●リプレイ本文
「――お前、絶対山を舐めきっているだろう」
山道と呼んでいいのかもわからないような道の端、正座しているカシェルの前で美紅・ラング(
gb9880)がぴくりと眉を動かした。
「まったく、いくら相手持ちとはいえ‥‥下山したら関係各所に謝りに行けなのである」
「まーまー、そんなにカリカリするなよー。見つかったんだから良かったじゃないか」
「良くないのである。見ろ、この有様を」
ジト目でビシリと指差す美紅。月読井草(
gc4439)は頭の後ろで手を組んだまま視線を向ける。
「こんな格好で一人オリエンテーリングとは、腹立たしさを超えて呆れるしかない」
ご存知の通り、カシェルはゴスロリ女装状態である。この件について彼に非はないのだが、言い訳できる状況でもなし。
正座しながら心の内でキルト・ガングに恨み言を向けるカシェル。と、イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)は美紅の肩をそっと叩いた。
「その事については、触れずにおいてやるべきだ」
「イレーネさん!? 真顔で言われるとショックなんですけど!」
「まあ、そういう趣味に走ってしまうのも止むを得ないかもな。見ろよ、もはやうちより女の子してるぞ」
カシェルを指差し笑うタイサ=ルイエー(
gc5074)。しかしエルレーン(
gc8086)だけは状況を把握出来ていない。
「うーん? ねーねー、みんな何のおはなししてるのー?」
「カシェルとキルト、どっちが受けなんだろーかって話」
「そんな話は一切してなかったでしょう!」
赤崎羽矢子(
gb2140)に素早くツッコむカシェル。羽矢子はそ知らぬ顔でそっぽを向いている。
「そもそもあんたは一体なんなんだ! 何をしにきたんだ!」
「何って、折角助けに来て上げたのに随分な言われようねぇ」
立ち上がり涙目で叫ぶカシェル。彼は決して忘れない。たった数分前に起きた出来事を。
傭兵達はカシェルを救出にきたが、カシェルはそれを望んでいなかった。故に無線で呼びかけがあった時彼は咄嗟に逃げ出そうとしたのだが、先回りした羽矢子に捕獲されたのである。
「写真まで撮って‥‥僕に何の恨みがあるんですか」
「カシェル子ちゃん可愛いし、あたし達だけで楽しむのが勿体ないじゃない?」
「大丈夫だよ、誰もカシェルだってわかりゃしないって!」
「って言いながら撮るんじゃねえ!」
怒るカシェルから逃げる羽矢子と井草。まだきょとんとしている井草の肩を叩き、イレーネがこっそり耳打ちする。
「え‥‥おとこのこ? うっそー!」
こうして無事カシェルを確保し、別行動のキルト達と合流した一行は宿へとやってきたのである。
「しかし、こんな山奥で客とか来るのか? こんな山奥、辺鄙にも程がある」
山の中にある宿は正規ルートからであれば車でも来る事が出来るようだが、この大雪の影響か客の姿は見当たらない。
エントランスで上着を脱ぎながら呟く美紅。そこへ女将が笑顔で応える。
「仰る通りの場所ですから、今日は殆ど貸切みたいなものなんですよ。ささ、どうぞこちらへ」
部屋に案内される女性一行と男一人。イレーネは廊下の窓から見える中庭の雪景色に口元を緩める。
「雪の中の温泉宿と言うのは絵になるな‥‥出来れば妹達も一緒に連れてきてやりたかったが」
「ゆかたが借りられるんだよねー? ぴんく、ぱーぷる‥‥うふふ、どれにしようかなあ♪」
「それより先に風呂だな。折角温泉宿に来たんだ、温泉に入らんと」
スキップするエルレーンの横を体を伸ばしながら歩くタイサ。部屋に案内された一行は各々寛ぎながら女将の説明を聞く。
「ふむ。先に浴衣を選んでおいて、湯上り時に合わせて用意してもらうのか。折角だ、和装も悪くないな」
サービスメニューを眺めるイレーネ。そこでエルレーンは思い出したように手を叩き。
「ねーねー、カシェル君にもゆかた借りたげよぅ?」
一瞬の間。カシェルは素早い身のこなしでエルレーンの背後に回り、ずるずると部屋の隅に引きずっていく。
「いやっ、僕はそういうのいいんで‥‥っ!」
「だ、だいじょうぶだよぅ‥‥『ココロはおんなのこなんです!』って言えば、おやどの人も怒らないよぅ」
「ココロも男の子なんです!」
不審な目を向ける女将。カシェルはエルレーンを引き摺って戻るが、エルレーンは懲りずに浴衣のメニューを指差す。
「じゃあー、これとー‥‥カシェル君‥‥じゃなくてー、カシェルちゃんにこれを!」
何も言わずサムズアップする羽矢子と井草。カシェルはウィッグを抱えていた。
そんなわけで各々好みの浴衣を注文。後は温泉に入り、サービスを受けて上がれば丁度用意されている手筈だ。
「僕は部屋に隠れてますから、折角ですし皆さんは楽しんできてください」
「女の子として泊まってるから男湯に入れないなら、女湯に入るのはどうだろう?」
カシェルの蹴りを異常な身のこなしで回避する羽矢子。
「‥‥幸い内風呂があるようなので、僕に遠慮は不要ですよ」
「まさか一緒に入るわけにも行かないだろうしな。それが一番である」
頷く美紅。こうして一行はカシェルを部屋に残し温泉へと向かうのであった。
なお。
このリプレイ中にはさも裸の女性が堂々と描写されているように見える部分がありますが。
大事な所は見えていないとか、湯気とかタオルで隠れてるとか、そういう感じでお願いします。
「よっしゃー! 全部の風呂を制覇するぞー!」
舞い上がる水飛沫。温泉に飛び込んだ井草に美紅は眉を潜めている。
「おい‥‥温泉に飛び込む奴があるか」
「貸切だから広いぞー!」
「泳ぐな!」
反省の気配が無い井草を指差す美紅。タイサは腰にタオルを巻き、仁王立ちでその様子を見ている。
「まったくなっちゃいないな。まあ、マナーに関してはうちもお行儀よしとは言えないけどよ」
「‥‥念の為訊くのだが、隠す所を間違っているのではないか?」
「あってないような胸だからな。隠すほどでもない。あれくらいあれば話は別だろうが」
タイサの指差す先、イレーネは井草の暴挙を意にも介さずのんびりと湯に浸かっている。
「ふう‥‥まさに至福の時、だな。思えば戦い漬けで疲れを癒す間もなかったからな‥‥」
うっとりと溜息混じりに肩にお湯をかける。その動作だけで胸が大分揺れている。
「すげえすげえ」
笑うタイサ。美紅は何も言わず仏頂面のままお湯に沈んでいった。
「いやー、こんなにいいお湯なのに入れないなんて、カシェルはもったいないなぁ」
「まったくだよ。第一さぁ、こんな女だらけの所に女装してやって来るなんて、僕を弄ってくださいと叫びながら歩いてるようなもんだよね」
頭にタオルを乗せた羽矢子の隣でろくろを回す井草。タイサはタオルを背に回し、栓等のおっさんよろしくガッシガッシと体を洗っている。
「そういえばー、がんばんよく? と、えすてもあったよねー」
「エステか‥‥いいな」
頬を赤らめ呟くイレーネ。それから周囲を見渡す。
「自分だってこういうものはやってみたいのだ。意外かもしれんが‥‥」
「いやいや、何も言ってない何も言ってない」
手を振る羽矢子。イレーネはちょっと沈んだ。
「あたしはエステの必要は無いぞ。何といってもピチピチだからな! でも整体マッサージはやりたいかな」
立ち上がり両腕を広げる井草。しかしエルレーンが拍手しているだけで、他は気にしていない。
「エステと言われても、何をするのだ? 美紅はこういう事には疎いのである」
「うちもエステなんてガラじゃないしなあ」
「えー? とりあえずもうよやく? しちゃったから、みんなでやろうよー」
エルレーンの言葉に顔を見合わせる美紅とタイサ。そんなわけで、全員で岩盤浴とエステを楽しむ事になった。
温泉に隣接した別室に移動した一行。イレーネはうつ伏せになって目を瞑りエステを満喫している。
「んっ‥‥これは‥‥心地良いものだな‥‥」
「ふぐぅっ!? いたいいたい、何!? 猫背矯正? なんかあたしだけ扱いが違くないか‥‥いたいいたい!」
その隣では井草が仰け反って身悶えているが、美紅もタイサもよくわからないなりにエステを満喫している様子だ。
「美容はともかく、マッサージはいいねぇ。ま、適度に筋肉を鍛えていれば、肩も腰も痛まないもんだが」
「‥‥寝そうだが、個人的な事情で眠れないのである‥‥」
「ちょっとちょっと、何これなんかおかしくない!? ふぐお‥‥背骨が折れるーっ!」
井草の悲鳴が響く中、エルレーンと羽矢子は順番待ちついでに岩盤浴中。エルレーンはにこにこしたまま横たわっている。
「はふぅ‥‥ぽかぽかして気持ちいいのー」
暫くすると羽矢子の順番が来たので向い、代わりに井草がへろへろと横たわる。更に暫くしてイレーネ、美紅、タイサがやってくるが、まだエルレーンは横たわっている。
「ん‥‥? いつまで岩盤浴しているんだ?」
「おい、干からびてないか?」
首を傾げるイレーネ。タイサが倒れているエルレーンの頬を叩くが、なにやらグッタリしている。
「は、はぅはぅ‥‥お、おみず‥‥」
「何をやっているのであるか‥‥」
エルレーンが軽い脱水症状でダウンするという事態に陥ったものの。
「軽かったのであるか?」
軽かったんです。そうして風呂を上がった一行を待っていたのは先に予約しておいた浴衣であった。
イレーネは黒地に金色の蝶のデザインの浴衣。羽矢子は青に白い羽をあしらった物。美紅は黒地に赤い波模様。タイサは若草色、エルレーンはピンクと、それぞれ浴衣に着替えたのだが‥‥。
「いや、あたしが着たかったのはこういう猫じゃなくて‥‥歌川国芳なんだけどなー」
井草が着たかった着物はなかった為、今来ているのはやっけにかわいいデフォルメされた猫がプリントされた子供向けの浴衣である。
「不満だー! さっきからなんか扱いが酷い気がする!」
「浴衣なんぞ着れりゃいいじゃねえの。それよりさっさと食べ放題に行こう」
「貴公が言うと、和スイーツの食べ放題とは思えんな‥‥」
袖を捲くりながら握り拳で宣言するタイサ。イレーネはそんな彼女につぶやきながら続く。
スイーツの食べ放題は部屋に運び込まれるスタイルだ。元々女性向けという事もあり、一度に大量に注文される事は想定していないのだろう。しかし‥‥。
「とりあえず、全部」
「は?」
聞き返す店員。美紅はメニューを見せ、それを指先でなぞる。
「ここからここまで、全部お願いするのである」
大慌てで引っ込む女将。こうして本日の締めである和スイーツの食べ放題が開始された。
「ひとりでそんなにたべるなんて、すごいのー!」
「誰かさんに山道を歩かされたので腹が減っていたのである」
「でもよかったじゃないかカシェル。部屋でだったら男だってバレる危険も少ないしさー」
井草の視線の先には浴衣に着替えたカシェルが座っている。どうやって着たのかはあまり深く考察しないで下さい。
「カシェル君、ゆかたかぁいいねえ! ココロはおんなのこだねぇー!」
「男の子です‥‥」
「カシェル、おそろいおそろい」
カシェルの肩を抱くエルレーン。羽矢子は自分と同じ柄のカシェルの浴衣を指差し笑っているが、カシェルは握り拳を震わせていた。
「その格好ならスイーツを食べていても問題はないだろう。しかし‥‥浴衣というのはどうにも胸がきついな」
胸元を気にするイレーネ。カシェルは無言で目を逸らした。
「せっかくだから食べ終わったら撮影会でもしようか、カシェル」
「誰か助けて‥‥」
ニヤニヤと笑う井草。と、そこへ大量のスイーツが運び込まれてきた。
「おぉー、すごいすごい。制覇するつもりで来てたけど、もういきなりこれで全種類かー」
ずらりと並んだスイーツの一つを手に取り笑う羽矢子。美紅は一心不乱にスイーツをかきこみ、同じくタイサもがつがつと鷲づかみで口に放り込んでいく。
「うまいけどちょっとしか乗ってないのがなあ」
「見栄えよく可愛らしくというのはわかるのだが、これでは量が足りないのだ。大盛りで」
次々に飛ぶ追加注文に速攻で女将が引っ込む。その有様にカシェルは苦笑しつつ薬草茶を口にする。
「なんかこれ‥‥んぐ。変な味がするな」
「薬草茶はそんなにがぶがぶ飲むものではないですよ‥‥」
一気飲みのタイサに冷や汗を流すカシェル。エルレーンは自分の前にあったスイーツを次々に美紅の前に積んでいる。
「あんこのは美紅ちゃんにあげるのー。そのかわりー、わらびもちはちょうだいー!」
「別に構わないは、そればっかりであるな」
「あんこきらいなのー‥‥わらびもちはつるつるしてるから好きー。カシェル君も一緒につるつるしようよー」
「食って飲んでゴロゴロして温泉‥‥なんて素晴らしい生活なんだろうか」
口にくわえた団子の串をぴこぴこ上下させる井草。羽矢子は茶を飲みつつカシェルに目を向ける。
「そういえばカシェル。部屋に引き篭もってるのはもったいないし、男部屋に泊まって温泉で身体休めてきなよ。こんな事もあろうかと、そういう風に帳簿つけといたからさ」
「え、そうだったんですか?」
「うん。これだけの大所帯なら誰がカシェル子ちゃんかなんてわかんないしね。カシェルはさっきエステにも行ってなかったし、辻褄もあってるはずだよ」
「じゃあ僕はここで薬草茶を飲んでいてはルール違反なのでは‥‥」
「そのくらいは役得って事でいいんじゃない? ‥‥それとも、女部屋に泊まってガールズトークする?」
無言で首を横に振るカシェル。とはいえ一段落するまでは移動も出来ないので、大方のイベントが終了するまで待ってからカシェルは男部屋に移動したのであった。
こうして遭難から始まった温泉宿の休暇は無事に終了した。一行はすっかり満喫した様子で宿を去る事になった。
「いやー、いい宿だったな」
「ああ。今度は妹達を誘って来るとしよう」
宿の前で伸びをするタイサ、腕を組み頷くイレーネ。その隣で美紅だけやけにぐったりしている。
「美紅、どうした? ただでさえ悪い顔色が更に悪くなってるぞ」
「‥‥貴公が‥‥貴公がそれを言うのか‥‥」
首を傾げるタイサ。美紅は深々と溜息を漏らす。
ただでさえ眠れないというのに、昨夜は寝ているタイサに蹴られるわ乗られるわでもう散々だったのだ。もうそれを言うのも億劫で、黙って口を紡ぐのであった。
「思う存分飲み食いして温泉入って、これでタダなんだから最高だね」
「お金は出るべきところから出るからねぇ」
腕組み頷く井草と羽矢子。今頃会計ではキルトが悶えているはずだ。
「うふ、今回はらくしょうなうえに温泉はいりほうだいとか、めっちゃめちゃおいしい依頼だったの!」
ブイサインを作って微笑むエルレーン。そしてカシェルへ振り返り言うのであった。
「――よかったらまた遭難してね、カシェル君!」
めでたし、めでたし‥‥。