●リプレイ本文
●白光
極寒の大地を包む吹雪はこの地では特に珍しい事ではない。凍えた風は雪原を行く傭兵達の機体を淡々と撫でて行く。
「まったく、南の島から北極圏とはねぇ‥‥」
セガリア改のコックピットで溜息混じりに文句を言う巳沢 涼(
gc3648)。直前の任務地から考えれば確かにこの気温差は一層酷という物だろう。
「あんたが噂の玲子さんか。斬子ちゃんから話は聞いてるよ。今回はよろしくな」
「‥‥ん? ああ、こちらこそ宜しく頼む。しかし行く先々で同じ事を言われるような‥‥」
小首を傾げる玲子。涼はそれに苦笑を浮かべ、気を取り直し意識を視線の彼方へ向ける。
「廃棄基地、です、か‥‥」
霞む視界の向こう、お目当ての基地を眺めながらルノア・アラバスター(
gb5133)が小さく呟く。
「複数の熱源を探知しました。良く見えませんけど、敵はいるみたいですね」
計器を確認しつつ敵影を探知するセツナ・オオトリ(
gb9539)。そこへ基地上空を旋回する夢守 ルキア(
gb9436)が声をかける。
「セツナ君、地下の方も探って貰っていいかな?」
「‥‥反応あり、まだ稼動しているね。ポイントを送信します」
セツナ機からルキア機へ情報が送られると、ルキアは手動で情報を整理し入力。各機へと送り込む。
「ゴーレムが‥‥十、十一‥‥これ生きてるのカナ? 援軍にも注意するね」
「問題は無いと判断する。こちらの戦力は充実している。作戦に大きな変更は無いだろう」
送られてきた情報を確認するリヴァル・クロウ(
gb2337)。反応は多いが、傭兵側の戦力を鑑みれば導き出せる答えはシンプルだ。
情報の共有が完了し、いざ戦闘を開始しようというその時だ。僅かに晴れた風の向こうにルノアは目を細める。
「人型、キメラ‥‥。あんなに、沢山、見るの‥‥初めて、かも」
それは滑走路に。そして滑走路だけではなく、基地の彼方此方を彷徨う人型の影。
聞こえていたのは風の音か、それとも彼らの呻き声なのか。有体な言葉で言えば、そこはまるで地獄の様であった。
「何で‥‥なんでしょうね‥‥」
惨状に思わず呟くティナ・アブソリュート(
gc4189)。唇と共に噛み締める苦い記憶に息を吐き、改めて戦場を見据える。
平静を装うティナだが、その思いは隠しきれる物ではない。横目にティナの機体を眺め、紫藤 文(
ga9763)は思案する。
これだけ理不尽な現実を見せ付けられれば、当然彼にも思う所はある。その横顔が平静に見える事に理由があるとすれば、それは経験という物なのだろう。
「人型とか人型じゃないとか、それって何か意味があるの?」
ぽつりと言ったのはフロン・M・カーン(
gc6880)。きょとんとしたその瞳は先の言葉に深い意味が無い事を示している。
別段悪意を含んでいるわけではなく、単純に思った事を口にしただけ。しかし意味があるのかと問われれば考えずにいられないのが人という物。
「――さて、足元掬われないよう気合入れて行こう」
そこへ文の落ち着いた声が響く。思う所がある者も無い者も、それを合図としたように戦場へと向かうのであった。
●死地
「まずは景気付けだ、こいつで吹っ飛べ!」
折り畳まれた砲身を伸ばし、420mm大口径滑腔砲を放つ涼のセガリア改。キメラの群れに着弾した一撃は複数のキメラを吹き飛ばし、開戦の合図とする。
「九頭竜小隊は後方から十字砲火をお願いしま‥‥」
M−SG10を手にした文のガンスリンガーを追い抜き、キメラの群れに突進する玲子のフェニックスCOP。他の隊員は文の言う通り後方をついてくるが、隊長は話を聞いていないようだ。
「元々足並が揃うワケないんだし、いいんじゃない?」
ルキアの言葉に肩を竦め苦笑する文。突撃した玲子の機体を追う事に。
文、涼、九頭竜小隊が基地端の滑走路に向かう中、残りの傭兵は基地各地のゴーレムの殲滅を担当する。
「アクティブスラスター起動。αチーム、戦闘行動を開始します」
M−MG60を連射しながら寒冷地用の迷彩を施されたゴーレムへ向かうフロン。その援護を受け、ルノアはブーストを起動する。
「敵機の、ナンバリング、お願い、します‥‥」
呟きながらゴーレムへと迫るルノア機。加速の勢いそのままにルーネ・グングニルを深々と突き刺す。
「‥‥もう、一機、減っちゃったけど」
直後、胸から上が爆散するゴーレム。槍を引き抜き、機体を旋回させながら風を弾いてルノアは次の敵を探す。
一方、主に情報支援を行うβチームのルキアとセツナ。セツナは長距離バルカンでゴーレムを攻撃しつつ、味方との連携を考え位置取りを行っていく。
「こう言う敵って、好きだな。素材がヒトのヤツ。私、元々は対人傭兵だからね」
滑走路での戦闘を眺めつつ、全体の戦闘の状況を確認するルキア。彼女にとってヒトガタ同士の戦いに特に思う所は無いらしい。
「フロン機の近くのゴーレム六番、一番被弾してる‥‥けど、もう終わったね」
退屈そうに呟くルキアの視線の先、地上ではリヴァルのシュテルン・Gがチェーンガンでゴーレムを撃ち抜いた所だ。
γチームのリヴァルは接近戦を行うティナのアッシェンプッツェルの後方につき、近づく敵を片っ端から撃ち抜いて行く。
「戦闘は、君のスタイルで構わない。後はこちらで合わせる」
「ありがとうございます。頼りにしてますね」
リヴァルが射撃で纏めたゴーレム二機を見据え、加速するティナ機。繰り出されたヴィヴィアンは二体のゴーレムの胸を鋭く貫く。
機体を旋回させつつ槍を引き抜くティナ。振り返った彼女の視界に自分を狙うゴーレムの姿が目に付く。が――。
「‥‥損傷軽微。戦闘を継続する」
フェザー砲の光を散らし、リヴァルのシュテルン・Gがティナ機の背中を守る。何事も無かったかのように両腕のマルコキアスを連射すると、ゴーレムは見る見る穴だらけになって行く。
「痛みも感じさせずってわけにはいかない、か」
滑走路では大量のキメラの掃討が続いていた。文はショットガンで散弾を継続的に連射、キメラを纏めるように移動しつつ攻撃を続ける。
「‥‥チッ、胸糞悪ぃ。バグアってなぁ相変わらず悪趣味だな」
眉を潜め、呟く涼。キメラはKVの火砲の前では脆く、引き金を引けば引くだけ肉片と化し動かなくなっていく。
「それにしてもこのキメラ‥‥。輸送機に積むつもりだった‥‥わけねぇな」
纏まったキメラをグレネードで纏めて焼き払い、視線を巡らせる文。
滑走路にキメラが集まっている意味という物を考えてみる。大量のそれを輸送するのでなければ、集まっている理由は単純だ。
「やっぱりか」
事前にセツナが調べた地下の熱源反応とも場所は一致している。滑走路の奥、地下へと続いている出入り口が見えた。KV程度なら出入り出来そうな程の大きさだ。
「キメラプラントへの入り口を発見した。ルキアさんは各機へ通達を頼みます。うっかりふっ飛ばされると後々面倒そうだ」
後の予定を考えればわざわざ正常に放置された出入り口を壊すのは得策ではない。文は淡々とキメラを処理しつつ、上空のルキアに声をかける。
「了解。まあ、私にはあんまり関係ないケドね」
セツナがマシンガンで攻撃している敵に低空飛行しつつロケット弾をばら撒くルキア。そのまま通り過ぎつつ味方にデータリンクを行う。
「ボクだって、これくらい――!」
ゴーレムへと接近し大刀で斬りかかるセツナ。倒れた敵を見送り、深く息を吐いて次の敵を狙う。
「直接火砲支援いきます! αチームは注意を!」
滑走路の方へ近づきつつある敵へ砲身を向け、声をかける涼。彼が狙う敵に比較的近い位置にいたフロンは距離を置きつつ、システムテンペスタを起動。M−MG60を高速で連射する。
大量の弾丸で釘付けになったゴーレムの側面に涼の放った砲弾が命中し、上半身が吹き飛ぶ。同じ要領でフロンは涼の砲撃を支援していく。
「‥‥そっち、には、行かせ、ない」
滑走路方向へ向かうゴーレムの背中に急接近し槍を突き刺すルノア機。爆ぜる敵機の脇をすり抜け、更に別のゴーレムをセトナクトで両断する。
「九頭竜隊長」
「どうした」
「あのS−01、明らかに自分らのと違うんですが」
「そうだな」
大人しく機銃でキメラを殲滅する九頭竜小隊。特に派手な動きとかは無い。
「りっちゃん‥‥そっちは?」
「問題ない。程なく殲滅は完了すると判断する」
ゆっくりと歩きつつマルコキアスを掃射しまくるリヴァル機。その隣で同時にマシンガンを放つティナだが、リヴァル機の火力は凄まじく横にいるだけで敵はどんどんいなくなってしまう。
「九頭竜隊長」
「どうした」
「何か掃除機みたいなのがいるんですが」
「そうだな」
何度目かのキメラの群れへのグレネード攻撃。淡々と作業をこなしつつ、文は周囲で戦闘が決着していくのを感じていた。
戦闘は終始傭兵が敵を圧倒する形で続いた。それは傭兵側の実力は勿論、敵戦力が既に損傷していたという事も理由の一つに上がる。
既に装甲が拉げたり、五体満足ではないゴーレム。武装も万全ではないのだから、いくら数が多くても傭兵達を止められる筈もない。
中にはまだ起動はしていても何らかの理由で不調なのか、まるで身動きをしない固体まで居た。
動き回るグロテスクなキメラも、壊れた基地も、動かないまま凍えるゴーレムも、全てはこの戦場が既に死んでいる事を暗示する。
「‥‥死人の世界、か」
呟きながら振り返る玲子。悲鳴の様な風の音は、少しだけ弱まったような気がした。
●埋葬
依頼内容は防衛戦力の殲滅と基地の破壊である。しかし戦闘後、一部の傭兵は『それ以外』の行動を取ろうとしていた。
吹雪は弱まり、やがて風の落ち着きと共に僅かに白さに隠れていた悲惨な戦場がその全貌を露にする。
滑走路の中心に集められた死体、死体、死体――。文字通り山積みのそれから目を逸らし、ルノアは呟く。
「余り、見たくは、ない、かな‥‥」
「これが兄さんの言ってた、戦場の姿‥‥」
続け、セツナも神妙な面持ちで息を呑む。崩れた施設、ゴーレムの残骸、死体の山‥‥それがこの戦闘の結果だ。
「‥‥それで、皆で埋葬に行くワケだ」
滑走路に着陸した骸龍のコックピットで呆れたように呟くルキア。厳密には呆れているのではなく、理解に及ばないという事なのだが。
「夢守様はやらないんですか?」
ルキア機の隣に膝を着いたフロン機から声が聞こえる。ルキアは頭の後ろで手を組み、僅かに唸る。
「遠慮しとくよ。弔いトカ、ワカンナイもん。きみもそうじゃないの?」
「うーん‥‥。でも、皆様がそうしたいと言うなら」
理解出来るかどうかではなく、自分がどう思うかでもなく、他人の手伝いをするという事自体が彼女にとっては理由に成り得る。こんな事もあろうかと用意した簡単な防寒具を抱え、ソルダートのコックピットを降りた。
「‥‥ま、いいケド」
万が一周囲に敵が残っていないか警戒しつつ、ルキアは通信機に耳を傾ける。
地下プラントへの入り口には滑走路と入り口の瓦礫を撤去した涼のKVが停止している。涼は地下へ向かった仲間の身を案じつつ、出入り口を警戒していた。
KVを降り、生身で地下プラントへと向かった文、ティナ、セツナ、玲子の四名。その後ろを仲間に防寒具を配りつつフロンがついて来る。
「何の得にもならない作業なんだけどな‥‥っと」
薄暗い地下でライターを灯す文。地下の状態は筆舌に尽くし難い惨状であった。
腐った肉の臭いが充満した地下プラント。転がる人間ともキメラとも取れぬ死体の数々。ただ静かに動き続ける施設。
「‥‥もう、十分だろう」
立ち尽くすティナの肩を叩き、玲子が頷く。
「引き返そう」
『希望』は殆ど無いと踏んでいた。そして現実はその予想を裏切らなかった。ただ、それだけの事だ――。
地下の死体を全て回収する事は難しく、地上の死体だけを埋葬する運びとなった。それも時間のかかる作業の筈だったが、涼のKVによる作業のお陰で思いの外短時間で作業は終了する。
「どうか安らかに‥‥」
基地の外れに作られた大穴に死体を埋めただけの埋葬。セツナは手を合わせ、死者の冥福を祈る。
「こんな助け方しか出来なくて申し訳ない」
ウォッカを備え、黙祷を捧げる文。その隣に立ったティナは玲子の首にマフラーを巻き、フルートを手に取る。
「私の故郷ではこうして死者を送る事もあるそうです‥‥。本当は‥‥鐘の音で送ってあげたかったですが」
静かな音色の葬送曲が響く。それを合図としたように涼は忌々しげに基地を睨み、セガリア改を動かす。
「さて、壊しちまいましょう。こんなもんは、あっちゃいけねえんだ」
「‥‥りっちゃん」
ルノアの声に頷くリヴァル。三人の攻撃で基地は破壊され、炎が全てを飲み込んでいく。
炎を背景に空に響く旋律。それを見送るようにセツナは空を見上げる。
「‥‥それでもボクは。ちっぽけでも、皆の役に立ちたいんだ」
演奏が終わると共に大粒の涙を零すティナ。その肩を叩き、抱き寄せる玲子。ティナは涙を隠すかのように玲子の胸に飛び込んだ。
「辛い役目をありがとう。ご苦労様だな」
押し殺していた感情を溶かすように泣きじゃくるティナ。文は冷たい空気を吸い、そこに歩み寄る。
「どうですか、中尉? 嫌な事忘れて、今度メシでも。勿論、ティナさんも」
涙を拭いながら顔を上げるティナ。玲子は微笑み、力強く頷いた。
「良いのか? 言っておくが私はかなり食べるぞ」
KVへと戻って行く傭兵達。ふと足を止め、セツナは花の種を蒔いた。
全て死に絶えたこの地に。極寒のこの地に、花が咲くのかどうかは分らない。
しかし今はそれを信じてみる。死に絶えた世界にも、また命は息吹くのだと。
風の止んだ空は青く音も無く、死地から引き返す傭兵達を見送っていた。