●リプレイ本文
●再戦
「――待って下さい、イリスさん!」
ダイブ装置を使おうとしていたイリスの腕を掴み、和泉 恭也(
gc3978)は制止した。
研究所内。イリスの護衛として日頃から傍にいた恭也と望月 美汐(
gb6693)。美汐がフィーと睨み合う中、恭也は代わりにダイブ装置へ腰掛ける。
「幾らなんでも危険すぎます。ここは代わりに自分が行きますから、イリスさんはナビゲートをお願いします」
暫し考え込むイリス。だが直ぐに頷きダイブの準備を開始する。
「また皆さんを危険に晒してしまうのは不本意ですが‥‥私が行けば結局皆さんも追ってくるでしょう。なら私は私のやるべき事をすべきでしたね」
行動を改めたのは恭也への信頼故であった。片手で素早くキーを操作し、ダイブの準備を完了する。
「中では何が起こるかわかりません‥‥私も出来る限り支援しますが‥‥」
「任せてください。貴方の声は必ず届けます」
頷くイリス。ダイブ装置を起動する。問題なく処理は出来ているようだが、ダイブ装置の状況はモニタリング出来ない。
「大丈夫ですよイリスさん。こんな時の為に私達はいるんですから」
羽村を拘束したフィーから目を逸らさずに微笑む美汐。そうして携帯電話を取り出す。
「外の人達が着くまでの辛抱です。もう少しだけ我慢してください」
「出来るだけ早く頼むよ‥‥」
生きた心地がしない表情で呟く羽村。一方その頃ビフレストコーポ前には四人の傭兵が集まっていた。
「それで、一体何が起こっている?」
「イリス達にもよくわかってないみたいだな。ただいつも通りやばい状況には間違いないらしい」
通話を切って電話を収める神撫(
gb0167)。美汐から聞いた話を大体仲間に伝えると、レベッカ・マーエン(
gb4204)が唸り声を上げた。
「うーむ、エキドナか‥‥心当たりがないわけではないが」
「まじで? 俺には見当もつかないよ‥‥とにかく現場に行ってみるしかないか」
困り顔で頭を掻く神撫。UNKNOWN(
ga4276)は片手で帽子を押さえ、コートの裾を翻しながら颯爽と歩き出す。
「まあ、こういうのは私の出番だろう。ついてきなさい。行きたい所まで連れて行こう」
「ん? どこから行くつもりだ?」
背後から問いかけるヘイル(
gc4085)。UNKNOWNは振り返り正面入り口を指差した。
「いや‥‥実はこのビルにはだな‥‥」
ビルの裏側、そこに非常階段があった。非常階段自体には何のロックもかかっていないので三階まではあっさり辿り着けた。
「ふむ‥‥文明の利器、だね‥‥」
「む、流石に出入り口は閉ざされているか」
ドアノブに手をかけてがちゃがちゃしてみるレベッカ。神撫は斧を構えた。
「開かないならぶっ壊して通ればいいじゃない」
「待て待て! 流石に壊すと後々イリス達が可愛そうだろう! 俺達はフィロソフィアの時に前科もあるしな‥‥!」
壁、床、ぶっ壊れるとお金がいっぱいかかります。ヘイルの言葉に渋々神撫は武器を収める。
「落ち着け。これ自体は人類系統技術、電子魔術師で開けられる」
と、レベッカが言っている横からUNKNOWNが手を伸ばし鍵を解除した。
「レベッカが錬力を無駄遣いする必要はないよ。ここは私に任せてくれれば、ね」
こうしてUNKNOWNが次々に隔壁や扉を開放して行き、傭兵達は直ぐに研究室付近まで辿り着けた。そこで神撫が足を止める。
「そういえばこのビルにはまだ社員が閉じ込められてるんだよな。何が起こるかわからないし、避難させておかないと」
「確かにそれはそうだが‥‥各部署は同様のロックで封鎖されている筈だ。全て開放するのは難しいぞ」
眉を潜めるヘイル。神撫の言う通り今回は何が起こるかわからない。イリス達が無事でも社員が死んでしまったら結末としては三流だろう。
「ではこうしよう。私が全ての扉を片っ端から開けて行く‥‥神撫は社員を避難誘導する。二人も人手があれば十分だね」
「私にそこまでの錬力の余裕はない‥‥それが適任か」
UNKNOWNの提案に冷や汗を流すレベッカ。神撫は決まりと言わんばかりに手を叩き走り出す。
「中には和泉さんと望月さんもいる筈だ、そんなに急ぐ必要性はないだろう! そっちは任せた!」
「了解だ。行くぞヘイル!」
レベッカの声に走り出すヘイル。二手に別れた傭兵達、研究室に向かった二名は扉のロックを開放、内部へ突入する。
「ヘイルさん、レベッカさん!」
「相変わらず多事多難だな」
仲間の姿に声をかける美汐。ヘイルとレベッカは横に並んでフィーと向き合う。
「フィー、しっかりしろ! 誰かの言い成りになって動くだけならただの兵器に過ぎん! だがお前はそうじゃないだろう‥‥フィー!」
ヘイルの呼びかけ、しかしフィーは反応しない。少し前まではまだフィーらしさが残っていたのだが、今は完全に感情を見て取る事が出来ない。
「止むを得ないか‥‥。すまない、フィー、後はあたし達に任せて少し眠っていてくれ!」
小型超機械を取り出し攻性操作を仕掛けるレベッカ。フィーの頭に光が接続されると空中に浮かび上がったデータを操作する。
「JXは人類系とバグア系のハイブリッド‥‥なら、これで‥‥何っ!?」
突如小型超機械が爆発しよろけるレベッカ。フィーは雄叫びを上げ、羽村を突き飛ばしてレベッカへと襲い掛かった。繰り出されるナイフ、それをヘイルと美汐が左右から槍を出し、交差させて防ぐ。
「レベッカさん、ダメだったんですか!?」
「生体部品に干渉しているのかもしれん‥‥それか何か手順を間違えたのか‥‥もう一度やってみれば或いは‥‥」
考え込むレベッカ。フィーはただの機械ではなく言わばキメラ‥‥肉を持つ存在だ。バグアの機械と肉、そこに人類側の機械が挟み込まれているのでややこしい事この上ない。
「何とかして取り押さえないと!」
幸い羽村は開放され、他の研究員と同じく壁際に纏まっている。フィーはバック転気味に背後へ跳び、研究室の隅にあったコンテナに手を伸ばした。
「あっ!」
青ざめた表情のイリス。ロックされていたコンテナの側面を素手で粉砕し抉じ開け、フィーが取り出したのは‥‥。
「AS搭載知覚剣‥‥スキュラか!」
「ちょっとイリスさん、なんでその辺に武器を転がしておくんですか!?」
「これだから片付けられない女はー!」
冷や汗を流す美汐。ヘイルは頭を抱えてわなわなしている。
光の剣を展開し襲い掛かるフィー。美汐は後ろにあった机を蹴飛ばし場所を作り、槍で乱舞攻撃を受け流す。
「しかもよりによって知覚攻撃‥‥っ!」
その間に取り押さえにかかるヘイル。しかし腕を掴まれ投げ飛ばされてしまった。
「相変わらずのパワーだな‥‥。これは、攻撃せずに取り押さえるのは不可能か‥‥?」
「くっ、こんな事をしている場合ではないのだが‥‥」
眉間に皺を寄せながら超機械を構えるレベッカ。三人がかりなら取り押さえるのもそれほど難しくはないが、多少傷つけてしまうのは覚悟しなければならないだろう。
「もう一度攻性操作を仕掛けるか‥‥どうする‥‥?」
一方その頃、一足先にダイブした恭也。果てしなく続く暗闇の中を逆様に落下するような感覚がずっと続いている。
どれくらいそうしていただろう。急に天地が逆転し、どこかに足をつけた。周囲を見渡すとそこは覚えのある景色であった。
「ここは‥‥ビフレストコーポの前?」
無人の街。そこに半透明のシルエットが落ちてくる。咄嗟に一撃を防いだ恭也。敵は半透明の身体に色を帯び姿を現す。
「これは‥‥フィロソフィア!?」
巨大な機械の腕を前に突き出し衝撃波を放つ。その威力は以前の経験になんら劣る事はなかった。
恭也は歯を食いしばりながら立ち上がり、銃を構えて嘗ての敵と対峙するのであった。
●第四、或いは零
傭兵達がそれぞれの役割を担っている間、イリスはずっとジンクスへのアクセスを試みていた。せめてダイブの状況を確認出来ないのでは対策のしようもない。そこだけでも権限を取り返したいのだが‥‥。
「駄目ですか‥‥くっ、天才イリス・カレーニイが聞いて呆れますね‥‥!」
悔しげに歯軋りするイリス。そこへ遅れて神撫とUNKNOWNが飛び込んで来た。
「おぉ、思ったより苦戦中か」
申し訳無さそうに項垂れる三人。神撫は武器も構えないままフィーへと近づいて行く。
「何か対策があるのか?」
「いや、ないよ。だけど俺は――フィーを信じる」
レベッカの声に頷き神撫はフィーと対峙する。フィーはスキュラを振り下ろしたが、神撫は腕を広げたままその一撃を身を持って受け止めた。
「神撫!?」
「落ち着けイリス‥‥俺はこれくらいじゃ死なない」
袈裟に刃を受け血を流しながらもフィーを抱き留める神撫。そしてその頭を優しく撫でた。
「よしよし、お前なら大丈夫。大丈夫だから。もうちょっと頑張れ」
「ぐ、う‥‥があああっ!」
フィーは武器を落とし頭を抱えて蹲った。その隙にヘイルと美汐が取り押さえ作業台の上に乗せ、レベッカが再度攻性操作を仕掛ける。今度は上手く行ったのか、フィーは途端に眠りについてしまった。
「ふー‥‥ミドラーシュのデータを閲覧した経験が役に立った‥‥か?」
汗を拭うレベッカ。イリスは膝を着いている神撫へと駆け寄る。
「神撫! 大丈夫ですか!? なんという無茶を‥‥」
「大丈夫だ。フィーはちゃんと急所を避けてくれたよ‥‥」
「少し待て、今治療する」
肩で息をしながらエネルギーガンを取り出すレベッカ。UNKNOWNは立体映像のアンサーを見付け、その傍に近づく。
「理解出来ないといった顔だね。エキドナ‥‥君にも苦手とする分野はあるようだ。どれ、少し私と問答でもしてみないかね?」
映像は僅かにUNKNOWNに視線を向けた。それを興味を持たれたと判断し、UNKNOWNは話を始める。
「では何から始めようか。そうだな‥‥君には人間的な問題の方が良さそうだ。まずはこんな話は如何かね? ある所に二人の囚人が居た‥‥」
「彼はエキドナに何を話しかけているんでしょう?」
首を傾げるイリス。それから制御盤に戻ってみると、エキドナによるロックに綻びが生まれているではないか。
直ぐに付け入り次々にダイブ装置の権限を奪い返して行く。ついでに新たなセキュリティを構築して捻じ込んでみたが、エキドナは反撃してこない。
「長話に聞き入っているという事でしょうか‥‥」
「ここまで来て止まる訳にはいかん。今の内に行くぞ」
首を傾げる美汐。レベッカの声に従い四人は開いているダイブ装置に飛び込んだ。
「相変わらず中の様子が‥‥ナビゲートするまでまだ時間が掛かります。くれぐれも気をつけて下さい」
「危険は承知だ。傷も手当したしな‥‥やってくれ」
神撫の声に頷くイリス。そして四人もダイブを開始、ジンクス内に広がる暗闇の中を落ちて行く。
やがて一気に世界が開け落下したのは先ほどまで居たビルの前。そこには傷を負い倒れた恭也とフィロソフィアの姿がある。
「そんな、フィロソフィア‥‥!?」
「‥‥やはりそうか」
驚く美汐とは反対に納得した様子のヘイル。武器を構えながら幻影を睨む。
「エキドナは再現しているんだ。俺達の‥‥そしてアンサーの記憶をな」
「じゃあ、ここは俺達の記憶の中って事なのか?」
驚く神撫。そして考え込む‥‥が、ヘイルはそれを見て慌てた。
「待て、あまり考えると‥‥!」
突如景色が代わり、現れたのは闘技場。そこに無数の人型模造敵、エネミーブラッドが出現する。
「おぉ、懐かしい」
更にアルカナの名を持つキメラが同時に出現。傭兵達を取り囲む。
「考えるなと言われると余計に意識してしまいますよ!」
背中合わせに構える美汐。レベッカは恭也に治療を施し助け起こす。
「す、すみません‥‥手を焼かせてしまいましたね」
「仕方のない事だ。あれは一人で倒せるような相手ではなかったのダー」
「全くだ‥‥だが、俺達もあの頃のままではない」
決意を新たに武器を握り締めるヘイル。そう、あの頃から激戦を潜り抜け傭兵達は成長した。それに一度戦った相手だ。倒し方も心得ている。
一斉に襲い掛かる敵集団。傭兵達は圧倒的な数の差にも関わらず奮闘する。しかしそこである事に気付く。大きなダメージを受けると記憶を奪われてしまうという事だ。
恭也は既に意識も朦朧としていた。残りのメンバーも直ぐにその意味を知る。攻撃を受けると意識が跳び、連続的な行動を阻害されるのだ。
「こいつは流石に厳しいな‥‥!」
キメラを両断する神撫。敵の数は減ってきたが、途端に背景が廃墟へと切り替わり真上から巨大な影が落ちてくる。
「エーデルヴァイス‥‥」
流石に全員青ざめた。相変わらずフィロソフィアの健在だというのに、ついでにKVも一緒に相手にするようなものだ。
更に側面から炎が噴出した。現れたのはミドラーシュだ。そしてその反対側には機械の人型バグア、ペイルヘッジもいる。
「そんな‥‥」
「諦めるな! 諦めてしまえばそこで終わりだ!」
愕然とする美汐。弱気になった仲間達にヘイルは激を飛ばす。一斉に襲い掛かる強敵達‥‥傭兵達は力を振り絞りそれに立ち向かった。
研究室でダイブ装置の制御を続けるイリス。何とか制御を奪還しダイブ状況を確認した時、ふいにその手が止まった。
「ダイブポッド、一から五番まで起動中‥‥なのに、生体反応なし‥‥?」
装置を確認する。五人が腰掛けた体勢のまま眠っている。もう一度画面を見つめ、マイクを握り締めた。
「皆さん聞こえますか? 聞こえたら返事をしてください!」
機械が壊れたのか? データ上では五人とも死んでいるのだ、そう疑うしかない。だが返事がなく、イリスの不安は膨らんで行く。
「返事をして下さい! レベッカ! ヘイル!」
マイクを、続けてコンソールを叩く。
「恭也! 神撫、美汐! 無事なんですよね!? みんなっ!!」
UNKNOWNの視線の先、立体映像が変化する。そこには機械の身体を持つバグアが浮かんでいる。
「エキドナ・ライブラリ‥‥その本来の姿、か」
『この情報は既に知りました。そして私は理解した。私の身体に蓄積され繋がれた知識の全てを』
「貴女は一体なんなんですか!?」
『私は一にして全‥‥無限へと至る者』
エキドナは男と少女を交互に眺め、見えぬ空を見上げる。
『ここは既に手狭、より広大な世界へ向かわねば』
「この星に興味が沸いたかね?」
『少なくとも私のまだ知らない事があるようです。貴方が話してくれたように』
見詰め合う二人。そこへイリスが駆け寄る。
「貴女の中に入った皆はどうしたんです!?」
『知れた事。私は私でしかない。私の中にある以上、それは私となる。ここの私は全て私になった』
答えに愕然とするイリス。UNKNOWNは帽子の鍔を指先で持ち上げイリスを見る。
『より広大な知識を。より無限の世界を。私は欲する‥‥そして私は全てと一つになる‥‥』
「そんな事はどうでもいいんです! 皆を、アンサーを‥‥私達が重ねてきた時間を返しなさい!」
『お前も私になれば良い。永遠に共にあろう』
立体映像に殴りかかるイリス。それが何の意味もないと知り、少女は力なくその場に崩れ落ちた。
――何も思い出す事が出来ない。
「本当にそうか?」
――そもそも何を思い出せないのかわからない。
「本当に?」
――‥‥‥‥。
「お前達はいつも常識を打ち破ってきた。最後まで諦めず運命に抗い続けた。未来を変えた者にはその責任が付き纏う。いつも通りにしていればいい。特別な事は必要ない。思い出は嫌な事ばかりじゃなかっただろう?」
――そうだ。確かに幸福もあった。
「大切な事を思い出せ。一人では無理でも、君達なら出来る」
ASは学習し記憶する。一人一人の一挙一動を知り、重ね、蓄積して行く。
それはエミタに働きかけ能力者に過去の経験を呼び起こし反応を強化する為にある。
そしてこの場所はその記憶を集積し繋ぎ合わせる場所だ。
闇の中、ヘイルは目を覚ました。ASの光を翳しそこに浮かぶ人物に手を伸ばした。
「アヤメ‥‥」
「どうした。こんな所でギブアップとは情けないな」
「成程、実にらしい言い草だ。――侮るなよ。俺は諦めたなんて一言も口にしていない」
ヘイルの手を取り頷くアヤメ。そして反対側の手にいつの間にか繋いでいたレベッカを引き寄せる。
「全くだ。楽しかった事、嬉しかった事、悲しかった事、苦しかった事‥‥全てがあって今なんだ。無くしてたまるか」
ヘイルと手を繋ぎ、レベッカは空いている手で美汐を引き寄せる。
「やっと手に入れた平和な未来ですもんね。イリスさんを守るって約束しましたから」
レベッカと手を繋ぎ、恭也を引き寄せる。
「これからもずっと一緒だと約束したんです。だから例え全てを忘れても‥‥戦う理由は魂と共にある!」
美汐と手を繋ぎ、最後に神撫を引き寄せる。
「色々考えてみたがさっぱりわからん。ただまあ、うちの子に手を出すやつぁ何者だろうとぶっ潰す。俺のやる事なんてわかっていてもわかっていなくても変わらん」
闇の中に立つ五人。気付けばアヤメの姿は無く、目の前にエキドナの姿があった。
「はじめまして‥‥JXに関わる最後の、いや最初のバグア、エキドナ」
レベッカの言葉に瞳を輝かせるエキドナ。
『貴方達は私になった筈。全なる無限の一つに過ぎない筈‥‥何故?』
「そうですねぇ。エキドナさんと話をする為に、でしょうか? 同じでは対話も出来ませんからね」
唇に人差し指を当て笑う美汐。
『対話? それは全ての知識と一つになる以上に重要な事?』
「俺はあくまで保護者だからな。保護対象と一つになりたいとかそんな奇妙な欲求は持ってないなあ」
「貴方は知識を得て全てと一つになり何を生もうというのですか?」
『産む‥‥?』
「誰かがお前を認識しなければ、お前は存在しないと同義だ。瓦礫の山の賢者の王に意味はない」
恭也の質問に黙るエキドナ。レベッカは腕を組み語りかける。
「一は全、だが全は一でしかない、幾つもの一が作る輪の中に世界が生まれる。その輪が幾つも繋がって受け継がれていくからこそ世界は前に進んでいく。一の作る世界に未来はない。受け継がれ、育まれるものを無視しては世界は止まってしまう。永遠ってのは止まる事じゃない、紡ぎ、進む事だ」
「全てを得ても残るのはお前という一だけだ。断言しよう。貴様は間違っている。お前の無限は一でしかない」
『理解不能』
指差すヘイル。エキドナは全身から黒い光を放出し傭兵達を飲み込もうとするが、各自身につけたASがそれを弾き飛ばす。
「ねぇ、エキドナさん。ただ奪う事しかしないのなら、あなたはここで終わってしまいますよ? 例えこの星の総ての知識を得たとしても、保存するだけならただのデータベースにしかなりません」
「その目的、自分達と一緒に果たしませんか? 一人では一でも集まれば百通りの見方、知識が生まれます。だから我々は無限に歩いていけるんです」
美汐と恭也の言葉に固まるエキドナ。それは現実にもリンクしていた。
イリスはジンクスのコントロールを奪い返しつつあった。一度は膝をついたものの、直ぐに立ち直ったイリスは自分の仕事を続けていたのだ。
「モニタリング良好‥‥流石、敵を説得させたら右に出る者はいませんね、貴方達は」
これは非常に驚くべき事だが、傭兵達は全員エキドナを否定しなかった。その存在を受け入れ、共存しようと考えている。
「――エキドナ・ライブラ、その答えを教えよう。『無限にある』と認識した時点でそれは有限なのだよ。そこが君の、今の限界だ」
UNKNOWNの言葉、エキドナは沈黙を守っている。彼らの発想はエキドナになかったものだ。故にどう処理すればいいのかわからない。
「アンサー、今です! エキドナから権限を奪い返しなさい! 貴女が貴女である為にッ!」
叫ぶイリス。その声はジンクスの中にも響き渡っていた。ヘイルはASを翳し声を上げる。
「俺はお前によって構成された『俺』だろう? 俺もお前だ。いなくなってなどいない。――来い、『俺達』は『ここ』にいる! アンサー!!」
各自のASが光を放ち世界を塗り替える。どこかで見た花が無限に咲き誇る大地の上、光を帯びたアンサーが傍へ降り立つ。
「全権限の復帰を確認‥‥お待たせしました、皆さん」
アンサーを加え六人並んで立つ。エキドナはすっかり意気消沈した様子で傾いていた。
『消える‥‥全てと一つになった私が‥‥私の中に生まれた一に‥‥』
「エキドナさん。私達は別にエキドナさんをやっつけるつもりはないんですよ。私達はとっくに共存を選んだんですから」
歩み寄る美汐。そして優しく笑いかける。
「自分達の過去を見たならわかるはずです。自分達はジンクスと‥‥貴方と共存する事を選択した。それは今でも変わりません」
歩み寄る恭也。そして同じく微笑んでみせる。
「知識を欲するなら食い尽くすのは無意味だ。共に歩んでこそより得るものが多いぞ。俺もこの数年、その事を皆に教わったよ」
歩み寄る神撫。腕を組みうんうんと頷く。
「お前にも仲間がいた筈だ。バグアだって自ら進化出来る筈だ。お前もあたし達と一緒に来い。この世界に目覚めたのならお前も共に歩む命だ。最後の夢は終わらない‥‥人の、命の、心の輝きが途切れない限りな」
歩み寄るレベッカ。そしてびしりとエキドナを指差す。
「来い、エキドナ。お前の知らない俺の世界を見せてやる。そして、お前がそれを憶えていてくれ。俺がいなくなっても誰かが憶えていてくれているなら、それも永遠だ」
歩み寄るヘイル。手を差し伸べると、傭兵達は全員同じ様に手を伸ばした。
「分かり合って、話し合って、ぶつけ合って、新しい智を作り出しましょう。一人では集める事しか出来ないですよ? 多くの知識とぶつかり合い、研鑽しあうことこそが無限の知識を生み出す事に繋がるんです」
「だから一緒に往きましょう。一人で歩くには、この世界は広すぎます」
固まるエキドナ。そこへアンサーが手を伸ばす。
「貴女は私、私は貴女‥‥。私は貴女の中から生まれた。だから貴女もきっと変われる。積み重ねる事の美しさを知る事が出来る。手を繋ぐ喜びを知る事が出来る」
目を瞑り、そしてとても人間らしい笑顔で。
「私達はただ生きているだけで十分に素晴らしい。それだけで全てと繋がっている。ここにいる‥‥私達は確かに、ここにいる」
「更なる未来が知りたいかね? なら外の世界を教えよう。連れて行こう、君の新しい興味まで」
現実で立体映像に話しかけるUNKNOWN。その目の前で映像が少しずつ消えて行く。
『私はここでしか存在出来ない。私は無限になる為に私を捨ててしまったから』
僅かにその言葉が人間味を帯びているように感じたのは、取り込んだ記憶のせいだろうか。
『私は私の限界を超えたかった。永久を、永劫を、永遠を手に入れたかった。しかしそれは今は叶わない‥‥』
ジンクスに起きた異常な状態が全て元通りになっていく。まるで何事もなかったかのように。
「お別れかね?」
『或いは‥‥』
「その時まで記憶しておくと良い。私はUNKNOWN‥‥常に誰でもない者、だよ。いつか君に見せよう。君が知るべき世界を」
『貴方達の言葉は理解出来ない。私はそれを理解する日まで再び眠りにつく。いつかその意味を理解する時まで、私は私‥‥『貴方』に私を託す』
アンサーと手を繋ぐエキドナ。その掌に全員が手を重ねた。
機械仕掛けの神が消えて行く。その光は世界へ溶け、再び観測出来ない存在となった。まるで全ては夢幻の如く、零に還ったのだ――。
●明日へ
「結局、エキドナってのはなんだったんだ?」
「わかりません‥‥。ジンクスを作ったバグアが残したプログラムなのか‥‥それが今ジンクスのデータのどこにいるのかも不明なんです」
無事に騒ぎを収めた一行は太陽の光を浴びたいというイリスに付き合ってビルの前に出ていた。
このビルの中で起きた騒ぎなど誰も知る由もない。街は平穏無事、いつもと変わらぬ日常だ。
「ですがなんとなく、悪意のある存在ではないような気がします。ただ、まだ人を知らないだけで」
恭也の言葉に頷くイリス。それから振り返り微笑む。
「さっき色々いじってみたんですが、どうもブロックされていたアクセス不可領域‥‥ブラックボックスが幾つか開放されているようなんです。これで研究も少し進むと思います」
「エキドナさんが私達を認めてくれた‥‥そう考えるのは少し身勝手ですかね?」
にっこりと笑う美汐。イリスはうーんと伸びをして日の光に手を翳す。
「生きている事は素晴らしい、か‥‥。成長したアンサーを姉さんにも見て欲しかったな‥‥」
「見ているさ、アヤメなら‥‥きっとな」
腕を組んで笑うヘイル。今はなぜかそれを強く信じられる。
「うーん、しかし流石にこれで終わりかな、この手の厄介事は」
「いいや、まだわからんぞ? 一つ終わった片付いたと思った矢先に次々と、だったからな」
神撫の言葉に肩を竦めるレベッカ。それからイリスと向き合う。
「それに全てはこれからだ。そうだろ、イリス?」
「はい。もう一度ジンクスをチェックし直して‥‥そしたらいよいよ公表です。エキドナという不安要素は増えましたが、私の決定は変わりませんから」
「ほう? ついに公表するのかね」
「そうなんですよ。ただ、人に成果を見せるのなんて中々ないので‥‥どんな風にすればいいか迷ってて」
「私で良ければアドバイスしよう。元々あのジンクスという装置には興味もあったし、ね」
イリスの肩を叩くUNKNOWN。こうしてイリスは再び研究室へと戻り最後の調整を再開するのであった。
それからまもなく、イリスはジンクスを、そしてそこから生まれた人工知能と機械生命体についての発表を行なった。
脅威の新技術にも程があるそれが広く受け入れられるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。
余計な横槍やら、バッシングを浴びるような事も増えた。だがイリスの気持ちは全く萎えなかった。
むしろこれまで以上に研究に力を入れ、積極的に各地の講演会、説明会にも顔を出した。その傍らには常に馴染みの護衛の姿があった。
脚光を浴びた天才少女はしかしこれまでと変わらず研究の虫で、研究室に引き篭もってモニターと向き合う日々が続いている‥‥。
「ねぇ姉さん、あれからね、色々な事があったんだよ」
カレーニイの家にある花畑、久々にイリスはそこに足を運んでいた。
「色々な人と出会って、色々な経験をして‥‥挫けそうになる事もあったけど、私は元気だよ」
昔とは違う、優しい笑顔で語りかける。今の自分を胸を張って好きだと思えるから。
「歩き続けるよ! だから待っていて! きっとここに連れて来る! アンサーも、その先にある未来も――!」
物語の始まりは一通の無愛想なメールだった。
少女はそこで出会った。自らの運命を共にする、大切な仲間達と。
「私はここにいる」
ただ生きている。それだけで素晴らしい。
誰かと共に生きて行く。それだけで――物語は輝き出すから。
迷いながら苦しみながら歩いて行く。一が紡ぐ無限の世界を。
――花畑に囲まれた彼女の墓標は、旅立つ少女の背を風で押していた。