●リプレイ本文
●難題を穿て
『――概要は以上です。現在ソルの迎撃が可能な部隊は限られています。対応出来るのは皆さんだけです』
ドゥルガーへと向かっていた傭兵のKV達。そこに舞い込んできた緊急依頼は非常に危険な物であった。
突如出現したソル――つまる所、ゼオンジハイドとの戦闘。当然彼らはそれ用の準備も心構えも無い、正に寝耳に水である。
「この局面でジハイドが出てくるとは‥‥厄介だね」
苦笑を浮かべる鳳覚羅(
gb3095)。通信機からは相変わらず抑揚の無い声が聞こえて来る。
『依頼を引き受けて頂ける方は反転しソルへ向かって下さい。迅速な決断を願います』
切迫した状況は彼らに思考の猶予すら与えない。結局の所は無理難題、それでもやるのかやらないのか。
無数のKVの中、ゆっくりと進路を変える者達が現れた。ドゥルガーへ向かう傭兵達、その中の一部がソルを目指し踵を返していく。
「やれやれ‥‥また酷い貧乏くじを引かされてしまいましたね。何だか最近、こんな事が多い気がします」
「止むを得まいよ。ドゥルガーとソルを合流させでもしたら、かろうじて均衡を保っている戦線が崩壊しかねない。やれる者がやるしかないのだ」
溜息を漏らすセラ・インフィールド(
ga1889)に声をかける榊 兵衛(
ga0388)。一機、また一機翼は徒党を組む。
「ソル‥‥また、大物が出て来ましたね‥‥」
「ドレアドル‥‥指揮はしても、自ら前線に出てくる事はあまり無いと思ってましたが」
ルノア・アラバスター(
gb5133)に続き呟くティナ・アブソリュート(
gc4189)。レインウォーカー(
gc2524)は二人と肩を並べ笑う。
「ドゥルガー攻略までの時間稼ぎ。言うは簡単やるは至難、と‥‥。全く、無茶を言ってくれるじゃないかぁ」
「こんな所で遭遇するとはな。運が良いのか悪いのか」
「それは勿論、幸運に決まっているのですよ」
ぼやく時任 絃也(
ga0983)にヨダカ(
gc2990)は空の彼方を鋭く睨みながら笑みを作る。
「ジハイドに会うとは思わなかったですが‥‥歓迎するのですよ、盛大にね!」
空を翔る戦士達、引き返した影は合計十二機。増援は期待出来ない。この十二人で、無茶と無謀に挑むしかない。
『たった十二機‥‥いえ、残った方でしょうね。依頼の受諾に感謝します。周囲のUPC部隊と協力し任務に当たって下さい』
「それは承知しましたが‥‥報酬の増額は期待しても良いのでしょうね? 危険手当を別に頂かなければ割に合いませんよ」
『考えておきましょう。皆さんが無事に戻れば、ですが』
飯島 修司(
ga7951)の声に冷淡に応じるオペレーター。セラは溜息を一つ、苦笑を浮かべる。
「尚更無事に帰らなければいけませんね。上乗せ、期待していますよ」
UPC軍のKV隊は既に交戦状態にあり、その光はここからでも確認する事が出来る。強敵へ向かう傭兵達、そこに九頭竜小隊を含むUPCのKV隊が合流する。
「突然の依頼参加、感謝する。こちら九頭竜小隊隊長、九頭竜中尉だ。君達と協力し、ソルに攻撃を仕掛ける。宜しく頼むぞ」
「はじめましてラサです、今回はよろしくお願いします」
通信に応じるラサ・ジェネシス(
gc2273)。それから周囲を見渡し告げた。
「危なくなったら無理せずに脱出してください。能力者は力無き者の希望です。だから死んではいけないのです」
「能力者が希望だというのなら、君達も同じ事だ。決して命を粗末にしてくれるなよ」
優しい口調で語りかける玲子。しかしラサは眉を潜め、きつく操縦桿を握り締める。
彼女にもまた引けぬ理由があった。ゼオン・ジハイドの力量は重々承知だが、それでも撤退するつもりはない。
「ご忠告感謝しますが、我輩にも意地という物があるのです。最後まで足掻いて一つでも多く傷をつけてやるのです」
歯軋りし静かに怒りを湛えるラサ。リヴァル・クロウ(
gb2337)は玲子とラサ、二機の間に割り込み声をかける。
「二人共熱くなりすぎない事だ。集中を切らして戦える相手ではないのだからな」
「分ってるネ、隊長殿。一人で突っ込んだりはしませんヨ」
リヴァルの声に頷くラサ。一方険しい表情の玲子に覚羅が声をかける。
「君達はつくづく運がないというか‥‥。俺も分隊を預かる身だからね‥‥君達の無茶に少々付き合ってあげるよ」
「すまないな。だが、部下の命は私が守るさ。この命に代えても、な」
加速するフェニックス。その様子をティナは不安げに見つめている。
「玲子さん‥‥」
「無茶をしなければ、良いのですけれど‥‥」
同じく九頭竜隊を見守るルノア。心配や不安はあるが、戦力不足は明らか。九頭竜小隊の力も借りずに居るというわけにはいかないのだ。
「見えてきました。お空に浮かぶ蒼い剣‥‥お友達がいなくて、独りで寂しそうですね」
空を劈き舞う蒼き巨影。近づく者を影も形も薙ぎ払い、真っ直ぐに矢のように突き抜けてくる。しかしその様子はミルヒ(
gc7084)の目には孤独に映ったようだ。
「そんなに可愛らしい代物ではないと思うがな‥‥」
「これが単なる遭遇戦なら、単機で来ている事は好機と見るべきでしょうがな」
冷や汗を流す絃也。修司はまた違った意味で凄い事を言っているので、また微妙な視線を向けてしまった。
「ゼオン・ジハイドのソル‥‥やれるのか、この戦力だけで‥‥」
聞こえて来たのは軍人達の声だ。お世辞にも充実していないこの数のKVで、あのバケモノの相手をしなければならない。既に多くの仲間を撃破されている軍人達の中には少なくない動揺が走っていた。
「何を弱気になってるですか! ほら、切り替えるですよ! 寄せ集めなヨダカ達より、いつも訓練している軍人さん達の方が連携取れるんですからね!」
ヨダカの激を受け、軍人達も気を引き締める。矢面に立って居る傭兵達、その中には少女すら居るのだ。それを思えば迷っている暇なんてない。
「お嬢ちゃん達にばっかり危ねぇ事させてたら、UPC軍人の名が泣くってもんだ! そうだろ、お前ら!」
大声で叫ぶ外山の声。戦闘開始前から崩れかけていた軍人達だが、これで少しは持ち直した事だろう。
「きゅーちゃん隊の三人も気をつけるのですよ。ホワイトデーのお返しがまだなのですから」
「ははは、そうだね。ちゃんとお返ししなきゃ死ねないよね、俺達もさ」
笑う内村。そう、誰もが無茶を選択したが、命まで投げ捨てた訳ではない。
ソルだろうがドレアドルだろうが関係ない。彼らは自らの意志で選択し、命を張ったのだ。仲間達、そして自らの明日を切り開く為に。
引き返す事はもう出来ない。ならばこの先は戦いあるのみ。インドの空に咲く蒼き怪物との戦いが今、ここに幕を開けた。
●蒼穹に咲く
傭兵達が到着するまでの間戦っていた部隊は既に壊滅状態にあった。
轟音と共に空を駆ける大型兵器、ソル。そのコックピットからドレアドルは新たな敵の姿を捉えていた。
「‥‥新手か」
機体のコンディションをチェック。ソルは未だ万全に近い。
「何機来ようが同じ事だ。立ち塞がるのならば踏み砕くのみ」
加速し接近するソル。未だ戦闘を続けていたUPC軍のKVを格闘用アームで粉砕し、炎を撒き散らしながら突っ込んで来る。
「お構い無しに突っ切るつもりですか‥‥!」
「そうはさせん。各機展開、ソルを抑えるぞ」
蒼い光を睨むセラ。リヴァルの号令でKV達は散り、一寸遅れてソルの放ったプロトン砲が大空を突き抜けていく。
「一斉攻撃を仕掛けるぞ! これ以上奴の進攻を許すな!」
UPC軍KV隊は一斉にミサイルを発射。ソルはこれに対し着弾直前で速度を落としつつ無数のフェザー砲でミサイルを迎撃。巨大な爆風に消えたかと思えば、その上を飛び越し強襲してくる。
「野郎、図体の割に機動力がおかしいだろ!」
叫ぶ外山。ソルは装甲を外側に迫り出すように展開、変形を開始する。牙を剥いた獣の口には光が収束し、図太い破壊の洪水となって降り注ぐ。
「あんなの一発当たればほぼアウトですね‥‥」
「足止めとは言うが、あんな攻撃を受ければ瞬く間に蒸発してしまうだろうな」
散開し一撃を回避しつつセラと絃也が呟く。
「専用機を駆るゼオン・ジハイドの強さはよくよく身に染みておりますが‥‥全身全霊を賭けた『時間稼ぎ』、付き合って頂きましょうか」
「目標、子機を展開! 来るのですよ!」
ソルを睨む修司、そこへヨダカの声が響く。ソルは砲撃形態から通常形態に戻り、その際に各所に搭載した子機を展開して行った。
射出された子機は合計四機。これらはソルを取り巻くように随行していたが、螺旋を描くように花開き散っていく。行軍の邪魔をする者達を排除する役割を帯びて。
「子機は、こちらで引き受けます‥‥」
「ソルへのアタックは、そっちに任せるよ」
子機へ向かうルノアと覚羅。覚羅は大量に搭載したミサイルポットからミサイルを放出。螺旋を描き子機のプロトン砲を交わしつつ攻撃を仕掛ける。
追尾するミサイルの影。子機は太陽を横切り高速でそれをかわして行く。子機と言えども並のHWを圧倒する性能を持ち合わせているのだから、その駆逐も容易ではない。
「‥‥逃がし、ません。そこ‥‥です」
ミサイルから逃れる子機に照準を合わせるルノア。エネルギー集積砲から放たれた一撃は子機に直撃、更にミサイルを浴び爆発が広がっていく。
「これ以上、仲間をやらせるものカ!」
ブーストしつつミサイルを放出するラサ。ミルヒは続けG放電装置を発射する。
「そうですね。死なないように頑張ります」
夥しい数のミサイルは空を埋め尽くさんばかりに白煙を撒き散らし子機に迫る。次々に爆ぜる炎の中にG放電装置が炸裂、ラサはレーザーライフルで更に子機を追撃する。
「僕達も仕掛けるぞぉ。お前たちはこっちを手伝え。奴に意地と覚悟を見せてやろうじゃないかぁ。特に九頭竜小隊の三人、お前たちは自分たちの隊長にも見せつけてやりなぁ」
「まーたてめぇかよ‥‥ったく、言われなくてもんなこたぁ百も承知だっつの!」
「俺達は俺達に出来る事で君達をサポートするから!」
レインウォーカーの声に軍人達も子機の攻撃に参加する。
「その意気だぁ。人類の力って奴を、思い知らせてやろうじゃないかぁ」
Gプラズマミサイルを発射し子機を攻撃するレインウォーカー。無数のミサイルの光が空を照らし、子機にダメージを与えていく。
「子機対応の方はバッチリなのです! 後はあのデカブツをどうするのか、なのですよ!」
ヨダカはロータス・クイーンとヴィジョンアイを併用しソルを捉える。子機を友軍が抑える中、ソル対応班は戦火の中を突き進んでいく。
「出し惜しみで時間を稼げるような相手ではないな。微力ではあるが、こちらも全力で挑む事としよう」
「攻撃は榊さん頼みになってしまいますが‥‥その分、榊さんが動き易いように支援しますね」
ソル攻撃班はそれぞれが二機ずつで組みロッテを編成。それぞれが狙いを明確に、役割分担をして攻撃を仕掛ける手筈だ。
その中、兵衛と組んだティナは強力な敵を前に己の力不足を痛感していた。空戦の経験からしても難しい事は承知している。
それでもこの依頼を受けたのにはやはり理由があった。相手が何であれ、戦うに至るだけの理由が。
「奴は全兵装と全錬力で、そして仲間と相互補完しなければ渡り合えぬ相手だ。俺達は最善を尽くすしかない‥‥そうだろう?」
「‥‥そうですね。分っています、やるしかないのだと」
「その調子だ。頼りにしている‥‥行くぞ!」
「はいっ!」
スナイパーライフルで攻撃しつつ距離を詰めるティナ。兵衛はソル目掛けミサイルを発射する。
飛んでくるプロトン砲、フェザー砲を回避しつつ接近するのは非常に困難。正に針の筵と言わんばかりの迎撃は、一撃一撃が非常に強力な威力を有している。
「接近するだけでもこれか」
「良いですな、この空気‥‥身が引き締まります。とはいえ少しは火力を減らさなければ話になりませんからな」
「ああ。仕掛けるぞ‥‥援護する」
フェザー砲の迎撃をバレルロールしつつ回避する絃也。ソルの周囲を旋回する動きから一気に距離を詰め、攻撃を仕掛ける。ミサイルをばら撒きこれを壁代わりにしつつ、スラスターライフルでフェザー砲を潰しに掛かった。
修司は絃也の攻防を傘に対空砲をソルに放つ。相手が巨体とは言え、武装を正確に狙うのは腕を求められるが、彼にとっては造作も無い事だ。
「ほう‥‥出来る奴がいるな。合流は少しばかり遅れそうだ」
呟きと共に笑みを浮かべるドレアドル。こうなっては最早問答無用で押し通る事は叶わないだろう。漸くただ突破するだけでなく、傭兵達の殲滅を視野に入れ始める。
「左舷フェザー砲の一部が沈黙したのです! 攻撃は効いているのです!」
「不思議ですね。そう言われると、勝ち目があるような気がしてしまいます」
ヨダカの声に微笑むセラ。彼はリヴァルと共にソルへ挑んでいく。
「勝ち目はなんとか作るしかないだろうな‥‥。仕掛けるぞ、ソルの射線に注意しろ!」
声を上げるリヴァル。二機は攻撃を仕掛けつつ、ソルの正面に躍り出る。
「浅はかな‥‥いや、誘っているのか? 面白い」
変形し花開くソル。展開された主砲に光が収束し、真正面のセラとリヴァルに照準を合わせる。
「散れ」
放たれる閃光。視界を覆い尽くす致死の奔流を前に二人はVTOLを使用、全力で機体を上昇させに掛かる。
「南無三‥‥!」
舞い上がるシュテルン。眩い光に照らされながらリヴァルは歯を食いしばる。二機は光を飛び越す形で辛うじて回避に成功した。
「――っく! 曲芸の域ですね‥‥なんたる無茶苦茶!」
「だが、勝機は掴み取ったぞ‥‥!」
主砲発射直後でソルの動きは鈍い。二機はそのまま真正面から突っ込み、攻撃を交わしながらカウンターで攻撃を叩き込む。
セラはプラズマライフルで攻撃、そしてリヴァルはミサイルを発射する。これが次々にソルに着弾し爆発を起こした。変形し装甲を展開した所を狙ったのだが‥‥。
「面白い物を見せてくれるな、人間」
「やはり落ちませんか‥‥まあ、それはそうでしょうね」
擦れ違いながら呟くセラ。しかしこの隙は大きく、ソル攻撃班は一斉に攻撃を仕掛ける事が出来た。
「折角の好機、逃す手は無い!」
「お願い‥‥当たって!」
兵衛とティナはソルの排気口と思しき部分を狙い、ミサイルを放つ。これは確実に命中し爆発を起こしたが、やはりソルは怯まない。
「やはり、そう簡単には行かんな」
「まあ良いでしょう。我々の仕事は嫌がらせですからな。それに――」
主砲発射直後の主砲シリンダー部を狙い攻撃を仕掛ける絃也と修司。再び変形し通常形態に戻ったソルの装甲には確かに傷が見える。
「全くの無駄な努力、という訳でも無さそうです」
傭兵達はソルを相手に優勢とまでは言えずとも、足止めという役割に関しては真っ当しているように見えた。
一瞬足りとも油断の許されない戦闘は一秒を遥かに薄く延ばし、感覚を尖らせる。あと何秒、何十秒死線に留まれば良いのかは分らないが、彼らの瞳に諦めの色は無い。
「い、いけるぞ‥‥!」
「絶対にデリーに向かわせるな!」
「傭兵を死なせるな! UPC軍人の意地と誇りを見せろ!」
ゼオン・ジハイド相手に状況が拮抗するという僥倖を見ればUPC軍の志気も上がる。これにより更に流れは加速しつつあった。
「‥‥成程、ただの時間稼ぎというわけではないようだ。ドゥルガー支援の為に余力を残しておきたかったが、そう甘い考えで挑める戦ではなかったな」
笑みを浮かべるドレアドル。指揮官としてはあるまじきだが、こんな『道草』のような戦いでも胸躍る物があった。
いや、そこにあるのは冷静と情熱の狭間。結果として全力でここを突破した方が『近道』でもある。であれば、騒ぐ血の猛りに身を任せるも一興。
「死合うぞ人間。持てる力の全てを以って挑め。生き延びて見せろ、この死線から――!」
空を舞うソル。その動きは突破ではなく殲滅へと切り替わった。舞い上がった蒼の剣が今、戦士達へと牙を剥く。
●嵐
轟音と炎を引っ提げてソルが加速する。突っ込んでいく先はUPC軍、更にその背後のヨダカだ。
これまではUPC軍や一部傭兵、情報管制を担当していたヨダカに関しては子機に完全に預けていたドレアドルだが、振り切れず全て潰すつもりになれば、当然これらも殲滅の視野に入る。
何より現状は傭兵が組み上げた理想的なフォーメーションが完成されており、布陣だけを見ればドレアドルの不利は明確である。ならば先ずはその優位性を粉砕するのみ。
「その槍衾、食い破らせてもらう」
「わわっ、こっち来たのです!」
目を丸くするヨダカ。ソル対応班は一斉に攻撃を仕掛けるが、ドレアドルは意に介さない。
「兎に角相手を損耗させるですよ! 弾を撃たせて、強化FF使わせて、子機を落すのです。ヨダカの機体は電子戦機ですからね、攻めはお任せするですよ?」
ブーストしつつ逃げるヨダカ。乱波をばら撒きプロトン砲を避けつつ兎に角逃げに走る。
「こちらに来ました、か‥‥」
「全く、この手の化物の類は骨が折れるね‥‥!」
飛び回る子機を撃ち落し旋回するルノアと覚羅。二機は突っ込んで来るソルへと向かう。
二機はスラスターライフルで攻撃を仕掛けるが、弾丸は明らかに装甲に弾かれてしまっている。
「攻撃が効いてない!?」
目を見開く覚羅。ソルは格闘用アームを左右に突き出し二機に接近。二人は当然左右に散って回避するが、更に速度を増したソルは回転しながら腕を振るいニ機を同時に殴りつける。
「‥‥きゃあっ!」
「ルノア!」
叫ぶリヴァル。ソルの挙動は明らかに素早く正確に、そして力強くなっている。
「――んの野郎、手ぇ抜いてやがったのか!?」
「‥‥各機展開! 一所に固まれば蹴散らされるぞ! ソルの周囲を時計回りに旋回!」
叫ぶ外山。リヴァルは全員に指示を飛ばすが、ソルの猛攻は留まる所を知らない。
UPC軍と傭兵達は互いの位置や布陣を気にかけなければならないが、ドレアドルはそんな物知った事ではないのだ。多勢に無勢の状況は本来無勢が不利な物だが、それを覆す力という物もある。
「近場の仲間と組んで行動しろ! 可能な限りで構わん! 拘り過ぎて動きを鈍らせては落とされるぞ!」
「とは言え、こんな乱戦じゃ‥‥!」
玲子の指示に歯軋りする内村。ソルの子機は既に片付けてはいるが、巨大なソルが飛び回っているだけでまともに戦線を敷くのも難しい。
「足を止めてしまってはやられるだけです。動き回らないと‥‥」
装甲を排除し軽量化した天を更にブーストで加速させ舞うミルヒ。方々に煙幕を展開しつつスナイパーライフルでソルを狙う。
「こう乱戦になってしまっては‥‥」
小さく息を吐くミルヒ。通常のミサイルならば兎も角、彼方此方でK−02のような大量発射のミサイルを使えば戦場が混乱してしまうだろう。
「性能差は分りきっていましたが、ここまでトハ‥‥!」
遠距離からレーザーライフルで攻撃するラサ。しかし光の矢はソルを前に弾かれ霧散してしまう。
「左側です! ソルの左側のフェザー砲は先の攻撃で一部沈黙しているのです! 死にたくない人は左側に回り込むのですよ!」
飛び回りながら叫ぶヨダカ。ソルが暴れまわっている所為で戦局はすっかり混乱してしまっている。
「逸れてる人は指示するから合流するのです! そこ、煙幕弾撃つですから、抜けて二時方向に移動!」
「だ、駄目だ‥‥間に合わな‥‥うわぁ!?」
プロトン砲に貫かれ爆散するUPC軍のKV。炎と共に落ちていく影にヨダカは歯軋りする。
「一秒稼ぐのにこっちは全力前回‥‥ホント、命を懸けるに相応しい戦場だよなぁ、リストレイン」
「真面目な話、あと何秒持ち堪えればいい。ドゥルガーの方はどうなっている」
レインウォーカーに続き呟く中里。確かに既に戦闘開始から十二分に時間は経って居る。ソルの勢いに押されている為、このままでは何れデリーに到着してしまうではないか。
『――通達します。ドゥルガー攻略班の状況についてです』
その時、傭兵達の耳にオペレーターの声が届いた。
『現在、ドゥルガー攻撃隊は壊滅状態にあります』
作戦完了の通告かと思えば、それは真逆の内容であった。
『ドゥルガーを外側からの攻撃で破壊する事には失敗しました。後は内部に突入した部隊がドゥルガーを停止出来るかどうかですが、こちらも目処は立っていません』
要するに――。
『作戦時間延長です。引き続きソルへの攻撃をお願いします』
冷淡な声にすら戸惑いとも哀れみとも取れぬ想いが感じ取れた。
「引き続きって、具体的にはどれくらい‥‥?」
『ドゥルガーが止まるまで、です』
恐る恐る質問した内村。しかし答えは無慈悲な物であった。
『皆さんならばやれると信じています。ご武運を』
通信が終了する。その間にもソルは攻撃の手を休めず、次々にUPCのKVを撃墜し続けている。
絶句したのは軍人だけではない。傭兵達とてとっくに限界を迎えつつあるのだ。時間稼ぎとは言え、交戦直後から全力で戦ってきた彼らの消耗は激しく、最早まともにスキルすら発動出来ない状況にある。
「――作戦中止を提案する! こちらはもうとっくに限界だ! このままでは全滅するぞ!」
大声で喚く玲子。しかし応答はない。
「‥‥くそッ!!」
「落ち着くのです! 諦めず体勢を立て直すのです! まだ力を合わせればやれる事が残っている筈なのですよ!」
叫ぶヨダカ。しかし目の前でUPC軍の機体は次々に撃破されて行く。傭兵の機体もかなり被弾し、余力は殆ど無い。
「やるしかない、ね‥‥」
「‥‥まだ、飛べます。まだ、戦えます」
呟く覚羅。ルノアも残弾をチェックし操縦桿を握り直す。
「もう一度仕掛けるぞ。吸排気口を狙えば、ダメージは通る筈だ」
ソルへ向かう兵衛。玲子はその背中に歯軋りする。
「もういい、止めろ! 幾らお前達でも無理だ!」
「確かに無理かもしれません。でも‥‥諦めたくないんです」
叫び声を聞いて微笑むティナ。そうして敵を睨む。
「信じて後ろは任せる。俺達の信頼に、応えてくれるんだろ?」
兵衛の声に俯く玲子。傭兵達は戦いを挑み続ける。空に咲く蒼い剣へと。
「隊長、傭兵にだけ戦わせるわけには行きません! 俺達も‥‥」
「駄目だ。お前達は撤退しろ」
顔を上げた玲子は悔しげに涙を流し、唇を噛み締めている。
「死んでも護る‥‥か。甘ったれるんじゃない!」
響くリヴァルの声。修司は絃也と共にソルへ突っ込み、ギリギリの所で踏み留まり戦い続けている。
「誰かの為に誰かが欠ける、そんな現実を‥‥自分を変えるために力を手にしたのではないか! 俺も! 貴様も! ここに居る誰もが同じ筈だ!」
遠距離から射撃を続けるミルヒとラサ。有効打は与えられないが、諦めず攻撃を続ける。
「今生きているのは権利ではない、義務だ! 果てた者達が、過去の過ちが無駄ではなかった事を立証する為の! 貴様は一体何を成した。自分を信じず、仲間を信じない貴様が‥‥! 応えろ、九頭龍 玲子!」
「確かに状況は最悪だけど、俺達はまだ諦めてはいないよ」
「きゅーちゃん。私達は、まだ生きています」
覚羅とミルヒの声。
「確かに、貧乏くじには違いありませんけど」
「まだ終わった訳ではない! 我輩の‥‥人類の矜持はこんな物ではない!」
「道化から九頭竜玲子へ。信じろ、お前の仲間を。心配要らないさぁ。撃墜されようが死に掛けようが、必ず生きて帰るよぉ」
セラ、そしてラサとレインウォーカーの声。戸惑う玲子、しかし部下達は違った。
「悪いな隊長、俺は行くぜ」
「死なせたくないんだ、仲間を」
「‥‥生き延びるのだけは得意だしな」
三人の声に涙を拭う玲子。そうしてソルを睨み、呟いた。
「‥‥すまない。付き合ってくれ、皆」
残された戦力は僅か。限られた装備で傭兵達は蒼剣へと挑む。
「まだ掛かってくるか。良いぞ、それでこそ。勝ち取って見せろ――生を!」
蹄轟かせ突き進む巨影。セラとリヴァルはこれに正面から挑む。
「二度も通じるかは分りませんが‥‥!」
目を見開くセラ。変形したソルは再び主砲を放とうと構える。
飛来する眩い光、死の嵐。セラは再びVTOLで急上昇し回避を狙い、リヴァルはその影から飛び出しミサイルを放つ。
「無駄だ」
ソルは光を放ちつつ急減速。そのまま機首を上げ、異常な軌道で宙返りする。
「な――ッ!?」
回避を試みるセラとリヴァル。ミサイルは全て薙ぎ払われ、二人とも光の剣に炙られてしまう。
「掠っただけで、制御が‥‥!」
「セラ!」
爆発を帯、黒煙を纏い落ちていくセラ機。リヴァルも何とか凌いだが機体のあらゆる計器が悲鳴を上げている。
急接近し攻撃を繰り返す絃也と修司。二機の攻撃は苛烈だが、ソルは物ともせず反撃を繰り出してくる。
「これだけ叩いても歯が立たず、か‥‥」
「かなり威力を軽減されていますな。しかし向こうも消耗する筈」
フェザー砲の乱射に被弾する覚羅。ルノアも被弾しつつスラスターライフルで攻撃を続ける。
「九頭竜小隊は無理しなくていい! 限界だと思ったら撤退するんだ!」
きりもみ状に旋回していた機体を立て直し、ソルの下方からミサイルを放つ覚羅。攻撃は着弾しているが、やはりびくともしない。
「傭兵にだけ戦わせて逃げるわけには行かないよ!」
「だめ‥‥無茶は、しないで‥‥!」
衝撃に耐えながら声をかけるルノア。九頭竜小隊も攻撃に参加するが、反撃は厳しさを増している。
ヨダカは煙幕弾を使い、小隊の攻撃を援護。チームワークもあって、辛うじて生き延びている。
「やればできるじゃないかぁ」
「うっせぇ! へらへらしてっと舌噛むぜ!」
乱波をばら撒きレーザー砲を放つレインウォーカー。外山はそれに続き機関銃を放つ。
「あれ‥‥デリーが!」
声を上げるティナ。気付けばデリーは目と鼻の先。デリーを覆うメトロニウム城壁は進攻するドゥルガーの砲撃に晒され、無残に崩壊を始めている。
「俺が出るまでも無かったか。ナラシンハの妄念も、存外捨てた物ではないな」
「そんな‥‥間に合わなかった、の‥‥?」
呟くルノア。見ればドゥルガーの周囲に人類側の戦力は見えない。文字通り、ほぼ全滅したのだ。
「貴様らの奮闘は賞賛に値する‥‥が、ここまでだ。仲間と同じ場所に逝くが良い」
ソルの各所から発射されたフェザー砲が傭兵達を次々に撃ち抜く。被弾し黒煙を引き摺りながらラサは操縦桿を握り締める。
「まだ、だ‥‥! 何もかも、バグアの思い通りにさせて堪るカ‥‥!」
衝撃がコックピットを襲う。額から流れる血を舌で舐め、狙いを定める。
「我輩は‥‥我輩達は! 人類は――!」
猛然と迫るソル。その格闘アームがラサの機体を激しく叩き付け、炎が空に散った。
「ラサさん‥‥きゃあっ!?」
フェザー砲の連射を受け、高度を下げるティナ機。立て直そうとするが機体は言う事を効かない。
「そんな‥‥私の力じゃ、ここまで‥‥」
墜落するティナ。ソルの猛攻は止まず、傭兵達は絶体絶命の状況に追い込まれつつあった。
「‥‥あうぅっ。お願い、動いて‥‥っ」
「流石に限界か‥‥撤退しよう! このままだと全滅する!」
泣き出しそうな顔で操縦桿を引くルノア。覚羅は機体を何とか制御しつつ叫んだ。
「‥‥止むを得ませんな。時間を稼ぎます、その間に撤退を」
「俺も付き合おう。何とかもう少し飛べそうだ」
「悪いがもう少し付き合ってもらうぞ!」
修司の声に頷く絃也。そこに兵衛も加わり、余力のあった三機がソルに仕掛ける。
「逃がさん」
三機を振り切り攻撃するソル。ミルヒが被弾し、更に外山が被弾。墜落して行く。
「当たってしまいました‥‥」
「くそ、マズった‥‥!」
「外山、ミルヒ!」
叫ぶレインウォーカー。しかし二機共落下は避けられない。
「Иたんも下がらないと落とされるのです、早く!」
「悪いけど、そう言うわけにもいかないんだなぁ。付き合ってくれるよなぁ、リストレイン」
「あ、ちょっと!」
ソルへ飛んでいくペインブラッド。と、その時である。
『ドゥルガーの停止を確認しました。作戦は完了です、速やかに撤退を開始して下さい』
通信機から終了を告げる声が聞こえた。傭兵達はすぐさま撤退を始めるが、ソルから逃れる事は容易ではない。
「逃がさんと言った筈だ」
「後少しだったんだがな‥‥」
被弾し墜落する中里。最後までソルと戦っていた傭兵達の背後、変形したソルの主砲が迫る。
「避けろ! あれをかわせば俺達の勝ちだ!」
兵衛の叫び声で散開するKV達。その中一機だけ、内村の機体が取り残されている。
「あれ、さっきまで調子良かったのに‥‥」
ガクリと揺れる機首。その背後からソルの主砲が放たれる。
「隊長、俺‥‥皆の役に――」
光が通過する。内村の乗っていたフェニックスは跡形もなく消し飛んでいた。
「内村‥‥おい‥‥?」
呆然とする玲子。しかし返事はない。
「――きゅーちゃん、確りするのです! 逃げ切らなきゃヨダカ達もやられるのですよ! きゅーちゃん!」
どのようにしてそこから逃れたのか、彼らも良く覚えていない。
後に聞いた話によれば、ドゥルガー停止を確認するとソルもまた撤退して行ったと言う。
メトロニウム障壁を破壊され、多大な被害を受けたデリー。その街を臨む荒涼とした大地をミルヒは眺めていた。
拉げた天の拉げたコックピットから何とか脱出した少女は全身から血を流しながら空を見上げる。
「生きてる‥‥」
呟き、振り返った。
「生きて‥‥いますか?」
座り込み無線機に呼びかけるミルヒ。その頭上をUPCのヘリコプターが通過する。
デリーの夜明け作戦はこうして幕を閉じた。多大な犠牲と、痛みを伴って――。