タイトル:イリスアフター2マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/02/16 09:23

●オープニング本文


「ただいま戻りました。イリス、これはお土産です」
 ビフレ(中略)ジンクス研究室。そこへ顔を出したズルフィカールはぼろぼろの服装で、何故か魔法瓶とランチバスケットを持っている。
「フィー、これはどうしたんですか?」
「はい。グラティスから預かりました。愛しい一人娘にたまには手料理を振舞ってあげたいとの事です」
 無表情に魔法瓶とバスケットを受け取るイリス。そのまま廊下に出て給湯室へ向い、魔法瓶の中身を全部流してしまった。
「イリス‥‥一体何を‥‥」
「今更どの面下げて母親ぶるんですかねあの人は」
「そこまでしなくても良いのではないでしょうか」
「フィーは料理を食べられないからそう思うんですッ!」
 真顔で叫ぶイリス。その表情からは何か鬼気迫るものがあった。
「そもそも飛行機で何時間輸送したんですかこれ。痛んでるに決まってるじゃないですか。あの人はそこまで込みで送ってくる人です」
「はあ」
「あーもう腹立たしいー! っていうかそもそも一人娘じゃないし! カレーニイ家にはアヤメ・カレーニイという偉大で美しい才女が居たでしょうがーッ!!」
 ゴミ箱にランチバスケットを放り投げた後、そのゴミ箱を蹴りまくるイリス。普段全く見る事のないイリスの奇行にズルフィカールは沈黙していた。
「それで、成果はどうでしたか?」
「はい。記録が残っていますので」
 こうして二人は研究室に戻った。フィーは作業台という名の専用のベッドに横たわりコードをつなぎ、イリスに記録映像を見せている。
「どうやら十分社会貢献出来たようですね。これは良い経験です」
「はい。ところでイリス、現場で見知った傭兵に出会いました。彼らに問われたのです。なぜここにいるのか、と」
「‥‥なんで地の果てで出会えるんですかね。どういう確率なのか‥‥まあ私が確率とか口にしたら神罰が下りそうですが」
「奇跡を何度も体験してきましたからね」
「そうですね。まあ、えーと‥‥簡単に言うとフィー、貴女の経験を高める為です」
 こうしてイリスはフィーの隣に座り、自分が考えている事を語り出した。

 事の発端はもう一ヶ月以上前の事。実の父親であるレイズ・カレーニイに会いに行った時にまで遡る。
 ジンクス、アンサー、そしてズルフィカールという明らかなオーバーテクノロジーを有する事になったイリス。その葛藤は続いており、何が最善で何をするべきなのか、その結論に悩んでいた。
 悩みは絶えなかったが、自分で大学まで足を運べるようになった分、イリス自身以前よりずっと成長したといえるだろう。そうでなければこうして父親と一対一で相談することさえままならなかった。
「成程‥‥。つまりお前は自分の研究成果を発表すべきかどうかで悩んでいるのだな」
「はい。アンサーとズルフィカールは、ハードとソフトという意味では両極端にありますが、そうであるが故に融和の可能性を持ちます。そしてこの二つのテクノロジーが一体となった時、恐らく‥‥前人未到の産物が誕生するでしょう」
「――即ち、完全な自立思考を行なうアンドロイド‥‥だな」
 こくりと頷くイリス。それはレイズ博士と六車博士が共同研究していたテーマでもある。
「しかし、あれらは明らかにバグアの研究成果です。そして場合によっては悪用の危険性も孕んでいます」
「ふむ。ズルフィカールは言うまでもなく‥‥それよりも私はジンクスとアンサーシステムといったか。そちらの方が危険に思えるな」
「‥‥どういう意味です?」
「ズルフィカールは独自の思考を持つが、その大本の制御はアンサーシステムに依存していたな? それは即ちアンサーがその気になればズルフィカールを操れるという事ではないか?」
 その可能性にはとっくに至っていた。だからこそ悩んでいたのだ。
 父の指摘は正にその通り。アンサーシステムとはアンサーそのもの。ジンクスという膨大な演算力を持つブラックボックスに宿った意志。あれは単一で自分の世界を支配し、構築する。それを外部デバイスにまで伸ばしたというのが、ズルフィカールの制御システムに該当するわけだ。
「古くからSFのテーマとされているものがある。それは機械の反乱‥‥即ち、人類を超える種の誕生」
「テクノロジカルシンギュラリティ‥‥」
「いわずもがな、だ。尤も技術的特異点なんてものは、バグアが現れた時点で到来しているのかもしれんがな」
 問題はそこではない。アンサーが持つ可能性とズルフィカールの存在。その処遇をどうするか、である。
「お前が望むのなら、それなりの場所で発表する場所を用意してやってもいい」
「本当ですか?」
「ただし、その結果と責任はお前が背負うべきだ。それが研究者の義務と言うものだからだ‥‥後はわかるな?」

 父の話を聞いた後、イリスは考えた。ズルフィカールをどうするべきか。
 アンサーについてはもそうだが、ズルフィカールは今仮初とは言え肉体を持つ身だ。アンサーに比べるとその存在を秘匿するにせよ公表するにせよ、より直接的な選択を迫られるだろう。
「フィー、貴女はどんな風に生きたいですか?」
「その質問は、もしや最近私が色々なお手伝いをさせられている事と関係がありますか?」
「ええ。色々やってみて、貴女の気持ちはどうかなって」
 横たわったまま考えるフィー。しかし正直なところ、人間の世界は彼女にはまだ難しすぎた。
「わかりません。ただ、どんな事もとても新鮮に感じます」
「そう‥‥。生きる事は、楽しい?」
「はい。とても」
 切なげな笑顔を浮かべるイリス。今はこんな話が出来るズルフィカールだが――場合によっては、破棄する必要すらあるだろう。
 何も決めないでいられる時間がずっと続けばいいのにと、柄にも無い事を考えてしまう。
 只管どこまでも夢を追いかけ、前に進まなければいけないと知っているのに。
「イリス?」
「‥‥土が間接に詰まっていますね。メンテナンスしますから、暫く横になっていて下さい」
「はい。ありがとうございます」
 バグアと人間は一緒にいられない。そんな事はないと知っているのは現場だけで、世界はきっとそれを許さない。
 二人に残されている時間は、あまりにも短かった。

●参加者一覧

神撫(gb0167
27歳・♂・AA
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD

●リプレイ本文

「久しぶりだね、イリス。フィーもアンサーも元気にしてたかい?」
 傭兵達はビフレストコーポにあるジンクス開発室に呼ばれていた。今日は研究員は出払っており、代わりに変装を解いたフィーと立体映像のアンサーがイリスと共に彼らを出迎えている。
「お久しぶりですね。今日はわざわざご足労頂きありがとうございます」
 神撫(gb0167)の挨拶に頭を下げるイリス。心なしかイリスの態度は仰々しく、研究所内も片付いている気がする。
「たまにはお茶でも淹れてみようと思い至り準備してみたのですが、よろしければどうぞ」
「何度もここには来てるけど、お茶が出るのはもしや初めてじゃないかな。どうかしたのかい?」
「いえ、今日は色々と決めなければならない日ですから‥‥インスタントですが、どうぞ」
 それぞれ適当に椅子にかけた後、そこへフィーがコーヒーを運んでいく。
「粗茶です」
「う、うむ。フィーもなんだか以前よりこう、人間らしくなったようだな」
「実はそのコーヒーもフィーが入れたんですよ、レベッカ」
 誇らしげに語るイリスにレベッカ・マーエン(gb4204)は笑みを浮かべる。
「そうだったのか。あたしが立て込んでる間にも色々あったようだな」
 コーヒーは意外にも普通の味であった。インスタントなので誰が作っても同じ味にならないとおかしいのだが、つまり何の失敗もしていないという事だ。
「実は少し家に戻っていてな。じーちゃんが隠居と言う形で研究室を一室譲り受ける事になったんだ。マーエン・ラボ第三室責任者レベッカ・マーエン‥‥と言っても今はあたし一人なんだけどな」
「そうでしたか。戦争が終わって、レベッカもようやく自分にやりたかった事に専念出来ますね」
「なのダー。これからは災害救助車両の研究でもしようと思っているところだが‥‥まあ、行く行くは‥‥」
 ちらりとイリスを見るレベッカ。咳払いを一つ、コーヒーを口にした。
「いや。まだ眼前の問題が解決していないからな。話はそれからなのダー」
「それにしても、とうとうこんな所まで来てしまったんですね‥‥」
 両手でマグカップを持ち、研究室を眺める望月 美汐(gb6693)。ヘイル(gc4085)は感慨深く二体の研究成果を見つめる。
「揺り篭でまどろんでいられる時間は終わった、と‥‥。この先は俺達も彼女達も、新しい生き方を探していかなければな」
「ヘイルはこれからどうするんですか?」
「まだきちんと胸を張って言える目標はないよ。戦争は終わったが、まだ傭兵としてやるべき事が残っているからな」
 それから苦笑を浮かべ、フィーを見やる。
「だが、そうだな‥‥喫茶店でもやろうかと思っている。そうすれば少なくとも、もう少しましなコーヒーの淹れ方をフィーに教えてやれるかな」
 彼らももう長い付き合いになる。語るべき事は山ほどあるが、前口上はこれくらいにと自然に話し合いの空気になっていった。
「さて‥‥それでは今後の事について決めるとしましょうか。自分も皆さんも、色々と考えてきたでしょうから」
 和泉 恭也(gc3978)の言葉に頷く一同。こうして彼らは一人一人自分の考えを述べていく事になった。
「では言い出した自分から。自分は情報を公開するべきだと思います。ただし、徐々にですが」
「公開するか否かであれば、俺も公開するべきだと思うな」
 恭也に同意する神撫。傭兵達は全員が情報を開示すべき、という方向性で一致していた。
「この研究所がバグアに襲撃された事は周知の事実だし、それも複数回やられてるって事は何か重要な物があると憶測を呼んでいるだろう」
「隠していた所でいつかは見つかるでしょうし、その時は痛くもない腹を探られるだけでしょうから。それならばこちらの研究成果として発表した方が良いと思います」
「情報流出と言った最悪のケースになるよりは、公表して一定の保護を求めるべきだろうな。それがアンサー、フィー、そしてイリスの安全の為だ」
 発表すればそれだけ世間の目を引き危険性は増すだろう。しかし隠し通すにはこれまであまりにも様々な事件が起きすぎたのも事実なのだ。
 誰にも言わずに隠し持っていれば注目を浴びる事もないが、その事実を誰かに知られた時、十分な保護も受けられないだろう。それが過去の事件と同じ様なケースを引き起こしてしまうとしたら、実に本末転倒である。
「ただ、最初から全てを見せてしまうと受け入れられないと思いますので‥‥小出しにしていくべきでしょうね」
「ええ。残念ながら我々ほど人はバグアと接していません。ですからゆっくりと知ってもらいましょう。我々だって理解しあうまで、多くの時間と大切なものを失ってきたはずですから」
 美汐と恭也の言葉に頷くイリス。アンサーもフィーも今の世の中からすれば異常の存在。その全てを受け入れる事は難しいだろう。
「彼女らを受け入れる土壌は時間をかけて作っていく必要があります。徐々に受け入れてもらい、事の核心は彼女らが必要不可欠になった頃にやんわりと発表するとか‥‥」
「バグアの技術を研究、応用して生まれたもので、フィーはその実験機‥‥という扱いが妥当でしょうか。アンサーもアンサーそのものより、私達が持っている試作型くらいから徐々に公開するべき‥‥かな?」
 二人の話を聞きながらもイリスは複雑な表情であった。心境としてはまだ公表に踏み切るべきかどうか、そこで悩んでいるようである。
「あの‥‥本当に私達はジンクスを‥‥二人の事を公表すべきなのでしょうか?」
「イリスは公表する事に抵抗があるのかい?」
「正直に言うと‥‥そうです。今更何を情けないと思われるかもしれませんが‥‥皆さんもこの機械がこれまでどんな悲劇を起こしてきたかはご存知でしょう?」
 神撫の言葉に頷くイリス。そうして視線をジンクス本体へと向ける。
「最近になって思うんです。このシステムは‥‥この技術は、今の世界にとってはまだ早すぎたのではないか、と」
「確かに超がつく最新鋭技術ではあるな」
「六車博士とレイズの確執にせよ、ミドラーシュやフィロソフィア達バグアにとっても、この世界と、世界をとりまく人々という環境が必要なだけの段階に至っていなかったからこそ、悲劇に繋がったのではないかと思うのです」
「つまり、イリスはこれまでの事件は起こるべくして起きたと‥‥そう思っているのかい?」
 肩を落としたまま頷くイリス。レベッカと神撫は顔を見合わせた。
「この技術は本当に世界に求められているのでしょうか? バグアという異質な存在を漸く排除しようとしているこの世界に、新たな無用な戦火を呼ぶだけなのではないでしょうか? それは本当に正しい事なのでしょうか? 人々に公表して利益や名声を得たいという‥‥私のエゴではないのでしょうか?」
 あまり普段から自分の考えを主張しないイリスの長話に場はしんと静まり返っていた。
「レベッカもいつも言っていますよね? 科学とは人の為にあるべきだと‥‥。これは‥‥本当に人の為なのでしょうか? ただ、『私達』の為になっていないでしょうか?」
「イリス‥‥。まあ‥‥言っている事は確かにわかる。一理もあるのだ。だがな、それでもあたしは公表すべきだと思う。イリスにはその義務がある」
 立ち上がりイリスに歩み寄るレベッカ。そうしてその肩を叩く。
「沢山の人達の想いや願いを受けてここまで来たんだろう? 胸を張って進もう。それが残された者の義務であり、恩返しなんだ」
「それは痛いほどわかります。ですが‥‥失った物に囚われて、今ある物まで失っては本末転倒ではありませんか?」
 立ち上がりフィーに歩み寄るイリス。そうしてその冷たい身体を抱き締めた。
「この子は今ここにいるんです。姉さんもミドラーシュももういないけれど、確かにこの子はここにいるんです。それを危険に晒す事を、彼が望んだでしょうか‥‥」
「確かに‥‥な。今となっては死者が何を望んでいたのか、俺達にはわからない。だがイリス、過去と今はいい。しかし‥‥未来の事はどうする気だ?」
「未来‥‥?」
 ヘイルはフィーに歩み寄る。そうしてその顔を見つめた。
「隠匿したまま‥‥それも一つの手だろう。けどな、俺達は人間だ。俺達はいつか死んでしまう。それが数年後なのか数十年後なのかはわからない。だが必ず死ぬ‥‥それは間違いのない事実なんだ」
 フィーは機械の身体だ。事実上寿命は無限。ジンクスに依存しているアンサーも、ジンクスが壊れない限りは永遠の存在である。
「俺達が死んだ後、彼女達を誰がケアするんだ?」
「あ‥‥」
「生み出して育てておいて、誰もいなくなったら孤独の中で朽ち果てていくだけだなんて、そんなわけには行かないだろう?」
 それはイリスにとって完全な盲点であった。言い返す言葉が一つもない。
「俺達で意志を継ぐ誰かを探すなり育てる必要がある。そうだろう?」
「それが我々にとっての一番の課題でもあるな」
 複雑な表情のレベッカ。彼女はヘイルと同じ危惧を抱いていた。
「仮にアンサーやフィーの子供達が人間の傍にいたとして、それがあたし達とアンサーの様な関係になれるかどうかだ。そして‥‥」
 宙にたゆたうアンサーの映像に目を向ける。
「その時アンサーが人間をどのように思うか、だ」
「もしいつか彼女達が人類に絶望しても、その時隣にいる誰かが思い留まらせられるようにしなければならない」
「人と人がすれ違う様に心があるからこそすれ違う‥‥悲しい事だがな。だからこそ、後継者の育成や世間の理解を求める事は必要不可欠なんだ」
 遠い未来でひとりぼっちのロボットが人類に絶望するだなんて、そんな三文小説のような結末を作ってはならない。二人の言葉でイリスは漸くそれに気付く事が出来た。
「私はどうやら思いあがっていたようですね。私一人で、彼女達を守れる筈もないのに‥‥」
「人と電子知性体の架け橋‥‥アンサーとフィーがそうなってくれれば、自分達が未来を作っていく事も可能ではないでしょうか」
「大丈夫です! これには皆の希望が詰まってるんです。たとえどんな事があったとしても、私達が守って見せます!」
 恭也と美汐の言葉に頷くイリス。少しふっきれた様子で顔を上げた。
「わかりました。二人の事を‥‥公表しましょう」
 その声にふっと研究室の空気が明るくなった。美汐はイリスを抱き締め、他の傭兵達は微笑を浮かべている。
「そうと決まれば発表の方法と協力者を考えねばな! 未来研あたり、出来ればスチムソン博士に立ち会ってもらえるといいんだが」
「世間は権威に弱いからね。えーと、今の情勢だと他には‥‥ミユ社長、カプロイア伯爵とか‥‥政府関係やメガコーポでもいいんだけどね」
「メガコーポは向こうから勝手にやってきそうだがな。何せ超最新鋭技術なのダー」
「神撫もレベッカも‥‥そ、そんな大物を引き合いに出さなくても‥‥」
「何言ってるんだい? 凄い技術じゃないか。今まで軍が調査に来なかったのが不思議なくらいだよ」
 神撫の言葉に目を逸らすイリス。まったくもってその通りである。
「そういえばワイズマンの研究者さんとは連絡取れないんですか?」
「あ、えーと‥‥たぶん‥‥」
「警備も必要になるな。わんこ社長の所なんかどうだ?」
 美汐とレベッカに言われ考え込むイリス。まるで自分一人が抱えなければならない問題のように思っていたのに。
「思えば私、沢山の人に支えられていたんですね‥‥」
「おや。ここにもこれだけ仲間がいるというのに、心外な台詞ですね」
「す、すみません!」
 恭也に頭を下げるイリス。恭也は苦笑しながら首を横に振る。
「自分は、この仕事を生涯のものにしたいんです。だからこれからもイリスさんのお傍にいようと考えています」
 と、そこで少し考えた後、恭也は笑顔で続けた。
「そうですね。一番近くで、出来れば専属に‥‥如何でしょうか?」
 微妙な静けさが広がった。そして傭兵達は三者三様の反応を見せたが、特に美汐は驚愕しさりげなくイリスを抱き締めた。
「専属ですか? そういえば美汐も護衛してくれるんですよね? なんだか申し訳ないです‥‥お給料はなんとかがんばってみますけど‥‥」
「え、ええ‥‥勿論付きっ切りで護衛するのは吝かではありませんが、今のは多分そういう話ではないかと‥‥」
「おいっ、あれを見ろ! 全く気付いていないぞ! これだから研究しかしてこなかった女子は!」
 目を見開き恭也の肩をばしばし叩くヘイル。しかし恭也はいつも通りへらへらと笑っている。
「ハハハ、まあ時間はありますから‥‥それこそ、自分たちの代だけでは達成しきれないぐらいにね」
 イリスの手を握る恭也。イリスもいつも通り笑顔でその手を握り返している。
「ああっ! 色々な意味ですごーく複雑な気分です! 嬉しいような残念なような!」
 頭を抱える美汐。しかし神撫とレベッカもいつも通りな様子だ。
「監視や護衛が必要になったら俺達を頼るといい。確かに俺達なら実績もあるしピッタリだろうね」
「お父さん目線だ! お父さん目線だからこっちも気付いていないぞ!」
「さっきからヘイルは何を騒いでいるのダー?」
「他に突っ込みを入れる人間がいないから仕方ないだろう。張本人がこの調子だしな‥‥」
「アハハハ」
 恭也の肩を抱きながら指差すヘイルであった。
「アンサー、フィー。少しずつでいい。人間の事を知ってくれ。そして少しずつでいい‥‥お前達が思った事を教えてくれ。お前達も私達も、共に歩んでいく命なんだ」
「何、きっと大丈夫さ」
 語りかけるレベッカの横で笑うヘイル。
「誰かの役に立ちたいとフィーは言ってくれた。その気持ちがある限りきっと‥‥な」
「何はともあれ、三人でよく相談して結論を決めるといい。後悔だけはないようにな」
 フィーとイリスの頭を撫で‥‥アンサーは諦めた神撫であった。

 こうして最後の決定を見出す為の相談は終わった。
 傭兵達が去った後、イリスはフィーとアンサーの二人ともよく話し合い、しかし公開という結論は変えなかった。
 公開する為に必要な協力者集めや情報の整理、申請書類の作成が始まっても、傍には美汐と恭也がいつも護衛についていた。
「なので、護衛は発表の時だけで大丈夫そうです。フィーに至っては自己防衛力もあります」
「そうですかー。了解したのですよー」
 後日研究室を訪れたヒイロにイリスはそう告げた。
「野暮な質問ですが、本当にこれで良かったのですか?」
 お茶菓子の残りをポッケに捻じ込みながら問うヒイロ。イリスは笑顔を作り、答えた。
「はい。私の自慢の――沢山の想いの詰まった、娘達ですから!」



 過去と現在を越えて、未来の物語が動き出した。
 もう誰にも予測も束縛も出来ない未来。沢山の人々に背を押され、少女はその一歩を歴史に刻んで行く――。