タイトル:冷たい引き金マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/12 10:38

●オープニング本文


「買ってしまった」
 手にした紙袋を半目で凝視するスバル。我ながら何故こんな物を買ってしまったのか理解に苦しむ。
「まあしかし、私も女子の端くれ。普段お世話になっている男性方にチョコレートを贈ってしまう等と言う気の迷いを起こす事もあります」
 無論、チョコレートを男に贈った事なんてない。バレンタインデーなんて完全に無縁である。そう、傭兵になるまでは。
 足を止め、苦笑を浮かべる。それは笑ってしまうだろう。自分でも何をやっているのか、ほとほと呆れてしまう。
 僅かな間だったが、本当に色々な事があった。
 閉ざされていた狭い世界は多くの仲間との出会いで広がり始めていた。この世界には少女の知らない沢山の色があり、時折それを眩しく感じる。
「‥‥もう少しだけ、この世界で生きて居たかったな」
 紙袋を抱き眉を潜める。次のバレンタインデーはきっと来ないだろう。その時まで、この身体を流れる時は待ってはくれない。
 だから今、この瞬間に出来る事を大事にしたいと思った。似合わなくていい。無理でもいい。やらないよりずっとずっとマシじゃないか。
「ぶっつけ本番では確実に暗黒物質を産む事でしょうから、念入りに練習しなければ」
 一人でぶつぶつ言いながら歩くスバル、その視線の端にカシェルの姿を捉えた。少年は喫茶店の隅に腰掛けコーヒーを飲んでいる。暇だった事もありスバルはその店に入った。
「‥‥スバルちゃん」
 カシェルの第一声は意外と重苦しかった。もしや邪魔をしたかと危惧したが、続く言葉は真逆。
「丁度君の事を考えていたんだ」
「え、ナンパですか?」
「違うよ! そういう空気じゃなかったでしょ今!?」
「そうですか。危うくどん引きするところでした」
 相向かいに座る二人。カシェルはそれから徐に口を開いた。
「どう切り出すか迷ってたけど、単刀直入に行く事にするよ。スバルちゃん‥‥この町に見覚えがあるよね?」
 差し出された資料の中、写真が、文字が、全てがスバルに訴えかけてくる。目を見開き慌ててそれを引っ手繰った。
「この間、依頼で行って来た。君の故郷‥‥で、間違いない?」
「何故‥‥」
「その答えを言う前に一つ確認させて欲しい。スバルちゃん、君はまだ復讐を遂げるつもりなのかい?」
 冷静かつ確りとした口調だ。乗り出した身を収め、静かに呟く。
「正直、わかりません」
 あの日能力者が来なかったら。あの日刀狩りが来なかったら。以前はそう考えていた。
 何もなくなってしまった時、もう自分の身体がろくに動かなくなった時、何か一つくらい理不尽に反逆して死にたいと考えた。
 それだけが生きる理由であり意味だったのなら、易々とは手放せない。放棄した瞬間、この身は存在意義を失ってしまう。
「あの日君の町が壊れたのは、確かに傭兵の責任だった。彼らの無茶な作戦が君の故郷を戦場にしたんだ。でも、それは理不尽だったのかな」
 言葉の意味はわかる。ずっと考えていた。あれは本当に許しがたい過去だったのか、と。
 あの日までバグアも人類の危機も他人事だった。自分の事と、その周囲の狭い世界の事だけに関心があり、どこかで死んでいる誰かの事なんて哀れとすら思わなかった。
 それが自分に被害が及んだら被害者ですと名乗り出る。あの日戦った傭兵だって、失敗はしたけれど本当は誰かを守りたかった筈。命を賭して戦った筈。
「誰にでも起こり得る事だったんじゃないかな。そんな言葉で納得しろとは言えないけど‥‥」
 沈黙で応じるスバル。そこへカシェルは一息入れ、話を続ける。
「更に単刀直入に言うよ。君が復讐すべき相手は、朝比奈さんだ」
「え――?」
「君がどうしても復讐したいならすればいい」
 動揺するスバル。しかしカシェルには分っていた。彼女が抱える大きな矛盾に。
 あの日スバルの故郷を襲った事件、その全容なんてカシェルにだって調べられたのだ。古い記録故に骨は折れたが、決して不可能ではなかった。
 彼女は真っ先に、血眼になって復讐すべき相手を探すべきだった。では、何故それをしなかったのか?
「朝比奈さんについてはもう少し君に言うべき事があるけど、それは君自身が確かめるべきだ。君の力で、答えを出すんだ」
 席を立つカシェル。上着に袖を通し、資料の入った茶封筒をスバルの前に置く。
「ま、待って下さい! 私、そんな事急に言われても‥‥」
「急じゃないさ。君はもう十分考える時間を貰った筈だ。そして早く答えを出す事が、君に残された時間を有意義にするって事でもある」
 目を見開くスバル。この少年はすっかり何もかもお見通しらしい。
「僕はね、スバルちゃんも朝比奈さんも好きなんだ。だから君が出す答えを否定はしないけど、実行はさせない。もし彼を殺すなら僕の目の届かない所でやるか、僕より強くなってからにするんだね」
 苦笑を浮かべ立ち去るカシェル。そのままスバルの分のコーヒーまで会計を済ませ、振り返らずに去っていった。
「そんな一方的な‥‥」
 取り残されたスバルは寂しげに呟く。朝比奈を殺せるのか? 様々な意味で自問自答してみる。
 実力的には厳しいだろう。仲間として‥‥それはどうだろうか。特別親しくはないが、今思えばそれは朝比奈が意図的にした事なのだろうか。
 彼はとっくに気付いていた筈だ。これまでの戦いの中で、スバルがいつその事実に気付くか分らなかった。だから距離を置いていたのだ。
「ずっと背中を晒していたくせに」
 気付いた瞬間、撃てた。そんなチャンス腐る程あった。なのにあの男はヘラヘラ笑って居た。それは一体どういう了見なのか。
「馬鹿にしやがって――ッ!!」
 思わずテーブルを叩いてしまった。殺せないと思っているのだろうか。それとも殺されてもいいと思っているのか。どちらにしたってそんなのは無い。それじゃあ復讐にならないじゃないか。
 コーヒーを一気に呷り店を飛び出した。早足で街を歩きながら、両目から零れる涙を拭う。
「ちくしょう‥‥ちくしょう‥‥っ」
 甘ったれた自分に腹が立つ。中途半端な自分が許せない。
 ああ、何故こんなも苦しいのだろう。思い返したら全部幸せだったじゃないか。苦しい事も悲しい事も悔しい事もあったけど、独りぼっちよりずっとずっと幸福だったじゃないか。
 終わらせてしまうのが怖かったのだ。そしたら最期、独りぼっちになる気がしたから。誰にも知られず死ぬのは怖い。誰にも悲しんで貰えない最期など、なんて最悪。
「ちくしょう‥‥。もっと生きてたい‥‥生きてたいよ‥‥っ」
 そしたら時間をかけて分かり合えただろうか? それとも腕を磨いて彼を超えられた?
 答えを出さねばならない。タイムリミットは間近に迫っている。いつ終わってしまうか分らないこの身なら、終止符は自分で打ちたい。ただそう願い、歩みを進めるのであった。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA
雨宮 ひまり(gc5274
15歳・♀・JG

●リプレイ本文

●秘密
「よー、また会ったねスバル」
 荒野を前にAU−KVの傍で佇むスバル。月読井草(gc4439)は片手を挙げ話しかけるが、返事がない。
「もしもーし? ま、まさかまだ怒ってんのか‥‥?」
 顔を覗きこむ井草。怒られる理由が思い当たりすぎて恐る恐るである。
「また会うとは思ってなかったよぉ。これも何かの縁って奴かなぁ?」
 声をかけるレインウォーカー(gc2524)。しかしほぼ完全無視なのできょとんとしてしまう。
「す〜ちゃん、なんだかお悩みのようですけど大丈夫です?」
「ええ、大丈夫です」
「くんくんがナラクを倒したらしいですけどその辺がらみです?」
 ヨダカ(gc2990)の質問に眉を潜めるスバル。それから荒野を眺める朝比奈の背中を一瞥する。
「刀狩り勢力が残していったキメラなんていたんだ‥‥」
「割と毎回キッチリ倒してんだけどなー」
 雨宮 ひまり(gc5274)と雑談している朝比奈。加賀・忍(gb7519)も敵を探しつつ呟く。
「いいじゃない、刀の錆になって貰えば」
「忍ちゃんほんとバトル厨だよな」
「とっても強いキメラだし、心して掛からないとね!」
 小さく拳を握り頷くひまり。スバルは手にした銃を強く握り締めている。
「そいや朝比奈、前に一般人を巻き込んで死なせてしまったとか言ってたけど、その人達に家族というか遺族は居るのかい?」
「急だな月読‥‥ま、誰にでも家族はいるさ。勿論、そういう人も居るだろうな」
 井草の唐突な言葉に頷く朝比奈。それから井草の頭を鷲づかみにする。
「一応俺それ結構気にしてるからな? ケロっと言うな? んっ?」
「月読さん‥‥余計な事言うから」
 頭を締め付けられもがく井草をひまりが生暖かい目で見ている。
「お仕事始める前に、す〜ちゃんちょっと屈んで欲しいのですよ」
 ヨダカに手招きされ膝を着くスバル。ヨダカはその首に十字飾りのついたチョーカーをつける。
「大遅刻ですけど誕生日プレゼントなのです。ホントは皆でパーティーするはずだったのですけど、予定が合わないみたいですので」
 首に手を当てるスバル。ヨダカはその頬を撫で微笑む。
「勝手に何処かに行っちゃダメなのですよ?」
 今のスバルは出会った時のように、消えてしまいそうな儚い存在に見える。不安げなヨダカにスバルは微笑を返した。
「ありがとう、ヨダカ」
 傭兵達は二つの班に分かれ、別々の方向に移動を開始した。ある程度キメラを殲滅した所で、後に合流する予定だ。

●後始末
 放浪するキメラと遭遇し、戦闘するA班。武者キメラと忍者キメラがそれぞれ一体だ。
 接近する敵に対し弓を構えるひまりと須佐 武流(ga1461)。距離の開いた状況から二人は先手を打つ。
「遠くに居る人は撃ち放題ですよー」
 矢の連打を受ける武者キメラ。朝比奈がそこにソニックブームを飛ばすとキメラは両断されダウン、その間に忍者が接近する。
 忍者の動きは素早いが、武流程ではない。投擲された手裏剣を回避し、キメラを蹴り飛ばす武流。更に拳を減り込ませ超機械を発動、忍者を吹き飛ばした。
「やっぱり須佐さんは頼りになります。忍者はお願いしますねー」
「回復するぞ回復! 今度はちゃんと超機械持って来たぞ!」
「まだみんな無傷だよ、月読さん」
 井草の頭を撫でるひまり。武流は大剣を背負い敵を探している朝比奈に歩み寄る。
「何か知っているんだろう」
「と、申しますと?」
「スバルの事だ。あからさまにお前をずっと睨んでいただろう」
 腕を組み問う武流。しかし朝比奈は白々しく笑ってみせる。
「さーて、何の事かねぇ」
「話を聞けるとはこっちも期待していないが、嘘を吐くならもう少し嘘らしくしたらどうだ」
「お前って昔っからそうだよな。勘ぐり好きっていうかよ」
 頭を掻きながら歩き出す朝比奈。その背中を眺め武流は首を傾げる。
「何の話だ‥‥?」
「いたぞー! こっちだー!」
 両手を振って走り出す井草。男二人も振り返り井草の後を追うのであった。

「す〜ちゃん、横から来てるですよ!」
 接近する武者キメラと砲兵キメラ。砲撃を盾で防ぎ、スバルは背後に飛び退く。
「大丈夫ですか、す〜ちゃん?」
「問題ありません。さっさと片付けましょう」
「それじゃ、そうしようかぁ」
 二刀を手に走り出すレインウォーカー。向かうのは武者キメラだ。そうしている間にも砲撃が来るが、ヨダカが超機械、スバルが銃で牽制している為回避は難しくない。
 武者へ襲い掛かるレインウォーカーは刀の一撃を屈んで回避。次の瞬間得物が消え、代わりに大鎌が姿を現す。
「嗤え」
 キメラの胴を鎌で薙ぎ払う。更にレインウォーカーが飛び退くとヨダカが超機械で攻撃。竜巻が鎧をバラバラに粉砕した。
 その間スバルは銃撃しつつ砲兵キメラに接近。地を滑り背後に回りこむとキメラの背中を蹴り飛ばす。
「加賀さん!」
 よろけながら吹っ飛んできたキメラに走る忍。擦れ違い様に太刀を一撃、更に振り返り駆け抜けながらもう一度キメラを斬り付け撃破する。
「意外と集中してるじゃないかぁ、スバル。前に比べたら連携も出来る様になってるねぇ」
 声をかけるレインウォーカー。スバルはAU−KVに覆われている為その表情はわからない。
「次に行きましょう。ここにいても仕方ありませんから」
「あ、す〜ちゃん待つのです! 今怪我を治すのですよ!」
 歩き出すスバルを追うヨダカ。レインウォーカーと忍はその背中を眺める。
「やはり心ここに在らず、かなぁ?」
「でも確かにここにいても仕方ないわ。早く行きましょう」
 歩き出す忍。青年は肩を竦めそれに続くのであった。

 ひまりの放つ輝きを帯びた矢はキメラの頭を貫く。井草は大剣でちょこちょこ突きを繰り出しキメラを攻撃、それを武流が蹴り倒し撃破する。
 四体目のキメラを撃破したA班。個体戦闘力は高いキメラだが、流石に一匹ずつ出てくるのでは脅威に感じない。
「あとどれくらい居るんだろう。数が分らないのは大変だね」
「範囲も広いしなー。目に付く分だけ全部やっつければいいんじゃないか?」

「思えば風を起こせばよかったのですよね、前のエセ忍者の時」
 超機械を見つめ呟くヨダカ。こちらも殲滅は順調で、遭遇するキメラを撃破し続けている。
「これでこの辺は大丈夫です?」
「そうみたいね」
 刀の峰で肩を軽く叩きながら頷く忍。無事依頼も終わりに近づいているようだ。
「スバル、今は目の前の敵に集中しなぁ。お前に何かあったら心配したり泣いたりする友達がいるんだしねぇ」
「言われなくとも分っています。大丈夫ですよ」
 どこか雰囲気の暗いスバルに声をかけるレインウォーカー。少女はそれに落ち着いた声を返す。
 その落ち着きの意味と正体。それは依頼が凡そ完了し二つの班が合流を果たした時に判明する事になる――。

●断罪
「忍ちゃーん、怪我はなかったかい!」
「お陰様で無事よ」
 腕を広げ駆け寄る朝比奈に腕を突き出し、顔面を押さえ阻止する忍。合流を果たした傭兵達はお互いの戦果について語りつつ帰り支度を始める。と、その時であった。
「ちょっとちょっと! スバル、どこに銃向けてるんだよ!」
 声を上げる井草。スバルは片手で銃を構え、その銃口は朝比奈の後頭部を捉えている。
「手出しは無用です。これは私と彼の問題ですから」
「物騒な事する前にちょっと話聞かせてよ。一体なんだってのさ?」
 スバルと朝比奈を交互に見やるひまり。スバルは妙に冷静で、振り返った朝比奈も普段とは雰囲気が違っている。
「俺とスバルの間に問題なんてあったか?」
 小首をかしげる朝比奈。レインウォーカーはそこへ歩み寄る。
「逃げるなよ、朝比奈ぁ。お前がすべき事は逃げる事じゃないだろぉ」
 頭を掻く朝比奈。それから腰に手を当て溜息を一つ、語りだした。
「最初月読も言ってたろ。俺が殺した連中に遺族は居るのかってよ」
「‥‥じゃあ、スバルが?」
 頷く朝比奈。本人が認めた事によりスバルの感情も高ぶる。噛み締めた唇から血が伝い、銃口が震える。
「やっぱりですか‥‥。諜報力と戦闘時のスタイルが違いすぎるので裏にもう一人いると予想してたのですけどね」
 呟くヨダカ。その推察は実は半分正解なのだが、この時の彼女には知る由もない。
「くんくん‥‥いえ、朝比奈夏流。憎悪の螺旋がお前に追いついたですよ。さあ、どうするつもりですか?」
「どうもこうもね。撃ちたきゃ撃てばいい」
 朝比奈は悠々と歩み寄りスバルの銃を掴む。そうして自らの額に押し当てた。
「うんうん、朝比奈が悪いから死刑‥‥じゃなくて何やってるんだ!」
 頷いてからツッコむ井草。二人は間近で見詰め合っている。
「スバルさん、そんな事しちゃだめです!」
 駆け寄るひまりの前にレインウォーカーが立ち塞がる。男はひまりの背後に回り、両肩をぽんと掴んだ。
「生憎とボクはスバルの味方でねぇ。友達の友達は友達ってやつさぁ。ま、見届けようじゃないかぁ」
 二人の間には拮抗だけがある。緊張した空気の中、武流は二人に遠巻きに語る。
「俺は別に、復讐したければすればいいし、されて良いならされればいい。だが、それで満足するのか? 朝比奈ももう死ぬから関係ないか?」
「でも、私にはこれしか‥‥」
「これしかなんだ? ふざけろ。どうして別の道を選べない。いや、選ぼうとしない? 例え先が短かろうが長かろうがそんな事で決めんな。ただの出来の悪い消去法じゃねぇか」
 武流の言葉はスバルの胸に突き刺さった。ずっと自問自答していた事をそのまま他人に言われた気分だ。
「仲間に刃を向ける‥‥確かにそれも有り得るわ。本当に必要な事なら、ね」
 腕を組んだまま語る忍。事の顛末に興味があるわけではないが、スバルの行いは非合理的にしか見えない。
「やるなら止めはしないわ。でも忘れない事ね。戦場で仲間に牙を剥くという事は、そのまま自分に銃を向けているのと同じ事よ。その願望を成す対価は、自分の命に等しいのだから」
「分っています‥‥でも、私にはもう時間がない! 今やらなきゃ次の機会があるかだって‥‥!」
「よし落ち着けスバル、どうどう‥‥っ! 良い方法がある。朝比奈がスバルを嫁に貰えばいいんだ!」
 くわっと目を見開き叫ぶ井草。朝比奈は咳払いし、銃を放して井草の頭を叩く。
「いったー!? あのな、お前の過失で一人の少女が家族を失い道を踏み外した挙句、男同士が絡む絵の好きなガールズラブ少女になったんだぞ?」
 銃を下ろし井草の頭を叩くスバル。二人に叩かれ涙目で井草は振動している。
「‥‥こ、壊したものは取り戻せないけど、お前の人生をスバルに分けることは出来る! スバル、お小遣い制にして残らず搾り取ってやれよ。治療が効く程度ならボコしていいからさ」
 頭を撫でながら語る井草。それから真面目な表情でスバルを見る。
「‥‥但し、殺すのはあたしが許さない。スバルだってわかってるだろ、そんなのお前だって幸せになれないよ」
 沈黙。そこへヨダカは一言だけ声をかける。
「ヨダカはもう、今までに全部伝えてあります。す〜ちゃんがどんな答えを出すのか‥‥それを見届けるだけなのです」
「‥‥ヨダカ」
 スバルは頷き、AU−KVの鎧を解き放つ。金色の髪を揺らし、真っ直ぐに朝比奈を見つめた。
「‥‥きっとスバルさんは答えを見つけてるよ。過去の出来事やこれまでの経緯を無かったことにするって訳じゃないけど、今自分がどうしたいのか、素直になれれば良いと思う」
 優しく語り掛けるひまり。スバルは目を瞑り息を突き、それから言葉を紡いだ。
「私は貴方を絶対に許さない」
 でも‥‥そう続け。
「私は貴方を――殺さない」
 銃を握り締めたまま告げる。震える声で、涙を流しながら。
「私は‥‥貴方と同じにはならない。どんなに惨めで汚れていても‥‥それでも、正義の味方でいたい」
 憎しみは消えない。だがその解決は消す事だけではないのかもしれない。
 誰もが痛みを抱え、答えを出し続ける世界。理想を、願いを、意志を通す為に手を汚し続ける世界。それがこの星なのだ。
 敵も味方も持っている確かな物。自分にそれがないからと、復讐を安易な答えにして逃げていただけだ。
「貴方を許さない。貴方が戦場で血塗れになって、のた打ち回って死んでいくのを見てやる。貴方が苦しんで苦しんで、裁かれない罪に悶えるのを見てやる。それが‥‥私の復讐だ」
「いいのか? 悪いが俺はしぶといぜ?」
「うっさいばか死ねっばか!」
 涙を流し朝比奈の顔面を殴るスバル。そのまま続け何度も殴ったが朝比奈は動かない。
「ちくしょう、生きてて良かった‥‥ちくしょう、ちくしょう! 撃てないって知ってるだろ! 私はっ、みんなっ、大好きだって知ってるだろっ! ざっけんなよっばかっ!!」
 口と鼻から血を垂れ流し顔を腫らす朝比奈。スバルは顔をくしゃくしゃにして叫んでいる。
「生きてやるよ、最期まで戦ってやる! 幸せになってやるばか! ばか! 幸せになる! ばかっ! 私はっ! 幸せになるんだよばかっ!」
「‥‥ああ。なれよ、バカ」
 肩で息をするスバル。支離滅裂の極みだが、これで一頻り終わったらしい。
「その調子だ。自分の明日ぐらいは自分で切り開け。未来を、明日を‥‥勝手に狭めてるんじゃねぇ」
 目を瞑り呟く武流。泣き崩れるスバル、レインウォーカーは遠巻きに語りかける。
「人と人との縁は一度結びついたら死んだ後も切れないらしい。ボクの場合は腐れ縁の方が多いけどねぇ。本気で殺し合いをした事がある奴もいる。それでも今でも縁が続いているんだよねぇ。多分、お前達の付き合いも長くなると思うよぉ」
 けらけら笑い、それからヨダカの背中を叩く。
「ほら、お前はスバルと一緒にいてやりなぁ。友達、なんだろ?」
 走り出すヨダカ。スバルはヨダカに縋りつき子供のように泣きじゃくる。ヨダカはその身体をそっと抱き締めるのであった。
「‥‥よかったね、スバルさん」
「朝比奈ー、治療してやろうか?」
 ほっと胸を撫で下ろすひまり。井草は血塗れの朝比奈の顔を覗きこむが、男は首を横に振った。
「いや、いいよ。俺はこのままでいい。ありがとな、月読」



 一人の少女が答えを出し、一人の男が裁かれた。
 少女は生きている事を証明するかのように大声で喚き、涙を流し続ける。
 握り締めた銀色の銃。冷たかったはずのそれはいつしか温もりを宿し、暖かくなっている。
 引かれる事を知らなかった引き金だけが冷たく、事の顛末を沈黙と共に見守っていた――。