●リプレイ本文
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○月△日 快晴
今日は3人の弟、妹弟子達の門出の日だ。
今これを書いているのは深夜。こんな時間まで事後処理に追われて、やはり疲れた。
まさか、あんなことが起こるなんて。
さて、今日起こったことをどう説明するべきなのだろうか。まずは、朝のことから思い出していこう――
目を覚ます。手探りで眼鏡を探すと、手に取った。
劉斗・ウィンチェスター(
gb2556)の布団のふくらみがもぞりと動く。何事かと劉斗が手をかけ、見習い学生に相応しい煎餅のようなそれをめくると、蒼い塊がもぞりと動いたのが見えた。
「ふわわ‥‥もう朝ぁ?」
「うわぁ!?」
転がっていた丸いモノは、八幡 九重(
gb1574)。はだけた寝巻きを引き寄せて目を擦る彼女は、劉斗の召喚獣。正確には、彼の母のパートナーだった。相も変わらずの潜り込みに対する苦言は耳をぴこりと動かして叩き落とし、伸びきった前髪の下からふんと鼻を鳴らして、向き直る。
「で、自信のほどは?」
「‥‥絶対、ではないけど。母さんのようになるって言うのは、決めたことだからな」
「勿論だとも。そうでなくては、私も彼女との約束を果たせない」
「‥‥あなたはバカなの?」
ふと扉の方から声が聞こえた。熱い決意をぽっきりと折りたたむような氷点下の声は、間違いなく。
その後、劉斗の半時間は、私に誤解の釈明と謝罪を繰り返す為に割かれたという事実は、本人の名誉の為に伏せておく。
ついでに、その釈明になぜだか機嫌を悪くした九重が劉斗の腕に噛み付いていたと言うのも。まったくいいご身分なのだ。
さて、もう2人はどうなったのだろうか。既に準備を終えて召喚の段となっているであろう者から順番に、私は足を運んだ。今から気が重い。
闇色の光だった。
決してあり得ない色のその光は、物質ならざる霊界から溢れ出た輝きの印。
「古き英知の術よ‥‥」
芹架・セロリ(
ga8801)が爪先でリズムを刻みながら、本を片手に印を結ぶ。それは闇色と共に手の石へと吸い込まれ、集束する。たどたどしさはともかく、その結果は確かに形を伴い、ひとつの成果をもたらした。
目の前に現れたのは、髑髏を頭に被った背の高い影(LEGNA(
gc1842))だ。体中の赤い皹を見渡して、セロリはわぁ、と歓声を上げる。
「本当にセロリが召喚したんですか? 初めまして、セロリと申します。あなたの名前は?」
親しげに声をかけるが、髑髏の巨躯は口を開かない。その姿勢が三十秒は続いただろうか。
「って、あ‥‥今の状況がわからないですよね。セロリは召喚士、の見習いであなたをパートナーさんとしてこの世界に召喚して。えと、今はその一人前になるため‥‥」
声は聞こえない。
傍から見て、セロリのこめかみに冷や汗が浮かぶのが分かる。
「‥‥えと。あの、怒ってます‥‥?」
そこで髑髏が小さく横に揺れた。やっと合点が行った、というようにセロリが頷く。恐らく、声が出ないのだ。と。
「なるほど。ではセロリが名前をつけてあげますね。ヘルちゃんなんてどうでしょうか?」
また、小さく縦に、髑髏が揺れた。その何とも言えない光景を眺めて、私は「ま、いいけど」と呟いた。
上手く行かない拙い意思疎通でも、ディスコミュニケーションよりは余程ましだ。さて、次の子はどうなっているだろう。
コミュニケーション不全と言う意味なら、私にとってはこちらも心配だった。不全とは言うが、不足ではないのだ。むしろ過多というか、ノイズというか。致命的に噛み合っていないというか。
私は開けた扉の向こうに見える光景に唖然とするしかなかったのだ。
「マスター、マスター、マスター!」
「あぁこらぁ! 抱きつくなっ、触るな、アサヒ何とかして!」
「マスター。ソフトウェアに異常が見られるレンであってもパートナーだ。ならば、密な関係を築く為に歩み寄りも必要ではないだろうか」
「私に選択権は?!」
「異常‥‥う、ぐす」
「‥‥すまない、言い過ぎたようだ」
わかりにくい、整理しよう。
慌てているのは春夏秋冬 立花(
gc3009)だ。機械の属性を身に宿す彼女は、少し変わった力を持っていて、そのせいで普段はこまっしゃくれた態度を取っているのだが、今は髪を乱して涙目だ。
それに取りすがっているのが、レン(柿原 錬(
gb1931)と言うらしい。機械兵士であることは見て取れるが、主である立花にべた惚れ(?)ているらしい。
それを咎めるでもなく眺めるのがアサヒ(旭(
ga6764))だ。こちらも機械兵士。こちらは、人間としては多少トンチンカンな、しかし合理性という意味では整然とした発言をしている。
三人でくんずほぐれつの絡み合いをしているのを見て、私は少し溜め息を吐いた。
大丈夫かしら、この3人+4匹。
恐らく、この心配が杞憂かどうかはすぐにわかることだろう。
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遺跡は、いつ誰が作ったものとも知れないものだった。蔦は生え、草は伸び、およそ人の手の入りようのないものではあった。
遺跡には、既に試験官として召喚士や召喚獣が布陣している。私は、一歩退いた。
最初に動いたのは、セロリだった。杖の形をした何かの先を未だ近付いていない剣士に向けると、移動せずに何かを撃ち込む。あれはそう、銃だ。術を使うのではないのか。
「これは召喚術ですよ?」
セロリは小首を傾げる。横着して‥‥。と、その足が止まった剣士に髑髏が肉薄する。ヘルと名付けられた彼が、吹き荒れる荒塵のような叫び声を上げた。
「‥‥wrooOO!」
握った二刀のうち一刀を下から振り上げ、防がれるままに右上からのもう一刀。剣戟の嵐が互いの間で巻き起こる。随分乱暴だが、横着者(これは私の偏見であると公平の為に言っておく)とは案外相性はいいかも知れない。
「オーダー。私が足止め、アサヒは突撃。レンは援護」
その突撃の傍ら、了解、と二体の機械兵士が頷く。心配は杞憂だったようだ。立花が片手を上げると、手の内に納められた石が輝き、ライオンを呼び出す。
「ダークネス・オブ・ダークネス」
真名と共に黒いライオンが駆け、ほどけた。4人の剣士が束縛され、その横をアサヒが駆け抜ける。台形を張り合わせた四角柱に足が生えた、といった風情の機械がアームを伸ばして迎え撃とうとするが、そのうちの一体をエネルギーの弾丸が穿つ。レンだ。その隙を突いて、アサヒが床を掻き毟るように足を踏みしめる。脚部から張り出した円錐から高音と熱が吹き荒れ、その場から姿を消すや否や一瞬のうちに2体の機械を斬り捨てた。
ブーストアサルト。アサヒの技。この3人は連携が活きている。さすがは腐っても機界の兵士だ。
とはいえ、試験官の方も黙ってやられているわけではない。サムライが動く。突出したアサヒを、正面からではなく横薙ぎにすり抜けるように斬ろうとする。反撃する間もない。その間に接近する召喚士。呼び出したのは、巨大な工作機械にも似たロボット。上空から押し潰すという単純だが効果の高い術が、行動済みの全員を襲った。それを皮切りに次々と襲う召喚術と妖精の呪いの嵐を、九重が潜り抜けた。すれ違い様にサムライの1人が足を止めようと刀を振り切ろうとするのに対し、九重が迎え撃つ。
「――疾れ、蛍火」
燐光を放つ小さな炎が、着弾の瞬間大きく弾ける。その時、
「あやかしの類か!」
サムライ。
「一気に片づける。雷忍、招来!」
異界の力を受けて光り輝いた刀を、劉斗が地面に突き立てる。そこから走った光が空間に亀裂を生み出すと、現れた忍者が生み出す雷遁の稲妻が焼いて行く。
安定感のある2人。実力だけではなく、精神的なつながりが見える。うん、まぁ、この二人は大丈夫ね。私はそっと溜め息を吐いた。
試験はつつがなく終わりを迎えようとしていた。
ただし、本番はこれからであった。
誰も、そう、私でさえ、あんなことが起こるとは思っていなかったのである。
地面が鳴動する。地震か、と初めは思った。その思いは、次の瞬間霧散する。
3人の新米召喚士、そして私の体が、ずぐんと震える。何か、よくない予感が身を包む。震える地面は次第に力を増し、遺跡が崩れ、力が、弾けた――
地面に亀裂が走る。
「マスター。質問があります」
アサヒが無機質な瞳を走らせた。向けられるのは、亀裂から出でた何かだ。巨大な質量を黒い靄に纏わせた禍々しい姿。何故か、3人の新米召喚士とその召喚獣と私を除いた全員は意識を失っている。
「召喚士というものは、このように危険な存在を試験のために召喚するのでしょうか」
アサヒの疑問にも、立花の「これは知らない、私は知らない」という言葉にも賛成だった。こんなものを、呼び出すわけがない。
「おいおい。こーいう奴ってもっと段階踏んで出てくるもんじゃないのか?」
九重が、ひやりとした声で呟く。その声も聞こえぬと言うかのように、叫び声が轟いた。問答無用の体だ。唸るような、叫ぶような、地を割るような、それらのどれでもあってどれでもない叫びが召喚士達を支配する。
足が止まった。庇えない。成すすべもないまま、誰かが殺されようとしている。
予定されていた死は‥‥訪れない。
振り下ろされた巨大な拳を、黒い鎌が打ち払っていたのだ。先程まで見えなかった影は、長い髪と白銀の獣耳、狼の獣人。ゴシックドレスが無残に汚れている。
「はぐれ‥‥?」
私は呆然と呟いた。その何か、シルヴィーナ(
gc5551)は茫洋とした目でこちらを見つめる。何かを呟いた。ごしゅじんさま、と、そんな気がした。何かは知らないが、今がチャンスだ。
「コルミニバス!」
立花が呼び出した機械が4つ、放射状に広がり呪縛を解く。弾かれたように、全員が動く。セロリの攻撃、杖を構えると首を傾げた。
「すごいですね。こんな大きい子見るのは初めて‥‥これが噂の最初からクライマックス、というものでしょうか」
言ってる場合か。
ともあれ、言葉の暢気さとは裏腹に全員の動きは苛烈を極めた。鋭いセロリの銃撃を皮切りに、アサヒの斬撃が足を刈り取り、体勢が崩れたところをレンのエナジーガンが顔を焼いた。その胴をヘルが細かく刻み、立花が召喚した獅子が動きを絡め取る。動きが止まったところに、九重の斬撃が奔り、劉斗の喚ぶ獅子が突撃した。とどめとばかりに、はぐれの子が鎌をうち捨てて高く遠吠えすると、狼の前足のようになった腕を悪魔に叩き付けた。
それでも、倒れない。烈風と共に薙ぎ払われる。地面から吹き荒れた悪霊が機械の体を持つアサヒとレン以外に取り憑き、その動きを縛った。
こんなところで、何とも解らない敵にやられるのか。まだ、何も始まっていないのに。
まだだ。
戦闘に加わっていなかったが故に呪縛を逃れた私。
理由は、私の召喚術が、獣界に属するから。
ぼろぼろになったはぐれの子。名前も知らない子だけど、今だけ力を貸して貰いたい。
ふわり、と杖から光が飛び上がった。犬のような影がはぐれの子に吸い込まれて行く。
「――行って」
私の言葉が力になったかは解らないけれども。
はぐれの子が疾走した。草原を駆けるように。体から魔力が吹き荒れ、雄雄しく、でも意外と高い、少女の叫び声が遺跡に響く。
「慟哭奏でる銀狼の顎」
そんな言葉が頭に浮かんだのは、気のせいだったのか。
一瞬の静寂。迎え撃つ巨大な拳を、銀狼が食い破った。そう見えるほど濃密な魔力の塊だった。とはいえ、威力をゼロには出来ずに正面から拳に打たれ地面に転がる。
その一瞬の時間が、勝負を分けた。
「オーダー! 後は考えなくていい、死力を尽くせ!」
立花が叫ぶと共に硬直を解除する。その声と共に、一瞬で踏み込んだアサヒが再びブーストアサルト。
主人を護る。
ほんの少しの時間を共有した彼らが、この試験で身につけるべき最初の感情。
従順だったアサヒに続き、それを身に着けたのはもう一人の機械兵士だった。
「マスターは、やらせない!!」
レンが手に持っていた武器を腰に収める。その体が紫電に包まれると共に、両腕が変形する。機界では荷電粒子砲と呼ばれるそれが、行方をさえぎるべく悪魔が生み出そうとしていた何かをまとめて焼き払った。それでもなお、禍々しい力に形を与えないままに、力に任せて薙ぎ払う悪魔。その攻撃はセロリに一直線に進むが
「‥‥芹架はやらせん」
歯を食いしばって耐える。
「ヘルちゃん、声」
「‥‥あぁ、僕の名はヘル。今後とも、宜しく頼む」
「‥‥では、とっておき、食らわせてあげてくださいな」
そう笑うと、セロリは杖を上に構えた。手抜き娘の、今日始めてのちょっと本気。呼び出された天使の姿がヘルに取り憑き、力を与えた。
「Ghoooッ!」
頭の髑髏を煩わしそうに剥ぎ取り、黒い翼が生える。全身の皹が弾け赤黒い中身を曝し、そのまま一瞬で接近する。叫び声に任せるままに敵の全身を切り刻む、その姿に悪魔が苦悶の声を洩らした。
「あと少し!」
私の叫びに、劉斗が進み出る。九重がその肩に手を置いて、にやりと笑う。あの子達、何をするつもりか。
「‥‥結構、負担大きいよ。出来るかい?」
「やれるさ‥‥俺は前に進まなきゃならない‥‥こんな処で立ち止まるつもりはないッ!」
その叫びに、前髪の下で九重が目を細めた。その真剣さに、ふと胸が高鳴る。これは何? 安心、期待? いや‥‥
(そうか、私は、この子のこと‥‥)
この想いが伝わらないように、と願いながら狐耳の少女はすぅ、と劉斗の中へと吸い込まれて行く。外から見ても解るほどに高まった魔力を全て刀に注ぎ込むと、渾身の力を持ってそれを地面に叩き付けた。
「斬り開け! 鬼神将、招来ッ!」
赤い石が力を持って空に門を招き、現れたのは鬼神の侍。悪魔と同等の巨体から、腰だめに構えた巨大な大太刀を渾身の力で振り抜く。黒い風が吹き晴らされるように、邪悪な力が散っていくのが解った。
終わったのか、全員がへたり込む。私も、全員が無事なのを確認して大きく息を吐いた。
そうして、今に至るのである。
今は皆、体を休めていることだろう。試験官が私を除いて皆倒れてしまったことでいろいろと紛糾することはあるだろうが、幸いなことに機界に携わる者がいるおかげで事実はすぐにわかるだろう。
合否?
聞くまでもないだろう。さすが私の後輩だ、とここでは素直に賛辞を示しておく。
私を含めた四属性の召喚士、それに呼ばれた4体の召喚獣と、1体のはぐれ召喚獣。
あの場に集った意味があるのかは、まだわからない。けれども、願わくば。彼らに幸いなる道があらんことを、と今は願う。
そう。お話はまだ、始まったばかりなのだ――