●リプレイ本文
●開講十分前
「キメラ講座・・・・?」
うんざりする暑さの中、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は、掲示板の紙に目を留めた。
(「傭兵となって以来、様々なキメラと戦ってきたが・・・・単純に敵と見做して排除してきただけだった。キメラという存在について改めて考えてみる、良い機会かもしれない」)
思案しているうち、ふと、隣に同じ程度の身長の、男性がいることに気づいた。
「能力者の敵はどういう物を指すのか・・・・」
その男性、辰巳 空(
ga4698)は、ひとり言のようにそう呟く。黒の瞳が、じっ、と紙を見つめる。キメラ、能力者の敵。それは、つまりどういうものなのか。それを、
「究極のキメラを通して考えてみたい・・・・」
と、辰巳は思った。紙にかかれた予定の時間は、もうすぐである。辰巳は行くと決めると、すぐに足を動かし、教室へ向かった。
ホアキンはそれを見送り、再び紙へと戻す。キメラとはなんなのか。この授業を通じて、キメラに対する自分なりの考えをまとめてみようと、ホアキンは思い、口元を緩める。
「・・・・なかなか面白そうだ」
肩口で揃えた、緩い茶色の巻き毛を風に揺らし、ホアキンもまた、教室へ向かう。授業開始の鐘が、校内に響き渡った。
●キメラ講座
――キメラとは・・・・で、つまり・・・・それでは、究極のキメラを考えてください。
基本的なキメラについての情報を一通り語ると、簡単な議論を行った。いくつか意見が交わされ、たとえばホアキンは、「様々なキメラがいるが・・・・【究極のキメラ】とは、容易く根絶できなくなった存在ではないかと思う。たとえば・・・・地球環境に適応して繁殖し、UMAとなってしまったものとか。集団で自然の一部を支える存在ともなると、個体を倒す意義も薄れてしまうだろうしね」と、キメラについて考えるところを表明した。おおまかに終わると、講師の女性は学生に用紙を渡した。
――能力者の秀でた頭脳を、紙にぶちまけちゃって! あとで発表してもらうからね!
さっそく書き始めた学生たちの様子を、講師は立ち上がって背後から見に行く。 瓜生 巴(
ga5119)は鳶色の瞳を用紙へ向け、サラサラと描いていく。ときおり、いつかのことを思い出すように目線をあげた。真田 音夢(
ga8265)は膝に猫を乗せ、無表情に黙々と書いていく。講師が近づくと、猫がピクリと反応した。最上 空(
gb3976)は、なにか気になることがあるのか、書きながらも、その愛らしい顔を少々苦くしていた。周防 誠(
ga7131)の後ろへ回ってその絵を見ると、ふと顔を上げ、「なんというか・・・・ごっちゃになった感が否めませんね」と誠は言った。講師はレポートを見、「アリだ」とガッツポーズをする。
●発表会
「俺の考えたキメラの名称は、『超毛玉』となります」
OHPでスクリーンにでかでかとその映像が映し出される。温かみのある水彩ので描かれた、ふわふわした白い毛玉のようなものが大きく表示された。
「大きさ2cm程のキメラであり、空中をふらふらと飛び、時折「けせらせら」と鳴く。UMAをモデルとして作られており、ただでさえ謎多き存在が人類の敵へと改造された。ふらふらふわり。と飛ぶようなものに」
絵を指しながら、ホアキンは説明する。そういえば、と特定のUMAを思い浮かべるものが数人いた。ホアキンは、説明をさらに続け、
「超毛玉は、外から衝撃を与えると増殖する、合体して巨大化するなど、環境によって様々に形状を変化させる。呼吸器官に侵入して窒息させたり、合体して電撃を放ったりして攻撃してくる」
キメラの長所をひとつひとつ説明していき、そして、と繋げ、
「弱点は閉所。穴がないと窒息して死んでしまうので、密閉空間に閉じ込めてしまえば倒せる」
そう締めくくった。議論のときに見られた自身のテーマに沿っており、幸先のよい発表である。パチパチパチと拍手が響き、発表者は辰巳に代わる。
「私が考えたキメラの名称は、『アルティマ・ナイトメア』です」
スクリーンには、黒い馬が映されている。脚の数が尋常より多く、このあたりはキメラの不気味さがにじんでいた。
「このキメラは全長5mの8本足の漆黒の雌馬で、過去に僕にした者達の記憶を取り込んでいるせいか、キメラとしては驚異的な知力と無尽蔵の錬力を持っています」
レポートの文章のところも映し、わかりやすく長所を説明していく。
「また、その嘶きを聞いた者達は強烈な睡魔に襲われ、抵抗できずに眠ってしまえば犠牲者の精神は悪夢に取り込まれ、肉体は乗っ取られて僕と化し、自力で悪夢を打ち破るかキメラが倒されるかしない限りやがて衰弱死します。・・・・なお、悪夢は能力者のスキルを使えば阻止できる・・・・可能性はありますが、その確率は犠牲者本人が悪夢を打ち破る方が高い位です」
このキメラの危険さを、辰巳は難しい顔で語っていく。これだけでもずいぶん強力に思えたが、究極と銘打つ授業だけあり、それだけではないようだった。
「また、戦闘ともなれば僕達の潜在能力を解放し、自らも全く気配を残さずに瞬間移動しつつ、睡魔を伴う強烈な衝撃波と物質を透過する痛烈な連続蹴りや体当たりで向かって来ます。また、身を包む強烈な幻覚のせいで離れた場所からは狙う事すらも出来ず、格闘攻撃も強力なフォースフィールドで生半可な攻撃では傷一つ負わせる事は出来ないのです」
そこで一度区切ってから、OHPから視線を外し、全体へ向け、
「故に結論としては『能力者の最大の敵は能力者自身を含む人類と言える』とし、それを有効利用するこのキメラは究極の敵とも言える・・・・と私は考えます」
再びパチパチパチと拍手が響き、発言者が巴へと入れ替わる。
「私の考えたキメラは、最小最悪、です」
スクリーンに、一見、ただの白紙が映し出される。しかし、よくよく見てみると、やはり、そこには小さな点がある。講師たちが目を皿のようにするのを見てから、巴は語る。
「プランクトン大の羽虫型キメラ。小さい=培養装置が小さい=コスト小なので、小スペースで大量生産が可能です」
なるほど、と講師は頷く。あの点は小さな羽虫だったのだ。巴の説明は続く。
「弱点は、個々が非常に弱いことで、正面切っての戦いには向きません、というより、相手にしようにも単体では視認すら困難ですからね、「いたの?」的な。しかし、小さくておよそあらゆる場所に入り込めるのでサボタージュに最適で、長期戦に有利です。たとえば、寝ている兵士の耳元で羽音をさせたり。仮にもキメラなので、手で潰すのは無理です。あるいは、電子機器の小さな回路に入り込んで短絡させたり、病原体を媒介したり。夢は広がりますね」
その言葉に講師たちは微妙な顔をする。夢? という表情だ。
「え、むしろだんだん夢がなくなってる? ・・・・。現実から目をそらしちゃ駄目ってことでッ!」
現実辛いなぁ、と講師は心の中だけで言った。
「とまれ、傭兵の能力開発の方向性は単純な破壊に偏っているので、こういう『戦ってくれない』キメラって怖いでしょ。無力感を増大させます。対処には電磁バリアのような新機軸が必要かも」
対策をあげ、巴は最後に、このキメラを作るに当たっての背景を説明した。
「小型化≒高性能化という考えは地球においてすら必ずしも一般的ではなく、露骨性を好むバグアにおいてはほとんど見られないアイデアです。リアルに見えて、実際に出てくる可能性は低そうです」
現状の分析を行い、
「ある種の生物を大型化したようなキメラで「本来の小ささの方が脅威だった」と感じたことがあったのと、羽虫サイズのキメラは実例があったことから、その方向性を進めてみました」
まとめたところで、パチパチパチと拍手が響き、次の発言者と入れ替わる。
「自分の考えたキメラの名前は、筋肉キメラです」
異常にリアルな筋肉をスクリーンに映し、誠は説明をする。初めに概要として、
・キメラの全長は2m弱。
ヒト型。滅茶苦茶筋肉質。
時折ポーズを決める。
何か目が燃えている。そこから火炎放射も可能。
弛まぬ努力の結果、その基礎能力は熟練した傭兵の数倍もある。
吐き続けるセリフはなぜか熱血系。
一騎打ちを望む傾向がある。
などを上げていき、
「このキメラの特徴は、その圧倒的持久力にあります。このキメラは何度攻撃されても「なんの、まだまだ!」「こんなもんかすり傷だ!」「俺の熱いハートはこんな攻撃じゃ消せないぜ」等と言って立ち上がります。しかも、その度に強くなっていきます。また、強い敵がでても諦めずに戦い続けるど根性を持っています」
はちきれんばかりの筋肉がどアップで見せられている中、誠は続けていく。
「また、ピンチになると意味の分からない力を発揮します。一説によると、このキメラには一種のリミッターのようなものが取り付けられていて、ピンチになるとそのリミッターが解除されるようです。この状態になったキメラの戦闘能力は大体1000万パワーに匹敵すると言われています。この時放たれる数々のプロレス技は一撃必殺といえます。このリミッター解除能力、人は「火事場のクソ力」と呼びます」
講師の頭の中でキメラの額に『肉』の文字が追加された。誠は対策を解説する。
「跡形も残さないほど苛烈に攻撃すればいいんですよ、クレバーなやり方でね。例えば、遠距離スナイプでじわじわ削っていくとか。リミッターが解除されるよりも早く倒すとか」
そう言って説明を終えると、また拍手が鳴り、次の発言者に代わった。音夢がOHPに用紙をセットし、近くに座ると、その膝に猫が丸まった。名称からではなく、その経緯からひとつひとつ、丁寧に説明していく。
「バグア軍兵器の最大の特徴はフォースフィールド。どんなに弱い敵でも、既存兵器が通用しないのでは、敗走するしかありません」
音夢は膝の上で猫を撫で、淡々と述べる。
「・・・・『攻撃を無効化する』。FFのように、単に防御力が高いのならば、それ以上の攻撃力・・・・つまり、我々の持つSES搭載武器で打ち破る事が可能でしょう」
ふむ、と講師たちが頷くと、音夢は、また淡々と語っていく。
「ですが、その他にも攻撃を無効化する手段があります。例えば・・・・FR。視覚的に見えなくなるというのも、驚異となります。相手を捕らえる事ができなければ、狙いすら付けられない。攻撃を反射するメイズリフレクターも、我々を苦しめたのは記憶に新しいと思います」
過去の事例もあげ、丁寧に説明していく。そして、こう結論付けた。
「・・・・つまり、戦いにおける『究極』とは、『最強の防衛手段』を指します」
その結論の上で、音夢はスクリーンに三つの絵を乗せた。それぞれに付記された解説に、ですますを付けて読み上げていく。その内容は、
・液体金属キメラ。ナノレベルの分子構造を持ち、自在に形を変えられる。
単純構造の物体や生物(人間)の模倣、擬態が可能。
また、粉々に吹き飛んでも再生出来るほど、高い再生能力を持つ。
流体金属なので、2〜3千度以上の高温を発生させるSES搭載武器が有効。
・ウィルスキメラ
細菌サイズのキメラ。
空気中から体内や機械に侵入、練力を糧に増殖し、内側から破壊する。
FFを持つ為、汚染部位を切除してSES搭載武器で焼却するしかない。
・仔猫キメラ
母猫から大量放出されるMIの亜種。
触れた者の猫好き心理を増幅させて虜にし、
撃破しようとした人間に激しい憎悪を抱くようになる。同士討ちに注意。
となっていた。仔猫キメラはどう対処するのかと講師が聞くと、音夢は無表情のまま、すこし考えるようにしてから、
「倒さないで、飼いましょう」
と答えた。なるほど、名案。と講師は頷いた。拍手が起こり、最後となった最上 空が前に出て、スクリーンに絵を映す。・・・・ケーキだった。
「空が考えたキメラの名前は、ケーキメラです」
やはりケーキのようだった。
「体長は、一般的な、ウェディングケーキと同じ位です。宙にプカプカと浮いており、時速20キロ程度で移動します。砂糖菓子で出来た、触手の様な物で、女性を優先して、獲物の口に強引に自身の体の一部(ケーキ)を、捻り込んで行くそうです、人体に影響は無く、かなり美味との事ですが、凄まじく高カロリーで、何でも被害に遭った女性が体重計に乗ったまま、失神したりする事があるようですよ?」
女性陣が震え上がった。講師も恐怖にわななく。宙に浮き時速20キロで走るケーキというだけでもトラウマものであるが、さらに甘味の誘惑で体重と欲望で揺れ動く精神攻撃をかけるとは。
「長所は・・・・浮いている所ですかね? 短所として、戦闘能力はほぼ皆無です、新米の能力者1人でも対処出来ると思います。ええ、戦闘に関しては期待出来ませんし、実際に現れても難なくあしらわれそうですが、女性陣にとっては、体重が増えると言う事は、依頼で重体をおったりとか、大失敗したりするのより、辛いのです、はい、世の中には、悲しみのあまり、彼岸に旅立とうとしてしまう方もいるらしいですよ?」
最上は男性陣にも感じられるよう、際立てて説明をする。
「ですので、空はこんな物を生み出してみました・・・・決して空が、甘い物の食べすぎで、体重がレッドゾーンに突入とか、それ以上に、ウエストがベルリンの壁のように崩壊気味だから、思い付いたと言う訳ではありませんよ? ええ、たまたま思い付いただけです、たまたま」
たまたま、と強調する最上のウエストへ、一同の目が行く。
「それに、空は成長期ですので、多少の誤差は、想定の範囲内です、なので、全然何の問題もありません! ・・・・と言うか、空の体重が増えた訳ではないですよ? ないですよ? 決してそんな事は無いのですよ?」
言えば言うほど、聞くものたちは目を伏せ、コクコクと頷く。わかっている、わかっているとも、と。しかし、講師は最上の体形を見て、スリムじゃない、とすこし嫉妬をした。
全員のレポートの解説が終わり、講師が最後に、総評を行う。
――エクセレント! ケレンや諧謔(かいぎゃく)を理解した人ばかりで最高に嬉しい! レポートはしっかりと管理させてもらうわ! 今日は、キメラについて考えてもらったわけだけど・・・・それを作るバグアの気持ち、ちょっと分かったりした? ・・・・あは、後付けっぽいかな。わけのわかんない敵って割り切るのは簡単だけど、相手の立場になって考えるのって、戦闘でも重要だよね。ケーキメラじゃないけどさ、自分たちの弱点を見直すことにもなるし。ときどきこうやって、特殊なキメラとその対処を考えたりするのも、今後の戦いの役に立つと思うよ。うん、それじゃ、授業終わり!
鐘が鳴った。がらん、がらん、と、学内に終了を告げる響きが満ちていった。