タイトル:【竜宮LP】楽園の扉マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/24 11:00

●オープニング本文


 静かな海に鳴り響く、波の音。
 打ち寄せる波は、戦いを前にした戦士たちの心にも染み込む。
 敵はこの波の遙か下、海中でじっと身を潜めている。

 北京解放作戦と同時に進行する大規模な攻略作戦。
 これから始まろうとしている強大なバグアたちとの戦い。
 戦士たちはその壮絶な死闘に身を投じる。

 国のため。
 人類のため。
 愛する者のため。
 様々な思惑を胸に、戦士たちは海の底を目指す。

 勝利か、敗北か。
 極東アジアの趨勢を占う戦い――『竜宮攻城作戦』の幕が上がる。

●闇の底の夢
「――こんな時に読書ですか、カリン様?」
 戦場の音は彼女にとってはまだ遠く、そして幻のような物だった。
 門番の役割を負った彼女は戦う事以外は求められなかったし、それ以外の意味を求める必要性も無いと自覚していた。
 人間は塵芥のような存在だと思っていたし、キメラもロクに役に立たない。強化人間は強化人間で面倒だし、結論から言えば一人が一番だった。
 そんな彼女がある日拾い上げたのは古びた絵本であった。人間の作った娯楽の道具――それだけのはず。しかし何故かそのページをめくってしまった。
 最初はそれ程興味も無く。しかし読み進める内に物足りなくなり。集める内に溺れて沈み。気付けば夢を見るようにまでなった。
 いばらの森の中で眠るお姫様のように。十二時の鐘で消えてしまう硝子の靴のように。
 今の自分は本物ではなくて、本当の自分はどこか別の所にあって。そしていつかは人間のような幸せを手にするのだと――。
「‥‥あー、馬鹿らし」
 勿論それはただの妄想だ。物語に憧れているだけで、本物の人間になりたいわけではない。
 自分の中にある倫理観も世界観も、全てが人間の理想とは異なる。だからそれはただ模倣してみたいだけの幼稚な感情‥‥。
 遠く、戦闘の音が聞こえてくる。水中で起こる爆発は竜宮城の中にまで振動を伝わらせ、彼女に自分の出番が近い事を知らせる。
「敵が近づいています。人間の軍勢を場内に進入させない為に‥‥。カリン様、聞いていますか?」
「聞いてるし‥‥。門番って言ってもさぁ、アタシとアンタだけでしょ?」
「ヴァルファーレもいますよ‥‥? それに、僕以外の部下を持ちたがらなかったのはカリン様でしょう?」
 槍を片手に青年は首を擡げる。まあ言われるまでも無くその通りだ。カリンは納得し本を閉じた。
「城内に突入する足がかりを作る為に、人間はここにも来るでしょう。何としても‥‥城門を死守しなければ」
「分ってるけどさあ。アンタ、この間の戦いで大分怪我してんじゃないの?」
 スーツ姿の青年は体の至る所に包帯を巻いていた。
 先日の戦いでも彼は本来のポテンシャルを発揮しきれていなかったように思う。彼の傷の半分程は自分がつけたのだと自覚しているだけにカリンも少々ばつが悪そうな様子だ。
「怪我をしていても‥‥カリン様をお守りするのが僕の存在理由ですから」
「ふーん‥‥。ま、いいけどね。別にアンタが死のうがこの城がなくなろーが」
 肩を竦めるカリンに青年は無言で苦笑を浮かべた。
 爆発が近づいている。直に激戦を潜り抜け、城に取り付いてくる者達が現れるだろう。
 この城を守る。門を守る――。それ以外に自分に生きる意味はないのだから。それ以外に、成すべき事等ありはしないのだから。
「ニコロ」
「はい?」
「行くよ。ついてきなさい」
 当たり前に歩き出せば、当たり前に返る声。
「――はい!」
 そこに感じる物もまた、何もありはしないのだ――。

●城門開放戦
「何とか潜入出来たか‥‥」
 KV壁に空けた穴から浸水する海水は竜宮城自体の隔壁と排水機能によって落ち着きつつあった。
 ずぶ濡れになった頭を振りながらカシェル・ミュラーは自分が帯びた任務について思い返す。
 彼が引き受けたのは城内への先行突入後、城門を開放する事である。恐らく存在するであろう城門の開放装置を見つけ出し、後続の部隊の進入路を作らねばならない。
「おーいカシェル、無事かー!?」
「デューイ先輩! はい、なんとか!」
「突入前に大分減らされちまったな‥‥。何とか門を開けない事にゃこんな博打の繰り返しか」
 濡れた髪を上げながらデューイがぼやく。ここまで戦場を掻い潜り取り付くだけでも一苦労だったのだ。このままでは拉致があかない。
「手分けして探すぞ。コントロールルームみたいなもんがどっかにあるだろ、多分」
「わ、わかりました」
「気をつけろよ、そこら中キメラだらけだ。一人にならないようにして作戦通りチームを組んで行け。んじゃ、また後でな!」
 デューイと別れたカシェルは濡れた上着を脱いで剣を手に取った。既に付近の通路ではキメラとの戦いが始まっている。
「こんな所で死ぬわけには行かないんだ。ここを乗り越えて‥‥強くならなきゃ」
 両手で剣を握り締め、少年は走り出した。竜宮城での戦いは、まだ始まったばかりだ――。

●参加者一覧

高日 菘(ga8906
20歳・♀・EP
蒼河 拓人(gb2873
16歳・♂・JG
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
御闇(gc0840
30歳・♂・GP
雨宮 ひまり(gc5274
15歳・♀・JG

●リプレイ本文

●突破
「――バハムートっ、力を貸して!」
 AU−KVに跨り並んだ橘川 海(gb4179)とナンナ・オンスロート(gb5838)が敵を蹴散らし開門班の突入ルートを確保するその作戦は大まかに言えば成功であった。
 狭い通路を並んで突っ込んで来る二人を敵は避けきれず吹き飛ばされ、その隙に開門班は無事に防衛ラインを突破した。
 しかし彼らに一つ誤算があったとすれば、それは想定した敵戦力が全て一箇所に纏まっていなかった事。つまり――。
「カリン様の所へ行かせるわけには!」
 壁に叩きつけられても直ぐに復帰し走り出すニコロ。この場に居るのはニコロとヴァルファーレのみ。必然、選択肢は狭まる。
 後ろ髪を引かれる思いの海の視線の先、蒼河 拓人(gb2873)が銃を乱射、敵の動きを制止する。続いて高日 菘(ga8906)が番天印を撃ちながら声を上げた。
「こいつらの相手はうちらの仕事! まだ先には敵がいる!」
 それはニコロの言葉からも明らかだ。海に続いて澄野・絣(gb3855)が敵陣を突破、菘に目配せする。
 立ち止まる余裕等なかった。海と絣が走り出すその視線の先、既に突破を終えた月城 紗夜(gb6417)とカシェルが走っている。
「み、みんな待って‥‥はうっ!?」
 と、振り返ると盛大に転んでいる雨宮 ひまり(gc5274)の姿が。海と絣は慌ててひまりを回収しその場を去っていく。
 追撃しようとするニコロの前にミカエルを纏ったナンナが立ち塞がると追撃は難しくなる。傭兵に挟まれニコロは悔しげに歯軋りした。
「一箇所に纏まって居なかったのは予想外だけど‥‥何であれ、やることは変わらないさ」
「仲間が開門装置に到達すればうちらの勝ち――。あの二人なら信じられる」
 拓人と菘が並んで銃を構える。ニコロは追撃を諦めたのか、戦う構えを取った。

「びしょびしょだな、可愛そうに」
 泣きそうな顔で走るひまりの前を走りながら紗夜が呟く。そんな彼らに唐突に前方より衝撃波が飛来し、海がそれを棍棒で弾いた。
「ニコロはあっさり突破されたみたいねー」
 足を止める傭兵達の正面、二対の扇を構えたカリンが立ち塞がる。海は棍棒を片手にゆっくりと前へ。
「どこかで見た顔だと思ったら、この間の‥‥」
 カリンの背後にはまだ道が続いている。開門装置があるとすれば更に奥だろう。
「加勢が必要か?」
「いえ、ここは私達が」
 紗夜の問い掛けに視線を敵から離さず絣が返す。目的は開門、そして多少の変更はあったがこれまでに予定の狂いは無い。
「とは言え、大人しく通してくれそうもないか」
 カリンは挨拶代わりと言わんばかりに衝撃波を連射してくる。全てを掻い潜るのは難しく、彼女の横を抜けるのは至難と言える。
「少し‥‥考える必要がありますか」
 通路の隅でコソコソしているひまりを横目にカシェルが呟く。こうしてそれぞれの戦いが幕を開いた。

●乱戦
「ニコル、ヴァルファーレ‥‥であってますかね?」
 御闇(gc0840)の言葉にニコロは槍を回して首を傾げた。
「強化人間ですね?」
 青年は応じない。
「幸せですか?」
 怪訝な表情が答えであった。が、そこには様々な想いが含まれている。
「敵にそんな質問をする意味はありますか、人間――!」
 低い姿勢から繰り出されるニコロの槍は強烈だ。まともにやり合えばダメージは必至。御闇は防御に専念し、何とかその場を堪えていた。
 背景ではキメラが口を開き、熱を帯びた吐息を吐く。その動作を察知し拓人は銃を構え制圧射撃を行う。
 顔の向きを背けられた竜のブレスは足元の薄い水を弾きながら拓人の脇を抜けていく。一撃を回避しつつ、彼は冷静に攻撃を継続する。
「素早さが売りらしいが、こんな狭い場所じゃな」
 身動きが取り辛いのか、キメラは剣の翼を片方だけ展開。腕を振るうがそれはナンナの盾で弾かれてしまう。
 盾の影から突き出したスノードロップの弾丸は強固な竜の鱗に着弾、傷をつけるが効果的なダメージには及ばない。
 竜は苦し紛れに再び熱閃を放つが、狭い為攻撃がニコロまで巻き込みそうになる。御闇はニコロと同じく壁際に回避。菘は拓人の前に立ち、盾で攻撃を防いでいた。
「滅茶苦茶だ」
「予想はしていましたが――乱戦ですか」
 熱を帯びた盾を下ろしながら菘がごちると、ナンナが銃を撃ちながら小さく応じた。
「向こうの連携が取れてないのは好機」
「覚悟しろ。隙を見せれば撃ち抜くぞ」
 後衛の二人が銃による援護を開始すると、ニコロは槍で御闇を弾き飛ばしヴァルファーレの傍につけた。
「頼むから僕まで焼かないでくれよ」
 竜は小さく鳴き声を上げ、波打つように鱗を上下させる。次の瞬間狭い通路全体を包み込む、強烈な閃光が傭兵達を襲った。

 一方進軍した傭兵達はカリンの攻撃と対峙していた。
 直進してくる強力な衝撃波の連打。立ち上る水飛沫を抜け、飛び出してきたのは海だった。
「黒龍、不抜っ!」
 傷を負いながらも攻撃を突破した海。彼女が棍棒を繰り出せばカリンはそれを武器で防がねばならない。
 衝撃波の嵐が止んだ隙にカシェルがひまりの手を引いて走り出す。ひまりはほぼ引きずられている状態だ。
 その場で回転するように海を弾いたカリンはカシェルとひまりを狙う。しかし後方から絣の放った矢が襲い掛かる。
「行かせないわよ? もう少し私たちに付き合いなさい」
「ち‥‥っ」
 更に紗夜が脇を通り抜け、ついでにザフィエルによる攻撃を残して行く。
「開門が終われば直ぐに戻る。任せたぞ」
 三人が走り去るとカリンは溜息を漏らし、不機嫌を隠そうともせず残った二人と対峙する。
「この間の焼き直しじゃない。ほんと、役立たずな部下」
「‥‥あなたは強い。でもそれは傲慢な強さですっ」
「驕ったのはあんたよ人間。あの二人は邪魔だからあたしが一人で居るの」
 風が渦巻く。身構える二人の前、カリンは舞うように扇を重ねる。
「本気でやると無差別だから。もう加減は出来ないわよ」
 言葉を待たず絣が矢を放つが、扇の一振りで起きた暴風が矢を悉く曲げてしまう。同時にそれは攻撃であり、狭い通路に逃げ場はない。
 ぐらついた身体を支える海へ、空中より更にカリンの扇が遅いかかる。防いだものの弾き飛ばされる彼女を支えるように受け止め絣は眉を潜めた。
 ここが開けた場所ならば別の攻め方もあっただろう。しかし地の利は敵にある。二人は明らかに不利であった――。

●理由
 閃光が通路を包み込み、一瞬の静寂‥‥。しかしそれは一発の銃声によって破られた。
 傷を負って後退したのはキメラの方であった。攻撃したのは片腕で視界を遮っていた拓人である。
 彼はキメラの動作を細かく観察。常に閃光に対応出来る姿勢を取っていた。予測し対策していれば防げない攻撃ではない。
 続き、御闇もニコロにハイキックを放つ。ニコロは閃光を防ぐ為に目を閉じており、その一瞬が隙であった。
 彼もまた対策は万全。これまで防戦一方だったが好機を逃さず攻撃に転じる。
 槍を弾き至近距離にてスコーピオンを放つ。続け、よろけたニコロへ超機械「雷遁」にて追撃を行う。
「命名、『遊技・狂輪』‥‥!」
「く‥‥この!」
 ニコロの反撃の槍が命中し、御闇もまた倒れそうになる。二人は距離を開き、肩で息をしながら視線を交わらせた。
 傷ついた御闇を援護し菘がニコロへ攻撃を開始する。菘とナンナは閃光に対策は無かったが盾で咄嗟に視界をカバーし直撃は避けたようだ。
「ナンナ、腕の付け根だ! そこが一番脆いと思う!」
 拓人はキメラの身体を満遍なく攻撃し、その答えに確信を得た。自らもそこに銃弾を叩き込むと、ナンナへと声をかける。
 盾を構えながら武器を持ち替えたナンナは迎撃の翼を防ぎ、銃撃で脆くなった箇所へモスキートを深々と突き刺した。
 剣を引き抜くと竜はか細い悲鳴を上げ、壁に倒れこむ。既に息も絶え絶えだが、まだ戦意は失っていない。
「‥‥そうだ、それでいい。僕達の仕事はここで敵を足止めする事。例え、命を落としてでも‥‥!」
「まだそんな事を‥‥。仕事じゃなくて、女の為だと言ってみろ!」
 余所見していたニコロの顔面に御闇の蹴りが減り込む。ニコロは派手に吹き飛び、薄く張った水の上にその身を投げ出した――。

「さて、それらしい所に来たものの――」
 制御室と思しき部屋の中、コンソールを前に紗夜は腕を組んで首を傾げていた。
「機械は苦手なんだが。パソコンとか、触っただけでバグる」
「えぇ!? ちょ、紗夜さんは下がっててください! がちゃがちゃ弄らないで!」
 カシェルに止められやや不満げに一歩下がる紗夜。代わりにひまりが前に出て、迷わずあるボタンを押した。
「ひまりちゃん、分るの?」
「はう〜? いえ、あったので」
 何と無くぽちっとなしてしまったひまり。三人の上に沈黙が降り注ぐ。
「早くしろ、敵が来るかもしれん」
「ちょ、ちょっと待ってくださ‥‥」
「えいっ」
「ひまりちゃん勝手に押しちゃ駄目でしょ!?」
 カシェルが泣きそうな声で叫んだ直後、何処かで何かが動き出すような振動が伝わってくる。
 モニターに『開門』と言う文字が浮かび上がると、再び妙な沈黙が場を支配した。
「はう〜、開きました」
「みたいだね‥‥って、わあ!?」
 カシェルの横、装置へと深々と突き刺さる紗夜の刀。沈黙する装置を前に紗夜は刃を収め一言。
「開けっぱなしなら、無問題」
 確かにこれで閉じる事は難しくなったかもしれない。しかし何と無く腑に落ちないカシェルであった。
「さて、残した二人が心配だ。任務は完了、引き返すぞ」
 紗夜の声で引き返し始めた三人が向かう先、カリンと対峙する二人は――。
「――ったく、いい加減諦めたら!?」
 疲労した様子のカリンの前、海は絣に支えられながら傷だらけで立っていた。
 絣も無傷と言う訳には行かない。二人とも果敢に敵に攻撃を繰り返すが、劣勢はどうにも覆らないのだ。
「お生憎様。このくらいで私達を倒せると思わない事ね‥‥」
「絣さん、もう一度‥‥もう一度、やってみるっ」
「だから、近づけないって言ってるでしょ! 何度やっても吹き飛ばすだけよ!」
 カリンの言う通りだ。この狭い通路、正面から繰り出される広範囲の烈風をかわす手段はない。
 再び攻撃を仕掛けるも押し返される二人の身体を風が切り刻んでいく。しかし二人とも諦める気配は無い。
「‥‥頭おかしいんじゃないの」
 冷や汗を流し後退したのは理解が及ばなかったから。
 海は絣に支えられながら棍棒を構え、告げる。
「一人ではないから諦めずに居られる‥‥。あなただって本当は分っているはずっ」
「わかるか、バカッ!」
 攻撃を繰り出そうと扇を振り上げたその時、後方より攻撃があった。
 ひまりが放った弾丸に続きカシェルが駆け寄り剣を叩き込む。ダメージは見込めないが、攻撃を中断するには十分だ。
「門は開いた。待たせたな‥‥歩けるか?」
 傷ついた二人に駆け寄り紗夜が問いかけると二人とも頷いてみせる。
「はう〜、全然効いてないです‥‥」
 カシェルとひまりも合流するが、カリンに動きはない。突然武器を収め、肩を竦めて言った。
「門が開いたらあたしの負けじゃん。見事に足止めされたってワケね」
「‥‥負けを認めると?」
「守る物も無いのに戦ってもしょうがないし。もう勝手にすればって感じ」
 絣の問い掛けにあっさりそう答えるカリン。背中に目掛け、海が声を投げかける。
「あなたの部下がまだ戦っているんですよっ!?」
 しかしカリンは足を止めない。そのまま女は何処かへと姿を消し、彼らの戦いは終結した。

●涙
「まだ‥‥まだ、終わってない」
 決着はついていた。彼の敗北は明らかだ。
 しかし傷だらけでニコロは槍を手に立ち上がった。最早動かぬキメラを見やり、血を吐いて歩き出す。
 既に撤退の準備を始めていた傭兵達の中、ナンナがニコロへと銃を向けた。ニコロはまだ諦めていない。止めは誰かが刺さねばならない。しかし――。
「‥‥どういうつもりですか?」
 ナンナの問いはニコロではなく、彼女へ銃口を向けた御闇への物だった。流石に撤退し始めていた残りの傭兵も足を止める。
「殺す必要はないはずです‥‥」
「必要はあります。現に今、背を向けている貴方が狙われている」
 御闇が振り返った瞬間、ナンナは彼の手から銃を奪った。今度は御闇に銃を向け、状況は一変する。
「‥‥人の感情を利用して、踏みにじることに躊躇なんかしませんよ」
「く‥‥っ! もう立つな! 勝てないと分ったはずだ!」
 振り返りニコロに叫ぶ御闇。同時にニコロは御闇へと持たれかかり槍を落としていた。
 万全ならばまだしも彼は前回の戦いで負傷していた。限界と呼べる物はとっくに超えていたのだ。
 黒いスーツから絞れた鮮血を眼に御闇もそれを悟る。ニコロは笑みを作り、言った。
「女の為‥‥成程、確かにそうかもしれません。効きましたよ‥‥貴方の言葉」
 御闇はその手を血で染めつつニコロを抱き留める。
「貴方は矛盾している‥‥。僕は人間の敵‥‥多くの人を殺した僕を、救える筈も無い――!」
 ニコロは御闇を突き飛ばすと、落ちていた御闇の銃を拾ってナンナへと向けた。止める声の余地等無く、ナンナの弾丸がニコロを穿った。
 壁に叩きつけられそれきり動かなかった。ナンナは銃を下ろし、敵の死体に背を向ける。
 呆然とした様子でその場に膝を着いた御闇。ナンナはその場をゆっくりと去りながら言った。
「相応の努力もしないで人を救おうなんて、おこがましいにも程があります。理想を語るのなら――強くなりなさい」
 先へ進み、門を開いた傭兵達が戻ってくる。水を蹴るその足音を聞きながら御闇は額に手を当てた。

 合流した傭兵達は撤退し、その場を後にする。彼らが居なくなった頃、一つ水を蹴る足音があった。
 現れたのはチャイナドレスの女だ。もう二度と動かない無能な部下を見下ろし、カリンは目を瞑る。
 思い浮かべたのか対峙した傭兵の一人が言った言葉だ。仲間の為に必死で戦うその姿は理解の外にあった。
 だが今目の前に同じ理由で戦い、倒れた者がいる。腰を落とし、女は青年の頬を撫でた。
「――何笑って死んでんだか。ばかニコロ」
 どこからか流入する海水は徐々にこの水路を埋め尽くすだろう。
 開門により人間の部隊が次々と雪崩れ込んでくれば状況は一気に悪化する。
 女は水浸しになったみすぼらしい青年を見つめ続けた。言葉も無く。何も無く。

 ただ静かに流れる水音だけが、無機質な世界の全てだった――。