タイトル:痛みのリフレインマスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/10 12:10

●オープニング本文


●不完全輪廻
 薄暗い地下室の中、彼女は目覚めた。
 どんよりと重い頭と断片的な記憶は目覚めを最悪な物に演出する。吐き気と共に口元を押さえ少女は最初の言葉を口にする。
「出番が周ってきた――という事ですか」
 少女が寝かされていたのは手術台である。傍らには返り血をたっぷりと吸い込んだ白衣を纏った奇妙な様相の男が立っている。
 体中の皮膚という皮膚、それがまるで『かみあっていない』のだ。まるで沢山の人間を張り合わせたかのような不自然さを当然のように男は言う。
「よう、『十二号』。お目覚めの気分は如何じゃん?」
「答えるまでもないでしょう。最悪ですよ。脳みそがプディングになったような気分です」
「ギャハ! いいなそれ、素敵な気分だ。その様子じゃ引継ぎは上手く行ってるカンジぃ?」
 台の上に腰掛け少女は自らの存在を再確認する。
「十二号‥‥それが私の名前ですか」
「そう、十二番目の家族‥‥或いは同僚って所? 俺は『ツギハギ』、ナンバリングは無い、ただの『ツギハギ』だ」
 ツギハギと名乗った男は文字通り肌の色がツギハギで安定していない。上半身裸の上にいきなり白衣という謎のファッションも異常な雰囲気に拍車をかけている。
「一応お前の仕事、説明しとく?」
 十二号と呼ばれた少女は台から降りると頷いた。ツギハギは手を鳴らし、踊るようにステップを踏んでデスクの前へ。
「ここに二枚の写真がありまーす。こっちは九号、こっちは七号。両方ともお前の先輩で、この間殺されたわけだ」
「そうですか。それは弱かったんでしょうね」
「まぁな。七号は戦闘型とは言え古かった。九号は頭は冴えてたが戦闘型じゃなかった。で、お前は二人のいいトコ取りみたいなカンジ。オーケェ?」
「過去の二人より優れている事はわかりました」
 それ以外の事実は特に必要ないとでも言わんばかりの様子にツギハギは笑みを浮かべる。
「お前の仕事はセプテムがやってた実験の引継ぎだ。その辺のデータは基本的にお前に最初から入ってるハズ。わかんねーとこは説明を受けな」
 出口を指差しながら白衣のポケットよりサングラスを取り出し装着するツギハギ。退室した十二号とは入れ違いにやって来たのはレイ・トゥーだった。
「おいっす変態。十二号の調子はどうアルか」
「引継ぎは上々! しかしお前も下種だよなぁ、レイ。ユリウスが育てたガキをベースにセプテムの知識を引き継がせるとは」
「別に普通アル。足りなくなった所を埋める為アルよ」
「両方お前が見殺しにしたのにかぁ? お前がちゃんと奴らの面倒を見てりゃ、十二号なんて必要なかったハズだぜぇ」
 サングラス越しの鋭い眼光を物ともせずレイは溜息を一つ。それから眉を潜めて言った。
「死んだら新しいのに成果を引き継げばいいだけアル。強化人間作るの、お前好きだろ」
「まぁな。だから文句はねぇ。あっても言わねぇ」
「‥‥はあ。とりあえず十二号には自分がどういう存在で何と戦ってるのか、教えた方が良さそうアル」
 首を傾げるツギハギ。レイは地下室から上がる階段の方を指差し言った。
「なんかそこで警備のキメラとケンカしてたアル」
「まだ馬鹿なんだろ、面倒見てやれよ」
 けらけらと笑うツギハギの傍らレイは深々と溜息を漏らすのであった。

●痛みの記憶
 メリーベル・エヴァンスは何度も繰り返し見た悪夢に魘されて目を覚ました。
 最も大切な人――彼女にとっての師匠が居なくなってしまう夢だ。
 彼は傭兵としての師であり、父であり、兄であり、そして憧れの人でもあった。
 デューイと彼と三人で居た頃はとても幸せだった。どんな困難にも立ち向かえる気がした。明日を信じられた。
 だが全てはあのバグアと出会ってから変わってしまった。デューイと自分は大怪我をして、気づいたら師匠は居なくなっていた。
 自分が足手纏いにならなければあんな事にはならなかったのに‥‥そう思うと悔しくて仕方がなかった。
「不機嫌な時は妙に分りやすいな、お前は」
 そんな気分のまま行き付けのカフェでコーヒーを飲んでいると、向かいの席にデューイが座った。推し量ったようなタイミングだ。
「まだあいつの事を引きずってるのか?」
「別に‥‥」
「メル、お前は強くなった。あいつや俺がお前を育てたように、お前も他の誰かに希望を繋ぐ側になったんだよ」
 デューイはコーヒーにどばーっとミルクを注ぎ込みながら笑う。返事はしなかった。
「ヒイロやカシェルを見ろ。辛い過去を乗り越えて前向きに努力している。お前だけが辛いわけじゃないんだ」
「わかってるわ」
「本当か? 昔はお前もヒイロみたいに素直な奴だったのにすっかり捻くれやがって」
「お説教でもしに来たの?」
 ジロリと睨みつけられデューイは肩を竦める。勿論彼もただ説教をしに来たわけではない。
「依頼だ。お前の追ってる『人形使い』に関わりがあるかもしれん」
 その言葉でメリーベルの目の色が変わった。だが出し惜しむようにデューイは唇に手を当て言う。
「熱くならないって誓えるなら教えてやる」
「なら教えなくていいわ。自分で調べるから」
「わかった、待て! 一人で突っ走らないようにわざわざ調べてきてやったんだろうが!」
「別に頼んで無いし」
「っとに可愛くねぇな‥‥。ほれ、こいつが詳細だ」
 冷や汗を流しつつデューイは茶封筒を渡す。その中身を確認しメリーベルは眉を潜めた。
「一人じゃ行かせねぇぞ。俺もついていく‥‥それが条件だ」
「――勝手にすれば?」
 席を立ち少女は踵を返す。その背中を黙って見送り男はカップを傾けた。
「‥‥小娘の扱いは難しいわ、ほんとによ」
 苦いなと呟き男は砂糖を足した。少女はコートの裾を翻し一人思い悩みながらも進んでいく。
 足を止めてしまったらそこで全てが終わってしまう――そんな気がするから。

●参加者一覧

崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
来栖 祐輝(ga8839
23歳・♂・GD
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
エメルト・ヴェンツェル(gc4185
25歳・♂・DF
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

●デジャヴ
「現れるなり無差別攻撃、そして今はダンマリか。なんとも不気味だねぇ」
 件の敵が構えるビルを見上げ、
那月 ケイ(gc4469)は腰に手を当て小さく呟いた。
 住民の避難は既に完了、静まり返った午後のオフィス街に傭兵達は集結していた。
 目標がいるビルに、今正にこれから突入しようと言う状況下、準備に勤しむ傭兵達の中エメルト・ヴェンツェル(gc4185)がケイの隣に並ぶ。
「色々と分からない事が多いですが、自分達のやる事は変わりません」
 敵が何であり何を目的としていようと市民を守る事、それこそが彼の目的だ。不審な敵が気にならないと言えば嘘になるが、果たすべき事柄は明白である。
「毎度の事で耳タコだろうが‥‥無茶はしないでくれ」
 少し離れた場所に立つメリーベルに声をかけたのは崔 南斗(ga4407)だ。顔を合わせるのもこれで何度目か。少女はやや呆れた様子だ。
「デューイは?」
「ライフル担いでどこかに行っちまったな。気をつけるようには言っておいたが」
「ホント何しに来てんのあいつ」
 南斗も行き先は聞かなかったので何とも言えない。そんな微妙な空気の二人の背後、月城 紗夜(gb6417)はてきぱきと指示を出し、UPCに周囲の封鎖を命じている。
「神の使いを模した敵――バベルを砕く傲慢な神だな」
 封鎖が完了すると紗夜は振り返りビルを見上げる。視線を落とすと壁に持たれかかり腕を組んでいるレインウォーカー(gc2524)が見えた。
「負傷したらしいな。まあ安心しろ、死にそうになれば庇ってやる」
「ご心配なく。こんな状態でも自分の身は自分で守ってみせるさぁ」
 傷を負っている事も悟らせないような『道化』の笑み。紗夜は頷いて歩き出した。
「その様子なら問題ないな。我も自分の仕事をさせてもらおう」

 準備を終えた傭兵達はいよいよビルへと突入する事になった。先陣を切るのは来栖 祐輝(ga8839)だ。
「進路クリア――っと。罠どころか迎撃するって気配もないな」
 後続の味方を片手で誘導しつつ階段を駆け上がっていく。敵は確かに屋上に居るのだが、逃げる気配も仕掛けて来る様子もない。
「静か過ぎて逆に妙ですね‥‥」
 祐輝に続き鐘依 透(ga6282)が周囲を警戒しつつ呟く。結局特に何のトラブルも無く屋上にまで到達してしまった。
 先行する二人が合図と共に扉を開け放ち屋上へ突入する。透は視界の端に敵影を捉えるや否や射撃を開始、その間に後続の傭兵が布陣していく。
 攻撃を終え銃を下ろした透の視線の先、少女は二体のキメラに守られながら傭兵達を見つめていた。奇襲には成功したはずだが、決定打を与えられた気配はない。
「行き成り攻撃してくるとは思いませんでした。私の外見に惑わされ――」
「やあやあ遠からん者は音にも聞け! 近くばよって目にも見よ! 我こそは猫ガール、月読井草なり!」
 強化人間の言葉を遮って叫んだのは月読井草(gc4439)である。空に高々と声を上げるが、完全に周囲は固まっていた。
 全員の視線が集中する中、ケイが井草の肩をポンと叩いた。気を取り直し、全員で武器を構える。
「どこのどいつだ、若い娘ばかり改造しやがる変態は‥‥!」
「シスター服の、少女‥‥」
 南斗と透はそれぞれ過去の依頼での戦いを思い返していた。決して楽しくは無い、苦い記憶だ。
「あの格好‥‥悠夜の奴が言ってた奴と関係があるのかぁ?」
 口元に手を当て呟くレインウォーカー。エメルトは剣を片手に一歩前へ、シスターへと声をかける。
「貴女の目的は何ですか? 何故無差別に市民を殺害し――」
「こんにちは、貴方のお名前なんてーの?」
 再びエメルトの言葉に井草の声が重なる。のほほんとした様子で問いかける井草に再び視線が集まる。
「名前‥‥。名前、私の名前は‥‥」
 しかしそれが意外と効いているのか、強化人間は頭を抱えて苦しみ出した。突然叫び出した強化人間に驚き、井草はケイの後ろにそそくさと隠れる。
「わわっ! 何だあの十字架、あぶねー奴‥‥」
「‥‥月読さん、すこーしだけ静かにしよっか」
 遠い目で井草の頭を撫でながらケイが諭す。こうして再び闘争の空気が戻って来た。
 散開し敵を囲むように移動を開始するとそれに呼応するように二体のキメラが左右から近づいてくる。空いた中央のルートを突っ切り、祐輝が剣を振りかぶった。
「目的は何だ? 何の為にこんな事をしている――?」
 シスターの繰り出した十字架と剣が激突し、繰り返し火花を散らす。
「目的が無ければいけませんか?」
 呟きと共に十字架が発光、次の瞬間雷撃が祐輝の体を突き抜けた。よろける祐輝の隙を埋めるように南斗の放った弾丸がシスターに命中し、続けてエメルトが切り込んでいく。
 少女は舌打ちすると同時に一気に後退、フェンスを乗り越え隣のビルへと跳躍する。が、それも傭兵達は予想していた事態だ。
 真っ先に少女を追ったのはメリーベルで制止の声もまるで聞く気配がない。続いてそれを追う形で祐輝、エメルト、南斗、ケイが移動する。
 幸いそれほど距離が離れていない事もあり追跡は容易だ。そしてシスターもそれ以上逃げる気配は無く、舞台を移して仕切り直しの様相になる。
「逃げるのではなかったのですか?」
 少女を取り囲み布陣するエメルト。その切っ先に笑みを映して少女は語る。
「別に。ただ、ゆっくりと確かめたかっただけです。私を殺す人間という存在を」
 シスターが十字架を振り上げる。それを合図にそれぞれの戦いが始まった。

●ダンス・スクエア
「逃げ出すかと思いきや、移動しただけみたいだねぇ」
 Bスケイルと共に残ったメンバーの中、レインウォーカーが呟く。強化人間も強敵だが、このキメラも素早く力強いのだ。
 目撃されているはずのレイ・トゥーが居なかった事も気懸かりである。だが今は目の前の戦いに集中しなければならない。
 透は猛然と駆け寄るキメラから素早く距離を保ちつつ二丁の銃器で攻撃を続けていた。牽制でSMGで攻撃を試みるも、攻撃が効いている気配は無い。
「硬い‥‥。なら、これで!」
 エネルギーガンの連射は直進してくるキメラの鱗を砕いていく。効果はある‥‥しかし、止まらない。
 体当たりから繰り出される尻尾を回避しながら次々に攻撃を命中させるが、まるで怯まないその様子に透も眉を潜める。
「傷も厭わず、か」
 彼らも元々は人間だったのだろう。やりきれない気分のまま戦う透の隣、もう一体のキメラと紗夜が戦っていた。
「行き成り逃げに走ったかと思えば‥‥何を考えているやら」
 強化人間の逃走は十分警戒していたし今も直ぐに追えるように気を配っては居るが、隣のビルで四人相手に逃げる気配もない所を見ると戦闘を放棄したようにも思えない。
 しつこく追ってくるキメラをザフィエルで迎撃し、攻撃を防ぐ紗夜。蛍火で牙を防いで押し返すが、その一撃は重く鋭い。
 そこへレインウォーカーの放った弾丸がキメラの装甲を打つ。傷を庇いながらも彼は後方から味方を援護する構えだ。
「見ての通りの有り様でねぇ。戦闘じゃ役に立たないんで後で支援をさせて貰うよぉ」
 攻撃は嫌がらせ程度にしかならないが、その隙に紗夜が攻めに転じる。透と紗夜に強化と治療を施しつつ、井草は隣で攻撃しているレインウォーカーにも一応練成治療をかけてみる。
「‥‥ありがとう、と一応言っておくよぉ」
 ポーカーフェイスを崩さない道化師の感謝の言葉に満足しつつ井草はミスティックTで攻撃を放つ。
「待っとれよー、今この猫ガールさんが恐山送りにしてあげるからねー!」
 そんな中、銃を撃ちながら周囲を警戒していたレインウォーカーが向かいのビルに近づいている怪鳥の姿を発見した。背に乗っているのはレイ・トゥーである。
「こちら道化、頭の悪そうな変な格好の女一名発見。全員要注意」
 無線に声を投げかけながら空を指差すレインウォーカー。紗夜はキメラに攻撃しつつ声を上げた。
「拙いな、向こうが心配だ。片方排除して突破する、援護出来るか?」
「やってみましょう。月読さん、いいですか?」
「よーし、一斉攻撃ー!」
 透がエネルギーガンを連射し、井草もそれに続く。集中攻撃に怯んだキメラを擦れ違い様に倒し、紗夜は竜の翼を発動し隣のビルへと跳躍する。
「――感謝する。此方は任せるぞ」
 ビルとビルの合間に影を落とし、竜は舞う――。時はその数分前に遡る。

「意味も無く、ただそこに居たから殺したって言うのか!?」
「貴方達も同じでしょう? 見るなり私を攻撃し敵意を向けた様に、敵は討たねばならない」
 ケイの問いかけに少女は十字を振るって答える。エメルトが切り込む一撃を弾き、力任せに少女は十字架を叩き付ける。
 シスターの攻撃はエメルトを吹き飛ばすに留まらずアスファルトを砕き、亀裂を走らせた。戦い方は拙いが、力の強さは見ての通りだ。
 南斗が放つ弾丸に続き、素早く接近した祐輝が斬撃を放つ。援護射撃に合わせたリズミカルな時間差攻撃に戸惑い、シスターの受けは雑になって行く。
「悪いが俺は技巧派でね、力押しってのは苦手なんだ」
 動きを封じた所にケイに治療を施されたエメルトが剣を叩き込む。それに続いてメリーベルと南斗が攻撃し、小柄なシスターはよろけ、吹っ飛んだ。
「これが能力者。わざわざ待っていた甲斐がありました」
「騒ぎを起こして能力者を呼ばせたのか。何の為に‥‥」
「見てみたかったからです。私達を殺す存在を」
 口元の血を拭い、少女は南斗を見据える。その瞳は皮肉な程無邪気で真っ直ぐである。
「戦いに理由が必要だと言うなら、貴方達は何故戦っているのですか」
 まるで人を理解したがっているかのようなその言葉に一瞬戦場の空気が止まる。しかし直後通信機から声が聞こえ、全員が空を見上げた。
「こらー! 一人で何勝手に遊んでるアルか、この馬鹿!」
 怪鳥の背から降りてきたレイは怒鳴るや否や少女の頭をガツンと叩いた。鈍い音がして血が流れているがシスターは平然としている。
「でも、能力者を見てみたくて」
「お前阿呆アルか!? そんなもんこれからいくらでも見る事に――」
 と、次の瞬間急接近してきた紗夜が刃を振るう。シスターを庇って攻撃を弾いたレイと擦れ違い、退路を断つように紗夜は布陣する。
「‥‥今のを防ぐか」
「お前がモタモタしてるから囲まれたアル」
 チャイナとシスターを取り囲む傭兵達。更にそこへ遅れてキメラを片付けた三人がやって来る。
「あれが噂のチャイナガール、レイ・トゥーか!」
「なんか、前にもお前みたいなのと戦ったような気がするアル」
 挑発する井草に苦笑するレイ。透は並んだ二人の強化人間を見つめ、表情を曇らせた。
「君は、やっぱり‥‥」
「この間もいたな‥‥お守りか監視役ってところか」
「そんな所アル。別に今日は戦うつもりも無いので、見逃して欲しいアルが」
 南斗の言葉にケロリと笑うレイ。当たり前だが能力者達は敵を逃がすつもりはない。
 溜息を一つ、レイは指を鳴らした。怪鳥が嘴でシスターの首根っこを掴み上げ、翼を広げる。
「面倒アルが、ちょっと本気で相手をしてやる」
 怪鳥が声を上げると同時に翼を炎に変え羽ばたいた。深紅の嵐を背にレイは素早く走り出す。狙いは井草とケイだ。
 瞬く間に接近して来たレイの拳でケイは反撃が間に合わず吹き飛ばされフェンスに背を打つ。続けて繰り出された蹴りは井草を狙うが、咄嗟に祐輝が間に入る。
「――くっ!?」
 しかし衝撃を相殺しきれず背後の井草ごと弾かれてしまう。続いてエメルトとメリーベルが背後から襲い掛かるが、カウンターで繰り出されたトンファーで武器を落としてしまった。
「見逃して欲しいだけアル。そんなマジにならなくても‥‥」
 そこへ竜の翼で急接近してきた紗夜が蛍火を繰り出した。二人は擦れ違うと同時に身体を水平に捻り、同時に得物を激突させる。
 感心するかのように小さく息を吐く紗夜にレイは数度攻防を経て後退、飛び立つ怪鳥の足に片手でぶら下がった。
「悪いアルね。今日は勘弁してやってくれアル」
 銃を手にした傭兵達が飛び去る怪鳥を攻撃するが、お返しにとシスターの十字架から雷撃が降り注いだ。
 炎の翼を羽ばたかせ怪鳥は遠ざかっていく。それを追う様にフェンスの上によじ登り、井草は叫んだ。
「チャイナガール! この猫ガールと尋常に勝負しろ!」
 ついでに使う予定だった照明銃まで撃って見るが、戻ってくる気配は無い。
「‥‥やられたわね」
 口の端から血を流し、メリーベルが呟く。紗夜は無言で刃を収め、目を瞑り小さく息を吐いた。

●フィスト
「ケイ、大丈夫〜?」
「いや、月読さんが無事で良かったよ‥‥いてて」
 戦いが終わりビルから降りた傭兵達は傷の手当をしていた。直撃を受けたケイが最も傷ついていたが、自分で治療が出来る事もあり大事には至らなかった。
「悪かったな、そっちまで庇い切れなくて」
「月読さんを守ってくれて正解だよ。俺は大丈夫だからさ」
 手当てを終えたケイを助け起こし祐輝は苦笑する。一方井草は空を見上げ、決意を新たにしていた。
「次はこうは行かないよ、レイ・トゥー」
 治療を進める面子を横目に眺めながら紗夜は壁に背を預け佇んでいた。そこへレインウォーカーが声をかける。
「悪かったねぇ。僕の所為で奴を追えなかったんだろう?」
 レイは紗夜と刃を交えた後、彼へと襲いかかろうとしていた。それを庇う為に身を引かなければ紗夜は飛び去る怪鳥へ攻撃出来たかもしれない。
 それに気付いていただけに申し訳無さそうに目を瞑る青年に対し紗夜は首を横に振った。
「仮定の話だ。奴の接近に逸早く気付けたのも貴公のお陰‥‥。単純に機を逸したと言うだけの事だろう」
 二人はそれ以上余計な事は語らなかった。互いに頼り、支え合う。それは仲間としての必然なのだから。
「一体何人いるんだかな、あいつらは」
 そう呟きながら南斗はメリーベルの隣に座る。少女は小さく溜息を吐く。
「怪我はもういいのか?」
「ケイと井草に治してもらった!」
 何故か声を大きくしてメリーベルは去っていく。呆然とした様子でそれを見送り南斗は苦笑を浮かべた。
 透の脳裏を過ぎっていたのはとある強化人間の最期であった。
 シスターの少女。レイ・トゥー。そして彼の神父‥‥。その関係性を推測するのは容易い。
「何も終わっていないんだ‥‥まだ」
 掌をきつく握り締める。迷いも惑いも否定は出来ない。だが今はそれよりもやるべき事があるから。
「透さん、そんな所に一人で居ないで怪我の治療‥‥いてて!」
「ああ、那月さん‥‥まだ無理をしてはいけませんよ」
 遠くでエメルトに肩を貸されたケイが手を振っている。透は立ち上がり空を見上げた。
 一つの町の騒動を守った――今日の所はそれでいい。次に繋げる為に。掴みかけた想いを、手放してしまわない為に――。