●リプレイ本文
ドミニカに連れられ九頭竜家の島にやってきた傭兵達。海岸から屋敷まで続く道を歩いている。
「さあー、斬子の記憶を取り戻すわよー!」
意気揚々と歩くドミニカ。その背後で上杉・浩一(
ga8766)は首を傾げている。巳沢 涼(
gc3648)はそんな浩一に声をかけた。
「なあ上杉さん、ドミニカちゃん‥‥なんか初めて会った時に比べてア‥‥かるくなったよな」
「
そうだな。こんな感じの子だったっけ?」
「そりゃあ、あの頃は色々いっぱいいっぱいだったからね」
立ち止まり腕を組むドミニカ。浩一と涼も思い返してみるが、確かに色々あった。
「明るくなったのはいいけど、アホも程々にしないと致死量に達するわよ」
「アホで死ぬか! っていうかアホいうな!」
往復でハリセンを食らう茅ヶ崎 ニア(
gc6296)。涼と浩一は冷や汗を流す。
「しかしこの島に来るのも久しぶりね。斬子が実家に帰った時以来だっけか」
島の景色を眺めるニア。傭兵達の中にはこの場所を過去に訪れた者もいる。あの頃と比べると状況は一変してしまったが。
「あの時は大変だったなー。過激派の襲撃やらあって。結局あれは誰だったのかな?」
「ヒイロさんですら見破っていたが‥‥何も言うまい」
首を横に振る浩一。そこで楽しげな会話は途切れ、常夏の島に風が吹き抜ける。
「彼女の記憶を取り戻す事が‥‥必ずしも必要でしょうか?」
腕を組み口を開くキア・ブロッサム(
gb1240)。口にしたのが彼女であったというだけで、その疑念は全員の中にあった。
九頭竜斬子のこれまでの戦いは、彼女達も知る所である。その多くは苦く悲しい記憶で構成されている事も、余す所なく。
「辛い事だけだった‥‥とは思いません。ただ、彼女に待つ現実は幸せだけとも思えません」
「私は戻っても戻らなくてもいいと思っています。辛い事ばかりの過去なら、何も知らず生きるのもいいでしょう」
憂鬱そうに揺れる瞳を伏せるティナ・アブソリュート(
gc4189)。
「でも、斬子さんなら‥‥それを良しとはしないのでしょうね」
ティナの知る斬子なら、きっと逃げたりはしないだろう。だがそれはティナが知る斬子なら、である。
「本人は忘れた事すら忘れてるからね。現状に苦しんでいないなら、無理する事はないかな」
ニアの言う通り。斬子は記憶喪失という事実すら正確に把握出来ていない。今となっては全て『未来』の話なのだ。
「確かに記憶がなくなって良かった部分もあるかもしれない。けれど、あの子が決めた決意、見つけた答えまでなくなるのはどうだろうか」
そう語りながら、それが自分の願望に過ぎない事を浩一は理解している。どうする事が最良なのか、それはわからない。
「結局の所、斬子自身がどうしたいか‥‥ですね。ただ、現状のままで良いとは俺には思えません‥‥」
「そりゃそうだぜ。姉ちゃんの事すら分からないなんて寂しすぎるだろ」
終夜・無月(
ga3084)に続く涼。無月は腰に手を当て顔を上げる。
「緋色と斬子‥‥二人の絆もこのままにはしておけません。この先どんな事があっても、二人は友達であると信じています」
「でも、ヒイロの奴ここに来る事さえ拒否してたわよ?」
「オオガミさんは、これ以上辛い思いをさせぬようにと‥‥気遣ったのでは?」
ドミニカの声に応じるキア。しかしドミニカは納得行かない様子だ。
「ヒイロさんの事は、思い出して欲しいですね。だって彼女は、ヒイロさんという友達を守る為に戦ったのですから」
ぽつりと呟くティナ。そこで会話は再び中断され、沈黙が降り注いだ。
「一つ言えるのは‥‥既に彼女の戦いは、終わっているという事です」
仮に記憶を取り戻しても、全ては過去。
憎むべき敵も、守るべき者も居ない。最愛の友でさえ、もう隣を歩く事は出来ない。ただただ全てに置き去りにされるだけだ。
「今の彼女に‥‥何が出来るでしょう?」
人に寄れば辛辣にも見える言葉。だがそれは単なる事実。現実に過ぎない。
「忘れて欲しくないと思うのは‥‥人の我侭なのやも知れませんね」
結局明確な正解を導き出せないまま、彼らは屋敷へ向かった。
プライベートビーチを一望出来る白い洋館の中、傭兵達は家主である九頭竜剣蔵と対面する。
「親父さん‥‥娘さんをお願いされていたのに、すみませんでした」
「こんな事になってしまって、本当に面目ない」
頭を下げる涼と浩一。しかし剣蔵はけろりとしている。
「どうぞ気にせずに。我々はそれ程状況を重く考えていないのでね」
「それはどうなんですか? 九頭竜中尉もそうでしたが、他人事過ぎませんかねぇ?」
怒りを露に突っかかるドミニカ。しかし剣蔵はのらりくらりと笑う。
「あれも九頭竜の女だからね。傭兵になると家を飛び出したのもあの子だ。全ては自己責任だよ」
「はあー!? あんたの娘でしょうが‥‥むぐぐー!」
今にも飛び掛りそうなドミニカを背後から取り押さえるキア。傭兵達は苦笑している。
「友人がこうして訪ねてくれるのは素直に嬉しい。私に出来る事があれば遠慮せず言ってくれ給え」
「それなら、これからも何度かここに来てもいいですか?」
「おお、構わんよ。メイドには伝えておこう」
剣蔵と話す涼。ドミニカはじたばたと暴れている。
「あのオヤジ!」
「大人しくして下さい‥‥ここで暴れれば、出入り禁止にされる可能性もあるのですよ」
耳打ちするキア。ドミニカは何とも言えない表情で大人しくなった。
「あ、そういえば訊いてもいいですか? 斬子のお母さんと、玲子姉さんについての事です」
「奥さんは、亡くなってるんですよね? こういう事を訊くのもあれなんですけど‥‥」
ニアと涼の言葉に頷く剣蔵。男は暫し思案し、それからテーブルにかけるのであった。
「座りたまえ。少し長い話になるので、紅茶でも用意させよう‥‥」
斬子は中庭で車椅子に座っていた。何をするでもなく噴水から湧き出る水を眺めている。
「やっほー斬子、元気にしてたー?」
片手を挙げ明るく声を駆けるニア。斬子は慣れない様子で車椅子ごと傭兵達へ振り返る。
「貴方達‥‥誰ですの?」
当然の言葉だが、これまで長らく共に戦ってきた者も居る。寂しさを感じるなという方が無理な相談だ。
「今は初めまして‥‥になるかな」
「今の貴女にとっては、未来で出会う事になる友人ですね」
涼に続き声をかけるティナ。しかし斬子は意味が分からない様子だ。
「‥‥皆、貴女の友達になりたいらしいですよ」
肩を竦めながら笑うキア。斬子はすっかり警戒しているが、傭兵達は何とか取り付く島を探すしかない。
「よ、良かったらお兄さんとトランプでも‥‥」
「何でそんな事しなきゃいけないんですの」
中庭の隅で膝を抱える涼。入れ替わり、無月が前に出る。
「やぁ‥‥私は終夜・無月。斬子の為にお菓子を作ってきました」
トレイの上に並ぶ色とりどりのお菓子を目にすると、斬子も興味を持った様子だ。ニアはそれを横目に涼の肩を軽く叩いた。
「よし、初めて会った時の事を思い出して話そう‥‥」
「本当に大丈夫ですか、上杉さん」
「大丈夫、子供の扱いは慣れておる‥‥いや、俺はロリコンじゃないぞ、うん」
「いや、別に何も言ってませんが」
ニアの言葉にサムズアップする浩一。キアとドミニカがそんな彼にしっとりとした視線を向けていた。
軽い世間話やお菓子で釣り、斬子と会話が可能になった傭兵達。少し間を置き、漸く過去についての話を切り出していく。
「斬子、覚えてない? こう、狼だけど犬っぽい、アホの子で部屋が汚い正義の味方を目指しているポテチジャンキーの事を」
「へっ?」
ニアの言葉に素っ頓狂な声を上げる斬子。頬を掻き、ニアは話を続ける。
「まあそういう私の友達が居るんだけどね‥‥」
と、そこで何か思いついた様子のティナ。慌てて前に出ると、斬子の手を両手で確りと握り締める。
「斬子さん‥‥くず子と呼ばれたら、何か感じませんか?」
「へっ?」
後ろで苦笑する無月。キアは肩を竦めている。
「なあ、カレー作らないか、カレー!」
「唐突な提案ね、涼‥‥」
「いや、これまでの経験を追体験してもらうとかさ。前にそういう事があったんだって!」
ドミニカの視線に弁解する涼。ニアはそれにつられ過去を思い出す。
「思えば色々な事があったわよねー。チョコ作り対決とか面白かったなぁ。斬子も必死になっちゃってさ」
楽しい思い出を語ると、何と無く切ない空気になってしまう。それを振り切り涼は走り出す。
「よし、親父さんに話をしてこよう!」
「料理でしたら‥‥俺も力になりますよ」
その後を追う無月。何と無く間が空くと、キアが斬子に歩み寄る。
「時間が空いてしまいましたね。では、そう‥‥何か御話しましょうか」
「どんなお話ですの?」
「そうですね‥‥不幸なお話はどうでしょう? 救われなかった兄妹と、二人を救おうとした少女の涙の御話‥‥」
――九頭竜家の女は戦士であれ。それは古くから伝わるこの家の掟であった。
九頭竜剣蔵が語った斬子の幼少時は、引っ込み思案で内気な少女であった。
母は軍人。まだバグアがこの世界に存在しなかった時代。それでも戦場に立っていた。
少女は寂しかった。母も父もいない家は広すぎて、いつも心に空虚さを抱いていた。
何故戦うのか。それが当たり前なのか。戦争は家族よりも、娘より大事なのか。斬子はいつもそう考えていた。
母が戦場であっけなく散った事を知った時、姉も父も眉一つ動かさなかった。そういう物だからと、それしか言わなかった。
少女が知らせを聞いたのは、母と口論した翌日の事であった。自分より戦争が好きな母親なんて嫌いだと、泣きながら叫んだ後だった。
「あの子はね、多分その事をずっと引き摺ってるんだ。だからこそ母の意志を継ぎ、大嫌いな戦争に足を踏み入れたんだよ」
九頭竜たれと、声が聞こえる。
気付けば自分が本当にやりたかった事が何なのか、全ては叫びに溶けて消えていた。
「斬子ちゃん、髪をポニーにしてみようぜ!」
結局全員でカレー作りをする事になった傭兵達。涼は斬子の髪を勝手にポニーテールに括っている。
「涼‥‥そんなにポニーが好きなのね‥‥」
遠巻きに眺め冷や汗を流すドミニカ。ちょっと自分の髪を括ってみるが、キアが近づくと慌てて中断した。
「どうかしましたか?」
「いや、別にっ」
二人並んで様子を眺める。悲しげなドミニカの横顔にキアは咳払いを一つ。
「オオガミさんは、ちゃんと彼女を想っていると思いますよ‥‥」
「‥‥あんたはどっちがいいと思う?」
「さて‥‥どうでしょう。今はなんとも、ね」
「でもやっぱり見てらんないのよね、あんなのは」
溜息を零すドミニカ。そこへ無月が歩み寄る。
「ドミニカは‥‥ヒイロに協力する気はないのですか?」
「それこそ‥‥わかんないわよ」
ドミニカは変わったと傭兵達は言う。それはその通りだ。
彼女にとってあの組織はそういう場所だった。心を押し殺し、非情にならざるを得なかった苦い記憶だ。
「今更戻れって言われてもね。ヒイロはどうかしてんのよ。あんな事があったのに」
「ドミニカ‥‥」
「あーもううっさい! 言われなくても分かってるわよ!」
無月を突き飛ばし走り去るドミニカ。その後姿を無月はじっと見つめていた。
「折角カレー作ったんだし、海岸に出てみない? 海辺で食べるカレーは乙なもんよ」
「そうだな。運ぶのを手伝‥‥」
ニアから皿を受け取る浩一。そこへ走ってきたドミニカが激突し、浩一は回転する。服にはカレーが飛び散っていた。
「なんか、散々ですね」
けろりと言うニアに浩一は黙って頷くのであった。
こうして傭兵達は海辺でカレーを食べる運びになった。メイドや執事の手もかり、透き通った光を反射する波を眺めながらカレーを味わう。
「美味しいですわ! 自分が手伝ったとは思えないくらい!」
喜ぶ斬子の頭を撫でる無月。ニアはそこで思い出したように問う。
「お母さんのカレーとどっちが美味しい?」
すると途端に顔色が曇る斬子。先程からたまに家族の話題を出すとこの調子で、直ぐに塞ぎこんでしまうのだ。
「まあ、それもそうか‥‥」
剣蔵から聞いた話を思い出し視線を逸らすニア。ティナはカレーを食べる手を止め、斬子に目を向ける。
「今の斬子さんに聞くべき事ではないのかも知れないですが‥‥貴女がもし、何か大切な、大事な事を忘れている時、それにとても辛い記憶が付いて来たとしても思い出したいですか?」
それはある意味単刀直入な話であった。斬子は少し考え、ゆっくりと口を開く。
「わかりませんわ‥‥」
「そう‥‥ですよね。でも、貴女は‥‥」
言葉を飲み込み、整理しながらゆっくりと吐き出す。
「どれだけ時間が掛かってもいいです。貴女がどれだけ傷ついても守りたかった友達の名前‥‥それだけは、絶対に思い出してください」
「友達‥‥?」
やはり斬子は何もわからない様子だ。ニアはそこに割り込み、笑いかける。
「まあまあ。とりあえず私達は友達って事でいいよね、斬子?」
握手を求め差し出す手。斬子はおずおずとその手を取るのであった。
「結局、斬子さんの記憶は戻らず‥‥ですか」
溜息混じりに呟くティナ。あれから色々な事を試してみたが、斬子の記憶は戻らずじまいであった。
夜になり、傭兵達も引き返す時間がやってきた。潮風に吹かれながらティナは遠く斬子を見つめている。
「こんな調子で本当に記憶が戻るのかしら」
肩を落とすドミニカ。そこにキアは言う。
「折角選んだのでしたら‥‥成し遂げねば、かな。正義の味方には‥‥ハッピーエンドが似合いますし?」
「ハッピーエンド、ですか」
血を流しながら微笑んだ彼女の言葉を思い出す。それは斬子の記憶が戻った時、ティナが伝えなければならない言葉だ。
今はまだそれを胸に抱き、顔を上げる。この行動が無駄ではない事を信じて。
「マリスさんも‥‥私達と同じだったんですよ? 斬子さん‥‥」
口々に別れを済ませる傭兵達。そんな中、涼は懐から一枚の写真を取り出し斬子に差し出す。
「これは?」
「‥‥何か分からないよな。でも、良かったら貰っててくれないか?」
そこには八人の男女が並んで笑う、とても鮮やかな景色が閉じ込められている。
斬子は写真をじっと見つめていた。その中で笑っている自分を見つめ、そしてぽたりと雫が零れ落ちる。
「わたくし、何で‥‥」
知らない筈の景色を見て、胸を締め付けられるような気持ちになる。
ぎゅっと抱き締めて、頬を伝う熱い涙を感じる。一つ一つ落ちていく雫は、意志とは関係なく。
「どうしてこんなに‥‥切ないの?」
「会いたいですか? 彼女に」
問いかける無月。涙を流しながら斬子は顔を上げる。
「貴女の‥‥友達に」
世界はこんなにも綺麗だと、誰かが笑っていた。
泣きながら頷く斬子の姿を、傭兵達は黙って見つめるのであった。