●リプレイ本文
三月某日。内村の墓参りの為、傭兵達は日本を訪れていた。
「もう、あれから一年以上過ぎたのですね‥‥」
感慨深く呟きながら歩くヨダカ(
gc2990)。軍人墓地の中、内村の墓を目指して歩く。
「正に光陰矢の如しね。時間の流れと言う物は無自覚な人間に対しては容赦ない物よ」
「それには同意するのですが‥‥こんな質問もあれですが、クレミアはどうして墓参りに来てくれたのですか?」
ヨダカの質問にきょとんとするクレミア・ストレイカー(
gb7450)。その質問は想定していなかった様子だ。
「そうね‥‥。実は九頭竜元中尉とは何の面識もないのよね。内村さんとも。でも、以前九頭竜さんの妹さんには会った事があるわ。もう二年以上前になるけど」
「そんなに前ですか!? ぐぬぬ、ヨダカはまだその頃あまり係わりがなかったのですよ‥‥」
「二年も前だと、私もまだ斬子さんに会う前ですね。なんだか色々と懐かしいです」
笑顔を浮かべるティナ・アブソリュート(
gc4189)。ヨダカは唇を尖らせながら歩いている。
「ボクもその頃は九頭竜とは関係なかったなぁ。あの頃はこういう事になるだなんて予想もしてなかったさぁ」
「それはヨダカも一緒なのです。元々はす〜ちゃんを追いかけていただけでしたからね。でもこれもす〜ちゃんがヨダカに残してくれた繋がり‥‥なのかもしれないのです」
レインウォーカー(
gc2524)の言葉に頷くヨダカ。それからふと思い出したように周りを見る。
「そういえばヨダカだけ喪服なのですね」
「私は隊服ね」
「私も隊服‥‥ですね、一応」
「ボクも隊服だねぇ。礼節の場に相応しい格好、コレしかないんでね」
ニヤリと笑うレインウォーカー。そのまま襟を摘んで続ける。
「それにコイツはティナやヨダカと共に戦えた証でもあるからねぇ。ボクにとっての誇りだよ、コイツはぁ」
そんな話をしながら歩いていると内村の墓が見えてきた。そこには既に玲子達の姿もある。
「お、いたいたぁ。久しぶりだね、きゅーちゃん。それに外山と大和も」
「道化野郎か。久しぶりだな。元気そうで何よりだぜ」
「それはこっちのセリフなのですよ、外山。中里も心配無さそうです?」
「あー。まあ命に別状はねえよ。それもこれもお前達のお陰だ。代わりに礼を言っとくぜ」
笑顔で傭兵達を迎える外山。ヨダカはその足元に近づきびしりと指差す。
「事務仕事が出来るならネストリングはいつでも人材募集中だと伝えて欲しいのですよ」
「オフなのにその名前を聞かせるのはやめろ‥‥」
ヨダカに背を向けたままで呟く天笠。ティナは笑顔で声をかける。
「お久しぶりですね、天笠さん」
「どちら様なんだい、ティナ?」
「う、うーん‥‥色々と複雑な立場の方、ですね。どう説明すれば良いのやら‥‥」
「それはこちらの台詞だ。お前達には色々と手を焼かされたからな」
冷や汗を流しながら目をそらすティナ。レインウォーカーは首を傾げている。
「天笠大尉はご昇進おめでとうなのですよ。うちの社長がいつもお手数かけるのです。また近い内に厄介事を持ち込みますので、その時は宜しくなのです」
「‥‥なんだかお前らの力関係がわからないなぁ。苦労人っぽいのだけはわかったけど」
ヨダカの前で頭を抱えている天笠に笑うレインウォーカー。一通りそんな話をしたところで外山は咳払いを一つ。
「悪いが一つだけ予定と違う事があってな。今ちょっとその話をしていた所なんだ」
先ほどから既に気付いていた事だが、そこには大和とフラヴィの姿もあった。微妙に重苦しい空気が流れる中、クレミアだけ首を傾げている。
「どうかしたの?」
「話すと長くなるのだが‥‥と、君は?」
「初めまして、クレミア・ストレイカーよ。あなたの妹さんとは以前会った事があって、その後の事が少し気になって足を運ばせて貰ったわ」
「それはわざわざすまないな。色々と話したい事もあるのだが‥‥一先ずこちらか」
玲子と握手を交わすクレミア。それから玲子は振り返りフラヴィと大和に向き合う。
「皆さん、お久しぶりです。その節は、色々とご迷惑をおかけしました」
俯いているフラヴィに代わり頭を下げる大和。ヨダカは頷き、それから前に出る。
「もう会う事もなければそれで良かったのですが‥‥フラヴィ、お前には聞きたい事が二つほどあるのです」
ゆっくり顔を上げるフラヴィ。そのくすんだ瞳をヨダカは見つめる。
「一つ目、内村の機体‥‥メンテしやすいCOP機なのに修理が間に合わなかったのは何か手を回したからですか?」
それは一年前の事。乾いた砂と岩の荒涼とした大地の上、強大な敵と九頭竜小隊が交戦した時に遡る。
あの日、一つの壮絶な戦いがあった。ヨダカもその戦いに参加し、ソルと死闘を繰り広げた一人であった。
九頭竜隊の一人であった内村はその日ソルとの戦闘で命を落とした。だが腑に落ちない事が残されている。
「二つ目。ドゥルガー停止の報告を遅らせましたか?」
その報告さえもっと早く届いていれば、撤退が間に合ったはず。ヨダカの問いにフラヴィは目を閉じ、静かに答えた。
「‥‥両方ともその通りです。私は意図的に、貴女達傭兵ごと九頭竜小隊を死地へと閉じ込めました」
「やはりそうでしたか」
目を瞑るヨダカ。それから目を見開き、軽くジャンプしてフラヴィの顔を殴りつけた。
「フラヴィ!」
倒れたフラヴィに駆け寄る大和。レインウォーカーはヨダカの肩をそっと叩く。
「そのくらいにしときな、ヨダカ」
「わかっているのです。勘違いをしないように一つ言っておきますが、今のは内村の分なのです。ヨダカはお前の事を許しもしないし、恨みもしないのです」
頬を押さえながら身体を起こすフラヴィ。口元の血を拭うその姿に語りかける。
「お前も自分の大切の為に邪悪を信じて行動したのでしょう? だったらヨダカがそれにケチをつけたりはしないのです。ヨダカの復讐もまだまだ終わっていないですしね」
「私は‥‥」
「あなたを責めた所で、死んだ方が帰って来る訳ではありません。今更何を言った所で、取り返しのつかない事はもう元には戻りません」
歩み寄りながら語るティナ。そうして倒れたフラヴィの傍に片膝を着く。
「であれば‥‥償いの為に、とは言いません。ですがあなたの背負う罪の重さ、それを一生忘れず‥‥生きて下さい」
優しく微笑みながらどこからともなく救急セットを取り出してみせる。
「持ってて良かった救急セット、ですよ♪」
傷の手当をしつつ、言い聞かせるように囁く。
「いつか‥‥あなた自身が納得し、自分を許せるようになるその日まで。生きて‥‥生き続けて下さいね」
眉を潜め唇を噛み締めるフラヴィ。それでも我慢できず、俯いて顔を押えた。
嗚咽を殺して泣き続けるその悲痛な姿にティナは肩を叩く。罪は決して消える事はない。仮に許されたとしても。後悔し続けたとしても‥‥。
「大和さん、彼女の事‥‥お願いします。今すぐは無理でも、ちゃんと一人で罪と向き合って行けるように。支え、見守ってあげてください。彼女にはあなたが、必要ですから‥‥」
「‥‥はい。ありがとうございます。ありがとう、ございます‥‥」
泣きながら抱き合うフラヴィと大和。外山は腕を組みそっぽ向く。
「けっ! 女は泣きゃ許されると思いやがってよぉ!」
「みみっちい事言うなよ外山ぁ。二人の話は聞こえただろぉ?」
「チッ。わーってるよ。俺だっていい加減、大人にならなきゃいけねえって事はよ‥‥」
レインウォーカーの言葉にばつの悪そうな表情を浮かべる外山。ともあれ騒動は一先ず落着。本来の目的である墓参りを行なう事になった。
それぞれ持ち寄った花を墓に供え祈りを捧げる。線香の光が青空へと立ち上るのを見上げながら玲子は目を細める。
「仇を討った、と胸を張って言えないのが悔しいところだけど。何はともあれ戦争は終わってみんな生き残ったよ。お前が一緒に戦ってくれたから、ボクらの今があるんだ」
屈んで両手をあわせるレインウォーカー。
「だから、安心して眠れ。ボクらは今を、そしてこれからも頑張って生きるからさぁ」
「内村はきっとフラヴィの事も憎んではいないでしょうが‥‥一応、落とし前はつけておいたのですよ」
同じく手を合わせるヨダカ。それぞれ祈りを捧げ、次は草壁の墓に向かおうとした時だ。振り返ると玲子の足が止まったままになっている。
「どうしたのですか、きゅ〜ちゃん?」
「あ、いや‥‥。なんだか奴の墓参りをしたら、本当に全てが終わってしまうような気がしてな‥‥」
「きゅ〜ちゃんはまだ草壁に未練があるのですか?」
困惑した様子の玲子。ヨダカは振り返り歩み寄る。
「死者は何も語りません。何も望みません。何も喜びません。大事なのは自身の納得だけなのです」
「玲子さん」
手を差し伸べるティナ。玲子は頷きその手を取って歩き始めた。
草壁の墓は荒れ放題であった。誰一人彼女の墓参りになど来ないのだろう。先ずはその墓を清め正し、それから祈りを捧げる。
「花言葉の意味は知ってるしお前に抱く感情とは異なるモノだと理解してる。けど、他にお前に合う花が思い浮かばなくてねぇ」
薔薇の花束を見つめ、それをそっと墓に供えるレインウォーカー。
「お前の最後を見届けたけど、結局はお前の勝ち逃げだよなぁ。ボクの力は、刃は、覚悟はお前に届かなかった。けど、お前の狂気とも言える生き様と力、そして技はこの身と心に刻んだ」
目を瞑れば思い出せる、彼の強敵に想いを馳せる。
何度も刃を交え、そして一度だけだが生身で言葉も交わした。その生き様は成程、狂気と言う言葉が相応しい。
「負けたままで、無様な道化のままで終わるつもりはない。いつか必ず、お前を超えてみせる。そしてなって見せるよ、最高の切り札、Jokerにねぇ」
それでも何故か笑みが浮かぶのは何故なのか。或いは彼もまた、彼の敵の狂気に魅せられてしまった一人なのかもしれない。
「玲子さんも薔薇の花ですか。草壁さんって、薔薇がお好きだったのですか? お墓に供える花としては珍しいですが‥‥」
「ああ。草壁は薔薇の花が好きだった。好きな物と呼べる事が殆ど無い奴だったが、薔薇だけは不思議と愛でていたよ」
「薔薇の花言葉は色々あるわ。愛情とか、情熱とか」
「でもこいつの場合は‥‥そうだなぁ。気まぐれな美しさ、って所かなぁ」
クレミアの言葉にウィンクするレインウォーカー。ヨダカは手を合わせたまま玲子に目を向ける。
「きゅ〜ちゃんは彼女のどこが好きでどこが嫌いだったです? そこから入ればいいと思うのですよ」
「好きな所と嫌いな所、か」
苦笑を浮かべる玲子。そんな物――本当に。数え始めたらきりがないくらい、彼女の事はよく知っている。
でも墓の前に立ってわかる事がある。それはもう彼女がこの世界のどこにも居ないという当たり前の事実。
「この花は九頭竜さん、あなたにも必要みたいね」
草壁に供えていた花束の中から一輪取り出し玲子に差し出すクレミア。
「九頭竜さん、オレガノの花言葉は知ってる?」
「いいや‥‥」
「オレガノの花言葉はね。『迷いを断ち切る』‥‥よ」
花を受け取り目を細める玲子。それから少しだけ明るい笑顔を浮かべた。
「ありがとう、クレミア」
「生きてるんですから足掻けばいいんですよ。幸いな事に振り切る為の時間は沢山あるのですから」
笑顔で背中を叩くヨダカに頷く玲子。草壁の墓の前に膝を着いた彼女は、暫く無言でその墓を見つめていた。
「それじゃあ私達はそろそろ行きますね。皆さん、ありがとうございました」
「大和もなんとか踏ん張るのですよ!」
大和に手を振るヨダカ。レインウォーカーはフラヴィへと近づき、その肩を叩く。
「お前の事、恨んだりなんかしてやるものか」
「私‥‥」
「ヨダカとティナの言った事を良く覚えておくんだねぇ。裁きは与えられる物じゃないんだよ」
ゆっくりと頷くフラヴィ。こうして一行は立ち去る二人を見送るのであった。
「これで一つ‥‥またケリがついた、か」
「お疲れ様でした、玲子さん」
「ありがとう‥‥と、そういえば君達は今どうしているんだ?」
「私は‥‥ちょっと人を探してましたね。親しかった方を。結果は‥‥まぁ察して下さい」
後ろで手を組んだまま苦笑するティナ。玲子はあたふたしながら励ます。
「そ、そうか。だが時間はまだある。きっとまた会えるさ」
「そういえば妹さんはどうしたのかしら?」
「ああ。あの子は今、片腕を義手にする手術と両足のリハビリの為に再入院しているんだ」
「え?」
きょとんとするクレミア。彼女の中にある九頭竜斬子のイメージからかけ離れた言葉が飛び出してきた。
「色々あって強化人間にされたり、腕を切断されたり両足の腱を切られたりしてな」
「そ、そうだったの‥‥そんなハードな事になっていたのね‥‥」
「斬子さん、良くなるといいんですけど‥‥」
「あれであの子は根性のある子だ。きっと直ぐに戻ってくるさ」
笑顔で空を見上げる玲子。ティナはその視線を追うように隣で空を見上げる。
「斬子が戻ってきたらネストリングに顔を出すように言うのですよ。何度も言いますが、事務仕事が出来るなら大歓迎なのです!」
「お前もすっかりネストリングに染まったなぁ、ヨダカ」
「当然なのです。なにせヨダカは正社員なのですから!」
肩を竦めるレインウォーカーにびしりと親指を立てるヨダカ。玲子は振り返り深呼吸を一つ。
「私も、歩き出さなければならないな。死んだ者や‥‥今を生きる者達に笑われぬように」
「そういやこの後お前らどうするんだ? せっかく久しぶりに集まったんだし話聞かせろよな」
「軍人は暇そうでいいねぇ。ボクらはお前と違って結構忙しいんだよぉ」
外山に肩を組まれて歩くレインウォーカー。ヨダカは天笠に近づいて行くが、天笠は早足で逃げて行く。ヨダカは無論それを追う。
「俺に‥‥俺に近づくなあああっ!!」
「小さな子供に悲鳴を上げる大の大人か‥‥。私たちも行きましょうか。色々聞きたい話もあるし」
歩き出すクレミア。玲子は一度足を止め草壁の墓を顧みる。
「玲子さん!」
「‥‥ああ。今行くよ!」
両手で玲子の手を取り歩くティナ。玲子は真っ直ぐ前を見て、導かれるままに歩いて行く。
「――薔薇の花?」
「そうだ。私が唯一この世で愛する花だ」
それは遠い記憶の中。今は亡き女が指先で撫でていた赤い花弁。
「血の様に赤く、そして触れる物を傷つける美しい華‥‥玲子、まるで君のようじゃないか」
「お前は馬鹿なのか?」
「ははは! そう言うなよ、私とて傷付く時もある」
ニヤリと笑いながら一輪の薔薇を差し出し女は言った。
「いつか現れるといいな。君の棘を取り去って、その輝きを解き放ってくれる者が」
馬鹿馬鹿しくて、それでも美しかった在りし日の記憶。
その夢の中で大嫌いなあの人は、どうしようもなく無邪気に笑っていた。