●リプレイ本文
●突入
凍てつく寒空の下、古びた教会の中で戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
他の傭兵より先に教会へ突入した月城 紗夜(
gb6417)はルクスと刃を交えつつ、十字架の前にカシェルが倒れている事を確認する。
「正面から堂々と‥‥分り易くて好きよ」
「最後の晩餐のワインとパンは揃ったぞ。ULT傭兵とも言うが」
身体を捻り大振りな一撃を放つルクス。炎の衝撃に紗夜は後退、刃を構え直した。
ルクスが狙いを外したのは先に紗夜が使った閃光手榴弾の影響だ。次は当てると言わんばかりに少女は微笑む。
続けて崔 南斗(
ga4407)と海原環(
gc3865)が突入、制圧射撃を行おうと銃を構えるが、ルクスはカシェルを片手で掴み盾にしている。
「あぁ、カシェルさん生きててくれて良かった‥‥けど」
「‥‥弟と盾にするとはな」
苦々しい表情で二人は銃を下ろす。手足を縛られたカシェルの様子に愛梨(
gb5765)は溜息混じりに一言。
「ったく、1人で突撃しに行って、そんで救出依頼出されるなんて‥‥手のかかる傭兵もいるものね」
「私達の看取ったルクスさんと似ていますね。本人でしょうか? それとも‥‥?」
ナンナ・オンスロート(
gb5838)の言葉に興味を持ったのか、ルクスは切っ先をナンナへと向ける。
「あたしの最期を知る人間が現れるなんてね。弟のお友達かしら」
状況は一見すると拮抗してしまった様に見える。しかし彼らとは別に春夏秋冬 立花(
gc3009)がカシェル救出の機会を狙い、潜入に成功していた。
位置は掴めているのだから、後は隙を見て飛び出すだけだ。尤も、その隙というのが厄介なのだが。
しかし見れば伏兵はおろか、ルクス以外の敵戦力は見当たらない。少女は一人で十字架を背負い傭兵と対峙しているのだ。
「妄念が墓場から迷い出たか‥‥否、あんたも被害者だな、ルクス・ミュラー」
「あたしは感謝してるくらいよ? お陰でこうして復讐も果たせた」
睨み合う南斗とルクス。そのやり取りに愛梨が続く。
「あんたの言ってるのは、逆恨みってやつよ。全てを弟のせいにして、恨んで‥‥どっちが甘えているのかしらね?」
「偉そうに講釈垂れるけど、あんたも居るでしょう? 赦せない、憎い相手――素直になればいいのに」
神経を逆撫でするようなルクスの言葉に愛梨も思わず眉を潜める。
「貴方が何を思ってきたのかは知りません。でも言葉にしなかった思いを、今更ぶつけるのは筋違いですよ」
語りかけながらもナンナはその言葉に意味がない事は理解していた。
無駄だと知りながらも声をかけたのは彼女の死に携わった者の一人だからだったのか。或いは一つの感傷だったのか――。
戦いは当然、避けられない。拮抗を破りそれぞれが動き出そうとした、正にその時‥‥。
「ルクスさん、お願いです! カシェル君を解放して下さい‥‥!」
声の主は雨宮 ひまり(
gc5274)だ。仲間だけではなく、ルクスの視線も彼女へ集まる。
「カシェル君の変わりに私を人質にして! カシェル君には手を出さないで‥‥!」
強敵に一歩踏み出し、泣き出しそうな顔でひまりは言う。その様子にルクスは目を伏せ、呟いた。
「‥‥そんなにカシェルを助けたい?」
「はう‥‥。は、はい!」
無謀とも思えるその申し出の裏には彼女なりの想いがあった。少女の必死の懇願、しかしルクスはそれを一笑に付す。
「あは、ホント馬鹿ねえ! あはは! あはははは! 最高よあんた、あんたみたいなのを待ってたのよ!」
怯えるひまり、それも無理は無い。狂気としか表現出来ない物がルクスには見えるのだ。白い歯を見せ笑い、女は刃を構える。
「首を刎ねてあげるわ傭兵! さあ、殺したり殺されたりしましょうねぇえっ!」
カシェルを片手で引きずりながら女は走ってくる。戦いはやはり、避ける事は出来ない物だった。
●紅剣
駆け寄るルクスの狙いはひまりだ。その間に立ち塞がり、和泉 恭也(
gc3978)が盾を構えた。
「うーん、歪んでますねぇ。それともそうされたのか‥‥」
カシェルを盾にしながら突っ込んできたルクスは勢いに乗せて大剣を恭也へ叩き付ける。
「‥‥どっちにしろ大概ですけどね。で、どっちが正解なんです?」
「どちらでもないわ! あたしはあたしなんだから!」
蹴りを繰り出し恭也を押し退けるルクス。環と南斗は銃を構えるが、カシェルを突きつけられて狙いが定まらない。
ルクスの狙いはひまりだ。愛梨とナンナは同時に攻撃を仕掛けるが、カシェルの邪魔もあり攻めきれない。
後退しつつ、ルクスは剣を振るい炎を纏った衝撃波を放ってくる。二人とも何とか防ぐのには成功するが、一瞬で教会は滅茶苦茶になってしまった。
「罠も仕掛けず一人で待ってただけはあるわね‥‥」
「‥‥どうする? これでは戦いにならん。それに‥‥」
ごちる愛梨の隣、紗夜が目配せしながら呟く。
カシェルは盾にされている他、動き回るルクスに振り回されまくっている。ただでさえ瀕死なのに、何度も彼方此方ぶつけて意識がない。誰の目から見ても危険なのは明らかだ。
味方が苦境に立たされる中、立花は身動きをとらず堪えていた。裏口から潜入した彼女は礼拝堂での戦いをじっと見つめていた。
ルクスは強い。下手に飛び出せば返り討ちに合う可能性もある。何より自分は救出の要、今は堪えるしかない。
「これでは銃が‥‥って、ひまりさん!?」
環の声に南斗も目を向ける。ひまりは自分が狙われていると言うのにあえてルクスへと突っ込んでいく。
「雨宮さん、無茶だ!」
南斗の制止も聞かず走るひまり。ルクスはカシェルを足元に放り投げ、ひまりの胸倉を掴み挙げた。
「自分から来るなんて、余程死にた――」
端的に言えば、それは油断だった。
ひまりは小さな銃をルクスの顔に突きつけていた。それに反応出来なかったのは油断‥‥だがそれだけでもない。
ひまりは銃を隠し持っていたのだ。武器も持たず無謀に走ってくる相手に警戒を緩めたルクス、だがその結果は――。
「――立花さぁん!」
銃声と同時、物陰から立花が飛び出した。一瞬でカシェルを救出、仲間達の所へ向かう。
しかしルクスは片手で顔を抑え、ひまりを放そうとしなかった。威力の低い小銃だが、弾丸はルクスの片目を潰していたのだ。
「は、はう‥‥」
血を流しながらルクスは優しく微笑む。それからひまりを放し、刃を翻した。
強烈な斬撃は爆風を伴い小柄な少女を弾き飛ばす。壁に激突したひまりはぴくりとも動かず、礼拝堂に静寂が訪れた。
「ひまりさんっ!」
それは誰の叫び声だったか。残響が消えるより早く南斗と環が同時に制圧射撃を行う。
「これ以上死神共には渡さんぞ! すっ込んでろ!」
「ルクスを釘付けにします! 誰か‥‥誰かひまりさんをっ!」
激しい銃声の中、立花はカシェルを連れて礼拝堂を出て行く。後ろ髪を引かれる思いだが、立ち止まれば全てが無駄になってしまう。
ひまりの位置に近かった愛梨と恭也が彼女へと向かう中、環と南斗がルクスへと断続的に攻撃を続ける。
「そちらへは行かせん!」
「まずはその癖の悪い足から頂きましょうか!」
環の足を狙った弾丸が命中、ルクスの身体ががくりと傾く。が、反撃に繰り出された衝撃波が二人を襲う。
炎の波に焦がされながらも二人は己の役割を全うした。バイク形態にしたミカエルにひまりを乗せ、愛梨が礼拝堂を後にする。それを合図に撤退が始まった。
恭也、紗夜、ナンナの三人が入り口でルクスの足止めを行う背後、傭兵達は準備していた車両に乗り込んでいく。
「すまん、先に出すぞ! 後は頼む!」
ジーザリオにカシェルとひまりを乗せた南斗が声を上げた。車両が遠ざかる中殿を務めていた傭兵達も応戦しつつ教会から脱出してくる。
「まだ追ってくるなんて‥‥皆さん、こっちです!」
立花に続き、環も制圧射撃を行う。ナンナは走りながら閃光手榴弾のピンを抜き、ルクスへと投げつける。
閃光と弾丸の雨は不可避の足止め、ルクスの動きが完全に静止する。血の流れる目を押さえ、声を上げた。
「あたしのカシェル‥‥。カシェルを、連れて行かないで‥‥」
「ところで、こちら側へ来るつもりはありませんか? 望まぬ平穏というのも慣れれば良いものですよ」
恭也の声にルクスは睨みを利かせる。やっと目が使えるようになったかと思いきや‥‥。
「これがほんとのお年玉! 三十六計逃げるに如かず、ですよ!」
去り際に環が更に閃光手榴弾を投げつけていく。ルクスはその場に膝を着き、追えぬ傭兵を呪う様に空に声を上げた。
●想い
目を覚ましたカシェルが見たのは南斗に応急手当をされるひまりの姿だった。
件の教会から十分に遠ざかった道中、傭兵達はカシェルとひまりの応急手当を行っていた。
「ひまりちゃん‥‥そ、そんな」
「貴方は自分だけでなく、仲間の命も危険に晒しました。一時の感情に心を任せるのも良いでしょうが、そのことを良く考えておいてください」
負傷した腕に包帯を巻きつつ恭也はカシェルの傍に片膝を着く。優しい口調だが、それは強い意志を孕んでいる。
痛みに堪えながらひまりに歩み寄り、カシェルはその手を取る。曇り空の下、少年は悔しさで涙を流した。
「どうしてこんな事に‥‥。僕は‥‥僕は、一人でも‥‥」
「貴方は何を賭して戦いに望んでいるのですか?」
恭也の声にカシェルは振り返る。
「命を、誰かを助けるってそんなに簡単な事ではありませんよ」
「貴方の近くにはちゃんと話を聞いてくれる人はいたはずです。この状況も、自分の弱さが招いた結果‥‥人の所為にしてはいけません」
その立花の言葉は、本来は彼ではなく彼の姉に向けるつもりの言葉だった。
しかし今は同じ事が彼にも言えるように思えた。見た目だけではなく、その在り方も二人は似ている。
「もしまだ間に合うなら、私の所に来てください。過去変える方法は知りませんが、未来を変える方法は知ってますから」
「僕は‥‥僕に、構わないで下さい。ひまりさんがこんな事になるなら、僕が死んだ方が良かったのに!」
「貴公は生きて帰って貰う、それが任務無内容だからだ」
話を聞きながら自らの傷を手当していた紗夜が振り返り、カシェルを見やる。
「姉さんを止めるのは僕の使命なんです! 姉さんは、あんな‥‥!」
「現実を受け入れろ。本当に愛していたと言えるのなら、姉の姿を受け止めるべきだ」
淡々と呟きながら紗夜は自らの過去を振り返っていた。
悲劇に見舞われた姉弟に嘗ての自分を重ねる。もしかしたら、カシェルやルクスの様な結果になっていたかもしれない。
そう思えばこそ、紗夜は彼に現実を突きつける。解決出来るのはきっと、自分だけなのだから。
「‥‥皆さん、カシェル君を責めないであげて下さい」
「ひまりさん、意識が‥‥! 大丈夫ですか!?」
ひまりの手を取る環。一同は慌てて駆け寄り、ひまりの声に耳を傾ける。
「私が死んでも‥‥悲しむ人は誰もいない。でも、カシェル君は‥‥違うから‥‥」
無謀である事は重々承知だった。
それでも彼を助けたいと思った。天涯孤独な身の上の彼女に出来た、精一杯の努力だったのだ。
うわ言のように呟くひまりに環は目を瞑り、首を横に振る。
「ひまりさんは一人じゃないですよ。一人な筈がないでしょう」
カシェルは目を逸らし、逃げるようにその場を走り去っていく。その背中を見送り立花は呟いた。
「‥‥未来は変えられるんですよ。カシェルさん‥‥」
手当てを終え、撤退の準備を始める傭兵達。そんな中、愛梨は口元に手を当て何かを考え込んでいた。
「どうした、考え事か?」
「少し、気になってね。この依頼を出した、デューイ・グラジオラスって人‥‥なんで、カシェルが1人で孤児院に向かったって知ってたのかなって」
声をかけた南斗も足を止め、空を仰ぎ見る。彼もまた愛梨と同じ疑問を抱いていた一人であった。
「行き先が分っていたなら、止められたんじゃないかと思うんだけど」
「‥‥止められなかったとしても、俺達と一緒に来ても良さそうなものだがな」
二人は顔を見合わせ何とも言えない空気になる。腰に手を当て、愛梨は冗談交じりに笑みを浮かべる。
「もしかして、敵のスパイ‥‥とかじゃ、ないわよね?」
「まさか、な。違うと思いたいが――」
そうして二人が疲れた様子で乾いた笑いを向け合っていた頃、ナンナは走り去ったカシェルに追いついていた。
少年は木の前に膝を着き、泣きながら顔だけで振り返る。歩み寄るナンナへ、彼は徐に言った。
「僕は‥‥弱い。一人じゃ結局、何も出来なかった‥‥」
少年が今何を想い、どんな苦悩の中に居るのか‥‥それをナンナが知る術は無い。
どんな言葉をかけるべきか僅かに思案するナンナ。そんな彼女にカシェルは背中を向けたまま叫んだ。
「強く‥‥強くなりたいんです! 貴女のように‥‥皆を守れる様に! もう誰も、失わない様に!」
ナンナは少年を背後から抱き締め、そっと目を瞑る。
らしくない、とは思う。だがあの敵を前に迷いは命の危険に直結する。だから囁くのだ。
「きっと‥‥なれますよ」
それが今だけしか意味の無い、幻の様な言葉だったとしても。
『守る』という事がどんなに難しいか、知っていても。
「貴方なら、きっと――」
気付けば曇り空からはちらほらと白が降り始めていた。
「ルクスー! ルクス、生きてるかー!」
そこへ少年の無邪気な声が響く。教会の前、ルクスは大地に刺した剣の傍らで膝を抱えていた。
「ルクス! おれが来たからにはもう大丈夫!」
「‥‥カシェル‥‥私のカシェル」
「お? おれの話、聞いてるか?」
反応の無いルクスの周囲を歩き回り少年は首を傾げる。そんな彼の背後、雪の中大きな体躯を揺らし、異形の男が近づいてくる。
「師匠! ルクス、返事しないんだ。大丈夫か?」
大男はルクスの首根っこを掴み、自らの背中に乗せるとゆっくりと頷く。
「そか! おし、おれ達も帰ろう! ルクス、ツギハギが心配してたぞ? レイは怒ってた! おれは、心配してたぞ?」
全く話を聞かず『カシェルカシェル』と繰り返すルクス。しかし少年は気にせず声をかけ続けた。
「そうか、カシェルは無事だったか」
遠き地にて、受話器を置きデューイ・グラジオラスはほっと胸を撫で下ろす。
「後はお前次第だな。カシェル‥‥姉貴を相手にどう出る」
外套の上から身体を抱くように腕を組み、男は空を見上げる。
遠く離れたこの地にも、白い雪が降り注ごうとしていた。