●リプレイ本文
●CRazY
アフリカ大陸はかつて魔窟であった。
長く永く、何度も徒労ではないかと膝を折りつつ、それでも人々はその歩みを進めてきた。一歩ずつ、少しずつ。
それが今、やっと実のひとつを結びそうになっている。そして、それを邪魔する者が居る。
まるで電波の入りが悪いテレビジョンのノイズのような夾雑物。
悪意が、唸っていた。
「NNN‥‥? 何なァに、何だ何だ、予定より随分早いDEATHねぇオイ。少し早いベッドインかぁHIHIHI!!」
六本腕のバグア、R.I.D=アヴァリスは首を傾げると舌をべぇ、と出した。GO MY SWITEST。揃いのマントをすっぽり羽織った4人の強化人間、CHILDRENの大剣と爪が先頭切って突撃し、エネルギーガンが左方に走り、二丁拳銃が中間に陣取る。応じるように迎え撃つ傭兵達、遠石 一千風(
ga3970)が刀を袈裟懸けに振り下ろす。爪を持った強化人間がそれを紙一重で躱しつつ下から爪を振り上げる。
「戦闘狂の相手だってしたことあるけど、この6本腕、言動が聞くに堪えないわね」
その横合いを掠めるように脚甲で蹴り付け軌道を逸らしつつ、一千風は品の無い言葉に顔を顰める。それを見て、今しがた攻撃をそらされた少年が激昂する。
「パパを愚弄するな!!」
ギリギリと歯を食いしばって絶叫。その表情の程よいブッ飛び具合に、砕牙 九郎(
ga7366)も少し厭ぁな顔をする。何を思ってこんな洗脳を施したのか、ともあれ、自分が、彼らの言うところの『父』を見て、虫かこいつは、殺虫剤でもぶっ掛けんぞ、とか思ったことは胸の内にひとまず秘めた。単なる逆上で済む気がしなかったのだ。アラスカ454を諸手で構えると、前に飛び出す。遠距離攻撃が可能な強化人間を抑えたいが、威力はともかく射程の短い拳銃故に前に出ざるを得ない。エネルギーガンの光条が頬と髪を灼き、焦げ臭い匂いを鼻に感じながら弾丸を撃ち込む。遠距離攻撃が可能な者のうち、もっとも手近にいた二丁拳銃だ。キックバックが肩を駆け抜け、一発、二発、数発のうち何発かが肩と腿を抜いた。血飛沫を残光のように残しながらGHAAA!!! と吼える。吼えて、鼻を削るように頭を下げて前に突っ込み、弾丸をばら撒くが、盾を持ったガーネット=クロウ(
gb1717)が瞬天速、前に素早く躍り出ると、角度を付けて構えた盾で急所への打撃を防いだ。そのまま撃ち返す。軽業師のように舞い下がる二丁拳銃だが、ガーネットは功を焦らない。
「突破さえされなければ‥‥最低限の仕事、です」
持久戦の心算だ。しかし、敵の姿を見るや否や、瞳が僅かに曇った。目の前にいるのが、浅黒い肌と痩せっぽちの体をボディスーツに包んだコドモの姿をしていたからだ。焦れた二丁拳銃が再び躍りかかろうとするのを、殺(
gc0726)が防いだ。迅雷で飛び込み、颯颯で刹那を使い斬り込み、引き戻しながら光柱の上刃で右から横斬り。変則的な三刀とでも言うべき攻撃に煩わしそうな顔を見せる二丁拳銃は、掬い上げるような一撃をかわし切れずに脇腹を裂かれ、横からの斬り付けは飛び退って避けた。
「大丈夫か?」
「‥‥ええ。ご心配なさらず」
危地とまでにではないが、僅かに乱れた心を察した殺の助太刀に、しかしガーネットは首を振った。
敵は子供。自分の生い立ちを思い出す。もしも拾われなければ、自分も‥‥そんな想いをひた隠しにして、顔を上げた。それを見て安心したように、殺は再び前に向き直る。
バグア達もただ見ているだけではない。出鼻を挫かれたものの、凶器のような狂気を孕んだ士気は健在だ。大剣を持った金髪の少女が飛び出そうとするが、ミシェル・カルヴァンの銃弾に一瞬足を止める。その間隙を縫って、先程飛び出したまま一千風と刃を交えていた少年に迅雷の如き速さで飛び掛る男の影があった。
「当たらないんだよ!」
「あぁ、そうかい‥‥!」
黒木 敬介(
gc5024)は挑発と侮蔑の入り混じった爪持ちの嗤いにまともに取り合わない。一撃で駄目なら、二撃、三撃とばかりに。首筋を狙う右からの一太刀目、体を逸らして避ける。戻ってくる体に合わせて唐竹割の一刀、右に転がった。追いかけるのではなく、逃げ場を塞ぐように、更に右に下からの軌跡を置く。更に体勢を崩した爪持ちは、最後の一閃を避け切れずに腕で受け止めた。半ばまでざっくりと切れた腕を見て、しかし強化人間はそれを見ていない。渾身の手ごたえでありながら、不気味さとも違う不快感が、僅かに傭兵の胸に過ぎった。
●Four You
「アーアー‥‥なんだろうねェこの有様は。ンー? オレサマの愛しい下衆な可愛子ちゃんタチよ。惨めな姿だねェ」
アヴァリスが囁いた。酷薄で甘ったるい、狂っていると形容するべき矛盾を孕んだ声を、彼は自らの子供達へと投げかける。
「GOOOD、それでいいぜェ素晴らしい!! 唾棄すべき哀れさだ、美しいねェ!! だからだから、だから俺の子供達。‥‥死んで来ォォい」
「イカれてるぜ、お前」
「だからお父様は素敵なのよ」
冷たく言い放って大剣を引きずるように突進する少女、そして哄笑するバグアを、アレックス(
gb3735)は嫌悪の眼で見る。ぷっと口の中の砂を吐き出すとバイザーを下ろし、負っていたガトリングガンを展開した。頭部にスパークが走り、命中精度が高まる。本能が告げていた。この敵に情け容赦など要らない。内なる声に従い、衝動を弾丸に変えて解き放った。ガリガリガリガリと地面も空気も容赦なく削り取るような連射、それ意外の全てを投げ打つような出力に、思わず大剣の腹を盾に隠れる少女、しかし弾丸の雨あられが体を押して行く。倒れこみそうな少女を援護するべく、物陰に伏せていた黒髪の少女が飛び出した。膝立ちで撃たれる高出力のエネルギーガンに、射撃を中断して装輪駆動で回避するアレックスだが、一発が機械の鎧を直撃した。すぐには動けない大剣の少女に代わって追撃するべくエネルギーガンの少年が地面を蹴るが、射つ前に、横から滑るように入ってきた少年の射撃に阻まれた。霧島 和哉(
gb1893)はAU−KVを着ないままその動きを再現、軽装の彼は調子っ外れの鼻唄をふんふんと口ずさみながら何発か、弾丸を牽制するようにばら撒くと、混戦状態である爪持ちの方へと向かった。
「バカにしているのか‥‥!」
大剣持ちが叫ぶなり、敵味方の一連の行動の中で蚊帳の外になりつつあるUPCのサイエンティストに一足飛びで飛び掛る。
「貧弱なのが前に出るからだ!」
叫ぶなり斬りかかる、その攻撃を芯をずらすように盾で受けたのは、何時の間にか戻ってきていたガーネットだ。爪に持ち替えた彼女は、しかし強化人間の渾身の一撃に膝が笑うのを止められない。
「簡単に蹂躙できると思いましたか。爪は隠しておくもの、です」
ガーネットは、そのまま跳ね除けるように腕を振るうと、少女の胸元を爪で抉り引き裂く。血の色の痛みではなく、手痛い攻撃を受けた、その事実に彼女の視界が真っ赤に染まった。金切り声を上げながら、渾身の力を叩き付ける。サイエンティストを庇ってそれを受けるガーネットが横飛びに飛ばされるが、それと入れ違うように強烈な電磁波が大剣の少女を襲った。灼かれた顔を押さえて後ずさる少女。それを放ったのは、ゼンラー(
gb8572)だ。焼付くような電磁波を放った余韻のように湯気を放つ巨漢は、ガーネットを受け止めるとそのまま練成治療を施した。
「むん、そういう風に来たんだねぃ」
速さこそ僅かに及ばなかったものの、最も倒れてはいけないものを事前に考えていたからこその即応だった。飄々とした具合を受け止めて怒りに打ち震える大剣の少女は、孤立したまま遮二無二剣を打ち振るう。そのせいで、サイエンティストを更に庇ったキャバルリーを吹き飛ばすような一撃の影から現れた、殺の連撃を避けることが出来なかった。
「此処からは通行止めだ‥‥と言っても聞こえないか」
円閃、切り上げ、捻った身体の反動でそのまま横薙ぎ、特殊な剣であるライトピラーのもう一端の刃が喉を突き破り、斬り下がる。憤怒の表情のまま、肩口から胸への傷が命を吐き出すまま、少女は息絶えた。仲間であるはずの少年達は、それに目もくれない。お父さん、パパ、口々に呟いている、褒めて、ほめて。呟きながら傭兵達に飛び掛った。
混戦の最中、高台から先程まで戦いを眺めるだけだったアヴァリスがふっと飛び降りる。降り立ったのはその渦中、戦いの中で顧みられることのなかった少女の傍だ。物言わぬ屍の、口から流れる赤い河を舌で舐め取ると2度、3度と物言わぬ唇に口付ける。慈愛に満ちているようなその仕草の中で、しかし瞳の酷薄さだけは隠しようもなく爛々と輝いていた。
「このコも強かったのにNEEE、負けちゃったネェェエ。マー、それでこそ俺ことオレサマの身体候補に相応しいってもんだけどなァ」
それきり興味を失ったように地面に亡骸を打ち捨て、ぎゃりぎゃりぎゃりと三対の爪を打ち鳴らした。その言葉の意味する所は明白だ。己の傷ついた身体を脱ぎ捨てたいと願う。
つまり、ヨリシロを、彼は欲していた。
「あなたが‥‥好きにして良い身体なんて、ない!」
一千風が爪を持った少年の胸を蹴り付け、殺到する強化人間を掻い潜り、瞬天速でアヴァリスの前に現れた。疾風脚、脚甲が唸りを上げてアヴァリスの側頭部を襲うが、獣というよりも軟体動物のような柔軟性で躱される。空を切った足の反動を利用して身体ごとぶつけるような刀の一撃、それに追随するように九郎が中距離から拳銃を撃つ。地面に殆ど伏せるような姿勢で避けると、弾丸のようにバグアが弾ける。ギャリギャリギャリ、石畳を削る耳障りな音がふっと途絶え、一瞬遅れて大音声が3つ九郎の耳元で響く。視覚を騙すような死角からの斬撃を、豪力発現と共に半ば力ずくでいなすと、流れに合わせるように身体を回転させ刀を振りぬく。その切っ先は確かに刀傷を与えバグアの腕の一本を斬り飛ばし、だが、残る腕の刃に絡め取られた。
「捕ゥゥまえたァァ!!」
「ぐぁ、この野郎‥‥!!」
膾のようにずたずたに切り裂かれる九郎の右腕。夥しい出血の中、発砲した。すかさずゼンラーとSTが回復を試みる。GYAHAA! と愉悦の笑いと共に拳銃から飛び退るアヴァリス。腕を一本失ったと言うのに、その眼にあるのはただの快楽だ。
「よくも、父さんを‥‥」
押し殺すように呟いたのは二丁拳銃の少年だ。飛び出すなり九郎に向かって雨霰と銃弾を、怒りに乗せて吐き出す。反撃のアラスカを横飛びで躱した所に、和哉の銃弾が襲い掛かり追撃が断念される。怒りの矛先を変えて、少年は和哉に飛び掛った。
「さっきからチョロチョロ、鬱陶しいよ‥‥!」
「‥‥近接戦?」
中距離での戦いに持ち込む心算だったのに。気が付けば、竜の翼で懐に潜られていた。更に全身にスパークが走る。十字の刃を生み出した機械剣の、渾身の一撃が少年を吹き飛ばした。
「僕、そっちの方が‥‥得意だよ。後は宜しく」
吹き飛ばされた少年を、アレックスの弾丸の嵐が襲う。風船でも弾くかのように身体が弾の形に裂けて行き、同時に目の前に踏み出した敬介の横薙ぎの切り払いを知覚することは無かった。とっさに構えていた手首がごろりと地に落ち、半ばまで裂かれた首に何を思ったか。
「‥‥ま、どうあれ、自分の好きな理由で死ねるんなら幸せかな?」
こびり付いた血を刃から振り払い、敬介は呟く。自分の境遇と重ね、それでも、見知らぬ他人の人生を背負うほどの余裕もない。乾いた目で少年を見た、それきりだった。
●to the end
「楽しくなって来たなァ。これで終わりじゃねェよなァ」
愉悦。
連れて来た4人のうち2人が死んで尚、瞳は血の色だった。だが、静かに隣に寄り添ったエネルギーガンの少女の耳打ちに、急に顔を顰める。
「オイおいオイ、こっからいい所だってのに‥‥早ェ男は嫌われんぞラファエル。いや、オレサマがナガモチ過ぎるだけかい?」
こきこき、と首を鳴らすと、まァイイカァと呟く。緊迫した場にそぐわない声だった。
「フレッド、サーシャ。死んで来い。俺ぁこの辺でいいや、興が冷めたわ」
「「YES、DAD」」
あくまで気軽に、散歩にでも言って来いと言う風に命じるバグアに頭を下げると、強化人間達は武器を手に傭兵の中へ飛び込んで来た。全員が、その目を見て本当に死ぬ心算だと直感する。捨て身の保身に、即応出来たのは3人。和哉が少年を吹き飛ばし、ゼンラーが超機械で少女の動きを阻害する。一瞬の隙が出来る。
「――アレックスッ!」
「応ッ! これで終わりだ!」
ゼンラーの叫び声。既に背を向け駆け出していたバグアの後ろでガトリングガンを捨てたアレックスの両方の拳が唸る。バグアはますます笑みを深めると振り向き様に爪をなぎ払う。頭を極限まで下げたアレックスの身体が黄金に光り、伸び上がり起き上がるその勢いのままに下から拳を突き上げた。
「破邪の赤光(レッド・インパクト)ッ!!」
咄嗟に腕を差し込むも、2本が拉げて腹に直撃する。砲弾のように飛んだバグアが地面で2転、3転し、よろよろと起き上がる。とどめを刺すべく追いかけようとしたアレックスの背中に、取り縋るものがあった。先程和哉が吹き飛ばした少年が背にしがみ付き、嗤う。
ぱぱ、と声無き唇が呟いた。引き剥がし、殴り飛ばす。その瞬間、取り残された2人の強化人間が内側から爆ぜた。爆風と閃光にバグアを見失う傭兵達。残されたのは、血煙と遺体、そしてバグアの片腕だけだった。
後に、傭兵達の下へミシェルを通じ連絡が入る。当初の目的通り伏兵の足止めには成功し、プロトスクエアの一角ラファエルは敗走した。アヴァリスの逃走もこれを受けてのことだろう、とミシェルは呟いた。
アフリカの砂塵が、物言わぬ狂気の子供達の屍を、静かに覆い隠して行く。