●リプレイ本文
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「行きそうなところ、か」
ビルの入り口でソール・パックスは指を顎に当てて俯いた。双子と言ったって、そう何でも分かるわけじゃないから期待はしないでよ? と嘯きながら天野 天魔(
gc4365)の問いに対して答える。表情は物憂げで、それが生来のものであることは堂に言った仕草から察することが出来た。
「彼女は感情的で短絡的だけど、馬鹿じゃないんだよ。多分、まずは洋服をどうにかするだろうね」
目立つのは避けたい。潜む者としては当然の真理だろう。とすれば‥‥
「今頃は路地裏の不良少年でも、締め上げてる頃じゃないかな?」
侵入路までは判らないけど、ね。と肩を竦める。ひとつ頷くと天魔は一通りの情報を仲間に伝えた。
「あぁ、それと一つ聞くが、少年。君は何処まで復讐するつもりだい?」
天魔が探りを入れる様に訊く。或いは試すように、いや挑発するかのようでもある。
「社長と研究員だけかね? それともそれは会社の罪か? ならば、それはその家族までも対象になるな。それなら‥‥」
「テンマ」
少年の声が遮った。その表情はあくまで柔らかく、何を考えているか推し量ることは難しい。
「僕はね、そんなに難しいことを考えてはいないんだよ」
それで説明は済んだとばかりに、彼は押し黙ってしまう。問答をする気はない、ということなのだろうか。天魔はひとつ肩を竦めると、探査の目とバイブレーションセンサーを使う。警備員には既に大事にならない範囲で情報を伝えてあり、直接の協力こそないものの警戒態勢は強化された。そうして警戒しつつビルの周辺を歩く2人の目の前に、ひとつの人影が現れる。煙草の紫煙。鳳 勇(
gc4096)だ。
「久しいな。実験の影響を除けば、無事そうだ」
「おかげさまで。イサム」
「我はここで見張りをしておく。お転婆な妹をとっとと見つけて来い」
ぶっきらぼうながらも思いやりの篭められた言葉に柔らかく笑って返すソール。
ビル周辺の警戒と探索は、順調だ。
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オランダの古都アムステルダム。
地の利を生かし、港町として発展し、商業の街とも言われるオランダの玄関。
それはつまり、様々な人間の坩堝でもあるということだ。中央駅を中心に格子状に路地や運河が入り組み、地理的にも非常に見通しが悪い。
隠れるには絶好で、だからこそ、そんな好機を彼女が逃さなかったのも必然だろうか。
「‥‥想像はしちゃいたけど、こりゃひどいな」
第一発見者は犬彦・ハルトゼーカー(
gc3817)。額に手をやって溜息を吐く。
衣類をかっぱいでいる可能性もあるだろうと裏路地を探索してみれば、案の定だ。旧教会周辺の細い裏路地に打ち捨てられていたのは、いかにもな外見の小柄なチーマー。手足を縛られ、口には彼自身の下着を押し込まれた哀れな姿でぐったりしているところを犬彦によって発見された。拘束を解くや、彼はひどく憔悴しながらも、『銀髪のおかしな女に身包み剥がされた』とか、そういうニュアンスのことを口汚いスラングで犬彦にまくしたてたのだ。はいはいと片手で制止しながら彼のことは地元の警察に任せ、青年から得た情報、具体的にはその時の服装などを仲間に伝えた。
「あいよ、了解だ」
無線通信を終えた海星梨(
gc5567)は、その服装、少女の身なり、全てを鑑みて聞き込みを行う。先程までは病院の近くでの目撃証言を取っていたが、ある場所を境にぱったりとそれが止んでほとほと難儀していたところだ。しかし、新たな情報を得ることで状況は変化する。ボディースーツの少女では反応が芳しくなかった人々の反応が、『体形にそぐわないチーマー風の服を着た銀髪の少女』となるとちらほらと出てくる。そして、その目撃証言がぱったりと途絶えた場所は、とある下水道の入り口の近くだ。
それを受けて、目的地ビルの近くで双眼鏡を使い、数箇所の見晴らしの良いポイントを順番に巡っては捜索を行っていた御沙霧 茉静(
gb4448)はあるものを探す。下水道に入ったからには、出てくる場所があるはず。人数分用意された街の地図を片手に、それを高所から探す。
バラバラだったピースが、音を立てて嵌りつつあった。
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不破 梓(
ga3236)とヨダカ(
gc2990)は、暗い下水道を歩いていた。
アムステルダムという坩堝のような街が煮詰めて漉した残滓の如く混沌とした汚臭の中で、2人はランタンの明かりを頼りに進んでいた。耳を澄まし、目は進行方向の確保に努め決してそれだけに頼らず、ヨダカはバイブレーションセンサーで時折生きるもの、動くものはいないかを調べていた。出てくるのはネズミやもっと小さな生き物の振動、それに水の轟々とうねるものばかり。ひょっとしたら間違ったのではないか、ふと一抹の不安が過ぎる。不安げに身を捩るヨダカの使ったバイブレーションセンサーが、その時ふとひとつの振動を捉えた。
それはまるで、呼吸を静かに押し殺しているかのような、微かな‥‥
「‥‥そこにいますね。見つけたのですよ、ルーナさん」
ヨダカが目をやるのは、下水道に等間隔に存在する保守施設、その一つだ。二人が施設に入ると、梓は扉を塞ぐように寄りかかる。しばらく2人が押し黙って一点を凝視していると、観念したようにロッカーからパンク風の男物の洋服を着た銀髪の少女が現れた。
ルーナ・パックスだ。
「‥‥どうしてわかったの?」
「能力者も、進歩してるんだよ。お前の知らない間にな」
梓が努めて何でもないように応える。この程度はどうとでもなることだと言外に伝えて、しかしそれでも、少女の瞳には炎が宿っていた。
「‥‥どいてくれないかしら」
「ダメです」
ルーナの血を吐くような呟きに、しかし決然とヨダカは首を振った。
「焦って討ちに行っても、その身体じゃ何人か道連れにするのが精一杯なのですよ?」
「だから何だって言うの? 出来るか出来ないかは知ったことじゃないわ。いい? やれるとか、やれないとかじゃなくて」
そう呟くと、すっと目を細めた。
「『やらずにはいられない』のよ!!」
瞬間、飛び出す。覚醒し、懐に手をやるも、躊躇い、無手のまま手を抜き払い、迅雷の如き速度で梓に躍りかかろうとする。しかし、高速機動で回避し、残像斬で返した梓は掴みかかる手を流し、ルーナの肘と手首を床に押し付けてその動きを制した。起き上がろうにも肩を床に押し付けられているため、起き上がることが出来ない。
「‥‥少しは人の話を聞け。死ぬ覚悟ぐらいしてきているのなら、その前に同じ能力者の話くらい聞いてもバチは当たらんと思うがね」
梓の説得にも、床をつま先でがつがつ蹴り、指はがりがりと床を引っかき、半ば半狂乱になりながら、ルーナは聞かない。
「離しなさい‥‥! 離して、私、は‥‥!!」
その声が段々濁ってくる。見ると、口の端から血の泡が漏れていた。喀血している。やはり、彼女にとって覚醒はそれほどの重みがあったのだと、梓は慌ててヨダカに声をかけた。ヨダカの子守唄で、意識を失う。その寸前まで彼女は口の端から、自らの血に乗せて怨みの言葉を垂れ流していた。
●Side:Runa
「‥‥起きた?」
目覚めの光は、柔らかかった。
布団を剥いで身体をゆっくりと起こすと、そこは私の知らない場所だった。
アズサが取ったアムステルダムのホテルの一室。後でそう聞いた。腕に刺された点滴の針がわずらわしい。私は眉根を寄せると、彼等に訊く。
「‥‥何のつもり?」
「勿論、君を止めるんだよ。少女」
テンマが言う。私の周りには、傭兵達。そして少し離れた所に、寂しそうに佇む私の半身が居た。
そうよね、やっぱり貴方なのね、マイブラザー。そう思って、少し微笑む。
裏切られたわけではないのだ。
これが私達のあり方だもの。
「それで、貴方達がどうやって私を止めるの。力ずくで? 非力な私を、力で抑え込む? いいわ、やりなさい。でも、私は何度だって繰り返すわよ」
言ってやる。わざと偽悪的に、被害者ぶって、反応を見てやる。さあ、どう返してくるんだろう。怒る? 諦める? どうとでもすればいいわ。私は何度だって繰り返す。
「憎しみの炎は、いずれ自分自身を燃やし尽くします‥‥今貴方がビルに向かっても、相手は被害者になって、貴方は悪として闇に葬られるだけです‥‥」
マシズが言う。そんなの、知っているわ。想像していた通りの返事に軽く笑う。
「それで? 自分の身の破滅なんて、とっくに私はボロボロなのよ。これ以上何があるっていうの?」
「何も、だろ。言いてェことは判るけどな‥‥おい。オマエは、何でそこまで自分の手でやるのに拘るンだ?」
ヒトデナシが私に訊く。判らないの?
「何で? 捌かれたのは私の心なのよ。灼かれたのは私の目で、暴かれたのは私の臓腑よ。私がやらなくて、誰がやると言うの」
「おい。過去に失敗してんだろ、お前が狙っても、社長は能力者を雇うぜ。ましてや症状の悪化した今となってはほぼ無理だ。それでもやるってのか?」
「当たり前じゃない」
イヌヒコが、きっと睨みつけてくる。強い視線だ。負けるもんか。私も視線に力を篭めて返す。
「どうしても報復を止めないなら、仕方ない。その覚悟を行動で証明してみろよ」
何事か、と思った。私の膝の上にぽすん、と落ちてきたのはナイフだ。私のナイフ。イヌヒコが挑発するように手招きしてる。
「ここでうちを倒して進まないと、そいつに接触はできないぜ?」
カッと視界が真っ赤に染まった。
上等だ。
挑発するのか。いいだろう、受けてやる。例えここで果てたとしても構うもんか。銀髪がざわりと音を立てて揺れる。能力者が色めき立つ。私の半身が何かを叫んでいる。聞こえない。聞こえるもんか!!
そうだ。怒っていたはずだ。私は。
なのに、どうしてだろう。
「何がそんなに怖いのです?」
そんな一言に、心臓でもえぐられたかのように胸が痛むのは。
「怖い‥‥」
自覚してしまえば、後はすぐだった。
「怖いわ。人が‥‥」
視界がひどく歪む。なんでだろう。ヨダカというらしい少女の一言が、なんで私にこんなに。
「怖いの。時間から取り残されて、私1人、辛い記憶だけを抱えているのが‥‥」
消してしまいたい。精算してしまいたい。
つまるところ、私は今までの私を消すことを望んでいたのだ。
だから無謀もした。だから意地も張った。悟られないように、強い言葉と乱暴な行動で人を遠ざけて、誰にも私の苦悩を知る権利はないと思っていた。
でも本当は、そういうこともひっくるめて、わかって欲しかったのだ。
理解してほしかったんだ。
自分で自分にもわからないように隠していたそれを自分が知ってしまった瞬間、もうだめだった。
私は人目も憚らず、号泣していた。嗚咽が聞こえた。誰のだろう、私のだ。
「だ、誰も、わかってくれなかったわ‥‥! 私が怖がっているのを、今まで、ソールだけよ。彼だけしかわかってくれなかった!」
わんわんと、数年分の涙を、纏めて吐き出していた。今の私は、ただ泣く為だけに存在していた。
「‥‥相手の違いはあれど、復讐しか考えていない時期があった身として、気持ちはわかる‥‥が」
アズサが声をかけた。隣に座って、背中を撫でてくれた。
「感情に任せて、己も、置いて行く誰かのことも考えていない。そういう行動には、後悔しか残らないぞ」
「今は耐えて‥‥。生きて、貴女の仇の悪事を白日の下に晒すのが、貴女の為すべき復讐だと思う」
マシズが静かに語りかけてきた。そんな正しい一言より
「貴女は1人ではない‥‥ソールさんも、私達もいるから。だから、1人で苦しまないで‥‥。私達は、貴女を救いたい‥‥」
その一言のほうが、よっぽど泣けた。
イヌヒコ。彼女だって、私を止めようとしたのだ。ちょっとやり方は乱暴だったけど。謝らなきゃ。そう思っても、言葉が出ない。喉が詰まる。
「人間、生きていれば色々苦労もある。そんな生易しい境遇ではないことも理解している」
イサムが、隣に立ってこちらをじっと見てくる。
「だが、まだ死んではいない。あんたがやるべきことは血で手を染めることじゃない。同じ犠牲者を出させないことじゃないのか?」
そう。そうだ。涙を拭って頷いた。どれだけ堕ちても私は傭兵なのだ。そう思った。
「その為なら、協力を惜しまない。あんたら兄妹には、心のそこから笑ってもらいたい」
だから、今はゆっくり身体をやすめよう、と手を差し出された。その手を取って、目を赤く腫らして頷いた。
ヒトデナシは、肩を竦めていた。後から訊いたら、私と自分が似ていると思ってくれたらしい。本当に似ているのか、これからも見ていてほしいと思う。
「人は何かを傷つけるし、隣の人は何を考えてるかわからないし。私達は皆一人ぼっちなのです」
ヨダカが、私の手を握って、じっと目を見つめてくる。
「でも、だからこそ私達は誰かに優しくしたいし、分かり合いたいし、同じ道を歩もうとするのですよ」
そっか。
1人だから、優しくするんだ。
いつも一緒の、私の半身。彼がいるから、私にはそんな発想はなかった。
「だから、戻っておいで。一人ぼっちが寂しいのはお前だけじゃないのですよ」
やめてほしい。折角止めた涙がまた出てきてしまう。
「さぁ、団円だ。君の名演に期待しよう」
向こうの方で、テンマがぽん、とソールの背中を押した。よろめいて進み出たソールは、私をぎゅっと抱きしめた。
「‥‥もう一度、やり直しだね?」
頷いて、ぎゅっと抱き返して、だめだ、また涙が出てきた。涙と鼻水交じりの声で、私は、やっとの声を絞り出した。
「皆‥‥私達を、助けて‥‥!」
もう、私にとって皆の顔は、それほど怖くなかった。