タイトル:二人の剣マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/29 06:35

●オープニング本文


「外山先輩! サボってばかりいないで仕事をしてください!」
 岩と砂の景色が広がる大地の中、UPC軍が設営したキャンプがある。九頭竜小隊はデリーでの戦い以降、その場所を拠点としていた。
 ドゥルガーの進撃はデリーに決して少なくない規模の被害を生み出した。その後バグアとの戦いは一先ず落ち着きを見せたが、この地が完全に人類の手の中に戻るのはまだもう少し先の話になるだろう。
 バグアとの戦闘で被害を受けた、或いはその支配下にあった街、人々。大規模な戦闘後に残された数多の問題は、時間と共に根気強く解決していくしかないのだ。
「うるせーなあ。あっちーんだよ。宇宙は涼しいんだろうな。羨ましいぜ、クソッ」
「月での戦いに参戦出来なかった事を根に持っているんですか?」
 キャンプの木陰に寝そべっている外山。大和は彼の顔を覗きこみながら額の汗を拭う。
「一応、フェニックスでも宇宙には行けると聞いています。そういう装備に換装すれば、ですが」
「別に宇宙に行きたかったわけじゃねえけどな。ま、俺達みたいなのには地上に残った問題を解決してる方がお似合いだしよ」
「自分もそう思います。戦果を上げる事は勿論重要ですが、それよりも民衆の平穏が第一ですから!」
 握り拳で語る大和。そーいう意味で言ったわけではないのだが、基本的にこいつに嫌味や冗談は通用しない。
「ま、実際大和にはこれくらいの方が丁度いいだろう。バグアの残党狩りくらいなら、新米でも問題なくこなせるはずだ」
「あ、中里先輩! 巡回ご苦労様です!」
 上着を小脇に抱え、汗だくで日陰に逃げ込む中里。ジープで周囲のキャンプを視察してきた帰りだ。
「どうだったよ中里」
「クッソ暑い」
「それは知ってる。そうじゃなくて」
「ああ。この辺りの治安も十分安定してきたな。隊長も言っていたが、近々我々はここから引き上げる事になりそうだ」
「そうですか‥‥地元の方々と仲良くなってきたから、少しだけ寂しいですね」
 しょんぼりと肩を落とす大和。中里はその肩を軽く叩く。
「彼らにしてみれば、俺達のような軍人がうろついている方がずっと寂しい事なんだよ」
「そう‥‥ですよね。早く彼らが独り立ち出来るように補佐する事こそ、UPC軍人の使命ですよね!」
 理想に燃える若者、大和梢。そんな新米の様子をベテラン二人はジト目で見つめる。
「おーい大和、そろそろ巡回に行くぞ」
 汗だくで歩いてくる隊長、九頭竜玲子。大和はそんな玲子の声に駆けつける。
「中外コンビと交代だ」
「え? 外山先輩ずっとここに居ましたけど?」
「バッカ余計な事言うんじゃねー!」
 慌てる外山。玲子はいい笑顔で外山の首根っこを掴む。
「サボりはいかんな。中里ご苦労、ゆっくり涼んでくれ」
 ずるずると拉致される外山。その恨めしげな視線に中里は笑みで返すのであった。

 外山の運転するジープで付近の町へやってきた三人。ワームの残骸が鎮座する広場や破壊された家々等、戦闘の爪痕が色濃く残っている。
「巡回ついでだ。今日は街の復興を手伝っていくぞ」
「了解です、隊長! 善行って素晴らしいですよね!」
 元々この街を担当していた軍人達に手を貸すというだけの事だが、やる事は山積みだ。
 食料品を配ったり、瓦礫を撤去したり、危険物を回収したり、いざこざがあれば仲裁もする。三人は彼方此方に出向かい、仕事をこなした。
「あーやってらんね。中里は絶対車でグルっと周っただけだろあいつ‥‥一緒に行けば良かった」
 ジープに背を預け煙草に火をつける外山。そこに大和が歩いてくる。
「先輩ー! 隊長どこにいますかー?」
「あ? しらね。ていうか誰だそいつ?」
「はい。そこで会ったのですが、隊長を探している様子でしたのでご案内している所です。草壁大尉という方だそうです!」
 にっこりと微笑む軍服の女。外山は煙草を零し、思い切り飛び退く。
「おぉおお前何連れ回してやがる!? そいつ大尉じゃねえぞ元大尉だ!」
「は? どういう意味でありますか?」
 首を傾げる大和。草壁は口元に手をやり笑っている。
「軍服ならば存外にばれないものだな。ああ、騒がない方が良い。この状況でバグアが乱入していると知れたら事だろう?」
 ホルスターに伸ばした手を止める外山。見れば草壁は丸腰で敵意も感じられない。戦うにせよ、時と場所を選ぶ余地はありそうだ。
「お利口だ。今日は闘争に来たのではないよ」
「大和、隊長呼んで来い。こいつは俺が見張る」
「はい? 了解です?」
 良くわかっていない大和。外山は汗だくで草壁と睨み合う。
「気を楽にしたまえ。取って食いはしない」
 肩を竦める草壁。と、そこで遠くから猛然と駆け寄る玲子の姿を捉える。
「草壁詠子、貴様!」
「やあ玲子。とりあえず剣は収めた方が良いな。民に動揺が伝播する」
「よくも抜け抜けと‥‥何のつもりだ?」
「街の復興を手伝いに来たのだ。ついでに君達と話しに来た」
 頭を抱える玲子。そういえばこの女はこうだった。昔からわけのわからん事を平然と実行に移す。
「貴様の戯言に付き合うつもりはない。早々に去れ。さもなくば‥‥斬る」
「それは不可能だ。君に私は斬れない。多少は強くなったようだが、まるで足りていない」
「あのー、これどういう状況です?」
「お前少し黙ってろ」
 大和を下がらせる外山。二人の女は正面で見詰め合う。
「この地での闘いは愉しかった。発つ鳥は後を濁さない。私も少しくらいは貢献をしたくてね」
「ふざけるな」
「ふざけてはいない。知っているだろう? 私は人殺しと同じくらい、人助けを愛しているのだよ」
 ごくりと生唾を飲み込む。この女に論理的な思考で挑んでも無意味。草壁詠子の人格は、とっくに破綻している。
「諦めろ玲子。君は私の機嫌を損ねないように戯言に付き合うしかない。私が暴れだしたら、君には止められまい?」
「何が望みだ?」
「くどい。今日は君達と友達になりに来たのだ。仲良く瓦礫の撤去をしたり、お料理を一般人に振舞ったりしようじゃないか」
 これが正気なのだから本当に困る。だが実際彼女の言う通りだ。今は様子を見て、頃合を見て追い返すほかにない。
「ついでに一つ、玲子には謝っておこうと思ってね」
「何?」
「それは後だ。梢、何から手伝えば良い? 体力には自信があるぞ」
「あ、はい! 大尉自ら作業に参加するとは、軍人の鏡ですね!」
「そうだろう? あはははは!」
 仲良く歩いていく二人。玲子は溜息を零し、歯軋りする。
「隊長、あれ大丈夫なのか?」
「‥‥機を窺うしかないだろう」
 外山の声にか細く応える。
 あれに打ち勝つ為に鍛え続けてきた刃だというのに、対面すれば抜く事すらままならない。
 周りがどうではなく、ただ恐ろしかった。あの女の底知れない力に、最初から屈していた。
「‥‥くそっ」
 流れる汗。眉間に皺を寄せ空に毒づく。今はこの状況を、穏便に収める為に‥‥。

●参加者一覧

地堂球基(ga1094
25歳・♂・ER
ラサ・ジェネシス(gc2273
16歳・♀・JG
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
皆守 京子(gc6698
28歳・♀・EP
ミルヒ(gc7084
17歳・♀・HD

●リプレイ本文

「輝く太陽‥‥砂埃‥‥機械油の匂い。こうして戦闘せずに後方業務でまったり機械弄りしてるのは、初心に帰って楽しいものだなあ」
 光に手を翳し、額の汗を拭う地堂球基(ga1094)。闘争の痕跡色濃い僻地の街に、爽やかな労働の雫を流す。
「‥‥あの、地堂さん」
「機械系メンテナンスは得意中の得意だからな。発電機の再始動も朝飯前っと‥‥」
「地堂さん、もしもし」
 灯りの消えた街に光を取り戻そうと労働に勤しむ球基。その肩をミルヒ(gc7084)がちょんちょん突いている。
「どうして一人で隅っこに離脱しているのですか?」
「どうしてって‥‥そりゃ」
 振り返る球基。そこでは笑顔で詠子が小さく手を振っている。
「やばくない?」
「やばいでしょうか?」
「ていうかおかしいだろ。現実逃避もしたくなるぜ」
 UPCの軍服を纏っているが、中身は強力なバグアである草壁詠子。ただの復興支援の筈が、とんでもない事に巻き込まれてしまった。
「久しぶりに働こうと思ったのが運の尽きでした。これは働くなという神のお告げね‥‥」
 独り言を垂れ流す皆守 京子(gc6698)は目が死んでいる。これまで何度か戦場で出くわしたあの集団の頭目なのだ。関わりたい筈がない。
「玲子さん、お久しぶりです♪」
 一方、玲子に抱きついているティナ・アブソリュート(gc4189)。玲子は目を輝かせティナの頭を撫でている。
「お仕事の都合で居ると分かっても会えなかったので寂しかったです。まぁ‥‥こんな状況で、というのは少し残念ですが‥‥」
「そ、それは私もそうだが‥‥まあ、我慢してくれ。いざと言う時には頼りにしているぞ」
「全く、少しは時と場所を選んで欲しい物だねぇ」
 二人に歩み寄るレインウォーカー(gc2524)。その視線の先には暢気な様子の詠子が。
「何とも素直に喜びづらい状況だけど久しぶりだねぇ、きゅーちゃん」
「ああ。お互い無事で何よりだな。噂は色々と聞いているよ」
 苦笑を浮かべる玲子。一方、詠子は退屈そうにその場で小さく地団駄踏んでいる。
「おーい、早く何かしようよー。私は退屈だよー」
「では、一緒に瓦礫の撤去に行きましょう。こっちです」
 詠子を連れて歩いていくミルヒ。その様子に京子が冷や汗を流す。
「こ、怖くないんでしょうか‥‥凄い」
「ぐぬぬ‥‥バグアがいるのに耐えねばならんトハ‥‥。放って置くと何をしでかすか分からないノデ、我輩も同行するのデス!」
 二人の後を追うラサ・ジェネシス(gc2273)。そんな感じで傭兵達も詠子を監視しつつ、銘々に活動を開始する。
「本人は大方平和的接触で来たんだろうけど、民間人が多いからなあ」
「出来るだけ怒らせないようにしましょう」
 真顔で頷く京子。球基は後頭部を掻きつつ工具箱を片手に立ち上がる。
「じゃあ俺、ライフラインの復旧に行くから」
「あ、ずるいですよ、そんな人気の無い方向に‥‥! 私もそっちがいいです!」
 慌てて球基の腕を掴む京子。球基はジト目で首を振る。
「いや‥‥機械弄りする事になるからな。出来んの?」
「自慢じゃありませんが、私は家事は出来ません。料理も繕い物も無理です。当然、機械弄りなんて出来ません」
 胸に手を当てどや顔の京子。球基は無言で腕を振り払い、後ろ手を振りながら立ち去る。
「じゃ、そういう事で」
「諦めて、草壁と一緒に瓦礫の撤去しようかぁ」
 ぽんと京子の肩を叩くレインウォーカーであった。

「どっこいしょー!」
 巨大な瓦礫を持ち上げて運ぶラサ。能力者の作業というのは見ていても爽快なのか、若干人だかりが出来つつあった。
「草壁詠子‥‥きちんと仕事をして‥‥」
 視線を向けるラサ。詠子は木陰に座ってミルヒとお喋りしていた。
「いなーイッ!!」
「おぉ、凄いぞミルヒ。あの子はあんなに小柄だと言うのに、随分と力持ちじゃあないか」
「そうですね」
「そうですが、そうではなくテ! 何故さぼっているのですカ、草壁詠子!」
 瓦礫を運んで走って戻ってくるラサ。詠子とミルヒはその様子に拍手している。
「いやあ、見ていたら面白かったのだ。すまない」
「手伝いに来たのではなかったのですカ?」
「そんなに怒らないでくれよー。反省してるよー。そんなに怒るとバレちゃうぞー」
 唇を尖らせる詠子。ラサが振り返ると、住人達はきょとんとした目で彼女達を眺めている。
「ほらほら、仲良し仲良し! ピースピース!」
「ぐぎぎ‥‥今は耐えるのダ‥‥」
 肩を組み、引き攣った笑みのラサ。詠子は割りと楽しそうだ。
 二人が注目を浴びている影で、せっせと京子も瓦礫を運んでいるが、影が薄いのか静かなのか、殆ど目立っていなかった。
「何だか変に目立ってしまっていますね」
「そうだな‥‥。何事も無ければ良いんだが」
 その様子を遠巻きに眺めるティナ。住民への炊き出しに参加し、エプロンをつけ鍋を掻き混ぜている。
「玲子さん? 気を張るのは仕方ありませんが、ずっとその状態では玲子さんが先に参ってしまいますよ。私達もいますから、ね?」
 傍らに立つ玲子は帯刀した得物の柄から手が離れない。顔を覗きこむティナの笑顔に頷き、少しだけその力を緩めた。
「ああ‥‥そうだな。すまない‥‥」
 複雑な表情の玲子。その視線の先、レインウォーカーが詠子へと歩み寄る。
「自称道化、レインウォーカー。お前に踏み台にされた機体の操者だぁ」
「ああ、君か。あの時は楽しかった‥‥今度は万全の機体で闘争に興じたい所だよ」
 自然に握手を求める詠子。レインウォーカーはその手を握り返す。
「先に行っておくけど、次戦う事になったら負けないよぉ」
「口で言うのは容易い。君が証明してくれる日を楽しみにしているよ」
 詠子は常に微笑を湛えている。それ以外に表情が変わる時は、ふざけた様子になる時だけだ。
「なぁ、草壁。お前は一体何なんだぁ?」
「曖昧な質問だな、青年よ」
「ボクはヨリシロになる前の草壁を知らないけど何となく分かる。お前は草壁そのものの様に振る舞っている事は」
 腕を組み視線を逸らす詠子。レインウォーカーは更に続ける。
「生前のヨリシロを演じるのが趣味なのか? それとも‥‥お前の人格は、草壁詠子そのものなのか?」
「興味深い問い掛けだが、逆に問おう。君は何を以ってして、己の存在を証明するのかね?」
 楽しげに瞳を覗き込みながら語る詠子。レインウォーカーの胸に軽く拳を当てる。
「君の魂は、意志は、心は何処にある? それはどんな色で、形で、何を以ってして己の物だと明示する?」
 君の問いはそういう事だ――と、一言残し立ち去る詠子。煙に巻かれてしまったが、興味は余計に強くなるのであった。

 こうして復興作業を手伝っていると、徐々に日が暮れてくる。それに伴い昼間の暑さが嘘のような冷え込みが街を飲み込みつつあった。
 夕暮れの街の彼方此方に灯る焚き火の一つを囲み、炊き出しで余ったスープを飲む傭兵達。まだ手伝いが終わったわけではないが、一段落である。
「草壁さん、お茶でもいかがですか? これはなかなか手に入らない逸品ですよ。ささっ、どうぞ」
 内心ビビりつつマグカップを差し出す京子。草壁は目を閉じ香りを楽しむと、ゆっくりと口をつけた。
「‥‥心が落ち着くよ。誰かが淹れてくれた茶は温かいな」
「あの〜‥‥生前、ご兄弟などは? あ、生前っていうのもあれですけど」
「そう怯えてくれるな。こう見えても傷つくのだ」
 苦笑する草壁。それから焚き火を眺めながら語った。
「草壁詠子の生涯は孤独だった。彼女は親も兄弟も知らない。この時代では珍しくもないがな」
 地雷を踏んだかと黙り込む京子。詠子は彼女に笑いかける。
「君には家族がいるのか?」
「はい? 四人姉弟の長女で、三人の弟がいますが‥‥」
「そうか。血縁とは重く、濃く、そして尊い物だ。大切にすると良い」
 詠子の言動にはどうしても首を傾げずには居られない。なんというか、どうにも人間臭すぎるのだ。
「お伺いしますが‥‥バグア、なのですよね? 草壁詠子という、ヨロシロを得た」
 焚き火越しに問いかけるティナ。詠子は目を伏せる。
「何故そんな事を訊く」
「私は元をよく知らないので憶測ですが、貴女の立ち振る舞いはちょっとヨリシロとはまた違う気がするんですよね」
「ふむ。まあ、そうかも知れんな。稀有であるという事は、それだけで恐ろしい物だ」
 溜息を一つ、それから顔を挙げはっきりと告げる。
「私は草壁詠子ではない。草壁詠子を語り、その皮を被ったバグアに過ぎないよ。残念ながらね」
「お前の部隊、デストラクトって言ったなぁ。お前の騎士を自称する奴とかもいたけど、アイツらはお前にとってなんなんだぁ?」
 続け問いかけるレインウォーカー。詠子は微笑で答える。
「大切な仲間だよ」
「人殺しと人助けが同じぐらい好きって言ったな。要するにお前は人間って言う存在が好きなのかぁ?」
「ふむ、その発想は無かったな。概ね正解だが、微妙に違う。私が好きなのは、この世界そのものだからな」
 人間とバグア。
 敵と味方。
 黒と白。
 世は常に対立する二つから成る。
 争い無しには成立しない世界。そうであるが故に、唯一無二の回答を持つ事はない。
「君達は常に何かしらの正解を求めているように感じるが、そこに何の意味があるのかね。どうせ全ては遷ろうもの‥‥一つの在り方に拘る事は愚かしい」
 故に、人助けをするバグアがいたって別にいい。
 バグアに組する親バグアの人間だっているし、それは間違いではない。
 心一つで世界は常に表情を変える。決め付けてしまえば道は失われるが、形を定めぬ限り全ての物には無限の自由がある。詠子はそう語った。
「仮に私が草壁詠子そのものであるように感じられるのであれば、それはこの考え方の所為であろうな」
「何言ってるのかサッパリだぜ。変人にも程があるだろ」
 呆れた様子の外山。ミルヒはそこに口を挟む。
「そうでしょうか? 戦争も人助けもする傭兵も、似たようなモノな気がします」
 思わず口を噤む外山。だがそうだ。能力者もまた、様々な形がある。形があっていい。そこに絶対の正解は存在しないのだから。
「人が真面目に作業して戻ってきたら、何で全員一息ついてるんだ?」
 溜息混じりに歩み寄る球基。傭兵達は苦笑を浮かべる。
「ご苦労様です。地堂さんもスープいかがですか?」
「貰うよ‥‥お、そろそろだな」
 ティナから器を受け取りながら街を眺める球基。そこに一斉に灯りが点って行く。
 微かな、間に合わせでしかない光。それでもこうして夕暮れの街に希望が戻っていく。その様子を満足げに見つめる球基であった。
「これで夜間も作業可能だ。ほら、いつまでも休んでないで仕事しろ仕事。何しろ人手が足りないのは責任はそちらにあるからな」
「ふむ、道理であるな。よし、ここは一つバグアの力を見せてやるとしようか」
「ちなみに、料理とか出来るんですか? これから炊き出しの続きなのですが」
 立ち上がる詠子はいい笑顔で言った。
「料理は全く出来ないよ。はははは!」
 歩き出す詠子。ラサはスープを一気に飲み干し玲子に歩み寄る。
「そういえば玲子殿、皆でドレアドルを倒してきましタ」
「この手で討つ事は出来なかったけどねぇ」
 肩を竦めるレインウォーカー。ラサは苦笑を浮かべる。
「その報告に来たつもりが、騒ぎで遅れてしまいましたガ‥‥」
「ああ。すまなかったな。内村の友人として、礼を言わせて貰うよ」
「一人では無理でも、仲間がいれば2倍にも3倍にも強くナル。それがバグアには無い人類の強さだと思いマス」
 詠子の背中を眺めつつ、話を続けるラサ。
「だから玲子殿も皆さんも一人で解決しようと考える前に、仲間を頼ってもいいんじゃないカナ」
「‥‥情けないな、私は。皆に心配されてばかりだ」
 眉を潜める玲子。その身体にラサは飛びつく。
「玲子殿、背中が煤けているのデス!」
「あ、ずるいですよ! 私も!」
 更に背後から飛びつくティナ。玲子はぷるぷると震えている。
「こ、ここが楽園だったのか‥‥!」
「ではなんとなく私も‥‥」
「あ、隊長私もご一緒します!」
 更にミルヒと大和がくっつき、何か凄い事になっているが、レインウォーカーは見なかった事にして通り過ぎた。
「玲子め、羨ましいな。どれ、私達もこう‥‥イチャイチャしてみようではないか」
「ツ、ツナギの中に手を入れないでください‥‥!」
 京子の背後からねっとりと絡む詠子の肢体。球基は無言でその様子を見つめる。
「草壁の機嫌を損ねない為だ。まあ頑張ってくれ‥‥」
「ちょ、ちょっと‥‥! このままだと私、お嫁にいけない感じになってしまいそうな‥‥ああっ!」

「そろそろ暗くなりますし、良い子はお家に帰る時間です」
 夜も深まってきた頃、ミルヒの一言で詠子が動きを止める。少し考えた後、満足気に頷いた。
「うむ。では、私はそろそろ帰るとしようか」
「何しに来たんだあいつ‥‥」
「さあ‥‥」
 乱れた着衣を黙々と直しながら遠い目で球基の呟きに応じる京子。全員で詠子を街の外れまで送っていく。
「今日はありがとうございまシタ。でももし貴方がここを壊そうというのなら、先ずは私達が相手になりマス。でももし私達を倒しても、私達の志を継ぐ者がいつか貴方を倒すでしょう。決して忘れない事デス」
 見送るラサの言葉。それに詠子は頷き、穏やかに微笑を返す。
「‥‥そうか。それは怖いな」
「確認ですが、帰りはどうするんですか? まさかタロスを呼びつけたりしないですよね?」
「ははは、ちゃあんと歩いて帰るよ。安心したまえ」
 ティナの問い掛けに笑う詠子。それから振り返り玲子を見やる。
「九頭竜玲子。草壁詠子の今際の言葉を君に伝えよう」
 唐突なセリフに驚く玲子。しかし容赦なく淀みなく詠子は告げる。
「殺されてやれなくてすまない、だそうだ」
「なんだ‥‥それは」
「私は本人ではないのでな。さて、何だったのやら‥‥」
 肩を竦め、ゆっくりと歩き去る詠子。傭兵達に手を振り、笑みを浮かべる。
「いざ去らばだ。次の戦場で君達と再会出来る事を楽しみにしているよ」
 こうして詠子は去っていった。残ったのはどっと疲れた様子の傭兵達の姿である。
「嵐が去ったなぁ」
「やれやれ‥‥爺さんに取り付いてたのと言い、本当に厄介な性格の持ち主が勢揃いだよなあ‥‥」
 レインウォーカーに続き溜息を漏らす球基。黙って拳を握り締める玲子の背中をティナは静かに見つめていた。
「我々も引き上げましょうか。帰りますよ、ミルヒ殿」
 ラサの声に振り返るミルヒ。夜空の星はLHよりもずっと多く、眩く光を放っている。
「‥‥さようなら」
 祈りの言葉を残り立ち去るミルヒ。この地での闘いに一つの決着がつき、彼らは次なる戦場を求め歩き出すのであった‥‥。