●リプレイ本文
●追撃
森の奥深くを目指し走り出すミュウ。その後を追う能力者達を足止めしようとNL兵が立ち塞がる。
「さて‥‥やるか」
「お前達の相手をするのも、いい加減飽き飽きだぜ」
すかさず左右からNL兵を挟みこむように移動する上杉・浩一(
ga8766)と巳沢 涼(
gc3648)。二人は横一列に広がる陣形のNL兵へと飛び掛った。
涼は構えた盾でNL兵を殴打し、思い切り吹き飛ばす。同時に浩一は端のNL兵の胸倉を掴み、背負うようにして投げ飛ばした。
二人の敵に特に外傷はないが、それで十分であった。中央に纏まったNL兵達に対し、キア・ブロッサム(
gb1240)が拳銃を向ける。
キアの制圧射撃は敵の反応よりも早かった。連射される銃弾はNL兵の動きを釘付けにする事に成功する。その隙というのは、先行する仲間を行かせるには十分すぎる程の物であった。
「決着でもケジメでも‥‥お好きに。汚れ役は任せて‥‥さっさと追いなさい、ね‥‥」
「ありがとう、キアちゃん! 行ってきます!」
満面の笑顔で振り返りながら走り去るヒイロ。同じく一瞬だけ振り返ったラナ・ヴェクサー(
gc1748)と藤村 瑠亥(
ga3862)にキアは苦笑を浮かべる。
ミュウ・ブラッドの足の速さは尋常ではない。この一瞬、仲間を送り出す事に全力を尽くさなければそれは後々致命傷になりかねないし、追いつける可能性があるのは彼らしか居ない。
キアはそれほど心配していなかった。これまで何度も激戦を生き抜いてきた仲間達だ。彼らならきっと上手くやる。だから‥‥。
「正義の味方ごっこも終わりましたし‥‥私はビジネスをさせて貰いましょう。汚れ役同士‥‥付き合って貰いますよ」
敵兵に銃を向けるキア。敵を取り囲むようにして残っているのはキアだけではなく、浩一と涼も一緒だ。
「こいつらを倒しゃ全部終いだ。爆撃が迫ってる、早いとこ終わらせようぜ」
「ああ‥‥。正面から向き合わせて貰う。かかってこい」
一方、残りの傭兵は全員でミュウの追撃に当たっていた。瑠亥を先頭にPN組が先行、その後をイレーネ・V・ノイエ(
ga4317)、加賀・忍(
gb7519)、ヨダカ(
gc2990)が追跡する。
「ほう、やはり速いな」
森の中をぐんぐん加速するミュウ。イレーネはその背中に銃を向ける。
「こいつは挨拶代わりだ」
引き金を引きまくるイレーネ。しかしミュウはジグザグに走り銃弾を回避。更に回転しながら空中に跳躍し、背後に片手を翳した。
「雷撃か‥‥来るぞ!」
森の中に光が瞬き、轟音が瑠亥の叫びを掻き消した。木々が焼き切れ着弾点は地面ごと吹っ飛ぶその光景は、雷撃というよりはミサイルか何かが着弾したかのようだ。
舞い上がる土砂を突き抜ける瑠亥。更にミュウは雷撃を連射するが、瑠亥はそれをかわし、木を蹴ってミュウとの距離を詰める。
「ひゅう〜♪ よく怯まないねぇ。ホレボレするぜ。だ・け・ど‥‥」
空中で腰から提げた刀に手を伸ばす瑠亥。その一撃がミュウに届く直前、蒼い光が瞬きミュウの姿は遠くへ移動している。
遅れ、轟音と共に大地が吹っ飛ぶ。ただ加速するだけで地面が爆ぜるミュウに対し、瑠亥は更なる追跡を行なう。それについて来られたのはラナ、そしてヒイロだけであった。
「速すぎる‥‥このままじゃ逃げ切られるよ!」
「‥‥俺が行く。まだ‥‥全力で走れば間に合うと」
ヒイロの叫びに走りながら呟く瑠亥。視線だけで二人を見やる。
「ヒイロはこの辺が限界なのです‥‥藤村君、ラナちゃん、お願いしますっ」
「わかった‥‥行けるな、ラナ?」
「勿論です」
頷くラナ。そうしてヒイロに目配せする。
「必ず足を止めておきます。ここで‥‥終わらせましょう」
「うん、信じてるよ」
更に加速する二つの黒い影がヒイロを置き去りに森の中を駆け抜ける。
能力者と呼ばれる人間の中で、更にPNと呼ばれる者達、更にその中でも力を極めた者にだけ許された、人間離れした加速。
この立体的な地形を誇る森の中を、彼ら以上に早く走れる物は存在しない。車でも、バイクでも、こんな動きは絶対に出来ない。
木々の合間を縫い、時にそれを足場にして荒れ果てた森の中を駆け抜ける。瑠亥の速さに、ラナは殆ど遅れを取っていなかった。
「流石、ブラッド・ルイスが警戒した傭兵の一人だな。しかしまさかお前についてこられる奴が居たとはね」
「別に、不思議ではないと」
「弟子‥‥みたいなものですから、ね」
振り返り雷撃を放つミュウ。二人はその猛攻を掻い潜り、ミュウとの距離を縮めつつあった‥‥。
NL兵の足止めをする傭兵、その数三名。それに対し襲い掛かるNL兵の強化人間は八名。単純に考え、倍以上の戦力である。
しかし傭兵達の顔に焦りや恐怖はなかった。勿論不利であるという事実には何も変わりはない。だが、その気持ちが力に変わる事もあるだろう。
「俺達ならやれるさ。露払いは任せとけってな!」
纏まっている敵兵にマシンガンで攻撃する涼。キアの制圧射撃、涼の射撃で崩れた状態が整わないうちに飛び込み、浩一は側面から敵を斬りつける。
光を帯びた刃がNL兵の肩口に食い込み、そのまま刃を振りぬく浩一。血飛沫を上げ倒れる身体に目もくれず次の敵へ向かう。
「まずは一人」
そこへ近接武器を手にしたNL兵が三人、浩一へと襲い掛かる。次々に繰り出される攻撃を剣で受ける浩一、そこへ涼が射撃で援護を行なう。
「上杉さんをやらせるかよ!」
援護を受け斬り返す浩一。しかし二名のNL兵が涼へと接近し刃を振るう。
涼はこれを盾で受け、次々に弾き返し引き金を引く。更に二人へ襲い掛かろうとする敵へ、キアが射撃で援護を行なう。
今度は残りの敵がキアへ襲い掛かる。スキルを使用しつつ攻撃を回避するキア、背後に飛び退きながら声をかける。
「巳沢さん‥‥!」
「後ろががら空きだぜ!」
一気に加速し槍を手に疾走する涼。キアを追っていた敵に背後から槍を突き刺し、そのままもう一体目掛けて放り投げる。
二人は肩を並べて銃を構え、追ってきていた敵を纏めて銃で撃ち抜く。突破してくる敵は涼が受け持ち、キアがその背後から攻撃する事で優位に戦闘を進めた。
「二人ともやるな‥‥杞憂だったか」
NL兵と刃を交えながら呟く浩一。敵に斬り付けられながらも強引に踏み込み、攻撃を捻じ込んでいく。
「数が減るまでの辛抱だ。悪いが強引にでも攻めさせてもらうぞ」
振り下ろされる二体の刃を剣で受け止める浩一。まだ敵兵の数は半分にも減っていない。これを片付けるまで、先に進んだ仲間を追う事は出来ないのだ。
●サンダー・ストーム
度重なり響き渡る雷鳴。森の木々が次々に薙ぎ倒され、大地は根こそぎ吹っ飛び、ミュウの移動の形跡はマグ・メルの中に深く刻まれていた。
「げほっ、げほっ! うぐぐ‥‥道が滅茶苦茶なのです」
舞い上がった土砂に塗れたヨダカが走りながらぼやく。イレーネと忍も彼女と共に走っているが、ミュウには大分距離を離されてしまっていた。
単純な速さもさることながら、雷撃による妨害が彼らの進行速度を大きく落としていた。乱立する様々なオブジェクトの中を走っていくのは、要するに障害物競走をさせられているという事だ。生半可な機動力では突破に時間がかかって当然である。
「全く、良くこんな中を走れるものね‥‥」
「折角奴を見つけたと言うのに、こうも追いつけんとは‥‥逃げられるような事態に陥ったら、欲求不満どころではないぞ」
早く戦いたくて仕方がない忍とイレーネ。ヨダカも早く合流したいのは山々だが、今は黙って走るしかない。
「先に行った皆を信じるしかないのですよ。これだけ攻撃しているという事は、それだけ減速しているという事なのです。きっとそろそろ追いつく頃なのですよ」
ヨダカの言う通り、先行する瑠亥とラナはミュウへ追いつきつつあった。ミュウは足を止め、二人に背中を向けたまま肩を竦める。
「はー。止めだ止め。しつこすぎんぜ、お前らよ」
「当然です‥‥ここで逃がす訳には行きませんから」
「色々と混ざった結果になったが‥‥ここで終わりだな、ミュウ」
振り返りにやりと笑うミュウ。そうして二刀の刃を抜き、首をコキリと鳴らす。
「生憎だがまだ色々とやりたい事があってねぇ。ま、過去を清算してスッキリしてから取り掛からせて貰うかね」
「それは、こっちのセリフなのです!」
追いついたヒイロがミュウの退路を塞ぐように構える。三人はミュウを囲むように布陣し、それぞれ得物を手にした。
「いい加減君の悪ふざけに付き合うのはウンザリなんだ。ここで死んで貰うよ」
「ククク‥‥まあいい。この身体で全力を出すのは初めてだ。ちょっくらお前ら、試し切りに付き合ってくれよ」
銃を構えるラナ。狙いを定めようと目を細めたその刹那、ミュウの姿が視界から消える。唐突な出来事に目を見開くラナ、そこへ背後から声が響いた。
「どこ見てるんだい」
咄嗟に身を捩り振り替えるラナ。その首筋を刃が通り抜け、浅く切れた皮膚から血が流れる。
見えなかった。いつ、どうやって背後に回り込んだのか。すかさずクローで反撃を放つが、ミュウはそれをその場から殆ど動かずに身をかわす。
続け、左右から同時に瑠亥とヒイロが斬りかかる。これをミュウは一瞥すらせず、ラナと目をあわせたまま左右の剣で受け止めた。
「俺は剣を振るう力は別に大した事無い。ただ、目の良さと直感だけは人間とは比べ物にならない。元々そういう生き物だったからな」
雷撃を纏った刃を左右に構え、回転するようにして三人を一撃で弾き返す。紫電は周囲の空間に音を立てながら広がり、木々を薙ぎ払い、空を焦がす。
「紛れも無く供給源‥‥という事ですか。まさか‥‥そんな饒舌だとは、思いませんでしたが」
「喋る機能がない身体だったからなぁ。それに、喋れないなりに色々力があるんだぜ? 例えば‥‥」
片手を翳し目を細めるミュウ。その瞳が淡く発光すると、能力者達は激しい耳鳴りに襲われた。
「聴覚の重要性を理解しているか? 特に俺達機動戦を得意とする奴にとっちゃ命取りだ。三半規管が少し麻痺しただけで、まるで動きについていけなくなる」
刃を振るい、雷撃を載せた衝撃波を放つ。その一撃は森に轟き、爆発音と共に傭兵達を吹き飛ばした。
「‥‥ラナ、ヒイロ、無事か?」
「はい‥‥なんとか」
「あの破壊力‥‥まともに食らったら耐えられないね」
それぞれ回避から着地する三人。ミュウは砂埃の向こう、光る瞳で三人を見つめている。
「ただのブラッド一人殺すのに手間取るお前らが、俺を三人でどうにか出来ると思ってるんなら‥‥そりゃ思い上がりってもんだろよ」
笑いながら歩み寄るミュウ。そこへ側面から銃弾が飛来し、ミュウは片手を翳し雷の光で攻撃を弾く。
「まさか、貴公を追っているのがその三人だけだ等と勘違いはしていまいな?」
引き金を引きまくるイレーネ。続けヨダカが竜巻を放つ。その竜巻に包まれるミュウだが、刃の一振りで風を両断。更に斬りかかってきた忍の一撃を受け止める。
「やっと追いついたわよ、供給源」
「モテる男は辛いねぇ」
忍を弾き返し指を弾くミュウ。雷撃が迸るが、三人は上手く広がるように移動しそれをやり過ごした。
「追いかけっこもそろそろ飽きたのです。さぁ、決着をつけるのですよ!」
ミュウを取り囲む傭兵達。ミュウは頬を掻き、それから静かに笑う。
「やれるもんならやってみな。まあ‥‥どうせ無理だろうがなぁ!」
高らかに笑うミュウを前にそれぞれ神妙な面持ちで構え直す傭兵達。イレーネは弾を装填しながら仲間を目配せする。
「供給源は回避性能もそうだが、雷の自動迎撃が厄介だ。遠距離攻撃は弾かれ、近接攻撃にはカウンターがある。奴に有効打を与えるには、意識外からの不意打ちが鉄則だ」
「連携が重要って事ね。別にこれまでの敵と特に変わりない‥‥やれるわ」
剣を軽く振るいミュウを睨む忍。傭兵達は誰からともなく、一斉にミュウへと襲い掛かった。
次々に繰り出される攻撃をかわし、刃で弾くミュウ。多勢に無勢を物ともせず、驚異的な反応で傭兵達を寄せ付けない。
イレーネは回り込みながら銃弾を放つが、ミュウが纏う雷の鎧を突き破る事が出来ない。この状況を打開しようとヨダカは超機械を構える。
「お前の力は種が割れているのですよ! 支えを失って落ちるがいいのです!」
虚実空間の光を纏った竜巻を起こすヨダカ。ミュウはそれに対し素早く身をかわし、一瞬でヨダカの目の前まで移動する。
「当たらなきゃいいんだろ?」
目を見開き盾を構えるヨダカ。だがミュウの攻撃は的確で、とても防げるような物ではない。
蹴りがヨダカの腹に減り込み。雷撃が爆ぜると同時に振りぬく。衝撃波に吹っ飛ばされたヨダカは木に激突し、口から大量の血を吐き出した。
痛みよりも熱さを感じる身体の中を意識で探る。骨は折れたし内臓も潰されている。しかも――そのまま追撃に向かってきているのが見える。
「やばいっ!」
青ざめた表情で叫ぶヒイロ。その脳裏に過ぎるのは彼のヨリシロになった男の事だ。
彼は元傭兵。様々な手段や戦術に精通し、卑怯卑劣はお手の物。もしブラッドの戦略性をミュウが継承しているのなら、『厄介な所』から潰しに来るのは明白。
初手でヨダカを確実に殺しておけば、後はどうとでもなる。ミュウは無表情に目の前の少女目掛けて刃を振り下ろした。
「ああっ‥‥うぅぅっ!!」
「ヨダカちゃんっ!」
兎に角致命傷だけは避けようと木を背に丸くなるようにして両腕で体を庇うヨダカ。その左右の腕を紫電を纏った刃が鋭く斬りつける。
叫びながら突進するヒイロを振り返り様蹴り飛ばし、イレーネの銃弾を左右の剣を振るい切り払う。続け忍の斬撃をかわしながら移動し、左右からのラナと瑠亥の攻撃を受け止める。ミュウの動きに無駄はなく、たっぷりとした余裕さえ感じられる。
「ヨダカちゃん‥‥大丈夫!?」
「ヨダカは‥‥大丈夫、なのです。これくらいの、傷‥‥っ」
練成治療を自らに施すヨダカ。それでも傷は万全に回復していない。ヒイロはそんなヨダカに駆け寄るが、ヨダカは震える手で超機械を握り締める。
「こっちの事は、いいのです‥‥ヒオヒオは、ミュウを‥‥」
「だめだよ‥‥もう一度突っ込んできたら、本当に殺されちゃう」
歯軋りするヨダカ。悔しいがヒイロの言う通りだ。あんな攻撃をもう一度食らったら、それこそ命に関わる。
「攻撃が‥‥届かない!」
刃を叩きつけても叩きつけても、ミュウは軽くいなしてくる。まるで弄ばれるような感覚に忍の表情にも焦りが募っていく。
動きが速いとか目が良いとかそういう問題ではない。単純に戦闘における技量が高いのだ。ブラッド・ルイスのヨリシロは、ミュウに欠けていた多くの力を与えた。
火花を散らす刃。人間離れした腕力で繰り出す剛剣だというのに、ミュウは剣をくるくると回すようにして手首と腕だけでいなす。まるで暖簾に腕押しである。
左右からラナとイレーネが放つ銃弾も、雷光の結界が弾き落としてしまう。今の所、有効打と言える物は一撃も入っていない。
「どうしたんだおい。ここで終わらせるんじゃなかったのか? 決着なんじゃなかったのか? さっきまでの威勢はどうした!?」
圧倒的な力を見せ付けるミュウ。引き攣るような笑みを浮かべながら傭兵達を見やる。
「お前達これまで何と戦ってきたんだ? 笑わせんじゃねーぞ! こんな雑魚共に『俺達』が殺されたってか? 悪い冗談だ! これじゃあブラッド・ルイスも報われねぇなあ!」
振り返り、ヒイロに刃を突きつけるミュウ。二人は真っ直ぐに見つめ合う。
「これが能力者か? これが傭兵か? これが仲間か? お前の答えはこれか? この程度のもんが、お前の全てってか?」
「‥‥‥‥そうだよ。この程度のものが、私達の全てだよ。だけどね、ミュウ。君に私達の何がわかるんだ」
ここに至るまでの戦い。それは決して単純な物ではない。
確かに、人間一人の力には限界がある。バグアはそれを容易く凌駕する。それは事実だ。
「それでも私達は戦ってきたんだ。戦って戦って‥‥皆で生きてきたんだ」
敵を、敵を、敵を倒し続け。彼らは歩んできた。
負ける事もあった。力及ばず悔しい思いをする事もあった。
必ず倒すと誓い追いかけた敵もいたし、必ず守りたいと祈り剣を掲げた味方も居た。
「私達は負けない」
少なくとも、彼らは強くなった。
「こんな物じゃない」
ずっとずっと、強くなった。
「傭兵を‥‥人間を」
例えこの戦争が終わろうとも。強くあろうとした彼らの軌跡は、決して無駄にはならない。
「馬鹿に――するなッ!!」
口から血を流しながらも叫ぶヒイロ。ミュウがその声に目を細め表情を変えた時、声が響いた。
「折角信頼して送り出してみれば‥‥想像以上の惨状、ね‥‥」
「キア君‥‥」
肩で息をするラナの傍に着くキア。傷だらけの体を見やり、笑みを浮かべる。
「随分やられているようだけど‥‥?」
「‥‥致命傷は負っていません。ただ、近づくと雷で焼けるから、それだけです‥‥」
少しむっとした表情で言い返すラナ。続け、浩一と涼がヨダカの背後から現れる。
「漸く追いついたか‥‥皆足が速すぎだ」
「待たせちまったな」
歩きながら傷付いたヨダカとヒイロを見やり、そのまま背中を追い越し前に出る男二人。
「ミュウ・ブラッド、か‥‥」
「‥‥安心しろ。もう誰も傷付けさせねぇ。あの野郎をぶっ倒して、全部終いだ‥‥!」
怒りを露にする二人に対しミュウは肩を竦める。
「俺の部下はどうしたんだ?」
「全員そのへんに転がってるぜ。後はてめぇ一人だけだ。ブラッド・ルイスは死んだ、あいつの戦いは終わったんだ。その体は返してもらうぜ、ヤドカリ野郎!」
溜息を零すミュウ。キアは銃を構え、ラナに笑いかける。
「まさか‥‥もうギブアップ?」
「――まさか」
左右にクローを装備し、髪を靡かせ前に出るラナ。仲間が追いつき、傭兵達の目にも活力が戻って来た。
「では殺そう、殺されよう。私に夢を見せてくれ、『供給源』。闘争という、儚い夢を」
口元を緩めながら引き金を引くイレーネ。その銃声を合図に、一斉に傭兵達が襲い掛かる。
これまで以上の圧倒的な傭兵の手数の中、ミュウは防御と回避で手一杯な様子だ。その状況を打開する為に、全周囲目掛け雷撃を放出する。
「数が増えたくらいでどうにかなると思ってんじゃねぇよ!」
傷付く傭兵達。そこから一歩引いた場所で回復を終えたヨダカが口元の血を拭い立ち上がる。
「この童話の消えた森で幻想は幻想に帰るがいいのです。『誰かがそこを楽園と呼ぶけど私にはそれが分からない。君がどこかを楽園と呼ぶならそこにキスしてさよならです』」
両腕を広げ歌い始めるヨダカ。呪歌は虚実空間とは違い、避ける余地が無い。しかしミュウに対し直ぐにその効果が現れるわけではなかった。
「またお前か。やっぱり殺しておかないとな」
雷光を纏った斬撃波を放つミュウ。津波のように押し寄せる光の渦。目を細めるヨダカの前に盾を構えた涼が立ち塞がる。
「やらせるかよ!」
「ち‥‥っ! 邪魔だ!」
続け、雷撃が涼に直撃する。光に覆われた涼のAU−KVが軋み、体が大きく仰け反る。
「ぐ‥‥あああああっ!?」
「涼君!」
「来るんじゃねえヒイロちゃん! 呪歌の効果が出るまでは‥‥俺が持たせる! 奴を‥‥攻撃するんだ!」
結果的にそれが涼を助ける事になる。ヒイロは頷き、ミュウへと襲い掛かった。
「時間を稼いで‥‥! 少しでも動きが鈍れば、勝機はある‥‥!」
銃を乱射しながら声を上げるキア。傭兵達は断続的に全方向から攻撃を加え、ミュウに攻撃の暇を与えない。
涼は雷撃から開放され、がくりと膝を着く。AU−KVの各所から煙があがる姿をヨダカは背後から歌いつつ見つめる。
負けられないと、負けたくないと思うその気持ちを歌に込める。もっと早く。もっと強く。あの動きを止め、勝機を作る為に――。
「身体が‥‥くそっ!」
麻痺の効果は確実にあがりつつあった。あれだけ高度で正確だったミュウの動きも鈍り始めている。
すかさず接近し刃を振り下ろす浩一。強力な一撃を刃で受け止めるミュウだが、衝撃でその足元が陥没する。
「今なのです!」
浩一がミュウを押さえつけている間に再び虚実空間を使うヨダカ。光の竜巻が吹きぬけ、ミュウを纏っていた雷の鎧が消失した。
「クソがぁ!」
浩一を斬りつけるミュウ。そこへ左右から瑠亥とラナが襲い掛かる。
「ラナ、合わせろ‥‥!」
「はい――!」
超スピードで踏み込む瑠亥。その繰り出す斬撃は光の軌跡としてしか捉える事は出来ない。
一息に繰り出された斬撃がミュウの両手足を的確に切り裂く。それに続き背後からラナが回転しながら左右の爪を繰り出し、背中の一点に攻撃を集中させる。
ミュウを挟んで擦れ違う二人。すかさず振り返り、再度交差しながら一撃を加える。二人にミュウが翻弄される最中、真正面から忍が斬りかかる。
渾身の力を振り絞り繰り出される剣。攻撃をミュウは剣で受け止めようとするが、忍の一撃で剣が手から離れ、空をくるくると舞った。
体の痺れ、瑠亥による手首への傷。力に優れるとは言えないミュウに、最早忍の攻撃を受ける余地はなかった。
刃を返し、切り上げる一撃。これでミュウの片腕が切断される。何とか逃れようとするミュウ、その足元にヒイロが潜り込む。
足払いから倒れこむ顎目掛けてのアッパーを捻じ込むヒイロ。スキルを乗せ空中に吹っ飛んだミュウは縦に回転しながら落下する。
空中に舞い上がったミュウを下から撃ちまくるキアとイレーネ。ミュウは頭から地面に落下し、受身も取れずに倒れこんだ。
「馬鹿な‥‥こうも、一方的に‥‥この俺が‥‥」
「‥‥確かに、貴公は強かった。これまで貴公を追ってきた私が言うのだから間違いは無い」
歩み寄り、倒れたミュウの額に銃口を突きつけるイレーネ。そうして寂しげな眼差しを向ける。
「だが、貴公は敗北した。だからそこに這い蹲っている。それだけが事実であり、結果なのだ」
指先に力を込めるイレーネ。そこへ忍が駆け寄る。
「待って‥‥。ねえ、あの忍者の行方はどこ?」
「俺が知るかよ‥‥。元々の仕事に戻ったんだろうさ。全く、俺が落ち目になったと見たら速攻見捨てやがって‥‥頼もしいボディーガードだよ」
「元々の仕事?」
「『処刑人』、さ。その言葉を追ってりゃ、会う事もあるだろうさ‥‥後はもう知らないね」
目を瞑り笑うミュウ。その姿を遠巻きにヒイロが見つめている。
ヒイロは何も言わず、ただなんとも言えない表情を浮かべた。哀れみでも憎しみでも喜びでもない目。深い色にミュウは溜息を零す。
「‥‥お前らの勝ち、だな」
「そして貴公の敗北だ。勝利、敗北‥‥全く以ってつまらん結末だが、闘争には決着が必要だ。覚めない夢がないように、な」
再び引き金に力を込めるイレーネ。そうして供給源の最期をその瞳に映す。
「去らばだ。貴公との闘争‥‥愉しかったぞ」
銃声が鳴り響き、ミュウはぴくりとも動かなくなった。戦闘は終了したのだ。と、その時。
「ヒオヒオには悪いですが、感傷に浸る時間はあげられないです。中からゲルミュウが出てくるかもしれないので、死体は完全に破壊しなくては」
「いや‥‥それは流石に‥‥」
「そうしよっか」
冷や汗を流す浩一だが、ヒイロは笑顔でヨダカに同意する。そして率先して死体に刃を突き立てた。
「これはブラッド君じゃない。ブラッド君の心は私が預かってる。だから、これはただのモノだから」
「ヒイロさん‥‥」
横顔を見つめる浩一。傭兵達は死体に近づき、それぞれ得物を突きつける。
「死体を切り刻む趣味はないけど‥‥」
「万が一と言う事もありえるからなと」
刃を振り上げる忍。それを皮切りに傭兵達の攻撃がミュウの死体を完全に破壊し、戦いは決着するのであった。
●始まりの終わり
KV隊による爆撃が開始された時、傭兵達はまだ離脱の途中であった。
ミュウを追いかけて森の奥地に入っていた事もあるが、元々時間内の離脱は絶望的だったのだ。
「なんだか申し訳ない‥‥」
浩一は瑠亥の背中に背負われていた。先の一撃で錬力がすっからかんになり、もう覚醒して走れないのだ。
「いや、問題ないと」
大の男を背負っても瑠亥の足の速さなら遅れる事は無い。先頭を行くのは涼で、仲間達を案内する。
「こっちだ、急げ!」
涼達三人は森の中を進む時、退路についても確認していた。尤も、供給源追跡の跡に沿うように走れば良いのだが。
次々と降り注ぐ爆撃の中漸く森の出口まで到着した傭兵達。そこで彼らを待っていたのは、この森そのものが浮き上がりつつあるという事実であった。
「な、なんだこりゃ!?」
「跳ぶしかありませんね‥‥今なら着地出来ます」
地上まではまだ10メートル程度だ。流れ落ちる土砂を見下ろしながら、ラナが真っ先に飛び降りる。
「よ、よし‥‥行くか!」
続け飛び降りる涼。更に次々に傭兵達が飛び降りていく。そんな彼らを置き去りに、マグ・メルは空へと舞い上がっていった。
砂と泥塗れになった傭兵達はマグ・メル跡地から逃れるようにして高台へ移動する。そうして飛び去るマグ・メルを見送るのであった。
「マグ・メルに興味は無いけど‥‥あれが飛んで行ってしまったら、私はどこに忍者を探しにいけばいいのかしら?」
眉を潜める忍。とりあえずマグ・メルはさて置き、これで依頼は完了である。
「此れで一区切り。随分長かった、かな‥‥」
丘の上で風に吹かれるキア。遠くマグ・メルを眺めながら呟く。
「ただ‥‥先々振り返りましたら‥‥案外まだ始まりなのやも、ね‥‥」
「そうだなと‥‥この幕だけなら終端だし、先を見るならば、始まり‥‥とな」
腕を組み頷く瑠亥。少なくともネストリングと供給源を巡る戦いが終わった。それに関わってきた彼らの戦いもここで一区切りとなるだろう。
「ヒイロ君は、きっと大丈夫でしょう。因縁を超える事が出来る‥‥強い子のようですから」
二人に歩み寄るラナ。瑠亥は振り返り、徐にその頭に手を乗せた。
「最後の一撃、見事だったと。よくやったな‥‥ラナ」
不器用に頭を撫でる瑠亥。その掌を感じながら、ラナははにかんだように笑みを浮かべるのであった。
「御伽噺は終わりなのですよブラッド。人の心を淘汰する事なんて、出来っこないのです」
座り込みながら呟くヨダカ。ヒイロは風を受けながら首を横に振る。
「それでもね、ヨダカちゃん。いつかきっと人の心が一つになる時が来るって、私はそう信じてるんだ」
笑顔で振り返るヒイロの腕の中にはミュウの‥‥ブラッドの首があった。首からしたは完全に切り刻み滅多撃ちにしたが、この頭だけは持ち帰ってきたのだ。
勿論危険が無い事は十分確認した。それにもし危険があったとしても、今のヒイロなら容易く両断するだろう。
「夢は忘れないよ。どんなに現実に打ちのめされても、私は絶対に諦めない。その為に‥‥きっと死ぬその瞬間まで正義で在り続ける」
「‥‥ヒオヒオは本当に仕方ないのですよ。正義の味方なんてろくなもんじゃないとあれほど言っているのに」
にっこりと笑顔を浮かべるヒイロ。ヨダカはその笑顔に溜息を吐きながら苦笑するのであった。
「その首は、埋葬してやるのか?」
歩み寄る浩一。頷くヒイロの肩を叩き、傍で共に遠くを眺める。
「これでやっと、ブラッドさんを眠らせてあげられるな」
「うん‥‥」
生首を愛おしそうに抱き締めるヒイロ。これでやっと、終わったのだ。
「‥‥そうだよな。やっと終わったぜ‥‥みんな」
空の向こうを見上げる涼。長く続いた悲しみの連鎖も、ついに断ち切られ地へ落ちた。悲劇は全て、終わったのだ。
「闘争の決着は常に呆気なく、そして寂しい物だな」
煙草を咥えながら自らの銃を見つめるイレーネ。もう供給源を追いかける事は二度とない。そう考えると胸に去来する物がある。
「それもまた、一つの楽しみ、か。私には‥‥帰る場所もある事だしな」
鞘に収めた太刀を片手に立ち上がる忍。その背中に声をかける。
「どこへ行く?」
「次の戦場へ、よ。生憎、私の戦いはまだ終わってないの。済んだ戦いに執心するより、次へ行かなきゃね」
「‥‥成程。全く、貴公の言う通りだな」
風に髪を靡かせながら歩き去る忍。イレーネはその後姿を微笑みながら見つめるのであった。
ブラッド・ルイスの墓が作られたのは、それから少しばかり後の話。
日本の山奥にあるバグアに滅茶苦茶にされた村。その更に奥にある屋敷の敷地に、墓が並ぶ。
彼が学び、志した場所で。彼が壊し、帰れなかった場所で。
ただそれは静かに、時の経過を見つめ続ける事になるのであった‥‥。