●リプレイ本文
●静寂に閉ざされて
風も吹かないその村には淀んだ空気が満ちていた。
空を灰色の雲が覆い、日の光はまるで見放したかのように大地を照らす気配すらない。
競合地区に近いその村は廃墟と表現して差し支えない程に荒れ果て、かつてあったであろう賑やかさや穏やかさは微塵も感じられなかった。良くも悪くも張り詰めた戦場の空気‥‥傭兵達は戦いの準備を始める。
崔 南斗(
ga4407)は拳銃「ラグエル」を見つめ、先日の依頼を思い返していた。残酷な現実と結果に満ち溢れたあの地下室で見た光景は今でも脳裏に焼きついて離れない。
「今度こそ必ず救い出す‥‥!」
誰に言うでもなく決意を新たにする南斗。その背後、ロゼア・ヴァラナウト(
gb1055)は不安げな様子で胸に手を当て俯いている。
「ビリーさん、無事だといいけど‥‥」
「出来る事なら助けてやりたいな。キメラと人間のすり替え実験‥‥もう二度とさせないさ」
ロゼアの隣に並びつつ灰色の空を見上げ秋月 愁矢(
gc1971)が語る。ロゼアは小さくそれに同意し頷いた。
「救出任務と強化人間の撃破か‥‥。どれ、一つ気合をいれようかの」
片手で地図を眺め、藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)は目を細める。作戦は二通りあるが、やるべき事は基本的に変わらない。後は最終的な動きの調整を行うだけだ。
「今回は救出が優先だ。メリーベル君、決して突出し過ぎないように気をつけてくれ」
南斗の声を聞いているのか聞いていないのか、メリーベルは肩に槍を乗せ神妙な面持ちだ。今にも飛び出して行きそうな張り詰めた様子は六堂源治(
ga8154)が以前見た姿とは大きく異なっていた。
彼は以前受けた依頼にてメリーベルとは面識があった。だがその時の彼女は戦いをすっぽかし、安全な場所で居眠りをしていたような怠け者だったのだが――。
「急いては事を仕損じる‥‥って言うからな。頭はクールに、でも心は熱く行こうぜ?」
「‥‥言われなくても私は冷静。案外お節介なのね、貴方」
近づく源治にそっぽを向き、つっけんどんにメリーベルは言う。その様子はお世辞にも冷静とは言い難い。
「どうやら訳有りのようだね。あまり無茶な行動に出なければいいけど」
二人のやり取りを眺め鳳覚羅(
gb3095)が呟く。そんな緊迫した空気の中、頑張って真顔を作っているのは犬彦・ハルトゼーカー(
gc3817)だ。
「只ならぬ雰囲気やな、こりゃ気合入れていかんと足元すくわれるで。真剣に‥‥真剣に‥‥真剣に‥‥」
と、腕を組みながら真剣な様子の犬彦。だが考えているのはボリビアからこっちまでにあった出来事や支払われなかったバイト代の事だったりする。
「さて、村はそう広くもなさそうじゃな。予定通りプラン2を採用、二手に別れて潜入しよう。お互いのフォローも忘れずにな」
藍紗の一声で傭兵達は二手に別れ始めた。目指すは教会、拉致された傭兵ビリーがいるであろうと思われる場所だ。
空は相変わらずどんよりとしたままで、決して幸先の良い雰囲気とは言えない。ロゼアは片手を空に翳し、静かに呟いた。
「――雨、降りそうですね」
丘の上の教会はここからでも見つける事が出来る。崩れかけた白い建造物は何も語らず彼らを待ち受けていた。
●繰り手も無く
陽動班と救出班、二手に別れた傭兵達は別々の方向より教会へ向かっていた。
村のあちこちには武器を手にしたマネキンが立たされており、その様相は奇妙の一言に尽きる。
人間ではないが人間に近い形をした物が。村ではないが村であった場所で当たり前のように立って居る――。
「――まるで、時間が止まっているかのようだね‥‥」
物陰から周囲を眺め、覚羅が小さな声で呟く。こうして動いている自分達の方が異常だと錯覚する程、この場所は『静か』だ。
「動く気配が無いと‥‥本当に警戒されているのか疑問になるね」
救出班の先頭を行く蒼河 拓人(
gb2873)は潜入の途中、配置されたキメラの位置関係や行動パターンを探ろうと観察を怠らなかった。
警備をしていると思われるマネキン達だが、微動だにしない様子を見ているときちんと警戒出来ているのか胡散臭くなってくる。というより、キメラなのかどうかさえも‥‥。
南斗と覚羅が事前に双眼鏡でルートを確認、設定しているので道に迷う事は無かった。救出班は順調に教会へと近づいていく。
「あ‥‥。ここは、隠れていけそうにありませんね‥‥」
教会へ向かう道の途中、拓人は足を止めた。数体のマネキンが全ての方向をカバーするように配置されている路地の一角、本来ならばロゼアの言う通り迂回すべきだが‥‥。
「少し、試してみるか‥‥」
拓人が目をつけたのは道端に転がっていた空き瓶である。そっと物陰から身を出し、ビンを矢で射抜いてみせる。すると先程まで身動き一つしなかったマネキンが一斉にくるりと振り返り、割れたビンへと近づいていった。
「流石にちゃんと警戒はしているみたいだね。まあ‥‥あんまり頭は良さそうに見えないけど」
片手で合図し、拓人は仲間と共にキメラがいなくなった通りをそそくさと抜けていく。教会はもう直ぐ目の前にまで近づいていた。
「こーいうの苦手なんスけどねー。そうも言ってられないか」
一方、陽動班もまた教会へ辿り着きつつあった。物陰に隠れて進行方向を警戒しつつ移動する源治だが、どうもこそこそするのは趣味ではないらしい。
「安心しろ、どうせ向こうについたら一暴れする事になるじゃろうからな」
シグナルミラーで角の向こうを確認しつつ藍紗が笑う。とはいえ実はこちらの陽動担当の面々は既にここに来るまでに何体かキメラを倒しているのだが。
発見されても即刻排除する事により、こちらはむしろ慎重に歩みを進める救出班よりも進行は早い。
丘の上にある教会を見上げ、愁矢は頭に叩き込んである地図と景色を一致させる。後はこの丘を登れば教会の正面に出るはずだが――。
「ちょ、ちょっとタンマ! 匂う‥‥匂うで! うちの鼻は誤魔化せん!」
至って真剣な様子の犬彦だが、周囲の面々はきょとんとした様子である。メリーベルが無言で首を傾げると犬彦は教会を指差し言った。
「この匂い‥‥間違いない! あそこにはチャイナガールがおる!」
一瞬の間。その後『やれやれ』という空気になり、愁矢は溜息を一つ。
「急に何を言い出してるんだ、犬彦‥‥」
「今忙しいから、後にしてくれんか?」
続けてジト目で藍紗がぽつり。焦る犬彦だったが、源治はポンと手を叩いて頷いた。
「あぁ、もしかしてボリビアでやりあった奴ッスか?」
「そう、それや! 危ない‥‥うちだけ空気読めない扱いされる所やった‥‥」
「とはいえ、匂いなんかでわかるものなんスか?」
犬彦は無言で教会の方を指差した。するとのしのしと歩く大型の鳥のようなキメラが教会の前を横切っていくではないか。
「匂いっていうかあれが見えただけっていうオチやったり」
それは以前犬彦と源治がボリビアで遭遇した強化人間のキメラに間違いなかった。怪鳥は何処かへ羽ばたいていったが、中に予定外の強化人間がいる可能性は高い。
犬彦はそれを仲間達へ伝え警戒を促す。様々な可能性が考えられる戦い故に、用心するに越した事はないだろう。
「どちらにせよやる事は変わらぬ。さて、行くとしようか」
藍紗の一言で陽動班は教会へと走り出した。正々堂々正面から、それが彼らの役割なのだから。
●傀儡は哂う
「――ようこそ、私の聖域へ」
壊れて外れた扉の向こう、シスターは血のついた大斧を片手に傭兵達を待ち受けていた。女は冷たい微笑と共にゆっくりと近づいてくる。
「‥‥お見通しってわけか」
「追ってくるとは思っていましたから。勿論、それなりに準備もしてありますよ」
睨みを利かせる愁矢の視線の先、長椅子に座っていた幾つかの人影が立ち上がる。どれもが血に染まった服を着込み、顔は鋼鉄の仮面で覆われていた。
「人間ベースの化物はお好き?」
「‥‥その胸糞悪ぃ実験、ぜってー潰してやるッス」
刃を抜く源治の脳裏、思い出したく無い――しかし忘れる事の出来ない記憶が過ぎる。源治に向けられた刃を見つめ、シスターは楽しげに笑う。
「本当、忌々しい人達‥‥。可愛らしいくらいにっ!」
「傀儡なぞで我を抑えられると思うな。『白鬼夜叉』――参る!」
二つの扇を交差し構え藍紗が声を上げる。シスターは高らかに笑い、キメラが一斉に彼らへと襲いかかるのであった。
同時刻、既に陽動班が潜入する連絡を受けていた救出班は教会に裏口から潜入、地下へと辿り着いていた。
「向うも始まったようだね‥‥気付かれないうちに仕事を済まそう」
地下室に広がっていたのは血によって壁や床が汚された実験室であった。人間だったと思われる物や不気味な器具や機械が無造作に転がっている。
「これは酷いな‥‥」
冷や汗を流す覚羅が奥へ進んでいく中、拓人はシスターの物と思しきデスクへ向かい、引き出しを漁っていた。
「はてさて‥‥彼女達は何を考えているんだろうね」
すると、まるで誰かに渡す為に纏められていたかのようにある程度の情報が書類として束ねられているのを発見する。拓人は周囲を警戒しつつ、文面に目を走らせた。
「あれ、ビリーさん‥‥ですよね?」
異臭の漂う中、口元を押さえながらロゼアが言う。彼女の視線の先にはおざなりなベッドの上で膝を抱える少年の姿があった。
「ビリー君、大丈夫か?」
慌てて南斗が駆け寄ると少年は怯えた様子で顔を上げる。やつれたその様子から扱いの酷さが感じられた。
「た、助け‥‥? 助けが来たの!?」
「ああ、もう大丈夫だ。さあ、ここから早く――」
「こ、こっちに来ないで!」
南斗が差し出した手を跳ね除けビリーは部屋の隅へ逃げるように移動する。そして自らの剣を握り締めた。
「ビリーさん‥‥?」
「ぼ、僕に構わないで! ぼ、僕は‥‥僕は!」
「爆弾を仕掛けられているアルよ」
傭兵達が振り返ると、部屋の入り口にはチャイナ服の少女が立っていた。拓人は資料を隠し銃を手に取る。
「そいつはシスター‥‥九号にこき使われてるアル。あいつのボタン一つで首輪型爆弾がドカン! って事アルよ」
「そんな‥‥酷い」
目を伏せるロゼア。拓人は肩を竦め銃口を敵へと突きつける。
「ご親切にどうも。でもお喋りが過ぎたんじゃないか?」
「要するに、シスターを先に倒せばいいという事だね」
覚羅も拓人と並び武器を構える。しかし道を塞ぐようにして『レイ・トゥー』はトンファーを構える。
「悪く思わないで欲しいアルな。悲しいけどこれ、戦争なのよね」
「ビリー君、落ち着くんだ! 必ず俺達が君を助けてみせる!」
南斗は声を張り上げるがビリーは怯えた様子で剣を振り上げるだけだ。危険を察知して銃を抜く南斗へ少年は絶叫と共に刃を振り下ろした。
●虚ろを宿して
教会内では陽動班が戦いを続けていた。状況は優勢だがシスターは健在、そして地下からの連絡で逃げられない事が伝わっている。
「最悪じゃな‥‥。こいつだけは倒さねば脱出も出来んとは」
「お前らはいつだって‥‥そうやって、人の気持ちを弄んで――っ」
シスターへと突っ込んでいったのはメリーベルだった。らしくない程表情を憎しみに歪め、猛然と攻撃を繰り出す。だが怒り故単調な攻撃は致命傷を与えるには及ばない。
「ったく、クールにって言ったばかりッスよ、メリーベル!」
交戦中のキメラに止めを刺し、源治が叫ぶ。メリーベルへ大斧が振り下ろされようとした瞬間、犬彦が間に入り不壊の盾を発動する。
「うちにまかせとけ〜、あ痛い、やめて、やめい言うとるやろがー!」
ばしばしと斧で叩かれる犬彦。その脇を抜け愁矢と藍紗がシスターへと迫る。
「アハハッ! 必死ですね、人間! そんなに儚い命で――!」
二人の猛攻を受け傷つきながらも女は笑みを絶やさなかった。血を流しても斧を振り哂い続けるその様子は狂気的にすら見える。
「うちが援護する! 脱ノーコン!」
犬彦がシスターの動きを止めるとすかさず源治は袈裟斬りを叩き込む。深く肉を裂いた一撃の中、源治はシスターと視線を交わす。
「何の為に戦っているのですか‥‥? 偽りを纏って生きる人間よ――」
刃を返し、渾身の突きが放たれた。源治の刃はシスターの胸を貫き、どさりとその体は教会の床に倒れこんだ。
「滑稽、ですね‥‥。貴方達は‥‥私達と何も変わらない」
虫の息のシスターを見下ろし、メリーベルは矛先を突きつける。憎しみに彩られた瞳を見透かすようにシスターは言う。
「人は不完全‥‥だから恐れ、憎み、失い続ける」
「違う。私達はお前のように非道じゃない」
「非道‥‥? ふふ、何が非道で何が正道ですか? こんなもの、世界に有り触れた‥‥ささやかな悲劇の一つ――」
言葉を待たずメリーベルは槍を女の胸へと突き刺した。その笑顔が苦痛に歪むまで何度も槍を突き刺し、叫ぶ。
「お前達さえ‥‥お前達さえ居なければッ!」
「‥‥そのくらいにしておけ」
背後から腕を取り、愁矢が首を横に振る。シスターは既に息絶え、血を吐きながら無残な最期を遂げていた――。
「上ではケリがついたみたいアルな」
呟くと同時にレイは武器を下ろし肩を竦めた。ロゼアと南斗がビリーを取り押さえる中、戦い続けていた拓人と覚羅も警戒しつつ戦闘を中断する。
「結局、君の狙いはなんだったんだい?」
「さて‥‥? ま、もう戦う理由もないアルから、レイは帰らせてもらうアル」
「逃がすと思う?」
「今頃外はマネキンが集まってるアルよ? それに、そっちも何とかしないと」
指差す先ではビリーが恐慌状態に陥り喚きながら暴れていた。二人が一瞬意識を逸らした隙に既にレイは姿を消し、地下室には傭兵だけが取り残されていた。
「‥‥君達は何時もそう。逃げ足も一級品だ」
手に入れた資料を片手に拓人が呟く。どちらにせよ目的は果たしたのだ。この場所に用は無い。
気づけば外では雨が降り出していた。主の死を感じたのか、キメラが続々と集まる中傭兵達は脱出していく。
天井に空いた穴からは雨が降り注ぎ、十字架の前に倒れたシスターを濡らしている。レイはその傍らに立ち、能力者を見送っていた。
「――セプテム。お前の欲しかった世界、少しでも取り戻せたアルか?」
雨雲を見上げる虚ろな瞳が宿したのは壊れてしまわない世界。
誰もが笑って、当たり前に生きていた平和な世界。
彼女が自分で壊してしまった、想い出の世界――。
「お休みシスター。地獄でいつかまた」
怪鳥が飛び去る下、傭兵達はマネキンを突破し村の外へと撤退して行く。雨は降り続け、彼らの背を冷たく濡らし続けていた。