●リプレイ本文
●温泉と熊
「温泉に出るキメラか‥‥。一体何が目的なんだ‥‥」
物陰から件の温泉を覗き込みイスネグ・サエレ(
gc4810)は怪訝な表情を浮かべる。
秘湯では四体の熊キメラが気持ち良さそうに湯に浸かっているではないか。頭の上の手ぬぐいで時々顔を拭いたりしている。
「ふむ、大人しそうだがどう思うレイード?」
「‥‥確かに大人しそうだが。油断は禁物だ」
双眼鏡を下ろしながら答えるレイード・ブラウニング(
gb8965)。その横顔を熾火(
gc4748)はじっと見つめていた。
熾火はレイードが一人で温泉に入り、熊キメラにボコボコにされている図を想像する。静かに目を瞑り、笑みを浮かべた。
「おまえ、時々俺に失礼な事を考えてないか」
「気の所為だろう」
冷や汗を流すレイードに対し熾火は涼しげな様子だ。
「頭の上に手ぬぐいを乗せた熊‥‥? ありえない、人間を馬鹿にするのも大概にしろ」
既にどす黒いオーラを発しつつある福山 珠洲(
gc4526)は剣を握り締め微笑んでいる。
この四名による陽動班がまず熊を温泉から誘導し、撃退班の待機している場所まで移動。その後キメラを殲滅する流れとなっている。
「ではまず私が温泉饅頭で熊を引き付けてみますので――って、珠洲さん!?」
ごそごそとイスネグが温泉饅頭を取り出そうとしている傍ら、既に珠洲が剣を振り上げ走り出していた。
珠洲は温泉に浸かっている熊に背後から問答無用で斬りかかる。奇襲にたまらず熊は悲鳴をあげ、四体同時に立ち上がった。
「ふん‥‥。別に倒してしまっても、かまわんのだろう?」
「男の背中を見せてるのはいいんですが、私達は陽動なので‥‥」
「まあ作戦もあるか、残りは撃退班に任せよう‥‥ん?」
珠洲は敵を攻撃して戻ってくるのだが、熊は追いかけてくる気配がない。途中で立ち止まり珠洲が剣を構えるが、熊は湯船に浸かっている。
「出て来ませんね。ここはやはり私の温泉饅頭――」
と次の瞬間、立ち上がった熾火が何かを熊目掛け投擲した。ぺちんと当たって湯船に浮かんだそれはビーフシチューのレーションである。
恐らくは食料で誘き出すつもりだったのだろう。だが戦場に空しい静寂を齎しただけで熊が温泉から出てくる気配はない。
「なぁ熾火。蓋‥‥開けなくて良かったのか?」
「そういう事か――」
「いえレイードさん、蓋が開いてても多分駄目だったかと‥‥」
二人の妙なやり取りにイスネグがつっこみを入れる。こうして一度陽動は仕切り直しとなり、テイク2へ。
今度はレイードと熾火の二人が熊の背後からそっと近づいていく。二人ががしりと掴んだのは頭の上の手ぬぐいだった。
「さぁ、追って来い! ていうか、追って来てくれないと困る!」
「レイード、意外と猛追して来ているぞ」
手ぬぐいを奪い走ってくる二人。先程まで微動だにしなかったキメラは手ぬぐいを奪われた事に怒り狂い、何故かしっかりついてくる。
陽動班の後ろを二足歩行で熊達が走ってくる奇妙な情景に迎撃班は一瞬コメディ映画か何かを見ている気になった。
「あれ‥‥取れるんだな」
「温泉に浸かる熊、結構可愛いな‥‥走ってるぜおい」
遠い目で手ぬぐいを見つめる上杉・浩一(
ga8766)。その隣で巳沢 涼(
gc3648)がややときめいている。
「皆、こっちこっちですよぅ!」
ヒイロがぱたぱた手を振っていると陽動班はヒイロを追い越し走り去っていく。逃げ遅れたヒイロは熊に轢かれ何処かへ転がって行った。
「ぎにゃー!」
「いきなりですの!?」
仕方なく斬子がヒイロを回収に向かう中、最上 憐 (
gb0002)がキメラ達へ素早く近づいていく。
大地を滑るように鎌を振るい擦れ違うと同時にキメラの足を斬りつける。温泉に戻られては厄介、まずは足を封じる戦術だ。
「‥‥ん。熊カレーに。温泉のセット。楽しみだね」
「熊肉ってまだ食べた事無いんですよね。楽しみです♪」
振り下ろされた巨大な手を笠で弾き飛ばし、張 天莉(
gc3344)が熊を蹴り飛ばす。既に撃退班の戦闘が始まっていた。
「まぁなんだ。悪いが俺達の食卓に上ってくれ」
リンクスクローで熊を引き裂きながら涼が呟く。と、その視界の端、熊に追われて泣いているヒイロの姿が見えた。
「何してんだヒイロちゃん‥‥」
「大丈夫だろう。あっちはあっちで上手くやるさ」
そこへ斬子が割り込み、熊に斧を叩き込んでいる。へこたれ娘二人はそれなりに頑張っているようだ。
その様子を見届け頷くと浩一も刃を振るう。幸いこのキメラは大した戦闘力ではない。
「もっと私を、楽しませろ」
「さあ、人間様の力を見せてやろう!」
熊を殴り飛ばすレイードの視界、キメラをボコボコにしている熾火と珠洲の姿が見えた。が、男は何も見なかった事にした。
大体そんな感じでキメラ討伐は順調に終了したのであった。
「ぎにゃー! おっきいキメラ怖いです!」
「先輩、何で突撃するんですか?」
ヒイロ達が戦っていた固体を除いて――。
●悠々と
こうしてキメラの討伐があっさり終了し、傭兵達は温泉に浸かっていく事になった。
ただ温泉に入るだけではなく今日は熊肉を入れたカレーを作る手筈になっている。勿論キメラ肉である。
「‥‥ん。飯ごう。沢山。持って来たよ。沢山。ご飯。炊けるよ」
憐が次々と設置していく大量の飯ごう達。だが何故だろうか、これでも足りない気がするのは――。
それぞれが手分けしてばたばたとカレーの準備をして行く。その間交代で温泉にも入って行く事になった。
「大人数は苦手だ‥‥。レイード、後で入るか?」
「後でか? 構わないぞ‥‥」
と、相談するレイードと熾火。後で入るから色々仕込みはやって置こうと語るレイードに仲間の視線が集中する。
「レイード君‥‥熾火ちゃんとらぶらぶですか?」
目をきらきらさせながらヒイロが近づいてくるが、他の傭兵が無言でそれを回収していく。
「お、俺達の事は気にしなくて大丈夫だからな!」
なにやら涼が視線を泳がせながらそんな事を言う。熾火は良くわかっていない様子で、レイードは無言で額に手を当てていた。
というわけでまず入浴する事になったのは珠洲、涼、、浩一、ヒイロの四名だった。まず入浴する以前に――。
「よいしょ!」
と、皆が居る前で急にヒイロがズボンを下ろし始めるという問題が発生したが、色々とぎりぎり大丈夫だった。何が大丈夫かは不明だ。
「いきなりヒイロちゃんが脱ぎ始めた時は焦ったぜ‥‥」
「むー‥‥。いい湯だ、ああ、眠たい」
苦笑する涼の隣では浩一が額にタオルを乗せのんびりしている。と、そこへばしゃんとお湯がかかった。
「ぎにゃあー!? み、耳を触っちゃだめですよう!」
「癒し効果があるのよ〜。ふにふに、ふにふに♪」
顔を拭きながら男二人が正面を見ると珠洲が膝の上にヒイロを乗せ、ヒイロの犬耳を弄んでいた。
「は、はわわ‥‥! 気持ちいいようなくすぐったいような‥‥がくぷる!」
「ヒイロちゃん、お肌もすべすべね〜。すりすり、すりすり♪」
「あぁあー! や、やめてですよーう!」
涼はその様子をチラ見しつつ、そっと視線を逸らした。何と無く気まずい状況だ。
「い、いや〜‥‥騒がしくて落ち着かないなぁ」
と、同意を求めるように涼が隣を見ると浩一は気持ちよかったのか居眠りしていた。
その後もヒイロと珠洲がじゃれている何とも言えない空気の中、居た堪れない気持ちで涼は入浴し続けた。
次に入れ替わりでやって来たのはイスネグ、天莉、憐、斬子の四名である。
「ふぅ〜♪ 解体に手間取りましたが、丁度温泉があって良かったです♪」
「‥‥ん。温泉。飲めるのも。あるらしいけど。ちょっと。飲んでみようかな。何味かな」
幸せそうな天莉の隣、憐は温泉の試飲を試みようとしている。その手を掴み、斬子が眉を潜めた。
「流石に既に人が入ったのはどうかと思いますわ‥‥」
別に特に美味しそうな物でもないので憐はあっさり引き下がり浮かんだり沈んだりを繰り返した。
「そういえば二人とも、例のキメラを解体してたんですの?」
「はい♪ 実家では獣肉も取り扱っていましたから、なんとか」
「‥‥凄い実家ですわね」
斬子は憐と天莉が熊をずばずば解体する様子を思い返していた。途中で気分が悪くなって引っ込んだのは言うまでもない。
「‥‥ん。調理は手伝えないけど。準備するのは得意」
「捌くの上手でしたね〜♪ お料理は苦手なんですか?」
「‥‥ん。調理していると。気づけば胃の中に。収まってる」
天莉の質問に遠い目で憐が答える。どうやら料理の腕前以前の問題らしい。
「‥‥ん。極楽。極楽。十歳位。若返りそうな。感じかも」
「それ以上若返ったらゼロになってしまいますわよ!?」
「あは、面白いですね〜♪」
「面白くないですわよ、消滅ですわよ!?」
二人の間で斬子は只管ツッコミ続けていた。
「そもそも何でキメラをカレーにする事になったんだっけ」
口元に手を当て思案するイスネグ。まあいいか、と自己完結した彼こそが事の元凶であったのは内緒である。
●熊カレー
そんなこんなでカレーは無事出来上がった。それぞれの得意分野を生かしたお陰で出来も上々だ。
「あ〜、働いた後の飯は美味いなぁ!」
スプーンを口に運び涼が声を上げる。紅葉のカーテンから降り注ぐ優しい光の下、長閑な風景が広がっている。
「‥‥ん。おかわり」
「早!? ヒイロも‥‥はむはむ‥‥おふぁわりへふ!」
「あらあら? 沢山あるからゆっくり食べてね〜」
黙々と、しかし猛然とカレーを食べる憐。それに負けじとヒイロも珠洲からおかわりを受け取る。
「‥‥いい天気だ。戦争も忘れるほど空も青い」
頷きながらカレーを食べる浩一の隣、レイードはあまり食事が進んでいない。
別に味が悪いわけではないのだが、彼は調理の時熾火が使用した調理器具が未だに気になっている。
「‥‥? ちゃんと洗ったし消毒はしたぞ、安心しろ」
「洗うとか消毒とかに関しては大丈夫だが。こう、イメージが‥‥いや、何でもない」
ままよと口に放り込むとこれが美味いのでまたやるせない気持ちになる。
果たしてこの中の何人が熾火の調理器具の『いわく』に気づいているのか――。レイードは無言でカレーを食べ続けた。
「どうした斬子ちゃん、食べないのか?」
珠洲からおかわりを受け取り戻ってきた涼の隣、斬子は黙って俯いている。
「まだキメラが入ってる事気にしてんのか? 斬子ちゃんが切ったでかい芋とかも入ってるぞ、ほら」
「それは貴方が無理にやらせるからですわよ!?」
「もしかして‥‥お口に合いませんでしたか?」
すすっと隣にやって来た天莉が申し訳無さそうな顔で言う。瞳を潤ませるその様子に斬子はカレーを一気に掻き込んだ。
「お、美味しいですわよ? あ、本当に美味しい‥‥」
「だろ? あそこの二人を見習えよ。毒は入ってないぜ」
既に食べすぎでダウンしているヒイロ、そして黙々と食べ続けている憐を指差し涼は笑った。
「も、もう食べられないですぅ‥‥。珠洲ちゃん、ギブアップです‥‥」
「あらあら〜? もうちょっと食べられるかと思って、よそっちゃったけど〜‥‥」
「何でそうやって珠洲ちゃん、ヒイロをいじめるですかあああっ!?」
こうして賑やかに食事が終わり後片付けの時間。片づけをする斬子にイスネグが声をかけた。
「いつも先輩がお世話になってます、お近づきのしるしにLH饅頭をどうぞ」
初見の相手には饅頭を贈る男、イスネグ――。斬子は怪訝な様子だ。
「今回はありがとな。ヒイロ先輩のために」
「勘違いしないで下さる? 別にヒイロさんの為じゃありませんわ」
「斬子さんは優しいな」
にっこりと微笑むと見る見る斬子の顔が赤くなり、イスネグは何度も斬子に顔面を強打された。
「か、勘違いするんじゃありませんわよーっ!」
完全にノックダウンされたイスネグが倒れている頃、ヒイロは浩一と並んで紅葉を眺めていた。
「弱いから役に立たない‥‥か。力があればこそ出来る事もあれば、力が無くても役に立てる事もあると思うぞ」
ひらひらと紅葉が落ちるその一つを手に取り浩一は空を見上げる。
「例えば傷の手当とかな。いつかの依頼でヒイロさんは傷ついた人を助けただろう」
「でもヒイロ、今日もだめ子だったですよぅ」
「それでもヒイロさんにしか出来ない事があるんじゃないかな」
小さいヒイロの頭を軽く撫でると、少女は白い歯を見せて笑った。
「ありがとです、浩一君っ」
こうして一日が終わる頃、レイードと熾火は二人で湯船に浸かっていた。
「レイード、貴様‥‥酒はいける口か? よもや飲めんなどと軟弱なことを抜かすまい?」
「飲めないはずが無いだろ? 有難く頂戴するよ」
熾火と酒を酌み交わし二人は笑う。紅葉に夕日が差し込み、全てが紅く眩く輝いているかのようだ。
「お疲れ様だな。今日も楽しかったぞ」
「それは何よりだ。これからも――宜しく頼むぞ」
小さく杯を鳴らす二人。ゆったりとした時の中、傭兵達は十分に秋を満喫したのであった‥‥と終われば綺麗なのだが。
「イスネグ君! 肩車してほしいです!」
「構いませんが、先輩どうしたんですか?」
「むしろイスネグ君がどうしたですか。鼻血出てるけど‥‥」
勝手によじ登るとヒイロは温泉の方を指差して言う。
「さあ、熾火ちゃんのおっきい胸を見に行くのです!」
当然ヒイロは下ろされ、傭兵達に説教される事になったのだが‥‥それは入浴中の二人は知らないお話である。