●リプレイ本文
●幸福な世界
「なんていうか‥‥平和ですねー」
小さな学校の校庭の隅、木陰に腰掛け和泉譜琶(
gc1967)は呟いた。
小さな町の小さな学校、その狭い校庭では子供達が無邪気に遊びまわっている。その様子は彼女の言う通り、平和の二文字そのものだ。
朗らかな日差しの差し込む、良い天気の日だった。木に背を預けた國盛(
gc4513)は腕を組み、事前調査の内容を頭の中で反芻させる。
この町に彼らが到着したのは数時間前の事――。傭兵の消えた町。繰り返しの町‥‥。当然、事前調査に関して彼らは抜かりなかった。
結果的に大きな手がかりと呼べる物は見当たらなかった物の、やるべき事は基本的に変わらない。予定通り、人の集まる学校で彼らは調査を続けていた。
「少なくとも、ここの子供に異常は見られんようだな‥‥」
やや戸惑いつつ、國盛は息をつく。と、そこへ子供の一人が蹴ったボールが転がってきた。
足に当たったボールを拾い上げ、ナンナ・オンスロート(
gb5838)は駆け寄る少年の一人にそれを差し出す。
「――はい、どうぞ」
集まってきた子供は一人ではなかった。子供達は傭兵を囲むとボールを受け取り、全員同時に微笑んで見せたのだ。それがA班の感じた最初の異常だった。
「ね、ねぇ? ちょっと『お姉さん』達聞きたい事があるんだけど‥‥」
自分の子供っぽさは棚に挙げ譜琶が声をかけるが、それを無視して子供達は遊びに戻ってしまう。ボールを追いかける姿には何の問題も無いのだが‥‥。
「うーん‥‥。見ました? 皆一斉ににこ〜って」
「ええ。ですが、一先ず立ち去った方が良さそうです」
歩き出すナンナの見ていた方向へ目を向け、譜琶もそそくさと校庭から去って行く。校舎の方から教師らしき人間に見られていたのだ。
三人は学校を出ると役所へと向かった。そこでベンチに座り、行き交う人々の様子を眺める。こうしていると普通の町にしか見えないのだが‥‥。
「以前ここに来た傭兵の調査によれば、全員が厳密に同じ行動をしているわけではないらしいな」
例えば毎日同じ道を通る人間にあえて声をかけたり行動を阻害したりすれば、ある程度『同じ』から逸らす事は出来るらしい。
しかし生活のサイクルが一定であるという事実に変化はない。
「すいません、少々お訊ねしたい事があるのですが」
受付に声をかけたのはナンナだ。すると意外にも女性は普通に顔を挙げ、普通に応対してくれた。
「同じ行動‥‥ですか? それはまあ、ここの住人にも生活がありますから。そういう事もあるのでは?」
「そうですか。ありがとうございます」
ベンチに戻るナンナ。譜琶は駆け寄り首を傾げた。
「あの人は普通に喋ってますよ?」
「喋る者とそうでない者がいる、という事か」
それからも役所の人行きを眺め分かった事がある。
当たり前のように喋っている人間も居れば、黙々と仕事をする人間も居る。『おかしい』と先入観を持たなければ、それは気にも留まらないだろう。
「‥‥出ましょう。鐘やスピーカーを調べてみた方が良さそうです」
「それと、まだ調べてない場所ですねっ!」
無線機を片手に譜琶は頷く。三人が市役所を後にしても、やはり町は何も変わらない――。
「何なんでしょうね、この『作り物の町』のような空気は?」
その頃別行動中のB班で沖田 護(
gc0208)は率直な感想を口にしていた。
均衡の取れた、自然に不自然な世界――。作り物のような、という彼の感想は的を射ている。当たり前の景色に過ぎる違和感‥‥それは形容し難い感覚だ。
事前入手した地図や写真と町を見比べる守 鹿苑(
gc1937)もその差異の無さに困惑した様子だ。何もおかしくない――それがおかしく思える。
「前に来た能力者も、我々と調査した内容は同じ様な物だったようですが」
「今、何時でしたっけ?」
と、護の問いかけ。自分でも把握しているが、これにはそれ以上の意味がある。
声を掛け合い、お互いの認識を把握する‥‥そうでもしないと、この風景に自分達も溶け込んでしまいそうだ。
「む‥‥? この街は――むむ! まさしく‥‥俺様の理想の街?!」
二人とは対照的にきょろきょろと周囲を眺める挙動不審な勇者、ジリオン・L・C(
gc1321)。確かにここはRPGに出てくる町のようだ。
「し、市役所は? 冒険者ギルドは、どこだ!?」
自称勇者の様子を見ていると、何と無く落ち着く二人。予定通り、病院を調査する事にした。
「では、私と沖田君は病院を見てきますので」
「ぉー‥‥? 騒げば! いいんだな!」
謎のポーズを取り、勇者は唐突に道端を転がり始める。
「ぐ、ぐわー! コレまでにないくらいに頭痛が痛い! こ、これはくも膜下しゅっ‥‥イダダ! お、おのれー、魔王の手先め!」
じたばたするジリオンを残し、二人は病院へ入った。
重病人や難聴の人物の様子を見てみる。難聴の中にも反応を返す者と返さない者がいる。その割合、おおよそ半々程度だろうか。
『音』が関係ないのだとすれば、それは貴重な成果だろう。二人がジリオンの元へ戻ると、ジリオンは元気に名乗りを上げていた。
「俺様はジリオン! ラヴ! クラフトゥ!」
その内容は割合する。が、その行動は予想外の効果を見せた。
「沖田君、これは‥‥」
「ええ‥‥」
これだけ派手に騒げば当然人だかりが出来ていた。だが中にはまるで興味も示さず通り過ぎていく者も居る。最初から眼中に無いかのように――。
「――で、でも、出稼ぎに行ってる人は普通なんですよね?」
一方、C班ではドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)が事前調査の結果を再確認していた。
崔 南斗(
ga4407)は教会へ向かう途中商店を巡り、物流等を調査していた。しかし特に変わった事は無く、買い物も生活も町の人間は普通に行っているようだ。
「ここに給料を送り込んでるって言うし‥‥別に孤立はしてない、かな?」
「こういう風景は結構憧れだったんだがな‥‥」
商店を出た南斗は溜息混じりに呟く。この町は本当に長閑な場所だ。平和で争いも無く、穏やかに時が流れて行く。
「疑う方が愚かにさえ思えてきますね」
風に吹かれカシェルが呟いた。三人はそのままゆっくりと移動し、この町で最も大きな建造物である教会へと足を踏み入れた。
田舎だけあり、人気は殆ど無い。だが数人、粛々とした空気の中で祈りを捧げているのが見える。
「A班がこちらに向かうそうです。B班も直に来るでしょう」
「なら、先にある程度見ておくか」
カシェルにそう返し、南斗は靴で床を軽く叩いてみる。地下室があるか確認していたのだが――見れば地下への入り口が奥にあった。
「‥‥さて、どうする?」
「怪しい場所の目星はつけておきたいですし‥‥見てみますか」
そうしてドゥが地下室へ続く階段へ近づいた時だった。その地下室から出てきたシスターが驚いた様子で言ったのだ。
「あの、何か御用でしょうか? ここから先は、教会の関係者以外の立ち入りは‥‥」
当たり前に喋るシスター。ここに来るまでもそうだった。当たり前に喋る者は喋るのだ。
「あ、いや、えーと‥‥な、なんでもないです」
「――カシェル君、あれ」
ドゥがシスターと話し込んでいる間、南斗は目線で合図する。カシェルが振り返った先には上へと続く階段があった。
「例の鐘に続いているんだろうが‥‥この様子じゃ調べるのは難しいか」
シスターに追い返されたドゥが首を横に振る。地下室へも鐘へも、関係者以外は立ち入り禁止――。当然と言えばそれまでだが。
「一先ず出るか。他の連中もそろそろ来るだろう」
南斗の言葉に続き三人は一旦教会を後にする。去り際ドゥはこちらをじっと見るシスターの視線を感じていた。
●壊れた世界
夜になり、傭兵達は再び教会を訪れていた。
B班が囮となり街中を練り歩いた物の、特に何事も起こらなかったのだ。
辿り着いたのは結局この場所‥‥。護は昼間の出来事を思い返していた。
教会の鐘が鳴り響くと、町の人々がぞくぞくと集まってきたのだ。集合した傭兵達の目の前を笑顔の人々が集って行く。
異常な光景だった。結局集まった住人は何をするでもなく祈りを捧げ、帰って行く。だがその誰もが声をかけても反応しない――。
「つまり、『異常』のある人間だけが集まっていた。なら――」
教会の扉を開け放ち、中へ踏み込む。B班のその様子を確認し、残り二班は周囲を警戒する。
「沖田君いつ何があってもおかしくない。警戒は怠らない様にしよう。未来の勇者もしっかりな」
「ふ‥‥ふっ! 魔王の手先め、隠れて俺様をじらす気か!」
と強がる勇者だが明らかに鹿苑より位置は後ろだ。
「カシェル君の話によれば、この先に‥‥」
無人の教会の中、B班は地下へと踏み込んでいく。そしてそこで真実を目の当たりにした。
地下にあったのは拷問室であった。それ以外に表現の方法がない。様々なおぞましい器具が並び、乾いた血の跡が床にこびりついている。
恐怖のあまり膝が笑っているジリオン。地下には牢屋もあり、そこにはつい最近まで誰かが居たような形跡もあった。
「これは――」
と、そこで唐突に鐘の音が鳴り響いた。慌てて地下から引き返す彼らに通信が入る。
『ど、どうもここで当たりだったみたいです!』
「譜琶君か。何があった?」
『何って、それはそのー‥‥』
通信機の向こう、教会の外では譜琶が戸惑った様子で周囲を眺めていた。
次々に集まってくるのは昼間ここへ来ていた様子のおかしい人々だ。だが、それだけではない。
明らかに正常な人間が混ざっている。夜中にここへ集まり出した家族の異常についてきたのだ。
「――おいおい。こりゃ‥‥どうしろってんだ」
南斗が歯軋りしつつ銃を構える。近づいてくるのは人間だ。人間にしか見えない。
「洗脳‥‥いえ、これは」
黒い布を纏ったナンナは最悪の可能性を否定する。いや、或いはその方がまだ楽だったか。
小石を拾い、群がる住人の一人に投げたのはカシェルだ。石は弾かれ、ころりと足元に落ちる。
「フォースフィールド、か」
探査の目に狂いはない。住人の挙動には差異がある。家族を連れ戻そうとしている者、ただ向かってくる者‥‥。國盛はステュムの爪を構える。
「え? ど、どれが人間でどれがキメラですか――?」
「それだけじゃありません。正常な住人は状況を理解していない‥‥。これじゃあ、僕らは‥‥」
震える譜琶に続き、ドゥが簡潔に状況を説明する。そう、これではまるで――。
「――何故、来てしまったのですか?」
声に振り返ると、教会の屋根の上、月を背にシスターが傭兵を見下ろしていた。
「貴方達さえ来なければ、この世界は完全に循環していたのに」
その言葉で把握する。彼女こそ、今回の事件の黒幕なのだと。
「『本物』の住人をどうしたのですか?」
ナンナの言葉で全員がはっとする。そう、キメラと住人が誰も知らない内に摩り替わっていたという事、それは即ち――。
「殺しましたよ。いえ、厳密には材料になってもらいましたが。お陰で家族も気づかない程、そっくりでしょう?」
「おまえ‥‥!」
南斗が向けた銃口を恐れる気配も無く、シスターは目を細める。
「まあ、いいでしょう。この町での実験はお陰で破綻しました。もう彼らは不要です。好きにして下さい」
「人生を踏みにじるような行動だ。見過ごす事など、私には出来ない」
引き返してきたB班の中、鹿苑が呟く。シスターは笑みを浮かべ、首を横に振った。
「永遠を与えたのです。老いず朽ちず、途切れぬ永遠を。人の一生など、大した意味はありません」
そこでシスターは背を向け、人間とは思えぬ動きで去っていく。
「長話をしている余裕は無いのではありませんか?」
去り際の言葉に振り返れば、住人と摩り替わったキメラが迫っている。それはキメラ‥‥今は住人に手を出さずとも、容認は出来ない。
「ま、待って下さい! 彼らは、彼らの家族はどうなるんです!?」
「放置すればその家族に危害が及びます」
「ナンナさんっ!」
護の脇を通り、ナンナは銃を構える。
「――ごめんなさい」
一発の銃声を合図に戦闘が始まった。
敵は脆く弱い。誰一人怪我をする事はなかった。それでも戦場には繰り返し悲鳴が響き渡っていた。
●無音
「これで、無事解決‥‥と言っていいのでしょうか」
譜琶は呟き、悲しげに目を伏せた。
もう、町には居られなかった。家族を奪われた住人の怒りの矛先は彼らへと向けられたのだ。
山道をとぼとぼと歩く譜琶の肩を叩き、カシェルは首を横に振る。
「俺達はやるべき事をやった。ただ、それだけだ」
南斗は依頼終わりの煙草を咥え呟いた。後味の悪い仕事だった。紫煙は彼にとって救いだろう。
黙って腕を組み、國盛は考えていた。強さを求め傭兵になった彼だが、こんな形の勝利を望んでいたわけではないだろう。
「時が止まったような街、か」
振り返り、ドゥは思う。あの町はこれからどうなってしまうのだろうか。これで本当によかったのか。
「結局、傭兵も見つけらなかったしね。あの様子じゃ、どこかへ移されたか、或いは‥‥」
「生きている‥‥と、思いたいけど」
ドゥの呟きにカシェルはそう返した。だがその表情は明らかに沈んでいる。
「少しは成長した所を見せたかったのですが‥‥」
背後から暗い雰囲気を眺め、鹿苑は溜息を漏らす。ここで冗談を言えるほど彼も器用ではないだろう。
「良い街だったが――俺様には、もっとふさわしい街がある筈だ!」
一人だけ元気に声を上げるジリオンの存在はある意味救いだった。護は悔しげに拳を握り締め、前を見る。
先頭を進むナンナはどんな顔をしていただろうか。あんな事を望んで行う者はいない。彼女もきっと迷っていたはずだ。それでも――。
「私達の考え方は違うかもしれません。ですが、私はあなたを戦友だと思っています」
足を止めたナンナは振り返り、護へ語る。悔しさを押し殺し、護は頷いた。
「僕もです。僕も――信頼しています」
会話はそれきりだった。それだけで十分でもあった。護の肩を叩き、カシェルが力なく笑う。
「ちょっと見ないうちに、大きくなったね」
「沖田さん、何か言いました?」
「いや、なんでも‥‥。さあ、帰ろうか」
傭兵達は繰り返しの町を去っていく。それぞれの思いと、迷いを残したままに――。