タイトル:玲子アフター2マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/03/23 07:44

●オープニング本文


「はいはーい、どちらさまですかー?」
「UPC軍所属、天笠大尉だ。元UPC軍所属、九頭竜中尉に会いに来た」
「すいませんけどアポはとってありますかー?」
「とってある‥‥筈だ。どうなんだ外山?」
「俺ッスか? いや、まあ今日来るとは言ってあるけど、何時とまでは言ってねーッスわ」
「じゃあアポないんですねー。相手は社長なので、そういうのはちょっと無理ですよー」

 ガチャ。

「天笠大尉! 刀刀!!」
「これまで多種多用な馬鹿女と邂逅を果たしてきたが、あの類のはもう我慢ならん‥‥」
「何があんたをそこまで追い詰めてんだよ!?」
「あのネストリングの小娘がこっちをいいように使い出したからな‥‥奴は末恐ろしいぞ‥‥」
「とりあえずSES搭載武器を収めろ! あんたつえーんだから!!」

 ガチャ。

「天笠‥‥それに外山! すまないな、新人のメイドに話を通しておくのをすっかり忘れていたのだ」
 九頭竜家が所有する別荘地である島。そこに天笠と外山はやってきていた。
 屋敷の中に通された二人はようやくソファに腰掛け一息吐く。今回は軍の任務でもなんでもないので、全員私服であった。とはいえ天笠と玲子はスーツ着用であったが。
「二人とも久しぶりだな。変わりなかったか?」
「変わりありまくりだぜ。俺は今は大尉のとこでお世話になってるんスよ。九頭竜小隊なくなっちまったから」
「あれからこちらも色々と忙しくてな‥‥軍外部にいるお前に話をするのが遅れてしまった」
 煙草を咥えながら語る天笠。外山も煙草を取り出すと、背後から現れたメイドが二人の煙草を奪い取る。
「ここは禁煙ですよ〜お客様」
「大尉、刀刀!」
「止めるな外山。俺は疲れているんだ」
 それから三人は色々と積もる話をした。
 九頭竜小隊がなくなってから、外山は天笠隊に配属になった事。
 天笠は大尉になり、現在はかつて以上になんでもかんでも引き受け汚れ仕事を続けている事。そして‥‥。
「中里の馬鹿ッスけど、一応順調にリハビリしてますよ」
 ニュージーランドでの戦いで負傷した中里は軍病院に入院していた。
 命に別状はないとは言え奇跡的に助かった命だ。彼方此方に不具合が出ていて、退院まではまだまだ時間がかかる。
「麻痺とかも残るらしいんで、原隊復帰は無理だろうぜ。まー、戻る所もないし戦争も終わったし丁度いいって本人は言ってたけど」
「そうか‥‥彼らしいな」
「退院の目処は立たないんスよね。何か前に同じ様な重傷で担ぎ込まれてきた女がスゲエ速さで退院したって言ってたけど‥‥」
「OFのリェン・ファフォか。あいつは人外だから比べるのは酷だぞ」
 遠い目をする天笠。と、そこで思い出したように訊ねた。
「ところで九頭竜、お前の妹はどうなった?」
「ああ。斬子なら今はこの島にいないよ。色々やる事があって遠出しているんだ」
「確か両足が不自由になって、片腕無くしたんだよな?」
「そうだ。だが彼女は彼女なりに戦後を生きるため動き出したという事さ」
 ネクタイを緩めつつ席に着く玲子。その横顔は少しだけ寂しそうだ。
「光陰矢の如しと言うが、本当にあっという間だな」
「たいちょ‥‥じゃねえんだな、もう。えーと‥‥」
「玲子で構わんよ」
「じゃあ玲子。あんたはその後どうなんだ?」
「何とか人々に支えられて仕事を覚え始めた所だよ。正直、まだお飾りの社長だな」
 肩を竦め苦笑する玲子。それから暫しの沈黙が訪れた。
 今回彼らが集まった理由、それは戦死した内村の墓参りの為であった。それぞれ戦後に一度は足を運んだが、スケジュールを揃えて行くのははじめての試みだ。
「九頭竜、内村の墓参りのついでに、草壁の墓参りもしていこうと思っている」
「草壁の‥‥?」
 怪訝な顔の玲子。それもその筈、草壁と言えばバグアとして彼女達の前に立ちはだかった女の名だ。
「草壁の墓も内村と同じ軍人墓地にある。ただのついでだ」
 と彼は言ったが、実際は玲子の為であった。
 草壁の名前が出ると玲子は必ず困ったような顔をする。それは露骨に過去を振り切れて居ない事を表していた。
「お前もいい加減草壁を忘れるべきだ」
「‥‥天笠。そんなに私は、草壁に囚われて見えるか?」
 たまに捨てられた子犬のような目をする玲子を見ると、微妙に色々な物がデジャヴする天笠であった。
「俺はつくづく犬に縁があるようだな‥‥」
「今でも思うんだ。草壁はあの最後の戦いの時‥‥どうして手加減したんだろうか、と」
 クライストチャーチの夕日を背にあのティターンが立ちはだかった時の事を鮮明に覚えている。
「あいつは逃げる気になれば逃げられたし、殺す気になれば私達に止めもさせたはずだ。だけどあいつは自分が倒れるまで戦い続けた」
 理由はわかっている。草壁は勝ちたかったのではない。ただ負けて死にたかっただけなのだ。だからこそ‥‥。
「あいつを十分に負かせてやれなかった事が‥‥悔しくてな」
 バケモノのように強い敵だった。そもそも人数も足りていなかったし、万全の状態でもなかったかもしれない。
 だがそれでも、草壁をせめて満足させてやりたかった。思い切り倒してやりたかった。それが玲子の心残りであった。
「‥‥異常な敵だったと思うぜ。色々なバグアを見てきたが、あんなプッツンしてる奴は見た事ねぇよ」
「同感だな。バグアという種の中でもイレギュラー中のイレギュラーだったのではないか、あれは」
「だとしても私は、それが逆に‥‥まるで彼女が草壁詠子本人だったかのように、そんな風に感じてしまうんだ」
 きつく目を瞑る玲子。あの砂漠の町で出会った女は、余りにも草壁詠子本人に良く似ていた‥‥。



 春の陽気の足音を感じる三月中旬。玲子達は墓参りの為日本にある軍人墓地へ足を踏み入れていた。
「九頭竜島から三時間半もかかるのかよ‥‥移動だけで死ねるわ」
「気軽に来られる場所ではないのは確かだな」
 花束を手に歩く九頭竜。外山はその花に眉を潜める。
「これ薔薇か? 仏花としてどうなんだ?」
「内村のはこっち。これは‥‥草壁の分だよ」
 そんな話をしながら歩いていると、先頭を歩いていた天笠が急に足を止めた。背後の二人も前に出てみると、そこには内村の墓の前に立つ二人の先客がいた。
「お前達は‥‥」
 声に振り返る二人。その顔には見覚えがあった。
「大和じゃねえか! それに‥‥てめっ、フラヴィ!?」
「隊長に外山先輩‥‥!?」
 喪服姿の二人。驚きながら振り返る大和と、生気のない顔で玲子を見るフラヴィ。玲子は外山を押さえ前に出た。
「久しぶりだな、大和。元気だったか?」
「は、はい‥‥なんとか」
「君も久しぶりだな‥‥フラヴィ・ベナール」
 内村の墓の前で向き合う二人。フラヴィは隈だらけの目をきつく瞑り、深く頭を下げるのであった。

●参加者一覧

クレミア・ストレイカー(gb7450
27歳・♀・JG
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN

●リプレイ本文

 三月某日。内村の墓参りの為、傭兵達は日本を訪れていた。
「もう、あれから一年以上過ぎたのですね‥‥」
 感慨深く呟きながら歩くヨダカ(gc2990)。軍人墓地の中、内村の墓を目指して歩く。
「正に光陰矢の如しね。時間の流れと言う物は無自覚な人間に対しては容赦ない物よ」
「それには同意するのですが‥‥こんな質問もあれですが、クレミアはどうして墓参りに来てくれたのですか?」
 ヨダカの質問にきょとんとするクレミア・ストレイカー(gb7450)。その質問は想定していなかった様子だ。
「そうね‥‥。実は九頭竜元中尉とは何の面識もないのよね。内村さんとも。でも、以前九頭竜さんの妹さんには会った事があるわ。もう二年以上前になるけど」
「そんなに前ですか!? ぐぬぬ、ヨダカはまだその頃あまり係わりがなかったのですよ‥‥」
「二年も前だと、私もまだ斬子さんに会う前ですね。なんだか色々と懐かしいです」
 笑顔を浮かべるティナ・アブソリュート(gc4189)。ヨダカは唇を尖らせながら歩いている。
「ボクもその頃は九頭竜とは関係なかったなぁ。あの頃はこういう事になるだなんて予想もしてなかったさぁ」
「それはヨダカも一緒なのです。元々はす〜ちゃんを追いかけていただけでしたからね。でもこれもす〜ちゃんがヨダカに残してくれた繋がり‥‥なのかもしれないのです」
 レインウォーカー(gc2524)の言葉に頷くヨダカ。それからふと思い出したように周りを見る。
「そういえばヨダカだけ喪服なのですね」
「私は隊服ね」
「私も隊服‥‥ですね、一応」
「ボクも隊服だねぇ。礼節の場に相応しい格好、コレしかないんでね」
 ニヤリと笑うレインウォーカー。そのまま襟を摘んで続ける。
「それにコイツはティナやヨダカと共に戦えた証でもあるからねぇ。ボクにとっての誇りだよ、コイツはぁ」
 そんな話をしながら歩いていると内村の墓が見えてきた。そこには既に玲子達の姿もある。
「お、いたいたぁ。久しぶりだね、きゅーちゃん。それに外山と大和も」
「道化野郎か。久しぶりだな。元気そうで何よりだぜ」
「それはこっちのセリフなのですよ、外山。中里も心配無さそうです?」
「あー。まあ命に別状はねえよ。それもこれもお前達のお陰だ。代わりに礼を言っとくぜ」
 笑顔で傭兵達を迎える外山。ヨダカはその足元に近づきびしりと指差す。
「事務仕事が出来るならネストリングはいつでも人材募集中だと伝えて欲しいのですよ」
「オフなのにその名前を聞かせるのはやめろ‥‥」
 ヨダカに背を向けたままで呟く天笠。ティナは笑顔で声をかける。
「お久しぶりですね、天笠さん」
「どちら様なんだい、ティナ?」
「う、うーん‥‥色々と複雑な立場の方、ですね。どう説明すれば良いのやら‥‥」
「それはこちらの台詞だ。お前達には色々と手を焼かされたからな」
 冷や汗を流しながら目をそらすティナ。レインウォーカーは首を傾げている。
「天笠大尉はご昇進おめでとうなのですよ。うちの社長がいつもお手数かけるのです。また近い内に厄介事を持ち込みますので、その時は宜しくなのです」
「‥‥なんだかお前らの力関係がわからないなぁ。苦労人っぽいのだけはわかったけど」
 ヨダカの前で頭を抱えている天笠に笑うレインウォーカー。一通りそんな話をしたところで外山は咳払いを一つ。
「悪いが一つだけ予定と違う事があってな。今ちょっとその話をしていた所なんだ」
 先ほどから既に気付いていた事だが、そこには大和とフラヴィの姿もあった。微妙に重苦しい空気が流れる中、クレミアだけ首を傾げている。
「どうかしたの?」
「話すと長くなるのだが‥‥と、君は?」
「初めまして、クレミア・ストレイカーよ。あなたの妹さんとは以前会った事があって、その後の事が少し気になって足を運ばせて貰ったわ」
「それはわざわざすまないな。色々と話したい事もあるのだが‥‥一先ずこちらか」
 玲子と握手を交わすクレミア。それから玲子は振り返りフラヴィと大和に向き合う。
「皆さん、お久しぶりです。その節は、色々とご迷惑をおかけしました」
 俯いているフラヴィに代わり頭を下げる大和。ヨダカは頷き、それから前に出る。
「もう会う事もなければそれで良かったのですが‥‥フラヴィ、お前には聞きたい事が二つほどあるのです」
 ゆっくり顔を上げるフラヴィ。そのくすんだ瞳をヨダカは見つめる。
「一つ目、内村の機体‥‥メンテしやすいCOP機なのに修理が間に合わなかったのは何か手を回したからですか?」
 それは一年前の事。乾いた砂と岩の荒涼とした大地の上、強大な敵と九頭竜小隊が交戦した時に遡る。
 あの日、一つの壮絶な戦いがあった。ヨダカもその戦いに参加し、ソルと死闘を繰り広げた一人であった。
 九頭竜隊の一人であった内村はその日ソルとの戦闘で命を落とした。だが腑に落ちない事が残されている。
「二つ目。ドゥルガー停止の報告を遅らせましたか?」
 その報告さえもっと早く届いていれば、撤退が間に合ったはず。ヨダカの問いにフラヴィは目を閉じ、静かに答えた。
「‥‥両方ともその通りです。私は意図的に、貴女達傭兵ごと九頭竜小隊を死地へと閉じ込めました」
「やはりそうでしたか」
 目を瞑るヨダカ。それから目を見開き、軽くジャンプしてフラヴィの顔を殴りつけた。
「フラヴィ!」
 倒れたフラヴィに駆け寄る大和。レインウォーカーはヨダカの肩をそっと叩く。
「そのくらいにしときな、ヨダカ」
「わかっているのです。勘違いをしないように一つ言っておきますが、今のは内村の分なのです。ヨダカはお前の事を許しもしないし、恨みもしないのです」
 頬を押さえながら身体を起こすフラヴィ。口元の血を拭うその姿に語りかける。
「お前も自分の大切の為に邪悪を信じて行動したのでしょう? だったらヨダカがそれにケチをつけたりはしないのです。ヨダカの復讐もまだまだ終わっていないですしね」
「私は‥‥」
「あなたを責めた所で、死んだ方が帰って来る訳ではありません。今更何を言った所で、取り返しのつかない事はもう元には戻りません」
 歩み寄りながら語るティナ。そうして倒れたフラヴィの傍に片膝を着く。
「であれば‥‥償いの為に、とは言いません。ですがあなたの背負う罪の重さ、それを一生忘れず‥‥生きて下さい」
 優しく微笑みながらどこからともなく救急セットを取り出してみせる。
「持ってて良かった救急セット、ですよ♪」
 傷の手当をしつつ、言い聞かせるように囁く。
「いつか‥‥あなた自身が納得し、自分を許せるようになるその日まで。生きて‥‥生き続けて下さいね」
 眉を潜め唇を噛み締めるフラヴィ。それでも我慢できず、俯いて顔を押えた。
 嗚咽を殺して泣き続けるその悲痛な姿にティナは肩を叩く。罪は決して消える事はない。仮に許されたとしても。後悔し続けたとしても‥‥。
「大和さん、彼女の事‥‥お願いします。今すぐは無理でも、ちゃんと一人で罪と向き合って行けるように。支え、見守ってあげてください。彼女にはあなたが、必要ですから‥‥」
「‥‥はい。ありがとうございます。ありがとう、ございます‥‥」
 泣きながら抱き合うフラヴィと大和。外山は腕を組みそっぽ向く。
「けっ! 女は泣きゃ許されると思いやがってよぉ!」
「みみっちい事言うなよ外山ぁ。二人の話は聞こえただろぉ?」
「チッ。わーってるよ。俺だっていい加減、大人にならなきゃいけねえって事はよ‥‥」
 レインウォーカーの言葉にばつの悪そうな表情を浮かべる外山。ともあれ騒動は一先ず落着。本来の目的である墓参りを行なう事になった。

 それぞれ持ち寄った花を墓に供え祈りを捧げる。線香の光が青空へと立ち上るのを見上げながら玲子は目を細める。
「仇を討った、と胸を張って言えないのが悔しいところだけど。何はともあれ戦争は終わってみんな生き残ったよ。お前が一緒に戦ってくれたから、ボクらの今があるんだ」
 屈んで両手をあわせるレインウォーカー。
「だから、安心して眠れ。ボクらは今を、そしてこれからも頑張って生きるからさぁ」
「内村はきっとフラヴィの事も憎んではいないでしょうが‥‥一応、落とし前はつけておいたのですよ」
 同じく手を合わせるヨダカ。それぞれ祈りを捧げ、次は草壁の墓に向かおうとした時だ。振り返ると玲子の足が止まったままになっている。
「どうしたのですか、きゅ〜ちゃん?」
「あ、いや‥‥。なんだか奴の墓参りをしたら、本当に全てが終わってしまうような気がしてな‥‥」
「きゅ〜ちゃんはまだ草壁に未練があるのですか?」
 困惑した様子の玲子。ヨダカは振り返り歩み寄る。
「死者は何も語りません。何も望みません。何も喜びません。大事なのは自身の納得だけなのです」
「玲子さん」
 手を差し伸べるティナ。玲子は頷きその手を取って歩き始めた。
 草壁の墓は荒れ放題であった。誰一人彼女の墓参りになど来ないのだろう。先ずはその墓を清め正し、それから祈りを捧げる。
「花言葉の意味は知ってるしお前に抱く感情とは異なるモノだと理解してる。けど、他にお前に合う花が思い浮かばなくてねぇ」
 薔薇の花束を見つめ、それをそっと墓に供えるレインウォーカー。
「お前の最後を見届けたけど、結局はお前の勝ち逃げだよなぁ。ボクの力は、刃は、覚悟はお前に届かなかった。けど、お前の狂気とも言える生き様と力、そして技はこの身と心に刻んだ」
 目を瞑れば思い出せる、彼の強敵に想いを馳せる。
 何度も刃を交え、そして一度だけだが生身で言葉も交わした。その生き様は成程、狂気と言う言葉が相応しい。
「負けたままで、無様な道化のままで終わるつもりはない。いつか必ず、お前を超えてみせる。そしてなって見せるよ、最高の切り札、Jokerにねぇ」
 それでも何故か笑みが浮かぶのは何故なのか。或いは彼もまた、彼の敵の狂気に魅せられてしまった一人なのかもしれない。
「玲子さんも薔薇の花ですか。草壁さんって、薔薇がお好きだったのですか? お墓に供える花としては珍しいですが‥‥」
「ああ。草壁は薔薇の花が好きだった。好きな物と呼べる事が殆ど無い奴だったが、薔薇だけは不思議と愛でていたよ」
「薔薇の花言葉は色々あるわ。愛情とか、情熱とか」
「でもこいつの場合は‥‥そうだなぁ。気まぐれな美しさ、って所かなぁ」
 クレミアの言葉にウィンクするレインウォーカー。ヨダカは手を合わせたまま玲子に目を向ける。
「きゅ〜ちゃんは彼女のどこが好きでどこが嫌いだったです? そこから入ればいいと思うのですよ」
「好きな所と嫌いな所、か」
 苦笑を浮かべる玲子。そんな物――本当に。数え始めたらきりがないくらい、彼女の事はよく知っている。
 でも墓の前に立ってわかる事がある。それはもう彼女がこの世界のどこにも居ないという当たり前の事実。
「この花は九頭竜さん、あなたにも必要みたいね」
 草壁に供えていた花束の中から一輪取り出し玲子に差し出すクレミア。
「九頭竜さん、オレガノの花言葉は知ってる?」
「いいや‥‥」
「オレガノの花言葉はね。『迷いを断ち切る』‥‥よ」
 花を受け取り目を細める玲子。それから少しだけ明るい笑顔を浮かべた。
「ありがとう、クレミア」
「生きてるんですから足掻けばいいんですよ。幸いな事に振り切る為の時間は沢山あるのですから」
 笑顔で背中を叩くヨダカに頷く玲子。草壁の墓の前に膝を着いた彼女は、暫く無言でその墓を見つめていた。

「それじゃあ私達はそろそろ行きますね。皆さん、ありがとうございました」
「大和もなんとか踏ん張るのですよ!」
 大和に手を振るヨダカ。レインウォーカーはフラヴィへと近づき、その肩を叩く。
「お前の事、恨んだりなんかしてやるものか」
「私‥‥」
「ヨダカとティナの言った事を良く覚えておくんだねぇ。裁きは与えられる物じゃないんだよ」
 ゆっくりと頷くフラヴィ。こうして一行は立ち去る二人を見送るのであった。
「これで一つ‥‥またケリがついた、か」
「お疲れ様でした、玲子さん」
「ありがとう‥‥と、そういえば君達は今どうしているんだ?」
「私は‥‥ちょっと人を探してましたね。親しかった方を。結果は‥‥まぁ察して下さい」
 後ろで手を組んだまま苦笑するティナ。玲子はあたふたしながら励ます。
「そ、そうか。だが時間はまだある。きっとまた会えるさ」
「そういえば妹さんはどうしたのかしら?」
「ああ。あの子は今、片腕を義手にする手術と両足のリハビリの為に再入院しているんだ」
「え?」
 きょとんとするクレミア。彼女の中にある九頭竜斬子のイメージからかけ離れた言葉が飛び出してきた。
「色々あって強化人間にされたり、腕を切断されたり両足の腱を切られたりしてな」
「そ、そうだったの‥‥そんなハードな事になっていたのね‥‥」
「斬子さん、良くなるといいんですけど‥‥」
「あれであの子は根性のある子だ。きっと直ぐに戻ってくるさ」
 笑顔で空を見上げる玲子。ティナはその視線を追うように隣で空を見上げる。
「斬子が戻ってきたらネストリングに顔を出すように言うのですよ。何度も言いますが、事務仕事が出来るなら大歓迎なのです!」
「お前もすっかりネストリングに染まったなぁ、ヨダカ」
「当然なのです。なにせヨダカは正社員なのですから!」
 肩を竦めるレインウォーカーにびしりと親指を立てるヨダカ。玲子は振り返り深呼吸を一つ。
「私も、歩き出さなければならないな。死んだ者や‥‥今を生きる者達に笑われぬように」
「そういやこの後お前らどうするんだ? せっかく久しぶりに集まったんだし話聞かせろよな」
「軍人は暇そうでいいねぇ。ボクらはお前と違って結構忙しいんだよぉ」
 外山に肩を組まれて歩くレインウォーカー。ヨダカは天笠に近づいて行くが、天笠は早足で逃げて行く。ヨダカは無論それを追う。
「俺に‥‥俺に近づくなあああっ!!」
「小さな子供に悲鳴を上げる大の大人か‥‥。私たちも行きましょうか。色々聞きたい話もあるし」
 歩き出すクレミア。玲子は一度足を止め草壁の墓を顧みる。
「玲子さん!」
「‥‥ああ。今行くよ!」
 両手で玲子の手を取り歩くティナ。玲子は真っ直ぐ前を見て、導かれるままに歩いて行く。



「――薔薇の花?」
「そうだ。私が唯一この世で愛する花だ」
 それは遠い記憶の中。今は亡き女が指先で撫でていた赤い花弁。
「血の様に赤く、そして触れる物を傷つける美しい華‥‥玲子、まるで君のようじゃないか」
「お前は馬鹿なのか?」
「ははは! そう言うなよ、私とて傷付く時もある」
 ニヤリと笑いながら一輪の薔薇を差し出し女は言った。
「いつか現れるといいな。君の棘を取り去って、その輝きを解き放ってくれる者が」
 馬鹿馬鹿しくて、それでも美しかった在りし日の記憶。
 その夢の中で大嫌いなあの人は、どうしようもなく無邪気に笑っていた。