タイトル:【CO】黒の狩猟者マスター:夕陽 紅

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/09 02:57

●オープニング本文



「ひぃのふのみのよの‥‥」
 少女が呟く。女と呼ぶには幼い顔立ちと物言いに反して、豊満な肢体は容赦なくボディスーツを押し返し、アンバランスな蠱惑を放っていた。
 ――尤もその感想も、この見た目が所詮紛い物であることを知らなければこそ抱けるものだが。
 その少女は、監視室に辿り着くやモニターに目を通し、部下の成果をその目に焼き付けていた。最低限兵士であるからには材料として十分ではあるが、そうやすやすと量産してもどうか。維持にだってコストはかかるのだ。その程度の、自分たちにとって未経験の長期戦に陥ったこの状況の如何くらいは、バグアの少女にも判る。
「ん、弱ぇ奴はいらねっぺよー。強化人間だっでロハじゃねぇべ」
 通信を飛ばして指示を出す、うん。必然、捕らえるのはそこそこ質が良いことが条件だ。そういう意味ではこの大陸は最前線だ。新兵も勿論多いが、古強者も粒揃い。
 とにかく捕らえないと。戦力を増強しないと。
「ゲルさいなぐなっで、エルも死んで‥‥後は、ウチとヴィクだげだべ」
 部下の1人が新兵らしい、恐慌状態に陥った兵士の乱射を3次元的な駆動で難なく避け、四肢を別つ。その身体を盾にして、果敢に応戦する兵士の射撃を防ぐと飛び、天井を蹴って後ろに立つと手足を折り砕いて意識を断った。それを眺めながら眼鏡の下の眉を顰める。

 そもそも、この襲撃は彼女の独断である。
 本来、彼女の任は停戦ライン以南の偵察部隊の見直しと再編、それのみのはずだった。
 しかし、現在彼女の直属の上司、否さ主と言ってもいいだろう。そんなピエトロ・バリウスが直々に敷いた停戦協定に対し、彼女が進撃しているこの地は停戦ラインのやや以北だ。そのラインの監視の為に幾つか設営される駐屯地、まさにその1つを現在彼女は襲撃している。
 当然、問題行為である。ピエトロ・バリウス個人に対し強い忠誠心を持つ彼女らプロトスクエアの思考からすれば、本来ありえざる行いだ。まして、この少女は人を殺したり、どころか自分から行動を起こすこと自体を嫌悪する傾向にあった。
 それでも尚、彼女にはそれを行う理由がある。
 ひとつは焦り。彼女を取り巻く状況はめまぐるしく変化した。主を護る四方の獣、その二角が崩れ落ちたことはその最たるものだ。このまま、二人で主を護り通す。それを行うには力がいるのだ。
 そして‥‥

「ロア、あいづ」
 アフリカ軍総司令補佐、ロアの顔を思い出し、溜息をひとつ吐く。
「いづが、あいづのやる事はあの人の害になるべ‥‥はぁ、厭ぁだべ〜憂鬱だべ〜」
 以前、恣意的に停戦ラインに肉薄したロアの行動を思い出す。間違いなくあれは享楽と自棄による行動だ、と彼女は1人思っていた。勿論、叛意を持っているとは思わない。だが軽率に過ぎるのもまた間違いないのだ。
「そっだら、あいづにゃもう頼れねぇ。ウチの戦力さぁ、蓄えどがないかんべ」
 まぁ、それを言ったら自分は肉薄どころか僅かに超えているのである。が、ロアと違う、危険な賭けだが彼女には自信があった。それは即ち、敵の前に姿を現すのは部下だけであるという事実。強化人間の暴走程度なら、よくある話だ。仮に生き残りを出してしまってもどうとでも言い訳は付く。契約を大事にするニンゲンという生き物に難癖の付けようはないだろう。
「‥‥おと」
 ふとやるべきことを思い出し、監視装置と基地内の通信を遮断する。これでこの基地は陸の孤島だ。そのままパネルを破壊すると、ひらりと天井に飛び上がってダクトにかさりと侵入する。
「ま、もしウチが見づがっでも、そん時はそん時だべ‥‥」
 厭だぁ〜厭だぁ〜、と呟いてこそいるものの、少女の目には今までに無かった光がある。
 それは、ニンゲンの言葉で言えば、責任感だとか、義務感だとか、そういうものに似ていた。
 厭だども、いざとなったら命さ捨てるべな。その程度に腹は括ったのだ。2人の友の死が、彼女に少しの変化を齎した。
 そうしてダクト伝いに基地を抜け出し、ひらりと飛び出すと金網に寄りかかる。踵をこつこつと鳴らして襲撃の完遂を待った。と、その目が不意に前を向く。
 基地からほうほうの体で逃げ出してきたらしい若者、まだ少年とも言っていいであろうその風体の男が、目を剥いてこちらを見ているのだ。
「‥‥はぁぁ〜、やっぱこうなるんだぁ‥‥」
「め、め、メッ‥‥」
「んー、ちったぁイイ所見せでくんろ。したら生がしでやっがら」

「メタ!!」

 その瞬間、少年が取った行動は逃走であった。当然だ。バグアの一角、それも幹部クラスであるプロトスクエアに単独で敵いようもない。それを見て
「やっぱ、そうなっぺなぁ」
 少女――プロトスクエアの一角、玄武のメタは音も無く跳躍した。手加減をして刈り取るように空中で薙ぎ払った足は狙い違わず少年の頚骨を砕き、そのまま倒れこむ頭に手を宛がって地面に叩き付ける。
 生き残りの術無き狩り。彼女を便宜的に蟲人間とするならば、さらにその動きは、どれだけその感触を嫌がろうとも捕食者のそれであった。
「もー、あんまウチに働がすでねぇよ〜!」
 未だ内部で狩りをしている部下に対して悪態を吐くその姿からは、想像し難いことではあるのだが。ひとしきり怒った後、戦局の安定を見た彼女は部下にその場の仕切りを任せて踵を返す。
「さ、次行くべ。次」

●参加者一覧

時任 絃也(ga0983
27歳・♂・FC
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
鷲羽・栗花落(gb4249
21歳・♀・PN
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
黒木・正宗(gc0803
27歳・♂・GD
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

●隠行

「‥‥また一緒、ですか。ま、いいのですけど‥‥」
「それはお互い様で‥‥言いたいことは素直に言わないと、顔が歪みますよ」
「貴女の根性ほどでは‥‥」
 こつこつと鳴るブーツとシューズの音に、すれ違った基地の隊員が、ひっ! とかうわっ! と悲鳴を漏らして避けて行った。
 何と言っても、美人が二人で険悪な空気を撒き散らしまくっているのだからたまらない。冷たい視線と視線が絡み合って、おいおいちょっと、という空気がそこかしこから。そのまま足の踏み合いでも始まりそうな競歩はぴたりと足を止め、すっと居住まいを正す。腐れ縁の女達は、反目しあうが故にお互いを良く知る。キア・ブロッサム(gb1240)とラナ・ヴェクサー(gc1748)は、同時に顔をプロの仮面で覆い隠した。
「‥‥二人とも、気は済んだ?」
 後ろで所在無げに同行していた神棟星嵐(gc1022)が溜め息を吐くと、司令室への扉を叩く。返って来る声に応じて開くと、基地指令が出迎える。
 ――蜘蛛の糸が垂らされていることは、まだ知らず。

 音が、響いた。
「銃声‥‥?」
 鷲羽・栗花落(gb4249)が眉をひそめる。これだけ広く複雑な基地のこと、何かの音が反響してそれらしく聞こえたのかも知れない。しかし、一度気になれば確認せずにいられないのもまた常ならぬ傭兵の性分であった。
「戦闘の後の緊張が残ってるとこれだから‥‥姉さんとのんびりしたいのに」
「そう言うな。同感ではあるが‥‥」
 苦笑しながらイレーネ・V・ノイエ(ga4317)がごく自然にその背に寄り添う。見知りあった二人の連携は、隠れ潜む襲撃者の目を持っても隠密にことを運べるものでもなかった。迅速に銃声の起こった場所へと走ろうとする。
 それを見て、決断は為された。曲がり角、最も警戒心が強くなり、同時に薄らぐ場所。“警戒している”という意識の隅を突くように‥‥逆に言えば、その程度の隙しか突けない程度には困窮した一撃が舞い降りる。
「――!」
 イレーネが上を振り仰ぐ。その目に映るのは、白銀の刃だった。


●狂乱

 無線を放るように腰に戻した時任 絃也(ga0983)は、煙草を踏み消すと屋上から身を躍らせた。
 がり、ぎゃり、ざり、脚甲と爪で勢いを殺しながら1階まで駆け抜けるように飛び降りる。奇しくもそれは、限定的ながら姿の見えない襲撃者の姿に似ていた。
「‥‥壁の請求はしてくれるなよ」
 一人ごちながら走る。目的は車の確認。
「‥‥やはり、潰されているか」
 ご丁寧に全てのタイヤから空気が抜かれている上に、タンクに穴が開けられてガソリンが地面に垂れ流されている。ここまで周到な襲撃が、キメラによるものでは有り得ない。
 再び無線を取り出し情報を集めつつ、基地へ走る。



「‥‥それと、ダクトを使った可能性があります。以上」
 無線でそれを伝えた後、キアは軽く背中をラナに預け、行きましょう、と言葉をかけた。
「なんだな、君ら、仲が良いのか悪いのか判らないな」
 苦笑をする司令官に対し、二人は同時に。
「仕事ですので」
 と答えた。それもそうか、と肩を竦めると指令は走る。基地内通信が行えない以上、下知を下さなければならない。傭兵達の提案を聞くと、素早く周囲に指示を飛ばして回る。各部隊の点呼を取るうち、ふとキアが首を傾げた。
「なぜ、行方不明者が多いのでしょう‥‥」
 思考を巡らせる。例えば、ここまで隠密に事を運ぶことができる集団ならば迅速に指令を暗殺して命令系統を混沌に陥れる事も可能だったはずだ。だが、現実として消えているのは一般の兵士や下士官のみ。戦力をすり減らすのならキメラでも出せばいい。なのになぜこんな手間をかける。
 ならば、これは。
「‥‥司令」
 その事実を告げようとした瞬間、恐ろしい力で腕を引かれる。ガーディアンである司令の腕力。警戒する間もなく地面に引き倒される。閃く刃。足掻こうとキアがホルスターに手を伸ばす。人影が後ろに飛んだ。
 人影は再び天井へ張り付くように足を着けると、砲弾のように飛ぶ。バックラーのような盾が、抉るようにそれを横から壁に叩き付けた。壁に張り付けにされたそれの首を、ライトニングクローによって掻き落とすラナ。
「‥‥これは」
「とんだ珍客だな」
 立ち上がろうとするキアを助け起こそうとしてすげなく断られながら、盾を抱えて肩を竦める司令が皮肉っぽく口にする。
「壁‥‥。蟲のような‥‥強化‥‥まさか、ね」
 ラナの独白を壁に残し、一行は走る。
「急ごう。こんな連中相手じゃ、最初に連絡をくれた子もいつまで持つか判ったもんじゃない」



 その彼女は、戦闘の真っ最中だった。襲い掛かる爪に刃、決して決戦を急がず、無線で助けを呼ぶ隙も与えない。軽くしかし速い四体の攻撃に、イレーネと栗花落がじりと下がった。
「突破しないと‥‥!」
 自分ひとりなら迅雷を使って離脱もできるだろうが、イレーネを一人残すわけにはいかない。しかし一方で、多対の状況に対してイレーネの援護射撃のおかげで対等に渡り合っているのも事実だ。
 しかし、薄皮一枚ずつ削られていく。それは、単純な身体能力だけではない。
「能力の高い一個体を基準にした小隊行動、か‥‥?」
 イレーネが呟く。アサルトライフルの弾丸が敵の行き先を塞ぎ、さらに栗花落がエアスマッシュにより逃げ道も塞ぐ。ハミングバードが強化人間の喉を貫いた。刃をがっちりと両腕で押さえ込んだまま息絶えた死体を蹴り付けて剣を抜く間に、残りの二体がイレーネへと向かう。
「しまっ‥‥姉さん!」
 イレーネが歯噛みする。その危地を、プロテクトシールドが防いだ。今までこの場に居なかった男に、強化人間が目を見開く。その隙に尻まで追いついた栗花落が一体を超機械で焼く。
「強化人間か、それともバグアか。何にせよ、これ以上好き勝手にはさせんぞ」
 異変に気付き、屋上へ向かっていた赤木・総一郎(gc0803)の声に再び態勢を整える強化人間。かと思うと、迅速に退いて行った。
「‥‥何?」
「‥‥ひとまずは、避難を完遂させよう」
 傭兵達に一片の疑心を残しつつ、蜘蛛の牙が光る。



 集団で戦えば、引けを取る相手ではない。
 しかし、単独で相手取るには最悪の相手だった。



●略奪

「これで、大体は終わりですか」
 星嵐が溜め息を吐く。襲撃が発覚した時、丁度共に居た遊撃小隊長と共に行動していたのだ。人員の屋外ないし屋上への退避を終え、一息を吐いた彼らは、屋上への道を急いでいた。
「いくら何でも、これでそうそうやられるはずはねぇ‥‥が」
 そこで、ふと黙り込んだのは小隊長だ。何かが引っかかっている。
「なぁ、お前らの仲間、きちんと無事だろうな」
「それは‥‥」
 神棟が黙り込む。
「‥‥通信が、二人、繋がりません」
「‥‥やばいんじゃないのか?」
 顔を見合わせ、仲間に無線を飛ばす。危険は承知だが、そうせざるを得ない状況だった。急がなければ、死は免れない。
 蜘蛛の毒牙が、獲物を捕らえた。



 跳弾のように敵が跳ねる。一人をすれ違いざまに肩口から切り下ろすが、後ろから蹴り飛ばされた膝裏に狙いが逸れる。
「おい、お前‥‥!」
「いいから、早く逃げろ!」
 中年兵士の叫びに、湊 獅子鷹(gc0233)はこちらも絶叫で返す。
 破壊されたスプリンクラーが撒き散らす水音を背中に聞きながら、さてどうする、と獅子鷹は悩んだ。自分は囲まれている。ならば、
「強行突破する‥‥!」
 首筋、手首、上から下から、義手で夜露に塗れたような薄い刃を弾いて進もうとする。既に満身創痍ながら致命傷は避けつつ進む。死角から打っては逃げる敵に、納めては抜刀をしている暇も無かった。間合いに入った敵を捕らえるにしても、一人の腕を斬り飛ばし、しかし即座に逃げと追撃を行うが故に追えない。
 まして、相手はいまだ四人。あまりにも不利が過ぎる。足を払われ、それには耐えるが流れた身体を更に蹴り飛ばされ、壁に跳ねた身体を再び切り刻まれる。更に、後ろには一般兵士がいる。逃げるにはあまりに戦力が足りない。終に義手を斬り飛ばされ膝を突く。
「それでも‥‥!」
 進み出ようとした。戦法ではない。問題は一人の時間が多かったこと。敵の正体も戦法も判らないままに、その判断は致命的だった。
 更に、
「‥‥ぁーったく、傭兵ってなこれだからしぶとぐで面倒だっぺや」
 どん、と背中から落ちてくる衝撃があった。咄嗟に身を翻すも、無事だった方の腕までもが今にも千切れそうに頼りなく揺れている。一瞬遅れて血が噴出した。
「おとと、いけねぇ、顔見られちゃいけねっぺ‥‥」
 そのまま、音も無く消えていく。何が起こったのかも判らないまま、獅子鷹は意識を手放した。



 絃也は危機に瀕していた。
 基地内へ向かい、味方との合流を果たさないまま敵の掃討を行おうとした。その結果、追い詰められている。
 これほどか、と思った。迅雷と共に壁を蹴り、天井へと追撃する。が、そうした戦法なら敵の方が一枚上手である。びたりとそこが床のように立ち止まった敵に攻撃は空を切り、地に落ちた瞬間猛追を食らい膝を突く。迅雷で飛び出せば後ろから狙われ、円閃など狙おうとすれば起点から止められた。
「まずい‥‥か?」
 爪が強化人間の胸を抉り、膝を突く。下がった頭を脚甲で蹴り飛ばそうとした瞬間、その首を掻き切るように天井から爪が降ってくるので滑るように下がる。すると追われる。
 ここまでか。比喩抜きで思えた。眼前に刃が迫る。目に鋭い切っ先が映る。迫る――迫る――迫る――

 闇。


●憤激

 獅子鷹を眼前に捕らえながら、そこまで届かず、ただし強化人間と、そしてバグア兵を引かせることもないままに。
「早くしろ、頼むぞ‥‥!」
 赤木が攻撃を引き付ける。その間に、偵察小隊長であるイェーガーの援護射撃を受けて第一小隊長のダークファイターが獅子鷹を引き上げた。
 赤木はそう簡単には崩れない。盾を堅実に使い守る。そもそも、ここに辿り着けたのはラナ・ヴェクサーが屋上にて基地内を知る者に抜け道の情報を聞いたからであることが一つ。そして、人員の欠損の仕方から拉致の可能性を疑ったキアの諫言による。バグア兵の攻撃は重いものの、強化人間の攻撃は耐えられる範囲。重いものの、このままなら凌ぎ切れる。そう思った。
 その時、バグア兵の口から漏れたのは溜め息だった。己の駒と敵の駒の価値を比べた、その程度の感覚だ。
「おい、死んで来い」
 三人の強化人間が、無表情に奔った。咄嗟に出来たのは、赤木が盾を構え、イェーガーが咄嗟に獅子鷹をその影に蹴りこむ、それだけだ。
 激しい爆音が鳴り響く。建物全体を揺るがす振動に、既に戦闘を重ねて満身創痍だった二人の能力者と肺を焼いた赤木は、意識を保つことが出来なかった。
 自爆、という手段に閉所、という悪条件が重なったが故の大ダメージ。薄らぐ意識の中、赤木は微かに声を聞いた。
「くそ、死ぬかと思った‥‥あぁ、この状態じゃあ持ち帰れるのは一人だな。おい、喜べ疵物野郎。お前の粘り勝ちだ」



「バイブレーションセンサーが、役に立ちましたね‥‥」
 星嵐が、肩で息をしている。情報共有により抜け道の存在を知り、更にまた今、迎撃を行っていたイレーネと栗花落の助力を借りて絃也への救援を出すことが出来た。顔を掠めた刃は白眼を傷つけ、しかしギリギリのところで助けられたのだ。
「四体、イケるかなぁ!」
「四人でやれば問題はないだろう」
 栗花落の声に、イレーネが笑って答える。二人と星嵐に加えて、基地の遊撃小隊長――偵察小隊長と並ぶこの基地のエースが戦っていたからだ。
 同じ群ならば、こちらも遅れは取らない。
 イレーネが援護射撃を行う、思わず足を止めた強化人間の一人に黒い手甲をした腕を叩き込み、エースアサルトが後ろに飛ばす。それを星嵐が凄皇弐式で迎え斬り、迅雷で飛び出した栗花落により縫いとめられた。あっという間に一体を落とし、次へ向かう。その時、
「そりゃさすがにさせねぇべや‥‥使い捨ては勿体ね」
 ぎゃん! と甲高い金属音がした。思わず飛び退る、その目の前に現れたのは目深にすっぽりとフードを被って顔を隠した人影。
「あ〜も〜何で傭兵がいんだっぺ‥‥やぁだなぁもう」
 はぁ、と肩を落とす。その声、その仕草、見覚えがあればすぐにわかる。
「顔は見えないけど、その喋り方‥‥忘れもしないよ、メタ!」
 栗花落が指を指す、フードを目深に下ろしながらんにゃっはっは、と笑う。
「メタってなだーれだっぺ! ウチ知らーん」
「貴様、以前はよくも重傷を喰らわしてくれてんいや、メタ」
「だーがらメタじゃあなかっぺ!」
 もー! と地団太を踏むがそれに気を取られることはない。
「何時ぞや自分の可愛い栗花落に触れただろ。怪我をさせただろ」
「だから知らんって」
「通じると思ってるのですか?」
「通じるなぁ」
 星嵐の声に、メタが応じた。どことなく雰囲気が変わった、その事実に全員が身構える。どこか、以前のメタとは違う。
「お前さんら、ウチがメタだと言える証拠はあんのけ? 顔は? 映像も残ってねぇべ? 確かなモンさなんもねぇ」
「そんなものは、詭弁だ」
「詭弁さ通じさすのが外交だべ」
 イレーネの声に、まっ、と手をひらひらする。
「ウチとしちゃお前さんらと関わってっほど暇じゃねえだ。追って来んのは自由だけんど、こん狭いダクトん中で1対1、ウチに肉団子にされるんのがオチだべ」
 ほいじゃ、と手を振る。強化人間の死体一つ残して、フードに顔を隠したバグアの幹部は天井裏に消えていった。



●霞

 その襲撃を最後に、バグア兵の動向はぱたりと止んだ。屋上と屋外に出された兵士達は最初の3分の2程に減っていた。屋上から下を覗くキアとラナは、遠くから砂煙を上げて大型車両が走り寄るのを見る。無線を取り出し急いで連絡をするが、予めそれに対する対策を打っていたのはラナ一人。壁を駆け下りるも、同時に窓を突き破って飛び出す強化人間達とバグア兵、そしてフードの人影を押さえるには至らなかった。麻袋のようなものをいくつも担いで奔る身軽な彼らのうち一人を斬り倒したまでは良かったが、爆音と共に横につけた大型車両に他の全員は飛び乗り、虚しくエンジンの音が鳴り響いた。
「押しては引いて、引いては押して‥‥これが、メタか」
 負傷者を見渡す司令の表情は、沈鬱だ。直接的な火力は他のプロトスクエアに劣れど、恐ろしい存在であることは間違いがない。
「被害は」
「損失64、うち行方不明25。偵察小隊長及び第二小隊長も‥‥」
 報告に歯噛みする。そして傭兵達もまた、三人の重傷者を出した。
「しかし、被害を最小限に留めることは出来た。君らに礼を言おう」
 撃退はした。
 全滅はしなかった。
 任務は何とか成功だ。
 司令の言葉が、疲れ果てた彼らを労わるように舞い降りた。