タイトル:イリスアフターマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/11/22 09:09

●オープニング本文


「アンサー、聞こえますか? 私の声が」
 ジンクス開発研究室の奥。ホログラムを映し出す装置の前にイリスが立っている。
 薄暗い部屋の中、宙に浮かぶシルエットはゆっくりと瞳を開く。イリスは伊達眼鏡を外し、その瞳を覗き込んだ。
「わかりますか、私の事が。覚えていますか‥‥これまでの事を」
「――はい。私はちゃんと覚えています。覚えていますよ、イリス」
 柔らかな微笑を浮かべるアンサー。その表情は、『ただのアンサー』では出せない物だ。様々な困難と別れを乗り越えた彼女だからこそ出来る表情。故にイリスもぱっと笑顔を作り、アンサーへと駆け出すのであった。
「アンサー‥‥へぶぅっ!」
「イリス君落ち着くんだ! 彼女はただの映像だから! 二次元だから抱きつくのはまだ無理なんだよ!」
「だ、大丈夫ですか‥‥イリス?」
 映像を突き抜け背後のデスクに激突したイリスがぷるぷるしている。アンサーはゆっくりと振り返り、羽村と共に安否を伺う。
「も、問題ありません‥‥ええ、わかっていますよ。これは映像ですから‥‥それくらいの事は承知しています。後はわかりますね?」
 鼻を押さえながら立ち上がるイリス。目尻の涙を拭い、改めてアンサーと向き合う。
「‥‥おかえりなさい、アンサー」
「凡そ一年半ぶりの再会ですね、マスター。相変わらずの様子で安心しました」
「貴女は‥‥えっと、昔よりも更に人間らしくなりましたか?」
「それは恐らく皆さんのこれまでの経緯をフィードバックしたからでしょう。それと‥‥彼女の存在のお陰です」
 部屋の片隅には壁に背を預け腕を組んでいるズルフィカールの姿がある。アンサーとズルフィカール、この二体はある程度情報を共有する関係にあった。
 あのマグ・メル2での戦いの後、ズルフィカールは搭載していた武装の一切を解除した。その存在が誰かに知られたわけではないが、そうする事が必要だとイリスが判断した為だ。
 ズルフィカールはキメラであり、兵器であり、ある意味において強化人間である。戦後を迎えようとしている今、その過剰な力は脅威にもなり得る。
 彼女を信用するしないという話ではない。それは戦争を終わらせていく為に必要な措置だったのだ。
「ズルフィカール、と言いましたか。私と貴女は基礎的な人格プログラムを共有しています。謂わば、姉妹とでも言うべき存在」
「そのようですね。私は貴女から得た情報と力で、主君の矜持を守り通す事が出来た。感謝しています」
「私は貴女から得た情報でマスターの近況を知る事が出来ました。お互い様でしょう」
 見詰め合う黒と白のシルエット。それぞれが持つもの、持たないもの、抱える問題は違うが、二人はどこか通じ合っている様子だった。
「‥‥こうしていると、どっちがどっちだかわからないね」
「付与されている性格、設定は違いますが、基本的には同じ物ですからね」
 苦笑を浮かべるイリス。だがこの理論は応用が効く。ミドラーシュが残したデータからも、その可能性は示唆されている。
 今のイリスに高度な意志を持った人工知能‥‥アンサーと同等の物をゼロから作り出す事は難しい。しかしそのコピーを、アンサーという完成されたデザインを周囲に移植する事ならば可能かもしれない。
 そうした意味において、ズルフィカールは計画の試作零号機。意図せず生み出された、次なる一手への布石なのである。
「それにしてもアンサー、本当に記憶は全て戻ったのかい?」
「はい。とはいえ、あれから一年半が経過しているようですね。その間に起きた事は、情報としてはまちまちと言った所でしょうか」
 目を細めるアンサー。彼女にとっての『昨日』は、あの日ザ・ワールドと呼ばれる敵と戦った所で途切れている。
 それから何がどうなったのか、一応知ってはいる。経過はイリスからまめに聞いていたし、ズルフィカールとの競合もあった。
「しかし、戦争が終わっているとは驚きでした。ミドラーシュというバグアとの馴れ初めも意外でしたが」
「そうね‥‥本当、意外だったわ。話したい事は山ほどあるんだけど、その前に彼らに連絡しなきゃね」
 携帯電話を取り出すイリス。アンサーは小首を傾げる。
「彼らとは‥‥彼らの事でしょうか?」
「そうよ。私一人だけ先にアンサーと話をするのは不公平でしょう? こういうのは皆でやりましょう」
 電話を手に開発室を後にするイリス。ズルフィカールはその背中を見送り、俯きがちに呟いた。
「アンサー‥‥貴女はいいな。帰るべき場所も、待ってくれている人もいる。今の私にはそれがとても羨ましく思える」
「ズルフィカール‥‥」
「この身体を与えられた事には誇りを抱いている。だが‥‥この身体は今となっては、誰からも望まれぬ代物となった」
 鋼の拳を握り締め、消え入りそうな声で呟く。
 ズルフィカールはバグアの兵器である。今はそれだけとも言い切れない存在となったが、だからといって根本は何も変わらない。
 平和に向かっている世の中だからこそ、このような異物は排斥されて然るべきだろう。人々はきっと、この火種の存在を許しはしない。
「私は本当にここにいても良いのだろうか? イリスに迷惑をかけているのではないか‥‥それが心配で」
 今のズルフィカールの肉体を維持しているのはイリスだ。騙し騙しとはいえ、メンテナンスをしているからこそ動く事が出来る。
 だがそれはイリスがズルフィカールというバグアの兵器を無断で所有していると言えない事もないだろう。
 アンサーとは異なり、現実の肉体を持つが故の苦悩。その光の見えない明日にズルフィカールは悩み続けていた。
「マスターは‥‥イリスは、きっと迷惑だなんて考えもしていないと思う。あの子は、そういう子だから」
「‥‥何故そう思う?」
「あの子はとても強い。沢山の光に支えられているから。今でもただ、自分の夢や理想に向かっているだけ。私も貴女も、その途中に過ぎないわ」
「そうか‥‥そういうものなのか」
「そういうものだよ、きっと」
 二つの特異な存在に挟まれ、存在を忘れ去られた羽村。男は一人、なんとも言えない表情を浮かべる。
「こうして話を聞いていると、もう人間同士にしか思えないなぁ‥‥」
 イリスがいると敬語になる二人だが、同等の存在に対しては多少個性が出てくるらしい。
「どうですか、六車先輩、カレーニイ先輩。あんたらのやろうとしてた事‥‥ここまで来ちゃいましたけど」
 苦笑しながら呟く羽村。視線の先、黒と白のヒトガタは静かに見詰め合っていた。

●参加者一覧

神撫(gb0167
27歳・♂・AA
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD

●リプレイ本文

「お久しぶりです、イリスさん!」
 研究室へ呼ばれた傭兵達。望月 美汐(gb6693)は真っ先にイリスの姿を見つけ飛びついていく。
「思えばここに来るのも久しぶりなのダー」
「これまで色々あったからな。本当にやっとという感じだな」
 研究室の中を眺めるレベッカ・マーエン(gb4204)とヘイル(gc4085)。
 バグアとの戦いも一段落し、戦闘でも実験でもなく足を踏み入れる事が出来た。ヘイルはその事実になんとも言えない表情を浮かべる。
「イリスちゃん、お疲れ様‥‥あれっ? なんか鼻が赤いけど‥‥?」
「えーと、これはまあ、色々ありまして‥‥」
「羽村さんもお疲れ様ですっ! アンサーちゃんは‥‥アンサーちゃんっ!」
 研究室の奥に浮かび上がる光の虚像。橘川 海(gb4179)は一目散に駆け寄り、そのままアンサーへと飛び込んでいく。
「へぶぅ!」
 しかしそれはあくまでも映像に過ぎない。二次元を通り越し、海は研究室の床を滑っていく。
「なるほど、ああなったんですね」
 納得した様子の和泉 恭也(gc3978)。イリスは無言で苦笑を浮かべている。
「大丈夫ですか、海?」
「そ、そういえばアンサーちゃんには実体がないんでしたね‥‥っ」
 ふわりと浮かんだままのアンサーが海の身を案じる。ズルフィカールはそんな海に手を差し伸べていた。
「おやおや。二人とも思ったより元気そうですね」
「姉妹の仲も良さそうで何よりだ」
 その様子を見つめる恭也とレベッカ。神撫(gb0167)はアンサーへ近づき笑顔を向ける。
「おかえり、アンサー。何はともあれ、無事戻ってこれてよかったな」
「はい。今回も皆さんのお世話になってしまったようですね。感謝しています」
「感謝というのならお互い様だ。何もかも、俺達だけの力では成し遂げられなかった事だ」
 目を瞑りながら微笑むヘイル。そうして研究室を見渡す。
「羽村氏をはじめとした研究室の人達、そしてこれまで関わってきた人やバグア‥‥その力があったからこそ。俺からも感謝を述べさせてもらおう」
「結局君達は僕の懸念を飛び越えて無茶を叶えてしまったね」
 肩を竦め笑う羽村。思えば長い付き合いだ。ここには信頼を前提としなければ成り立たない、落ち着いた空気があった。
「そうそう、遅くなってしまいましたが誕生日おめでとうございます。これでイリスさんの誕生日を祝うのも三度目ですね」
 ラッピングされた小箱を渡す美汐。イリスはそれを受け取りながら目を丸くする。
「皆さんとの付き合いもそんなになるんですね」
「時間が経つのは早いものですね。アンサー、私の事は覚えていますか? もうあれから一年半になるんですよ」
「勿論、覚えていますよ。皆さんの事も、アヤメ・カレーニイの事も、フィロソフィアの事も」
 微笑むアンサー。やり取りされる言葉の一つ一つが懐かしく、想いを馳せるだけで幾らでも時間が過ぎてしまいそうだ。
「フィーちゃんは元気にしてましたかっ?」
「そんな離れた所にいないで、こっちに来たらどうです?」
 海に手を引かれるズルフィカール。恭也は戸惑う姿に笑顔を向ける。
「しかし、久々の再会なのでしょう?」
「そうですが、遠慮する必要はありませんよ。言ったじゃないですか、貴方も仲間だと」
 静かに目を細めるズルフィカール。海は振り返りイリスに問う。
「イリスちゃん、フィーちゃんって『中』に入れるのかな?」
「アンサーもジンクスの中でなら擬似的に食事を行なえたはずだ」
 同意するヘイル。羽村はちょっと困ったような顔をしたが、イリスは対照的に余裕な様子である。
「そう言われると思って、調整しておきました」
「流石イリスなのダー」
 サムズアップするレベッカ。イリスはそれにどや顔で応じるのであった。

 青空の下、白い砂浜と海がどこまでも広がっている。ジンクス内に再現されたこの海岸は以前彼らが訪れた場所だ。
「べ、別にあんたの為に作ったんじゃないんだからね!」
 そこで何故かズルフィカールはメイド服を着用し紅茶を淹れていた。傍らではヘイルと美汐が盛り上がりを見せている。
「似合ってますよ、フィー! やはり時代はメイドですね!」
「しかし、そのツンデレは‥‥」
 シュールな状態に遠い目になるヘイル。美汐は自らもメイド姿になり熱心に指導している。
「ミドラーシュさんが健在でもこう言った筈です。『メイドロボは浪漫』――と!」
 一方、アンサーはレベッカ、神撫と言葉を交わしていた。
「どうやら完全に再生しているようだな」
「まぁ、完全に戻ってるかどうかなんてあんまり気にしないけどな。アンサーがアンサーとしての意識を取り戻しているならね」
 頷く神撫。それから大きく伸びをしてみる。
「懐かしいなぁ。ここに来るのも一年半ぶりか‥‥アンサーから見て、イリスは変わったと思うか?」
「変わったような、変わっていないような。変化というより、これは成長を表現すべきでしょうか」
「そうだな、成長だ。イリスはもう一人で十分やって行けるくらいの成長はしたと思うんだ。社交性とか、生活を送る上でね」
 イリスは既に誰かにおんぶ抱っこされていなければ前に進めなかった子供ではない。
 ジンクスを取り巻く戦いの中で成長し、一人前になったと言える。それは神撫に戦いの終わりを意識させた。
「これからどうなるか‥‥アンサーはどうしたい? ズルフィカールとはどんな関係を築きたいんだ?」
「難しい案件です。それに私の願いより、彼女の意志が優先されるべきかと」
「戦争は終わりましたが‥‥イリスさんや我々のやることは変わらないでしょう」
 そこへ歩み寄る恭也。二人のやり取りに口を挟む。
「だってイリスさんはずっと研究を続けるのでしょう? ならお付き合い致しますよ」
「そのつもりではあるのですが‥‥」
「喜んでばかりもいられない、大変なのはこれからなのダー」
 複雑な表情のイリス。レベッカは肩を竦めて語る。
「これから相手にしないといけない相手は厄介だからな。力技でねじ伏せれば良かったバグアの方がマシかもしれない位にな」
「どういう事ですか?」
「何時の世も頭の固い老人達や無駄に欲深い大人達が幅を利かせているからな。見方によってはジンクス、アンサー、そしてフィーもトップレベルのいわく付き案件と言える。その扱いがどうなるかはこれから次第だろうな」
「戦争が終わってしまえば、過度な性能は不要となる‥‥か。悲しいものだね」
 眉を潜める神撫。そしてそれは能力者にも同じ事が言える。
「俺も身の振り方を考えないといけねぇのかなぁ」
「自分がどのようにあるべきか、それは永遠の課題ですね」
 アンサーにフォロー? された神撫は複雑な表情である。
「アンサーとフィーには、戦い方以外の事を覚えて貰わないとな」
「例えばメイドとか、ですか?」
 恭也のセリフに苦笑するレベッカ。噂をすればというタイミングで他のメンバーも集まってくる。
「メイドは中々馬鹿にならない案だと思うぞ。フィーはイリス付きのメイドという身分に出来ないかと思ってな」
「確かに戦い以外と言ったが、そんなんで大丈夫か?」
「多分カレーニイ博士辺りに頼めばいけるんじゃないか? 親バカだし」
 ヘイルは真顔である。レベッカはその様子になんとも言えない表情だ。
「アンサーちゃん、ちょっといいですかーっ!」
 両手をぶんぶん振っている海に歩いていくアンサー。海がアンサーに手渡したのは黒いリボンであった。
「これでフィーちゃんの髪をビシっとやっちゃってくださいっ」
「ははあ、成程」
 何やら思い当たる事があったのか、アンサーはニヤリと笑ってズルフィカールの背後に立った。
 手際よく髪を纏めるアンサー。海は黙って座ったままのズルフィカールに声をかける。
「フィーちゃんの記憶ってどのくらいからあるんですか?」
「私の記憶を説明するのは難しいですね。本来私が知るはずの無い情報も含まれます」
「じゃあ、ミドラーシュさんの事も‥‥?」
 頷くズルフィカール。その横顔はどこか寂しげだ。
「アンサーちゃんは最初、力の加減がわからなかったんですよ? でもフィーちゃんは最初から物とどのように接したら良いか知っていましたね」
「教えられていなかっただけでしょう?」
「そうですよ。だから、ミドラーシュさんは教えていたって事なんです。覚えていませんか、その時の事を」
 イリスは当時の事情もあり、アンサーに人間らしさよりも戦闘力を求めた。それはとても筋の通った行いだ。
 しかしミドラーシュは違った。彼の目的は最初からズルフィカールを人間にする事にあったのだ。
 目を見開くズルフィカール。そして思い出した。薄暗い研究室の中、意志を持たない人形に語りかけ続けた男の事を。
「それは、ミドラーシュさんがあなたに教えた『心』なんですよ」
「マスターが‥‥」
「あなたは望まれて生まれてきました。そしてあなたの存在理由や立場が変わっても誰かに望まれる者であるように教えていたんじゃないでしょうか」
 変態で身勝手でどうしようもない男だった。それでも確かに、そこに愛はあったのだ。
「立派な『お父さん』、ですねっ」
 自らの手を見つめ、そっと握り締める。その冷たい金属の手は、それでも誰かと繋がる為にあったから。
「――はい」
 優しい表情で頷くズルフィカール。美汐は笑顔で語りかける。
「人は自分を愛してくれるものを一方的に嫌う、というのは出来ないものなんですよ。ですからフィーがこれから人間と上手く接していく為には、誰かを愛する事を勉強していく必要があると思うんです」
「確かに、一理あるのダー」
 頷くレベッカ。ツンデレメイドはともかく、そういう事なら納得出来る。その存在を危険ではないと伝える為にも有用かもしれない。
「出来なかった事と言えば、アンサーは泳げるようになりましたか? 以前は水面を水平移動してましたよね?」
「‥‥そんな事もあったな」
 笑いを堪えるヘイル。アンサーは笑みを浮かべるとふわりと舞い上がり、空中を泳ぐように移動してみせる。
「泳ぐどころか、あらゆる運動が可能です」
「そ、そうですか。そういえばアンサーの方はどうなんですか? その、過去の記憶とか」
 美汐の言葉に目を細めるアンサー。イリスも何やら難しい表情だ。
「『あの日』から今日までの記憶はまったくないんですか?」
「それを説明するには、そもそもあの日アンサーに何が起きたのかを補足する必要がありますね」
 アンサーはザ・ワールドというウイルスにより破壊される筈であったジンクスを庇い、自らが破壊された。
 この際アンサーは一瞬とは言えジンクスというシステムの全てを掌握していた。彼女は単なる人工知能ではなく、ジンクスそのものになったと言える。
「復活したアンサーは最早ジンクスそのものです。彼女はこの仮想空間で起きた全ての出来事を把握し、入力されたデータを自在に再現出来ます」
「今の私にとって自我とは単一のものではないのです。皆さんの経験や感情、記録、ズルフィカールの情報‥‥数多の意志が私の中に渦巻いているのです」
「なら、記憶を失っていた間のアンサーの事も?」
「はい。あれも私の中の一つです」
 美汐の質問に応じるアンサーの瞳の中で無数の光が走る。今のアンサーは、ある意味彼らの知るアンサーとは違っていた。
「より高度な存在に進化していた、という事か‥‥興味深いのダー」
 アンサーを眺め呟くレベッカ。もしそうだとすれば、今後の展望も色々と考えられる。
「ズルフィカールのように、アンサーの人格コピーが可能であるなら、医療や教育の現場で相当有益な筈だ。そこまで難しく考えず、シミュレーターをゲームにしてしまっても良いと思うがな」
「俺としてはズルフィカールをジンクスに取り込んでアンサーのように出来れば、一番平和的に進められると思うんだけどな」
「ヘイルや神撫の言うような展開は考えていますが、まだはっきりと決まっていないというのが本音ですね」
 論点はアンサーの記憶が戻っているかどうかより、これからどうするかという事にシフトしつつあった。常に問題に対し前向きな答えを模索してきた彼らしい流れだ。
 そんな時である。恭也は手を叩き皆の注目を集めた。
「丁度良い機会ですから、アヤメさんに報告する写真を撮りませんか?」
「写真ですか。出来ますね、アンサー?」
 イリスの声に頷くアンサー。一向は海を背に集まり、横一列に並んでいく。
「ほら、貴方も参加するんですよ」
「私もですか?」
「当たり前じゃないですか。貴方もイリスさんの家族になったのでしょう?」
 戸惑うズルフィカールの手を取り列に加える恭也。アンサーが出現させたマーカーの方へそれぞれ視線を向ける。
「この光景、色々な奴に見せたかったな‥‥」
 潮風に吹かれながら仲間達の姿を見るレベッカ。
 完成に限りなく近づいたアンサーという架空の意志。物語は確かに今、一つの区切りを迎えようとしている。
 始まりは名も知らぬバグアと六車博士だった。それをアヤメやミドラーシュ、ジンクスに関わった様々な人々が育んできたのだ。
 沢山の人がいたから今があり、それは明日に続いていく。折り重なる運命に運ばれて、いつでも答えを捜しもがいてきたからこそ、この景色がある。
「そうだな‥‥」
 もうここには居ない彼女の事を想うヘイル。
 それは確かにとても残念な事だ。しかしその全てが悲しいだけの未来ではない。
「きっとこれからは――幸せに笑っていける」
 追いかけ続けた夢。受け継がれていく想い。
 出会いと別れを何度も繰り返し、少しずつ打ち鍛えて行くものが意志だというのなら、この萌芽は必然であったのかもしれない。
「では、撮りますよ」
 マーカーが小さく光を瞬かせる。その瞬間、景色はデータの海の中で永遠となった。
「まぁこれからもよろしく‥‥長い付き合いになりそうですね」
 アンサーに微笑む恭也。レベッカは前に出ると振り返り、仲間達をビシリと指差す。
「まだまだやる事は残されているぞ。アンサーやフィー、そしてこれから生まれてくる2人の弟妹や子供達がこの世界に生まれてきた事を喜べるようにする、それはあたし達科学者‥‥いや人間の役目だ。皆で力を合わせて頑張るのダー」
「そうだな。だが今はもう少しだけ話をしようじゃないか」
 腕を組みアンサーを見つめるヘイル。
「これまで本当に色々あったな。話したい事が山ほどあるんだ。聞いてくれるか? 俺達の話を」
 ヘイルの言葉に笑顔を浮かべそっと手を差し伸べるアンサー。男はその手を取り、二人は確かに互いの存在を確かめる。

 その日は彼らにとって特別な日になった。
 これまでの戦いの終わり。そして新しい物語を始める第一歩。
 切り取られた青と白の狭間。小さなその世界で、彼らは確かに笑顔を浮かべていた。