タイトル:愚者の行軍マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/20 08:10

●オープニング本文


●師
「ヒイロちゃん、みーつけた」
 森の中、聞こえた声に少女は顔を上げる。目の前に立っていた人物を目にしても少女は膝を抱え、そこから動こうとはしなかった。
「日に日にかくれんぼが上達しちゃって、探すのがとっても大変。私がほんのちょっぴり若ければ遅れはとらなかったんだけど」
 口元に手を当て、初老の女性は優しく微笑む。それから少女の隣に腰を下ろし、共に木の葉の向こうの空を見上げた。
「‥‥ここでの暮らしはどう? 少しはみんなと仲良く出来た?」
「別に‥‥おまえには関係ない」
「関係ないなんて事は無いわ。私は貴女の家族だもの」
「家族なんて嘘‥‥。おまえも、本当はヒイロを迷惑がってるんだ。これまでもずっとそうだった‥‥」
 父も母も、自分の事などお構いなしだった。勝手にして、勝手にくたばった。
 それからの事は思い返したくもない。結局自分は人殺しの子‥‥暴力を振るう事でしか他人と関われない。くすんだ瞳で少女は自らの手を見つめる。
「ヒイロにかまうな。いつおまえを殺したくなるかもわからない」
 殺意を湛えた視線を向ける少女。しかし女は失笑を一つ、立ち上がって少女に告げる。
「不可能ね。ヒイロちゃん、確かに貴女は戦士としてはエリートよ。物心つく前から、貴女はそういう風に育てられた。でも上には上がいるものよ」
 立ち上がり、女を睨むヒイロ。少女は唐突に腰に手を回し、長い髪で隠れていた凶器を女に向けた。動きは速い――しかし。
「――笑止!」
 腕を捕まれ。そのまま天地が逆転する。
 背中を強く打ち、少女は我が身に起きた事を必死で思い返した。だが――女の動きは早く、まるで見切れない。
「何故私が貴女を預けられたのかわかる? ヒイロちゃん、貴女では絶対に私が殺せないからよ」
 優しく笑うと女は少女の手から凶器を奪い取る。
「木を削って作ったナイフ‥‥こんなものでも喉でも突かれたら人は死んでしまうわね」
 立ち上がり、祖母に殴りかかる少女。しかし女はそれをかわし、少女の足を軽く払ってみせる。
「貴女は確かに強いわ。その歳で大した物だとは思うけれど、それは良くない力。貴女はこれからその悪癖を抑え、制御しなければならない」
 立ち上がり、振り返りながら蹴りを放つ少女。その足を掴み、女は流れるような動作で少女を組み伏せる。
「これからは私が師匠です。いいですね?」
「なんだ、おまえ‥‥!?」
「その口の利き方も正さねばならないわね。目上の者には敬語を使いなさい。です、ます‥‥それが出来ないならこのまま足を折るわ」
「おまえも敵か! 敵なん‥‥うぐっ!?」
 更に強く抑え付けられ身動き一つ取れない。女は何も言わず、優しく微笑んでいる。
「まい、った‥‥」
「何かしら?」
「参りました‥‥です」
「‥‥少しおかしい敬語だけどよろしい。これからは毎日私と組み手をしてもらうわ。暴力を振るう相手は私だけにしなさい。いいわね?」
 開放されたヒイロは肩で息をしながら女を睨む。そこへ女は有無を言わせぬ笑顔で告げる。
「――いいわね?」
「‥‥ッ! わかった、です‥‥」
 拳を握り締める少女。それが全ての始まりであり、終わりでもあった。

●嘘
「ほけー」
 戦場へ向かう高速艇の中、ヒイロ・オオガミはアホ面を晒していた。その隣に腰掛けた少年は溜息混じりに言う。
「あんたずっとその調子だが大丈夫か?」
「ほ? ヒイロは大丈夫なのですよ? ところでどちらさまですか?」
「‥‥俺はグレイ。あんた、ヒイロ・オオガミだろ?」
「ヒイロ有名人だったですか!?」
「いや違う、個人的に俺が調べていただけだ」
 少年は懐から写真を取り出し、ヒイロに見せる。
「これはカシェル先輩‥‥じゃなくてルクス?」
「ああ。あんた、奴とやりあったんだろ? 俺はずっとルクスを追ってたんだ。ダチが殺されてな」
 思いつめた横顔にヒイロは何とも言えない表情を浮かべる。少年はそれに気付き首を横に振った。
「‥‥いいんだ、仇は誰かが討ってくれた。それよりあんた、気付いてるんだろ?」
「何にですか?」
「この組織の危険性にだ。ルクス・ミュラーも、死んだ俺のダチも、この組織に関わってからおかしくなっちまった」
 目をぱちくりさせるヒイロ。今二人はネストリングの依頼で戦場へと向かっている途中だ。
「悪い事は言わないからこの組織と関わるのはやめておけ」
「じゃあ何でグレイ君はここに?」
「そりゃ‥‥連中の尻尾を掴む為だ。この組織が元凶なら、俺はそれを許さない」
 写真を懐に戻し、少年は決意を含んだ息を吐く。
「あんたも騙されてるに違いない。今ならまだ間に合う」
「ヒイロ別に騙されててもいいのですよ?」
 意外な答えに固まるグレイ。ヒイロは笑顔で続ける。
「ブラッド君が嘘吐きなのは気付いてるのです。嘘を見抜くのは得意なのですよ」
「なら、何故?」
「疑って裏切られるより、信じて裏切られた方がいいから」
 目を瞑り、何かを懐かしむかのように少女は微笑む。グレイは肩を竦め顔を逸らした。
「イカれてる」
「えへー! よく言われるのです!」
 小声で話していた二人の会話はそこで終わった。戦場に着くまでの間、二人はお互い何かを考えるように沈黙を守り続けた。
「俺はこっちだ」
「ヒイロはこっちなのです」
「‥‥忠告はしたぞ。危険を感じたら直ぐに手を引くんだ‥‥いいな?」
 ぽりぽりと頬を掻き、ヒイロは背後で手を組んで苦笑を浮かべる。
「ブラッド君は嘘吐きですが‥‥ヒイロや、新人傭兵さんを見ている時、たまにとても優しい目をするのです」
「は?」
「優しくて、あったかくて‥‥ヒイロは多分、ブラッド君に前に会った事があるのです。だから‥‥」
「それが理由か?」
「どんな人が相手でも、まず信じる事。そして笑顔を向けて、手を取り合う事‥‥そうしなきゃ心を閉ざした人は笑ってくれないんだ」
 ぺこりと頭を下げ、手をぶんぶん振ってヒイロは走り去っていく。その背中を見送り少年は溜息を一つ。
「‥‥やっぱイカれてるよ、あんた」
 二人は別々の方向へと進んでいく。二人が戦場で肩をならべる事は、その後一度も無かった。

●参加者一覧

上杉・浩一(ga8766
40歳・♂・AA
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
張 天莉(gc3344
20歳・♂・GD
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
三日科 優子(gc4996
17歳・♀・HG
茅ヶ崎 ニア(gc6296
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●わん湖とワッシー
「ワッシーか」
「ワッシー‥‥ですか?」
 湖の畔にて肩を並べる上杉・浩一(ga8766)と張 天莉(gc3344)。湖を眺める二人の視線の先、黒い影が水面に揺らぎを生み続けている。
 話の流れでわん湖と命名された今回の舞台。そこに生息する竜はワッシーと命名されたようだ。そこに関しての言及は止めておく。
「前は火竜、その前は‥‥。ほんと、伝説上の生き物が好きですね‥‥」
 苦笑しながら呟くティナ・アブソリュート(gc4189)。浩一は頷きながら前に出る。
「小さい頃はツチノコやチュパカブラを求めて山を登って、よくお袋に怒られていたっけか。折角だ、記念撮影といこうじゃないか」
 一見そうは見えないがウキウキした気分で三脚を設置する浩一。一方犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)は釣竿の準備をしながらぼやく。
「キナ臭いよなー‥‥。いやヒイロじゃなくて、ネストリングな」
「臭いですか? ところでバイトの人は何故ヒイロの首根っこに針を引っ掛けてるですか?」
「丁度良い機会だから湖で行水してみるか、ヒイロよ」
 驚き、じたばたもがきながら逃げてくるヒイロ。そこへピクニック気分の三日科 優子(gc4996)が声をかける。
「みんな、休憩にしようや。ほら、ヒイロもしょぼくれいていないで、ご飯やから元気出し」
 レジャーシートの上に広がるお弁当に釣られ、ヒイロも優子に同席する。二人はから揚げを頬張りながらご満悦な様子だ。
 方や記念撮影の準備、方や釣り糸を垂らし、後方ではピクニックというカオスな状況だが、シリアスに今回の依頼を捉えている者も居る。
 湖畔の端、皆とは離れた所で木に背を預け巳沢 涼(gc3648)は物思いに耽っていた。
「ネストリングの依頼を遂行するのは‥‥本当に正しい事なのか?」
 依頼を引き受けはした物の涼は悩んでいた。以前受けたネストリングからの依頼で起きた事、胡散臭い依頼人の事‥‥。
 そんな怪しい依頼に参加したのは偏にヒイロの為だ。あの子を守る事でしか自分の中の影は晴らせないのだと、涼は理解しているのだ。
 同じく米本 剛(gb0843)も依頼に怪しさを感じている一人だ。しかしこの一帯は以前自分が別の依頼で調査を担当した事もあり、戦いへ赴く覚悟にブレはない。
「うっかり、では済みませんからね‥‥」
 内容は兎も角依頼は依頼。今はただ戦士としての領分を全うするしかない。
「タイマーは‥‥これでよし。皆、とるぞ」
 ひらひらと手を振っている浩一に気付く二人。どうやら本当に記念撮影をするようだ。
 浩一を中心に横一列に並ぶ傭兵達。こうして釣竿片手の犬彦と何故かびしょ濡れでしょぼくれた顔をしたヒイロが異彩を放つ写真が撮影されるのであった。
 その後、浩一はレフ板を持った茅ヶ崎 ニア(gc6296)を連れ回し何度かワッシーを撮影。ぷるぷるしているヒイロの隣で天莉はそれをニコニコと眺めていた。
「ワッシーってか、湖の名前自体がヒイロさんの思い付きですよね?」
 優子に『そーれ!』と笑顔で水をかけられたヒイロはしょぼくれた顔で頷くだけであった。

●水際の戦
 そんなこんなでいよいよ水竜キメラことワッシーを討伐する事になった。気分を入れ替え、傭兵達は湖畔に立つ。そして――。
「やーい、醜いずるずるのべしゃべしゃの濡れ雑巾め! ピッチャーびびってる〜、ヘイヘイヘイ!」
「ワッシー! お前の名前はワッシーだー!」
「釣れへんなー。やっぱエサはヒイロやないと駄目か‥‥?」
 腰を低く落とし、両手でメガホンを作りイラっとする動作で叫ぶニア。隣で両手を振り、天莉も一生懸命ワッシーを呼んでいる。犬彦は段々釣りに飽きてきた様子だ。
「どういうことなの」
 頭をタオルで拭きながらぽかーんとヒイロが呟く。そこへサムズアップしながらニアが振り返った。
「今回はちょっとシリアス‥‥。しかし例え死の谷の陰を歩むとも、ユーモアは忘れじ‥‥!」
 いい笑顔のニア。ティナはヒイロの背後に立ち、肩をぽんと叩いてゆっくり後退させる。
「いえ、油断するとヒイロさんが何故か食べられたりしてそうなので‥‥」
「え?」
 ヒイロの頭を拭きながらにっこりと微笑むティナ。本当にありそうなのが怖い。
「では自分も‥‥失礼」
 咳払いを一つ、腹に力を込めて剛が雄叫びを上げる。あまりの気迫に場が静まり返り、森の中で一斉に鳥達が飛び去る音が聞こえた。
「お?」
 釣り糸を垂らしていた犬彦が急接近する影に気付き顔を上げる。すると巨大な蛇の様なキメラ、ワッシーが犬彦へと襲い掛かってきた。
「ぬおおおっ!? お、お星様二秒前やった‥‥!」
 ワッシーに丸呑みにされそうになった犬彦は槍をつっかえ棒の様に構え、ワッシーの口を押し広げて構えていた。
「ほらアンカー急いで! こんなん釣竿で釣れるか!」
 一瞬皆『えー』という顔をしたが、すかさず涼がアンカー発射装置を構える。
 暴れるワッシーに銃口を向けるティナとニア。ニアの制圧射撃で少し大人しくなった所へ涼がアンカーを射出する。
 アンカーは犬彦が広げた口の中へと消え、犬彦は槍を抜いて後退。涼はアンカーを巻き取り、ワッシーを陸に引き上げようと試みる。
「フルパワーだエル! 踏ん張るぞ!」
「不遜ながら、自分も手伝わせて頂きましょう」
 そこへ剛が駆けつけ、涼と共にアンカーを引く。しかしそれでワッシーと漸く拮抗という状態だ。
「ひひひっ! 暴れるなら黙らせればええ事や!」
 何やら引き攣った笑みを浮かべ、ワイヤーの上に飛び乗る再び跳躍する優子。アンカーで固定されたワッシーの頭に蹴りを放ち、続けて爪を繰り出した。
「好機です!」
 剛と涼は力を振り絞りアンカーを引く。すると根負けしたようにずるりとワッシーが陸地へと倒れ込むのであった。
 湖に戻ろうとするワッシーをアンカーで引き続ける涼。そこへ一斉攻撃を仕掛ける傭兵達だが‥‥。
「上からも敵が来てるわね!」
 飛来する飛竜に気付き、すかさず小銃を空に連射するニア。迎撃を受けた飛竜は空中で静止、様子を見るように旋回している。
「こちらは引き受けます!」
 ニアに続きティナが小銃を放ちながら飛竜に向かう。天莉と剛は左右から挟みこむようにワッシーに周り込む。
「残念、逃しませんよ‥‥」
 長大な身体をくねらせるワッシー。剛はその一撃を受け、がしりと身体を掴んでみせる。涼と剛に拘束されもがくワッシーにヒイロと天莉が迫る。
 素早く跳躍したヒイロは空中を回転するようにして左右の爪を繰り出し、二撃目でワッシーの頭を強く大地へと叩き付けた。
「天莉君!」
「ヒイロさんのどや顔もサマになってきましたねー」
 微笑を残し、体を回転させるようにして鋭くワッシーの頭を蹴り上げる天莉。顎を打たれ仰け反るワッシーへ正面から浩一が駆け寄る。
「相手がワッシーでも容赦はしないぞ。それはそれ、これはこれだ」
 剣の紋章が輝き、浩一の刀から強烈な斬撃が繰り出される。ワッシーは悲鳴を上げ、次の瞬間完全に陸へと引き上げられるのであった。
 一方対飛竜戦。ニアの射撃で動きの止まった個体を狙い、木の上から優子が跳躍する。滞空する竜に捕まるとその身体を蹴り落とす。
「あひゃひゃひゃひゃ! みんな見たか!?」
「‥‥まともな戦闘は初めてって聞いてたんだがな」
 苦笑を浮かべ、それが杞憂だと知る涼。その様子を横目にティナは低空飛行して襲い掛かる飛竜と対峙する。
 擦れ違う瞬間、機械剣の光が瞬いた。翼を切られた竜は地を滑り、ティナは振り返りながら銃を構える。
「このサイズで小柄とか冗談やろ、バンバン飛んできたら堪らんて」
 飛竜を撃ち落しながらごちる犬彦。とは言え見た目は兎も角攻撃手段は突撃しかないので、突っ込んで来るのを槍で弾き、突き刺すだけである。
 殆どの飛竜を撃退すると、残った個体は尻尾を巻いて逃げていく。一方ワッシーは湖に戻る事を諦めたのか、暴れながら雄叫びを上げた。
 長大な身体でのた打ち回るだけでそれが攻撃となる。地を素早く這い、ワッシーは大口を開けてヒイロへと迫った。
「わふ!?」
 強烈な体当たり、しかしそれはヒイロの前に立つ剛と犬彦によって完全に阻止されていた。ぴくりとも動かぬ巨体を剛が弾き返し、犬彦が脇腹に槍を突き立てる。
「そろそろ終わりにするぜ!」
 槍を手に声を上げる涼。ティナ、優子と共に移動スキルで高速接近し、代わる代わるそれぞれの一撃をワッシーに叩き込んでいく。
 更に遠距離からニアが銃弾を、浩一が衝撃波を放つ。そこへ懐に飛び込みつつ、ヒイロが声を上げた。
「天莉君、手伝ってほしーのですよ!」
「危ない! 帰るまでが依頼ですよ、ヒイロさん!」
 蠢く竜の腹を鋭く蹴る天莉。ピタリとその動きが止まると、ヒイロは横たわる蛇の腹に爪を突き立てる。
 爪を刺したまま移動スキルを使い湖まで突っ切るヒイロ。腹を一気に裂かれた竜は断末魔の悲鳴を上げ倒れたが‥‥。
「ヒイロさん!?」
 勢い余ってヒイロは湖に沈んでいくのであった。

●来客
 溺れたヒイロを救出し、口からぴゅーっと水を噴くヒイロが何とか復活した頃。
「たまにはさっぱりするのも良いものですよ?」
「天莉君‥‥他人事の様にっ!」
「帰ったらお風呂ですね。ひとりが嫌なら一緒に入ってあげますから♪」
「ほんとですか? ほんとに一緒に入ってくれるですか?」
 びしょ濡れでティナに縋りつくヒイロ。剛にトリートメントセットを渡されヒイロがぷるぷるしてたその時――。
「あのさー、何で君らそんなに殺気バリバリなの? 隙全然ないねー」
 森の方から聞こえた第三者の声に全員が構えを取る。現れたのは巨大な鋏の様な武器を担いだ小柄な少女だった。
「あのスナイパーじゃない‥‥?」
「なんや自分?」
 ぽつりと呟くティナに続き優子が睨みを飛ばす。少女は八重歯を見せてけらけらと笑って言った。
「だーからさー、何もしないってば。ホントは出てくるつもりも無かったんだけどさー。君らが出て来て欲しそうだったからさぁ」
 全員がイレギュラーへの警戒を怠らなかった為、ヒイロの守りは完璧過ぎる。相手が何であれ迂闊な手出しは出来ないだろう。
「アハッ! ねえ、そんなに戦いが欲しい? その子が狙われる所が見たい?」
 話もそこそこに聞き流し、涼は少女を注意深く観察。しかしそのどの特徴も以前遭遇した相手には当てはまらない。
「別の敵‥‥まあいい、てめぇらの好きにはさせねぇ」
「好きにするってどーいう事?」
「友達に手を出す気なら許さんで」
 武器を構える優子。少女は担いだ鋏を二つに分割し、左右の手で構えて歩き出した。
「見てるだけにしろって言われたけどいーよね? しょーがないよね? せーとーぼーえーだよね――アハハッ!」
 急加速し接近する敵に立ち塞がる犬彦。回転するようにして連続で繰り出される刃に弾かれ、地を滑り後退する。
「ち‥‥ッ! こりゃガチでやらなあかんな‥‥!」
「無理に相手をする必要はありません! ここは撤退を!」
 ティナの声で走り出す傭兵達。天莉と剛がヒイロを守りながら後退すると、鋏の少女は犬彦との打ち合いを止め背後に跳ぶ。
「‥‥背中をちょん斬ったら後でバレちゃうじゃん。ま、いーや! どうせまた嫌でも戦う事になるんだし――?」
「はい笑ってー」
 その時、浩一がカメラを構えた。隠密行動中ならば写真を撮られる事を嫌う筈だと踏んだその行動の結果‥‥。
「いえーい!」
 少女は素早くポーズを取り、何枚かいい感じの写真が取れてしまった。微妙な空気の中、少女は肩を竦める。
「かわいーあたしを撮りたくなるのはわかるけど‥‥おじさん、ロリコンなの?」
 一見分らないが二重の意味でショックの浩一。鋏を担ぎ、少女は森の中に後退する。こうしてまるで何事も無かったかのように静寂が戻るのであった。
「引いたか‥‥ったく、一体何だってんだ? やっぱり狙いはヒイロちゃんなのか?」
 以前依頼中に襲ってきた敵は二人。先程の少女はそのどちらの特長とも符号しない‥‥となれば、答えは一つだ。
「あんな感じの敵が少なくとも三人居るって事か‥‥くそっ」
 怒りに拳を握り締める涼。ニアは敵の去った森を見つめる犬彦へと駆け寄る。
「今日はこのくらいにしといてやるか‥‥。犬彦、大丈夫?」
「‥‥ん、まあな」
 そう返しながら槍を握る手を見やる犬彦。本気でやらなければどうなっていたか‥‥いや、相手が本気なら‥‥。痺れた腕を軽く振り、小さく息を吐いた。
「ヒイロなんだかよくわからなかったのですが‥‥何がどうなったですか?」
 天莉と剛にばっちりガードされたヒイロが背伸びしながら呟く。天莉は振り返り間抜けな顔をしたヒイロの頭を撫でた。
「ヒイロさんが襲われたりしなくて良かったです。私達が傍に居ますから、大丈夫ですよ」
「‥‥ヒイロが狙われてたですか? みんなそれで、危ない目に‥‥」
「どういう事かは知らんし、ウチには関係もないけど‥‥ウチはヒイロの友達やで」
 しょぼくれた様子のヒイロに笑いかける優子。ヒイロはこくりと頷いた。
「上杉さん、写真は無事だった?」
 カメラを手にしょんぼりしている浩一に問いかけるニア。浩一は軽くカメラを掲げて応じる。
「壊させるわけが無かろう、折角皆でとった記念写真だぞ? それ以外の意味はないぞ‥‥」
「わ、わかってますよ。ロリコンじゃないって事は‥‥」
 微妙な空気の二人。剛は咳払いを一つ、周囲を警戒しつつ語る。
「一先ず安全な場所まで引き返しましょう。脅威は去ったように見えますが、まだ万全とは言えませんので」
「そうですね。それにヒイロさんは帰ったらお風呂もありますし♪」
 シャンプーハットを被り、小刻みに震えるヒイロ。その肩を叩き微笑みながらティナは次こそは宿敵に借りを返そうと誓った。
 帰り道は長い。安全な場所に引き返すまでまだ時間がかかるだろう。
 傭兵達は倒したキメラの死体を残し、周囲を警戒しつつ来た道を引き返していく。
「‥‥好きにはさせねぇ。ヒイロちゃんだけは、絶対に‥‥守ってみせる」
 殿を務め、最後に戦場を振り返る涼。その胸に宿る意志は来た時と変わらない。むしろより一層、強く願うのであった。