●リプレイ本文
美しい造形で映し出された無人のコロシアム。坂上 透(
gc8191)は物珍しそうに周囲を見渡している。
「何やら綺麗な景色じゃのー。ところで肉はどこにあるのじゃ?」
「何の事かわかりませんが、肉はありませんよ」
「ビフテキコーポレーションなのにか? 日夜牛肉について研鑽を積んでおるのでは?」
「違います」
冷や汗を流すイリス。透は不満げに唇を尖らせている。
「今回もよろしくお願いしますね、イリスさん。それと‥‥お久しぶりです、アンサー」
白い装備を纏ったアンサーは無表情に望月 美汐(
gb6693)を見つめている。美しく澄んだ瞳も、抱き締めた細い身体の感触もあの頃と変わらない。何一つ変わらないというのに、決定的に何かが違ってしまっている。
「とうとう羽根がついたんですね。アンサーがまだ生まれたての頃冗談みたいに口にした事が‥‥いつの間にか、実現していたんですね」
身体を離し、アンサーの頬を撫でる美汐。しかしアンサーは何も応えず、眉一つ動かす事はない。
「アンサーも結構変わりましたよねー。どうです? 自分の事は覚えていただいておりますか?」
歩み寄り声をかける和泉 恭也(
gc3978)。それに対しアンサーは頷く。
「はい。和泉恭也、ガーディアン。多数の戦闘データを保有。ジンクス黎明期を支えた一人と記録にあります」
「えーと、自分が言いたい事はそういう事ではないのですが‥‥」
「やはり俺達の事は覚えていないか。ではアンサー、これが何だか忘れたか?」
片手を差し出すヘイル(
gc4085)。するとアンサーは自然にその手を握り返した。
「握手が出来るのか?」
「私は常に人と同時に存在する者です。コミュニケーション能力の強化は常に課題として存在していました」
適度な力で握った手を上下させるアンサー。そうして優しく微笑んでみせる。
「えーと、それは私が後から教えた事なので‥‥覚えてるわけじゃないと思います」
「‥‥だろうな」
どうにも笑顔がこう、営業スマイルというか。いい笑顔なのだが、奇妙に爽やかすぎる。
「だとしても、アンサーの中にあたし達のデータがあるという事は、アンサーの中にあたし達と過ごした時間が生きているという事だ」
様子を見ていたレベッカ・マーエン(
gb4204)が腕を組みながら語る。実際、傭兵達の記憶は確かにアンサーの中にある。ただそれが自分自身の記憶として認識されていないだけだ。
「そうだとすれば、自分たちにしか出来ないやり方というものがある筈です」
「そうですね。彼女とずっと一緒に戦ってきたからこそ、伝えられる事もあります」
頷く恭也と美汐。そこへ透が手を上げる。
「それはよいが、まずはあれに勝つ方法じゃろう? 何か策はあるのか?」
そう、共に歩んできたからこそ、透以外のメンバーの情報は相当量が蓄積されている。
戦闘力、装備、性格、全てを把握されている以上、真っ当にやりあえば苦戦は必至。それは全員理解する所だが。
「あたしも色々考えてみたが、やはり今までと違う行動‥‥つまり既存の予測を外すくらいしかないだろうな」
「そう言う透はどうだ? この中で最もアンサーの意表をつける可能性があるのは透なわけだが」
レベッカに続き問いかけるヘイル。透に全員の視線が集まると、彼女はどや顔で胸を叩く。
「仕方ないのう。まあ、頼りにしてもらってかまわぬぞ? 緻密にして精巧、合理的で無駄がない、ぱーふぇくいとな策が我にはある。たかが傭兵の戦闘パターンを網羅した程度では、我の動きにはついてこられまいて」
低く笑い始め、それから高笑いに移行する透。傭兵達は顔を見合わせ、不安げな表情を浮かべるのであった。
「それでは模擬戦を開始します。カウントダウンがゼロになったら戦闘開始です。準備はいいですね?」
観客席に移動したイリスが声をかける。傭兵達とアンサーはそれぞれコロシアムの反対側に立ち、視線を交差させる。
「皆さん、宜しくお願いします。どうぞお手柔らかに」
丁寧にお辞儀するアンサー。その微妙なやらされてる感に困惑する傭兵達。両者の思惑を介さず、カウントダウンが開始される。
「直接戦うのはあの時以来ですか! 貴方だけでなく、自分たちも成長したのですよ!」
「今の自分にどこまで出来るか、試す機会か。少なくとも今のあのアンサーに勝てなければ、ズルフィカールやミドラーシュには敵うまい」
それぞれ武器を構える恭也とレベッカ。数字は遂にゼロを刻み、両者が同時に動き出す。
アンサーはその場から動かず、手の中に弓を構築。束ねた無数の光を一斉に解き放った。
「動きを止めます! その隙に攻撃をお願いします!」
無数の青い閃光に対し盾を構え突撃する恭也。その影から飛び出した美汐が槍を手にアンサーへと襲い掛かる。
繰り出される突きをかわしながら左右の手に短剣を出し、刃を受けるアンサー。二人は互いの得物を激突させる。
「あの頃はこんな簡単なフェイントにも引っかかってましたよね?」
出会ったばかりの頃を思い返す美汐。あえて行動はあの時と同じ。フェイントを織り交ぜアンサーを攻撃する。
突きをかわし、槍を回し襲い掛かる石突を片手の刃で弾く。今のアンサーにフェイントは通じない。左右の刃が猛然と襲い掛かり、美汐は押し返されていく。
「アンサー! 思い出しませんか? 日常では繋がらない欠片でも、今この場なら!」
飛び掛る恭也。その視界からアンサーが消え、目を凝らしている間に身体に短剣が突き刺さる。振り返るとそこには既に別に剣を手にしたアンサーの姿が。
完全に反応を上回る加速。これに対しヘイルとレベッカが別方向から接近。同時に近接攻撃を仕掛ける。
それを背後で感じながら恭也を狙って振っていた剣を消失させ、空いていた方の手に出現させる。これで背後からのヘイルの一撃を弾いた。
足を止め、連続で槍を振るうヘイル。これをアンサーは片手の刃で悉く弾き返す。攻防は速度を増すが、アンサーは殆どヘイルを見ていない。視線の先にいるのはレベッカだ。
今回はアンサーの意表を突く為、白兵戦闘を挑むレベッカ。しかし繰り出した刃はアンサーに片手で受け止められてしまう。
「ならば‥‥!」
掴まれた刀を手放し屈むレベッカ。鋭く足払いを放つが、アンサーはこれを軽い跳躍‥‥否、倒れこむ事で回避する。背面の姿勢で空に浮き、ヘイルの攻撃を受けながら盾に回転し着地した。
「お返しします」
勢いをつけて投擲される刃。自らの武器だが、受け取れる速度ではない。肩に突き刺さった刃を受けレベッカは吹っ飛ぶ。
「レベッカ!」
「心配ない、このくらいは自分で回復出来る‥‥!」
刀を抜いて治療を施すレベッカ。攻防が一息つくと、アンサーは装備を全て消し傭兵達を手招きする。
「あやつたまにわけのわからん動きをしておるが、あれはアリなのか?」
戦闘についていけない、というかついていく気がない透は遠巻きに戦闘を眺めている。戦闘している傭兵達も漸くギアが上がってきた様子だ。
「流石はアンサーと言った所ですか。しかし自分達も負けてはいませんよ」
「中々嫌らしい動き方をしてくる。あたし達が知っているような動きをフェイントに使っているな」
「教えた方としては嬉しいような、複雑な気分ですね。では新しい事を始めましょうか。まだ無手の手妻は魅せていないですよね?」
改めて構え直す恭也、レベッカ、美汐。ヘイルは一息つき槍を握り締める。
「まだ喋れなかった頃に、ドレミの歌を歌った事もあったな‥‥」
想い出は山ほどで、語りつくせないくらいに溢れてくる。その全ては確かにアンサーと共に紡いだ物の筈だ。
「その頃教えたな。銃と剣の切り替えは――成程、教えた以上という事か」
その成果は確かに実っている。彼らの努力こそ、今のアンサーの強さなのだから。
光の翼を広げ舞い上がるアンサー。空中で巨砲を構え傭兵達を狙う。傭兵達は散開、それぞれアンサーを目指す。
空中から降り注ぎ爆発する砲撃。それを掻い潜り駆け抜ける美汐は空中のアンサーを銃撃で狙う。
同じく小銃でアンサーを狙うヘイル。砲撃の威力は苛烈で、直撃せずとも傭兵達の身体に痛みを蓄積させる。
巨砲を消失、盾を構築。アンサーは滑空しながら槍を手にヘイルへと落ちていく。
「お前の装備を皆で考えた。剣では無く槍になったのは俺達がそれを使うからだよ‥‥!」
槍で受け止めるが、止め切れない。派手に吹き飛ばされるヘイルを見送り両腕を広げ、空中に槍を四つ構築。これを一斉に射出し追撃と成した。
「ヘイルさん!」
間に割り込み槍を受ける恭也。何とか盾で防ぐが、やはり堪えきれず転倒してしまう。
側面から一気に距離を詰め襲い掛かる美汐。盾を構築するアンサーに対し槍を地に突き高飛びのように跳躍。バハムートの巨体で勢い良く蹴りを放つ。
「アンサー、今日はここにいないけど‥‥友達の事は覚えていますか?」
翼とスタビライザーに光が瞬く。瞬間、残像を残しアンサーは消え、美汐の背後に出現する。手にしているのは巨砲。そこから鉄杭が放たれ、AU−KVを拉げさせる。
吹っ飛ばされた美汐は遥か彼方、闘技場の壁に激突。傭兵達は連続攻撃を仕掛けているが、アンサーの対応が早すぎてまともな連携にならない。
「心とは向き合いふれあった命と命の間に生まれるもの‥‥お婆様の言葉だ。だからあたしはあたしの全てでアンサーと向き合う!」
繰り出す刃の一撃を交わし、代わりに膝を打ち込む。身体の内側が軋み、レベッカの口から血があふれ出した。
「お? もしやこれは‥‥全滅しそうなのでは?」
遠巻きに眺めていた透が冷や汗を流す。ふと、アンサーとばっちり目が合ってしまった。
高速で接近するアンサー。これに対し透は一切の構えを取らない。両手を広げるが、武器すら持っていない。
「奥義‥‥非武装! そしてこれが第二の奥義‥‥はあ!」
その場に転がり、もぞもぞと動く透。ごろごろ。ごろごろ。これにアンサーの動きも直前で停止する。
「あーつかれたのー。アンサーお菓子をくれー。お菓子をくれー」
止まっているアンサー。こんな行動をしてくる敵のデータはない。そもそもこれは敵と定義してよいのか?
アンサーは常に人と共にある。場合によっては非戦闘員が紛れ込むケースも当然想定しなければならない。
昔のアンサーならばいざしらず、非武装の小さな少女が転がっていた場合、問答無用で襲い掛かるなどという選択肢は存在しないのだ。
「と見せかけて隙ありー!」
素早く刀を抜いて襲い掛かる透。その瞬間アンサーは二本の指で刃を受け止め、それを奪って放り投げた。
「武装を確認。敵性行為と認識」
やっぱり攻撃しなければ良かったと青ざめるがもう遅い。槍を構築したアンサーの一撃が透の目の前に迫る。その時。
「アンサー! いい加減に‥‥思いだしなさ〜い!」
黄金の輝きを纏い猛然と接近する美汐。アンサーはカウンターで槍を放つが、これを美汐はAU−KVを排除して対応。バハムートだけが串刺しになり、美汐本人はアンサーに飛び掛る。
至近距離で交差する視線。美汐は思い切り頭をアンサーの頭へと叩き付けた。一切の手加減をしなかった為美汐の額は裂け、飛び散る血はアンサーの顔にも降り注ぐ。
額を押え、空に舞い上がるアンサー。そうして空中に無数の剣と槍を出現させ、下方の傭兵達を狙う。
一斉に武装が射出されれば全滅は免れない。レベッカは口元の血を拭い、光を帯びた刃を振るう。その輝きは空に浮かんだ無数の刃に干渉し、射出を妨害した。
「――いい加減、目を覚ませ!」
大きく跳躍するヘイル。そして槍を手放し、ありったけの力を拳に注ぐ。金色の光を帯びた拳、それでアンサーの頬を殴りぬいた。
回転し墜落するアンサー。しかしヘイルも同時に墜落し倒れこむ。アンサーは頬を撫で、それから周囲を眺めた。
不敗の黄金龍を使用した美汐とヘイルはそれぞれコロシアムにダウン。レベッカもダメージが大きくまともに動けず、恭也は体中に槍が突き刺さっている。
「‥‥いや、無理無理! 我は真っ当に戦うなんて出来ぬぞ! 降参、降参じゃ!」
青ざめた顔で首を横に振る透。こうして模擬戦はアンサーの勝利で幕を下ろしたのであった。
「やはり、少し無理があったでしょうか‥‥」
傭兵達を気遣うイリス。それもその筈、傭兵達はすっかりぐったりした様子で、ダメージリセットした今でも疲れてみえる。
「今回は完敗でしたね‥‥」
「アンサー、少しでも何か思い出しませんか?」
苦笑を浮かべる恭也。額を抑える美汐の声にアンサーは首を横に振る。
「お前にはもう一人マスターがいた。最初は怒りと憎しみ。だが、それでもお前達を愛した人だ。彼女が己の夢から自分を除く事になっても願ったのは何だか知っている筈だ。――アンサー。お前は今、笑えるのか?」
ヘイルの声にアンサーは反応しない。少し困った様子で首を傾げるだけだ。
「貴方達の言っている事は理解に苦しみます。ずっと思っていたのですが、戦闘中に与太話をしているから実力を発揮しきれなかったのではありませんか?」
流石にこれには傭兵達も気を重くせずにはいられなかった。
心のどこかで思っていた。こうして直に触れ合えば、アンサーが過去を取り戻すのではないか、と。
「甘かった‥‥という事か」
呟くレベッカ。諦めたわけではない。だが事実は認めなくてはならない。
今のアンサーには自我と呼べる物が欠落している。『自分』がないから何も感じない。何も望まない。何も‥‥そこに宿らない。
「だとしても‥‥お前は一人じゃない。これからも、この先も。忘れる事は許さない。彼女の意志を無かった事になんてさせない。アンサー、お前に願われたのは戦闘能力なんかじゃないんだ」
アンサーは何も応えない。表情のない美しすぎる顔は人形のようで、ヘイルはそれを寂しげに見つめていた。
打ちのめされたのは傭兵だけではない。イリスもまた淡い期待を砕かれ失意に拳を握り締める。
「そんな調子ではアンサーもしょんぼりしてしまうじゃろう? 今のアンサーたんに必要なのは遊び心、うむ、間違いない」
腕組みどや顔の透。確かに落ち込んでいても仕方ない。
「‥‥また、必ず会いに来ます」
「そうですよね。これで終わりではないのですから」
寂しげに呟く恭也。美汐もそれに続き、アンサーを抱き締める。
アンサーは何も答えず、何も語らない。今はただ形だけそこにある彼女を、曲がらない現実を、傭兵達は受け止める事しか出来なかった‥‥。