●リプレイ本文
●NA$BE
「・・・・騙された」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は、そのパーティ会場に着いた瞬間、そうつぶやいた。
薄暗い照明の下、参加者が卓を囲んでいる。鍋といっても、魔女の大釜をかき混ぜるかのようだ。当惑気なものが、数人、いる。
その一室の入り口には、『ロシアン・NA$BE・パーティ』と、会場名が華やかに描かれた紙が貼り付けられていた。
(てっきり【ロシアの鍋パーティ】かと、ボルシチでも出るのかと。興味を惹かれて参加してしまった)
悔いつつ、ホアキンは卓に着き、目の前に座る人物を見た。
――朝見胡々。
掲示された紙には、依頼者の名前が確かにあった。なぜ、そのときに気づかなかった。過去の依頼を思えば、ただの鍋のはずがないと。
(のっぴきならない状況だが、こうなれば徹底抗戦あるのみだ)
ホアキンは決意をした。朝見に邪気漂う鍋を食べさせることを。
敵は、彼女一人ではないことを、このときは知らなかった・・・・。
●実食
「もうすっかりお鍋の時期ですねぇ。ここのところこっちにも来ていなかったし、思い切って腕をふるってみましょう」
煮立つ鍋の香りが広がる。リネット・ハウンド(
ga4637)の鍋からは、いかにも美味しそうな匂いがただよっていた。
プロレスで使う引き締まった体を、手馴れたように料理に使って、切った野菜を鍋に入れ、肉を入れていく。ピリッとした香りはキムチ鍋である。
鶏肉、豆腐、しらたき、白菜・・・・。ぐつぐつと音を立てて煮える具材にスープが染み渡っていく。
いつもはリングの上で健康的な汗を光らせる額に、うっすらと、湯気による汗を浮かばせ、リネットは鍋を器によそい、参加者たちに配っていく。
「食べてくれる人がおいしいと言ってくれるような内容にしたいですね」
と、良心的な発言さえ聞こえた、リネットのキムチ鍋である。真田 音夢(
ga8265)は、無言のまま静々と白菜を口に運んでいった。過去に起因する、いつもどおりの無表情ではあったが、中身はしっかりと減っていっている。この座を開いた朝見胡々が身を乗り出して、「うまい!」と器を突き出した。おかわりを求めているらしい。リネットは微笑んでそれを受け取りながら、
「他の方の作られる鍋も楽しみですね。一体どんな鍋を作られるんでしょうか」
気軽く、そう言った。うっ、と引きつった笑みを浮かべるものが、数人。その表情は、悪事を指摘されたときのそれに似ていた。リネットの言葉に応えるものは、マルセル・ライスター(
gb4909)が普段、気の小さい彼に似合わず、強気に微笑み、御巫 雫(
ga8942)もまた、自信に溢れた顔を向けるほかは、何の反応もなかった。「LHは世界中から色んな国の人が集まっていることですし。きっと多様な鍋が食べられるはずっ!」と意気込み、料理の参考にとメモまで用意した彼女は、ここで、はじめて不審を抱いた。
その感覚は、直後に真実をついていたと理解される。新たに卓の中心へ置かれた、最上 空(
gb3976)の鍋。鶏を絞め殺したような不気味な沸騰音に、目を疑う。なにか宇宙的恐怖さえ感じさせる謎の芳香をただよわせていた。ちらりと空は、卓へつく友人の御巫 雫(
ga8942)へ目を向ける。口元が笑っていた。このパーティ。自称鍋将軍である、空の目的は、
「空特製の闇鍋を参加者に主に御巫 雫の口に捻り込み、血祭りに挙げる事です!」
であった。「ええ、ちなみに決して最近雫が急成長して主に胸があり得ない増量をしており、嫉妬した空の私怨が戦いの理由ではありませんよ?」と空は私怨ではないことを露骨にアピールしていた。誰もが「私怨か」と頷く。胸元へ視線が集まり、羞恥に若干、雫は頬を染める羽目になった。空は構わずに、
「はい、空の料理スキルはシチューを作っていたらいつの間にかおでんになるレベルなので、まともな鍋を目指さずに、目隠しをして手当たり次第に食材をぶち込み、闇鍋を完成させようと思います、ええ、空も何が入っているのか分からない点が隠し味です!」
と、目の前に出した鍋の説明をした。蓋を開くと、ぶわりと刺激臭が鼻を突く。空は素早く雫の器をとると、そこへどろりと中身をそそぐ。どちゃ、と滴る中に、魚の目玉が転がっていた。面白いリアクションを求められているのか、と疑えるレベルの料理じみた何かだった。
「くっくっく、雫覚悟して下さい! その胸ごと地獄に叩き落としてやりますよ!」
ピンポイントで器を差し出す空に、雫は逆に押し返す。お前が食えと言わんばかりのやりとりの最中に、「あ」と雫の力が入りすぎて、器が転がろうとする。
瞬間。空は電光石火の速さで器を拾い上げ、ぽかんと開いた雫の口へそそぎこんだ。喉がゴクンゴクンと動き、卒倒するように床へ倒れると、雫は体をビクンビクンと震わせて、
「漏る・・・・。やばいものが漏れる・・・・」
と、うわ言のようにつぶやいた。白目が多くなり、育ち始めたらしい胸が小刻みに揺れている。それを見やると、空は他の参加者へも鍋を渡した。
「うあー、怖い。こんなに食べるのが怖いと思ったのは、久しぶりだ」
いまだに痙攣している雫を横目に、ホアキンはつぶやきつつ、箸をなんとか口へ運ぶ。「こんな・・・・これでは、世界が終わ・・・・!」という言葉を最後に、彼もまた倒れた。リネットも参考にすらならない鍋を前に硬直する。音夢はわずかに口をつけた瞬間、その器を持って空に踊りかかった。
「甘いですよ、必殺! 人間盾(マルセル・シールド)!!」
ぐいと空に引き寄せられた、空の言うところの女装好きで重度のシスコンでM属性のマルセルが、その器の中身を口へ放り込まれる。女装好きで重度のシスコンでM属性のマルセルは飲み込み、そして倒れた。女装好きで重度のシスコンでM属性のマルセルも再起に時間がかかる有様となり、死屍累々とした中、胡々が手を打ち、次の鍋へ進むことを宣言する。傍らでホアキンが『勿体ない』という不屈の闘志の元、起き上がっては鍋に口をつけ、「あ、やっぱ無理だわコレ・・・・」と倒れていた。
「ふふん。我が友、最上空の為に、ひとつ自慢の腕を振るってやろう!」
服を乱しながらも立ち上がり、雫は自信満々に鼻息を鳴らし、自らの鍋を取り出す。しかしながら、蓋を開けた瞬間にただようのは、異臭であった。
リネットと同じく、キムチ鍋を作る予定だった、と雫は言う。しかし、
「さて、何鍋にするかな・・・・。そうだ。体の温まる辛いキムチ鍋等がよかろう。いやしかし、ただキムチ鍋を作るだけではつまらんし、アレンジを加えようではないか」
と料理下手にありがちな思考で考え、そして完成したものが・・・・
「『レアチーズ塩辛納豆キムチ鍋(柚子風味)』である!」
大本営発表とばかりに、雫は異臭を放つ鍋を示す。具こそ普通のキムチ鍋ながら、発酵食品の万国博覧会といわんばかりの禍々しい鍋である。なぜだか会場の片隅にシュールストレミングの空き缶が転がっていた気がするが、それは決して気にしてはいけないことであった。たとえ鍋の中に浮き立つ、腐ったような魚の名残が見えようとも。
「体に良さそうなものを詰めてみたんだが!」
雫は、この異臭をかいでなお、自信ありげに言う。さきほどの仕返しと言うのではなく、むしろ食べさせるのが惜しいという気持ちさえ伝わってくる。「さぁさぁ」と空の器へ鍋の中身を強引に入れると、食べるように促す。この会の鍋では意図的な失敗作が多いのだろうが、雫については天然であった。殺人シェフとしての天性のスキルは伊達ではなく、顔を近づけると涙が出てくるほど臭いのひどい鍋を本気で周囲へすすめる。さきほど散々倒れたというのに、雫のすすめに折れてホアキンが箸を口へ運ぶ。
「・・・・?」
ピタリと、動きが止まる。眉根が寄る。その表情は、戸惑いであった。
「・・・・ありえない」
箸の回転速度が、三倍にまで跳ね上がる。旨い。味自体は悪くないのだ。空や他のメンバも恐る恐る口へ運ぶ。パクパクと食べていき、器が空になったころ、
「・・・・あれ以外と普通でっ! ぬぅぐぉぽぽおおおお!? じ、時間差ですとぉおお!?」
臭いが。自身の手、口、胃から立ち上る強烈な臭いが、吐き気を呼ぶ。苦しむ空へ、雫はコップに飲み物を入れて渡す。胡々も貰った。
飲み、二人とも、すぐに吐き出した。異様な味に中身を聞けば、センブリ茶だと雫は言う。空は肩膝をつき、苦しげに叫んだ。
「ふっ、空が滅びようと第二、第三の空が!」
終末の台詞は、胡々の早く口直ししたいと言う願いによって強制的に終えられた。
「君はな〜べ〜・・・・君はな〜べ〜・・・・♪」
無表情に歌いながら、音夢が鍋を取り出す。音夢の鍋の材料を、胡々は見ている。海鮮鍋である。苦しみ悶える口を救うため、「どうぞ」と誘う音夢に、迷いなく蓋を開けた。きちじ(きんき)、助惣鱈、蟹、海老、帆立のかぐわしい香りが、
しなかった。謎の毛玉が顔に張り付き、もっふもっふと胡々を責める。巨大猫テトのフライングボディプレスを顔面に食らったのであった。
「・・・・因果応報」
先回の依頼で、集めた食材を奪われた恨みが、晴らされる。集めた魚を奪われたテトの怒りが腹から伝わる。
「猫の恨みは私の恨み・・・・。存分に猫鍋を味わうといいでしょう・・・・」
散々に『もふ』られ、胡々は、その場に緩みきった表情を浮かべて倒れた。テトの腹の感触がどうであったかは知れない。
復讐を済ませると、音夢は新たに鍋を取り出した。こちらは紛うことなき海鮮鍋である。リネットからこっち、久しぶりの真っ当な鍋に、胡々を除いて舌鼓を打つ。冬の旬の食材を盛り込んだ、あっさりとした味付けの海鮮鍋は、謎の鍋群によって病んだ体に染み渡った。
「鍋の一番の隠し味は、沢山の人で囲んで楽しく食べることだと思います」
柔らかく、音夢は微笑む。無表情が常であったが、このときは鍋のように温かな笑みであった。その横で助け起こすマルセルに対して「女装好きで重度のシスコンでM属性のマルセル」と暴言を吐く胡々の姿があった。さらにはマルセルの器の残りさえ食べるという卑しい行為にまで及んだ。そうするうち、ホアキンが中央へ鍋を出した。なにやら甘ったるい匂いがただよっている。蓋を開けると、カッ、と光が漏れた。
「光るゼリー鍋だ」
鍋の中には、ぷかぷかと浮いているものがあった。それは色とりどりのゼリーである。塩ベースのだし汁に様々な色形のフルーツゼリーを投入するという、シンプルな作りでありながら、その味は・・・・こってりと、甘い、という。
(「調理師免許所有者が、こんな料理を作って良いのか?」)
この歪な鍋パーティには、むしろ合っているかのようにも思えたが、当然、そのような疑問もわく。しかし、
(「・・・・今回は特別だし、こんなレベルはまだ可愛いものだよ」)
他の鍋を思い出し、心でつぶやく。つう、と頬を涙が伝った。人の意識を奪うものに比べたら、優しすぎるほどである。
音夢が何か言いたげな視線を送る。雫が手早く食べきり、リネットも箸を動かす中、空は、ここぞとばかりに、この鍋で糖分を補給していた。形も様々でカラフルなゼリーを次々に口へと運ぶ。箸休めのお菓子のような感覚で、空や雫の鍋のような被害者もなく、食べ終わることが出来た。すると、ずずい、とマルセルがこたつむりを卓の横へ出す。もとより料理好き、将来の夢は故郷でパンを焼くというマルセルは、並々ならぬ情熱を持って、
「ニホンの鍋というのはよくわかりませんが・・・・アイントプフみたいなものでしょうか。それなら俺、得意料理ですよ!」
と、今回の料理に力をそそいだのであった。ただのアイントプフで終わらせず、「単純な料理だからこそ・・・・腕の見せ所なんだ!」と力が入る。
マルセルの作ったのは、彼の故郷を思わせる『ドイツ鍋』であった。
塩漬けの豚スネ肉を香味野菜や香辛料と共に数時間煮込んで作ったアイスバイン。これだけでも十分であろうに、ザワークラウトを使ったサルマーレ、ドイツ仕込みの拘りベーコンにカルトッフェル、マルセルの故郷ミュンヘン名物・ヴァイスヴルストといった品々を鍋にぶっこみ、ゲルマン魂を注ぎ込んだ鍋料理である。ぐたぐたと土鍋で煮ながら、あっさりとしたスープに、ペッパーやマスタードでピリリとした味付けをする。
みかんを乗せた『こたつむり』に、この鍋をセットする。「か、完璧すぎる・・・・」と、思わず息を呑んだ。土鍋にこたつ、みかんと揃っていながら、その鍋からドイツの香りがただよっている。目をつむればドナウ川の流れさえ聞こえてきそうなほどであった。
この鍋もやはり、うまい。入っている料理を、リネットはマルセルに聞いてメモをとった。真白なソーセージや、とろとろのすね肉などの入ったところは、スタミナが付きそうでもあった。好評の中、マルセルはご飯を取り出す。
「パンを添えようと思いましたが、やっぱりニホンの鍋でしたらこちらでしょうね」
出汁のたっぷりと詰まったスープで雑炊を作る。ドイツ風の味付けでありながら、これがなかなかに、合った。
「朝見先輩。折角の鍋なんですから、皆で楽しくつついた方が楽しいですよ」
マルセルは胡々へニコニコと笑いかけながら、雑炊をよそい、甲斐甲斐しく尽くす。健気にもスプーンにすくって息で冷まし、食べさせてくれようとさえした。スプーンに胡々が口を付けた、その瞬間、どこからか食べ終わった鍋やら板敷きやらみかんやらが飛んできて胡々の顔に炸裂した。
「にゃ、にゃにをっ!」
思わず口調もおかしくなりつつ問うと、誰も応えない。「バカップルは×していい」と誰かがボソリとつぶやいた。くっ、と胡々がマルセルに顔を向けると、マルセルの顔ではみかんが破裂していた。この哀れな美少年から目を外し、胡々は卓の中心に、ドンと鍋を置く。
「黒いクリスマス鍋だ! 売れ残りのケーキやチキンにカップルよ死に絶えろという念を込めた一品ニャス! はよ食え! そして死ねぃ!」
ショートケーキの名残の苺が、ぷかりと浮いていた。なのに、全体が黒い。ホアキンが勿体ないからと、一口手をつけた。いくつかの鍋の影響が残っており、指先が震えている。食べたと思うと、ニッコリと現実逃避の笑みを浮かべつつ、ついに保健室へ駆け去っていった。
「・・・・俺は生き伸びる!」
そんな言葉が尾を引く。音夢がちょっぴりとスープを舐めて顔を険しくし、鍋を器によそうと、胡々に近寄った。瞬間的に間合いをあけようとした刹那、ガッチリと後ろからホールドされる。それは雫かもしれないし、空かもしれない、あるいはリネットであったかもしれない。胡々は振り返ることが出来なかった。マルセルが、その最期を看取った。絶叫は、学園中に響き渡ったという。