タイトル:【AG】燃える瞳を抱いてマスター:夕陽 紅

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/09 00:28

●オープニング本文



 頭を抑えて、コンソールに突っ伏した。
 最近は、頭痛薬と睡眠導入剤が手放せない。
 私は、我が兄のもたらしたものに驚愕と心労を隠せないのだ。
「‥‥超個体の思考性‥‥個々に意味がない、だからこそ‥‥」
 足りない。
 ホットミルクに蜂蜜と砂糖を溶かしこんでぐっと流し込んだ。甘さにくらくらする。
 本当なら紅茶が飲みたいんだけど、そんな手間も惜しい。
 こんなものは、脳の“えさ”になればそれでいいのだ。
 温かい料理が恋しい。
 でも。
「ソール、ソール、ソール‥‥」
 マイブラザー。
 あなたの居る極寒の孤独に比べれば、こんなものはぬるま湯に等しい。
 ねえ、ソール。
 私、友達が出来たのよ。
 沢山の友達。
 あなたにも見て欲しいのに。
「‥‥だめ」
 歯噛みをする。エラーを吐く。
 これには、まだ足りないものがあるのだ。
 ソールのもたらしたただ一つの意志。
 一回こっきりの新兵器。
 これをもたらすのが、きっと彼の意志だったのだ。
 きっと、他の何者をも犠牲にしても。
 だから、何でもするわ。私は。
 メアリ・アダムスは、きっとまだ隠していることがある。
 彼女には、まだ話が残っている。

●参加者一覧

不破 梓(ga3236
28歳・♀・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
鳳 勇(gc4096
24歳・♂・GD

●リプレイ本文


 がるる、と歯を剥いて対峙する。
 驚くべきことかも知れない。ルーナ・パックスは、不破 梓(ga3236)に牙を剥いていたのだ。あれほど懐いていた彼女に。
 否、懐いていればこそ。
「‥‥ルーナ。お前」
「私だって、いつまでも弱いままじゃないのよ」
 彼女の瞳は、金色に輝いていた。それだけのことだが、しかしそれは、大きな変化だ。
「いいのか、覚醒して」
「まだ、普通よりも少し負担はあるけど」
 ふう、と一息吐くとざわついていた瞳を鎮める。その様、スピードはむしろ銀髪の少女の方が上かも知れなかった。
 梓が、無理にでも休ませようと、説教をしようとした。その瞬間の話だ。猫科の獣のようなしなやかさで、彼女は跳躍したのだ。
「貴方達が、今日まで私を休ませてくれたから、私はここまで。だから」
「しかしな、ルーナ」
「お願い」
 激するのではない。梓が無理にでも休ませようとしたのには、薬に頼ってでも根を詰めたルーナを慮ってのことだ。それに、静かに声を返した。
「無理でも無茶でもいい。向こう見ずに突っ走っているのでもない。貴方達を信じるから、だから私もやるべきことをするの。やりたいことでもなければ責任でも義務でもない。これはやるべきこと。やらずにはいられないことなのよ」
「私も‥‥彼女を同行させてあげたい、と思う」
 ルーナの肩に手を置いて、御沙霧 茉静(gb4448)が目を伏せながら言った。何か、今の彼女ならメアリに影響を与えられるかもしれない。おぼろげながらも、茉静はそう思っていた。二人分の視線を焼き付けられて、もう、梓には何も言えなかった。
 無理をしているのではないか、と。意に反して、否、意に沿いすぎて。熱意という名の狂気に浮かされて。
 そんなことは、まるでなかった。ターコイズブルーの瞳は透徹していた。だから
「無理はしないと、それだけは約束してくれ」
「分かった」
 そのまま、隅のパイプ椅子に座り込む。その様子を冷ややかな目で見つめていた少女は、億劫そうに口を開く。
「終わりましたか。話は」
「ああ。これで恙無く君に質問することが出来る」
「さて。私はまだ明言していませんが、話すと」
 メアリ・アダムス。
 最新の義肢を持つにも関わらず、ぎちり、と軋みを上げるような動きだった。硬質な動きで腕を肘掛に“固定”すると、肘を支点に頬杖を突く。
 鳳 勇(gc4096)の問いにも眉一つ動かさない。つまらなそうで、見下しているようであり、楽しげであり、それはたとえそのどれもを内包する無表情の目の前にアイスコーヒーのグラスを差し出されたとしても変わらなかった。
 ‥‥しばしコップを眺めると、にわかに少女の眉が不機嫌そうに顰められて行く。
「飲ませなさい」
「‥‥は?」
「“飲ませなさい”。気の利かない」
 ――この。
 ぴくりとこめかみが動くが、勇はすんでのところで文句を押し止めた。そうとも、口を割らなければ土下座でも何でもしてやる覚悟だったのだ。それを思えばこの程度。グラスを差し出すと、メアリはストローに口を付けて吸い込んだ。もごもごと口が動くと、嚥下。やれやれ、と首を振る。
「不味い。まあ、良いでしょう。して居ません、期待は」
 尊大な態度に苛立ってがたんと立ち上がったルーナと梓が顔を見合わせて、おそるおそる互いの暴力を牽制し出したのを皮切りに、尋問はようやく始まった。
 監視カメラの向こうからその様子を見ていたULTの職員は、後に呆れたようにそう述懐した。


「それで、何ですか。聞きたいことは」
「全てだ」
 尊大さは変わらない。高さは問題ではない。見下すように顎をついと上げて見据えるメアリを、下から睨むように梓が突いた。
「お前らのした実験、そしてファラージャについて。何もかもだ」
「語るべきことなど。理解しているでしょう」
 肩を竦める。ぎちりと音を立てて。さながらぜんまい仕掛けの人形のよう。大仰な表情。抑揚の抑えられた声。
「私が無礼だから喋らない、なんてくだらん拗ね方はするんじゃないぞ? 女王様」
「それは私が決めます。理解しているでしょう、と。貴女方にはありません、私を屈服させる材料が。この上は、せいぜい私の機嫌を損ねないことです」
 梓の挑発に、更なる挑発で応える。さらりと金色の髪が流れた。不自由すぎる身体に、存在感を漲らせる。
 その様にふと、眉を上げた。
 少女のその佇まいが、梓には、今も近くに居る、よく知る少女の姿に重なるように思えたのだ。
「メアリさんの四肢が無い理由‥‥」
 いずれにせよ、聞くべきことは聞かなければならない。
 装飾も調度品も極めて少ない、白熱電球の灯りばかりの白々とした殺風景な部屋に、茉静の声が響いた。
「言ったはずです。機嫌を損ねるなと。幼い頃に教わりませんでしたか、障害者に身体のことを言ってはいけないと」
「すみません‥‥」
 言葉と裏腹に、痛痒を感じているようには思えない少女の声。そして謝りながらも、茉静もまた一歩も引かなかった。
「ですが、聞きたいのです‥‥それ、その四肢。それは、病気などでは無く、研究の実験‥‥。“蛇になる”為になってしまった、と言う事なの‥‥?」
「‥‥また、無遠慮に忌憚もなく」
「すみません‥‥」
「そう、半分は正解、と言ったところです」
「え‥‥」
 ぎちり、ぎちり。
 機械の四肢が啼く。
 肩を竦めるがままに応えるメアリに、茉静が目を見開く。
「何ですか?」
「素直に答えていただけるとは」
「休みたいだけです、早く」
 ぎち、ぎちり。
 何だか呆れているようにも見えて、それだけに肩の力が抜けているようにも見える。毒気を抜かれた、というのが正しいところなのだろうか。
「正真正銘。先天の欠損です、私の身は。が、それを以って私が蛇である、と言うのは‥‥実に正しい」
「だとしたら、おかしいじゃないか」
「おかしい、とは」
 言葉を遮る。梓はみすみす座っているわけには行かなかった。気になることは言わざるを得ない。誰でもない、あの子のために。
「お前は、本当にメアリ・アダムスか?」
「何故そのようなことを」
「施設で見つけた資料を読んでから、ずっと違和感があったんだ」
 広げる資料。薄暗がりに電球の熱が広がる。熱に浮かされる。熱い。それは心もだ。熱くて熱くて仕様がない。核心だと思うことを切り出す時独特の浮ついたような、つかえるような、全て吐き出してしまいたいような感覚を、慎重に薄切りにする。
「お前が本物のメアリでないなら人為的な筋萎縮についても辻褄が合う。元から動けないものに対してそんな処置をすること自体不自然だ」
「‥‥ああ。ふ、ふふ‥‥なる、ほど」
「何がおかしい」
「いえ、ね‥‥ふふ、はあ。失礼。違う、違うのですよ。ああ、前提から‥‥とはいえ、思います。そう取られても仕方のないこととは」
「‥‥蛇」
 茉静が呟く。
 暗がりから答えを炙り出す。
 この話にはまだ、先があると。
「その通り。ふふ、しかし、偽物と取られるとは‥‥」
「その辺りで」
 黒い影が、割り込んだ。艶の無いフロックコートが、熱くなり始めた視線を遮る。全身を黒で固めた男に、少女は目を細めた。
「まあ、皆。少し休憩するといい」
 UNKNOWN(ga4276)。
 今の今まで静観していた彼は、密閉された重い扉を開けてカートに銀盆を乗せてきた。サンドイッチに、飲み物。施設据え置きの安っぽいモノでも、作りたての温かさは揺るぐものではない。首を傾げると、男は足を組んで少女の正面に座った。
「私も、話したいことはあるしね」
「あら。電気ノコギリで寸刻みにでも?」
「アル・パチーノという柄ではないね。些か、怖がらせる外見であることを肯定するに吝かではないが」
 吸っても? と煙草を取り出すUNKNOWNに対し首を縦に振るメアリ。
「まあ、依存とでも言うべきなのかな?」
 紫煙を燻らせる。
 彼の問いに、最初は要領を得ることは無かった。明瞭さを欠く言葉の連続で、しかし、それだけに、抽象性の鍵を持つ者にとっては具体性を帯びる。
「望み、嫌悪するモノが相互にあったのだろう」
「‥‥言っているのですか、姉のことを」
 姉。
 初めて。そう、聞かなかったから、と言えばそれまでかも知れない。それでも、彼女が姉のことを話したのは、これが初めてだった。
「馬鹿な女でした」
 そして、相変わらずな言葉と反対に。
 初めて、嘲り意外の表情を見せた。
「いつから、お気付きに? 姉ではなく、あちらにも‥‥と」
「超個体、と言えども。核――行動への原理に、指向性を持たねば群生は出来んから、ね」
「共依存‥‥と、言ったところでしょうか。本当に、馬鹿な女です。戦うことを、諦めた。耐えられなくなった」
「罪深い事にならなければ、止まらないのかも知れない、ね」
 そこで、黒い男は、ちらりと隅に座る少女を見た。ルーナ・パックスは、こちらの一挙手一投足を注意深く見守っている。その目には、変わらない青い炎が静かに宿っていた。
「そうならない事を、望みたいもの、だ」
「彼女は‥‥私の可能性だったモノ、ということですか」
 ふう、と肩を竦める。
 ぎちり、と相変わらず動きは硬い。
 だが、少しだけ、雰囲気は変わっていた。
「さて、他に何を? 手早く済ませましょう」
 それを確認して、UNKNOWNは席を立つ。入れ替わりに、今まで休んでいた面々が前に進み出てきた。肩の力を抜いたメアリに対して、梓が促すような目を送る。
「ああ、そうでしたね‥‥ねえ、貴女。知っていますか? 人間の手足。その精密な指の動作と二足歩行という奇天烈極まりない行動を成立させる為に、どれだけ脳の演算領域を使用しているか」
「まさか‥‥貴女は」
 茉静の声に、少しだけ笑う。
「もちろん、確証のある理論ではありません。しかし、我慢なりませんでした。私には。思ったのです、義手義足を繋いでしまうことで、手足の動かし方を学んで“しまった”時に。“たかだか手足”程度の為に、私の頭脳をくれてやるものかと」
「‥‥自分で望んだのか。イカれてる」
「ええ、捨てたのです。人でなくとも良い。私であれば良い」
「‥‥、『ソムニウムが“主”と呼び恭しく扱っていた黒衣の人間』。これは一体誰を指している? それと、護送中に現れたあいつはバグアだった。あんた達が研究している時すでにバグアと判っていたのか?」
 梓が眉根を寄せ、メアリが更に薄く笑った。不穏な少女の雰囲気に‥‥しかし、それが他人の作為でなく自分の意志だとすれば、勇には気になることがあった。
「居ないでしょう。ソムニウムの主、となれば一つしか」
「ファラージャ‥‥か」
「ええ。同じ星の生物‥‥侵略者であれば、その身体があるのも不思議では。バグアかどうかは、さあ。姉は気付いていたかも知れませんし、祖父は聡くともあまり鋭くはありません。ただ、私にとっては‥‥」
 そこで小さく息を呑む。
 そうして浮かべた笑顔を、そこに居た面々は忘れることがないだろう。
 間違いなく、それは、人間であることを捨てた者の笑顔だった。
「“どうでもよかった”。バグアでも、バグアでなくとも、有用であるなら。それが重要でした、私にとっては」
「『古なる神の時代を終わらせ、聖書の時代を再び齎す為に。』――これはファラージャが連れている軍団を完成させる為の研究だとして‥‥何故一卵性の異性児、双子を必要とした?」
「少し、間違っています。私達は、軍隊など必要としていなかった。あれは通過点に過ぎません。双子が必要だったのは‥‥可能な限り同一な雌雄体が欲しかった。ファラージャの群体に限りなく近い、生物としての同一性の限界点を見極める為に‥‥そして、それは限りなく成功に近かった」
「たったそれだけの為に?」
 ざわ、と部屋の隅の空気が変わる。梓と茉静が、同時にルーナの肩を掴んだ。
「大丈夫よ、私は大丈夫‥‥それより、続けて」
「貴女は、怒っているの?」
 機械仕掛けの少女が、首を傾げる。唐突な茉静の言葉はメアリにとって意外で‥‥そして、聞き逃せない言葉だった。
「何を‥‥」
「悲しい? それとも自分が許せない?」
「何を言っているのです、貴女は」
「貴女の心を、私は知りたい」
 今の境遇になってしまったのは、高い知性を持っているが故に、心を捨て、運命を切り開く勇気が、共に支え合う友達がなかった事が原因。茉静は、そう思っていた。
 そして、人は自分を変えられる。いくら優しさを捨て、負の感情に支配されようとも、人である限り、いくらでも変わる事は出来る。そう思っていた。
「ルーナさんのように、貴女のことも、私は知りたい」
「大した話では、ありませんよ。‥‥思いませんか? 私は、滑稽だと。
 蛇。私はね、与えるものになりたかったのです。その始まりは、祖父が私に与える為だった。手を、足を、人としての当たり前の機能を‥‥そして、その何もかもを捨て去って、与えるものになりたかった。アダムとイヴは、果たして不幸だったのでしょうか。たとえ安住を捨てたとしても、無限を見ることが出来た。だから私は、蛇になりたかった」
 恐らくは、それが根源。
 ならば。
「その通過点にこそ、数々の実験体を効率良く管理するシステムにこそ‥‥姉、否、ファラージャは興味を示しました。自分である為に、自分を増やす為に」
「最後の、これは疑問になるが‥‥今でもあんたはこの計画を完成させたいと願うか?」
「然り」
 勇の最後の問いに、寸毫の迷いも無く、メアリは頷いた。
「だからこそ、私は許せません。あの実験は私のものだ、罪も罰も効果も成果も、私と姉だけの為のものだ。奪わせはしない。‥‥お手伝いしましょう、貴女達に。ですが、私はエデンの園の蛇です」
 精々、食い散らかされないように。
 薄く、薄く。メアリ・アダムスは、蛇のように笑った

 その声を背中で聞きながら、UNKNOWNは煙を吐く。
「まあ、邪魔はせんでくれ」
 彼の目の前には、一人の人形が居た。その人形は、限りなく人であり、人でなく、その身は例えるならひとつの細胞だ。
「彼女らには、話す時間が必要なのだよ。暇潰しになら戦いに付合おう」
「結構」
 黒いスーツに身を包んだ峻厳な顔の男は、厳しく呟いた。
「私としても、すぐに帰らねばならぬ」
「ほう」
「あのお方が、泣いている」
 いつか何処ぞで見たバグアは、ただ、その結果だけを確認しに来た。
 それが何を生もうとも、関係はないと言うように。
 僅かに残る風に煙を任せ、黒ずくめの男は空を見上げる。
 雨が、降りそうだ。