●オープニング本文

「フィロソフィアの研究所へ、かい？」
　イリスからの提案に羽村は少なからず驚きを覚えた。それもその筈、事情は混迷を極めている。
　イリス・カレーニイという少女にとって、あの研究所はトラウマの塊だ。物の見事に擦れ違った姉妹が、物の見事に最悪な形で離別を果たした。尋常に考えれば、二度と足を踏み入れたくない類の場所である。
「元々、ジンクスの大本はフィロソフィアと六車博士が作った物でした。であれば、当然彼らの技術と知識は私より上であると言えるでしょう」
「確かに、その研究データを得られればとは思うけど、そう上手く行くかい」
「行きますよ。それは確認済みです」
　首を傾げる羽村。イリスは相変わらずキーを叩きながら背を向けたままだ。
「以前あそこに拉致された時、フィロソフィアの研究を手伝う素振りを見せてデータベースを覗かせて貰った事があります。正直一見しただけでは意味不明な事も多かったのですが」
　そも、ジンクスの中枢であるブラックボックスがそうであったように、『人間向け』でない以上は『解読』が必須。
　生半可な時間や準備でそれを知識として得る事は難しい。それでもイリスには確信があった。
「あの研究所のキメラは、どうも機械的なシステムで制御されている様子でした。フィロソフィアは恐らく、機械で思考や反応を制御する事に関してはかなりの物だったのでしょう」
「ふむ、成程‥‥。まあ、得られる物があるかは兎も角、一度じっくり調べる価値はある、か」
　口元に手をやり思案する羽村。しかし、問題はそもそもあの研究所にはまだキメラが残っているという事だ。
　本来ならばあの手の研究所はバグアも残しておきたくない筈。いくらバグア占領下にあり、カモフラージュされているとは言え研究成果の塊なわけで。
　それが未だに処分されていない理由はなんなのか。フィロソフィアが他のバグアから隠れて研究していたのか、そもそもバグアがその研究をろくに認めていなかったのか‥‥。
「とはいえ、いつ爆破されてもおかしくない。行くなら速いほうがいいだろうね」
「はい。というわけで、行ってこようと思います」
「き、君もかい？　君に遠征は‥‥しかもキメラの巣窟に行くのは無理があるんじゃ‥‥」
　振り返り席を立つイリス。そうして眼鏡越しに澄んだ瞳で羽村を見上げる。
「まあ、そこは傭兵の力がありますから」
「君は随分彼らを信頼しているんだね‥‥」
「傭兵と言う種類の人間が全て善良であるとまでは言いませんが、対価に相当する働きは順当に見込めますよ」
　いつぞやは傭兵なんて信用出来ないとか言っていたよーな気がしないでもないが、黙っておく事にする。
「でも君、ただでさえ体力もないし、女の子だし小さいし‥‥」
「キメラにちょっとかじられたら多分死にます」
「だよなぁ‥‥。流石に今回は心配だから、僕も一緒に行くよ」
「構いませんけど、誠が一緒に来て何が出来るんですか？」
「‥‥事実だけと、言ってくれるね。一応成人男性だよ僕は。銃も使えるし、データ回収をサポートも出来る」
　腕を組み、ジト目で羽村を見るイリス。そうしてきっぱり言った。
「誠、フォースフィールドって知ってますか？」
　冷や汗を流す羽村。イリスは続けて胸を張る。
「私が天才、イリス・カレーニイである事を忘れていませんか？」
「‥‥知ってるし、忘れてないけど」
　恐らく彼女は自分に気を使っているのだろうが、謎のどや顔に困惑してしまう。
「まあ止めはしませんから、お好きにどうぞ。早速準備を始めなくては」
　ぱたぱたと走り回るイリスの背中を見つめる羽村。
　こうして平然としているが、本当に彼女は割り切れているのだろうか？　あの事件の事を‥‥。
　問いかけたら崩れてしまいそうで、言葉を飲み込む。それを問う事はきっと自分の役割ではないと、男は自負していた。



「――素晴らしい。何度見ても惚れ惚れする美しさだ」
　感嘆の息を吐き、モニターを凝視する男が一人。今は打ち捨てられた研究所に腰掛けている。
　彼にとってここは本来なんの価値も持たない場所であった。そもそも、『敗者』の研究に等興味すら沸かない。
「しかし、これは私の食指を動かすに値する。私は思うのだが、まず外見の美しさと言う物は重要だ。何事もまず美しくなければならない！」
　立ち上がり、くるりと回って両腕を広げる。画面に映っているのは現実ではなく仮想の記録。廃墟の街に機械の鎧を纏った女神が立つ。
「『アンサー』‥‥成程、『答え』か。ならばこの出会いは必然。我が至上の願いを叶える為に、運命が私と彼女を引き合わせたのだ！」
　画面に飛びつき頬ずりする男。うっとりとした様子でそのまま暫くくっついていたが、唐突に剥がれる。
「しかし問題は彼女がここに居ないという事だ。この研究所は調べつくしたが、あの劣等者はアンサーを所持していなかった」
　てくてく歩き回り、両手を合わせる。それから慌てて端末を操作する。
「そういえば人間に侵入されていたな。その時何か小さいのを拉致っていたような‥‥」
　と、過去の記録を参照する最中に警報のサインが鳴り響く。何者かが施設に侵入してきたのだ。
「ん、この小さいのは」
　過去の記録と今の記録、それを見比べる。微妙にディテールが違う気もするが、人間の細かい違いとか割とどうでもいい。
「ふむ？　警備系を暇つぶしに強化した甲斐があったな。この小さいのを捕まえて、アンサーについて吐かせよう。流石私、天才すぎる」
　低く笑い、そこから高笑いへ。そうして指を鳴らすと、物陰から女性のシルエットが浮かび上がる。
「行け、我が究極個体への実験体よ！　侵入者の小さいのを捕まえるのだ！　後は殺して構わん」
　しかしうんともすんとも言わない。仕方ないのでケーブルを繋いで命令を入力する。
「戦闘能力を強化し過ぎて物凄くバカになってしまったのが問題だな‥‥」
　後頭部を掻き、椅子に座る。後はカメラで状況の推移を見守るとしよう。
「‥‥うっかり『ズルフィカール』が敵を皆殺しにしないように気をつけんとな」
　冷蔵庫からドーナツを取り出しお茶を入れる男。体育座りで敵を待つのであった。

●参加者一覧

●リプレイ本文

●樹海
「またここに来る事になるとはな‥‥」
　車から降り、呟く神撫（gb0167）。深い森の中に隠された研究所は、何人かにとっては忘れられない場所だ。
「あれからまだ半年、か‥‥」
　胸に手を当て感慨深く呟く望月　美汐（gb6693）。その横でヘイル（gc4085）も物思いに耽っている。
「放置された研究所か‥‥何も起こらなければいいんだけどね」
　遠巻きに研究所の外観を眺める鳳覚羅（gb3095）。特に警備らしい警備は見当たらず、ただの白い建造物にしか見えない。
「以前来た事がある人が居るのはラッキーでしたね。お陰で道順はバッチリです」
　地図を手に微笑む春夏秋冬　立花（gc3009）。ＵＮＫＮＯＷＮ（ga4276）は車で寝ていた坂上 透（gc8191）の肩を叩いている。
「到着したよ、と」
「おぉう‥‥つい寝てしまったのじゃ‥‥いや、車の揺れは気持ちよいのー」
「音に聞く能力者の操縦技術、確かに素晴らしい物ですね。あの誠が嘔吐しないとは」
　共に車を降りてきたイリスが白衣に手を突っ込んだまま微笑む。羽村は苦笑を浮かべている。
「『ランオーバー号』の乗り心地は保証するよ。グラスの中身さえ揺らさぬ自信があるから、ね」
　煙草に火をつけ微笑むＵＮＫＮＯＷＮ。イリスは飴玉を口に放り込み、研究所を寂しげに眺める。
「イリスさん‥‥今回こそ絶対に、全員で帰りますからね」
　美汐に抱かれるイリス。透はそれをじっと見つめている。
「羨ましいのー」
「頼めば多分、美汐は抱っこしてくれると思いますが」
「いや、そっちではなく」
　もごもごしていた飴を舌に乗せてみせるイリス。そうしてＵＮＫＮＯＷＮを指差した。
「飴玉なら沢山あるよ。存分に食べたまえ」
「おぉ‥‥この恩は忘れないのじゃ！　三日くらい」
　飴を受け取り喜ぶ透。こうして傭兵達は研究所の扉を開いた。
　内部の様子は以前と変わっていない。逆に言うと、それが不自然でもある。
「設備はまだ生きているか‥‥」
　照明は万全、各所に設置された監視カメラも稼動していると見て間違いないだろう。
　入り口に向いているカメラを銃で破壊する覚羅。立花は周囲の様子を伺い、振り返る。
「この施設、罠等はどうでしたか？」
「以前来た時には見当たりませんでしたね」
　ここはあくまで研究所であり、罠も防衛戦力も大した事はなかった。勿論、以前の通りであればだが。
「とはいえ、何が起こるか分りません。お二人とも、絶対に私がカバーに入れる距離から離れないで下さいね？」
　美汐の注意に頷く依頼人両名。傭兵達は二人の護衛と通路の狭さを考慮した隊列を組む。
　最前列を神撫と覚羅が。その少し後ろに立花が着く。レベッカ・マーエン（gb4204）と透はその支援として背後に、そして美汐とヘイルが依頼人の直衛。最後尾にＵＮＫＮＯＷＮを据えるという配置だ。
「この布陣なら護衛も警戒も万全だろう」
「一先ず中枢に向かいましょう。この研究所の成果はあそこに集約していますから、余計な寄り道はするだけ無駄です」
　頷くヘイルに冷静にイリスが告げる。ヘイルはそんなイリスの横顔に目を向けた。
「我儘を言ったみたいで済まないな」
「必要な事です。謝るより護衛をきちんとお願いしますね？」
「無論だ。今度は絶対に守り抜く」
　こうして傭兵達は研究所の奥深くへと歩みを進めるのであった。

●EBA
　監視カメラを避け、最短ルートを移動する傭兵達。元々道やカメラの配置は把握しているので、その進行はとてもスムーズだ。
　今の所キメラに遭遇する事も無く、何もかも順調かつ静寂。神撫は歩きながら背後のイリスに語る。
「しかし、イリスも羽村さんも無謀だぞ。キメラがいるって分ってるのに出てくるなんて」
「だから護衛を雇ってるじゃないですか」
「あのフィロソフィアの研究所だからな。何があったとしても不思議じゃない。予想外の危険もあるかもしれない」
「それはそうですが、神撫は私が居なくてもちゃんと目的の情報を引き出せますか？」
　悪戯っぽく笑うイリス。神撫はわしわしと頭を掻く。
「我はさっぱりじゃな。複雑怪奇にも程がある」
　肩を竦める透。覚羅はカメラを破壊しつつ苦笑を浮かべる。
「まぁ、依頼を受けたからにはきっちり護ってあげるよ」
　と、そんな話をしていると立花が足を止めた。地図を見つめ、首を傾げている。
「あれ？　変ですね。ここ、確か道が塞がってたんですよね？」
　指差す立花。確かにそこは通路が破壊されてはいるが、瓦礫が撤去され通れるようになっている。
「ここは前回崩した所ですから‥‥」
「誰かが片付けたという事か。どうやら先客がいるみたいだな」
　頷く美汐。レベッカは口元に手をやり呟く。一気に緊張感が高まり、傭兵達が気を引き締めた‥‥その時。
「あれ‥‥何か来ます！」
　声を上げる立花。見れば正面の直進通路を何かが走り抜けてくる。
「敵か‥‥イリス！」
　ヘイルは美汐と共にイリスと羽村の護衛に。そうしている間に突進してくる敵の全貌が見えてくる。
「強化人間‥‥？　キメラ？」
　眉を潜める立花。接近してくる人型の敵は口を開き、獣染みた雄叫びを上げる。
　両腕から伸びたブレードで襲い掛かる敵。神撫は盾で、覚羅は刀でそれぞれ攻撃を受ける。
「これは、アンサー‥‥いや違う。しかし、よく似ている‥‥！」
　二人は交互に前に出るようにして敵と交戦、激しく刃を交える。レベッカは二人に練成強化を施し、透は弓で狙いを定める。
　透が放つ矢を敵は剣で次々に撃ち払う。立花は小銃を突き出し引き金を引きまくり弾幕を形成。敵はそれを大きく飛び退いて回避する。
「むぅ‥‥頑丈な奴じゃ」
「何なんですか、あれ！」
　敵は尾を振り、そのまま脇道へと姿を消す。しかし明らかに引いたようには見えない。再び攻撃の機会を窺っているのだろう。
「先客はここを守る気は無いみたいだな。じっとしていても思う壺だ、先に進むぞ」
　周囲を警戒しつつ走り出すレベッカ。確かにここに居ても襲撃に合うだけ。ならば目的地へ急いだ方が良い。
「そうだな‥‥イリス、担ぐぞ」
　ヘイルはひょいっとイリスを担ぎ上げる。一般人の足では能力者には追いつけないので止むを得ない措置だと言えるが‥‥。
「‥‥なんか、すいません」
　羽村を所謂お姫様抱っこし走るＵＮＫＮＯＷＮ。妙に優雅である。
　こうして移動速度を上げた傭兵達。しかし周囲では常に機械的な足音が駆け回っている。
「データ回収の依頼かと思えば、しっかり敵がおるではないか‥‥」
　走りながらごちる透。イリスは先の敵に困惑を隠せない。
「あのデザイン‥‥」
「ザ・ワールドや機械腕を作るだけの設備は残っている筈だ。それにあいつも科学者、いざと言う時の為のバックアップや研究素材を残している可能性もある」
　走りながら返すレベッカ。イリスは複雑な表情を浮かべている。
「逆立ちしたって過去は変わらない、なら明日の為に絶望も悲しみも全部糧にして立ち上がって進むんだ。相手が何だろうが‥‥逃げてたまるか！」
　レベッカの力強い言葉に頷き返すイリス。その時、脇道から先の敵が襲い掛かってくる。
「させません！」
　飛び出し、盾で剣を受ける美汐。そうして強引に敵を弾き返した。
「私はあの子を守るイージスです、砕かずに手に入ると思わぬ事ですね」
　敵は吹っ飛び、バック転を繰り返し再び姿を消す。更に走っていると、今度は後方から追ってくるのが見える。
「美汐、パス」
　羽村を美汐に渡し、振り返るＵＮＫＮＯＷＮ。強襲を盾で受け、カルブンクルスを構える。
　拳銃から放たれた火弾が敵を吹き飛ばす。敵は受身を取り、再び姿を消す。
「うむ」
　こうして何度か襲撃を受けつつそれを撃退。一行は研究所の中枢へと駆け込むのであった。
「ノックもなしに押し入るとは無粋極まりない」
　ドーナツを齧りながら振り返る男。更に先の敵が追いついてくるが、男が声をかけると攻撃を中断、彼の傍に移動した。
「よく来たな小さいの。君には聞きたい事が山程ある」
「如何にも、我が侵入者の小さいのじゃ」
　サムズアップする透。男は暫し沈黙した後、叫ぶ。
「貴様ではない！　っていうか人のドーナツを勝手に食うな！」
　勝手にドーナツを食べている透。すっかり食べ終わり、今は指を舐めている。
「かわゆい女の子と楽しい午後のティータイムを楽しみたいとは思わんのか？」
「ふん、黙れ三次元め。貴様は美しくない！」
　前髪をかき上げながら笑う男。立花は遠い目でそれを見ている。
「うへぇ。なんかキモくないですか、あの人」
「そのデザインも、君の趣味なのかな？」
　呆れた様子で問う覚羅。男は湯飲みを片手に頷く。
「如何にも。尤も、このEBAは未完成だがね」
「EBA‥‥この施設とデータを流用したか」
「フィロソフィアの遺物、か‥‥」
　レベッカとヘイルがそれぞれ呟く。男は少し驚いた様子で一行を見渡す。
「ほう、詳しい者がいるようだな」
「イリスちゃんを狙ってるみたいですけど、それと関係あるんですか？」
　手を挙げる立花。男は腕を組み、質問に応じる。
「あの落伍者を打ち滅ぼし、知識を強奪したのだろう？　十分私の寵愛に値する。喜べ小さいの。貴様は美しい！」
「なるほど。それは素晴らしい」
　両腕を広げる男。立花は遠い目でさっとイリス隠した。決してロリコンだーとかは思っていない。
「我が名はミドラーシュ。共に来て貰うぞ小さいの。ズルフィカール、捕らえろ！」
　雄叫びを上げ襲い来る敵。ＵＮＫＮＯＷＮはイリスを抱え、盾を床に立てるように構える。
「誠、まずしゃがめ。頭を低く、ね」
　突進するズルフィカールを神撫と覚羅が迎撃。覚羅は武器を持ち替え、大斧を構える。
「仕方がない‥‥本気で行くか」
「覚羅ーっ、絶対に施設を壊さないで下さいねっ！」
　背後からイリスの悲痛な声が聞こえる。この部屋は通路に比べればかなり広いので大丈夫だとは思うが、慎重さは必要だろう。
　前衛の二人を援護しようと立花、透、レベッカが射撃武器を構える。するとイリスは青ざめた表情で叫んだ。
「施設を壊さないで下さい！　銃はダメです！」
「えー！？　そ、そう言われましても‥‥」
　たじろぐ立花。仕方なく立花は機械刀で、透は鉄槌で攻撃に参加。レベッカは彼らに強化を施し、回復で支援する。
　戦闘の様子を後方から見守るヘイルと美汐。二人はＵＮＫＮＯＷＮと共にイリス達を万全の状態で守り続けている。
「奴は戦闘に参加しないのか？」
　ヘイルの言葉でミドラーシュを見る美汐。変人はドーナツを食べながら悠長に観戦を決め込んでいる。
「なぜドーナツにコーヒーではなくお茶なのじゃ‥‥！」
「透ちゃん、そっち気にしてると危ないですよ！？」
「どうしても気になるのじゃぁ〜っ」
　機械刀で斬りかかる立花。敵はその場で回転するように左右の刃を次々に繰り出し、立花はあっさり弾き返されてしまう。
「切れぬなら、潰してしまおうホトトギス」
　ハンマーを振り下ろす透。その一撃を交わし、ズルフィカールは透の身体を蹴り飛ばす。
「透ちゃーん！？」
　ころころ飛んでいく透に叫ぶ立花。神撫はそこへ繰り出される刃を盾で防ぎ、下段から剣を斬り上げる。
「空中なら周りを巻き込む心配もない‥‥！」
　両手で竜斬斧を構え、神撫が打ち上げた所へ猛攻を仕掛ける覚羅。嵐の様な斬撃の軌跡に揉まれ、ズルフィカールは派手に転倒する。
「ふむ、まだこんなものか」
　観戦していたミドラーシュが呟き、ズルフィカールに歩み寄る。そうしてステッキを取り出し、傭兵達へ向けた。
「止むを得まい、今は引こう。こいつはこれでも私の研究の要でね。究極の一に至る前に破壊されては困るのだよ」
　杖を振るう男。すると周囲が炎に包まれる。男はズルフィカールを抱え、走り去っていく。
「急いで消火する事だな。ふはーっはっはっは！」
「いやあああ！　余計な事をーっ！」
　泣き叫ぶイリス。炎が燃え広がらないように鎮火を急ぐ間にすっかり敵の姿は見えなくなっていた。

●回収
　何とか消火を終え、傷の手当を済ませた傭兵達。早速研究所の物色に入っていた。
「やはりちんぷんかんぷんじゃの」
　ドーナツを食べながら遠巻きに作業を眺める透。ＵＮＫＮＯＷＮ、立花、レベッカの三人はデータ回収作業を手助けする。
「すみません、助かります。この分野で助力を願う事は算段に入れていませんでしたが」
「私も研究者、なのだよ。もう少し時間があれば、ゆっくりと議論を交わしたかったのだが、ね」
　微笑むＵＮＫＮＯＷＮ。イリスは手を止めずに話を聞いている。
「言う事を聞かない奴がいれば手を貸すぞ。能力者ならではのやり方という物があるのダー」
　レベッカは攻勢操作で端末を操る。これが功を奏し、データの吸い上げは上々な結果に終わった。
「フィロソフィア、お前の力を借りるぞ」
　コンソールに呟くレベッカ。立花はノートパソコンを手にイリスを見やる。
「何かいい情報ありましたー？」
「正直、帰ってしっかり分析しない事にはまだ‥‥あまり長居も出来ませんし」
「最悪、物理的に持って帰ってしまうのも手ですね。この辺のとか」
　端末に手をかける美汐。イリスは口をぱくぱくしながら駆け寄るのであった。
　こうして得られる情報は全て持ち帰る事に成功する。しかし警戒していた自爆装置が見当たらなかった事や、敵がむざむざ情報を残して引いた事は気懸かりではあった。
　しかし今はその答えを得る方法は無い。車に強奪した機械を積み込み、イリスは小さく息を着く。
「ふぅ、大漁ですねー‥‥。さっきの敵が戻ってくるかもしれませんし、そろそろ行きましょうか」
　額の汗を拭い振り返る立花。続々と車に乗り込む傭兵達の中、ヘイルだけが道端で屈んでいる。
「ヘイル、車を出すぞ」
「ああ。今行く」
　レベッカの声に駆け寄るヘイル。彼が屈んでいた場所には花束が添えられていた。木漏れ日を浴び、風に微かに震える。
　様々な思いを残すこの場所から傭兵達は去っていく。その行いが、明日の糧になると信じて‥‥。