●オープニング本文
前回のリプレイを見る●再始動
「――というわけで、再びこの研究室に戻る事になったイリス・カレーニイだ。説明は要らないと思うが、宜しく頼む」
室長であるアヤメがイリスの背中をポンと叩きながら言うと、研究室にはどよめきが広がった。
当然である。イリスがこれまでしていた事を考えれば、はいそうですかと頷ける筈もない。しかしイリスは前に出て告げる。
「これまで私がしてきた事を思えば、軽々しくまたお願いしますとは言えません。皆さんが許せないのも分ります。それでも‥‥お願いします」
深々と頭を下げるイリス。少女は顔を上げ、真っ直ぐな瞳で研究員一人一人を眺める。
「ジンクスは素晴らしいシステムです。それは私の独力で作り上げた物ではなく、この場の誰か一人でも賭けていたら成立しなかった奇跡だと思っています。これまでもずっと、皆さんは私を影ながら支えてくれましたね」
優しく微笑み、少女は思い返す。我侭に。無茶に。いつだって彼らは文句一つ言わずに付き合ってくれた。だから今度は自分が返さねばならない。
「これからジンクスを一回り成長させる為には皆さんの協力が必要不可欠です。直ぐに信じられないと言うのなら、見ていて下さい。皆さんに指示手もらえるよう、私はどんな努力だって惜しまない!」
顔を見合わせる研究員達。彼らはイリスがここにやってきた時からずっと、その姿を見てきた。だからこそ思う。この少女は変わったのだと。
自分勝手で我侭で、コミュニケーション力ゼロでろくに話もした事はなかった。でも同じ部屋で、同じ目標を目指し、共に歩んできた仲間だ。
「‥‥まあ、反省してるならいいんじゃないかしら?」
一人がそんな事を呟くと、口々に研究員達は同意する。元々この少女が憎いとか嫌いだとか、そういう事ではないのだ。
その才能に、ひたむきさに嫉妬や眩しさを覚えはせよ、その努力と純粋さを誰よりも知る彼らだからこそ‥‥悔しかったのだ。これまでずっと一緒に歩んできたのに、頼ってもらえなかった事が。
「イリスちゃんが一人でなんでもやるっていうなら、俺らも手は貸せないけどさ」
「一緒に頑張ろうって言ってくれるなら、僕達もそれは望むところですから」
最終的に満場一致でイリスを受け入れる事があっさりと決まった。話してしまえば実に単純な事だったのだ。
「みんな‥‥ありがとうございます! これからも迷惑をかけると思いますが‥‥」
「いつもの事よね?」
「そうだな、うん」
どっと笑いが起き、その中心でイリスは顔を赤くしていた。腕を組んでその様子を眺めていたアヤメは頷き、イリスの頭を撫でる。
「話が纏まった所で、良いお知らせだ。ジンクス研究に追加予算が組まれ、会社は本格的にこれを目玉に売り出していく事になったらしい。同時にLH支社から本社に研究室も引越しだ」
「本社に‥‥ですか?」
「その方が研究も捗るし、アンサーを使った新しい表現も出来る様になる。異動の準備はこっちで進めておくから、イリスには今後の為にやっておいて欲しい事があるんだ。頼めるかい?」
「それは構いませんけど‥‥私も荷物纏めたり、お手伝いした方が良いのでは?」
呟くイリス。一呼吸置き、研究室全体に笑いが巻き起こる。
「イリスちゃん、コンピューターですら運べないんじゃない?」
「片付けなんてどうせ出来ないんだから、無理しない方がいいですよ」
口々にそんな事を口にする研究員達。結局イリスは片付けに参加せず、アンサーの調子をみる事になった。
「これも適材適所だ。これから指示する事を予定日までに完璧に仕上げておけ。それが君の仕事だ‥‥というわけではいこれ」
書類の束をアヤメから受け取り、イリスは苦笑を浮かべる。こうしてLH支店での最後の仕事が始まるのであった。
●貸切ビーチ
――熱い日差し。白い砂浜、青い海‥‥。
仮想空間内に再現されたビーチにてパラソルの影で仮想インターフェースをいじるイリスの姿があった。
彼女の視線の先、水着姿になったアンサーが無表情に次々と大胆なポーズを取り、イリスは淡々とスクリーンショットを撮影している。
「アンサー、もうちょっと表情何とかならないんですか?」
胸元を強調しつつ小首を傾げるアンサー。イリスは今、ジンクスの宣伝に使用する為の写真を撮影している真っ最中である。
本社に異動した後、アンサーの存在は大々的に告知される事になる。アンサーはジンクスという仮想の世界にて時には敵に、時には教官として戦士を育てる存在となるのだ。
ついでに本社で開発中であった3Dホログラフィック技術を流用し、立体映像のアンサーを受付嬢とかにしようとか、そんな話があったりなかったりする。
「‥‥しかし水着のスクリーンショットを撮影するのが私のしたかった事なのでしょうか」
額の汗を拭い溜息を漏らすイリス。これも室長の指示なので仕方ないのだが‥‥。
「どちらにせよ、戦闘補助AIとしてはかなりの完成度になったと思うのですが‥‥どうにも人間味というものが‥‥」
アンサーの情操教育は更なる進展を目指す上で避けては通れない事だ。これまで独力故に手が回らなかったそういう一見無駄な部分にも今は力を入れる事が出来る。
「アンサー、笑ってみてください」
命令通りアンサーは無表情のまま、口の端を持ち上げてみせる。ちょっとバカにされた気がした。
「本社に異動になる前に貴女にはもうちょっと女の子らしくなってもらわねばなりませんね」
と、スクリーンショットボタンを押すと同時にポージングを決めるアンサー。ぼんやりしているが隙がない。
「まあ丁度良いと思って、皆さんへの恩返しも含め‥‥たまにはジンクスの中で思い切り遊んでみましょうか」
と、スクリーンショットボタンへ。アンサーは官能的なポーズを取ったまま、恐らくよくわからないまま頷くのであった。
●リプレイ本文
●びーち
白い砂浜、青い海。晴れやかな日差しの下、そこは正にビーチとしか言いようが無い‥‥のだが。
「はぁ‥‥」
と、行き成り憂鬱げに溜息を吐く望月 美汐(
gb6693)。ついにこの日が来てしまったか、という感じである。
体のラインが浮き彫りになるウェットスーツは、しかし彼女の魅力を伝え切れているのかと言うと微妙な所である。
「望月 美汐、どうかしましたか?」
「い、いえいえ。それより復帰決定おめでとうございます、イリスさん♪」
イリスの頭を撫でる美汐。続けてアンサーに向かう彼女の横顔をイリスは首を擡げて見つめていた。
「久しぶりだな。その様子だと研究室とも上手くいっていそうだな。俺からも改めて宜しく、と言わせて貰おう」
イリスに歩み寄り挨拶するヘイル(
gc4085)。続け、彼の視線は隅の方で溜息を吐いているアヤメに向けられた。
「今日はお招き頂き感謝するよ」
「ボクが呼んだわけじゃないんだけどな‥‥」
恨めしげなアヤメの隣には笑顔の和泉 恭也(
gc3978)が立って居る。
元々この場に居合わせる予定は無かったアヤメだが、恭也に丸め込まれてここに立って居るのだ。
「全く、何が責任者だ‥‥イリスはボクが居なくても勝手にやってただろ」
往生際悪くぶつぶつ言っているアヤメ。恭也はその顔を覗き込み、問いかける。
「もしかして接し方が分からないとかでは‥‥」
腕を組み沈黙するアヤメ。その頬を一筋の汗が流れた。
「ま、細かいことは気にせず楽しみましょう」
「何だその目は。ボクは何も言っていないぞ」
恭也に食って掛かるアヤメ。一方ぼんやりと立っていたアンサーに近づく銀・鏡夜(
gb9573)の姿があった。
「鏡夜は銀・鏡夜、宜しくです」
胸に縫い付けられた『きょうや』の文字――。何故か白いスクール水着姿で現れた鏡夜は無表情に挨拶する。
「アンサーです。宜しく」
見詰め合う二人。それ以上会話は成立せず、只管に沈黙と共に見つめ合うのみだ。
「むーっ。イリスちゃん、ちょっとこっちに来てくださいっ」
そんな二人の間にひょっこり顔を出すむくれっ面の橘川 海(
gb4179)。イリスはとことこ歩いてくる。
「水着に笑顔なんて男の人に媚びてどうするんですかっ」
「え?」
「いいからそこに座ってくださいっ」
言われるがまま正座するイリスとアンサー。何故か鏡夜もそれに続く。
「例えば、イリスちゃんにとってお姉さんはどういう人ですかっ?」
「え? 姉さんはかっこよくて美人で天才で‥‥」
「あとはわかりますねっ?」
「え?」
顔を見合わせる三人。一応頑張って考えてるようだが‥‥。
「アンサーちゃんの目指す処も、人の目標になれる存在! 能力者にとっての『イリスちゃんの描くようなお姉さん』ですっ!」
「そうですね」
「だから、男の人に媚びてどうするんですかって事ですよっ」
両手を振りながら語り、イリスに人差し指を突きつける海。イリスは隣に座るアンサーに抱きつきながら言った。
「でも、アンサーかわいいから‥‥」
海の表情は険しい。
「アンサー、いい子だから‥‥」
「媚びるも何も、水着とは基本的にこう言うものではないのですか?」
「えっと、多分あなたはあなたで何かが違ってるんですよっ?」
正座する鏡夜の言葉に戸惑う海。イリスはアンサーの膝の上に乗り、頭を撫で撫でされていた。
そんな景色を遠巻きに眺め、黙々とパラソルを設置する神撫(
gb0167)。汗を拭って一息つく。
「白衣が無いと落ち着かないのダー」
「私はいつでもバカンスのつもりだからな」
神撫が設置したパラソルの下、水着の上に白衣という姿のレベッカ・マーエン(
gb4204)が。ニコラス・福山(
gc4423)はビーチチェアーにてプリンを片手にふんぞり返っている
ふと空を見上げる神撫。本物さながらの焼けるような日差しがさんさんと降り注いでいる。
「みんな若くていいなぁ‥‥」
ぼそりと呟くみんなのお兄さん。最早引率でついてきた先生のような気分であった。
●ばかんす
「はーはっはーっ!」
水上に響き渡る笑い声。白衣をはためかせ、水上バイクに乗ったレベッカが飛沫を上げて華麗に飛び回っている。
「あっちは元気そうだな。それに比べて‥‥」
パラソルの影からちらりとイリスを見やるニコラス。イリスは神撫と美汐に付き添われながら死にそうな顔で浮いていた。
折角なのでイリスの水泳教室を始めた二人。物凄い勢いで嫌がるイリスだったが、その理由が今なら良く分る。
「ぶぱぁ! ぷなっぷ!」
「大丈夫ですよ、人の体は浮く様に出来てますから♪」
しかしイリスはパニック状態で暴れている。体力も無いので直ぐにグッタリして、神撫に背負われてパラソルの下へ。
「無理無理無理です絶対無理です私はポンコツなんです‥‥」
「う、うーん。予想通りすぐバテたね」
無様にパラソル下に転がり死にそうな顔で泣いているイリス。神撫と美汐は顔を見合わせ苦笑する。
「おお、これは楽しいのダー」
水面をぎゅんぎゅん回転しながら行ったり来たりするレベッカバイク。イリスはそれを見て更にへこみ、ぷるぷる震えている。
「おい、あそこにも溺れてるのと、それから水面を水平移動してるのがいるぞ」
ニコラスの指差す先、水上に立ったまま無挙動で高速移動しているアンサーと水中に沈んでいく鏡夜の姿が。
慌てて飛び込み鏡夜を救助する神撫。水平移動していたアンサーも美汐に捕まったらしい。
「アンサー、プログラムに無いからってズルしちゃ駄目です。ハイ、物理演算スタート!」
ちょっとめんどくさそうな顔をするアンサー。そこへ引き返してきたレベッカが転がるイリスに声をかける。
「‥‥大丈夫か?」
微動だにしないイリス。
「科学者は体力勝負の面もあるからな。ウォーキングとか簡単な事から始めたらどうだ?」
今度は小さく頷くのであった。
「アヤメさんも協力してくれないかな、水泳教室」
スク水と水上移動が並んで美汐に泳ぎを教わる中、神撫はアヤメに声をかける。
「何故ボクが」
「うまく教えれば、アンサーも心をひらいてくれるかも‥‥ね?」
そっぽを向くアヤメ。そういえば彼女は一度も海に入っていない。
「一応確認なんだけど、アヤメさん‥‥泳げるよね?」
「泳げるに決まってるだろ!」
唐突に叫ぶアヤメ。その後、何も言わずにどこかへ走り去っていくのであった。
「どれ、ここは一つ私の知的趣味を披露するとしようか」
イリスとレベッカの隣でチェアーに座ったままバイオリンを取り出すニコラス。
「私の腕もまだまだなまっちゃいないな」
演奏しているとイリスが復活し、少し落ち着いた様子になる。それに微笑むニコラスだが、良く見るとイリスはアンサーを見ながら撮影ボタンを連打していた。
「あぁ‥‥こりゃ医者が黙って首を横に振る程度の重症だな」
シニカルに笑い、肩を竦めてプリンを一口。そのお味はマイスターのお気に召すレベルではなかったのか、ニコラスは渋い表情を浮かべるのであった。
「で、君は何を?」
「見ての通り料理だが。良ければ一緒にどうだ?」
逃れた先でアヤメは鉄板の前に立つヘイルに遭遇した。鉄板を挟んで対峙する二人。聞こえてきたのはヘイルの鼻歌だった。
「気に入ったのか?」
「ああ、悪くない歌だ」
それはアヤメがイリスに教えた歌、『虹の女神』である。アヤメは暫し考え込み、無言でヘイルと肩を並べる。
「上手く出来ないな」
「これでも料理は得意でな。こういった麺類や炒め物等は夜食にも出来る。戻ったら作ってみると良い」
イリスには内緒にしておいてやると囁くヘイル。アヤメは不機嫌そうにヘラを動かすのであった。
「完璧な姉、というのも大変だな。やはり俺には貴女達は羨ましいよ」
「嫌味かい? ボクが完璧でないのは知ってるだろう」
「そうだな。だが、筋はいい」
綺麗に焼けた焼きそば。ヘイルはアヤメの肩を軽く叩くのであった。
●ひかり
水泳教室も一段落、それぞれ休憩する事になり料理担当のヘイルの所に集まる面々。
複雑な料理だと味の保証は出来ないが、今日のメニューはシンプルなのが幸いしそこまで酷くはない。
「どうぞ」
砂の上に座った鏡夜にかき氷を差し出すアンサー。二人は並んで同じ様な顔でかき氷を食べている。無表情二人の顔は動かないのだが、何処と無く満足気に見えない事もない。
「流石姉さん、料理も完璧です!」
嬉しそうに焼きそばを食べるイリス。それを遠目に眺め、アヤメも撮影ボタンを連打していた。
「‥‥姉もか。アンサーが偏った嗜好を持たないか心配だ」
バイオリンの調子を見ながらニコラスが呟く。これだけは子が親に似ない事を祈るしかない。
「そろそろPR用の撮影に入りましょうか」
出番かといわんばかりに立ち上がる鏡夜とアンサー。二人は肩を並べて移動を開始する。
「ではAU−KVを装着して‥‥ん、美汐は?」
「さっきまで一緒だったんだけど」
ドリンクを片手に振り返る神撫。そうしている内に撮影が始まり、段々天気が悪くなってくる。
局所的に雷鳴轟くビーチ。アンサー、ヘイル、鏡夜の三名がポーズを取ったり、実際に戦闘を模して動いたりしている。
「しっかし‥‥表情が伴わないとせっかくの美人さんでもぐっとこないもんだねぇ」
戦闘用AIなのでそれでいいのだが、何と無く勿体無いと思う神撫。その隣、レベッカは口元に手を当て何かを思案していた。
撮影が終わるとその流れでビーチは夜の闇に包まれていく。星空の下、恭也が声を上げた。
「そろそろ花火にしませんか?」
花火の入った袋を掲げ、笑顔を浮かべる恭也。こうして今日の締めとして花火が行われる事になった。
それぞれが花火の準備を進める中、アンサーは月明かりに光る水面を眺めていた。その背後に立ち、海は声をかける。
「アンサーちゃん」
振り返ったアンサーの頬に両手を当て、海はにっこりと微笑む。
アンサーの凛とした瞳に映る自分の姿。海はその強い瞳に思いを馳せる。
「誰もが強くなんてなれない。その辛い事実を受け入れさせることが、アンサーちゃんに課せられたことなんです」
顔色一つ変えないアンサー。手を離し、海は背後で手を組み笑う。
「能力者になれば、死ぬよりも辛い傷や経験を負うことになるかも知れません」
そっと自らの腹部に手を当て寂しげな瞳を浮かべる海。決して癒せぬ傷は彼女を一生苦しめ続ける。癒える事もやり直す事も、もう二度と無いのだ。
「だから、辛い事と正面から向き合って戦う人に、微笑んであげて欲しいのです」
「戦っているのですか、貴女も」
僅かな驚き。それから目を瞑り、頷き答える。
「そうですね。私もそう。今もまだ、戦っている途中です」
空に瞬く花の様な火の光。アンサーはそれを背に佇んでいる。
彼女がいつか戦士を導き背負う役目――それは辛く厳しい物だ。心があるのならば、尚更。
ぷるぷると頬を歪めるアンサー。それが自分の為に笑おうと努力しているのだと気付き、海は笑顔を返すのであった。
「たーまやー‥‥。手持ち花火も情緒があるが、やはり特大の打ち上げ花火だな」
空を見上げ上機嫌なニコラス。そこへ浴衣に着替えた美汐が合流する。
「どこに行っていたんですか?」
イリスの問いに言葉を濁す美汐。目を瞑り、水中から見た空の花火を思い出す。
「あの‥‥もしかして、迷惑でしたか?」
おどおどと訊ねるイリス。
「望月 美汐‥‥元気がないみたいだから」
美汐は微笑み、それからイリスの頭を撫でる。
「大丈夫ですよ♪ それよりほら、やるからには全力で行きますよ!」
花火に火をつけ笑う美汐。イリスが笑顔になったのを見て、強がりもそう悪くはないと思えた。
何発も打ち上げ花火が上がり、それぞれも花火を手に騒ぐ仮想空間の不思議な夜。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「アヤメさん、イリスと一緒にやらないの? 線香花火」
神撫に声をかけられ、眉を潜めるアヤメ。続けヘイルが肩を竦める。
「遠慮せず話しかけたらどうだ。それも大切な事だぞ」
「君達はそう気軽に言うけどね」
「姉さーん!」
「アヤメさんも一緒に如何ですか?」
手を振った勢いで線香花火が落ちるイリス。その隣で美汐も手招きしている。
「ほらほら」
「行って来い」
神撫とヘイルに背中を押され、渋々歩き出すアヤメ。その背中を二人は笑顔で見守っていた。
「ハハハ、アンサーも変わりましたね。もちろん好ましい変化だと思いますが」
一方恭也はアンサーが真剣に線香花火を見つめる様子を隣で眺めていた。
「直ぐ消えてしまいます」
しょげた様子のアンサー。恭也もやってみるが、同じく直ぐに落ちてしまう。
「おっと。こうやって遊ぶのって、慣れてなくて」
それから何度かそんな事を繰り返した。アンサーは線香花火に夢中で、時折目を見開いたり息を呑んだり、変化も見える。
「夏の遊びと言えば花火は定番でしょうね。楽しいですか、アンサー?」
「でも直ぐ消えてしまう」
「儚くありますが、精一杯輝く姿は綺麗だと思います」
「人の命もですか」
小さな呟き。驚く恭也にアンサーは問う。
「貴方達も、いつかは消えてしまうのですか」
答えに詰まる恭也。アンサーは続ける。
「私には傷も痛みも無い。足掻く事も苦しむ事も無い。精一杯輝く光が美しいのなら、私は所詮偶像なのでしょうか」
まるで感情を持つかのように語るアンサー。それは一瞬だけ、しかし確信する。
「大丈夫、明日も明後日も今日以上に楽しいですよ。そうなるよう頑張りましょう」
揺れてやはり落ちてしまう線香花火。小さな光は儚く消えて、星の瞬きに押し潰されて行く。
「ジンクス、アンサー‥‥これだけのものを実現させる為の基礎を残した人物の名が残らないと言うのは何故だ?」
落ちた光。花火を手にしたイリスにレベッカは問う。それは以前からの疑問であった。
「本当に大切なのは今どうあるか、そしてより良き次に繋げていく為に進み続ける事だ」
口篭るイリスに語るレベッカ。そこへ歩み寄る足音が一つ。
「名は残らなくて当然さ。ジンクスの設計者は、とっくに死んでいるのだから」
レベッカの隣に立ち、空を見上げるアヤメ。
「全部語るさ、直ぐに。その時になっても‥‥君は変わらずにイリスの傍にいてくれるか?」
厳しい目付きのレベッカにアヤメは向き合い、それからその肩を叩く。
「それは‥‥」
どういう意味なのか。アヤメは寂しげに微笑み、背を向けるのであった。
「今日は、此処に来れて良かったと思う、貴方に会えたから」
星の光の下、鏡夜はアンサーの隣で呟く。
「友達に‥‥なって貰えませんか?」
握手を求める鏡夜。アンサーと同じく無表情だった少女が見せたその笑顔は彼女が今日の経験から持ち帰る大切な物だ。
「友達‥‥」
鏡夜の笑顔を見つめるアンサー。風が吹き、その髪を揺らす。
手を取り合う二人。その時アンサーがどんな顔をしていたのか、鏡夜以外に知る由は無い――。