●オープニング本文
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単刀直入に言うと、イリス・カレーニイはご機嫌であった。
再試験の結果は概ね好調であり、ジンクスが正式採用されるのは時間の問題となった。
様々な面においてハイレベルな性能を持つジンクス、特にEBシリーズを作ったイリスの評価は高く、彼方此方から褒められて舞い上がっていたのである。
そんなわけでイリスがいつになくニコニコしていたり、椅子の上に正座してクルクル回っていたりするのは仕方がない事なのかもしれない。
「ようやくここまで来たんですね‥‥! ジンクスが沢山の人の役に立つ時が!」
ペットのうさぎを抱いてイリスは回転した後バランスを崩して椅子ごと倒れこんだ。アヤメが研究室に居たら怒られていた所である。
舞い上がるイリスの様子を研究員達は見て見ぬフリをしていた。それは彼らなりにイリスを気遣った結果である。
少女は倒れたまま天井を見上げていた。何と無く、喜びは何処かへ消えてしまったようだった。
「‥‥ジンクスが採用されて‥‥それで‥‥これからどうなるんだろう?」
全てがここで終わるわけではない。これからもバージョンアップは必要だし、追加実装していくべき要素は山ほどある。
だが一つ、確かに何かに到達してそこに立って見た今、少女は言葉にならない不安を抱いていた。
それを振り払うように立ち上がり椅子の上に座り直す。目を回してぐったりしたうさぎを籠に戻し、再び作業に没頭するのであった。
●君思フ声
「アンサー、貴女はこれからどうしたいですか?」
人気のない時間を見計らってイリスは仮想空間に立っていた。
崩れかけた街の中、アンサーはウサギ型のキメラを格闘訓練を行っている。
キメラを勝手に出現させ、勝手に躯体を動かして特訓する権限を与えてみた所、アンサーは暇さえあれば只管自分を鍛えるようになった。
仕事中もその様子を何と無く眺めていたイリスだったが、アンサーを見て確信する。やはり彼女は少しずつ変わりつつあるのだと。
飛躍的に成長する戦闘思考もそうだが、それ以外の部分も成長しているように思う‥‥それは所謂『親バカ』なのだろうか。
キメラを蹴り飛ばしノックアウトさせ、アンサーはイリスへと振り返る。アンサーを見上げ、イリスは小さく微笑んだ。
「ジンクスの成功には、少なからず貴女の力があった。これからは私、もっと貴女の事に集中出来るかな」
アンサーは当然答えない。しかしイリスを見下ろし、ただ無垢な瞳で見つめ続ける。それだけでイリスは満足だった。
「そろそろ喋らせてあげたいし、見た目ももう少しかっちょよくしたいです。無駄な所はこれまで手をかけられなかったから‥‥」
アンサーの頬を撫でるイリス。その手を取り、アンサーはそっと優しく握り締めた。
「少しだけ待っててね。直ぐに喋れるようにしてあげるから」
話を理解してか、アンサーは無表情なまま小さく頷いた。こうしてアンサーの開発も新しい段階へ進んでいくのであった。
●リプレイ本文
●新型EBA
「‥‥というわけで、皆さんの案を元に突貫作業で三種類の新型を完成させました」
ジンクス仮想空間内部。いつもの廃墟に並ぶ傭兵達の姿があった。
彼らの視線の先には廃墟には似合わないフィッティングルームが構え、隣に立つイリスは物凄く眠そうである。
「ではまずお披露目前に、それぞれのモチーフと性能の解説を‥‥」
全ての始まりは数日前。イリスが傭兵達を会社に呼び込み、アンサーのデザインを行った時にまで遡る――。
普段傭兵達が足を踏み入れる事のない多目的会議室の中、彼らはぐるりと机を囲んでいた。専ら会議の内容はアンサーのデザインについてである。
「とりあえず参考になるかと思って色々持って来ましたよ」
と、キャリーケース一杯の衣類を取り出す望月 美汐(
gb6693)。同じくレベッカ・マーエン(
gb4204)もコスチュームを持参している。
「ベースは現状のままで良いと思うぞ。変化が欲しいなら髪型のデータを増やすというのはどうだ?」
「ああ、身体的な特徴はデフォルトのままで良いだろ。問題はデザインだ。わざわざ考えてきてやったんだ、感謝しろよな」
書類を軽く片手で振りながら頬杖をつきニコラス・福山(
gc4423)が言う。
大体の傭兵がデザインにノリノリな中、微妙な表情なのは牧野・和輝(
gc4042)だ。一応依頼なので考えてはいるのだが‥‥。
「そういえば声はどうする。女の声ならそれで良い気もするが‥‥誰か、男も試しに声を吹き込んでみるか?」
和輝の提案に何とも言えない空気になる一同。資料を眺めながら和泉 恭也(
gc3978)は苦笑する。
「イリスさんがボイスを担当するのではないのですか?」
「わ、私はちょっと‥‥いずれ公になるかと思うと」
「自分はそのほうが嬉しいのですけど。だってそのほうがイリスさんが出した答えだと皆に知ってもらえるじゃないですか」
恭也の笑顔に唸るイリス。そこにヘイル(
gc4085)が皆に飲み物を配りながら声をかける。
「何にせよ、アンサーが気に入ってくれるといいな」
それは一同の総意でもある。デザインに趣味は入れど気持ちは一つ、傭兵達は真面目にアンサーの事を考えている。
「こちらとかどうでしょう? イリスさん、是非試しに着てみませんか?」
満面の笑みでフリルワンピースを手に迫る美汐。イリスは目を逸らし、首を横に振る。
「わ、私はボイス収録の準備があるので」
「声、私のでもいいよ?」
挙手したのは橘川 海(
gb4179)だ。続け、笑顔でイリスに語りかける。
「折角だからイリスさんの喋りの癖を反映したいね。堅苦しくて、他人行儀で、でもイリスちゃんの容姿だからすっごくかわいいよねっ!」
瞳を輝かせる海。しばしの間の後、彼女は慌てて両手を振る。
「わ、イリスちゃんって呼んじゃった! ごごごめんね、イリスさんっ?」
「別にイリスちゃんでも問題ありませんよ、橘川 海」
小さく微笑むイリスに海はほっとした様子。やや混乱した場を纏めるのは皆のお兄さん、神撫(
gb0167)だ。
「ボイスはイリスベースで、パターンとしてここにいる女性陣にも吹き込んでもらったらどうだろうか?」
「では折角ですのでチャレンジしてみましょうか。レベッカさんも一緒に――」
「あたしは昆虫ベースの装甲強化型。基本は拠点防衛仕様だな。パージ可能な曲面重装甲、タクティカルヘッドは甲虫の角の意匠を配置!」
中略。
「アーマーパージ後用にブレードトンファーを仕込んだマンティスガントレットと言った武装が面白そうだ。可能ならば大型散弾銃ビーハイブクレイモアガンとかで射撃武器ももたせるのもアリか!」
ハイテンションで資料を両手にイキイキしているレベッカ。女性陣は無言で彼女を残し、別室へと移動して行くのであった。
●気持ちを込めて
別室でイリス、海、美汐の三名がボイスの収録を行っている頃、会議室ではデザインのまとめが行われていた。
「強化人間並みの身体能力を生かすなら強襲仕様が一番怖いかな。あとは大火力砲撃とか‥‥似た案が他にもあったな」
「美汐ちゃんのじゃないか? 私も強襲仕様は賛成だが、尻尾とジャパニーズブレードは必須だな。夢が広がる」
神撫と打ち合わせを続けるニコラス。主に追加武装を考えてきた恭也とヘイルも順調に話を進める。
「近接型の非物理武装がなかったようなので其れっぽいものを一つ」
「アンサーがどんな服を着てみたいのかも興味があるな」
「そうですね。それが彼女の個性、意思の証明にもなります。アンサーも女の子ですから。こういった衣装は必要だと思うんですよ」
恭也の言う衣装は明らかに戦闘向けではないが、傭兵達はそういった私服についても考えてきていたようだ。
「戦闘以外ではスーツとか凛とした服装が似合うのかな? 身長もそこそこあるし‥‥。牧野さんはどう思う?」
と、それまでずっと難しい顔をして黙っていた和輝に問う神撫。和輝は暫し考えた後口を開いた。
「――皆目見当もつかん。動き易い物なら、パイロットスーツでも良い気がするが」
一瞬の間。周囲の反応に和輝は引き攣った笑みを共に首を擡げる。
「‥‥マニアックか?」
「安心しろ、大体皆マニアックだ」
ぽんと肩を叩くニコラス。一方レベッカはというと――。
「むう‥‥パイレーツか、良いな。ボディスーツを黒ベースに、海賊風の意匠のアーマーやオーバースーツ、スカート状のパーツも欲しいな。カットラスや短銃がメイン武装になるから狭い場所や乱戦に向いた感じになるか‥‥」
「‥‥盛り上がってますね」
「レベッカちゃんの科学者の血が騒いでるのさ」
苦笑する恭也にニコラスがシニカルに笑う。和やかな様子に笑いながらヘイルは収録の様子に思いを馳せる。
「さて、向こうはどうなっているかな‥‥」
「システムオールグリーン。戦闘行動を開始します‥‥こんな感じでよろしいです?」
ヘッドフォンに手を当てマイクの前で美汐が振り返る。背後ではイリスがOKサインを出していた。
別室で収録を行っていた三人。幾つかのセリフパターンの他、アルファベットで音を取り、ベースとなるボイスを調整していく。
「うわぁ‥‥なんか変な感じ」
「三人の声を混ぜてますから、全員に似ているようで似ていない声になりつつありますね」
何とも言えない声に自分の面影を見て海が照れくさそうに笑う。こちらの作業は単純なので、進行は概ね順調である。
こうして作業は進み、傭兵達は一旦休憩を取る事になった。流石に時間も手間も掛かる。
「コーヒーは豆を挽く時と淹れる時、二度香りを楽しめるのが良いですね」
会議室で合流した一同。チョコとコーヒーを配る美汐からそれらを受け取り、神撫が思い出したように言う。
「そうそう、イリスもおしゃれしてみたら? 髪も綺麗に結って、可愛い服着たらよく似合うと思うんだけどな」
「ですよね! 是非私が持ってきた衣装で着せ替えを‥‥!」
「わわっ! 望月さん、コーヒーコーヒー!」
零れそうになるコーヒーに慌てる海と美汐。ヘイルは笑いながらイリスにクッションを差し出す。
「前回出られなかったお詫びと言ってはなんだが。座ってばかりだろうし、使ってくれ」
「気にする事ではありませんが‥‥ありがとうございます。実は私、クッション集めてるんです」
幾つかのクッションでサンドイッチになってご満悦なイリス。謎の情景である。
「ああ、イリス‥‥お前にこいつを渡しておく」
和輝が手渡したメモには細かく何かが記されていた。一見するとレシピのようだが‥‥。
「‥‥何か私に危険なものを作らせる気ですか?」
「違う。そろそろ真面に吸いたいんだ、煙草」
「お、それはいいな。是非とも頼むよ」
笑うニコラスだが、イリスは『冷静に考えたら法律的に大丈夫なのでしょうか』とか真顔で返していた。
結局それらしい味を再現するように努力する、という話で落ち着いたらしい。
「さあ、休憩は終了だ! 最後の詰めにかかるぞ!」
元気なレベッカの声で休憩が終わり、作業が再開される。結局作業は遅くまで続き、そこで一旦傭兵達はお開きとなった。
●目覚め
数日後、再び集まった傭兵達は仮想空間内でアンサーのお披露目を目撃していた。
「まず一つ目。汎用型装備、『エリシオン』」
カーテンの向こうから現れたのは白銀の装甲を纏ったアンサーだ。デザインはこれまでの物を踏襲し、騎士をモチーフとしている。
「主武装は放電槍や弓、剣や盾等‥‥基本的に様々な戦況に対応しています」
槍を取り出し軽く振るい、放電。その後大弓に持ち替え、空に光を放つ。青白く光るポニーテールを揺らし、アンサーは回転。
「次に重火力型装備、『ヘラクレス』」
光が点滅し、赤い装甲へと変化していく。重量感のある全身鎧は甲虫をモチーフとした丸みを帯びたデザインだ。
「動きを犠牲に頑丈さと安定した重火器の運用に特化します。主武装は汎用砲と付随式パイルバンカー」
取り出したのはアンサーの全長にも等しい巨大な砲だ。腰を落として発射された砲弾は彼方のビルを砕き、杭を空に打ち、薬莢を排出する。
「最後に隠密型装備、『キュレネ』」
装甲がパージされ、ボディスーツの上に最低限の鎧だけが残り紫に変色する。腕に光のリングが輝き、黒いマントを纏う。
「潜入工作、白兵戦に特化。小太刀や腕部に装備したブレードが主武装です。尾の様な部位は複雑な動きを補助するスタビライザーですね」
鈍く半透明になるマントで身を隠し、気付けば宙を舞うアンサー。尾を地に刺し傭兵達の前に着地すると左右の手で小刀を回し、鞘に収めた。
「そしてアンサーが選んだ私服はこちらです」
傭兵達の前で変わった衣装、それは黒いスーツであった。黒いリボンで髪を結わい、アンサーは口を開く。
「――お早うございます。独立型戦闘ユニット、アンサーです。『ジンクス』の操作説明を行いますか?」
無表情に喋ったアンサー。遅れ、傭兵達が歓声を上げた。
「喋ったな‥‥」
「ああ、喋った」
「こんにちは、アンサー。どんな感じですか?」
頷きあう和輝とヘイル。我慢しきれず飛びついた美汐だが、アンサーは何も答えない。
「あ、決まった台詞以外はまだ多分難しいかと‥‥」
「そうですか‥‥。でも、自分達の声だと思うと不思議な感じですね」
苦笑するイリスの傍ら、アンサーを抱いて美汐は笑う。それはきっと誰もが思う事だろう。
あのアンサーがどうあれ喋っているのだ。それはこの計画が一つの山を越えた事を意味している。
「ジンクスもほぼ採用決定。で、アンサーもデザインとかボイスとか現実味を帯びてきた。いい感じじゃないか」
腕を組み頷く神撫。無表情に撫で回されるアンサーへ、レベッカは手を差し伸べる。
「レベッカ・マーエンだ。改めてよろしくな、アンサー」
「‥‥レベッカ・マーエン。よろしく、こちらこそ」
手を取り、握手を交わすアンサー。これまでの経験で力加減もばっちりだ。
「其れが貴方が選んだ衣装ですか。機能的だからとかそういう理由でも良いんです。貴方が其れをを選んだという事実は確かにある。それが『貴方自身』の存在の証明なのだと思いますよ」
恭也の言葉にアンサーは首を傾げる。彼女はまだ自分の心を言葉にする術を知らない。だがきっと、そこに意思はある‥‥恭也はそう感じていた。
「色々な言葉と歌を覚えるといい。好きな歌があったらその内一緒に歌おうか」
ヘイルがそう語りかけた時だ。アンサーはまるで思い出したかのように口を開き、声を発した。
それはただの音ではなく、揺れながらも確かなメロディラインを刻んでいる‥‥つまり、歌であった。
「‥‥驚いたな。いつの間に覚えたんだ?」
驚く傭兵達だが、一番驚いたのはイリスである。何故ならばそれは‥‥。
「昔姉さんが良く歌っていた‥‥」
「お姉さんが?」
「アンサーと二人の時、良く私が歌っていたので。覚えてしまったんでしょうね」
遠巻きにアンサーを見つめるイリスの隣、海は背後で手を組み、窺うように声をかける。
「お姉さんやお家の事、少し訊いてもいいかな?」
何とも言えない表情を浮かべるイリス。海は慌てて両手を振る。
「‥‥あ、聞いちゃいけないことだったかな?」
「いえ。ただ、姉さんの事は私も‥‥何も知らないんです」
イリスは姉の事を何も知らなかった。
何故カレーニイの家に来たのか。何故家を飛び出したのか。
昔は優しかったのに、何故急に自分に冷たくなったのか‥‥。
「私の両親は、姉さんに構うなの一点張りです。でも私は、姉さんとやり直したい。もう一度、昔みたいに‥‥」
アンサーは既に歌うのを止め、傭兵達に拙く受け答えしている。寂しげな横顔に海はイリスの頭をそっと撫でた。
「よし、言語選択実験も兼ねてしりとりでもするか。どれくらい話せるのか楽しみだ」
「口調やら話し方なんてのは、他人を真似すりゃ直ぐに出来るようになるだろ。真似したい奴とかいないのかね?」
しりとりのルールを説明するレベッカ。横からそれを見ていた和輝はその様子に思わず笑う。
「理解しました、レベッカ・マーエン。後はわかります」
呆然とするイリスの隣、海は明るく笑う。
「子は黙ってても、親に似るものなんですよっ!」
「‥‥その、ようですね」
イリスが呆れた様子で苦笑すると笑いが広がっていく。しりとりをするアンサーへ近寄り、美汐はポンと手を叩き一言。
「折角ですから、他の衣装にも着替えましょうよ♪」
こうしてアンサーは様々な衣装に着替えたり、しりとりをしたり、歌を教わってみたり。覚えたてで拙く、狭い言葉で傭兵達と触れ合っていく。
「人は皆変わってしまう。でも、変わらない思いがあればきっとやり直せる。何度でも‥‥。自分はそう信じます」
賑やかな様子を眺め、恭也が呟く。途切れた姉妹の絆も、誰かの願いも、変わっていくこの世界の中できっと‥‥。彼はそう、祈るように信じ続けるのであった。
「――アンサー、か。君はいつもそうだ。ボクの気持ちなんて知らず、あっという間に追い抜いていく」
研究室の通路、壁を背にアヤメはヘッドフォンを下ろし首にかける。流れるメロディは古く懐かしく、そして苦い想い出を孕んでいる。
「覚えているかい、イリス。それは君の力じゃないんだ。それはボクの‥‥ボクの、父さんの物だ。だから、ボクは――」
どうする? 自問自答してみる。答えは出ないが、やる事は決まっていた。その為にここに、彼女の前に再び姿を現したのだから――。