タイトル:雛鳥の翼マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/19 07:56

●オープニング本文


「ブーラーッドくーん! 逃がさないのですっ!」
「ひい!? ヒイロ・オオガミ!?」
 LHの某広場。たまたまベンチに腰掛けて一服していたブラッドは前方から猛然と突進してくるヒイロに自分の血の気が引いていく音を聞いた。
 何らかのスキルを発動したのか、猛スピードで突っ込んで来るヒイロ。ブラッドは煙草を咥えたままそれを両手で受け止める。
「ぬお‥‥!? こ、こんにちは。どうかしましたか?」
「どうかしたじゃないですよ! 何故ヒイロが来ると嫌がるですか!?」
「い、嫌がっているわけでは‥‥。とりあえず、離れてもらえますか?」
 こくんと頷きヒイロはブラッドの隣に腰掛ける。ブラッドは自動販売機でココアを購入しヒイロに手渡した。
「オオガミさん‥‥そんな格好で寒くないんですか?」
「わふー! 半袖半ズボンでもヒイロは元気なのです! はなみずでる!」
「‥‥鼻紙使いますか?」
 御礼を言って鼻をかみ、ヒイロはティッシュを丸めてポケットに捻じ込んだ。ブラッドは何も言わず青ざめる。
「そうだ! ブラッド君、デューイ先輩を見てないですか?」
「行方不明になったと聞きましたが、残念ながら僕にもさっぱりです」
「そうですか‥‥。ねえブラッド君、何かヒイロにブラッド君のお手伝いをさせてほしいのですよ」
 ヒイロがいるからか、煙草を携帯灰皿に捻じ込むブラッド。少女の覚悟を湛えた横顔に男は思わず眉を潜める。
「ブラッド君は人の役に立つお仕事をしてるですよね。デューイ先輩もそうだったと聞いたです。デューイ先輩が居ないとブラッド君はこまったこまったさんになっているはずなのです。違いますか?」
「確かにそれはそうですが‥‥デューイの穴埋めをするつもりですか?」
「それもあるですが、ヒイロは人の役に立ちたいのです! 誰かを助ける仕事がしたいのです!」
 立ち上がり、飲みきったココアの空き缶を握り潰すヒイロ。缶コーヒーを片手にブラッドは問う。
「傭兵として戦うだけで、十分人助けになっているのでは? 何故僕に拘るのですか?」
「ヒイロ、バカだから‥‥どうしたら人助けが出来るのかよくわからないのです。でも、自分が経験した事ならわかる」
 傭兵になって右も左も分らなかった時、デューイが手を差し伸べてくれた。
 誰にも必要とされなかった自分に居場所をくれた。大切な仲間や友人と引き合わせてくれた。
 もう独りぼっちなんかじゃない。でももしあの時デューイが手を差し伸べてくれなければ、今でも部屋の隅で独りぼっちで泣いていたかもしれない。
「強くなりたい‥‥そして、一人でも多くの人を助けたい! バカだからよくわかんないけど、でもその気持ちだけは本物なのです!」
 そうしてくるりと振り返り、がしりとブラッドの肩を叩く。もし演出が許されるなら、ヒイロの瞳は燃えていた。
「ブラッド君! ヒイロをブラッド君の役に立てて欲しいのですよ!」
「わ、わかりました‥‥わかりましたので、少し力を緩めて‥‥!」
 冷や汗を流すブラッド。こうしてヒイロを宥め、二人は再びベンチに肩を並べる。
「何から話すべきか‥‥。とりあえずオオガミさん、君は傭兵になるまでバグアと戦った事はなかったでしょう?」
「わふ? 当たり前なのですよ?」
「まあそうとは限りませんが、そういう人も多い。能力者は確かに圧倒的な力を持つ超人ですが、中身はやはり人間ですからね。戸惑う事も多いでしょう」
 能力者とはそれだけで驚異的な存在だ。何の戦闘経験もないぽっと出の素人が、熟練の兵士を軽々と凌駕する。
「だからといって無敵ではなく、勿論死ぬ時は死ぬ。経験や知識が無ければその確率は上がり、その対処の為に学園や新人傭兵向けの兵舎等があるわけです」
「よくわかんないけどわかったです」
「‥‥それで、僕も能力者を支援する団体に所属しているわけです。名を『ネストリング』と言います。聞いた事は?」
「無いです! けど、ヒイロもお世話になったですよね?」
 呆れたように肩を竦めるブラッド。男はそのままネストリングの活動内容に軽く触れた。
 例えば新人傭兵に熟練の傭兵を斡旋し、暫く面倒をみるように依頼したり。新人同士がコミュニケーションを取れる場を用意したり。
 UPCとも一部提携し、比較的安全な競合地区にてキメラ討伐の実地訓練を行ったり。活動は多岐に渡る。
「慣れれば新人もいずれは立派な傭兵となり、そしてその傭兵は人を助け、次の新人を助けるでしょう。そういうサイクルを作るのが目的ですね」
 ふと、そこでヒイロがキラキラと目を輝かせながら自分を見ている事にブラッドは気付いた。
「ヒイロもそのねすとりんぐ? とかいうのに入るです! そしてブラッド君みたいに良い傭兵になるですっ!」
「良い、傭兵‥‥ですか?」
「ブラッド君はみんなの為に頑張ってるですよね? じゃあ良い人なので、良い傭兵なのですっ!」
 両手をばたつかせるヒイロに思わず苦笑が零れる。男は立ち上がり空き缶を手に言った。
「では一つ、仕事をお願いするとしましょうか。マリスと協力してキメラを討伐するだけの簡単なお仕事ですが」
「でも大事なお仕事なのです! ヒイロにお任せなのですよー!」
 唐突にシャドーボクシングを始めるヒイロ。やる気十分なその背中を、ブラッドは寂しげに笑いながら見つめていた。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
奏歌 アルブレヒト(gb9003
17歳・♀・ER
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
張 天莉(gc3344
20歳・♂・GD
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●出発
「ヒイロさんに会えるって聞いてきたよ〜♪ 一緒にチョコを作って以来だね!」
 廃墟にて準備を進める傭兵達の中、笑顔でヒイロに駆け寄るセラ(gc2672)。ヒイロは振り返り、満面の笑みで応じた。
「セラちゃんだ! 久しぶりなのです!」
「久しぶりだね。チョコはみんなに喜んでもらえた?」
 そう問いかけた直後ヒイロは見る見る意気消沈し、地べたの上に転がってしまった。
「あんまり喜んでもらえなかった‥‥」
「え!? あ、ホ、ホワイトデー的に作ったチョコチップクッキーがあるんだよ、食べる?」
 膝を抱えるヒイロにクッキーを与えるセラ。そこへゆっくりと歩み寄るのは奏歌 アルブレヒト(gb9003)だ。
「‥‥お久しぶりです‥‥ヒイロ」
「奏歌ちゃん! 元気だったですか!?」
 セラと肩を並べてヒイロと話す奏歌。和やかな三人とは対照的に巳沢 涼(gc3648)は不信感を隠さない視線でブラッドを見つめていた。
「ネストリング‥‥ねぇ」
 涼の脳裏、以前の依頼での出来事が過ぎる。彼にとってこの組織も、ブラッド・ルイスという男も信用に足るとはお世辞にも言えない。
 そんな胡散臭さを感じているのは涼だけではない。ブラッドと組織の話をしているのは沖田 護(gc0208)。彼にとってこの組織は自分の将来を思えば興味のある物なのだが‥‥。
「ネストリングにスポンサーは存在しませんよ。強いて言うなら僕がそうですし、皆さんもそうです。傭兵としての仕事と兼ねている部分があるので説明が難しいのですが‥‥」
 ブラッドに質問を投げかけた護。すると男は肩を竦めながら答えた。
「まあ、その話は後にしましょう。今は一先ず依頼の方をお願いします」
 期待していますよ、と笑うブラッド。その表情からはどうにも真意のような物が読み取れない。
 ブラッドと別れ傭兵達の所へ戻る護。そんな彼の耳に聞こえてきたのは須佐 武流(ga1461)の行動についてだった。
「須佐さん、単独行動ですか?」
「‥‥気になる事があってな。連絡は取れるようにしておく」
 通信機を掲げ、立ち去ろうとする武流。その足にひっついて離れないヒイロに護はそっとチョコレートを差し出した。
 チョコに気を取られている間に走り去る武流と何か喚いて地団駄踏むヒイロ。そんな感じで調査は始まるのであった。

●野を行く
「チェックメイトキング2、こちらホワイトルーク!」
 通信機を片手に草原で匍匐前進する茅ヶ崎 ニア(gc6296)。張 天莉(gc3344)はその様子を小首を傾げて眺めている。
「チェス‥‥ですか?」
「ヒイロ匍匐後退する!」
 地べたを這いずり回る少女二名。天莉はにっこりと微笑み、人差し指を立てて言った。
「とりあえず落ち着きましょうね、ヒイロさん? ニアさんも」
 廃墟を出発した傭兵達は三つの班に分かれた。こちらは第三班、草原を徒歩で移動中だ。
 気を取り直し、三人はキメラを探して移動する。ニアが偵察を行い、走り出そうとするヒイロを天莉が止める素敵なチームワークだ。
 その時三人の前にトカゲキメラが現れた。サイズは小ぶりで、どうも強そうには見えない。
 前に出た天莉がキメラと対峙すると、キメラは天莉へと飛び掛ってくる‥‥が、何事も無かったかのように盾で弾く事に成功した。
「大した敵ではありませんね‥‥って、すとーっぷ! その敵はヒイロさんの『後輩達』の為に残しましょうね♪」
 思い切り振り上げたヒイロの拳をがしりと掴んで微笑む天莉。ニアはキメラの様子を背後でチェックしつつ、遠くを見やり呟いた。
「キメラと言っても色々ね‥‥。おっ、あっちのデカイ奴は強そう」
 振り返る三人。トカゲというか小型の肉食恐竜のようなキメラが数体草原を疾走していた。
「仕掛けて様子を見てみましょう。それほどの驚異が無ければ残しておきたい所ですが」
 弱い敵と戦うだけでは新人に経験を積ませる事になるのか微妙な所。仮に危険なら自分達が処理すればいいだけの事である。
「とりあえず各班に知らせとかないとね。チェックメイトキング2‥‥!」
「ニアちゃんがなんかこわい」

「ふむ‥‥。何事も無ければ重畳なのですが」
 こちらは第二班。バイクで草原を突っ切り、森林地帯へとやって来た米本 剛(gb0843)は相変わらず不安そうな様子だった。
 敵に恐れをなしているのではなく、彼の警戒はもっと別の所にある。森林を前にバイクを停める剛の隣、涼もやはり不安げだった。
「ただの調査で済めばいいんだがなぁ‥‥」
「杞憂である事を祈るしかありませんね‥‥」
 心配を隠せない保護者気質の二名。涼も剛も出発時にはうんとヒイロに注意を言い聞かせたが、どうも広い所の調査が楽しみらしく遠足気分でわくわくしたヒイロがちゃんと話を聞いていたのかは謎だ。
「天莉さんに念入りにお願いしてたじゃないですか。きっと大丈夫ですよ」
 地図を片手に苦笑する護。油断しているわけではないが、久しぶりに会ったヒイロは相変わらず真っ直ぐだった。安心したと言えばそれもあるのだろう。
「では僕らも行きましょうか」
 護の声で森に入っていく三人。視界の悪い森の中、文字通り道なき道を進んでいく。

「‥‥このキメラの脅威度は‥‥この位ですか」
 一方こちらは第一班。マリスの運転する車に揺られ、奏歌はキメラの情報を整理している。
「第二班は森に入ったみたいだね。第三班も小さいキメラと交戦したみたい」
 セラの言葉に頷く奏歌。彼女は各班から報告のあったキメラを取りまとめる役割を順調にこなしていた。
「ところでマリシャ‥‥。ネストリングとは‥‥具体的に、どういった活動を?」
 黙ってニコニコ運転していたマリスに問いかけてみる。すると彼女はゆっくりと答えた。
「う〜ん。私にもねぇ、よくわからないの〜」
「‥‥と、言うと?」
「私ね〜、銃がぶっ放せれば別に何でもいいの〜。難しい事はわかんないわぁ。ごめんなさいねぇ」
 穏やかな口調のマリスにセラと奏歌は顔を見合わせる。恐らく嘘ではなく、本当に良くわかってないのだろう。
「えっと‥‥あ! 森についたよ!」
「‥‥ですね」
 奇妙な空気に冷や汗を流しながら指差すセラ。三人を乗せた車は二班にやや遅れ森林地帯へ到着するのであった。

●おっきいの
 衝撃と共に吹き飛ばされた小型恐竜キメラは小さく悲鳴を上げ逃げていく。
 斧を下ろし、追い払った数体のキメラを見送る剛。一方涼は木に黄色い布を裂いて結んでいる所であった。
「これで良し‥‥っと。チェックはしといたぜ」
「どうもここのキメラは群れで行動するようですね。数が多いと少々危険やも知れませんな」
 涼と剛の報告を受け、護が地図にペンを走らせる。第二班は順調に調査を進めている。
「このまま行けば、一班と合流しそうですね」
 森林地帯の左右から調査を開始した一班と二班は中央でぶつかる形になる。歩きながら呟く護に涼は小さく息を吐いた。
「もうそんなに歩いたのか。他の班はどうなってるかね‥‥」
 同じく中央へ向かう第一班。戦闘に伴いセラとバトンタッチしたアイリスが地図を片手に顔を上げていた。
「あそこで飛んでるの‥‥キメラじゃないか?」
 声に頭上を見上げる奏歌とマリス。確かに空には飛竜のようなキメラが数体見受けられた。
 そうして何と無く進んでいた三人の足が同時に止まった。森の中に開けた池の様なエリアがあり、そこに巨大なキメラが横たわっていたのだ。
 文字通りの大型肉食恐竜である。固まっている三人に振り返り、恐竜はゆっくりと近づいてくる。
「あらあら〜」
「他の班に‥‥連絡しますか‥‥」
「さてどうしたものかね、これは」
 三者三様の反応は恐竜の咆哮で掻き消された。セラと奏歌はぼんやりしているマリスを掴んで走り出した。
 連絡は直ぐに全班に伝わった。森の入り口で小さなキメラを追い掛け回すヒイロを見守っていた天莉も騒がしくなった森へ目を向ける。
「ヒイロさん、ニアさん、一班が大型の個体に遭遇したそうです」
「もしかしてあんなの?」
 ニアの指差す方向、森から走って飛び出してくる一班の姿が。その後ろには恐竜がついている。
「でっかい恐竜だー!」
 嬉しそうに走っていくヒイロ。それに続き天莉とニアが一班へと向かっていく。
 ライフルを連射するマリスと超機械を起動する奏歌。恐竜を噛み付きを何とか防ぎながらアイリスは走り回る。
「最早ロマンね‥‥!」
 駆けつけたニアが小銃を連射。更に天莉は恐竜の足元に滑り込み、鋭く蹴りを放った。
「――今です! やっちゃって下さい♪」
 足を打たれて倒れそうになる恐竜。続けヒイロが跳躍し、恐竜の横顔を殴りつける。
 衝撃が炸裂し、天莉の一撃もあり恐竜は転倒。その隙に傭兵達は体勢を整える。
「皆さん無事でしたか!」
 そこへ二班も合流。護は直ぐに奏歌と共に傷ついたメンバーを治癒し、涼と剛は恐竜の前に立ち塞がる。
「上からも来てますよ!」
 上空へ迎撃しつつ、ニアが声を上げる。低空飛行する飛竜が数体、それを遠距離攻撃可能な傭兵が対応する。
 起き上がった恐竜は猛然と突撃してくるが、斧を構えた剛に激突するとピタリと停止してしまう。
「残念、自分の『防御』は抜けませんよ」
 そのまま斧を振り上げ、恐竜の顎を打つ剛。その隙に天莉、涼、アイリス、ヒイロの四人が恐竜を取り囲む。
 一方後衛組は飛竜の迎撃を続けていた。護が杖を振るうと紫電が炸裂し、竜が一体墜落してくる。そこへ奏歌が駆け寄り、乙女桜を揮った。
「今度は飛ぶヤツか‥‥興味深いけど」
 ニアは何かぶつぶつ言いながらマリスと協力し竜を銃撃。翼を撃たれた竜は大地へと落下してくる。
 見た目は強そうな恐竜だったが、今は前衛にボコボコにされていた。剛と天莉に動きを封じられ、涼とヒイロにダウンさせられまくっている。
 頭を下げた所をアイリスが叩き、完全にグロッキーな恐竜。そこへ唐突に武流が現れ、恐竜の頭を蹴り飛ばした。
「‥‥少し遅れたか」
「武流君だ! どこ行ってたですか!?」
「まあ、ちょっとな」
 動かなくなった恐竜の頭の上に立ち答える武流。護が最後の飛竜を撃破すると、無事に危機と呼べる状況は去ったのであった。
 大型恐竜を撃破後も傭兵達の調査は続いた。
 それによりこの地域には小さなトカゲ型キメラ、小型恐竜型キメラ、飛竜型キメラ、大型恐竜型キメラの四種類が存在する事が判明した。
 更に森の奥には大型恐竜キメラがまだ存在する事が確認され、傭兵達は新人が立ち入っても安全か否か、場所を細かくマッピングしていった。
「うん、調査はこんな所かな? 大分詳しく調べられたよね!」
 地図を手に嬉しそうに笑顔を浮かべるセラ。森林地帯の入り口で再集合した傭兵達は互いの得た情報を交換、整理していた。
「武流君! ヒイロは怒ってるのですよ! なんでいっつもすぐ一人でどっか行くですか!」
 両手をじたばたさせながら駆け寄るヒイロ。それをかわしつつ武流は答えた。
「気になる事があったからな‥‥。共にいるだけが仲間じゃない。独りだからこそ、出来る事もある」
「独りだからこそ、ですか‥‥」
 何か思う所があるのか、難しい顔で黙り込むヒイロ。暫しの沈黙の後、顔を上げて言う。
「それでも‥‥ヒイロは心配なのです。だからちゃんと帰って来るって約束して欲しいのです。いなくなったら嫌なのです」
 真剣な表情で小指を差し出すヒイロ。武流は溜息を漏らし、自分の行動を思い返していた。
 結局彼が‥‥否、彼らが危惧したような『イレギュラー』は起こらなかった。
 理由は分らない。ただ前回が異常だっただけかもしれない。或いは今回は前回のように出来ない理由でもあったのかもしれない。
 やや強力な個体はいた物の、危険個体存在の可能性は事前に仄めかされていた事であり、今回特別異常な事は見当たらなかった。
「さて、最後まで気を抜かずに帰るとしましょうか」
 周囲を警戒しつつ剛が声をかける。こうして全員で無事、拠点である廃墟へと帰還したのであった。

●調査結果
「いや〜皆さんご苦労様でした。早速ですが、報告をお願いしても宜しいですか?」
 両腕を広げ、廃墟の入り口にて傭兵達を出迎えるブラッド。涼は小さく息を吐き、ブラッドを睨みつける。
「なんで涼君、怖い顔してるですか?」
「いやまあ‥‥。少し神経質すぎるかな?」
 良くわかっていない様子のヒイロの頭を撫でる涼。ブラッドへの警戒は解けないが、依頼は依頼、報告せねばならない。
 主に情報を取りまとめていた奏歌とネストリング所属のマリスがブラッドへの報告を行う事になり、それを横目に護はヒイロに歩み寄る。
「さてと‥‥。ヒイロちゃん、いずれ君にも後輩ができる。その子に強さと笑顔を教えてあげて欲しい」
「よくわかんないけどわかったです! 護せんせー、どこ行くですか?」
「少し急いでるんだ。先に次に任務に行かせてもらうよ」
 ヒイロの肩を叩き、護は一足先に戦場を後にした。やはりヒイロはよくわかっていない顔だ。
「さーて、報告も終わったし‥‥帰るとしますか」
 第三班の報告担当だったニアが背筋を伸ばしながら呟き、傭兵達も引き上げる事になった。
「‥‥ヒイロ。駆け出しの事なら‥‥奏歌やセラが所属する兵舎に行ってみて下さい。その為の兵舎なので‥‥」
「わふ! それじゃあ今度チョコを作って持ってくのですよ! ヒイロ、チョコ作れるようになったのです!」
 奏歌の声に満面の笑みで答え、そのまま膝を着く。
「‥‥結局誰にも渡せなかったから‥‥誰かに作って渡さないと、覚えたのが無駄に‥‥」
「ヒ、ヒイロさん! ほら、チョコチップクッキー!」
 セラに渡されたクッキーを齧り、笑顔になるヒイロ。セラは少し疲れた様子で冷や汗を流していた。
 こうして調査は無事に終了し、傭兵達は仲良く帰宅するのであった。めでたしめでたし‥‥。



「‥‥こうも警戒されると何も出来ねぇな、クソッ」
 傭兵達が撤収し無人と貸した廃墟の一角。一人の男が街を見下ろしながら毒づいた。
「でも、調査は順調よ? ちゃんとヒイロちゃんは強くなってるし‥‥それに、彼らもちゃあんとお仕事はこなしてたもの」
 ライフルを肩にかけ、マリスが風を受けて笑う。男は肩を竦めて言った。
「試すまでも無いってか。ま、いいさ。こっちは『商売』にさえなりゃあそれで構わねぇんだからな――」
 呟きを残して男は去っていく。残されたマリスは空を見上げ、その青さに暫しの間目を奪われていた。