タイトル:金刀比羅宮キメラ掃討戦マスター:ジンベイ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/23 21:10

●オープニング本文


 四国、香川県。キメラの断続的な脅威にさらされる中、どんよりとした灰色の雨雲の下、怒声が響く。学者風の男が、受話器を耳にあて、興奮に顔を赤くしていた。
「じゃあ、金刀比羅宮がどうなってもいいっていうんですか!」
 押し殺した怒りが、跳ねるような口調になって表れる。チラと部屋へ目を向けると、他の仲間たちが、失望の瞳で男を見ていた。雨で室内に陰気がこもっているかのようだ。
「千古斧の入らぬと言われた象頭山が荒らされ! 境内は食べ残しの死体で腐敗臭と血の臭いばかりだ! 文化財さえ、明日には連中の爪とぎに使われそうなんです!」
 憤りを声に乗せ、男は叫ぶ。机をバンバンと叩く音が響いた。電話口からは、しかし、色よい答えはない。平坦な相手の口調が、いっそう怒りを増させる。
 仲多度郡、金刀比羅宮。琴平、金刀比羅、金比羅と社名を取る神社は全国にあるが、香川の金刀比羅宮は、その本源である。創建の年は、明確には知れないほど古い。その信仰は厚く、江戸のころの本には、「伊勢の国には天照太神宮、讃岐の国には金毘羅大権現」と伊勢に並べて書かれたとさえ言われている。
「くそっ!」
 受話器を投げつけ、男は深い溜息をつく。室内の仲間からの視線に、喚くように応えた。
「軍人様は、大規模作戦で忙しくって、辺境になんか来ていられないそうだ」
 自嘲するような笑みを浮かべ、近くの椅子を蹴りつける。ガタガタと音を立て、隅に転がった。やりきれなさと虚しさがこみ上げ、吐き気がしてくる。
 沈黙が落ちた。男たちは、学者であったが、もと香川の人間であった。地元ということもあり、金刀比羅宮は何度も調べている。そこにある文化財の価値もすべて把握している。しかし、それよりもなによりも、他県に響いた誇りある社が、キメラなんぞの棲家にされていることだった。四脚門で爪などとがれ、旭社で排泄などされたら気が触れかねない。
 一人が、近場の銃を取る。危ないからと念のために買った安物。到底キメラに対抗できない。研究に費やしてきた高度な頭脳が、しかし、その奇跡にかけてしまおうか、という馬鹿げた思考を持ち上げる。
「カンパネラ学園なら・・・・」
 ぽつりと、思案顔の男が、言葉を漏らす。
「あそこの能力者なら、空きがあるかもしれない。頼んでみるだけ・・・・」
 駄目でもともと、駆けあってみよう。その発言に、他のものも一縷の望みをかけ首肯した。
 国際電話を繋ぎ、コールの音を聞く。ふと空を見ると、雲が重たくかかり、不安をあおる。
「ああ、カンパネラ学園であっていますか? ええっと、俺は――」

●参加者一覧

伊佐美 希明(ga0214
21歳・♀・JG
新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
霧山 久留里(gb1935
10歳・♂・DG
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
海東 静馬(gb6988
29歳・♂・SN

●リプレイ本文

●準備時間
 ぱたぱたと、壊れた木琴のような雨音が響いていた。
 金刀比羅宮本殿にいたる石段。店屋が横に立ち並ぶ入り口の台輪鳥居を通り過ぎ、被害のないよう文化財から遠いところに、一行は陣を張っていた。新居・やすかず(ga1891)と瓜生 巴(ga5119)が先行して情報を集め、待ち伏せにちょうどよいと判断した位置である。
 情報収集の途中、巴は讃岐うどん屋からふわりと香る、イリコの風味が混じった湯気に、ふらふらと引き寄せられた。しかし、新居の「久しぶりに讃岐うどんでも食べに行きたいですし、早いところ片付けに行きましょう」という爽やかな言葉に、それを断念せざるをえなかった。
 巴は、境内へと続いていく石段の途中に、新居とともに待機していた。盾を緩く構える様子に、新居が質問していいか問うような瞳を向けると、
「上を取れますが、踏み込みにくいので手打ちになりがちです」
 直刀を見せつつ、巴はよどみなく答えた。そうして、ふと気づいたのか、
「・・・・うどんじゃなく、ですよ」
 そう付け足した。新居は軽く微笑んで頷く。新居の武器、流星錘は、距離を取れる上、踏み込みの力ではなく遠心力を基礎とするため、そういう意味では打ってつけであった。
 巴は緊張した様子もなく、自らのことよりも、周囲の仲間へ目を向けている。視線の先、伊佐美 希明(ga0214)や海東 静馬(gb6988)が、同じく待ち伏せの予定位置に待機しようとしていた。
「キメラなぁ、どんな戦闘力してるんだか」
 静馬はゆっくりと紫煙をくゆらせ、呟いた。木の傍のせいか、煙草の香気に混じり、むせるような草のにおいが香る。それに混じって、かすかに血の臭いと腐臭が鼻をかすった。おそらくは、キメラの餌場が近いのだろう。静馬のすこしだるそうな様子に、最後の打ち合わせに来ていた希明は、一度境内の方を赤の瞳で仰ぐ。この文化財を軍部が見捨てたということに、なにがしかの想いを抱いたのか、すこしの間を空け、噛み締めるように言った。
「心を失って、この戦争に勝つ意味は無い。・・・・特に私達は、それを絶対に忘れちゃならねぇ」
 戦争の、その後を思うような言葉。静馬は、また、煙を呑む。細く白い筋が、宙へ昇っていった。ふと、希明の武器を見て、問いたげな視線を向ける。それに気づくと、
「和弓は洋弓よりも、動いている的を中(あ)て易い」
 言って、石段のほうへ矢を射る真似をし、
「・・・・何百年って人の歩みを刻んできた石段だ、できれば壊したくねぇ」
 スナイパーが壊さないようにするには、必中しかない。静馬は、それを聞き、また煙草を呑んだ。煙を吐いて、また吸う仕草が、小さく、頷いたように見えた。
 希明は、自分の持ち場へと戻っていく。隠密潜行の準備を始めたのを見て、静馬は最後に一服吸い、火を消した。折よく、AU‐KVの駆動音が、耳に届く。
「バグアの方々め、ついにこういった伝統在りしモノにも目をつけてきやがりましたか・・・・よし、この霧山久留里、この金刀比羅宮を守るためにも微々ながら力となりましょうや!」
 石段の途中、霧山 久留里(gb1935)が力一杯に叫ぶ。その身体は銀色の装甲、AL‐011『ミカエル』に覆われている。騎士のようなフォルムが、久留里の言葉とともに、ふさわしいポーズを取る。その隣、DN‐01『リンドヴルム』のスッキリとした外観が浮かぶ。落ち着いた色味に、ポツポツと水滴がかかった。その主、望月 美汐(gb6693)は、久留里の「伝統在りしモノ」という言葉に反応したか、本殿のほうへ目を向けて、
「狛犬ならぬ狛虎という所でしょうか?」
 ひとり言のように、ぽつりと漏らした。金刀比羅宮は海難、雨乞いの守護と考えれば、形はマーライオンに似るかもしれない。周囲に陣取る仲間を見て、浮かんだ考えを払い、「私で力に成れるなら見捨てる訳には行きませんよね」と、心で呟き、美汐は集中する。
 二機のAU‐KVが、同時に動いた。ささやかな雨の中、作戦が始まる。

●狛虎誘引
「うっひゃー、聞いてはいましたがすっごい石段ですねー! 上るだけでも一苦労になりそうですよ!」
 AL‐011『ミカエル』が、滑るように石段を駆け上がる。美汐のDN‐01『リンドヴルム』の駆動音とあいまって、雨音をしのぐ機械的な響きがあたりに満ちていく。バイクで駆け上がる、あのガガガガという騒々しさに似た音だった。
 ヒュッ、と飛び上がり、タイヤを接地させると同時、制動をかけてキュキュキュッと石畳に擦れさせる。ビッ、と溜まっていた水が跳ね、横へ飛ぶ。
 雨水か、と思う。けれど、その『雨水』は赤かった。周囲に転がる人体が雨に濡れ、凝固した血液が漏れ出していた。AU‐KVの壁を突き抜けて、その臭いが感じられるような気がした。キメラの餌場であることは、明らかである。
 捜索するまでもなく、キメラはすぐに見つかった。拝殿の柱の横で、雨をしのぎつつ、猫がこたつにそうするように、丸くなっている。ただ、一匹しか見当たらない。周囲を見回したが、近くにいる様子はなかった。キメラはどうしたのか、AU‐KVを見ても、すぐには襲わず、そっぽを向いて伸びをしただけだった。大きな猫、といった風情の仕草は、この情景に似合わない。
「・・・・意外と可愛いかもしれませんね」
 猫好き故の条件反射的な感想を美汐は漏らす。しかしすぐに気を取り直し、携帯していたトランシーバーで待機している仲間へ、一匹しかいないことを連絡する。ひとまず反応の悪いキメラを釣るために、挑発をしかけようと、久留里に合図を行った。武器を構え、すぐに走れるよう牽制程度に振り、久留里が口で煽る。
「さあキメラさん、答えてください! どうしてこのような日本の重要な文化財を攻撃することにしたのです!? 精神攻撃ですか!? それとも個人の意思ですか!? さあ答えて! さあさあ!」
 攻撃ゆえか、しつこい煽りゆえか、キメラは我慢できなくなったのか、立ちあがり吠えた。あるいは、それが質問に対する答えだったのかもしれない。そのまま、一気に二人へと駆け寄ってくる。
――ガオァ! オォオオン!
「さぁ、鬼さんこちらっ!」
「よーし、来ましたね来ましたね・・・・それっ逃げろー!」
 追い立てるキメラから、AU‐KVを疾走させて逃げる。勢いのまま石段へ、サスペンションを利かせて飛び降りる。まるで段差に鉄板でも置かれているかのように、ジェットコースタさながらの滑り落ち方を見せた。しかし、キメラも負けておらず、四足を駆使して追いすがる。その途上、突如二機が反転し、キメラに向かい合う。
「んじゃ、始めんぜぇ? 狩りを」
 足を止めず、そのまま襲いかかろうとするキメラ。そこへ、強化された弾丸が叩き込まれる。隠密潜行で気配を閉じていたため、キメラ不意をつかれた上に、鋭角狙撃で伸びきった身体の中心へ強弾撃を食らったため、受身も取れず石段へと叩きつけられた。弾丸の射線の先には、アサルトライフルを構える静馬の、覚醒した紫の瞳がある。
――グルゥゥウ・・・・!!
 唸り、頭を振るキメラ。その後方を、間髪いれず巴と新居が固めた。巴の両手には亀裂が生じ、光が漏れる。その隣、覚醒によって冷静さを増した思考を象徴するように、新居の冴え冴えとした黒い瞳がキメラを見下ろしていた。囲まれ、体勢を崩したキメラにそのまま攻撃を加えようとして――
「「後ろです!」」
 巴と新居の声が、ほぼ同時に響いた。
 視線は、久留里と美汐の背後へ向けられている。振り向けば、もう一体のキメラ。
「射法八節、正射必中!」
 和弓独特の風を切る矢の音が空を裂いた。静馬と同じく、隠密潜行を続け、それとすら知れぬ間に、影撃ちと鋭角狙撃でキメラの首に矢が突き刺さる。動く的へ、攻撃の隙をついて、急所へ正確に射ったのだ。静馬と同じく不意ということもあり、キメラは首からどくどくと血を流し、痛みに呻いた。
 ――ヒギャアァアア!! シシ、シ、シィイィイイヤァアアア!!
 声帯が壊れたのかわけのわからぬ叫びをあげ、矢を食らった勢いまでそのままに、メチャクチャに体当たりを放つ。鬼気迫る勢いと、予想外の攻撃に虚を突かれ、美汐は避け損ない、負傷はないものの、転んでしまった。怪我の程度を心配する久留里へ、
「じゃれ付かれてると思えば・・・・って流石に無理ですね」
 言って、立ち上がる動作をする。暴れまわるキメラは、近距離では対処しづらく、無理に攻めるよりはと、一度距離を置いて、久留里は美汐をサポートしつつ、守備と回避に専念した。
「しぶてぇなぁ? うしっ」
 キメラの暴走を見て、静馬はそう呟くと、貫通弾を取り出し、アサルトライフルに込めた。 
「一発限りのでかいの食らわせてやんよ? あぁ、遠慮するな。多分まずいぞ? 美味くはねぇだろうさ!」
 好戦的な笑みを顔に貼り付け、強弾撃、SESの活性化で威力を上昇させた貫通弾を放つ。血と涎を降り続ける雨などよりもいっそう激しく振り撒き、獣の咆哮をあげるキメラの頭を、その弾丸は射抜いた。頭部を失ったキメラの身体は、ビクッ、ビクッと数度跳ね、動きを止める。
――ガァアアアァアオォォン!!
 放っておかれていた最初のキメラが吠えたて、巴に襲い掛かる。牙による噛みつきは、しかし、技量の差か、子猫をあやすように、あっさりと盾で弾き返された。黒曜石を引き伸ばしたような黒の長髪が、ふわりと動きに合わせて揺れる。
 バランスを崩したところを新居が、両端に子猫の顔を象った金属球を付けた鋼線、『流星錘』を使う。鋼線が腕や足、身体へと巻き付き、それによって得られた遠心力を利用し、キメラに錘を叩きつける。避けることなど無論できず、脳天に食らい、キメラは息も絶え絶えに、近くの林へと逃げ込もうと反転した。
「山猫が虎狩りたぁ面白くねぇが、躾のなってない野朗にはお仕置きが要るからな」
 言葉と共に、引き絞られた弓弦から希明の矢が放たれる。狙い過たず、流星錘を食らった頭部へ突き刺さる。即死したのか、口から吐息のようなものを漏らし、そのまま崩れ去った。先に倒した一体を見れば、近くに、犬猫の死体があった。陰気な雨天での、遊びのつもりだったのかもしれない。
 雨が降り続く。雨乞いをも司る金刀比羅宮では、雨は、瑞兆であった。

●後始末
「お掃除大作戦の開始です♪」
 美汐の言葉に、数人の仲間も掃除を行う。汚れといえばあたりに飛び散る血が主なものであり、ついでキメラの死体、そして、その食事跡であった。
 久留里は掃除をしながらも、境内の建築物などを見学していた。途中、シュボッと音がして、そちらを見ると、降る雨から手で火を守り、咥える煙草に灯す静馬の姿があった。実に美味そうに一服吸い、煙をゆっくりと吐き出しながら、
「ふぃ、仕事の後の一服はやっぱうめぇもんだ」
 気持ちよさそうに、静馬は呟いた。そこから離れたところで、希明もあたりを掃除し、ひと段落つくと、本殿にお参りをした。ちょうどそこにいた新居が、たいした傷も受けずに済んだその建物を見て、
「今は時期が時期ですからね。そうでなくても、芸術文化っていうのは真っ先に切られる部分のひとつですし」
 言い、「まあ、ここで言っても仕方ありません」と続けて、今度はキメラの跡が残る境内を眺めた。まだ血の臭いが抜けきらない。希明もまた、境内へ視線をやり、
「人はいつかは死ぬが、人の想いは永遠だ。世代を越えて引き継がれていくのならば、死ぬ事は終わる事じゃない」
 何百年も残った、目の前の文化財を、そう語り、目をつむる。そこにある、引き継がれてきた想いを、感じようとしているかのようだった。
 遠く、巴が神社の石段を降りていく。向こうから来た、白衣を着た男に、つかまったようだった。そういえば、と、新居は讃岐うどん屋へ行こうとしていたことを思い出した。希明や近くの仲間も誘い、巴の後姿を追った。
 ――え、もう倒したの? 本当に? すごいなあ、さすがはカンパネラの学生。
 興奮気味に喋る白衣の男、巴は話の流れから依頼人なのだろうと考えた。依頼人は、本当に嬉しそうだった。さっそく携帯電話を取り出して、仲間へ電話をかけている。若干、なまりがあるように感じた。おそらくは、香川のなまりなのだろう。
 ――よし、じゃあ、キミたちに、「S.C.S」の称号をあげよう。
 唐突に、そのようなことを言い出す。集まってきた仲間たちも、困惑気味だ。
 ――スペシャル・キュレーター・サービスさ! 特別枠学芸員だよ!
 そのようなものが存在しないことくらい、巴は理解していた。ただ、いい大人がそんな馬鹿なことを言い出すほど喜んでいるということが、今回の依頼が出た意味であり、それを学生が受けた意味ではないかと、そんな風にも、すこしだけ思える。
 遠くの盛り上がりに腰を浮かせ、希明は最後に社へ、また目をやった。そうして、ぽつりと漏らす。
「・・・・父さん、兄さん。まだ先は長いけど、必ず東京に戻るから」
 決意を新たに、石段を降りていく。雨滴を被った赤い髪が、きらきらと、輝いて見えた。