●リプレイ本文
●再会
「ここに来るのも久しぶりだな‥‥」
しみじみとした様子で呟く上杉・浩一(
ga8766)。すっかり建て直された大神邸は以前より大きく、そして綺麗になっている。
まず姿を現したのはネストリングのチームブラッド関係者であった。一登達と一緒にここまでぞろぞろと歩いてきたわけだ。
「カシェル、いるかー?」
玄関を開けて声をかける一登。暫くするとばたばたと奥からエプロンをつけた女性が走ってくる。
「はいはーい。カシェルならましろと一緒に買い物に行ったよー」
「ん‥‥? どうやら我々が一番乗りではなかったようだな。ところで貴公は?」
腰に手を当て怪訝そうに訪ねるイレーネ・V・ノイエ(
ga4317)。女は手を拭きながら苦笑する。
「やだなーイレーネ。何度か一緒に依頼にも行ったじゃないか」
「こいつあれだよ。月読井草だよ」
一登の声に目を瞑り記憶を掘り起こすイレーネ。しかし記憶の中の少女と目の前の女はどうも外見が一致しない。
「少し会わなかった間にまた成長なさったのですね、井草」
「未だに背が伸びてるからね! とりあえずあがる? まだ誰も来てないけど」
緋桜(
gb2184)の言葉に笑う月読井草(
gc4439)。こうして一行はとりあえず屋敷に上がる事になった。
「七回忌とは早い物だな‥‥」
とりあえずヒイロの仏壇に手を合わせに来たイレーネ。線香をあげながら過去へと想いを馳せた。
イレーネがネストリングに所属する事になったのは十年前の事件後の事だ。ヒイロに誘われ、その後発足したチームブラッドへと席を置き現在に至る。
「貴公には大変世話になったな。お陰様で今も私の人生は充実している‥‥礼を言うぞ、ヒイロ」
「戦争が終わって十年‥‥本当にあっという間だったな」
ぼんやりとヒイロの遺影を見つめる浩一。そこには満面の笑みでピースしているヒイロの姿があった。
「ヒイロが死んじゃったなんて今でも信じらんないよ。やっぱり寂しいなぁ」
「私はヒイロ様とは深い面識があった訳ではありませんが、彼女の存在が私の知己の多くの方々に多大な影響を与えた事は紛れもない事実です。やはり惜しく思いますね」
ルリララの横に座って手を合わせる緋桜。彼女はネストリング勢というわけではなく、ルリララの付き添いで足を運んだ形だ。
カシェルやルリララとは仕事仲間であり、今日もルリララと一緒に海外から日本へと戻って来たばかりだったりする。
「緋桜、料理手伝ってくれる? 流石に一人じゃ量が多くてさ」
「ええ、元よりそのつもりですよ。エプロンをお借り出来ますか?」
井草と緋桜はそれぞれカシェル経由で仕事の付き合いがあった。環境保護団体のキャンプで半年ほど寝食を共にした仲だ。
「ボクも手伝おっか!?」
「いやいや」
「ルリララは‥‥何か他の事を手伝ってください」
故に、ルリララが料理を出来ない事も知っている。
「料理は得意な者に任せておくのが得策だ。緋桜、井草、頼んだぞ」
台所に向かう二人を見送るイレーネ。と、そこで外から何やら騒がしい声が聞こえて来た。
「誰か来たみたいだな。ちっと見てくるか」
立ち上がる一登。外に出てみるとそこには一台のジープが停車していた。
「お! 久しぶりだなぁカズ!」
「涼兄‥‥と、ドミニカ!」
白い歯を見せ笑う巳沢 涼(
gc3648)。助手席から出てきたのはドミニカ・O・巳沢‥‥要するにこの二人は結婚したのである。
「巳沢さんも久しぶりだが、ドミニカさんはもっと久しぶりだな」
顔を見せた浩一。涼は傭兵として今もネストリングに協力しているのでたまに顔を合わせるが、ドミニカはそうはいかなかった。何せ‥‥。
「‥‥まさか、こんなに子供が産まれているとは‥‥彼女も予想していなかったでしょうね」
更に車から降りてきたのは幼子に囲まれたラナ・ヴェクサー(
gc1748)であった。なんとも言えない表情で子供を抱きかかえている。
「ここに来る途中で拾ったんだ。悪いなー、子供の面倒見てもらっちまって」
「いえ、別に構いませんよ‥‥元気がよくて、良い事です‥‥」
顔をぺしぺし叩いてくる幼子に苦笑するラナ。涼はなんとドミニカとの間に既に三人も子供を設けていた。それを全員連れてきたので凄い事になっている。
「皆久しぶりね! 私も顔出したかったんだけど、常に子供の面倒見てるか妊娠してるかのどっちかで身動きが取れなかったのよ」
「やっぱり暖かい家庭っていいよな! 美人の嫁さんにやんちゃ盛りの子供達‥‥俺は幸せ者だぜ!」
「もう、涼ったら‥‥だからって頑張りすぎなんだからね! 既に家族内麻雀可能なのに、このままじゃ溢れちゃうわ!」
「すまねぇドミニカちゃん、でもドミニカちゃんが可愛いのもいけないんだぜ?」
腕を組んでイチャイチャしている両者をルリララはげんなりした様子で見ている。
「うわぁ、なんなのかなーこの人達」
「ここに来るまでの間、車内でずっとこれだったんです‥‥」
額に手を当て俯くラナ。ルリララは慌ててその肩をそっと叩いた。
「それで、今はどんな感じになっているんですか?」
「井草と緋桜が料理中で、イレーネは既に酒を取り出してるよ」
「そうですか。では私も料理を手伝うとしましょう」
一登の返答を聞き屋敷に入って行くラナ。そうして暫く話し込んでいると、別の車両が屋敷に近づいてきた。
中から出てきたのは崔 南斗(
ga4407)、六堂源治(
ga8154)、鐘依 透(
ga6282)の三人だ。尤も、透は婿養子に入ったので、今の名前は九条院 透なのだが。
「元気そうで何よりだ。三人は一緒に来たのか?」
「俺達はここに来る前、ミュージアムの跡地にある墓地公園に行ってたんスよ」
浩一の質問に答える源治。ミュージアム墓地公園というのは、南斗が私財を叩いてこつこつと整備した物だ。
バグアとの戦争に関する、特にドールズ事件の資料を展示したり、名も無き死者達の慰霊碑が建っていたりする場所である。
「六堂さんはたまに顔を出してくれてね。数少ない常連客なんだよ」
苦笑する南斗。源治はその隣で目を瞑り微笑む。
「ああいう形で誰かの記憶に残してくれるってのは俺としても有り難いッスよ。で、丁度近くにいる時にカシェルから連絡が入ったんで、ついでに一緒に来たってわけだ。な、透?」
「はい。流石に一人で来るのはちょっと寂しかったので、ご一緒させて貰いました」
「こいつ、俺が声をかけなかったら一人でこっそり来る気だったんスよ」
肩を組みながら笑う源治。透は頬を掻きながら苦笑している。
二人は時折ネストリングからの依頼で一緒になる仲だ。常に行動を共にしているわけではないが、昔から付き合いがある事、二人だけで十二分な戦力の為ペアで激務に送られる事が多かった事から、何と無く親密な関係になっていた。
「今日はヒイロさんの七回忌なんですね‥‥」
「驚いたもんだよなあ。子供が居たっていうのはもっと驚いたけどよ」
「そういえばカシェルとましろちゃんは?」
しみじみと語る源治と透。南斗が周囲を見渡していると浩一が答えた。
「買出しに行っているそうだが‥‥ちょっと連絡をしてみるか」
「兄貴、ラナさんとかも来てるよ。今料理してる」
「お。じゃあちょっと挨拶してくるッスかね」
「料理でしたら僕も手伝いますよ」
一登に案内されぞろぞろ中に入って行く源治と透。その横で浩一はカシェルに電話している。
「カシェル、電話出ないの?」
「ああ。手が塞がっているのかもしれん‥‥お?」
ルリララと話していた浩一の視線の先、見覚えのある車が近づいてくる。外山の運転するリムジンだ。
中から出てきたのはカシェル、ましろ、斬子、外山、そしてヨダカ(
gc2990)と茅ヶ崎 ニア(
gc6296)の二人だ。
「いやー、長い車は乗り心地良かったわ」
「一登達も無事についていたようですね」
「あれ? ヨダカとニアは一緒だったのか」
「ヨダカ達は一登達が戻ってくる前に出発して買出しをしていたのです。買い忘れがないかカシェルに連絡してみたら近くに居るという事だったので、外山に拾わせたわけです」
身体が不自由な斬子が車から降りるのを支えるニア。一方男二人は大量の食料品を抱えて屋敷に運び込んでいる。
「外山、割れ物もあるのでもっと丁寧に運ぶのです!」
「うわー、なんかもういい匂いしてる‥‥私も手伝ってくるかなー」
荷物と一緒に入って行くヨダカとニア。残ったましろは南斗から渡されたお土産を頬張っていた。
「ましろちゃん、あまり沢山食べるとお腹が緩くなるから注意な」
黙々と必死に食べるその様相はヒイロの事を彷彿とさせる。
「頭に猫乗せてポテチ食ってた娘の子供が走り回ってるなんて、俺も歳を取るはずだよ‥‥」
「俺も腰に限界を感じる‥‥」
「めっきり白髪が増えましたね、俺達も」
笑い合う南斗と浩一。涼はましろを抱き上げ頬擦りしている。
「ましろちゃん久しぶりだなぁー! 元気だったかー!」
「涼くん‥‥おひげいたいのです!」
「本当、ヒイロそっくりよねぇ」
涼の腕の中でもがくましろ。ドミニカはそれをにこにこと見つめていた。
と、そこにどこからか騒音が聞こえて来た。元凶は頭上のl小型ヘリコプターであった。だだっぴろい大神低前の広場にバタバタと音を立てながらヘリが着陸する。
きょとんとしている一行の前に姿を見せたのはサングラスをしたレベッカ・マーエン(
gb4204)とヘイル(
gc4085)であった。
「ここが大神邸か‥‥随分と辺鄙な所にあるのだな」
「おいレベッカ、やはり皆唖然としているぞ‥‥」
顔を見合わせる二人。レベッカはグラサンを外して歩み寄る。
「ヒイロ・オオガミの七回忌と聞いてきたのだが、ここで合っているか?」
「合ってるけど‥‥えーと‥‥」
冷や汗を流す一登。そこにヨダカが顔を出した。
「何の騒ぎかと思えばレベッカ達でしたか」
「ヨダカ、知り合いなのか?」
「うちの会社に装備や車両を卸してる取引先なのですよ。これだから戦闘しかしない男は‥‥」
「そしてネストリングにはデータ収集を依頼している立場でもある。そいつもうちの新型なのだ。そして彼はパイロット」
「‥‥ではなく、ヘイルだ。ただのしがない喫茶店経営者だ」
肩を竦めるレベッカ。ヘイルは咳払いを一つ、ましろへと歩み寄る。
「俺達はフィーやイリスの代理で来た。君が元気そうで何よりだ」
「そうそう、子供にはお土産もあるぞ。ホビー用小型ロボット、LKV! その新製品だ!」
ロボットが描かれた箱を取り出すレベッカ。そこにどっと涼の子供達とましろが群がって行く。
「俺も欲しいな‥‥一個くらい余ってねーかな」
「一登‥‥子供じゃないんですから我慢するですよ」
「そういえば色々と食材を持って来たんだが、どこに運べば良い?」
「ああ、それならヨダカが案内するのです。料理上手がこぞって集まっているので台所が狭いのですが」
ヨダカにつれられ食材を担いで屋敷に入って行くヘイル。レベッカは子供達にLKVの話を聞かせているが、子供達ははしゃいでいてあんまり聞いていなかった。
こうして外に居た連中も屋敷の中へと姿を消した。やがて日が暮れ始め、夜の帳が降り始めた頃、新しい車両が入って来た。
「流石に少し遅れてしまいましたね‥‥予定があるからと前々から言っていたのにまったく‥‥!」
「うぅ‥‥ティナ、すまない‥‥」
運転席から降りてきたのはティナ・アブソリュート(
gc4189)だ。助手席からはよろよろしている玲子が歩いてくる。
「まあなんとかなったから良しとしましょう。残りの仕事は他の皆さんで大丈夫でしょうし‥‥ほらネクタイ直して、シャツ入れて!」
てきぱきと玲子の身嗜みを整えるティナ。口の端から垂れている涎を拭き、ぐいぐいと背中を押して大神邸へ向かう。
「ティナ、眠いよぅ‥‥」
「車内で十分寝たでしょう! これが終わったら三日休みになってますから大丈夫ですっ!」
ほぼ引き摺られて屋敷に入った二人に続き車から降りてきたのは地堂球基(
ga1094)、須佐 武流(
ga1461)、神棟星嵐(
gc1022)の三人、そしてシン・クドウの四名だ。
「あいつの身に何が起きたんだ‥‥?」
「なんか、本当は出席出来ない筈だった所を一気に仕事を片付けて来たらしいな」
「ティナ殿はすっかり今の仕事に‥‥というより九頭竜殿の女房役に慣れたようだね」
眉を潜める武流。星嵐は苦笑しながらその背中を見送っている。
「地堂、一つ質問があるんだが」
「どうしたシン?」
「俺達は久しぶりに地球に戻って来た。ネフライト計画やら月面基地での仕事を終えて一時帰還を果たしたわけだ」
「それでどこかで飲むかという話になった所までは俺も覚えている」
腕を組み頷く武流。星嵐は苦笑を浮かべつつ二人に向き合う。
「その後九頭竜社長の所に顔を出す事になったんだよ。地堂殿は彼女とも繋がりがあったし、自分もちょっと訳があってね」
どこか寂しげな眼差しで語る星嵐。シンと武流は顔を見合わせる。
「成程。それで‥‥ここが飲み会の会場なのか?」
「いや? なんかヒイロ・オオガミの七回忌らしいぞ?」
頭の後ろで手を組みながらしれっと語る球基。暫くの沈黙の後、武流は身を乗り出し。
「あいつ‥‥死んだのか!?」
「お? 知り合いだったのか?」
眉間を揉みながら考え込む武流。それから意を決したように歩き始めた。
「状況がわからんが‥‥とりあえず話を聞いてくる」
そうして屋敷の中に入って行く四人。そこで彼らが見たのは広間で宴会を始めている大勢の人々、そして満面の笑顔でピースしているヒイロの遺影であった。
「マジで死んでやがる‥‥」
「そりゃ七回忌だからなぁ。元気だせよ武流」
苦笑しつつ肩を叩く球基。と、そこにましろが近づいてくる。
「‥‥ん? なんだこのちっちゃいヒイロは‥‥?」
「この子は大神ましろちゃん。ヒイロちゃんの娘ですよ、須佐さん」
声に振り返る武流。そこで男は久々にカシェルとの再会を果たすのであった。
●十年後
「そうか‥‥そんな事が‥‥」
カシェルから事の顛末を聞いた武流は遺影をじっと見つめていた。
「俺が地球を離れている間に色々変わっちまったもんだ。まさかお前の方から約束を破られる事になるとはな」
まだ世界がバグアとの戦争の最中にあった頃、武流はヒイロとある約束をした。それはきっと二人だけしか知らない約束。今となってはもう彼が記憶するのみだ。
「ま、今更どうしようもない事だ‥‥しんみりしてても仕方ないな」
「ええ。ヒイロちゃんは他人が悲しむのを嫌がる子でしたから」
「そういえばカシェル、だんだんと見た目が地味になってるな」
「ははは。そっちは‥‥えーと、派手になりましたね」
武流は髪と手足の大部分が銀色に変色していた。理由は不明。元々の覚醒変化を引き摺っているのかもしれないが、本人は別に不便には思っていなかった。
「そりゃ、戦争終わって早十年だからな。色々と変わった。だがネストリングはまだ健在とはな‥‥正直驚いたぜ」
「ヒイロちゃんが次の世代にバトンを繋げたという事かもしれませんね」
「バトンか‥‥」
腕を組み微笑む武流。そこへ球基が酒を片手に手を振る。
「おーい、武流も食えよ! 久しぶりの生ものだぞ!」
「ゆっくりしていって下さい。料理だけは有り余ってますから」
頷く武流。そうして仲間達の所へと戻って行くのであった。
「巳沢さん、少し見ない間に随分お子さんが増えましたね‥‥」
「自分も驚いたよ。巳沢に会うのは終戦ぶりだからね」
涼の左右に座って鍋を囲んでいるティナと星嵐。涼は酒を飲みつつ頷いている。
「いい嫁さんに出会えたのもある意味ヒイロちゃんのお陰だぜ。本当、色々世話になったなぁ」
遠い目で一気に日本酒を呷る。そうして左右に目を向け。
「二人は最近どうしてるんだ?」
「自分は色々だな。UPCの依頼に参加する事もあれば、ネフライト計画の手伝いで宇宙に行くこともある。昨日までそれで須佐殿達と一緒だった」
「私は未婚のまま三十歳を迎えてしまいました‥‥でも玲子さんが心の夫なので大丈夫です♪」
そんなティナの隣で玲子は幸せそうに酒を飲んでいる。
「そういえば、九頭竜玲子殿は九頭竜斬子殿の実の姉でしたね」
星嵐は玲子の方へ佇まいを改め一礼する。
「十年前、九頭竜斬子殿に重傷を負わせ後遺症を残してしまった事、本当に申し訳なく思っています」
きょとんとする玲子。それから苦笑を浮かべる。
「あの子は全く気にしてないよ。後で話してみるといい。むしろ君のお陰で助かったんじゃないか」
「それに関しちゃ俺も礼を言わせてくれよ星嵐さん。あの時あんたが斬子ちゃんを助けてくれた事、感謝してるぜ」
肩を叩く涼。ティナは笑顔で星嵐の更にどんどん料理を盛って行く。
「そんな事気にするような人じゃありませんよ、斬子さんは。ほら、落ち込んでないでどんどん食べて下さい。飲みが足りないんです、飲みが!」
涼とティナに左右から酒を注がれ困惑する星嵐。一方向かいの席では‥‥。
「ドミニカもすっかりお母さん、そしてアラサーかー」
「いやー、涼が頑張りすぎちゃってもうー」
「何の話をしてもそこに持っていこうとするな、貴公は‥‥」
酒を飲むニアとイレーネ。ドミニカはその傍で子供を膝に乗せて料理を食べさせている。
「イレーネって私と入れ違いでネストリングに入ったのよね?」
「ああ。終戦後はヒイロとペアで組む事も多かった。汚れ仕事の時は大体二人だったからな。だがそんな事を数年続けたある日、ヒイロはそれを私に任せて旅に出ると言ってな。そこからは茅ヶ崎の方が詳しかろう」
「暫く私も一緒にヒイロと旅をしたわ。それこそ色んな所に行ったわね」
ネストリングは戦後、地域復興と戦後処理、二系統の任務体系に分かれていった。
イレーネが後者でニアは前者。そしてヒイロは戦後、どちらかというと前者に力を入れていた。戦闘に関しては頼りになる協力者が多かったのも理由の一つだが‥‥。
「学校のない地域を回る移動教室の先生やったりね。料理作って振舞ったり‥‥あの頃はまだ戦争の爪痕が大きく残ってて、大変な暮らしをしてる人も大勢居たわ」
「そして危険な地区で活動していた時、襲われたんだったな‥‥邪魔するぞ」
グラスを片手に隣に座る浩一。ヒイロの死に関しては彼も話を聞きたかった所だ。
「私はヒイロが殺される時その場に居合わせたの。あの子はその気になればあんな連中一蹴出来るのに、武器を捨て両手を広げて近づいていった」
そして銃声が鳴り響き、ヒイロは凶弾に倒れた。即死であった。ニアは額から血を流すヒイロの亡骸を抱え叫んだ。
「もう殺したり殺されたりするのは最後にしてくださいってね。ヒイロは犠牲になったけど、それで一つの殺し合いが終わったのも事実なのよね」
「自分も傍に居れば或いは違ったのかも知れんが‥‥後悔先に立たず、か」
目を閉じ酒を呷るイレーネ。ニアはその横で苦笑し。
「その後連中は無事投降したわね。まー、ヒイロを撃った奴がその後悲惨だったけど‥‥」
UPCに引き渡す際にやってきた涼やヨダカが実行犯をボッコボコにしたのである。勿論殺してはいない。が、死んだ方がましだったかもしれない‥‥。
「俺はなぁ‥‥ヒイロちゃんの花嫁衣裳が見たかったんだよちくしょう! それをあの野郎!」
向かいの席で突然立ち上がる涼。一升瓶を片手に涙を浮かべている。
「どんなやつか知らんが、結婚したければ俺を倒してからにしろ! とか言うつもりだったのに‥‥うぅ、ヒイロちゃん‥‥」
「涼兄、飲みすぎじゃないか?」
「カズ! カズカズ、ちょっと来い! ほらお前も飲め! 全く立派に成長しやがって、ヒイロちゃんの目は確かだったぜ!」
「涼兄、俺下戸なんですけど!?」
一登を捕まえ引き摺って行く涼。どっと笑いが起こる。
「しょーもないわねー男共は」
「だが、それも我々らしい」
苦笑するドミニカ。イレーネは笑いながら騒ぎを眺めている。
「そういえばヨダカ、さっきから時計気にしてるけど何かあったの?」
「うーん、実はまだ来ていない人が‥‥」
ニアの質問に眉を潜めるヨダカ。と、正にその時。
「こんばんはぁ。遅くなってしまったねぇ」
姿を見せたのはレインウォーカー(
gc2524)であった。その後に続き大和梢とフラヴィ・ベナールが入ってくる。
「遅刻なのですよ、Иたん!」
「ごめんごめん。二人を案内するのに時間が掛かってねぇ」
「私が二人の迎えをお願いしたんです。自分で行くべきだったんですけど、仕事が終わらなくて‥‥」
苦笑を浮かべるティナ。レインウォーカーが空いている席に座るとヨダカが酒を注ぎに行く。
「Иたんはお久しぶり‥‥でも無いですね。この間の仕事ぶりは見事だったのです、報酬は色をつけておいたのですよ」
「仕事ではいつも世話になってるけど、直に会うのは久しぶりだろぉ? 美人になったねぇ、ヨダカ」
笑いながら語るレインウォーカー。しかし手にしていたお猪口から滾々と酒が溢れているのに気付く。
「ヨダカ、零れてる零れてる」
「はっ! ヨダカとした事が‥‥Иたん、服は大丈夫ですか!?」
「これくらい気にしないよぉ。しかしヨダカ‥‥少しそそっかしくなったかぁ?」
「いやいや! 普段はもうバリバリなのです! これはなんというかたまたまなのですよ!」
あたふたしているヨダカに苦笑するレインウォーカー。そこへ外山がやってきて背中を叩く。
「よぉ道化野郎、まだくたばってなかったのか!」
「お生憎様、ピンピンしてるさぁ。そういうお前は天笠の部下だった高峰と付き合ってるんだって?」
「付き合ってねーよ! つーか聞いてくれよ、俺の周りの女は性格がきつすぎるんだ!」
外山に誘拐されるレインウォーカーを見送るヨダカ。小さく溜息を吐いて振り返るとティナ、ニア、ドミニカ、イレーネがそれぞれの表情でそれを見ていた。
「な、何かヨダカに用ですか?」
「いいえ、別になんでもありませんよ♪」
「そんな何かありそうな顔で言われても説得力がないのです。ニア、仕事の話があるのでちょっとこっちに来るのですよ!」
「えぇー!? 私!? 何も今しなくても‥‥ああーっ」
段々とドタバタ騒ぎになりつつある宴。だが静かに酒を飲んでいる面子もいる。
「こう懐かしい顔ぶれが集まると、話を聞いてるだけでも楽しいな」
「ええ。本当に‥‥皆さん元気です、ね」
酒を飲みつつ宴会を眺める源治とラナ。透は行儀良く正座して料理を食べている。
「こうしていると世の中は捨てたものではない‥‥そう思いますね」
そこへましろを抱きかかえた緋桜とルリララがやってくる。
「やほー、飲んでるかー!」
「ルリララは歳を取ってる感じがしないッスね」
「そういう源治はおじさんになっちゃったね。でもシブくてかっこいいよ!」
無邪気に笑うルリララ。源治は微笑みながらグラスを傾ける。
「しかしこの子は本当にヒイロ君にそっくりですね」
緋桜からましろを借りるラナ。膝の上に乗せても大人しく料理を食べている。
「ましろちゃん、可愛い盛りですよね。うちの子と同じくらいなんですよ」
「お? 緋桜、結婚したんスか。本当、十年の間に色々な事があったんだな」
「本当、色々な事がありましたね‥‥この場では語りつくせない程に‥‥」
笑い合いながら過去に想いを馳せる源治とラナ。その記憶は過酷な戦いの記憶だ。
「マグ・メルでは本当にお世話になりました。君たちがボクを助けてくれなかったらここにいる事もなかったからね」
「僕は自分のしたいようにしただけですよ‥‥」
「透もラナも本当に強くなったよな。人形師の時と比べると今じゃ別人だ」
「それはもう‥‥」
「色々ありましたから、ね」
源治の言葉に苦笑する透とラナ。源治は軽く腕を回し。
「俺は昔ほど身体が言う事聞かなくなってな。ルリララの言う通り、おじさんになっちまった」
笑いの後少ししんみりした空気になる。そして透は遠くのヒイロの遺影を見つめた。
「ヒイロさん‥‥いずれ世界を変える太陽のような子だと思っていたのですが‥‥」
「変な奴だったけど、ヒイロが居なかったらボク‥‥こうして人間の中に混じる事も出来なかったな」
「確かに世界はそう大きくは変わらなかったかもしれません。ですが‥‥」
俯いているルリララの肩をそっと叩く緋桜。
「世の中は徐々にですが変化している‥‥ルリララがここに居るように。ヒイロ様が残した物はここにある‥‥私はそう思いますわ」
そんな話をしていた時だ。涼が立ち上がり全員に声をかけた。
「よーし、それじゃあ締めに皆で写真撮るか! まだこの席は終わらないが、そろそろ引き上げる奴もいるだろうしな!」
「写真なら俺にも一枚撮らせてくれ。土産に持って行きたいのでな」
同じくカメラを手に立ち上がるヘイル。こうしてぞろぞろと一行は縁側に並び、カメラの枠の中に収まるのであった。
「ほら、寄った寄った! いいか、撮るぞー!」
シャッターを下ろす音。写真の中には十年後を生きる傭兵達の姿が確かに収められていた。
●次世代へ
鍋会が大体終了するとそのままバーベキューに移行した。縁側で酒を飲む者、中庭で肉を食う者、既に寝ている者‥‥それぞれである。
「あの時は本当にすみませんでした。心から謝罪します‥‥」
その端で頭を下げる星嵐。謝られている斬子は慌てて首を横に振る。
「むしろこっちがお礼を言う方ですわ! 困りますわよ、そんな!」
「終戦から十年、幾らでも謝りに来る機会はありました。しかし自分は‥‥」
「律儀ですわねぇ、もう。確かに少し身体は不自由ですけど、生きているだけで十分。それだけで素晴らしい‥‥今はそう思っていますわ」
並んで夜空を見上げる二人。その様子をティナは遠巻きに見ている。
「丸く収まりましたね」
「うむ。めでたしめでたしだ」
「相変わらずみたいだねぇ、二人とも。名コンビと言っても構わないよねぇ」
レインウォーカーの声にティナは玲子の腕を取る。
「それはもう、十年も一緒に働いていますからね」
「今となってはティナがいないと仕事やっていけないよ‥‥ははは」
そこで突然フラヴィに駆け寄るティナ。隅っこに引っ張って行き耳打ちする。
「フラヴィさんはまだ大和さんを襲‥‥いえ、気持ちを伝えていないのですか?」
「はっ!? え!?」
「彼女にとっての幸せが何であるかにもよりますが、男性と結婚する事だけが幸せとは限らないでしょう‥‥!」
熱く語りかけるティナ。レインウォーカーは遠巻きに肩を竦める。
「悪巧みのにおいがするねぇ‥‥と。やぁ、カシェル先生。ましろも大きくなったねぇ。子供の成長は早いなぁ」
肉を頬張るましろとカシェルに声をかけるレインウォーカー。二人は並んで炎を眺める。
「だから先生は止めて下さいよ、もう」
「そうそう、ボクも最近は先生になったよ。新兵の教官って意味だけどねぇ」
そこへ歩いてくるヘイル。二人に会釈してましろの前に屈む。
「ましろ嬢、君はフィーの事が好きかな?」
「う? 好きだよ?」
「そうか。もしフィーが間違えそうになったり諦めたりしたら、その時は怒って止めてやって欲しい。そしてずっと一緒に居てあげてくれ」
ヘイルを見上げ頷くましろ。口元を拭き、真っ直ぐに語る。
「ましろは誰もいなくならせたりしません。皆が一緒に居る事、それが一番です」
「ほう‥‥いい子だな」
頭を撫でるヘイル。思えばましろという少女は実に画期的な存在である。
正義と殺戮の狭間に生まれ、機械の自我と共に育ち、悲劇を越えた強者達に守られている。
「正に後継者か。カシェル、彼女は‥‥ヒイロ・オオガミは幸せだったと思うか?」
「ええ。それはもう」
「あいつは幸せそのものみたいな顔してたからなぁ」
「そうか‥‥。ましろ嬢、歌は好きか? いい曲を教えてあげよう」
縁側に座るヘイルとましろ。入れ違いにレベッカが近づいてくる。
「子供達を守り、夢を与え育む事。そして想いを、願いを託して繋いでいく事。私達が守った、仲間達が願った世界ってのはその繰り返しで続いていくんだろうな」
腕を組み頷くレベッカ。そうしてカシェルに向き合う。
「心と心の繋がり‥‥離れていてもここにはいなくても確かに感じる事が出来る物。それが今日再確認出来た。ヒイロには礼を言わねばならんな」
そこでヘイルの歌が聞こえてくる。だが歌っているのはヘイルだけではなかった。
「ましろはあの歌を知っていたのか?」
「みたいですね。教えたのは多分フィーでしょう」
微笑むレベッカ。それから玲子の方を見やる。
「さて、少し仕事の話を‥‥と思ったが、寝ているな‥‥」
「ティナー、旦那が就寝してるぞぉ」
レインウォーカーの声に慌てて戻ってくるティナ。そして玲子を担いで屋敷に入って行った。
「ふー、堪能した‥‥正に食い放題だったな」
肉を食い終え一息吐く球基。武流はその横で空を見上げている。
「また直ぐ月にトンボ帰りか」
「武流も食えるだけ食っておいた方がいいぜ。上に戻ればまた限定配給だ」
「なぁ。俺達が生きている間にどこまで行けると思う?」
考え込む球基。正直な所それはわからない。だが少しずつ人類は前に進んでいる。
「さてなぁ。でもこの夢は爺さんから受け継いだ物だ。出来る事からやってくしかないよ」
「そうだな。それに‥‥俺達に出来なかった事も、これからはちっこいやつらがやって行くんだろう」
はしゃぐ子供達を眺め微笑む武流。
「ま、バトンを渡すのは当分先だからな。それまでは頑張るとしますか」
「次また生もの食えるのも当分先な。残ってるやつ貰ってくるわー」
球基が戻って来たテーブルの端、片付けをしていたラナとカシェルが向き合っている。
「挨拶が遅れましたね。今回は‥‥お招き頂いてありがとうございますね‥‥」
「凄い騒ぎでしたからね。ゆっくりお話も出来ず」
「カシェル君は変わりましたね。年下の少年かと思っていれば‥‥今では先生ですか」
「あれ? もしかして本読んでくれたんですか?」
「それは‥‥ノーコメントで」
唇に人差し指をあて微笑むらな。カシェルは苦笑する。
「ましろとはまるで親子のようですね。私もそういう出会いがあれば‥‥」
「ラナさんなら引く手数多でしょう?」
「そんな‥‥もうおばさんですよ」
「えぇっ!? ど、どこがですか!? 全然美人じゃないですか!」
真顔で驚愕するカシェル。その様子に思わず笑ってしまう。
「何で笑うんですか!?」
「いえ‥‥そうですね。おばさん、ですけど‥‥新しい恋、してみましょうか」
晴れやかな表情で空を見上げるラナ。カシェルはその隣で微笑んでいた。
「上杉さん、食べますか? 去年はプラムの当たり年だったんですよ」
ドライフルーツを齧りながら酒を飲む南斗と浩一。二人はぼんやりと景色を眺めている。
「七回忌ですか。今でも信じられません。こうしているとあの子がひょっこり戻ってきそうで‥‥」
「本当にな‥‥」
肩を落とす男二人。懐かしい賑やかさの中、探してもそこにヒイロの姿だけがない。
だが思うのだ。ヒイロがいなくてもあの頃と変わらぬ日常がある。それはまだ彼女が皆の心の中に生きているという事でもあると。
「そうだな、ヒイロさん‥‥らしくなかったな、ここ七年の俺は」
「上杉さん‥‥」
「あの子の遺志を守ろうともがいて来た。だがそれは俺の杞憂だったらしい。ヒイロさんの遺志は、確かにここにある」
「ミュージアムに大神緋色の足跡を辿る展示室があるんです。良かったら今度いらして下さい」
目を瞑り頷く浩一。その脳裏に沢山の想い出が蘇る。男はそれを空に映すように視線を投げ出した。
「次の仕事か‥‥さて、僕も行こう」
電話を手に屋敷を後にする透。その背中に源治が声をかける。
「もう行くのか。またどっかでな、透」
振り返り深々と頭を下げる透。風が吹いた次の瞬間、その姿は音もなく消えていた。
「なあキャロル。僕は君に恥じない生き方、出来てるかな?」
月明かりに照らされた道を駆け抜ける透。既に遥か遠い大神低を一瞥し、次なる戦場へ向かう。
「お前は変えたいか、世界を。無くしたいか、争いを」
縁側に立つレインウォーカーと一登。男は青年に問いかける。
「ボクは戦いが好きだ。僕みたいなのが居る限り、戦いはなくならないよ」
「それでも変えるって約束したんだ。だから俺は‥‥この命を懸けて誓いを守り続ける」
「ならいずれボクがお前の道を阻むかもしれないねぇ。その時は手加減しないよぉ」
一登と肩を組むレインウォーカー。ヨダカは仏壇の傍に立ちそれを眺める。
「ヨダカの方が先に逝くと思っていたのですけどね‥‥見ていますか、ヒオヒオ」
満面の笑顔を見せる写真を切なげに見つめ。
「夢見た光景を受け継ごうとする人間はこんなに沢山いるですよ。世界は正しくなんか無くて、厳しくて残酷だけど‥‥だからこそこんなにも美しいのです」
目を瞑りその姿を思い出す。彼女の理想は今、確かに彼らへと受け継がれた。
「一登、食べてばっかりじゃなく少しは周りにも気を使うのですよ? そんなだと彼女とか出来ないですよ?」
「つい今さっきまで真面目な話してたんだよ! いいだろ別に!」
「やれやれ‥‥身体は大きくなってもまだまだ子供ですね」
笑いながら歩み寄るヨダカ。一登とレインウォーカーはそんなヨダカを交え話を続けた。
「この十年色々あったね」
「そうだね。本が売れなかったり本が売れなかったりしたさ」
肩を落とすカシェル。井草とカシェルはこの大神邸に移り住んでからは共に執筆活動に勤しんでいた。
「‥‥そういえば、月読さんはどうして僕についてきたの?」
猫に缶詰を上げながら屈む井草。カシェルの言葉に振り返る。
「そりゃ好きだからさ。そうでもなきゃ十代の少女が切った張ったの命のやり取りしたり、胸が悪くなるような一般人掃討なんてしないよ」
きょとんと佇むカシェル。井草はジト目で溜息を一つ。
「もちろん自分で決めた事だけどね。あたしは純情一途なんだよ」
「いつもの冗談じゃなくて?」
「あたしはいつも冗談なんて言わないぞ? 常に本気だ」
「‥‥えぇーっ!? 本日二度目の驚愕!」
「お前の朴念仁っぷりも極まってるな。十年という歳月は恐ろしいもんだ」
「なんで君そんな普通にしてるの!?」
「だから、これまでも本気だったんだから今更驚くような事じゃないんだってば」
「えぇーっ!?」
二人の騒ぐ様子の背景に佇むヒイロの仏壇。相変わらずアホ面で笑い、ピースし続けていた。
戦争は終わり十年。そこには新しい世界が広がっている。
それはもしかしたら彼らが嘗て思い描いた希望とは違っているかもしれない。それでも‥‥。
この十年を背に、彼らは進み行く。新たなる十年、そしてまだ見ぬ遥かな未来へ――。
春の日差しが差し込む大神邸の孤児院。庭ではしゃぐ子供達を眺める老人が一人。そこへ一人の少女が駆け寄る。
「――ただいま、おじいちゃん!」
老人は腰を叩きながら立ち上がり、眩しい光の中にかつて見た夢を見た。
長い髪を三つ編みにした袴姿の少女。光を背に微笑むその姿へ、ゆっくりと老人は歩き出した。