タイトル:色即是空マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/05 08:47

●オープニング本文


「いってて‥‥あの爺さん、僕を殺す気か‥‥っ」
 槍を地に刺し空を見上げるジョン・ドゥ。川原にて岩に腰掛けるその横顔に声がかかる。
「また随分と扱かれたみたいだねぇ」
「ムクロか。あんたはずっと酒飲んでるだけだからいいよな」
 一升瓶を片手にニヤリと笑うムクロ。それから少年の傍に立ち空を見上げる。
「主様がそれでいいって言うんだからいいんだよ」
「あんた悔しくないのかよ。ブガイもナラクもやられたんだぞ。元々居た爺さんの配下はもうあんただけじゃないか」
「悔しいも何もないさ。生きている物がただ死んだ、それだけじゃないか」
 笑ってそんな事を言うムクロ。少年は溜息を零し傷だらけの自らの掌を見つめる。
 刀狩りに出会い、刀狩りと共に生き、彼の手で鍛えられてきたこの数ヶ月間。確かにここは彼の居場所ではなかったが、それなりに思い入れという物もあった。
 エンジュを初めとした仲間達が殺された時は怒ったし、悲しみを覚えた。憎しみを募らせ、それを晴らしたいと願った。だというのに何故かここの連中は仲間が死んでも誰一人悲しみもしない。
「所詮、強化人間なんてバケモノって事だ。あんた達に仲間を思う気持ちはないのかよ」
「そういうぼうやはどうなんだい? 仲間を思っているのかい?」
「思ってるさ。いや‥‥思ってたさ」
 人形師と、そう呼ばれる異形が居た。
 彼は人間の為に街を作り、人間の為に死者の模造をし、人間の為に強化人間を作った。
 彼もまたその中の一人。ミュージアムと呼ばれた都市を守る為に志願し強化人間になった一人であった。
 護りたい物があり、仲間が居て家族が居た。それを思えばこそ、強化人間になる事が出来たのだ。
「だけど、皆なくなっちまった。僕にはもう何も残されていない」
「へぇー。そりゃかわいそーにねー」
 白々しく笑うムクロ。非難めいた視線を向けるも、彼女は飄々と酒を楽しんでいる。
「爺さんも可哀想にな。あんたみたいに薄情な奴が部下じゃ、死んでも浮かばれないね」
「ガキだねぇ、あんた。何にも分っちゃいない」
 溜息一つ、女は空になった一升瓶を片手に舌打ちする。そうしてどっかり砂利の上に胡坐をかいた。
「あたしはね、盗賊だった。強化人間になる前さ。人間から物や時には命を盗む盗人だった」
 幼い頃、名すらない彼女はそうする事で辛うじて生き延びていた。この世は乱世だったのだ。全ての人間を救う余力などある筈もなかった。
「だからって罪を正当化するつもりはないよ。あたしが殺した名前も知らない連中は、きっとあたしを許さないだろうさ。けどねぇ、だからなんだっていうんだい?」
 謝れば許されるの? 命を投げ出せば? 或いは罪の何倍もの善行を重ねれば?
「違う。許す許さないなんて問題じゃない。命とは等しく罪深く、故に美しい」
「正当化してるだけじゃん」
「して何が悪い。あたしが殺した命とあたしの命、そこに価値の違いはない。ただ運命の巡り会わせがお互いに悪かっただけ。そしてあたしが少しばかりツイてただけさ」
「あんた強化人間になってんじゃん」
「それも在り方の問題さ。ただあたしが少しばかりツイてただけ」
 立ち上がり夜の闇を見据える。月は明らかに美しいが、夜の闇にこそ美しい物が潜む。
「生者必滅。命は発生した瞬間滅びを確約される。それが早いか遅いか、充実していたか否かってだけの話さ」
 何の落ち度もないのに、道端を歩いていて突然死ぬ事もある。
 何百人も一緒に居たはずなのに、自分だけが生き残る事もある。
「理不尽で当然。死ぬ瞬間に四の五の言う奴は幸せ者さね。今まで理不尽じゃなかったって言うんだろう?」
「それは‥‥」
「だからねぇ、命は足掻くのさ。死にたくないと、遺したいと。数値や理屈で命を見る奴にはわからないさ。この腐った大地を這い蹲る無数の虫けらの美しさなんてね」
 黙りこくる少年。ムクロは傷薬を取り出し、少年の顔に手を伸ばす。
「どうせ滅びるこの身に主様は意味をくれた。人じゃなくなったがそれだけさ。あたしはそれで十分、恵まれているじゃないか。エンジュもブガイもナラクもそう。あいつらは死に際にゴチャゴチャ言う程命の責任を甘く見ちゃいない」
「命の責任?」
「いつか滅びるその命をどれだけ燃やしつくせるか。死に際に後悔するような奴は生者の足を引く。だから人を名乗るのなら、己の命に責任を取りな」
 燃え盛る街を思い出す。友が、親が、恩人が燃えていた。地獄そのもののような景色を前に、少年は憎しみを胸に刻みつけた。だが――。
「僕は確かに‥‥ただ、祈っていただけだった」
 保護され、奉仕され、救済され、維持されていた。
 当然だった。それが日常だった。満ち満ちた幸福はやがて五感を麻痺させ、人を傲慢にする。
「だとしても、ケリはつけたいんだ。これが復讐なのか、それとも我侭なのかはわからない。でも‥‥この手で試してみたい。あんた達の言う、命の価値って奴を」
「言うじゃないか。それでこそ男の子って奴だよ。背筋しゃんとして、答えを見つけてきな!」
 背中をバシーンと叩くムクロ。腕力のあまり吹っ飛んだ少年は川に転落する。
「おーい、そろそろ飯にせんか! わし腹へって腹へって‥‥」
「主様、夕飯はさっき食べたでしょう」
「まじで?」
 腕組み呆然とする刀狩りの声。少年は川から上がり上着を脱ぐ。
「ったく、ボケてんじゃないだろうな、爺さん」
 憎しみが消えたわけではない。しかし今は笑えていた。自然に‥‥ここで、笑えていた。



「久しぶりだな。何年ぶりだったかな」
 某所。並んだ墓石の前、花束を手に経つ朝比奈の姿がある。
「あの子は俺達を許さないそうだ。あんたの所為でまたえらいもんを背負う事になっちまったよ」
 苦笑し、それから上着のポケットに手を入れる。取り出した一枚の写真には二人の男の姿があった。
 大剣を手に爽やかに笑う男。その傍らにはライフルを肩にかけ、マフラーで口元を隠した少年が立って居る。
「こんな気持ちで戦場に行くのは久しぶりだ。今なら別に死んでも悔いはないくらいだよ」
 背に携えた大剣を抜き、両手でそれを構える。慣れない得物だったが、今では身体の一部のようだ。
「けどまぁ、責任は取らなきゃな。最後まで戦って‥‥あの子を守るよ」
 切っ先に映る己の姿を見つめ静かに刃を収める。そうして両手を合わせ、懐かしむような声で言った。
「それじゃあな。全部終わったらまた来るよ‥‥夏流」
 立ち去る朝比奈。彼が去ったその墓石には、彼が語るべきその名が記されていた。

●参加者一覧

藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA
雨宮 ひまり(gc5274
15歳・♀・JG

●リプレイ本文

●想いを超えて
「――来たか。待ちわびたぞ、人間よ」
 荒野のど真ん中に腕を組み立つイスルギ。その巨龍の左右、それぞれジョン・ドゥとムクロが傭兵達を待ち構えていた。
「刀狩り‥‥」
 小さく呟くスバル。その様子を朝比奈は表情を変えずに見守っている。
「さて、ここまで来れば最早言葉は無粋‥‥。この状況が何を意味しているのか、おぬしらは既に理解しているのであろう?」
 人形師ウルカヌスから続く一連の流れにより刀狩りイスルギとの戦いもこれで何戦目か。
 長い長い旅路の道中、語りつくしてきた言葉と刃。余計な説明も理由も必要ない。残されたる結論は真向勝負の四文字のみ――。
「君が‥‥新しいジョン・ドゥ、なのか」
 カソックを身に纏った少年を見つめ語りかける崔 南斗(ga4407)。そこに嘗て対峙した異形の面影はない。しかし確かに続く因果の鎖を見る。
「俺は南斗‥‥崔南斗だ。君の名を教えてくれないか? ‥‥頼む」
「南斗さん‥‥」
 背後から声をかけるカシェルの肩を叩き、首を横に振る六堂源治(ga8154)。ジョンは目を瞑り、嘲笑を浮かべる。
「聞いてどうするっていうんだ、そんなの」
「謝りたいんだ、君に‥‥」
 今でも思い出せる。あの地下の閉ざされた時の止まった街の事を。
 多くの命が消えた。敵も味方も殺しに殺し尽くした闘いの果て、そこには何も残らなかった。
「死んだ人達にはもう届かない。だからこれは俺なりの‥‥身勝手なけじめだ」
「本当に身勝手だな。結局あんたは自分のした事を‥‥過去を認められないだけじゃないか」
 返す言葉もなく俯く南斗。ジョンは自らの異形の腕を見つめる。
「一つだけ言っておく。この世界に謝って済む過去なんてない。何を言われても僕はお前達を許さない‥‥その事実は絶対に変わらない」
 鋭く睨みを効かせるジョン。そして告げた。
「死んだ人間は蘇らない。何も許しはしない。だから謝る必要なんてない」
 それは、自己否定。復讐を、過去を、台無しにする。
「僕はあんたを許さない。だからあんたも僕を許さなくていい。情けも哀れみも無用だ。僕は‥‥負けない!」
 ジョンの堂々とした声にラナ・ヴェクサー(gc1748)は驚きを隠せない。
 今日の彼はこれまでの彼とは何かが違う。復讐という言葉を盾に遮二無二悪意を撒き散らしていたあの表情は既にそこには無く、良くも悪くも真っ直ぐな瞳だけがある。
「そうさせたのは‥‥」
 様子を眺めているあの怪物。型破りで破天荒な言動は少年に少なからぬ影響を齎したに違いない。
「覚えているか? 俺がこれまで言った事を」
 源治の声に目を向けるジョン。男は少年に問う。
「俺はお前に伝えたい事は全て伝えた。大した事は言ってねぇ。要約しちまえば、そうだな‥‥」
 刃を抜き源治。ジョンも十字架を模した槍を手に、互いにその切っ先を突きつける。
「戦ってケリをつけよう」
「‥‥って事だろ?」
 重なる声。少年は力強い笑みを浮かべる。その変化‥‥否、成長を源治はどこか嬉しく感じていた。
「くんくんもあれ位イケメンな対応出来ないです?」
「俺は今でも十分にイケメンだろ?」
 ヨダカ(gc2990)の声にへらへら笑う朝比奈。ヨダカは無言で朝比奈を一瞥する。
「せめてツッコんでくれる? 無視しないでくれる?」
「そんな事より君達! 無届けのデモは禁止されています! 市役所に届出を出しなさーい!」
 落ちていたメガホンを手に叫ぶ月読井草(gc4439)。その背後からカシェルと雨宮 ひまり(gc5274)が歩み寄る。
「政府はバグアにもデモの権利を‥‥認めてないね! よーしじゃあ強制執行だ!」
「ひまりちゃんそっち持って」
「はーい。強制執行します」
 二人に引き摺られて下がっていく井草。ずるずると遠ざかる姿を見送り、イレーネ・V・ノイエ(ga4317)は空を見上げる。
「暇だな‥‥実に空が青い‥‥」
 いつでも攻撃出来る様に待機していたイレーネ。周りの人間が抱える事情はよくわからないが、一応待ってやるくらいの気概はある。
「さぁてさて、お待ちかねと行こうかのぅ! 誰が誰と闘る!?」
 拳を握り締め語るイスルギ。その前に立つのは藤村 瑠亥(ga3862)だ。
「お前は俺が相手すると‥‥」
 傭兵達はそれぞれ戦うべき相手と対峙する。想いを、過去を、誇りをその手に。
 上手く言葉には出来ない。闘う事でしか白黒はっきりさせられない。結局の所はそう、この戦いはそんな馬鹿げた代物だから――。

●終わりの為に
「あたしの相手はガキばっかりかい? 全く、面白くないねぇ」
 羽織を風にはためかせながら銃を片手で抜くムクロ。彼女の言う通り、相手をするのは平均身長が低い四人だ。
「子供だと思って舐めてかかると痛い目を見るのですよ。今日のヨダカは機嫌が悪いのです‥‥!」
 睨みを効かせるヨダカ。井草は剣をバッドに見立て素振りをし、予告ホームラン風に構える。
「このまおーの剣で貴様を地獄に送ってやろう‥‥くっくっく」
 ニヒルに笑う井草。カシェルは苦笑しつつ盾と剣を構える。
「僕も女性を相手に戦うのは不本意ですが、お互い様と言う事で」
「はっ、イキのいいお子ちゃま達だ事」
 歯を見せ笑うムクロ。ひまりは大きな弓を引っ提げムクロに告げる。
「今日こそ勝ちます。そして早く決着をつけようって決めました」
 戦いは戦いを、悲劇は悲劇を連れて来る。際限なき復讐の連鎖、そこにひまりも身を置いてきた。
「復讐も、責任も、終わらせる為なら何だってするよ。だから勝ちます。勝って決着をつけます」
「言う程簡単じゃないよ、勝つっていうのはね」
「負けたら泣きます!」
「ああそうかい! じゃあ泣かしてやるよ、一人残らずねぇ!」
 銃を真っ直ぐに構え引き金を引くムクロ。次々に飛来する弾丸をカシェルが盾で弾いていく。
「カシェル、ひまりは任せたよ! 行くぞーヨダカ、黙ってあたしについて来い!」
「はいはい、前はお願いするのですよ」
 味方に練成強化を施すヨダカ。井草は剣と篭手を身体の前で十字に組みムクロへ突撃。ヨダカはそんな井草の真後ろにつき、壁にして前進する。
「うおおお! 月読井草、突貫します!」
「馬鹿だねぇ、いい的だよ!」
 弾丸は直進する井草へ直撃。口から血を吐き井草は涙目になる。
「ぐっはぁ! やっばいこれ思ってたよりかなり痛い!」
「大丈夫なのです、ヨダカが治療しますから」
「そういう問題じゃないよこれ‥‥げふぅ!」
 ヨダカに回復されながら走る井草。しかしもう引き返せないので進むしかない。
 ひまりは後方を走りながら弓を構え矢を放つ。ムクロはそれに対し同じく銃を向け引き金を引く事で応じる。
 矢を次々に撃ち落すムクロ。更にひまりに攻撃を加えようとするが、割り込んだカシェルに防がれてしまう。
「カー君、防御はお願い。私が良いって言うまで飛んでちゃだめだよ?」
「え、ていうか許可出る予定なんだ‥‥」
 その間に距離を詰め襲い掛かる井草。というより掴みかかる勢いだ。
「奴の射撃を無効化するには抱き合う距離で殺るしかない! 絡み付くスッポンの如く!」
 とびかかる井草。ムクロはその顔面を蹴飛ばし、井草は空中を横に回転しながらぶっ飛んだ。
「な、何がしたいんだい‥‥調子狂うねぇ」
 冷や汗を流すムクロ。そこへヨダカが超機械で旋風を巻き起こし攻撃を加える。
 反撃しようと構えるムクロ。その側面から井草が飛び掛り刃を振り下ろすが、ムクロは大きく跳んでそれを回避してしまう。
「くそー、避けられたか!」
「結構思い切り蹴っ飛ばしたんだけどねぇ」
「一応自分でも回復出来るからな。そうそうやられないよ!」
 鼻血を拭きながらサムズアップする井草。ムクロは笑みを浮かべ、片手で銃を回し構え直した。

「俺は、想いの強さは、刃の鋭さになると信じている。信念、恨み、怒り、希望、願い‥‥良い事も悪い事も、研ぎ澄ましてきた『想い』は、そいつの力だからだ」
 ジョンと対峙する源治。荒野には乾いた風が吹き抜けている。
「俺は今まで、積み重ねて、研ぎ澄ましてきた。お前はどうだ? この数ヶ月、積み重ねて研ぎ澄ましてきたか?」
 否、答えは既に白日の下。別に正義ではない。特に悪ではない。形は変わらない。ただ色が変わっただけ。
「お前と俺の『想い』、より鋭いのはどっちか。『スジ』を通せるのはどっちか。ジョン・ドゥ、ここでケリをつけよう。どちらが倒れても、人形劇の幕は降りる」
「人形劇ならとっくに終わってるさ。十ヶ月前のあの場所で」
 全て死んだ。全て終わった。ならこれは何か。決してあの日の続き等ではない。
「これは僕の戦いだ。僕の復讐だ。結局誰かの為に何て言い訳はしない。僕は勝つ。あんた達に勝って――自分自身の弱さに」
 笑みを浮かべる源治。ジョンは目を見開き走り出す。
「勝負だ人間! あんた達のお陰で僕は強くなった! 闘う事で命の意味を感じる! 僕に艱難辛苦を与えてみせろ! あんた達を殺し――僕は生きる!」
「全く以って長い前口上だ。いい加減容赦は要らないのだろうな?」
 銃を構えるイレーネ。スバルと共に遠距離から銃撃を行なうが、ジョンは槍を振るい竜巻を起こし銃弾を弾く。
「‥‥初代への感情ぶつけるのも‥‥お門違いでしょうが」
 走るラナ。ジョンは風の向こうから飛び出し源治へと襲い掛かる。数回刃を交えれば、その技量が驚異的に跳ね上がっている事は直ぐに分った。
「野郎、動きが別人じゃねぇか。短期間で変わるもんだなオイ」
「朝比奈さん、関心している場合ではありません‥‥!」
「分ってるよ、ラナちゃん!」
 左右からジョンへ回り込むラナと朝比奈。ラナは小銃を連射し朝比奈はソニックブームを放つ。これに対しジョンは地に手を着き、腕を伸ばす反動で空に舞い上がった。
 直ぐに腕を引き戻し空中からラナへ衝撃波を放つ。大地を吹き飛ばす削岩機のような一撃を回避するラナ。ジョンは更に腕を伸ばし朝比奈を掴み、一気に距離を詰め蹴り飛ばした。
「何ですか、あの動き‥‥!?」
「速いな‥‥」
 驚くスバル。イレーネは目を細め、ジョンに攻撃を続ける。
「どうした、こんなもんじゃないんだろう! 掛かって来い、掛かって来いよ! 倒すんだろう、僕をッ!!」
 槍を回し銃弾を弾くジョン。猛然と走るジョンは異常な気迫を纏っている。ラナは銃口の先に居るその敵に眉を潜めた。
 もうこれは違う。哀れみや同情が無かったと言えば嘘になる。だがもう違う。これはそうではない。
 闘争にだけ思考のリソースを注ぎ込む。掛かって来いと言うのなら全力で。言葉に出来ないのならばしなくていい。
「――行きます!」

 一気に走り出したラナ。その姿を遠巻きに瑠亥は眺めている。
「中々盛り上がっとるのー。あの娘っ子、前に見た時はあんなに早かったかのう?」
 そしてその横で胡坐をかいているイスルギ。他の連中が戦っているのに、こちらは暢気に観戦状態であった。
「おい‥‥何をしているんだ?」
「見て分らんのか? 見届けているのだ」
 冷や汗を流す南斗。一応銃を向けているのだが全く応戦しようと言う気を感じない。
「ウルカの奴から続く因縁の決着‥‥気になるだろう? おぬしも」
 大地に巨大な剣を突き刺しぎろりとした目付きで南斗を見つめるイスルギ。南斗は銃を下ろし眉を潜める。
「まあ座れ。折角の見世物だ、杯を交わすのも一興だぞ?」
 腰から下げていた徳利を掲げるイスルギ。瑠亥は座りもしなかったし、そもそも見向きもしなかった。
「今は戦闘中だと‥‥。だが弟子みたいなものの戦いを見届けたいというのは、わからなくもないからな」
「そうか、おぬしあのお嬢ちゃんの師匠だろう。見た目も動きも似ておるからのう」
 ジョンと戦うラナの様子を眺める瑠亥。南斗はイスルギに声をかける。
「あんたの部下は本当に強いな‥‥あんたが作ったのか?」
「いんや。わしに創る力は無い。わしにあるのはただ壊す力だけだ」
「だからか? あんたが能力者の武器を奪うのは。どっかに集めて研究でもしているのか? それともトロフィー代わりか?」
 南斗の声にイスルギは笑う。
「研究とは無粋よのう。わしはただ愛でているだけだ。お前達人間と言う奴は、何かを生み出す事に関しては非常に優秀だ。そしてそこに様々な面構えを宿す事が出来る」
「‥‥面構え?」
「刀は相手を斬り殺す為にある物だ。だが見ろ、刀はこんなにも美しい。綺麗事を並べながらも一方で他人を平然と殺戮する、そんな人間の内面を表しているかのようではないか」
 顎を撫でながら目を瞑る竜。そこに南斗は嘗て倒したバグアと同じ物を感じていた。感じる想いは純粋なのに、その愛が故に悲劇を起こす。
「あんた達はどうしてそう身勝手なんだ‥‥」
「うん? 身勝手で何が悪い?」
 きょとんと返すイスルギ。そうして立ち上がり胸を叩いて笑う。
「この世に生を受けたからには身勝手に生きてナンボじゃろう。やりたい事に命を懸け、全力で生き抜く!」
「それで誰かを巻き込んでもか?」
「ははは。小僧、それはな。巻き込まれる方が悪い」
「何だと‥‥?」
「身に降りかかる事柄を他人の所為にするな。責任は全て己にある。他人に踏み潰されるような命は努力と運が足りぬのよ」
「貴様‥‥!」
 睨みつける南斗。イスルギは腕を組み目を細める。
「ふぅむ‥‥どれ、一つわしと戦ってみるか? それでおぬしにも見えてくる物があるやもしれぬぞ」
 巨大すぎる剣を引き抜き語るイスルギ。先程までとは違い肌に刺すような鋭い気迫を感じる。
「やるというなら仕方なし‥‥俺も試したい事がある、付き合おう」
「おう、どんどん試せぃ。成さずに死んでは心に残すぞ。思い立ったが吉日よ!」
 尾を振り立ち塞がる巨大な敵に得物を構える瑠亥。南斗も困惑を隠せないまま、銃を向けるのであった。

●血戦
 義手を前に構えながら走るジョン。イレーネが放つ銃弾を片手で払いながら朝比奈へと襲い掛かる。
 朝比奈は大剣、ジョンは槍でそれぞれ打ち合う。
「めんどくせぇな、ちょこまかと!」
 朝比奈の一撃を跳んで回避すると振り下ろされた大剣の上に立ち、朝比奈の顔面を殴るジョン。そこへ背後から回り込んだラナが襲い掛かる。
 高速移動から砂埃を巻き上げ爪を繰り出すラナ。ジョンはそれを槍を片手で回しながら弾き、すかざず反撃に入る。
 迫る槍の先端。ラナはその軌道を目で追い、身体を逸らし回避する。三連続で繰り出された攻撃に怯まず前進、爪を繰り出す。
 義手と爪とが正面から激突。ジョンは槍先から烈風を巻き起こすがラナはこれを跳躍して回避。真上から照準を合わせ、銃の引き金を引く。
 銃弾を弾くジョン、そこへ源治が接近し刃を振り下ろす。防御した物の押し込まれたジョンは十字架を斧に見立て構え、源治の刃に合わせ叩き付ける。
 激しい金属音が響く。ジョンの動きは明らかに以前とは違うが、膂力で言えば源治には及ばない。不利を悟ると攻撃を回避、後退しつつジョンは腕を射出する。
 狙われたのはスバルだ。これをイレーネは銃にて撃ち落しにかかる。しかし勢いを減衰出来たが阻止には至らなかった。
 スバルは前進。勢いの落ちた腕に対し盾で応じる。腕を受けると同時に弾き返し、あらぬ方向へと吹っ飛ばした。
 腕に引かれ姿勢を崩すジョン。イレーネはその隙に攻撃を仕掛ける。何とか銃撃を防ぐジョンだが、源治の刃が脇腹に突き刺さる。
「ぐ‥‥っ!」
 切り裂かれ血を零すジョン。しかし戦意は衰えていない。
「まだだ‥‥この程度の傷‥‥!」
「圧倒的劣勢にある事は明らかなのに‥‥死は避けられないのに‥‥」
 ぽつりと呟くスバル。胸に手を当て首を横に振る。
「今なら分る気がする。貴方が何故戦うのか」
 雄叫びを上げ走るジョン。それを取り囲むように朝比奈は走り、衝撃波を放つ。
 衝撃波を回避するジョン。イレーネはその進行方向へ反射するように銃弾を連射する。岩、石に命中した弾丸は軌道を変え、四方からジョンへと襲い掛かった。
 顔への被弾だけを防ぎ、残りは受けるジョン。その槍の陰から飛び込み、死角よりラナが襲い掛かる。
「貴方もでしょうが、私も‥‥弱いままでは、ね‥‥っ!」
 青白い光を纏ったラナは素早く爪を振るい反転、更にもう一撃加える。血を流しながらよろめくジョン、その正面から源治が迫る。
 槍を突き出し竜巻を起こすジョン。源治はそれに身を裂かれながらも突破し刃を振り下ろす。
 激突する両者の武器。源治の一撃は容赦なく十字に亀裂を走らせ、その破片が空を舞う。
 粉砕される刃。ジョンは更に義手を繰り出す。これで源治の太刀を掴んで止めるが、刃先は掌に食い込んでいく。
「‥‥敵わない、のか。僕の力では‥‥不可能、なのか?」
 否。それは分っていた事だ。承知の上でここにやって来た筈だ。
 子供染みた強がりを振り翳し、無茶だと知って戦場に立った筈だ。
 白い異形の腕が引き裂かれ砕け散る。戦う術を奪われた少年はしかし踏みとどまり、生身の腕を振り上げる。
「だとしても――!」
 とっくに終わった夢を見ていた。だがこれは誰かの夢じゃない。自分自身で望み、描いた夢だから。
 繰り出した拳は源治には届かなかった。刃に切り裂かれ血を流し、ジョン・ドゥはうつ伏せに倒れた。
「‥‥ちくしょう」

「まぁ、やろうとしている事は分るけどねぇ。ちいっとばかしあんたらにゃ荷が重いんじゃないかい?」
 苦笑しながら引き金を引くムクロ。井草は回復しつつ耐えているが、ムクロがその気になれば一瞬で戦闘不能にされそうな気がする。
「ぐぬぬ‥‥あんにゃろー、なめやがってー!」
「とはいえちょっとこの状況はまずいのですよ‥‥手も足も出ないのです」
 ちらりと振り返るヨダカ。するとこちらに走ってくるカシェルの姿がある。
「やっぱり下がって見てるだけっていうのはね‥‥」
「カシェル! ひまりはどうするんだよ!」
「攻撃させなければいいんだろう? 二人は回り込んで。僕は正面から行く」
 盾を構え走るカシェル。銃撃を受けながらも強引に突破し剣で襲い掛かる。常にひまりへの射線を防ぎつつ、攻撃ではなく防御を優先した挙動だ。
「隻腕なんだ、挟撃には弱いだろ!」
 剣を手に飛び掛る井草。ムクロは回避するが、大きく距離を取って態勢を整えればそれだけ時間を食う。
「こっちなのです!」
 更に超機械で旋風を起こすヨダカ。荒野という地形もあり、砂埃が舞い上がりムクロの視界を邪魔する。
「ちっ、めんどう臭いね‥‥!」
 眼帯に手をかけるムクロ。瞳を開き、カシェルの動きを封じる。
「とりあえずこっちを黙らせときゃいいんだが‥‥」
 光に覆われ身動きの取れないカシェル。ヨダカはこれにキュアを施し、カシェルは拘束を解除する。
「タネの割れた手品は聴かないのですよ」
「ま、そうだろうね」
 眼を閉じるムクロ。瞑った瞳から血の涙が流れる。ムクロは井草とヨダカに銃を向け、威力をチャージした弾丸を放つが、飛び込んで来たカシェルに防がれてしまう。
「あーもう、鬱陶しい!」
 三人がムクロの邪魔をし続ける間、ひまりは矢を構え狙いを定めていた。
 兵破の矢を手に眼を細めるひまり。その射線上に紋章が浮かび上がり、矢の先端が眩く輝き始める。
「‥‥とまぁ、向こうが本命なのはバレバレなわけだけど」
 撃とうにもカシェルが割り込んでくるし、井草とヨダカが絶えず邪魔をし続けている。やられるわけではないが、先にやれるかというと難しい所である。
「――もっと! もっと輝いて!」
 光は臨界点に到達。ひまりは風に髪を靡かせながら叫ぶ。
「カー君、そこ退いてー!」
 飛び退くカシェル。同時にひまりは矢を放つ。風を切り衝撃を纏った矢は一直線にムクロへと突き進む。
「そんなもん、撃ち抜いて終わりだよ!」
 銃を向けるムクロ。そこへヨダカが風を起こし、カシェルが盾を真横から投げる。
 風に眼を細めるムクロの顔面すれすれを横切る盾。完全に視界が防がれている為狙いなんてつけられるわけもなく。
 仕方がなく舌打ちし飛び退こうとするムクロ。その両足に井草が飛びつく。
「逃がすかぁー!」
「ちょっと、何やってんだい!?」
 矢はムクロが突き出した長銃に命中。これを割断しムクロの肩を射抜いた。血と肉が爆ぜ、ムクロは井草ごと吹っ飛んでいく。
「ぎにゃーっ」
「ちっくしょう、やってくれたねぇ!」
 叫ぶムクロ。新たな銃を抜き、怒りを湛えた瞳で傭兵達を狙う。

「どうした、掛かってこないのならこちらから往くぞ! 男らしく、真正面からな!」
 大剣を手に走り出すイスルギ。猛然と繰り出される横薙ぎの剣を瑠亥は屈んで回避する。降り抜かれた刃に遅れ風が吹き抜けるような一撃は、当たれば間違いなく一撃でアウトである。
「だが、隙だらけだ」
 二刀の刃を手に懐に飛び込む瑠亥。素早く連続で竜に刃を叩き込むが、文字通り岩石を叩いているような手応えだ。
「なるほど、硬すぎるな‥‥」
 真上に振り上げられた刃が大地を叩き割る。瑠亥はこれを回避、一度距離を置く。
 彼だからこそ問題なく回避出来るが、武器の大きさ、打ち込みの速さ、四本の腕による独特な軌道変化。どれも異常な性能で襲い掛かってくる。あれは見た目よりずっと避けるのが難しい攻撃なのだ。
「ほぅ。眼で追うのがやっとか」
「きっちりあわせておいてよく言うと‥‥」
 笑う刀狩り。南斗は銃を向け、巨大な脅威に叫ぶ。
「あんたらが地球に来なけりゃ、強化人間やキメラになる人々もいなかったんだからな! 俺は思い切り私怨で戦わせて貰うぞ!」
「私怨上等じゃが、それは本当におぬしが恨むべき事か? そもそも、過ぎた事で思い悩んでどうする」
「黙れ!」
 引き金を引きまくる南斗。しかし弾丸はイスルギの身体を傷つける事はない。
「考えても見ろ、バグアが現れなければどうなっていたのか。小僧、おぬしの言う『人々』はどうであったか。そこに本当に幸福があったのかどうか‥‥」
 口を開き、氷結の吐息を吐き出すイスルギ。南斗は走りながら口の中を狙うが、やはり効果は感じられない。
「否、仮定に意味等無い。確実なのは今、そして変えられるのは明日のみ。生者にのみ明日は訪れる。然り! 勝ち残った物だけが、未来を作る権利者となる!」
 氷の上を走る瑠亥。嵐のように繰り出される斬撃をかわし姿を消すと、イスルギの背後に姿を現す。
「生身を狙っても効いていない、か‥‥」
 擦れ違い様に数発打ち込んだが効果なし。竜は尾を氷に叩きつけ粉砕する。
「生きているのならば戦え! 理想を求め悲願を叶え夢想を現実に下して見せよ! 生者の責務を果たせ! それでこそ男ってモンじゃろうが!」
 吼える竜。大地を拳で叩けば岩が隆起し、粉砕された氷の粒が空に舞い上がっていく。
「滅茶苦茶だなと‥‥だが、奥の手の試金石には丁度いい」
 一息に走り出し接近する瑠亥。振り下ろされる刃をスライディング気味に潜り抜け、懐で腕を振るう。
「使うのは初めてだ。ラナにも生徒にも見せてない‥‥!」
 掌の中に金色の光がある。瞬時に手にした魔剣を振るい、一撃‥‥否、二撃。イスルギの間接を打ち付けた。
 高速の連撃を受け目を見開くイスルギ。確かに刃は氷の身体に傷をつける事に成功したが、致命傷には遠く及ばない。
「こんなものか‥‥まだまだだが、使えそうだな‥‥」
 距離を取り武器を持ち変える瑠亥。イスルギは腕を組み頷いてみせる。
「素晴らしい打ち込みだったぞ。おぬしを屠った挙句にはその剣も狩ってやろう」
「だが断ると‥‥」
「ところで、どうやら向こうは決着がついたようじゃな」
 刃を大地に刺し目を向けるイスルギ。その視線の先には倒れたジョン・ドゥの姿があった。

●永久では無く
「終わったみたいだね‥‥」
 戦闘を中断し飛び退くムクロ。イスルギの傍に移動すると、ジョンへと目を向けている。
「イスルギ‥‥」
「まあ待て。気持ちは分るが、もうここで戦う意味も無かろう? わしと戦いたいのであれば相応の場を用意する。とりあえず今は、そいつを見てやってくれ」
 イスルギの声に目を開くラナ。振り返ると血塗れで倒れていたジョンが立ち上がり、折れた槍を手にしていた。
「ほう。あの状態でまだ動けるのか」
 感嘆の声を上げるイレーネ。ジョンはふらつきながら一歩一歩傭兵達へ近づいていく。
「ジョン‥‥」
 眉を潜める南斗。ジョンは槍を振り上げるが、力を出し切ったのか倒れてしまう。
「僕の負け‥‥か‥‥」
「‥‥はい。そして貴方の敗北です‥‥」
 倒れたジョンに呟くラナ。少年は乾いた笑みを浮かべる。
「やるだけやった‥‥僕は僕の好きにした。その結果がこれなら‥‥仕方ない、か」
 仰向けに寝転がり目を瞑る。
「僕はあんた達を許さない‥‥だから、あんた達も僕を許さなくていい‥‥。幕っていうのは‥‥そういうもんだろ?」
 荒野に風が吹く。眠るように目を閉じたまま、少年が語る事は二度となかった。
 上着を脱ぎ、ジョンの顔にかける源治。イスルギは少年の傍に折れた十字架を突き立てた。
「確かに見届けたぞ、ぼうず」
「さぁて、こっちはすっかり白けちまったが‥‥まだやるかい?」
 傭兵達に語りかけるムクロ。万全とは言えないが余力を残しているのも確か、まだ戦い続ける事は可能だ。
「私は、出来れば帰ってほしいです!」
 握り拳で語るひまり。イスルギは大声で笑い、ムクロを抱えて背後に跳躍する。
「案ずるな、わしは逃げも隠れもせん。おぬしらも万全の状態に整え、再度わしを討ちに来るが良い。それが互いの為じゃ」
「決戦に相応しい舞台って奴を整えておくから、あんた達もしっかり休んでおきな」
「では――さらば!」
 ダッシュで離脱するイスルギ。傭兵達は半ば呆然とそれを見送る。
「ほんと変わった奴らだなー」
「ああ‥‥。終始連中の言動は良くわからなかったが、これも一応撃退した内に入るのだろう? 報酬は支払われるはずだ」
 煙草を取り出しながら語るイレーネ。火をつけ紫煙を吐きながら振り返る。
「で、どうする? 追うか?」
「あの逃げ足だからな‥‥。それに奴らはもう逃げねぇさ。何と無くそんな気がする。多分、次で終わりにするつもりだ」
 神妙な面持ちで語る朝比奈。ヨダカはスバルの傍に立ち、様子を伺う。
「す〜ちゃんの体調も悪そうですし、深追いはしなくてもいいと思うのですよ」
「そうだな‥‥大丈夫か、シュタイン?」
「ええ。少し休めば大丈夫です‥‥ごめんなさい」
 イレーネの声に頷くスバル。ヨダカに付き添われ、少し離れた所に生えた木陰に移動する。
「全然話変わるけど、イスルギさんとカー君って似てるよね」
「えぇー!? ど、どこが!?」
「雰囲気が‥‥? 将来あんなふうになりそう」
「剛毅にも程があるよ‥‥僕自分で言うのもあれだけど、結構ひょろひょろだよ‥‥?」
 ひまりの唐突な発言にツッコむカシェル。ラナは敵の去った方を見つめ、目を細める。
「刀狩り、イスルギ‥‥あの男は‥‥」
 そんなラナの肩を叩く瑠亥。二人は目を合わせ、それから同じ風に吹かれる。
「結局、名前は教えて貰えなかったな」
 ジョンの死体の前に膝を着く南斗。その胸にあのバグアが言った言葉が去来する。
「けじめ‥‥か」
「結局、これから何だと思うぜ。誰かを救う事でしか、ツケは支払えないんじゃないかね」
 背後からの朝比奈の声。男はジョンの遺体に手を合わせる。
「死んだ奴の分まで戦うしかない。そうだろ?」
 無言で空を見上げる南斗。その背中を井草が叩く。
「元気出せって! 天国ってのがあるのかは分らないけど、あるのならきっとそこにあるさ!」
 空を指差す井草。空は蒼く晴れ渡り、彼らをいつも見守っていた‥‥。



「す〜ちゃん、具合が悪いのに無理しすぎなのですよ」
 木陰に座るスバル。AU−KVを外した素肌に風を受け肩で息をしている。
「ヨダカ‥‥いつもごめんなさい」
「いいのですよ。す〜ちゃんはヨダカが居ないと直ぐに無茶してしまうですからね」
 悪戯な笑みを浮かべるヨダカ。スバルは微笑み、その頭を優しく撫でる。
「私、死ぬんです」
 固まるヨダカ。スバルは落ち着いた口調で告げる。
「もう何ヶ月も持たないんです。皆には‥‥内緒ですよ」
 思えば符合する。スバルの過去も、あの部屋も、悲痛な叫びも。
「‥‥私を止めますか?」
「‥‥止められないのですよ。最期の場所は、自分で選べばいいのです。ヨダカはずっと付き合うですから」
 手を取り頷くヨダカ。眉を潜めて笑う。
「ただし、黄金龍ぶっぱとかは禁止ですからね!」
 微笑み、ヨダカを抱き締めるスバル。その力が驚くほど弱弱しく、終わりが近い事を悟らせる。
「ありがとう‥‥」



 決戦の時が迫っていた。それは望む望まぬに関係なく。無慈悲に平等に‥‥迫っていた。