●リプレイ本文
この報告書は内容が多岐に渡った為、ダイジェストでお送りいたします。
「おっほん。ヒイロです。社長です。これは副社長のマリーさんです。猫です。かわいいです。それでは面接を始めます」
事務所内、社長席でふんぞり返るヒイロ。何故か口には付け髭、片手にはサツマイモを握り締めている。
「ヒイロさん、それは?」
「質問する時は元気良く手を上げてください」
挙手する上杉・浩一(
ga8766)。指差したのはイモだ。
「これはハンコです。ヒイロが作りました。これは契約書です。ヒイロが作りました」
並べた紙に傭兵の名前をひらがなで書き込むヒイロ。そしてイモを振り翳す。
「では、志望動機からお願いします」
「えーと‥‥最近このままだと駄目男道を極めそうなので、御社の可能性に賭けました。とりあえずやる気だけはあります」
「やる気があれば採用!」
イモ判を書類に叩き付けるヒイロ。崔 南斗(
ga4407)、採用。
「次の人ー」
「志望動機か‥‥」
椅子に座って窓の向こうを眺める男。それは勿論色々ある。本当に色々考えているが、それを言うのは恥ずかしいので。
「暇だからかな‥‥」
「暇な人採用!」
ぺったんこ! 上杉・浩一(
ga8766)、採用。
「ヨダカは兼任になるですが、三月以降なら専属契約で行けるですよ。今後の事業内容についても企画を持ち込めるのです」
「良くわかんないけど採用!」
ぺったんこ! ヨダカ(
gc2990)、採用。
「働かないでお金を貰える仕事がしたいです!」
「ヒイロもです!」
ぺったんこ! 茅ヶ崎 ニア(
gc6296)、採用。
「いやいやおかしいやろ! なんかこれでええんか!? 本当にこんな感じでええんか!?」
「ええねん!」
ぺったんこ! 三日科 優子(
gc4996)、採用。
「ちょおっ、待ち! うちまだ何も言っとらんで!」
「社長がいいといえばいいのですよー」
「俺も終戦後はネストリングで活動します‥‥。資金面でも色々と工面出来ると思います」
カードを取り出す終夜・無月(
ga3084)。そして表情を変えずに一言。
「とりあえず一千万‥‥出資します」
「それは‥‥ぽてち何袋分ですかー?」
ひいろ は こんらん している!
「ちょっと大金過ぎるので少し考えさせてほしいですが‥‥採用!」
ぺったんこ! こうして新生ネストリングが発足したのであった‥‥!
「とりあえずヒオヒオ‥‥これ何を書いてるのか分からないですよ?」
早速行動開始した傭兵達。ヒイロのチラシ配りを手伝いつつ、話を進めている。
落ちているチラシを拾ったヨダカ。そのあまりにえげつない状態に思わず嫌な汗が出てくる。
「これはこれで味があるし、ある意味安心感があるんだが‥‥ヒイロは字の練習はした事ないのか?」
クレヨンで殴り書きされたチラシはかなり酷い。南斗の質問にヒイロは胸を張る。
「ヒイロは学校に行った事ないしー、字はひらがなしか書けないのですよー」
「‥‥後で練習させるべきなのか」
「まあ、作り直すべきでしょうね。ヒオヒオだけにやらせると心配なので、手伝ってあげるですよ」
溜息混じりに笑うヨダカ。その背後から不穏な声がする。
「就職率100%で〜す♪ お願いしま〜す♪」
振り返るヨダカと南斗。ニアが瞳を輝かせながらチラシを配っていた。
「逆に胡散臭すぎて誰も受け取ってくれないのですよ‥‥っていうか嘘はいけないのですよ嘘は!」
「いや、ヒイロのあの様子なら嘘ではないでしょ」
「そういう問題でもないだろ?」
「あんな面接、就職した内に入らないのです!」
「そういう問題でもないような‥‥」
女子二人の間で苦笑する南斗。その様子を浩一が遠くから眺めているが、そこに猫が飛んできて顔にへばりついた。
「浩一君何サボってるですかー! 副社長の怒りを食らうのですよー!」
「猫を投げるのは止めなさい」
「はい‥‥」
逆にヒイロを叱る浩一。自販機でコーヒーを買い、それを片手に一息つく。
ヒイロ達はチラシ配りを頑張っているが、成果は芳しくない。すごすご撤退になるかと思ったその時、一人の少年が現れた。
「なんだ、ヒイロさん。新しい友達を見つけたか。いい事だ」
そこで声をかける浩一。少年はチラシの束を手に笑い返す。
「ういっす! 俺の名前は風間一登。カズって呼んでくれていいぜ、おっさん」
「上杉浩一、エースアサルトをやらせてもらっとる。しがない傭兵の一人だ」
握手をする二人。それから一登は目を丸くする。
「あれ? ヨダカじゃん、久しぶり!」
「はい? 誰ですか?」
「ひでぇ! 俺だよ俺! まあ一度しか会った事ないしなぁ。そういえば、スバルは元気?」
表情を変えるヨダカ。小さな手を握り締めた瞬間、ヒイロが笑顔で答える。
「スバルちゃんは実家で絵描きの修行をしているのですよ」
「なんだ、傭兵やめちゃったのか。じゃあ俺の目標は一個空振りだなー」
唇を尖らせる一登。ヒイロは無言でヨダカの手を握り微笑むのであった。
チラシ配りを止め、一度事務所に撤退する一行。そこで作戦会議を行なう。
「無月くーん、パソコン設置出来たですかー?」
「一通り‥‥配置は終わっていますよ」
そこではパソコンを設置している無月の姿が。彼が先ず提唱したのが、拠点の強化。即ち情報機器の設置であった。
何もなかった部屋にパソコンとTVが設置されている。無月は自分で買ってくると言ったが、とりあえずヒイロの手持ちの予算で購入した。
「なんだか、社長になった気がする‥‥」
パソコンを弄るヒイロ。無月はその後ろで腰に手を当て見守る。
「無月君」
「?」
「ヒイロパソコン使い方わかんない。っていうかヒイロ実は機械全般使えないのですよ」
きょとんとする無月。ヒイロはだらだら冷や汗を流している。だからパソコンを見るなりすべて無月に設置させたのだ。
「じゃあ、緋色にも使えるように初期設定はしておきます。後で使い方も教えますね」
「お、お願いします‥‥ヒイロ熱っぽくなってきた」
よろよろ機械から離れるヒイロ。無月の作業を背景に、傭兵達はテーブルを囲む。そこには駄菓子が並んでいた。南斗が事務用品と一緒に買ってきた物で、事務用品よりこっちの方が喜ばれたのは言うまでもない。
「駄菓子うまうま‥‥それで、何か案がある人ー?」
「取り敢えず明日あたりから出来そうな事なんだが、チラシ配りを兼ねて『青空お悩み相談室』なんてどうだろう? 不安を吐き出したい新人傭兵の人でも、困ってる一般の人でも、木に引っ掛かった風船を取ってほしい女の子でも、出来る範囲でうかがいます、てな触れ込みで」
「それいい。それヒイロがやりたい正義の味方にかなり近い」
南斗を指差し頷くヒイロ。一登も乗り気のようだ。
「いいじゃん人助け。俺は賛成!」
「とりあえずさ、君たち子供組はこれ配ったら?」
チラシに『友達募集中』を書いた物を差し出すニア。
「それもヒイロやりたい正義の味方に近い」
「ちょっと待つのです。何故ヨダカにも渡すのですか」
「子供組かなーと」
「流石にこの二人と同列に考えられるのは心外なのですよ」
「照れるぜ!」
「でゅふふ‥‥」
「ほめてないのです!」
机をバシバシ叩くヨダカ。浩一は駄菓子を食べながら子供の頃を思い出していた。
「おふくろ‥‥」
「ただいまー‥‥って何やこの状況」
スーツ姿で戻った優子だが、カオスな様子に困惑してしまう。
「お帰りなさい‥‥どうでしたか?」
「あー。まあ、そう上手くは行かんなあ」
ブラインドタッチする無月に苦笑を返す。ここまで居なかった優子だが、向かっていたのはお金持ちの所である。
幾つかピックアップした企業に出資を求めて出向いていたのだ。パトロンは‥‥まあ無月が居れば万事事足りる気もするが、ヒイロ的にそれは無しらしいから仕方ない。
「基本、門前払いやったわ。まあ当然と言えば当然なんやけどな‥‥」
社長がコレで。会社は今日出来たココで。今作ってますってカンジで。実績ゼロ。ネストリングだとか以前に、信用出来る筈がない。
「ヨダカの纏めてくれた企画書とかよく出来てたんやけどな。すまん、うちの力不足や」
「止むを得ないのですよ。まだやるとも決まっていないのですしね」
両手を合わせる優子に笑うヨダカ。彼女の企画というのは、水に関わる事業である。
「戦争が始まる前のデータですが、11億人が適切な飲料水を確保できず、26億人が環境衛生用水を適切に確保出来ていなかったのです。現在、数は人口ごと減ってるでしょうが環境そのものは悪化しているでしょうね。化石燃料の代替となるパーム椰子や少ない面積で従来以上の生産力を持つ穀物を育てるには従来の3倍前後の水が必要です」
と、説明するヨダカに対し、ヒイロはポカーンとした顔で。
「難しすぎてヒイロわかんないです‥‥」
と、答えたのであった。
「ま、ヒオヒオだし仕方ないのです」
「でも、貧困層を助けるっていうのは分かったよ。事件を未然に防ぐっていうのもね。それは本当、私のやりたい正義に凄く近い」
駄菓子を食べながら思い返すヒイロ。ヨダカはその横顔をじっと見つめるのであった。
「近いって、ヒイロは何がしたいん? まず、何をしたいのかだけはっきり決めるとええよ」
「うーん、難しいね。正直全部やりたいよ。風船を取ってほしい女の子も、水を確保出来ない26億人も、ヒイロは全部助けたい」
真っ直ぐにそう返すヒイロ。言ってしまえばただのノープランであるが。
「昔な、ムッソリーニと呼ばれる革命家がおって、すったもんだで民衆に殺されたんよ。そしてその恋人のクラレッタも一緒に殺されて逆さに吊るされたんやけど、その時クラレッタのスカートがめくれて民衆は沸いたそうや。やけど、その時一人の青年が自分のベルトでクラレッタのスカートを直して止めたそうやねん。民衆に殺される可能性があったにも関わらず、や」
腕を組み、ヒイロの目を見る優子。
「ヒイロもそんな風に、自分の正しい道を進める人になってな」
「‥‥難しくてわかんなかったけど、わかりました!」
「本当に分かってる? ヒイロ社長」
ニアの言葉に冷や汗を流すヒイロ。ニアは笑いながら立ち上がる。
「とりあえずやってみる? 『青空お悩み相談室』」
「準備なら俺も手伝おう。正直方針を決めるより、こういう雑務の方が向いているみたいだ」
「そうか。じゃあ俺も。また猫を投げられてはかなわん」
「んじゃ俺も!」
ニア、南斗、浩一、一登の四人が準備の為に事務所を後にする。ヨダカは手の中でペンを回し、ヒイロに紙を差し出した。
「ヒオヒオはチラシの作り直しです」
「えー、また一晩かかってしまうのですよう」
「緋色‥‥カラーコピーって‥‥ご存知ですか?」
印刷機の前に立つ無月。ヒイロはきょとーんと首を傾げるのであった。
「人、こねーな」
広場で青空お悩み相談室を開く面々。ニアは受付に座りながらのんびり景色を眺めている。
「気長に待ちましょう。私はね、こういう場所が必要だと思うの」
戦争が終わった後の事を考えない日はない。今はのどかなこの景色も、戦いが終われば一変するだろう。
「人助けもいいけどさ、傭兵だって助けられるべきなのよ。本当色々な戦いがあって、皆傷を抱えてる。心を癒す場が必要なのよ」
「いいな、それ。俺も大賛成。傭兵の皆は少し頑張りすぎなんだよ」
笑う一登。浩一はそこへ声をかける。
「君は何故、正義の味方に?」
浩一の経験上、正義の味方を語る子は皆何か理由を抱えていた。ヒイロ然り、スバル然り。だから興味を持ったのだ。
「少なくとも俺の知る範囲で正義の味方というのは、な。英雄でないのは確かだ」
「じゃあなんなんだ?」
「上手くは言えんが‥‥正義にも清濁がある。様々な側面がな」
腕を組む一登。空を見上げる。
「俺は、傭兵を助けたくて傭兵になったんだ。スバルと、それからヨダカを見てそう思った。かわいそうだな、って」
「かわいそう?」
「傭兵だって幸せにならなきゃ変だ。皆の為に戦って、それで自分は救われないなんて間違ってる。だから俺がそれを救いたいんだよ」
そこには強い決意が見て取れた。空に思い出すのは過去に見た一人のドラグーン。彼女と優子のやり取りは良く覚えている。
「言わば、俺は優子姉ちゃんみたくなりたくてここに来たんだよな」
「凄いな。俺なんかよりずっと自分を持ってるよ」
苦笑する南斗。ヒイロも一登も、子供というのは本当に真っ直ぐだ。
ふと、広場の中に懐かしい人影を見た気がした。夕焼けを背にギターを弾く少女。その横顔を思い出す。
「俺も‥‥負けてられないな」
みんなが安心出来る世界。死者に誇れる世界。そんな世界を作れるだろうか。
「理想に届かなくて焦ることもあるかもしれないが、まずは目の前の人の笑顔だと思うんだ。だからここでこうしているのも無意味じゃない」
「そうですよ。気長に待ちましょう、気長にね」
お茶を飲みながら手を振るニア。浩一はぼんやりと夕焼け空を見上げるのであった。
「緋色、これを」
無月が差し出したのは一冊の本。それは嘗てこの席に座っていた男が読んでいた物だ。
「ブラッド君の‥‥」
「他の物もUPCに返還要請していますが、今は是だけです。しかし、時期に戻って来ると約束します」
「ありがとう、無月君。大事にするね」
ヒイロの頭を撫でる無月。そして問う。
「本当に良かったのですか? 緋色の持つ資金だけでは‥‥」
「無月君はめんどくさい手続きを色々やってくれたのです。今はそれで十分なのです。確かにヒイロは貧乏ですが、でもネストリングは自分の力で大きくしたいんだ。だからごめんね」
「そうですか‥‥」
浩一の言葉を思い出す。ここはヒイロが唯一親から受け継げた場所だと。だからこその言葉なのだろう。
「では先ずネストリングとして依頼をこなし‥‥名誉挽回と新構成員の獲得ですね」
「ただ依頼をするだけではないのですよ」
「勿論。俺の剣は義と‥‥そして緋色の想いと共にあります」
微笑む無月。ヒイロは窓際に立ち夕焼けを眺める。無月はその隣に立ち歌を歌う。この物語の中で散って行った、戦士達への鎮魂歌を‥‥。
「へくちっ」
「風邪ですか?」
「誰かに噂されとるんかなあ」
「ふぁ‥‥っくしっ」
「ヨダカもやん」
「うぅ、冷えてきたですね‥‥」
コピー機が吐き出すのは少女が描く滲んだ理想。誰かが綴り、誰かが遺し、誰かが拾った淡い希望。
信じ続ける事でしか生きられないその命は、幸運にも仲間に恵まれている。一人ではない事が何よりも嬉しかった。
茜色の光に照らされ、一日が終わっていく。それは彼女達の始まり。新しいネストリングが、ここから再始動するのであった。
「しかしヒオヒオ、やっぱり字が汚いのです」
「練習しときます‥‥」