●リプレイ本文
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粘りつくような闇が見渡す限りに続く。
宇宙という戦域特有の空気。対比する物体がない故に、目視では遠近感覚すらままならない。それでいて、ここにはありとあらゆるモノが詰まっている。
「少佐、最初の踏み込みは足並み揃えるって事でお願いします」
重力という頚木から解き放たれた、留まるところを知らない加速度。か弱い生命を守っていた地球の大きな腕も届かない、多種多様な宇宙線。目視できない泥の海。
その中を漂う鷹代 朋(
ga1602)が通信を取ったのは、本来なら艦橋にいるべき人間だった。
『ん? おう、何ぞ考えでもあるのかよ。戦争してるなぁ! よしよし。ケツは持ってやるさ』
「‥‥アンネリーゼさん、相変わらずだね」
ハッハー! とどこかの映画のような笑い声を飛ばす女に、黒木 敬介(
gc5024)が苦笑いして答える。軽薄そうな調子は一見して敵も作りそうな様子だが、不思議と厭な気持ちにならないのは、少なくとも彼の言葉に蔑みや侮りが籠められないからだろう。
『あ? ケースケか、お前ほんとに来たのかよ』
呆れた声。さしもの女にも予想外のバイタリティ。そんな風に作戦直前だというのに傭兵とべらべら喋る女将校の声を聞きながらイルキ・ユハニ(
gc7014)は一人考える。
(こんな状況で楽しめるってのは、余程腕に自信のある奴か馬鹿野郎か、だな)
まだ若い声。勢いに任せて散らすには早い。激励に力があったのも事実だ。何より、担ぐ神輿は美人がいい。
そんな思いも、知りはしないままに笑うアンネリーゼに、若い声が飛ぶ。
「アンネリーゼさん。貴女はさ」
クローカ・ルイシコフ(
gc7747)。
少年故か。それともそのパーソナリティ故か。踏み込み辛いことに踏み込んできた。
「いや、貴女もさ。意志を継いでいるんでしょう?」
『あ?』
「OF隊」
高揚した気分のまま。自分の責務を果たすという意志。
「貴女も同志の一人。そうでしょう?」
『どこでそいつを聞いてきたのかは知らねえが、あたしのセンチメンタリズムは前しか向いてねえよ』
鼻で笑った女の声。湿った調子も否定しないで起爆剤に変える。そういう性分。望むと望まざるとに関わらず高揚を煽る。マイクをがんがん叩いたらしく、耳障りなノイズが棺桶に木霊した。
『よーしてめぇら、お喋りはここで仕舞いだ。語ることは桿で十分! 碇を上げやがれ、野郎共!!』
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宙域戦闘に関して言えば、地上用に開発された機体は汎用性で劣る。
その理由は様々あるが、最たる理由は“燃費の悪さ”だ。いかに従来の戦闘力を維持できると言っても、それを発揮出来る時間が限定されるのは致し方ない。置き去りにされれば命すらも危ういこの闇の只中で、敢えてその“燃費の悪さ”を――即ち、常時ブースト状態にあるということを利点に出来るのならば、それは一つの戦力となる。
音が置き去りにされた。本来音を伝達するものの無いこの空間だからこそ、その印象が更に強くなる。
傭兵達は、一斉にブーストを入れた状態で突撃した。遮るもののない恒星の海を、更に輪をかけて速く、終夜・無月(
ga3084)の『白皇 月牙極式』がそのスピードを活かして真っ先に突撃する。G放電装置が点ではなく面でヘルメットワームの一体を捉えた。破壊力という点では一歩劣るが間違いなく内部に異常をきたすその一撃に追随するように、敬介が迫る。急な制動と共にミサイルポッドから30発余りの火矢が飛び出した。速度に於いて先を越されたヘルメットワームの一体が、複雑な機動を重ねるが次々と尻に火を吹く。推進器に重大なダメージを与えるのを見て、どこかから快哉が聞こえた。
それを受けて、ようやく残ったヘルメットワームが動き出す。全部で5機。上下の配置にも配慮をした位置取りをしている。やはり一日の長があるその布陣に対して、しかし怯えはない。
朋の『ゲドゥラー』が戦闘機形態のままで飛来する。始めに二人が仕掛けた位置からやや下がった辺りからのG放電装置。やや左翼、欠けた1機がカバーするべき場所は空洞だ。そこを抉るように機首ごと突き込み、放電の後に後退した。戦闘機形態であることの利点は、推進器を後ろに統一し常に移動を続けることが出来るということだ。空いた点をカバーしようと、ヘルメットワーム達の位置が僅かに移ろう。
そんな隙を、見逃す傭兵ではない。
地堂球基(
ga1094)が、指でカバーを跳ね上げて押し込む。
『オリオンアームズ』が装備する最大級の弾数、K−02にとっては最高の見せ場だった。一射辺り250発のミサイルの弾幕を連打、計すること500発。最早どれが当たってどれが避けられたかなど定かではない、問題としない。そんな弾幕が布陣を丸ごと喰い散らかした。後ろの少佐が嬉しそうにしている。
『うっははははは!!!』
実際、痛快なのだろう。彼女の笑い声は心底楽しそうだ。お祭り体質の声に押されて、しかし敵もただやられるばかりではない。無音の爆発を潜り抜けて、鳳仙花の如くヘルメットワームが散開した。慣性制御に加えて重力も空気の抵抗も働かないこの空間こそが本領と言わんばかりに視界から消える。2機のヘルメットワームが上と左から迫る。同時に奔る放電光が敬介のタマモを攻め立てる。有効なダメージとまでは言わないが、一瞬ブラックアウトする機器類を舌打ちと共に叩く敬介を一機が抜けた。残る二機とタロスは依然動かない。向かう先はイルキだ。最小限の機動で最低限の被弾を保ったままクローを展開する。援護に回ったハヤテの先導に対し、逆に突撃しぶち当てるように突破して来た。赤熱するそれは『BRAINSTORM』のG放電装置を焼いた。ただし、すれ違い様の一撃。狙われたわけでもない運悪い破損だが、引き換えにヘルメットワームを存分に焼いた。舌打ちと共に鉄くずと化したそれをパージする。抜けた一機は死に際の特攻のように、複雑な機動と共に戦艦に迫るが、
「敵機、艦直上です!」
レイミア(
gb4209)のデータは広く戦場を見渡していた。戦火をようやく『潜り抜けた』程度の戦力では、及ばない。CIWSとハヤテ、それにコロナに集中的に攻め立てられ、爆散する。
攻め気が勝った傭兵達を見て、アンネリーゼは軍側の戦力を防衛に割いた。少なくとも、本丸を白兵戦で落とされるという心配は少ないと言うことだ。それも、レイミアのピュアホワイト擁する複合ESM「ロータス・クイーン」の成果が大きいが。
とはいえ。
ならば、通用する戦力を持ち出すのも相手にすれば当然のことだ。
巨大な砲塔が旋回する。射程に相応しく、その砲身も長かった。実弾であれば弾丸の安定性を増す為の砲身だが、この長さは粒子を打ち出すプロトンビームの加速器だ。一瞬の静けさの後に、閃光が傭兵達の間を駆け抜けた。機首を捻るように回避運動を取るエクスカリバー級の側面が灼かれ、ハヤテの一機が余波だけで機器に異常を来して収容された。クローカが乾いた笑いを漏らす。防衛網を無視して突破しようとするが、そう易々とは行かない。突出しないままでの4機がカバーする。フェザー砲の砲火を回避して抜けたクローカの先に、タロスが迫った。『Молния』のリニア砲を喰らいながらも、刻一刻と再生する破損をよそに放ったレーザーが装甲を灼く。軋む機体を強引に振り回してシャベルを振り翳す。ダメージは大きいが、代償に懐には飛び込むことが出来た。クローカがシャベルを突き出す。破損を狙った一撃。タロスは喰らいながらも掴み取って強引に振り払った。『Молния』が大きく体勢を崩す。
追い討つタロスの動きを無月のアサルトライフルの射撃が遮った。弾丸に抉られる。一角がその道を拓いた。見逃さない。敬介が放ったミサイルの雨が、遂に砲台へと届いた。爆発が衛星の上を走る。
どこかの動力ケーブルでも狙えれば、と思ったが‥‥
「ちぇ。ラッキーストライクはそうそうなしか」
『贅沢抜かすなよ。上出来だクソガキ!』
褒めてるのか何なのか判らない少佐の声を聞くのもそこそこ。舌打ちを置き去りに、敬介は後ろからのレーザーを回避した。タロスのもう一機が迫る。確実に狙えるほど接近するには、タロスが鬱陶しい。
しかし、再生されるとはいえ、彼を皮切りに確かに射線は通った。
となれば、作戦の第一段階は成功だ。敵の視線は、確実にこっちを向いた。
あとは、どれだけ耐えられるかだ。
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損傷多し。されど敵未だ崩れず。
補給線を持っている敵との差。当然のことだが、さすがにわりと、精神的にきつい。
ヘルメットワームを4機。それとタロスを1機。落としたところで増援が現れた。敵の戦力は決定的には減らない。
しかし、逆に言えばこれは、傭兵達がそれだけ戦線を押し込んでいるという証明でもある。球基の眼前にクローが迫る。カメラに掠らせるように、すれ違い様にその土手っ腹にウアスを叩き込んだ。蹴り付けて敵の方に追いやる。慣性に従って星の海を泳ぎ爆散する敵を横目に、臍を噛んだ。
「やっぱ、遠距離からの攻撃じゃ火力が足りねぇな」
いつもの癖でヘルメットをぽりぽり掻く。何発か喰らうのは覚悟の上とは言え、主戦場を守っているとはいえ、そうやられ放題も気に食わない。レイミアが情報を寄越した。敵の主砲は間もなく発射が可能となる。傭兵が掻き乱した戦場は、相応の消耗と引き換えの結果を生み出していた。
即ち敵の分散。既存の部隊は分断され、増援は一小隊。存分にとは言わないが、先に比べれば侵攻は易い。
「防衛ライン抜けてプロトン砲にちょっかい出してくる。フォローよろしく!」
朋の伝える声。指が次々と何かの摘みを弾いていく。多段ブースト、空戦スタビライザー、SESエンハンサー。そのどれもが機体に負担をかけたり燃料を食い潰す。
つまり、勝負の賭け時と判断としたということだ。純粋な加速のGが鞭打ちになりかねない衝撃を朋に与える。その高速に、しかし1小隊が正面を塞ごうとする。
尤も、遅かれ早かれ誰かが狙っていたところだ。誰かが突っ込むなら、皆で呼応する。
そんな流れに、お祭り女が乗らないわけが無かった。
『面白ぇ!』
コロナが艦橋に近寄ると、有線で何かを話す。艦首が標的に正対した。
傭兵達の幾人かに、それを期待する風があったのを感じ取っての動き。とはいえ。
エクスカリバー級宇宙巡洋艦“レーヴァテイン”が、加速を始めた。
「‥‥もう少し”嬢”が抜けてくりゃ最良なんだがね」
イルキが溜め息を吐いた。攻め勘が判っていると言えばそれも正しいのだが、少し危なっかしいと感じる。こぼれた声を耳ざとく聞きつけて、うるせえ! と叫ぶ声を尻目に、戦艦が突き進む。やれやれと一息、イルキがペダルを蹴たぐった。迎撃しようとする小隊の横合いから回り込むと、G放電の光を迸らせる。動きが鈍った2機の間を朋が駆け抜け、追いかけるようにレーヴァテインがヘルメットワームを撥ね飛ばしていった。最新鋭艦にあるまじき乱暴な操艦。うえ、とクローカが呻いた。
「ちぇ。先を越されちゃったか」
もともと、煽ろうと思っていたのだが。血気の盛んさは思った以上らしい。
「でっかい花火、見せてよ。きみらのお船は遊覧船じゃないんだろ?」
せめてもと言うと、艦の方からやたら荒っぽい歓声が聞こえた。少し笑みをこぼしてから、立ちはだかるタロスに対しミサイルを退き撃ち。弾着の煙を突き破って突っ込んでくるタロスの射撃を喰らって煙を噴き上げる。
『主砲発射用意! 外したらぶち殺す!』
傭兵達が空けた穴に、戦艦が突き進んだ。閃光が奔る。先のプロトン砲と、射程は遥かに劣るが威力では引けを取らない一撃が人工の衛星を灼いた。内部が飛び飛びにむき出しになる。そのうちの一箇所、タロスが立ちはだかる。朋が変形して練機爪で斬り付け、横を抜ける。一箇所、やけに治りの早い部分。恐らくはより重要であろう部分に向けて、G放電装置を直に打ち込んだ。そのまま変形して離脱する。誘爆が巻き起こった。
恐らくは、これほどの打撃でも尚、再生力を有しているのだろう。装甲ではなく再生力が売りである以上は。だが、しかし、修復に少し余分の時間がかかる。それを、確かに稼げた。
戦闘は未だ続くが、ひゃはー! とやたらハッピーな声が、暗い暗い宇宙に木霊したような気がしたのは、きっと気のせいではなかった。
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撤退は、迅速に行われた。損傷もやや大きめで平穏無事とは行かなかったが、この戦域における戦闘の目的は無事達せられたと言って差し支えないだろう。
その海に漂って、球基が手を伸ばす。どこにあるのかも知れない星の彼方へ、笑っていった老人のことを考えて。
生き残った方が望む場所へ行けるんだろうなあ。と。
自分達が、誰かにとっての邪魔であるということを再認識しながら。
「願わくばどちらの希望も挫けずに共生できたら良いもんだな‥‥星屑の記憶としてな」
呟く。呟きながら、周りを見る。欠けた人間は居なかった。それで今は良いような気もした。
ふと、係留されているタマモの一機から「地上に戻ったらデートしようよ、デート」などと言う声が聞こえてきて誰ともなく笑った。こういうのも、生きていればこそだ。
『でーとぉ?』
声をかけられた女は、ぽかんとしている。まさかこいつ本気で遊びに行こうと言っていたのか、とかそんな感じ。
『‥‥へ。まぁ、口だけのチキンじゃねえって判ったからな。義務を果たせる奴は嫌いじゃねえよ』
などと。
人と彼らの違いは今もって大きくも複雑で明言し難い。
とはいえ、こうやって笑えるのだったら、まだまだ人間というのも良い物なのかも知れない。
宇宙でも、きっと上手くやっていけるだろう。