって全力で走り出した。
みづほは長弓の弦を張り、寿は超機械を構えヘリ周辺の索敵に入った。
走り去っていく6人の背中を、時が追いかけていった。
●北―市役所
「これでは無事な車があっても‥‥」
アグレアーブルは俊敏さを満遍なく発揮し、瓦礫の小山を軽く乗り越えていく。もちろん、警戒とルートの確認も怠らない。
「でもキメラがいないのが幸いですね」
九条院はイグニートをうまく利用して瓦礫を越える。
陽動がうまくいっていた。道路にはキメラは見当たらない。
空を爆音が轟く。地面が振動し、瓦礫が崩れて足場がさらに不安定に。
2人は瓦礫から降りて、地面に膝をつき腰を落として耐えた。
鼓膜が破れそうな空気の振動。おそらくタートルワームの咆哮だろう。
頭上から小さなコンクリート片がガラガラと落ちてきた。
「危険なのは変わりないですね」
立ち上がろうとしたアグレアーブルは、空気の振動とは別の、地中から響く揺れを感じた。
タートルワームの足踏みではない、段々と振動が近づいてくる。
「つばめさん、先へ行ってください。恐らく敵です」
「わ、わかりました」
九条院は1人市役所へと走った。アグレアーブルは拳を軽く握り締め、自然体の構え。
足の裏に伝わる振動がじょじょに近づき、ほぼ真下に来たとき。
「破ッ!」
地中から飛び出してきた『それ』の攻撃を、後ろに跳躍して回避。全身をバネのように縮めて力を溜め、弾けさせる。
「瞬即撃!」
会心の一撃が敵に叩き込まれる。普通のキメラなら決定打だっただろう。
「!?」
拳に返ってきた衝撃は、敵を粉砕したときのものではなく硬い金属の感触。
地中から這い出てきたのは、ミミズのキメラだった。胴回りだけでも杉の大木ほど。皮膚は金属光沢とミミズ特有のぬめりを帯びていた。
仕留め損ねた動揺を振り払い、頭上から襲ってくるミミズの攻撃をサイドステップで避け、同時に蹴りを打ち込む。
だがこれも衝撃を逸らされてしまい、致命傷にはならない。ミミズはまた地中にもぐってしまった。
無線機を取り出し、みづほに通信を繋ぐ。
「こちら北班アグ。敵と交戦中。敵のタイプはミミズ。皮膚が金属化していてちょっと歯が立たないわ」
無線で話しながらも、巨体を振り回すミミズの攻撃を紙一重で交わしつつ、反撃の好機を窺う。
このまま長期戦になれば不利なのは明らかだった。
その時再びタートルワームの咆哮が空気を鳴動させた。ミミズは動きをやめると、這い出てきた穴に潜ってしまった。
構えを解かずに警戒を続けていたが、地中の振動はどんどん遠ざかっていった。
「敵逃走。一応他の班も注意して」
なぜ攻撃をやめたかわからなかったが、今は考えている暇もない。先行している九条院を追って、市役所へと向かった。
●東―警察署
東の警察署へ向かう道。南東のタートルワームに近いため、周囲の建物が倒壊し瓦礫が道に積み重なっていた。
障害をもろともせずに駆けていく、半袖ブルマと着物の二人の戦乙女、熊谷と鷹司。
目的地に近づくほど大きくなる爆音と敵の叫び声で、鼓膜が破れそうになる。それでも速度を落とさずに進んでいった。
視界に動く物が入る。虎に似たキメラ。二人は音もなく抜刀。
「小雛さん!」
呼び声と共にキメラと交錯、爪の攻撃をすり抜けざま、横薙ぎに一撃。そのまま振り返らずに突き進む熊谷。
「こちら東班、敵と交戦中ですわ!」
いきますわよ、望美。と心の中で呟き、愛刀の月詠に力を感応させる。
月光のごとく淡い優しい光に包まれた刀身が、宙をひらめき舞うごとに虎の毛皮に血の花が咲く。
普通の二倍の大きさの虎を相手に、まるでじゃれる子猫と遊んでいるようだ。
10回も呼吸しないうちに、虎の身体は道に横たわった。
「排除完了、真帆様を追って合流いたしますわ」
先行した熊谷は無事警察署へと到着した。門は締め切られていたが、あちこちが破壊されていたため、そこを通って中へと侵入できた。
防弾ガラスの窓や回転扉が割れて、破片が地面に散らばっていた。上を歩くとパリパリと音がでてしまう。
「それとも、それが目的で割れたガラスをそのままにしてあるのかしら」
周囲を警戒しながらゆっくり中に入っていくと、後ろから鷹司も追いついてきた。
二人揃ってさらに中に入っていくと、ソファーや机を積み上げたバリケードがあった。人が残っている証拠だ。
「救助にきた傭兵です。生存者の方はいらっしゃいますか」
バリケードの向こう側で、人の動く気配がする。なにやら小声で話しているようだ。
「女の、しかもあんな子供じゃないか。本当に大丈夫なのか?」
ムッとした顔で一歩前へでた熊谷は、聖盾従軍章を見えるように提示した。
「確かに若いけど、名古屋戦の戦功上位者でこうして従軍記念証も持っています。あたしたちを信じてついてきてください。もちろん、万能じゃないですから、皆さんの協力が必要です」
声に反応して、バリケードが撤去された。現れたのは6人ほど。中でも一番年をとった男が二人の前に進み出た。
「疑ってすまない。私が救助を求めた者だ。ここにいるので全員だよ」
「時間がありません。公園にヘリがあります。皆様私たちについてきてくださいませ」
8人は来た際に確認したもっとも的確なルートをたどって、公園へと戻り始めた。
●西―学校
「西班交戦中! くそっ、貧乏くじ引いたかも」
無線で通信しながら、新条はツーハンドソードを振り回した。分厚い刃がキメララットを2匹まとめて切り裂く。
「落ち着いて対処しましょう、新条さん!」
朱鳳を抜き放ち飛び掛ってくるキメララットを一刀両断しながらフォルが新条を励ました。
学校へのルートは建物の倒壊や瓦礫は少ないものの、下水道から湧き出てくるキメララットの大群が行く手を阻んでいた。
「こうなったら、迂回するしかないな」
「そうですね」
決断するやいなや、フォルはもう一本の刀を抜くと建物の壁に突き刺した。そこを足場にし、2階のベランダへ跳躍。
刀を回収し、ベランダの非常用梯子を登って建物の屋上に出る。新条もそれにならい、2人は屋上を飛び移りつつ学校へと向かった。
学校近くになるとキメララットの姿も見えなくなり、遠くから聞こえてくる戦闘音以外物音がしなくなった。
校門をくぐり、校庭を横切り校舎へと向かう。割れた校舎のガラス窓には人影は見えない。
「助けに来ました! もう安心ですよ? 必ず皆さん全員無事に返しますから!」
新条が大声を上げる。だが校舎の中からは声どころか物音一つ返ってこない。
「手分けして人がいないか探しましょう」
二手に分かれて校舎内と校庭をくまなく探すが、体育館の中にも誰もいなかった。
「もしかして、みんなもう‥‥」
「そんなことはないです。きっと誰かが」
生きているはず、と声に出そうとしたフォルの耳に、小さな物音が聞こえた。すぐさま音の方へ向かう。
そこにあったのは、体育道具用の倉庫だった。コンクリートの壁に金属の扉。
「誰かいるのか?」
新条が声をかけるが、返事は返ってこない。しかし中に誰かいる気配は間違いなかった。
念のため抜刀して、扉の左右にわかれた。新条が扉に手をかけ、一気に開ける。
金属がこする音と共に、扉が開いた。石灰だらけで真っ白の中に、1人の子供が倒れていた。
どうやらここへ逃げ込んだのはいいものの、石灰で喉を痛めてしまったようだ。
すぐ外の新鮮な空気を吸わせてやり、水筒の水でうがいをさせる。
よほど喉が渇いていたのか、うがいをした後、残った水を全て飲み干してしまった。
「‥‥ありがとう、お兄ちゃんたち」
「ここにいるのは君だけかい?」
「うん、僕避難用のバスに乗り遅れちゃって、家にも帰れないし」
まだ喉が痛いのか、弱弱しい声で答えたとき、少年のお腹が盛大な音を立てた。
「‥‥この二日間、何も食べてなくて‥‥」
「これを食べてください」
フォルは安心させるように笑顔で、持っていた携帯食料をあげると、少年は貪るように口にほうばった。
「この身を賭けて必ず無事安全な所までお送りします」
少年は怪我はしていなかったが、走れるほど体力が回復していなかったので、新条が背負っていくことになった。
「ごめんね、お兄ちゃん」
「軽い軽い。しっかり捕まってろよ」
3人は来た道を急いで戻り始めた。
●北―市役所
市役所についた九条院は、惨状に口をつぐんでいた。
1階にはキメラによって命を奪われたであろう死体が散乱していた。五体無事なものはまだいい。手足がばらばらになっているものも多かった。
周囲に漂う死の匂いに飲み込まれそうになる。槍を持つ手に力を込め、正気を保った。
上の階も、殆ど同じだった。割れた窓から侵入してきたキメラに襲われた死体が多数。
救助に来る前に死んでいたのだろう。どうしようもできないことだ。だがそれでも、悔しさが胸の中にこみ上げてきた。
まだ生きている人がいないか、希望を探すように階段を登っていく。
さらに登ると、死体の様子が変わってきた。キメラにやられたものより、自分で死を遂げたものや、お互い傷つけて死んでいるものがある。
救助が来るとわかっていたのは、警察署にいる者たちだけだ。
市役所に逃げ込んだ人々は、次々と聞こえてくる断末魔の悲鳴に、正気を失い‥‥。
涙を堪えながら、最後の階を目指す。階段がやたら長く感じられた。
最後の階はオフィスだった。入った瞬間、九条院の2倍もある大きな気配に気づく。
躊躇なく槍を振るった。相手は蟷螂の姿をした昆虫型キメラ。2本の鎌が振り下ろされる間をすり抜け、硬い甲皮で包まれた体をイグニートが貫く。
死んでいった人たちの無念を込めた一撃だった。そのまま切り下ろす。蟷螂の腹部が上下に裂け、苦痛の叫びを上げながら倒れた。
肩で息をしながら、死に様を見届ける九条院の耳に、ふと声が聞こえた。
声の出所は、女性の死体に塞がれたロッカーの中。死体をどかして中を開けると、生後間もない赤ん坊が泣いていた。
「‥‥おまたせ、迎えに来たよ」
九条院は瞳にたまった涙を拭くと、優しく赤ん坊を抱き上げた。
●飛び立ちの時
「皆さん大丈夫でしょうか」
心配性のみづほは皆からの敵遭遇の通信が入るたびに、気が気でなくてヘリの回りを歩き回っていた。
「なるようになるさ」
寿は双眼鏡で仲間と敵の姿を探す。西側から無数の影が接近してくるのがわかった。
新条が無線ではなしたキメララットが、こちら側へ向かってきたと判断し、すぐさま超機械を構えた。
みづほも長弓に矢を番え会の型に入ると、流れるように放った。
矢は風を切り、走るキメララットを貫通し、二匹目の身体を射抜いた。
先ほどの慌てぶりが嘘のように、精神統一された完璧な型で次々に矢を放っていくみづほ。打ち漏れたものは、寿が繰り出す超機械の一撃で昇天。
適う相手ではないと理解したのか、キメララットたちは逃げていった。
「あ、あれ!」
みづほが道の先を指差した。手をふるフォルと、少年を背負った新条。
互いの無事を確認し、すぐさま少年をヘリへと乗せ、周囲の護衛を再開する。
「さぁ、スシ・ロールとドリンクだ」
寿は少年に恵方巻と甘酒を与える。異国の食べ物で少し警戒していたが、まだ空腹だった少年はすぐさまかぶりついた。
「美味い不味いが分かるって事は、生きてるって事さ。よく頑張ってくれた」
次に帰ってきたのは、東班の熊谷と鷹司だ。警察署にいた6人の生存者は比較的健康だった。こういう事態のために備えられていたからだろう。
離陸時刻が迫っていた。
『アグレアーブルさん、九条院さん、急いでください!』
無線で二人を急かすが、まだ姿は見えない。
ヘリは既に翼を回転させ、すぐに飛び立てる体制に入っていた。
北の道の瓦礫を飛び越え、二人が全速力で駆けてきた。九条院の胸には赤ん坊が抱かれている。
「離陸します、飛び乗って!」
ヘリが大地から浮かび上がり、地上1Mでホバリング。そこへアグレアーブルが飛び上がって乗り込み、九条院から赤ん坊を受け取った。
さらに高くヘリが飛び上がった。寿とフォルが手を伸ばし、飛び上がった九条院の手を掴む。
ヘリの中に九条院が転がり込むと、ヘリは高度を上げすぐさま戦場から離脱する。
その周囲を守るように陽動部隊のKVが数機旋回した。皆ヘリの中から手を降った。
東から朝日が昇る。長かった夜が、明けた。