タイトル:リーンカーネーションマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/09/25 07:25

●オープニング本文


「どうだ、その後の調子は?」
「お陰様でなんとか。少なくとも、JXシステムの破損に関しては元通りになったかと」
「そうか。ならば後は経過を見るしかないだろうな」
 ジンクス開発室で肩を並べるカレーニイ親子。その様子を遠巻きに羽村は眺めていた。
 父レイズ、そして娘イリス。この二人がこんなに言葉を交わす姿を見るのは初めてだ。恐らくそれは二人にとっても同じであろう。
 あれだけ苦手意識を持っていた父に対し、イリスは不思議なくらいに話をする事が出来た。そういう所を鑑みると、やはり自分達は科学者なのだと実感させられる。
 個人的感情は二の次になり、目的の為ならば瑣末な過去などどうでもよくなる。それが良い方向に機能したと言うべきか。
 レイズとミドラーシュの助力を得たイリスは一気にシステムの復帰を進めた。プログラム的に言えば、既にあの日アンサーが消えてしまう前の状態にまで戻せたと言えるだろう。
「しかし、所詮は数字ですからね。『あの』アンサーは目覚めないかもしれません」
「ほう。諦めるのか」
「違います。ただ、もしそうだとしても‥‥新しいアンサーだったとしても、受け入れようと思ったんです」
 変態でどうしようもないアホのバグアであるミドラーシュだが、ズルフィカールの事を語る時だけ、彼は父親の顔になる。
「仮にどんな姿でも、どんな性格でも娘は娘です。それはそれでいいのかなって」
「だからその強化人間に移植したのか。新型アンサーシステムのコピーを」
 無数の計器に繋がれ眠る作業台の上のズルフィカール。彼女にはイリスが作り上げた意志を発生させる為の装置、即ち『人工知能』を移植していた。
 勿論オリジナルのJXシステムに比べれば見劣りするがアンサーの『自我』と呼べる部分の最小限を収めてある。
「アンサーと全く同じにはならないでしょう。でも、彼女なりの心が目覚める可能性は十分在り得ます」
 ズルフィカールが人間らしくならないのは、『そういう機能』を持たないからだ。
 なら、『機能』を持つパーツさえあれば、或いは進展が見えるかもしれない。それがイリスのミドラーシュに対するリターンの答えであった。
「‥‥って、強化人間!?」
「ああ。いや、どちらかというと機械‥‥キメラか」
 父親の言葉に慌てるイリス。これがバグアの物だという事は伏せていた筈だったのだが。
「あのミドラーシュという男の方が強化人間だったか?」
「いえ、あの、どうしてそれを‥‥?」
「私を訪ねてくるだけの事で武装した能力者がついてくる。何もないと考える方が馬鹿だろう。それに奴の技術は人間のそれとは違いすぎる」
 呆然とするイリス。レイズは荷物を纏め、話はここまでだと言わんばかりに背を向けた。
「怒らないんですか?」
「お前はもう立派な科学者だ。JXシステムとやらを共に触ってそれを理解した。お前はやはりカレーニイの女だよ」
 振り返り、躊躇いがちにイリスの頭を撫でるレイズ。イリスは驚きながらもなされるがままであった。
「JXは、六車博士と姉さんが作り上げた物です。私はそれを弄っただけに過ぎません」
「その通りだ。故に成果とは呼べん。お前自身の成果は、お前自身の手で作り上げて然るべきなのだから。その為にそいつに細工をしたのだろう?」
 手を離し歩き出すレイズ。擦れ違い様、羽村に目を向ける。
「イリスを頼む。何かあれば直ぐに連絡を寄越せ。後はわかるな?」
「了解です、先生」
「お前達を手助けするのはここまでだ。後は自分でやってみるがいい」
 廊下に出るレイズ。その背中にイリスは声をかける。
「あのっ、お父さん‥‥」
 振り返るレイズ。イリスは父の顔を久しぶりに真っ直ぐ見つめた。
「ありがとう‥‥お父さん」
 何も言わず立ち去る父。イリスはズルフィカールへ目を向け深々と息を吐く。
「やっと全てが上手く行きそうなのに。こんな時にあの馬鹿は何処に行ったんですか」
「‥‥帰ってこないね、ミドラーシュ」
 肩を竦める羽村。ミドラーシュはある日突然研究室から姿を消したのだ。ズルフィカールを頼むという手紙を残して。
「目覚めた時に親がいなくてどうするんですか。全く、研究者の風上にもおけませんよ」
「心配しているのかい?」
 背後からの羽村の声。思わず頷きそうになる自分に呆れながらイリスは目を閉じるのであった。

「てこずらせてくれましたね、ミドラーシュ。しかしここまでです」
 声に振り返るミドラーシュ。その視線の先には機械で出来たバグア、処刑人が立って居る。
 二人が向き合うのは旧フィロソフィア研究所。何度も傭兵が出入りしたお陰で彼方此方が破壊されている場所だ。
「逃げ回った挙句戻るのはここですか」
「色々と自分の研究を纏めるのに都合が良いものでな。人間の機械は私の肌には合わんよ」
「遺す者の居ない記録に何の意味があるのです? 貴方の研究は私に略奪され、貴方はここで死ぬ。裏切り者は絶対粛清、それがバグアの掟なのです」
「はいそうですかとやられるわけには行かなくてね!」
 杖を振るうミドラーシュ。炎が処刑人を覆うが、向こうは腕の一振りで炎を薙ぎ払う。
「科学者風情に戦闘特化型である私をどうこう出来るとでも?」
 腕から放たれる閃光に肩を撃ち抜かれるミドラーシュ。倒れた所へ処刑人は歩み寄る。
「愚かな。何故本星の命令に従わなかったのです」
「遣り残した事が、あってね‥‥それに、やっと見つかりそうなんだ。私の答えが‥‥」
「答え?」
「ただ力を求める進化に何の意味がある。私はより深く、より強い進化を見つけたのだ。それは暴力では支配出来ぬ進化‥‥即ち心」
 首を傾げる処刑人。男は笑みを浮かべる。
「貴様にはわからんだろうな。人間はいいぞ。貴様も人間のヨリシロを持てば或いはわかったかもしれんがな」
「無意味な事です。まさか心等と」
「いいや、無意味ではない。それは俺達の中にもある筈なのに、俺達はそれをないがしろにしてきただけだ。その事実にこのヨリシロが気付かせてくれた。我が友がな」
「人間を友とは。愚の骨頂です」
「愚かなのは貴様だ処刑人。バグアはそんなだから人間に負けるのだ」
 光の剣を突き刺されるミドラーシュ。処刑人は無数の刃で次々に男を切り刻んでいく。
「ぐあああっ!?」
「最早語る言葉もありません。速やかに死になさい」
「そうは、いかんよ!」
 炎を巻き上げ立ち上がるミドラーシュ。満身創痍だがまだ諦めては居ない。
「私が、勝たねば‥‥あの小さいのが巻き込まれる。それだけは、あってはならない!」
「理解に苦しみます。人間の身を案じるとは」
「『機械』にはわかるまいよ‥‥私の『心』はなッ!!」
 接近し刃を振るう処刑人。ミドラーシュの片腕が切断され、血と共に空を舞う。
「わかるはずがないでしょう。敗北主義者の戯言等‥‥その必要も感じませんよ」
 そして冷たい声と共に、冷酷に刃はミドラーシュを貫くのであった。

●参加者一覧

UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
神撫(gb0167
27歳・♂・AA
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD

●リプレイ本文

 光の剣に貫かれ、血を吐き出すミドラーシュ。ペイルヘッジは刃を抜き、倒れたミドラーシュを見下ろしていた。
「――そいつから離れろ!」
 その時である。通路から飛び込んで来たヘイル(gc4085)のAU−KVがペイルヘッジへ突っ込んで来た。
 突撃を回避したペイルヘッジ。ヘイルはバイクを急停止させ拳銃を抜き、すかさず銃撃を行なう。
「人間? 何故このような場所に?」
 ヘイルのバイクに同乗していた和泉 恭也(gc3978)は飛び降り、ペイルヘッジへと向かっていた。盾を構えて駆け寄る恭也を光線で迎撃するが、恭也はペイルヘッジへ体当たりし、強引にミドラーシュから距離を離す。
「どけぇぇぇ!」
 吹っ飛ばされつつも優雅に着地するペイルヘッジ。遠距離から放つビームを恭也は盾を構えて防ぐ。
「ミドラーシュ!」
「貴様達‥‥どうして」
「お前の方こそ一体どういうつもりだ!」
「全く、目を放した隙に死にそうになっているものじゃありませんよ」
 ペイルヘッジの相手をしつつミドラーシュに語りかける二人。ヘイルもAU−KVを纏い恭也の傍につく。
「自分だけが犠牲にという事がどれだけ残された者に重くなると思っている。フィーの親だというならそんなことは俺が赦さん。しがみついてでも生き続けろ」
「貴方の娘も来ているんです。貴方も死んでる場合じゃありませんよ」
 ペイルヘッジの攻撃に耐える二人。そこへ遅れて残りの傭兵達とズルフィカールが駆けつける。
「お待たせしました旦那様、連絡先はちゃんと残していただかないと困りますよ?」
「人生そのものの研究を放り出して何をしている?」
 ミドラーシュを庇うように立ちはだかる望月 美汐(gb6693)とレベッカ・マーエン(gb4204)。その様子に二人のバグアは困惑を隠せない。
「理解不能です。貴方達はその男を庇うのですか?」
「イリスから行方をくらませた研究員の捜索を依頼されてな‥‥時間がないってのはこういう事か」
「イリス・カレーニイでしたか。飼い馴らされましたね、ミドラーシュ。人間如きに下るとは、見下げた物です」
 傭兵達に緊張が走る。ペイルヘッジはどこまで自分達の事を知っているのか。場合によっては、イリスにも危害が及ぶだろう。
「やはり貴方の命は完全に消滅させるに限ります。ミドラーシュ、貴方の裏切りはあまりにも罪深い」
 腕に刃を形成するペイルヘッジ。その前に遅れて歩いてきたUNKNOWN(ga4276)が立つ。
「たまには、研究が進んだか見に来るものだ、な。また会ったねお嬢さん。次は、こちらかな?」
「また貴方ですか。つくづく目障りな人間ですね」
 笑みを浮かべ、UNKNOWNはミドラーシュに練成治療を施す。
「馬鹿な‥‥自分達が何をしているのか理解しているのですか?」
 困惑するペイルヘッジに見向きもせずレベッカはミドラーシュに止血を施し、応急処置を進めていく。
「無駄です。その男はもう助かりません。敵を助けてなんだというのです」
「イリスさんが信頼し協力しあえる以上、我々は仲間です。もう二度とここで仲間を失うわけには行きません」
 恭也の言葉に目を見開くミドラーシュ。
「バグアである私を‥‥仲間と呼んでくれるのか」
「父親であるおまえを失えばフィーが悲しむだろう。生きるんだよ、そう強く想え。父親であるおまえがフィーに限りない愛情を注いで初めてフィーの心は成長するんだ。これからが重要だ」
 応急処置を施した後、レベッカはズルフィカールを呼びつける。
「フィー、手伝ってくれ」
 ズルフィカールに抱えられるミドラーシュ。レベッカは周囲を見渡しながら言葉を続ける。
「ここはフィロソフィアのラボだったな。何か使える物は残ってないか? サイバネティクス系の技術に秀でていそうだったが‥‥爬虫人類の身体が残っていればそれを使えないか?」
「貴方達の言動には眩暈がします。手早くその男を始末し、一刻も早くこの場を離れたい。それが私の本音です」
 武装し駆け出すペイルヘッジ。そこへ飛び出し、神撫(gb0167)が二刀流で襲い掛かった。
「そんな死にぞこないより、俺達と遊んでくれないかな?」
 次々に繰り出される強力な斬撃。ペイルヘッジはそれらを光の刃で受け流す。
「あのバカをやらせるわけにはいかないんでね。イリスの前に引きずってでも連れていく‥‥そう決めたんだ」
 ペイルヘッジを取り囲む傭兵達。レベッカはミドラーシュを連れその場から離脱する。
「自分もお供します。他に危険が無いとも限りませんし」
「すまん。皆、後は頼む」
 恭也に頷き走り出すレベッカ。それにやや遅れ続くズルフィカールは一度足を止め振り返る。
「フィー、ここは俺達に任せろ。――信じてくれ。俺が君達を信じるように」
 ヘイルの言葉を理解したかどうかはわからない。ただズルフィカールは再び足を動かし、レベッカの後を追うのであった。

「全く、貴様らはどうしようもないお人好しだな。人とバグア、共存など出来ぬというのに‥‥」
「余計な事を喋っている暇があったらどうすればいいのか教えろ。考えるんだ、助かる方法を」
「‥‥無理だ」
 足を止めるレベッカ。ミドラーシュはズルフィカールに背負われたまま笑みを浮かべている。
「この施設は殆ど動いていない。度重なる貴様らとの戦闘でボロボロだからな‥‥」
 眉を潜める恭也。ここに何度も足を運んでいる以上、ここでどのような戦いが行なわれてきたのかは理解している。
「だが、只では死なんよ。これでもバグアだ、まだまだ持つさ。だから一つ、頼みがある‥‥!」
「頼み?」
「私の研究成果を纏めてある‥‥それを、小さいのに‥‥イリスに託したいのだ」
 傭兵達の治療の甲斐あってミドラーシュはまだ持ち堪えている。そして男はその与えられた時間をイリスの為に使う事を決めた。
「だが‥‥」
「貴様も科学者なら理解出来る筈だ。己の研究を誰にも伝えられず、無駄にして死ぬ事がどれだけ悔しいか‥‥! 頼む、レベッカ!」
 血塗れた手を伸ばしレベッカの白衣を掴むミドラーシュ。その瞳はとても真っ直ぐだ。
「私を仲間だと思うなら‥‥願いを叶えてくれ‥‥!」
「‥‥わかった。だが、生きる事は諦めるな。お前達はこれからなのだからな」
 頷くミドラーシュ。そうして震える指で通路の奥を指差す。
「この奥に、まだ生きているコンソールがある。そこに予備のデータを纏めてある。そこまでいけば‥‥」
「わかった。急ぐぞ、フィー!」

 残った傭兵四名はペイルヘッジを相手に一方的な戦闘を展開していた。
 ペイルヘッジについてはUNKNOWNから話を聞いていたので不意打ちを食らう事は無いし、心構えを持って挑めば自ずと動きも変わってくる。
「まさかここまで苦戦を強いられるとは。どこの馬の骨とも知れぬ人間如きに‥‥醜態です」
「ところで処刑人とはあとどれぐらいいるのかね?」
 銃を向けたまま問いかけるUNKNOWN。ペイルヘッジは溜息混じりに笑う。
「答える筈が無いでしょう? そんな事」
「残念ですが処刑されるのはあなたの方です。あなたみたいなのにあの子の事を嗅ぎ回られても困りますので、ここで消えてくださいね?」
「壁際に追い込まないようにね。壁を破壊して抜けられたら厄介だ」
 笑みを浮かべる美汐。神撫は壁との間に割り込むように立ち、ペイルヘッジを逃がさないように心がける。
「推測するに、イリス・カレーニイの関係者ですか。貴方達のような戦力を保有しているとは、迂闊でした。より警戒を強め対処すべきでしたね」
「‥‥てめぇはここでぶっ潰す。イリスには指一本触れさせねぇ。アンサー、力を貸してくれ」
 二刀を構え襲い掛かる神撫。ペイルヘッジは攻撃を交わし、舞うようにして体中の刃で対応する。
 美汐は銃撃で援護。ペイルヘッジの動きを制限し、そこへ神撫とヘイルが近接攻撃を仕掛ける。
 回転するようにて全身の刃で二人を押し退けるペイルヘッジ。続け左右に腕を伸ばし、光線を放出する。
「見くびらない事です。私の全力がこの程度だ等と!」
 背後から壁を蹴り、空を舞い狙いを定めるUNKNOWN。超機械銃で攻撃するが、ペイルヘッジは光の盾でそれを弾く。
「知覚攻撃は効きが悪い、か」
 着地し、素早くクローで攻撃を仕掛ける。更に美汐が続き、槍を繰り出した。
「あなた、両手の砲を見せ札に小技で抉って来るタイプですよね? 仕込みは腕部内外に2刀、肘に肩外部、つま先に踵に膝。後は背面部と胸部に展開型、奥の手で腹部にも砲が仕込んであるんじゃありません?」
 光の盾で槍を防ぐペイルヘッジ。それを解除し背後に跳び、両腕を左右に広げる。
「大体正解ですが、それでは奥の手と言うには弱いですね」
 全身の各所に収束する光。UNKNOWNは帽子を片手で押さえつつ、危険を察知して飛び退く。
「何か来る、ね。気をつけたまえ」
 身構える傭兵達。ペイルヘッジは集めた光を一気に周囲目掛けて放出する。
「私の剣は砲であり、砲は剣であり、剣は盾である。私の全身は、全てが砲なのですよ」
 体中から一斉に周囲目掛けてビームを乱射するペイルヘッジ。傭兵達は各々それに耐えるが、研究所は見る見る崩壊していく。
「おお。これは中々に派手だ、ね」
「拙いぞ‥‥これでは逃げ道だらけだ」
 冷や汗を流すヘイル。しかし問題はそれだけではなかった。
 穴だらけになった部屋の向こうからは次々と機械キメラが進入してくる。今度は傭兵達が囲まれる番だ。
「MSU射出。アイ・ハブ・コントロール」
 更に体の手足にあったユニットを切り離すペイルヘッジ。浮遊する四つの砲座は飛び回りながら傭兵達へビームを放つ。
「おいおい、やりたい放題だな‥‥!」
「伏兵の可能性は考慮していましたが、いざ現れると厄介ですね‥‥」
 キメラ達を制圧射撃で止める美汐。神撫とヘイルはそれぞれ二刀、二槍で敵を蹴散らしていく。
 UNKNOWNはキメラを超機械で破壊しながらペイルヘッジへ迫るが、四方のMSUから、そしてペイルヘッジから放出されるビームで迂闊に動けない。
 光を次々に掻い潜りつつ反撃するが、反撃もMSUがシールドを展開し防いでしまう。
「この状況でよく凌ぐ。確かに貴方達は決して無視出来ない戦力である‥‥それは認めましょう。しかし、わざわざ戦ってやる理由もありません」
 キメラ達を操り、搭載した火砲で一斉射撃を行なう。その弾幕に傭兵達が怯んだ隙に自分は壁の穴から離脱を図る。
「待ちなさい!」
 一気に加速し距離を詰め襲い掛かる美汐。その前にMSUが立ち塞がり、シールドで美汐を弾き返す。
「安心しなさい。イリス・カレーニイに手出しするつもりはありませんよ。こっちはこっちでやることが山積みですから‥‥今はまだ、ね」
「く‥‥っ!」
 更に追撃に乗り出す傭兵達。そんな彼らの視界を眩い光が覆った。
 ペイルヘッジが全身から放った閃光が傭兵達の視界を焼き、その姿を捉える事が出来ない。
「待て‥‥ペイルヘッジ!」
 叫ぶ神撫だが返事は無い。むしろ視力がまだ戻らない傭兵達は、襲い掛かるキメラへの対処で手一杯であった。

「操作法を教えろ、あたしが何とか操作する」
 バグアのコンソールはレベッカには意味不明だったが、背後からミドラーシュの指示通りに動かし、編纂されたデータを持ち出す為にハードディスクに転送していく。
「苦労したんだぞ。人間側の記憶媒体に、データを保存できるようにするのにはな‥‥」
 転送が終了し、HDを手渡すミドラーシュ。ズルフィカールに支えられながら笑みを浮かべる。
「なら早く脱出しましょう! ここでは無理でも、治療出来る施設なら‥‥!」
「人間の病院、か? バグアの基地か? どちらも私の事を助けようとは思わんだろうさ」
「もう悲しませないと誓ったんです! だから‥‥死んでも死なないでください!」
「‥‥無理を言わんでくれ。それは、矛盾と言うものだよ」
 苦笑するミドラーシュ。そうして真剣な顔で語る。
「ズルフィカールに関するデータと、可能な限りサルベージしたフィロソフィアの研究データが入っている。役立ててくれ」
「お前‥‥」
「だが、これだけでは足りんのだ。私が先に編纂していた、残り半分のデータ‥‥それを、処刑人に奪われた」
「何だと?」
「全てを伝え切れない事は残念だが、これもバグアを裏切ったツケだろう。私は十分、満足だよ‥‥」
 ズルフィカールを連れ、二人は部屋を後にした。そこへキメラを片付けた傭兵達が駆けつける。
「すまん、奴には逃げられた‥‥」
「それで、ミドラーシュは?」
 悔しげに報告する神撫。ヘイルは心配げに問うが、黙り込むレベッカと恭也の反応から状況が好転していない事を知るのであった。



 傭兵達はミドラーシュを車に乗せ、ビフレストコーポレーションまで戻って来た。それが彼の既望であり、依頼内容でもあった。
 血塗れの男に駆け寄るイリス。しかし傭兵達にはもう手の打ち様がない。
「これで良かったのだ。私はずっとここに居られない。貴様らに迷惑をかけるだけだ。だったら、私は居なくなるべきなのだ」
「ふざけるな! 誰かが犠牲にならないと先に進まないとなどいう天秤は壊し、ジンクスは断ち切り、そんな答えは認めない。俺はそう決めたんだよ。あの庭園で――彼女を喪った時にな!」
「折角手を取り合えたんじゃないですか! 私達はもう仲間なんですよ!?」
 ヘイルと恭也の言葉に嬉しそうに頷くミドラーシュ。だが、正しいのは彼の方だ。
 バグアと人間はどうやっても共にいる事は出来ない。別れは速いか遅いかの問題で、ただそれが今だったというだけの話だ。
 それを覚悟していなかったなんて、そんな甘い話は通らない。
「レベッカに、ある物を託してある。イリス‥‥ズルフィカールを頼む」
「そんな‥‥そんなのって‥‥」
 ミドラーシュを見つめ、泣きながら抱き締めるイリス。男は驚いた後、その頭を優しく撫でた。
「ずっと憧れていたのだ。人間のようになりたいと。笑い、泣き、喜び、憎み‥‥豊かな心を持つ貴様らが、ずっと妬ましかった‥‥」
 目を瞑り、微笑んで。
「ありがとう‥‥」
 そうして男は動かなくなった。ズルフィカールはそんな彼の亡骸に触れ、そっと手を取る。
「マ、スター」
 一度として理性を語らなかった口で。
「マスター。マス、ター」
 初めて、彼の事を呼んだ。
「マスター‥‥」
 繰り返し繰り返し呼びかけても返事は無い。だが男はとても安らかに、充実した様子で眠っていた。
 きっと、知っていたのだ。自らの死が無駄ではないと。
「マスターーーーーーッ!!」

 涙を流せぬ機械が上げた慟哭は空に響き渡る。
 主の死を引き金に、滞っていた何かが爆発するように溢れ出し。
 アンサーシステムが未知の動きを始めた事を、傭兵達はまだ知らない。

 こうしてバグアと結んだ仮初の協力関係は幕を下ろし‥‥。

 そして‥‥‥‥。