タイトル:胡蝶の夢マスター:神宮寺 飛鳥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/23 06:49

●オープニング本文


「本当に、これで良かったのかい?」
 暗がりの中に響く声に振り返ると、そこには美しいドレス姿の人物が立っていた。赤いマントを揺らし歩み寄る『彼』に、デューイ・グラジオラスは笑いかける。
「俺はてっきり、君は天枢との約束を守る物だと思っていた。けれど君は彼女を巻き込んでしまった」
「望んであいつが関わった事に文句はつけられねぇさ」
「ふふ、どうかな? どちらにせよ君は大罪の徒‥‥君と天枢が居なければ、こんな世界は存在しなかったろうね」
 薄暗い通路に立つ二人が眺めているのは壁ではなく硝子。その半透明な壁の向こうには夜の街が再現されている。
 地下に作られた人の世界の模型。そこではかつて人間だった者達がそれを理解出来ず、未だに人間のフリをし続けている。
「君には感謝しているんだ。君と天枢の協力なくして俺は俺になる事は出来なかっただろうね」
 目を瞑り、過去に思いを馳せるデューイ。そこにはデューイと天枢、そして二人の間に立つ少女の姿があった。
 三人は友であり、家族同然だった。その頃デューイはただの軍人で、天枢は旅の芸人だった。出会いは取るに足らない事だが、次第に二人は気の合う友人となった。
 天枢は孤児のメリーベルを拾った事を契機に根を下ろす地を探していた。デューイは故郷の田舎を紹介し、天枢はそこで暮らす事になる。
 だが穏やかな時間は長く続かなかった。赤い月からの侵略者により、世界の情勢は一変したのだ。
 デューイに能力者の資質があると分って間も無く、天枢も同じ資質に導かれ、二人は故郷を守る為に戦う事になった。
 故郷から遠く離れた地で戦った日々は今も鮮明に思い出せる。守りたかった故郷が無くなったと知った日の空の青さも、忘れる事は出来ないだろう。
「君達に出会うまで俺は俺という自我を持たなかった。君は戦うだけだった俺に人形を造る楽しさを教えてくれたね」
 人間では叶えられなかった夢を叶える為、異形の前に跪いた。
 怪物は人を知りたがり、男はその望みを叶える代価として、その技術の恩恵を受け取った。
 要するに、ギブアンドテイク。変わり者の怪物は今でもその契約を大切にし、デューイを生かしておいている。
「天枢という友を売り、仲間を売り、世界を売り、君は俺を育てた。感謝しているよ、その裏切りに」
「お前も変な奴だよ。俺は用済みなんだから、殺せばいいのによ」
「友達は殺さないさ。無論助けもしないけどね。ただ俺は君が仲間の手で討たれ、のた打ち回り泣き喚きながら死んでいく姿が見たいのさ」
 虫も殺さないような優しい笑顔で人形師は告げる。そう、結局は自分もまたこの化物の掌の上‥‥。男は息を吐く。
「だけど君の願いは叶えられた。君が望んだ世界は、こうして僕の『ミュージアム』に飾られている」
 ジオラマに手を翳す人形師。美しいその横顔に男は失笑を浮かべる。
「お前は変わってる。お前がおぞましい化物だと知った今でも、時々俺にはお前が天使のように見える」
「全ては物の捉え方一つさ。天使と悪魔は表裏一体だよ」
 肩を竦めるデューイ。どうせ残された時間は少ない。今更倒そうと考えるにはこの化物は強くなりすぎた。どう足掻いても自分は地獄に落ちるしかないと自覚している。だから‥‥。
「‥‥なあウルカ。俺はたまに思うんだ。これは全部夢なんじゃねえのか、ってよ」
「現実逃避かい?」
「かもな‥‥。でもよ、人の一生なんてみんなそうさ。とても壊れやすい夢みたいなものなんだよ。足掻いても足掻いても、大切な物は崩れちまう」
 様々な可能性があった。
 『こう』ではない未来を掴み取る為の努力はいくらでもあったのだ。
 男は自分と対峙した少年に言った。この現実こそが望んだ結果なのだと。それはきっと自らへと向けられた言葉でもあった。
「全て守りたかったがそりゃ無理な話だった。結局俺に守れる物はこの両手分しかなかったんだ。分相応な無力さに気付いた時には、何もかも手遅れだった」
「‥‥けれど君は取り戻したじゃないか。僕という罪の力で――君の妻と娘を」
 このジオラマの街のどこかで、思い出の景色に紛れそうな姿をしたキメラが二体、今でも幸せに暮らしているだろう。
 世界を守ると息巻いて飛び出した故郷で。行かないでと泣いていた妻と、年端も行かぬ娘は。自分の知らない夜、呆気なく蹂躙されてしまった。
 本当に大切な物だけを守れば良かったのだと、肉片と化した愛する人を見て理解した。それ以外の全てを犠牲にするべきだったのだ。あの時も、今も――。
「――ちっこい、アホ面の後輩がいてよ。クリスマスプレゼントだっつって、ライターなんか贈ってきてよ。生きてりゃ、俺の娘だって‥‥」
 銃弾で壊れたライターを握り締め、目を瞑るデューイ。人形師はその肩を叩いて囁く。
「君が最も罪深いのは、どっちつかずである事さ。君は半端に人を愛して、半端にその決意を踏み躙る。俺には君が俺以上の化物に見えるね」
 微笑を残して去っていく人形師。デューイは暗がりの中、硝子の壁に手を伸ばした。
「全部夢なら‥‥良かったさ。なあ‥‥天枢」
 写真の中でなら幸せな景色はあの頃のまま。夢の中なら、その先だって見られる。
 それでも現実は残酷にただ事実の続きだけを演出し続ける。時を巻き戻せず、願いが叶わないのなら――。
「言い訳は、ここまでだ」
 悪党ならば悪党らしく、最後まで皮肉を言って死のうと思う。
 のた打ち回り泣き喚きながら死んでいく。自分が育てた化物に笑われながら死んでいく。
 お似合いだと思う。だからそれを叶えてみようと思う。それはきっと夢幻のような素敵な結末だと、そう思うから――。

「よく来たな、カシェル」
 守れなかった故郷を最後の戦場に選んだ事に、恐らく理由は無かった。
 黒衣を揺らし、少年は哀しげな瞳で自分を見つめている。
 少年はお人好しだ。そのお人好しに随分と過酷な物を背負わせてしまった。
「お前もいい加減、俺との付き合いはうんざりだろ?」
 少し似ていると思う。昔の自分と。
「終わりにしようぜ。これまで色々あったけどよ」
 剣を抜く少年を見つめ、どこか心は安らかだった。
 手を抜くつもりはない。これは最後のテストなのだ。
「――ここで決着、つけようぜ」
 何も語らぬ少年の唇。噛み締められたそれを前に、男は銃を手に走り出すのであった。

●参加者一覧

メアリー・エッセンバル(ga0194
28歳・♀・GP
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
崔 南斗(ga4407
36歳・♂・JG
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
月読井草(gc4439
16歳・♀・AA
雨宮 ひまり(gc5274
15歳・♀・JG
緋蜂(gc7107
23歳・♀・FT

●リプレイ本文

●望郷
 造られた偽りの村。見覚えある光景に慄然としながらも崔 南斗(ga4407)はどこか納得する自分を感じていた。
 既に何年も前に地図上から消滅したはずのその村は確かに存在している。地図と配置を照らし合わせてみても、その再現度は完璧に等しい。
「デューイ・グラジオラス。バグア‥‥というより人形使いに付いた男。どっち付かずで善くも悪くもなれない不良中年ってところなのかな」
 村を眺めながら呟く赤崎羽矢子(gb2140)。民家の中に住人らしき気配は感じるが、それが外に出てくる事は無く、そしてそれらは明らかに人間の気配ではない。
「我の近くにいれば、我を盾にしてでも敵を殺せ」
 カシェルの前に立ち、月城 紗夜(gb6417)は振り返りながら告げる。カシェルは困った様に微笑み、首を横に振った。
「女性を盾には出来ませんよ‥‥でも、覚悟は決めてきたつもりです」
「裏切り者なら覚悟は出来ている筈です‥‥。この地で終わらせましょう」
 槍を手に周囲を警戒しつつ緋蜂(gc7107)が頷く。それにカシェルが頷き返した時、唐突に遠くから声が聞こえてきた。
「遠路遥々ご足労ー! ようこそ我が故郷へ!」
 村の広場にある演説台から遠巻きにメガホンで叫ぶデューイ。月読井草(gc4439)は身を乗り出し、両手を振って応える。
「デューイ、ここで会ったが百年目ー!」
「またお嬢ちゃんか。構うなって言ってんのによ」
「嫌だと言っても構うよ、猫だから! それに‥‥」
 呆れた表情のデューイ。これまで彼と何度も顔を合わせて来た井草だが、彼の事は嫌いになれなかった。
「お前が何故人形師に従っていたのか‥‥これがその理由か!?」
 南斗の問いにメガホンを下ろし、背を向け走り去るデューイ。追撃の為走り出す傭兵達、その周囲をキメラが取り囲む。
「この間のキメラか‥‥」
 簡易強化人間とも呼ぶべき戦闘力の高い人型キメラ、オラトリオ。それらに囲まれ武器を構える傭兵達の中、雨宮 ひまり(gc5274)は俯きながら呟く。
「カシェル君‥‥」
 もっとしっかりしなければと自らに言い聞かせつつ、少年の横顔を見やる。弓を強く握り締め、少女は嘗ての戦いを思い返していた。

「ここが‥‥デューイさんの」
 花に囲まれたその家は村の外れにあった。仲間と別行動を取りそこにやって来たメアリー・エッセンバル(ga0194)はオレンジ色の花に手を伸ばす。
 その花は夏に咲く花。まだ肌寒いこの地に溢れんばかりに咲くそれらが偽者なのだとメアリーには直ぐ分った。
 しかし全て偽者とは言い切れない。丸太小屋の様なこの家だけは、手作りの拙い暖かさに満ちている。
「ここに彼の家族は居ないよ。形だけの故郷だからね、ここは」
 気配も無く聞こえた声に振り返るメアリー。そこにはタキシード姿の青年が花束を手に微笑んでいた。
「人形師‥‥」
「そんなに怖い顔をしないで。俺は‥‥僕は、私はね。ただ見届けに来ただけなんだ。ここは俺にとっても故郷の様な物だからね」
 優しく微笑む人形師。その様子は嘘を吐いている様には見えない。
「そっちの彼にもお願い出来ないかな。君のお友達だよね?」
 物陰に声を投げかける人形師。暗がりから姿を現した須佐 武流(ga1461)は正面から人形師を睨むのであった。

●逃避
「悪いけど通らせて貰うよ」
 立ち塞がるキメラを剣の柄で殴り、派手に吹き飛ばす羽矢子。雑魚には脇目も振らずデューイを追う。
 続け緋蜂も広場へ向かうと、キメラは二人を追いかけようとする。そのキメラの背中目掛けひまりと南斗が攻撃、残ったメンバーも移動しながらキメラとの戦闘を続ける。
「こいつらをさっさと片付けないと‥‥!」
 次々に手にした十字架で襲い掛かるキメラ。その攻撃をカシェルが受けると、ひまりは纏まった敵に束ねた矢を放つ。
 無数の光の軌跡が敵を穿つと紗夜は迅雷で急接近。擦れ違うと同時に斬撃を繰り出し、続け背後から再びキメラを斬り付ける。
「いつまでも構ってらんないからね!」
 南斗の援護射撃を受け超機械でキメラを攻撃する井草。怯んだ敵を次々に薙ぎ払い、血を振り紗夜は走り出す。
「良し、追うぞ」
 広場へと走る傭兵達。カシェルは走りながらそっと背後を振り返る。そこにはひまりがぴったり後ろにくっついていた。
「近い‥‥」
 冷や汗を流し呟くカシェル。尤も戦略的にそれは正しいのだが。
「任務です‥‥全力でいきます」
 一方広場ではデューイを追って緋蜂がキメラと戦闘していた。
 立ち塞がるキメラに足止めを食う緋蜂だが羽矢子は邪魔な敵を蹴散らしデューイへ直進する。結果的に緋蜂が邪魔者を引き受けた形だ。
 デューイは二丁拳銃を連射し羽矢子を迎撃しようと試みるが、その機動に照準が追いついていない。
「速過ぎだろ、目で追うのも‥‥!?」
 放たれたエナジーガンの光。デューイは後退し更に伏せていたキメラを壁にするが、羽矢子を見失ってしまう。
 背後に回りこんだ羽矢子が繰り出す刃がデューイの背を切り裂く。デューイは反撃でナイフを振るうが、刃はまるで追いつく気配がない。
 緋蜂の相手をしていたキメラも振り返り羽矢子に電撃を放つが、四方八方から来る衝撃を片っ端から回避してしまう。
「おいおい、勘弁してくれよマジで!」
「背中を見せるとは‥‥見くびられたものですね」
 慌てるデューイ。緋蜂は自分に背を向けたキメラを思い切り槍で貫く。続け近場に居た別個体の側面に回り込み、身体を捻り槍で強烈な殴打を繰り出す。
「デューイ!」
 駆け寄りながら叫ぶ井草。緋蜂が叩いたキメラを殴り飛ばし、猛然とデューイへ迫る。
 その場から逃れようと走り出すデューイの足をひまりの放った矢が貫き、デューイは転倒。足を引き摺り、男は懐に忍ばせた閃光手榴弾を投げる。
「同じ手を何度も食らうか!」
 目を瞑りつつ、デューイの居た方向へ銃を乱射する南斗。光は夕闇を照らし上げたが、兎に角引き金を引きまくった。
「って、何だこりゃ――ペイント!?」
 南斗が放ったのはペイント弾。面制圧の乱射攻撃により命中した弾は弾け、片目を潰されたデューイが眉間に皺を寄せる。
 そこへ南斗より前に居た為頭にペイントを被った井草が雄叫びを上げながら駆け寄り、デューイの顔を超機械を発動しながら殴り飛ばす。
 ナイフを手に取り井草を切り付け、煙幕弾と同時に無数の手榴弾を投げるデューイ。広場で連続して爆発が起こり、振動が空にまで響き渡っていく。

「いいのかい? あちらは大変そうだけど」
「アイツはムカつく野郎だが‥‥知らなければならない。知らなければ、何も届かないからな」
 微笑む人形師に言葉を返す武流。メアリーは歩み寄り、人形師に語る。
「私には、あなたが悪人には思えない。私達は‥‥似ているから」
 庭師として草花を愛でるメアリー。人形師と自分の違いは、何を飾るかの違いしかない‥‥そう思う。
「ただ私は、人間は生きてこそが一番美しい姿だと思ってる。花も、土に根を張り生き生きと育ち続ける姿が一番美しいから」
「けれど花はいつか散る。命は美しく、そして儚い。俺はね、永遠を閉じ込めたいんだ」

 爆風で吹き飛ばされた傭兵達。常人なら死に至る一撃も、彼らの足止めにしかならない。
 足を引き摺り必死で逃げるデューイに急接近し、その背中を斬り付ける紗夜。デューイは血を吐きながら銃を乱射し、ナイフを振り回す。
「貴公のやりたかった事は、叶ったか?」
 無様な敵に問う。決着をつけに来たと言う事は、願いが叶ったという事だろうと紗夜は推測する。
「貴公か、人形師か、我々か。どれだ、此処で死ぬ『カジモド』は?」
「まだだ‥‥俺はまだ!」
 銃を向けるその腕を蹴り飛ばし、デューイの首筋に刃を突きつける紗夜。
「ここを戦場にして良いのか? 『家族』を巻き込んで心中か?」
 南斗の声に目を向けるデューイ。南斗は懐から一枚の写真を取り出した。

「その写真は‥‥」
「南斗さんと紗夜さんが調べてくれたの。これ、あなたでしょう?」
 そこにはメアリー達が立つデューイの家の前、仲良く並んだ三人の男と一人の少女が映りこんでいる。
「あなたはこの村でデューイさんと一緒に暮らしていた――」

「――お前達は短い間とは言え家族として共に暮らしていた。これがメリーベルの言葉の意味なんだな?」
 キメラに滅ぼされた辺鄙な村で、デューイは家族を失った。村の生存者はメリーベル一人だけだった。
 デューイと天枢は焼け野原に帰りそれでもここでメリーベルと暮らしていく事を選んだ。デューイが連れてきた人形師と共に。

「メルも天枢も俺がバグアだとは思わなかったらしい。短い間だったけどここでの暮らしは悪くなかった」
 目を瞑る人形師。そしてデューイ達と共にこの村を再建し、天枢から人形作りを学んだ。その技術を応用し、人形のキメラを生み出した。
「尤も天枢は俺の正体に気付き、刃を向けてきたけどね」
 メアリーに花束を渡し、人形師は微笑む。その瞳に悪意の様な物は感じられない。
「俺はデューイに二つの家族を与えた。人形の妻と娘、そして‥‥メルと天枢、俺という家族。彼はその両方に囚われているのさ」
「それが‥‥今のアイツを作った過去」
 呟く武流。人形師は二人に背を向け、軽く手を振る。
「また会おう。ここは彼の舞台‥‥だから、今度は僕の、私の舞台で」

「関係ないさ‥‥そんな事は!」
 叫ぶと同時に飛び退くデューイ。更に現れたキメラを盾に銃を構える。
「ここが全ての始まり! なら俺は、ここで――!」
 パリンと軽い音が響き、デューイの手から下がる宝石の様な形をした装置が砕け散った。
 どこからとも無く放たれた弾丸はキメラに指示を与える装置を破壊した。弾丸を放った武流はライフルを下ろし、メアリーと共に歩み寄る。
「現実から逃げたきゃ勝手に逃げろ。ただし、お前のやってきた事を見逃がすわけにはいかない」
 キメラは動かず手持ちの武器も尽きた。傷だらけの男は武流を片目で睨む。
「他人も自分も裏切り続けた人生‥‥何が残った?」
 震える手でナイフを握る男。それを見つめ歩き出すカシェルの腕を掴み、ひまりは目を伏せる。
「カシェル君は、デューイさんを殺しちゃ駄目だよ」
「ひまりちゃん?」
「ルクスさんの時とは違う‥‥何でも全部カシェル君が背負う必要なんてないんだよ」
 少年は微笑み、少女の頭を軽く撫でる。何も言わず歩くその背に羽矢子は問う。
「慣れや乗り越えなければならない事じゃない。やらずに済むならやらない方がいいさ。それとも、どうしてもやりたい?」
「‥‥すいません、我侭を言って」
 剣を手にデューイと対峙するカシェル。男は血を吐き、呆れたように笑う。
「よく来たなカシェル。お前もいい加減、俺との付き合いはうんざりだろ?」
 男の言葉を少年は良く聞いていなかった。
 ただこれまでの思い出を脳裏に浮かべ、刃を抱えるようにして前に走る事だけを考えていた。

●敗者
 胸を剣で貫かれデューイは仰向けに倒れていた。広がる血の中心、男は苦笑する。
「デューイ、どうして罠を張らなかったんだ?」
 傍に膝を着き、井草が問う。緋蜂もそれに続け疑問を口にした。
「罠も無ければ村の配置も以前のままでした。あなたは‥‥」
「どうでもいいだろ。理由なんざ、言えば背負わせるだけだ‥‥」
「デューイ、あんたは一つ勘違いしてるよ」
 血まみれの顔に身を乗り出し、井草が言う。
「あたしがあんたの理由を背負うんじゃない。あんたが死ぬと、あたしの背中に乗っかるんだ。だから安心して逝きな」
 驚いた表情を浮かべ、失笑するデューイ。そこへ羽矢子が問いかける。
「メリーベルと彼女が話してた村はどこ?」
「知ってどうする」
「人形使いも倒してみせる。だから教えて貰えないかな」
「本当か‥‥? 本当に、ウルカを倒してくれるのか‥‥?」
 羽矢子が頷くとデューイは力強く頷き返し、息も絶え絶えに告げる。
「外れに、俺達の家がある‥‥。そこに、必要な情報、全て纏めておいた‥‥役立ててくれ」
「あなた、最初から‥‥」
「あんたなら、ウルカを倒せるかも知れねぇからな‥‥後、頼むわ」
 それからデューイは南斗へと目を向け、力なく笑う。
「メルは、ウルカを守ろうとするだろう。あいつにとっちゃ、最後の家族だ‥‥。昔はウルカに、よく懐いてたからなぁ」
「デューイ‥‥」
「俺があいつを不幸にしちまった‥‥何とか‥‥何とか、救ってやってくれ」
 差し伸べられた血濡れの手を握り返す南斗。最後にデューイは後輩の少年を見つめる。
「悪かったな‥‥全部俺の所為だ。言い訳は、しねえ」
「先輩‥‥」
「ひまりちゃんよ、こいつは‥‥一人じゃ駄目だからよ。一つ‥‥宜しく頼むわ」
 咽て血を吐くデューイ。その身体を起こし、井草は煙草をデューイに咥えさせる。
「死ぬ前に吸いなよ、高級品だぞ」
「きっと待ってるぞ。人形遊びしてないで早く帰って来いってな」
 その煙草に火をつけながら微笑む南斗。デューイは紫煙を吐き出し、泣き出しそうな顔で笑った。
「‥‥くそ、何だこれ。まるで、ハッピーエンド‥‥じゃ、ねえか‥‥。似合わねぇ‥‥似合わねぇ、よ」
 落ちた煙草が血の上に転がし、赤く染まっていく。それが裏切り者の末路であった。
「墓‥‥立てましょうか」
 ぽつりと緋蜂が呟く。傭兵達はその言葉に従い、彼をこの地に埋葬した。
「ほら、線香代わりだ」
 デューイは彼の家だった場所の近く、枯れないグラジオラスの花畑に作られた。
「故郷で静かに眠ってください。花に囲まれて‥‥」
 両手の土を払いながら語りかける緋蜂。メアリーは花畑を眺めながら息を吐いた。
「好きだったのかな‥‥人形師も、デューイさんも、この花が」
 その時家の中を調べていた羽矢子と武流が真新しい茶封筒を手に表に出てきた。これでこの村でやるべき事は全て果たした。
「ここはこのまま残しておこう。それが――時の止まった男の一番美しい時間‥‥だからな」
 振り返りながら武流は言う。ここは全てに忘れられ、存在しない事になったままここに在り続けるだろう。
「さようなら、僕の最初の先輩」
 目を瞑り祈っていたカシェルは立ち上がり背を向ける。背後に立っていたひまりに微笑み、それから歩き出した。
「カシェル君‥‥」
 胸に手を当て呟くひまり。だが哀しんでばかりも居られない。これからが本番なのだ。倒すべき敵に、全ての元凶に手が届こうとしている。
 傭兵達が去り、闇に包まれた街。枯れない花に囲まれ、紫煙は少しの間空へと昇り続けていた。