タイトル:星ヲ継グ者マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 4 人
リプレイ完成日時:
2012/09/28 06:16

●オープニング本文


 空へ舞い上がり、海を目指して移動するマグ・メル。UPC軍はこれにKV隊による攻撃を仕掛けていた。
 飛行する無数の昆虫キメラの群れが肉の壁となってマグ・メルを守り、KV隊のミサイルが空中で何度も炎を巻き上げる。そんな戦場の中、カシェルは傭兵達と共にクノスペでマグ・メルへ向かっていた。
 編隊を組みマグ・メルへ近づく数機のクノスペ。それを迎撃塔によるレーザー攻撃が襲う。被弾しよろけるようにして森に墜落したクノスペの輸送コンテナからカシェルはルリララと共に大地に降り立った。
「いてて‥‥お尻打っちゃったよ」
「ここがあの森なのか‥‥大分様変わりしちゃったな」
 尻を摩るルリララ。カシェルは森の様子を見渡す。
 森の各地には塔が乱立し、中心部には地下から迫り出した大型の建造物が佇んでいる。
 完全な変形を遂げたマグ・メルは浮遊要塞そのものだ。今の所これといって戦略的な行動はとっていないが、目的がわからない以上油断は出来ない。
「あの建物、丁度遺跡があった辺りに生えてきたみたいだね。テスラはあそこにいるのかな?」
「わからないけど‥‥行ってみるしかない」
 走り出すカシェル達。その背景に次々にKV隊が着陸しマグ・メルへの攻撃を開始する。
 この要塞を撃沈するのには戦力が圧倒的に足りていないが、幸いマグ・メルは自衛用程度の武装しか持たない。一応、戦いにはなるだろう。
「カシェル先輩ー!」
「‥‥ヒイロちゃん!? どうしてここに?」
 足を止めるカシェル。そこにはヒイロと朝比奈の姿があった。
「ヒイロもここが浮く所見てたですよ。それで、カシェル先輩が困ってるだろうなーと思って」
「俺達以外にも別働隊が侵入してる。ま、こっちはお前らと違ってUPCからの正式な依頼だけどな」
 肩を竦める朝比奈。カシェルは苦笑しつつ、ここに来る事になった経緯を思い返していた。
 マグ・メルが浮遊した事により、現地のUPC軍は大混乱に陥った。

 特に指揮官であったロイドはこのままでは自分の責任になると大慌てで部隊を編成。マグ・メルへ攻撃を開始したが圧倒的に戦力が足りない。
 そこで何でもいいのでマグ・メルを停止させるようにと、傭兵達を雇う事になったのだ。カシェルもそれでここに来たのだが、理由はそれだけではない。
「お願い‥‥テスラの話を聞いてあげて。彼女は争いなんて望んでいないはずなのよ」
 これまでの依頼人であったグラティス・ダウエル。彼女の願いはマグ・メルの暴走を止め、テスラを説得する事であった。
「こうなった以上、もうテスラを庇い立てする事は難しいと思う。だからせめて、彼女の想いを聞き届けて欲しいの‥‥」

 グラティスからの依頼も引き受けたカシェルはルリララを連れてここまでやってきた。
 尤もルリララは死んだ事になっているので、今は服装と髪型を変え傭兵という事になっているが。
「君がルリララちゃんだね! 友達から話は聞いてるよ。この戦いが終わったら、私も力になるから」
「え? えっと‥‥うん、ありがとう」
 ヒイロと握手を交わすルリララ。朝比奈はそれを横目にライフルで肩を叩く。
「俺達はKV発着用スペースを確保し死守するのが仕事だ。マグ・メルの親玉を叩くのはお前らに任せるぜ」
「そうですか‥‥。直ぐに戻ります。それまで持ち堪えて下さい」
 と、そこへ悲鳴を上げながら走ってくる少年の姿が。少年は薙刀を杖代わりにしながらボロボロで歩いている。
「あんたら、素人同然の俺をこんな激戦区に一人にするなよなぁ!」
「あ、カズ君忘れてた」
「やべえやべえ。んじゃ、上手くやれよカシェル!」
 走り去るヒイロと朝比奈。カシェルは二人と別れ、マグ・メルの中枢であろう建造物へと向かった。

 キメラの妨害を掻い潜りマグ・メル内に進入したカシェル。そこには植物園のような施設が広がっていた。
「これは‥‥」
「なんだろう、懐かしい感じがする。ボク、ここに来た事があるかも」
 世界中の植物が乱立する庭園。天井には偽装の青空が広がり、まるでどこか遠い場所に紛れ込んでしまったかのようだ。
 森の中を駆け抜けると景色の中に唐突に扉が出現する。そこを潜ると廊下に続き、その左右には同じ様な植物プラントが並列している。
 更に廊下を抜けると開けたエレベーターホールに出る。その様子にカシェルは怪訝な表情を浮かべる。
「なんだか見覚えがあると思ったら、ミュージアムと構造がそっくりなのか」
「ミュージアムって?」
「えーと、うん‥‥。このエレベーターでテスラのいる中央にいけると思うよ」
 エレベーターで中枢へ向かう傭兵達。そこには巨大な森が広がり、ここまで見かけなかった大量のキメラが待ち構えている。
「うわっ、なんでここだけ!?」
「テスラに近いって事だろ。ここを突破しないとテスラには会えない」
 うんざりした様子のルリララ。と、その時背後のエレベーターの扉が開き、中からレイディ・ボーンが姿を現した。
「げっ!? 斧女!」
 警戒し唸り声を上げるルリララ。しかしレイディは斧を担いだまま二人の前に立つ。
「成程ねぇ。この向こうにテスラがいるってわけかい」
 笑みを浮かべ、大斧を振り上げる。そうして勢い良く得物を振り下ろした。
 衝撃波が前方に突き進み、キメラを薙ぎ倒していく。尋常ではない力で次々にキメラを粉砕し、背を向けたまま叫ぶ。
「さっさと行きな! 雑魚共は私が引き受ける!」
「え? でも‥‥」
「いいからとっとと行くんだよ! 今回の私の仕事はあんた達をテスラの所まで送り届ける事! 感謝するならあのグラティスって女にするんだね!」
 顔を見合わせる二人。それから頷き、レイディが作った道を駆け抜ける。
「ありがと、レイディ!」
 走り去るルリララを見送り笑みを浮かべるレイディ。斧を構え目を細める。
「‥‥一度やると決めた事はちゃんとやり通すんだよ。それが責任を取るって事なんだからね」



 そうして辿り着いた要塞の中心。
 開かれた鋼鉄の扉の向こう。テスラは傭兵達を待ち受けていた。
 一面に広がる無数の花。それは季節も場所も関係なく、ただ己の存在を誇示するように咲き乱れる。
 テスラと呼ばれるバグアはそこに居た。部屋中に根を張る大樹の下、巨大な蒼い花に包まれる異形の人影。
 女は侵入者の存在にゆっくりと目を開き、その姿を確かに瞳に宿す。
「――ようこそ、我が楽園へ」
 まるで意志を持つかのように蠢く無数の蔓が部屋中へ広がる。テスラは虹色に光る甲虫の羽を広げ、傭兵達を迎え入れる。
 森で始まった戦いが今、真実の森で終わる。最後の決戦はこうして幕を開けるのであった。

●参加者一覧

鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
緋桜(gb2184
20歳・♀・GD
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
南 十星(gc1722
15歳・♂・JG
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA
雨宮 ひまり(gc5274
15歳・♀・JG

●リプレイ本文

「――ようこそ、我が楽園へ」
 広大な空間に展開された複雑に絡み合う植物で構成された部屋。そこがテスラの座する王の間であった。
 巨木を背に立つテスラは間違いなく異形であり、怪物であり、バグアである。傭兵達はそんなテスラと遠巻きに向き合う。
「よーテスラ! 要塞を止めて貰いに来たぜ!」
 手を挙げ元気良く語りかける月読井草(gc4439)。テスラは特に返事をしなかったが、傭兵達の様子を神妙な面持ちで見つめていた。
 井草はまだ武器を抜いていない。というより、他のメンバーも全員臨戦態勢には程遠い状態にあった。
 テスラに向けられた銃口なんてないし、行き成り飛び出して襲い掛かる者も居ない。それがテスラにとっては驚きであった。
「この要塞を止めに来たのがたったこれだけの戦力とはな」
「言っただろー、止めて貰いに来たって。別にあんたをどうこうしたいわけじゃないんだから、この人数で十分なんだよ」
「テスラ、私は貴女を死なせたくありません。ですから、どうか話し合いで解決出来ないでしょうか?」
 井草に続き語り掛ける南 十星(gc1722)。テスラはその言葉に目を細める。
「話し合いで解決だと?」
「対話もこの依頼の目的に含まれています。我々の目的はマグ・メルを停止させる事、そして貴女様との対話を試みる事で御座います」
 刃の柄に手を伸ばした状態のまま、片目を閉じてテスラを見つめる緋桜(gb2184)。二人は暫し見つめあう。
「対話とは随分と暢気な事だな。しかし、そなたの目はそれを良しとは思っていないように見えるが?」
「‥‥確かに、個人的にバグアの妄言を聞く気は毛頭ありませんし、殲滅すべきであるという信念も変わりません」
 しかし、その上でこの依頼を引き受けた。当然、テスラとこうして語らねばならぬ事も承知している。
「此度の依頼はマグ・メルの停止。その目的を達するためにバグアの言葉を聞き、何事も辞せずに行動しなくてはならないのならば、私そのように行動致しましょう。そう‥‥例えバグアを見逃す事になったとしても」
「自分を曲げてまで我と語らう、か。それだけの価値、そなたは見出せるのか?」
「依頼を請けた以上、個人的感情は殺すべきですしね。依頼を成功させる為に必要だと言うのなら、どんな手段も享受致します」
 眉を潜めるテスラ。ルリララは胸に手を当て、大声で語りかける。
「この人達は他の人間とは違うよ! テスラを騙したりしない! ちゃんと話を聞いてくれる、それは私が保証するよ!」
「誰にも人の心を知る事など出来ぬよ。人間とは罪深く、その本質に業を背負うべき存在‥‥真にわかりあう事など在り得ぬ」
「貴女は二十年ほどしか実際の人間を見ていないはず。それだけで人に絶望するのはまだ早いですよ」
 ルリララの肩を叩き、一歩前に出る十星。そしてテスラに語りかける。
「もう少し待てませんか。赤い月が去ればエミタ研究も戦う以外にも進み自然の回復に使えるかも知れませんし。赤い月が去った後皆の思いのほとんどは復興に向けて動きます。その時自然がまた減るでしょう。貴女の知識や技術があればそれを防げるかもしれません」
「可能だろうな。しかしそれは、人が我を受け入れたという仮定の話であろう? 人が我を受け入れぬという事は、既にこの事態が物語っている」
「バグアや人間だからという理由だけで必ず争わないといけないって事はないはずです。相手の事を知れば、今以上にもっともっと知り合えば、幸せになる方法だって見つけることが出来ます!」
 続いて口を開く雨宮 ひまり(gc5274)。首から提げた認識票を握り締め、真っ直ぐにテスラを見る。
「確かに今回はこんな事になってしまいましたけど、一度や二度だめだったからって諦めたらお終いですよ! 応援します! 頑張ります! だから、諦めないで下さい!」
「‥‥そもそも、貴女は何がしたかったのですか?」
 腰に片手を当て口を開くラナ・ヴェクサー(gc1748)。続け問いかける。
「マグ・メルを浮遊させなくては出来ない事? 森の中でひっそりとし‥‥その状態では駄目だったのですか?」
「そう出来るのであれば、我もそうしていたかった。この星に居たのは我の時間の中では僅かな間であったが、満たされ、そして癒されていた」
 そっと頭上を見上げるテスラ。大樹の揺れる影に包まれながら、折り重なる葉の向こうに見える光を臨む。
「だが、人とバグアの戦いはそれを許さぬ。我にはこのマグ・メルを守る義務があるのだ。誰の手にも渡さぬ為に、な」
「あんたみたいに風変わりなバグアを幾つか知ってる。マグ・メルの構造はミュージアムにそっくりだ。まさか、無関係ってわけじゃないんだろ?」
「ミュージアム‥‥ウルカヌスを知っているのか」
 六堂源治(ga8154)の言葉に若干顔色が変化するテスラ。源治は頷く。
「知っているも何も、ミュージアムを終わらせた一人ッスよ」
「結構人形師を知ってる人はいるよ。あたしもそうだしね」
 腕組み頷く井草。鐘依 透(ga6282)は人形師という言葉になんとも言えない表情を浮かべている。
「マグ・メルの存在理由を聞かない事には話が進まないんだ。もしその目的が大勢の人間を犠牲にする様な物なら、俺は力ずくでもそれを止めなきゃならない」
「あくまで我の意図を理解した上でと言うか。成程‥‥ルリララが懐いているのも納得が行く」
 源治の言葉に頷くテスラ。そうして傭兵達へ胸中を語り始めた。
「我が、我のヨリシロとなったこの身体が生きた星には、この地球のように豊かな自然があった」
 それは星から星を渡り歩く者達が重ねた遥かなる記憶。テスラはその欠片をゆっくりと紐解いていく。
「だが、その星は滅んだ。バグアとの長い戦いの中でな。我はその事実に何の感慨も抱かなかった。だが、この星を訪れた時、この胸中に後悔とでも呼ぶべき感情が沸き上がったのだ。やはり我はあの星を壊したくなかったのだと、今更になって気付かされた」
 ここまで美しい自然を育んだ星は滅多にない。この星が欲しい、そう思った。だが、戦争で奪うのではまた同じ事の繰り返しだ。
「我はもう、随分と前から戦いに疲れていた。この森に根を張り、永久に眠り続けたい‥‥そんな時だ、グラティスに出会ったのは」
 グラティスは森の中で出会った怪物を相手に、まず『対話』から入った。
 そしてテスラが森を守りたいと感じている事を知り、協力を申し出たのである。
「森は既にバグアの領土であった。グラティスは森に居座りバグアの支配に抵抗する者達の説得に来ていた。私は彼らに住処と安全を保証し、彼らの存在を隠す為、森にキメラを放った。そしてルリララを使い、人間とバグアが共存可能なのか、この星の者が自然とどのように付き合うのかを見ていた」
 そして、傭兵達を知った。
 彼らは強化人間であるルリララを殺さず、親バグアと取られても仕方の無い森の住人を守りバグアと戦った。
「人間はろくなものではない。だが、そなた達のような者もいる‥‥その事実には随分と救われたものだ」
 優しい笑みを見せるテスラ。そして真剣な面持ちに変わり。
「このマグ・メルは、人類とバグアの戦争でこの星が壊れてしまった時、星を再生する為に作った施設だ。その為にはそなた達の言う変わり者のバグア達から随分と力を借りた」
「『人形師』『刀狩り』『供給源』は繋がっていた様だし‥‥そう思うと、ここまで長い戦いだったな」
「縁、という物であろうな。我が盟友を葬ってきたそなた達がここに現れ、我を屠ろうというのは」
 源治の言葉に穏やかに頷くテスラ。御沙霧 茉静(gb4448)はその言葉に首を横に振る。
「言った筈です、私達は貴女を倒す為に来たのではないと。これまでとは‥‥違います」
「その言葉は嬉しいが、そうも行くまい。以前にも言った通りだ。全ての人間が、そなた達と同じではないのだからな」
「それは‥‥。貴女がこの要塞を守り、星の再生の為の切り札として建造したのだとすれば、何故要塞を動かしたのですか? 新天地を求める為? それとも人間達と関わらない為ですか‥‥?」
 テスラは目を瞑ったまま答えない。茉静は身を乗り出し、そんなテスラに問う。
「貴女は森を守りたいと言いました。では、何故守るべき存在である森の生き物達をキメラにしたのですか‥‥? 何故、森を要塞にしたのですか? 守るべき存在に望まぬ改造をしてどうして理解が得られましょう」
「そなたの言う通りだ。我に人を信じる心があれば、或いは未来は違ったのかもしれぬ。だが、我には同胞であるバグアも欺く必要があったのだ。そうでなければ、このような歪んだ楽園を作ろうとはしなかった」
「人形師の仲間ってのは皆凝り性だよね。道中あんたの植物園を見させてもらったよ。たくさん‥‥多分世界中から集めた植物が植わってた。一つとして枯れているものや萎れているものは無かった。それだけでもあんたが森や植物をどんなに愛してたか分かるよ」
 直接言葉を交わし、井草は確信した。やはりテスラは戦いを望んでいない。そんな事の為に、この要塞を作ったのではないのだ。
「要塞を止める気にはならないか? あたしらもルリララのカーチャンと戦わなくて済む方が良いんだ。頼むよ、この通り」
 ぺこりと頭を下げる井草。ルリララは拳を握り締め、テスラに叫ぶ。
「今からだって遅くないよ! 要塞を止めて帰ろう? 皆幸せだったあの森に‥‥! ボク、テスラがいなくなっちゃうのは嫌だよ!」
 泣き出しそうな声で、震える瞳で語るルリララ。透はその傍に立ち、優しくルリララの頭を撫でる。
「この子が強化人間だと聞いた時は‥‥驚きました。ここにいる皆は彼女を受け入れ、救ってくれた。僕はそれが嬉しいんです」
 拳を握り締めテスラを見つめる透。その眼差しには強い意志が感じられる。
「僕はかつて‥‥救う事が出来なかった子がいました。それは僕が無力だった所為です。そんな自分が嫌で、常に戦いに身を置いてきました」
 敵を救うという事は、言う程簡単ではない。綺麗事ではない。
 本当に困難で、本当に苦しく、本当に矛盾を孕んだ行動なのだ。
「人間が皆わかりあえない‥‥その言葉の意味も良くわかります。良いとか悪いとかではなくて、人と人とが心を一つにするのは、とても難しい事だからです。でも‥‥」
 ルリララを見やる。この子は違う。真っ直ぐで、強く優しい目をしている。この子があの時のように悲しく笑うのは見たくない。
「ルリララさんが連れてきた皆の想いは‥‥言葉は‥‥考慮するには値しませんか? 難しい事です。僕には出来なかった事です。それを彼女は乗り越えてきた。だから、僕はその想いを支えたい」
 人とバグアがわかりあうのは、難しい。
 人と人とだって、わかりあうのは難しいのに。
 でもそれは、何が良いとか何が悪いとか、正しいとか間違いとかそういう事ではないのだ。
 それがどんな存在であれ、ただ純粋に、真っ直ぐであれば、決して悪には成り得ない。
 心無い人間がそうであるように。優しいバグアがそうであるように。何かを決め付ける事なんて、誰にも出来はしない。
「――もっと早く、そなた達と出会いたかった」
 あと少し早ければ、違っただろうか。
 もっと素直に助けを求められたら、変わっただろうか。
「だが、全てはもう遅い。そなた達が何もせずとも、この要塞は人間かバグアの攻撃を受けて破壊されるだろう。それが遅いか早いか、それだけの違いでしかないのだ」
「そんな事ないよ! 村の皆だって、グラティスだってテスラを待ってる! 一人なんかじゃないんだよ、テスラはっ!!」
「‥‥そなたは見つけたのだな。我が見つけられなかった、人の心を。我はそれを心地良く思う。まるで夢のように、な」
 寂しげに微笑むと同時、部屋全体が脈動し始める。壁に、床一面に這う蔦が、木の根が、夥しい植物達が、意志を持つかのように動き出した。
「要塞を止める事は出来ぬ。どうしてもこの要塞を止めるというのであれば、我を屠るが良い。そなた達がこれまでそうしてきたように‥‥戦争という名の暴力で」
「どうしてわかってくれないんだよ! ボク達は誰も戦いたくなんかないのにー!」
 叫ぶルリララ。彼女が泣いていたように、テスラもまた涙を流していた。
「許せ‥‥最早取り返しのつかない所まで来てしまっているのだ! この要塞を守る為にも、ここで止まるわけには行かぬ! 許せ‥‥許してくれ!」
「テスラーーーーッ!!!!」

 足場ごと動き出した部屋に飛び退く傭兵達。その目の前でテスラが背にしていた大樹が蠢き、形状を変えていく。
 偽りの青空の下、青葉の翼を広げる竜樹。無数の木々はテスラを覆い隠すように取り込み、尚も身体を流動させ続ける。
「これは‥‥まるで巨大な竜のようですね‥‥」
「この部屋の植物全てがテスラの剣であり、盾である‥‥という事でしょうね」
 冷や汗を流すラナ。カシェルは呆れた様子で苦笑している。
「取り乱すどころか‥‥余裕まで見えますね。こんな状況だというのに」
「それはお互い様じゃないですか? 一応、色々な敵と戦ってきましたからね」
 そう、随分と長い戦いだった。あの頃は守られる側でしかなかったカシェルも、今は立派にラナと肩を並べている。
「何か感慨深いものがあります、ね‥‥」
「え?」
「いえ‥‥何でも」
 首を横に振り微笑むラナ。そして眼前の怪物を睨む。また聞こえないような小さな声で呟いた。
「‥‥護ってみせますよ。貴方を‥‥」
「こいつはヤクイ! なんか超でかい!」
「それでも戦うなんて、テスラさんが何をやろうとしてるかは分からないけど‥‥嫌な事、辛い事を、心から望んでいない事をしようとしているのなら‥‥私は反対です!」
 ぴょこぴょこする井草の隣で決意を固めるひまり。ルリララは辛そうに歯軋りしつつ、弓を手に取る。
「そうだね。テスラが戦いたくないって思ってくれてるなら、ボクらが止めてあげなきゃ!」
「結局いつも通り、切った張ったの荒事勝負になっちまったな」
 刃を抜く源治。茉静も同じく抜刀し、テスラを擁する怪物を睨む。
「異なる想いを一つにする‥‥とても難しい事だけど私は最善を尽くす。ルリララさん‥‥貴女には信じ合える仲間がいる。皆と力を合わせ、貴女の想いを貫きましょう‥‥」
「戦いが必要な事もある。その為に力がいるなら、僕がその力になる‥‥だからルリララさん、諦めないで」
 茉静と透の言葉に強く頷くルリララ。もう何も知らず考える事もなかったルリララは居ない。
「人間もバグアも信じるのは難しいのかもしれない。それでもボクは‥‥皆の心を信じてる!」
 そんなルリララを横目に剣を抜く緋桜。溜息混じりに刃を構える。
「やはりこうなってしまいましたか。所詮、バグアはバグア‥‥そういう事なのですか、テスラ?」
「さて、最終決戦だ。気合入れて行くか。これまでの戦いの為に、これからの戦いの為に‥‥な!」
 源治の声に一斉に構え、動き出す傭兵達。大樹と同化したテスラは軽く片手を振るい、竜樹を動かしそれに応じる。
「今はまだそなた達に止められるわけには行かぬのだ。不本意ではあるが‥‥そなた達には眠って貰う!」
 テスラ目がけ照明弾を打ち込む透。目晦ましにならないかと狙ったのだが、木々に覆われているせいか効果は感じられない。
「光が届きませんか‥‥」
「成程。これでは閃光手榴弾もどうか‥‥あの木の壁を剥がさない事には、テスラに触れる事も出来ませんね」
 呟くラナ。その目の前に地面から無数の花が咲き、淡い光を放ち始める。
 咄嗟にハンカチで口元を覆うラナ。光は一斉に部屋中に広がり始める。この調子では部屋が全て覆われるのも時間の問題だろう。
「くっ、これは‥‥」
「花粉‥‥? 身体が‥‥」
 ふらつきながら頭を押える十星。茉静は膝を着き、今にも倒れてしまいそうだ。
「お花畑が‥‥」
「催眠能力を持つ花粉と言った所ですか」
 床に転がっているひまりを一瞥する緋桜。傭兵達の中でまともに動けるのはレジスト持ちの緋桜、抵抗の高い源治とカシェル、キュア持ちの井草、それから咄嗟に口元を覆ったラナだけだ。
 しかしそれもこの状態では長くは持たない。ラナは花粉を放出する花を小銃で撃ち抜いていく。
 源治、緋桜、カシェルも走り回って花を切り払っていく。その間に井草はダウンしている仲間を起こし続ける。
「皆寝てる場合じゃないぞー、起きろー!」
 そんな井草を捉え、竜樹は翼から太い枝木を伸ばし攻撃。空中から降り注ぐ無数の枝、その攻撃をカシェルが受け止める。
「月読さん、離れて!」
「うおっあぶねっ!」
 受け止めるも、質量の違いすぎる攻撃に壁際まで持っていかれ叩きつけられるカシェル。そのまま枝が壁に張り付き身動きが取れなくなる。
「何をしようと無駄だ。この楽園は我の手中も同じ事。そなたらに勝ち目など無い」
 竜樹に宿った大きな木の実が落下し、中から甲虫型キメラが姿を現す。動きは遅いが頑丈で膂力に優れるその一撃を源治が受け止める。
「カシェル君‥‥!」
 降り注ぐ枝木の攻撃を掻い潜り駆け寄るラナ。カシェルを押さえつけている枝に銃弾を連射し、クローで両断する。
「すいません、助かりました!」
 同時に左右に跳ぶ二人。木々は動きを追跡するように襲ってくる。
「こいつは中々頑丈ッスね‥‥」
 キメラを切り倒す源治。しかも頑丈なだけでなく。
「かなり数が多い‥‥こいつは厄介だ」
 頭上から次々に木の実が落下し、同じキメラが現れる。その物量に緋桜は圧倒され、攻撃を防ぐだけで手一杯だ。
「しっかりしろー! 立てー、立つんだひまりー!」
 寝かされていた傭兵達が井草のキュアで復帰。各々頭を振りながら構え直す。
「はう‥‥何か凄い事になってます」
「寝ている間に攻撃してこないとは‥‥テスラ」
 矢を放ちキメラを貫くひまり。十星が制圧射撃で動きを抑えていると、更に地面から新しい花が生えてくる。
 今度の花は中心部からレーザーを照射し攻撃してくる型。これが十以上一斉に出現し、飛び交うレーザーに傭兵達は慌てふためく。
「キリがありませんね‥‥!」
 レーザーを避けまくりながら銃で花を破壊していくラナ。透は跳躍し、空中を回転しながら彼方此方に斬撃波を放ち花を一斉に撃破する。
「強くなったッスね、透」
「いえ‥‥六堂さん程では‥‥」
 キメラを掻い潜り、銃を連射しながら接近する緋桜。すかさず刃を叩き付けるが、テスラを守る木の壁を突破出来ない。
 茉静も駆けつけ刃を何度も振るうが、切り裂いた傍から別の木に覆われてしまう。
「二人とも、下がってください!」
 力を込めて弓を放つひまり。閃光を帯びた矢が竜樹に直撃し大穴を空けるが、それも直ぐに塞がってしまう。
 更に竜樹は枝を束ね拳を作ると、遠く離れたひまりへとそれを叩き付ける。距離があったので逃げられたひまりだが、蔦に足を取られ転んでいた。
「僕が突破口を開きます‥‥その隙にテスラさんの所へ!」
 次々にキメラを両断しながら叫ぶ透。ラナはレーザーを回避しながら着地、竜樹を睨む。
「それでも開けるのは一瞬‥‥飛び込める人間は限られていますね」
「テスラ本体を攻撃すれば、木の再生は遅くなるかもしれません。危険ですが‥‥お願いできますか?」
 カシェルの言葉に頷くラナ。他に突破出来そうな足の速さなのは茉静とルリララくらいのものだ。
「ボクと茉静も行くよ! 行けるね、茉静?」
 頷く茉静。ラナは二人の元へ向かう。そこへ立ち塞がる甲虫キメラは源治が切り倒し、レーザーは井草が潰し、集まる敵は十星が動きを止める。
「頼むッスよ、透!」
「はい‥‥!」
 源治が作った道を駆け、剣を振るい衝撃波を放つ透。その一撃が竜樹を切り裂いていく。
「まだまだ!」
 次々に斬撃を繰り出す。その一撃一撃が竜樹の防壁を破壊するに値する攻撃だ。再生が追いつかず、徐々に壁に亀裂が走っていく。
「これで‥‥開いて!」
 そこへ一斉に矢を放つひまり。四方から飛来した矢は亀裂を囲うように着弾し、壁を大きく吹き飛ばした。すかさずラナ、茉静、ルリララが内部へ突入する。
「テスラーッ!」
 内部は空洞になっており、それでも蔓は蠢いている。ラナは木々で編まれた壁を走り、空中を跳んで無数の蔓を回避。ルリララはこれを二対のダガーで両断するが、茉静は受けも回避もしなかった。
「もう、戦いは止めて。これ以上ルリララさんを悲しませないで‥‥!」
 蔓に体中を締め付けられ苦しげにもがく茉静。テスラはその様子を悲しげに見つめている。
 ラナはその隙を見逃さなかった。頭上を跳び越しながら閃光手榴弾を投げつける。今度は遮る物もなく、テスラの目の前で発動した。
 眩い光が竜樹の内側から漏れる。それが効いたのか、再生と木々の操作は同時に出来なかったのか。兎に角空いたままであった穴を突破し、緋桜が刃を振り上げる。
「駄目‥‥待って!」
 慌てて叫ぶ茉静。緋桜は仲間が作った蔓の隙間を縫い怯んでいるテスラに接近。その首へと鋭く刃を振り下ろした――かのように見えた。
 テスラは真っ直ぐに緋桜を見つめていた。それはもう閃光手榴弾の効果から脱していた事を意味している。
「何故ですか?」
「そなたの方こそ、何故」
「貴女様がもっと真面目に私達を攻撃していれば、或いは違ったかもしれません」
 刃を突きつけたまま語る緋桜。テスラは寝ている者を攻撃しなかった。それどころかどの攻撃も致命傷を狙ってはいなかったように思える。
 実際ろくに負傷した者はいない。この巨大な竜樹がハリボテであったように、その敵意は偽りだったとしか思えない。
「既に申し上げた筈です。私は依頼を成功させる為に、必要と思われる事をすると」
 例えそれが不本意だとしても。己の信念を曲げるとしても。
「バグアを見逃す事になったとしても、です。マグ・メルを、止めて頂けますね?」
 目を瞑り武装解除するテスラ。竜樹もその姿を崩し、広大な空間にただ偽りの青空が広がった。
「もう十分であろうな。我の敗北だ。そなた達の言う通り、マグ・メルを停止させよう」
「テスラさん‥‥」
 蔦を解かれ歩み寄る茉静。おずおずと近づくルリララへ手を伸ばし、テスラはその頭を撫でた。
「テスラはルリララの母親の様なもの、ですよね?」
 近づき、十星はテスラに問いかける。
「もしかして強化人間や洗脳された人を元に戻す方法を知りませんか?」
「‥‥知っている。それも我の分野だからな」
「それなら、テスラの知識を活かす形で人類側と融和も図れるかもしれません」
 テスラは悲しげな顔をしているだけで答えない。十星は更に声をかける。
「人の意識を乗っ取らないで人の中で眠ることは出来ませんか。もしできるのなら私の中で眠っていてくれても構いません」
「自らヨリシロになるという事か?」
「その必要があるのなら」
 十星を見つめるテスラ。しかし首を横に振る。
「残念だがそれは出来ぬ。そこまで我は器用ではないし‥‥そろそろ時間になるからな」
「時間?」
「マグ・メルはもう直ぐ自壊を始める。飛び立った時、我がそのように設定したのだ」
 驚く傭兵達。彼らをテスラは一人一人見つめ、強く頷く。
「まだ脱出には間に合うだろう。急いで離脱しろ」
「そんな‥‥どうして!」
 詰め寄る茉静。テスラは優しく微笑む。
「この森を手に入れれば、人類もバグアもその力を使わずには居られまい。我は、我が作り出したこの楽園を、兵器にされてしまうのが一番辛い」
「じゃあ、テスラさんは最初からこの要塞を誰の手にも渡さない為に‥‥」
「十分に移動は果たした。人気の無いこの海上でなら自壊の影響は少ない。魚達には迷惑をかけるが、いずれは優秀な漁礁となるだろう」
 ひまりの言葉に目を瞑るテスラ。ルリララは泣きながらテスラに飛びつく。
「なら一緒に逃げようよ! テスラも一緒に!」
「我はこの場所と一体化している。移動は出来ぬのだ」
「そんな‥‥!」
「我はここで我の夢と共に眠る。これも我に与えられた罰であり、救いなのだろうな」
「嫌だよテスラ‥‥そんなの勝手だよ! どうして全部一人で背負っちゃうのさ! どうしてボク達を頼ってくれなかったのさ!!」
「‥‥‥‥許してくれ」
 その時、マグ・メルが振動を開始した。激しい揺れは要塞の終焉を容易に想像させる。
「最期に何か、伝えたい事はある?」
 井草の言葉に微笑むテスラ。そうしてその小さな手を取り言った。
「我に希望を見せてくれてありがとう。もう十二分、優しい夢を見せてもらった。この星を‥‥我が愛したこの星を、頼む」
 揺れは激しくなっていく。もう脱出しなければ共に海の底へ沈む事になるだろう。
「いやだぁ‥‥テスラ、一緒に生きようよ! 折角わかりあえたのに、こんなのってないよ!」
「そなたはそなたの人生を生きろ、ルリララ。そなたがそうして泣いてくれる事が我は嬉しい。そなたが人間と共に在る事が、我はとても嬉しいのだ」
 泣きじゃくるルリララ。ラナは仕方なくその体を担ぎ上げる。
「は、放して! 放してよ!」
「ここで共に散る事がテスラの望みですか‥‥? 良く考えなさい」
「テスラ! テスラーッ!」
 暴れるルリララをつれて走り出すラナ。傭兵達はテスラを残し、脱出を開始した。
「さぁ皆帰ろう。どんなに苦しくとも、生きなきゃ‥‥」

 各々想いはあったが、テスラがマグ・メルと共に滅ぶ事は必然。誰にも止める事は出来なかったのだ。
 ただ、傭兵達を見送る彼女の最期は穏やかであった。美しい景色に囲まれ、木漏れ日の下で優しく微笑んでいた――。

「よう、無事か? やる事やったから、ずらかるッスよ」
 エレベーター前で座り込んでいたレイディに手を差し伸べる源治。茉静も立ち止まり手を伸ばす。
「テスラはどうしたんだい?」
「‥‥彼女は、ここに残るそうです」
「そうか‥‥」
 手を取り立ち上がるレイディ。傷だらけの彼女に源治と茉静が肩を貸し、支えて歩き出す。
「貴女の想い、理解しました。でも、一人で全てを背負わず、皆で苦しみを分かち合いながら行きましょう‥‥」
 レイディは何も言わなかった。ただ前を向き、よたつく足で必死に前へと進んでいく。
 何とか内部からの脱出を果たした傭兵達。そこへ発着場を守っていた傭兵達が駆けつける。
「おーい、こっちだこっち! 皆無事だったか!」
「巳沢さん! あれ、キメラは?」
 驚くカシェル。周囲には動いているキメラの姿がないのだ。
「全部やっつけたのですよ‥‥こっちはクタクタなのに、何故負傷者が一人もいないのですか?」
 ヨダカと涼に案内されクノスペの元へと向かう。発着場は完全に確保されており、飛び立つのに何の問題も無い。
「全員無事だったか‥‥風間さん大丈夫か、しっかりしろ」
「離陸の準備は出来てる。いつでもいけるぞ!」
 全員が乗り込んだ事を確認し、発進の合図を出す浩一と南斗。発着場確保班は別のクノスペで脱出するらしく、先に内部に突入した傭兵達を乗せたクノスペが飛び立った。
 巨大な空中要塞は外側から徐々に崩れていく。ゆっくりと、しかし確実に。マグ・メルは空へと舞い上がりながら、終焉の時を迎えようとしていた。
 次々に離脱するKV達に紛れ、その最後を遠巻きに見つめる。理想郷の終わり。内部ではあれだけあった草木も全てが滅んでいる頃だろう。
「テスラさんの想い‥‥忘れません」
「人形師から続いたバトンも、ここで終わりか。その最期を見届けられたのは、テスラの言う通り縁だったんスかね」
 神妙な面持ちの透と源治。一方ルリララは膝を抱えて泣きじゃくっていた。
「テスラはテスラ、ルリララはルリララさ。おっかさんもそう言ってたろ? 元気出せよ、ルリララ」
「それに、多分本当の戦いはこれからなんじゃないかな?」
 優しく語り掛けるカシェル。ルリララはゆっくり顔を上げる。
「この星を頼む‥‥テスラは、そう言ってたよ」
 その言葉にまた泣き出すルリララ。茉静はそっと肩を叩く。
「守るよ‥‥この星を守る。ずっとずっと守り続ける‥‥だからテスラ、安心して。ボク、がんばるから‥‥」
「きっと出来ますよ。強く、優しい心を持つ貴女なら‥‥」



 森の調査から始まり、マグ・メルという要塞の崩落でこの事件は幕を下ろした。
 完全に瓦解したマグ・メルは海中深くに沈み、その全てを引き上げる事は人間にもバグアにも不可能となった。
 テスラはUPCからもバグアからも敵視されたまま、迷惑な騒動の首謀者であると語られるだろう。
 彼女が心を通わせた物はほんの一握り。だがそれで良かったと、満足していた。その事をルリララは知っている。

 疲れ果てた蒼い星の上で、これからも人は生きていく。
 その歩む大地がいつまでも潤っている為に。その空がいつまでも美しく在る為に。
 この星を巡る戦いが、終わりなき戦いが今、始まったのである。

「――さようなら、お母さん」

 海の底に沈んだ楽園は、今日もただ静かに眠り続けている――。