●リプレイ本文
●夜の広場にて
「夜な夜な傭兵で集まって情報交換してると‥‥なんだか悪い事してるみたいですねー」
そんな気の抜けた雨宮 ひまり(
gc5274)の一言から傭兵達の調査報告会が始まった。
既に日も暮れ帰路を急ぐ人々が目立つ中、調査に狩りだされた六人は噴水の前にあるベンチ付近で顔を合わせている。
今日一日彼らはそれぞれの手段でカシェルの調査を行った。彼らの到達した結論は同じ物だったが、任務である以上その詳細を検討する必要がある。
「えぇと、それでは誰から報告しますか‥‥?」
探偵ごっこの興奮も冷め止まぬまま、ひまりが声をかける。その正面、沖田 護(
gc0208)は口元に手を当て何かを考え込んでいる様子だった。
「護君、どうかしたか?」
「‥‥いえ、大した事ではないのですが‥‥」
崔 南斗(
ga4407)の言葉に護は頷いて返す。カシェルの一日の行動を分りやすく纏める為、まずは自分がと口火を切った。
「ぼくはカシェル君が朝錬の時間に接触しました。元々彼とは面識もありますし、時折その時間に会う事もありましたから‥‥自然なアプローチだったと思います」
こうして一番手、沖田 護による報告が始まるのであった。
●朝錬と友情
「――隙あり、なんてね。元気だった?」
時は朝まで遡る。普段からカシェルが走りこみをしている広場の途中、護は彼に背後から声をかけた。
依頼中に負傷したとは言えカシェルも部屋でじっとしているわけではない。彼の性格を理解していただけに見つけるのは簡単であった。
「っと、沖田さん‥‥お久しぶりです。沖田さんも訓練ですか?」
「そんなところかな」
足を止めて談笑する二人の様子はどう見ても友人同士の軽いコミュニケーションにしか見えない。
しかし護はカシェルを呼び止める際、その肩を軽く棒で叩いていた。FFが発生しなかったのは当然と思いつつ、内心ほっとしてしまう。
「風の便りに、君の活躍は聞いていたよ。頑張ってるみたいだね」
「か、活躍なんてそんな‥‥。頑張っても、何も出来なければ意味なんてありませんよ」
どこか沈んだ様子でそう返すカシェル。護は彼をベンチに誘い、並んで缶コーヒーを口にした。
「少し、嫌な依頼があって‥‥実力的にも精神的にも打ちのめされた思いでした。少しは強くなれたかと思ってたけど、全然そんな事なくて‥‥」
こうして護はカシェルと依頼についての話を交わした。落ち込んだ様子で俯きがちなカシェルの肩を叩き護は微笑む。
「あ、すいません‥‥何だか愚痴を聞いてもらっちゃって」
「いいんだよ。久しぶりにゆっくり話せたし‥‥それに、友達じゃないか」
笑いながら護は確信していた。カシェルは嘘等ついていないし、やはり彼は自分が知っている彼のままなのだと。
そして同時に思った。カシェルの出自について‥‥いや、それだけではない。沢山、自分の知らない彼の姿があるのだと。
「そういえば沖田さん、時間は大丈夫なんですか?」
「うん、大規模作戦前で色々と調整中なんだ。だからもう少し大丈夫」
こうして二人は暫くの間些細な言葉のやりとりを楽しんだ。その間もカシェルの様子におかしな部分は無く、護は安心して彼と別れたのであった。
●見舞い、見舞われ
「なんかいい話だったッスね」
護の報告が終わるとダンテ・トスターナ(
gc4409)は頷きながら言った。
ひまりと共に護のいい話の余韻に浸るダンテの背後、何故かNico(
gc4739)は腹部に手を当て蹲っている。
「Nicoさん、どうかしましたか? 今の話に何か不審な点でも‥‥?」
「いや、不審な点はねェよ。ああ、不審な点はな‥‥」
冷や汗を流すNicoを守 鹿苑(
gc1937)が案じるが、彼は全く別の要素で苦しんでいるので特に心配はない。
「さて、次は名探偵ひまりさんと俺の報告ッスね!」
隣に立つひまりの肩を叩きながらダンテが明るく切り出す。こうして二人の報告が始まるのであった。
時は護の調査より数時間後。ダンテとひまりはカシェルの部屋を訪れていた。
「よう、ダチ公! 調子どうッスかー?」
「こ、この間はどうも‥‥具合はどうですか? みたいな?」
飄々としたダンテとは異なりひまりはやや緊張した様子で最後に小首を傾げた。
「もしかしてわざわざお見舞いに来てくれたんですか?」
「は、はい。りんごと――」
「後ハンバーガーとフライドポテト、持って来たッス!」
二人は同時に統一感の無い見舞い品を差し出した。玄関口で一瞬固まった後、三人は大人しく部屋の中へと引っ込んだ。
「ここがカシェルさんのお部屋ですか‥‥」
「えーと‥‥あんまりまじまじと見ないでくれると嬉しいかな‥‥。最近散らかってるから」
カシェルの一言でひまりは顔を赤らめて何度か頷いた。確かに室内は生真面目な性格の彼にしては散らかっている。
「まあ、大体誰が散らかしてるのかは想像つくッスけど」
「うん‥‥。あんまり僕、部屋にいないから。その間に彼女が‥‥」
「え? カシェルさん、女性と同棲してるんですか‥‥?」
噛みあっているようで噛みあわない会話である。
こうしてダンテ曰く『精のつくもの』であるハンバーガーを齧るカシェル、ベッドの上に腰掛けるダンテ、リンゴの皮を黙々と剥くひまりという奇妙な構図が完成した。
「そーいえば俺の好きなバンドのライブがあったッスよ! チケットあったからヒイロとカシェルを誘おうと思ったんスけど、連絡取れなくて」
「その日は確か二人とも出かけてたんだよね‥‥。ごめんね、また今度誘ってくれるかな?」
「お? もしかして、依頼か何か――」
「彼女さんは、ヒイロさんって言うんですね〜」
ダンテは勿論、ただライブの話をしているのではない。
彼の言うライブの日とは件の殺人事件が起きた日の事だ。その日のカシェルの動向をそれとなく確かめようとしていたのだが‥‥。
冷や汗を流すダンテにきょとんとした様子のひまり。直ぐにダンテは持ち前のポーカーフェイスを発揮するが、やはり会話が噛みあわない。
「あの子は彼女じゃなくて、ただ預かってるだけで‥‥」
そんなこんなで割とどうでもいい雑談が繰り広げられ、三人は黙々とりんごのうさぎさんを処理したのであった。
特にこれと言って重要な情報が聞き出せないまま部屋から出た名探偵と助手は二人で物陰に移動し顔を見合わせる。
「ひまりさん、俺はカシェルがどこに行ったのか調べてくるッス。ひまりさんはここでカシェルを見張ってて欲しいッス」
「わ、わかりました。こっそり後を付けるのは得意です、隠密潜行スキルだって使えます!」
やる気を見せるひまりだが、何故か頼りない。ダンテは後ろ髪を引かれる思いでその場を去っていくのであった。
●男の調査
「‥‥ちなみにその後どうなったの?」
苦笑を浮かべる護の前には何故か擦り傷を手当てした痕跡のあるひまりが立って居る。
「その話はとりあえずおいといて‥‥。俺の調査の結果も後回しにするッス。お二人はどうだったッスか?」
話を振られNicoと鹿苑は顔を見合わせる。鹿苑は咳払いを一つ、持参したノートパソコンを開いた。
「それはこれを見ながら聞いて頂くと分りやすいかと」
こうしてNicoと鹿苑による調査結果の報告が始まるのであった。
「しかし、鍵もかけてねェとは‥‥感心しねェな。お陰でやりやすいんだが」
主の去ったカシェルの部屋へ入りNicoは腰に手を当て溜息混じりに一言。小さなテーブルの上にはいくつかりんごが転がっている。
「私は彼のパソコンをチェックしてみます」
「いいねェ。正にプライベートの塊だぜ」
「カシェル君疑われているというなら、是非とも晴らさねばなるまい。私も心は痛みますが、止むを得ないでしょう」
パソコンの中身を調べつつ、鹿苑は順調に操作を進める。カレンダー、スケジュール帳、手記‥‥鹿苑が睨んだ通り、几帳面なカシェルは自分の行動を記録する癖があるようだ。
「これならそう時間もかからずに調べられ――何をしているんですか、Nicoさん?」
シリアスな表情で振り返るその先にはベッドの下を覗き込んでいるNicoの姿があった。
「おぅ、カナメ‥‥コイツをどう思う?」
「と、言いますと」
「15歳の部屋なのにそれらしい物が一つもねェ! カシェルって奴は大丈夫なのか!?」
ベッドの下にありそうな物が全く無かったので逆に心配になるNico。鹿苑は『大丈夫です』とそれに短く返すとパソコンの前に引き返した。
「む、この画像は‥‥ただのグラビアじゃねェか」
「ただのグラビアですが」
「‥‥けど、全部金髪だな」
Nicoは腕を組み事前に調査して来たカシェルの過去の傾向を思い返し一人で何かを納得した。
「しかしカナメも結構容赦ねェな」
「彼の無実の証明には、徹底的な捜査が必要ですから」
それが果たして必要だったのかは兎も角、鹿苑は真剣にカシェルの事を思っているのだ。決して悪意はない。
「‥‥ん、こいつは‥‥」
と、そんな中Nicoが手帳を手にしたまま眉を潜める。ほぼ同時に鹿苑も何かを見つけたようだ。
そしてそれがカシェルの疑いを晴らす――しかし同時に疑いを増やす証拠になってしまうのであった。
●疑心暗鬼
「それが、このデータです」
夜の公園、ベンチの上でノートパソコンを開く鹿苑。それを見て護は眉を潜めた。
「これは‥‥彼のお姉さんの預金通帳?」
「厳密にはそれを彼が調べていた痕跡です」
傭兵達の中、特に護がその情報に食いついた。何故ならばそれが在り得ないと彼が一番理解していたからだ。
「彼女が死んだ日以降も、何故か金が振り込まれている‥‥いや、それよりこの金額は一体‥‥」
カシェルの姉は死んだ――そしてカシェルは姉の剣を受け継いだ。護はそれを知っている。
だが姉の通帳にはあの日からも金が振り込まれ続けていた。それも、ただの傭兵が得るには多すぎる報酬が。
「日記の予定ではカシェルは犯行があった日、生まれ育った孤児院に戻っていたらしい」
「それは確かッスよ。俺もカシェルの渡航記録とか調べて来たから間違いないッス」
Nicoに続きダンテが頷く。カシェルはどうも孤児院に戻る時、同居人が居ない時を見計らっていたようだ。
「最後に、俺の調査結果だな」
南斗は浮かない様子で口火を切る。結果が良くない物である事は明らかだった。
南斗は殺されたビリーを救出した傭兵の一人だった。
それだけに彼の無念を痛感していたし、カシェルの疑いを晴らしたいと強く願った。
彼の気懸かりはビリーの首輪だ。強化人間に仕掛けられたその首輪がどうなったのか、それが今でも気になっていた。
「あんたが持っててくれないか」
ビリーの遺体、そして彼の仲間に聞き込みを行った南斗。ビリーの友人が差し出したのは無傷の首輪だった。
「あいつはヘタレだったんだが、助けてもらった命だから役立てたいって言ってな。無理に調査を続けてる所だったんだ」
少年に手渡された首輪は爆発しては居なかった。解除には成功していたのだ。
茜色に染まり始めた空の下、南斗の影が俯く。ビリーはやはり何者かに殺されたのだ。
南斗は次にカシェルを見たと言う傭兵達から話を聞いて周った。『予想外のトラブル』が彼の疑惑の要因ならば、それは違うと証明したかった。
同時にそこに微かな違和感も覚えていた。そしてそれは望ましくない形で現実へと変わってしまう‥‥。
「まず、カシェルには良くない噂がある。彼と一緒に居ると戦死しやすい、とかな」
回想を終え南斗は閉じていた目を開いた。勿論それは事実無根の噂だ。しかしそれにしては広まりすぎている。
「つまり‥‥これらは誰かが故意で流してる噂、という可能性がある。そして――」
一度言葉を飲み込み、それから南斗は心苦しそうに続ける。
「目撃情報から推測するに、犯人の姿はカシェルに酷似している。ある一点の決定的な違いを除いて」
「その、違いというのは‥‥」
「性別――ですよね?」
護の言葉に続けるようにしてひまりが言う。彼女もまた南斗と同じ聞き込みをしていたのだ。
ひまりは部屋から出てきたカシェルを追跡し、ついでに部屋の中を調べる間彼の時間稼ぎにも貢献していた。
ただ散歩している間に転んだりして擦り傷が増えたりしていたが、それも時間稼ぎには効果的だった。
「見た目も服装も同じだった‥‥けど、女だった。違い、ますか?」
「それって‥‥」
既にある意味答えは出ていた。だが駄目押しにNicoが言う。
「あいつの孤児院に連絡取ったんだがな。姉が死んだ事を切り出したら怒鳴られたぜ。こっちは折角善意を演じてやったのによ」
「俺も同じく連絡したが、彼の姉はどうも死んでいない事になっているらしい。怪訝な対応をされたよ」
南斗の言葉にダンテは腕を組み目を伏せる。事件の全体図が、見えてしまったのかもしれない。
「カシェル君は姉について預金以外も調べていたようだ。つまり彼も我々と同じ結論に至ったのだろう」
ノートパソコンを閉じ、鹿苑も立ち上がる。傭兵達の上に重苦しい空気が圧し掛かろうとしていた。
「気になってたんです。デューイさんのあの口ぶり‥‥」
口元に手を当て護が沈黙を破る。
「デューイさんはなぜ、彼は犯人ではないときっぱり言い切れたんでしょうか?」
依頼を持ってきた男の様子は妙だった。結果よりも、『調査をした』という事実だけあればいいかのような、投げやりな態度――。
「もし、別に既に調査が進んでいるのだとしたら‥‥」
今朝、カシェルは思いつめた様子だった。知らない間に彼は様々な物を背負っていたのかもしれない。
「カシェル君、君は‥‥一体一人で何を抱えているんだ――」
こうして調査は無事に終了した。
カシェルの渡航記録や日記等は十分すぎる彼のアリバイである。彼の疑いは晴れたと言っていいだろう。
だが同時にそれは新しい疑惑――疑念を生み出すという側面も持っていた。
全てがすっきりとしないもやもやとした気持ちのまま、傭兵達は解散するのであった。