●リプレイ本文
●くず子ん家
「いやー遠路はるばるようこそ! 斬子の父です、どうぞよろしく!」
九頭竜家所有の南の島にやって来た傭兵達を斬子の父は笑顔で迎えてくれた。曰く、斬子には友達が居なかったとの事。
「セラだよ〜! ヒイロさん達と一緒に来ました♪」
「何度か依頼でご一緒させて頂いてます張天莉と申します」
セラ(
gc2672)と張 天莉(
gc3344)を筆頭に丁寧に挨拶をする傭兵達。そんな中茅ヶ崎 ニア(
gc6296)は斬子と肩を組み、親指を立てる。
「初めまして、斬子さんのマブダチ、茅ヶ崎ニアです! 斬子さんとは雪山で抱き合った仲です!」
そして頬を赤らめるニア。斬子は無言でその首を絞め、ニアは青ざめた顔でタップを繰り返していた。
「あれがくず子パパ‥‥! ヒイロがとっちめるです!」
「ヒイロさん、倒しちゃだめーっ!」
鼻息荒く斬子の父に忍び寄るヒイロを羽交い絞めにする天莉。背後ではセラがケーキやタルトを手にヒイロを引き付けようと努力していた。
作戦は成功し、とりあえずヒイロはお菓子に貪りついている。二人が同時に安堵の息を吐き、傭兵達は南の島を案内される。
「ごめんなさい斬子さん。玲子さんに斬子さんの事話したの、私と上杉さんなんです」
歩きつつこっそりと斬子に耳打ちするティナ・アブソリュート(
gc4189)。隣では上杉・浩一(
ga8766)がぽりぽりと頬を掻いている。
「そ、そうだったんですの? まあ過ぎてしまった事ですし‥‥」
両手を合わせ申し訳無さそうに笑うティナ。苗字だと呼び辛いので斬子と名前で呼ぶという話をしつつ、別荘へと移動する。
そんなこんなで傭兵達は斬子の友達として‥‥。
「久しぶりの海だ、思いっきり楽しもう!」
引き締まった筋肉を披露し、念入りに準備運動を済ませた巳沢 涼(
gc3648)が声を上げる。
水着に着替えた一行はビーチに繰り出していた。水泳が得意な涼は槍を片手に夕食の材料を得ようと海に向かっていく。
「涼君たくましい‥‥あれ、ニアちゃんは?」
「ああ。何か準備があるとかで離れたようだ」
ヒイロの背後、浩一が答える。見れば彼は水着を着ていない。
「今日の俺は引率だからな」
「めんどくさいだけではなくて?」
ジト目のヒイロを前に目を逸らす浩一。ヒイロは相変わらずくず子パパを狙っているようで、物陰から彼を見つめている。
「まっすぐな心は立派な君の長所だね、うん」
そんなヒイロの肩を叩く沖田 護(
gc0208)。続け、人差し指を立てて語る。
「でも、軽々しくやっつけるとか言うのは感心しないな。能力者がちょっと加減を誤るだけで大変な事になるからね」
漸くパパ討伐を諦めたのか、ヒイロはコクンと頷いて皆の所に‥‥というよりセラのお菓子の所に戻っていった。
「‥‥家出同然では、後々困りますよ。心配してくれる家族がいるのなら‥‥大切にしましょう‥‥って、聞いていますか?」
「え、ええ。いや、ヒイロさんが可愛い水着を着てたので驚いて‥‥」
一方パラソルの下では奏歌 アルブレヒト(
gb9003)が斬子と話していた。奏歌は斬子の横顔に微笑む。
「奏歌も一緒に選びましたから‥‥。中々良い買い物が出来たと自負しています‥‥」
「くず子ー、奏歌ちゃーん。護せんせーがパパやっつけちゃ駄目だってー」
しょんぼりした様子で走ってくるヒイロを二人は笑いながら迎える。こうして傭兵達は暫しの間バカンスを楽しむのであった。
●ビーチにて
貝やら魚やらの海の幸を手に戻ってきた涼が見たのは何故かビーチで武器を構える仲間達の姿であった。
「模擬戦?」
「ええ。ストレス解消にもなりますし、親睦も深まるかと」
武器も持たずに拉致された斬子に斧を渡しながら護が微笑む。確かに模擬戦は斬子の父に斬子の成長を見せるチャンスでもある。
「みんながんばれー! 負けた人はコスプレだよ♪」
「え‥‥コスプレ?」
「あ、でも勝てばケーキですよ♪」
コスプレの意味が分らないヒイロだが、勝てばケーキが貰えるというティナの説得でアッサリ陥落した。こうしてヒイロと天莉、斬子と護が対峙する形になる。
「わふー! 天莉君‥‥残念だけどヒイロは腕を上げているのですよ!」
「それは楽しみですね。お手柔らかに♪」
ヒイロと天莉は同時に蹴りを繰り出す。ヒイロの言葉は偽りではなくその動きから成長がはっきりと感じ取れた。
「向こうは白熱してるみたいですけど‥‥効果あるんですの、これ」
遠巻きに大声で応援している父を横目に斬子は斧を構える。
「今はリラックスして。遠慮は要らないよ」
「では、お言葉に甘えて!」
素早く接近し、斧を繰り出す斬子。渡されたのが軽い斧だとは言え、その動きは速く、力強い。
「強いね、嬉しいよ。でも――足元がお留守!」
斧を盾でいなしつつ屈んだ護は棍棒を繰り出し、斬子の足をすくう。転倒した斬子は立ち上がり、再び斧を構える。
「負けませんわよ!」
「その意気だ」
こうして模擬戦は妙にヒートアップし、結果‥‥。
「‥‥私はどうしてこのような姿なのでしょう?」
メイド服に着替えさせられた天莉が呟く。隣には同じ格好のヒイロと斬子が並んでいる。
「セラとティナさんの手にかかればみ〜んな可愛くどれすあーっぷ♪」
手を取り合いセラとティナは『ねーっ?』と女の子らしく頷き合う。天莉は勝ったのだがメイド服を着せられ、ヒイロは負けたのにケーキを食べていた。
「‥‥最早ルール無用ですね」
パラソルの下で奏歌が呟いたその時である。突然ジャングルの方から拡声された声が響いてくる。
「あー、マイクテスマイクテス」
煙幕と銃声と共に現れたのは即席の覆面姿となったニアであった。全員が注目する中、ニアはそのままマイクに叫ぶ。
「我々はァッ! 格差社会の打倒を目指すバグア革命共闘であるッ!」
中略。
「無駄な抵抗は止めて大人しくしなさい! さもないと人質少女Aの命は保証できないッ!」
振り返り、ニアは茂みに置いたラジカセのスイッチを押す。すると事前に録音した少女Aことニアの悲鳴が響く。
「しかし我々も鬼や悪魔ではない。この島には金持ちのブタな上に傭兵という罪深い女、九頭竜くず子が居ると聞いている。彼女が私と戦って勝てば人質を解放して大人しく退散しよう!」
決まった‥‥思わずそう呟くニア。しかし周囲の視線はなにやら冷たい。
「なんだろうか、このデジャブは‥‥」
「ねえ浩一君、あれニアちゃんだよね?」
遠い目をする浩一の肩を叩き耳打ちしてくるヒイロ。浩一は無言でヒイロのお口を塞いだ。
「さあーどうするくず子!」
高笑いするニア。そこへ斬子は斧を手に取り、猛然と駆け寄っていく。
「だーかーらー‥‥! くず子じゃないって言ってるでしょうがーッ!」
「ひでぶッ!?」
メイドの繰り出した強烈な一撃が自称親バグアの身体を派手に吹き飛ばす。
こうして何だか良くわからないまま、小さなコントは幕を下ろすのであった。
「‥‥よっし、それじゃあ次は俺とやるか」
「私も斬子さんと戦ってみたいのですけど‥‥」
仕切り直すかのように準備運動しつつ涼が語る。続けティナが手を挙げ、模擬戦が再開される事になった。
「えっと‥‥ニアさん、大丈夫かな?」
「後でこっそり拾いに行きますか‥‥」
心配げに首を擡げるセラ。奏歌は小さく溜息を吐き、ジャングルへと目を向けるのであった。
●決意
「斬子さん、お料理に目覚めたんですね! 中華料理で良ければお教えしますよ♪」
散々模擬戦をした後、傭兵達は館に戻って夕飯の支度をする事になった。
「くず子知ってる? 天莉君って男の子なんだって」
「知ってますわよ‥‥」
中華鍋を片手にメイド服の天莉が微笑んでいる。何とも言えない空気の中、夕飯の調理が始まった。
「どうです親父さん、一勝負しませんか?」
「ほう、麻雀か。夕飯が出来るまで付き合わせてもらおうか」
「あ、ボクも参加していい?」
一方調理に参加していない涼は九頭竜家の父、息子と卓を囲んでいた。麻雀をするのに三人というのも微妙なので、浩一が強制的に付き合わされている。
夕飯の準備を進める女性勢の中‥‥実は一人メンズが混じっている‥‥で、何やらニアは傷だらけで準備を進めている。
「痛たた‥‥斬子の馬鹿力め」
「何か言いました?」
「いや、なんでもないよ‥‥」
微妙な表情を浮かべるニアを横目に笑う斬子。その隣にセラが並ぶ。
「心配でたまらないのだろうね、親とはそういうものなのだろう?」
が、声をかけたのはセラではない。別人格のアイリスは包丁を片手に斬子に語る。
「‥‥わかりますけど、でもあんな分からず屋‥‥」
「親だって我侭なんだ、食事に付き合うくらいは安いものだろう?」
ふと思い出す。そういえば最後に食事を共にしたのはいつだっただろうか。
「優しい言葉をお父さんにかけてやってはくれないか? それだけできっと、安心出来るんだ」
「斬子さん、ご家族に美味しい手料理を振舞いましょうね♪」
手際良く調理をこなしつつ天莉が笑う。斬子は目を瞑り、それから微笑みながら頷いた。
「美味しい! あの斬子が料理を覚えるなんてなぁ‥‥」
夕飯の支度が終わり、全員で囲むテーブル。父は娘の手料理を口にして嬉しそうに声を上げた。
夕焼けを背にした早目の夕飯の間、斬子はずっと何かを考え込んでいる様だった。夕飯の片付けが始まった頃、浩一は彼女に声をかける。
「君は傭兵という仕事の怖さを‥‥それこそ身を以って知っているはずだ。戻ればあの時以上の困難が君に降りかかるかもわからん」
斬子の脳裏を過ぎるのは忘れられない炎の記憶。大切な友の家族を護れなかった過去。
「‥‥それでも、君は傭兵に戻るのか?」
「ええ。危険だからこそほっとけませんもの。私の初めての友達は、とても危なっかしいから」
その優しい表情からは迷いは感じられない。浩一は頷き、その肩を叩く。
「分かった、もう何も言うまい‥‥。LHに戻るぞ。お父さんを説得しよう」
こうして傭兵達は片付けを終え、再びビーチへとやってきた。斬子の父親を説得するためだ。
何かを察したのか、険しい表情の父。最初に声をかけたのは奏歌だ。
「‥‥LHの傭兵は‥‥依頼を遂行する際、常に複数人で行動しますので‥‥一人で戦うという事はまずありません。現に、依頼を受けた奏歌達は複数でここに居て‥‥更にに面子の殆どが‥‥斬子と面識がある人間で‥‥構成されています」
「斬子ちゃんには友達も仲間も居る。決して一人じゃないんです」
続け、涼が斬子の肩を叩きながら頷く。更に涼の反対に立ち、同じく斬子の肩を叩いて護が言う。
「お金もそうですが、傭兵には命を張る理由があります。例えば友達、そして大切な家族の為‥‥。理不尽な悲劇を、もう繰り返さない為に」
最後は斬子へと目を向け、頷きながら。励ますような護の言葉に斬子は頷き返す。
「傭兵になってから良い意味で変わったと思いませんか? さっきの料理だってそうです。絶対安全とは言えませんが‥‥得るモノは大きいと思うんです!」
「彼女は一人の人間として成長してきている‥‥。見守ってはもらえないでしょうか」
更に天莉に続け、浩一が語る。それでも渋い表情を浮かべる父にティナは歩み寄る。
「お父さんは斬子さんの事信じてます?」
「斬子の事を‥‥?」
ティナは元々は軍人だった。そして彼女の父もまた軍人であった。
さる事情から父と喧嘩別れし、家を飛び出し傭兵となった。長らく父とは会っていないが、風の噂で父は今でも自分を応援してくれている事を知った。
「娘が選んだ道を信じ、応援してやらず何が父親か‥‥父はそう言っていたそうです。同じ事を九頭竜さんに求めている訳ではありません。でも今の斬子さんを見て、どう思います?」
斬子の周りには仲間達がついている。そして危険な経験を乗り越え、彼女は大きな成長を見せた。
「まだ不安かも知れません。でも、斬子さんが選んだ道を信じて見守ってあげる事は出来ませんか?」
「ふむ‥‥」
父は口元に手をやり、暫しの間唸る。緊張した面持ちで次の言葉を待つ傭兵達。しかし父親は表情を崩すと深々と頭を下げた。
「斬子の為にわざわざありがとうございます。これからも娘を宜しくお願いします」
緊張が途切れ、ほっとした空気へと変わる。そんな中ヒイロは父親に駆け寄り、その手を取って言った。
「くず子の事はヒイロが面倒見るですよ! だから泥舟に乗ったつもりで安心してるのです!」
「‥‥それは直ぐ沈むかと‥‥」
やんわりと突っ込む奏歌。ほっとした様子で胸に手を当てる斬子にニアは笑いかける。
「よかったわね。これも私が一芝居打ったお陰だわ」
「‥‥いや、貴女今回特に役に立ってないんじゃなくって?」
「え?」
ニアの頭を軽く小突くと、斬子は父に歩み寄る。
「今度からは、ちゃんと連絡もしますわ‥‥」
「斬子‥‥やっとパパの気持ちが伝わったんだねー!」
飛びついてくる父親を蹴り飛ばす斬子。砂浜に無様に転がった男を眺め、ヒイロは護の言葉を思い出していた‥‥。
「ちゃんと仲直り出来てよかったね! やっぱり笑顔が一番なのです!」
「それにしても‥‥頑丈な父親ですね‥‥」
嬉しそうに声を上げるセラに続け、奏歌がぽつりと呟く。父と娘のちょっとしたバカ騒ぎをヒイロは何やら羨ましげに見つめている。
「‥‥パパかぁ」
振り返り、浩一に飛びつくヒイロ。浩一はその頭を撫でつつ、ヒイロと斬子がこれからも良き友であり、相棒である事を願うのであった。
「玲子には私から話をつけて置こう。今日はもう遅いし、折角だから泊まって行きたまえ」
「じゃあ麻雀の続きと行くか。弟君がやけに強くてよ」
「ところで私はいつまでこの格好なのでしょうか?」
「ずっとです♪」
すっかり九頭竜家の男と意気投合した涼に続き、肩を落とした天莉の背を押しティナが歩き出す。
ヒイロは斬子に駆け寄るとその手を取り、にっこりと笑って走り出した。
こうして傭兵達はLHに帰るまでの間、賑やかなバカンスの夜を楽しんだのであった‥‥。